本題はベイツら安全区委員の信頼性
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/23 20:50 投稿番号: [6703 / 41162]
>そうか、「再審南京大虐殺」の記述」が虚偽であることは理解したので、
>話を他に振ろうというわけだね。
全然。
もともと本題は「当時安全区の面倒を見ていたベイツなどの西洋人の日記や手紙や証言などが信頼できるかどうか」ということ。
それについて議論していたら、キミが一部分に対して横レスして来たわけ。
>まず、実際の件数>被害届だと言うことは納得してもらえると思う。
>さらに、被害届>抗議文という事実がある。
そうとは限らない。
実際に事件がなくても、被害届や抗議文を出すことは有り得る。
安全区国際委員会の日軍犯罪統計
殺人 49件
傷害 44件
強姦 361件 ◇多数3件 ◇数名6件
連行 390件 ◇多数1件 ◇数名2件
掠奪その他 170件
これらの犯罪は国際委員会に報告されたものですが、検証されたものではありません。現場の確認がされていない事件もかなり含まれています。中国軍によるかく乱工作として、日本軍が犯罪を行っていると宣伝されたと考えるとつじつまが合います。こういった事件の相当数は検証されず、日本大使館に報告され、外務省ルートで日本政府に届けられました。それが下の統計です。
日本政府の高官に、南京で暴行があったのは事実であると記している者がいるのは当然と言えるでしょう。三ヶ月で殺人49件、強姦360件というとかなりの大事件です。では実際の状況がどうだったのか、当時南京にいた福田氏の回想を見てみましょう。
『南京事件の総括』P171 田中正明著 展転社
こうした要望や告発の日本側窓口は、当時外交官補の福田篤秦氏である。福田氏はのちに吉田首相の秘書官をつとめ、代議士となり、防衛庁長官、行政管理庁長官、郵政大臣を歴任した信望のある政治家で、筆者とも昵懇の間柄である(東京千代田区在住)。福田氏は当時を回顧してこう語っている。
「当時ぼくは役目がら毎日のように、外人が組織した国際委員会の事務所へ出かけた。出かけてみると、中国の青年が次から次へと駆け込んでくる。
『いまどこどこで日本の兵隊が十五、六の女の子を輪姦している』。あるいは『太平路何号で日本軍が集団でおし入り物をかっぱらっている』等々。その訴えをマギー神父とかフイッチなど三、四人が、ぼくの目の前で、どんどんタイプしているのだ。
『ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずにそれをタイプして抗議されても困る』と幾度も注意した。時には彼らをつれて強姦や掠奪の現場に駆けつけて見ると、何もない。住んでいる者もいない。そんな形跡もない。そういうこともいくどかあった。
ある朝、アメリカの副領事館から私に抗議があった。『下関にある米国所有の木材を、日本軍がトラックで盗み出しているという情報が入った。何とかしてくれ』という。それはいかん、君も立ち会え!というので、司令部に電話して、本郷(忠夫)参謀にも同行をお願いし、副領事と三人で、雪の降る中を下関へ駆けつけた。朝の九時頃である。現場についてみると、人の子一人もおらず、倉庫は鍵がかかっており、盗難の形跡もない。『困るね、こういうことでは!』とぼくもきびしく注意したが、とにかく、こんな訴えが、連日山のように来た。
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page054.html
>抗議文書にははっきりそう書かれている。
>「以下はわれわれが念入りに点検する時間があった特例にすぎない。
>もっと多くの事件が委員会職員に報告されている。」
>(1937年12月16日提出 第八号文書)
これは嘘で、念入りに点検などしていない。
>「ベイツ博士が自分が確認した事件については別に整理しておりますので、
>それらはこれまでどおり、ここには含まれていません。」
>(1937年12月21日提出 第十一号文書)
>とあるように、ベイツは金陵大学の非常時委員会の委員長であったので、
>大学内の事件は安全区委員会と別にまとめて日本大使館に提出していた。
>この総件数がいくらになるのか、安全区委員会の抗議文書との重複が全く
>なかったのか、今となっては資料が残ってないので、知ることが出来ない。
東京裁判でのベイツの証言は、「それより少し前私はずっと内輪に見積もりまして、又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もったのであります。」だった。
【安全地帯の委員会の報告のみで8,000件】という証言が実際の報告数と矛盾することの説明を求めたのに頓珍漢なことを言って誤魔化してはいけない
>話を他に振ろうというわけだね。
全然。
もともと本題は「当時安全区の面倒を見ていたベイツなどの西洋人の日記や手紙や証言などが信頼できるかどうか」ということ。
それについて議論していたら、キミが一部分に対して横レスして来たわけ。
>まず、実際の件数>被害届だと言うことは納得してもらえると思う。
>さらに、被害届>抗議文という事実がある。
そうとは限らない。
実際に事件がなくても、被害届や抗議文を出すことは有り得る。
安全区国際委員会の日軍犯罪統計
殺人 49件
傷害 44件
強姦 361件 ◇多数3件 ◇数名6件
連行 390件 ◇多数1件 ◇数名2件
掠奪その他 170件
これらの犯罪は国際委員会に報告されたものですが、検証されたものではありません。現場の確認がされていない事件もかなり含まれています。中国軍によるかく乱工作として、日本軍が犯罪を行っていると宣伝されたと考えるとつじつまが合います。こういった事件の相当数は検証されず、日本大使館に報告され、外務省ルートで日本政府に届けられました。それが下の統計です。
日本政府の高官に、南京で暴行があったのは事実であると記している者がいるのは当然と言えるでしょう。三ヶ月で殺人49件、強姦360件というとかなりの大事件です。では実際の状況がどうだったのか、当時南京にいた福田氏の回想を見てみましょう。
『南京事件の総括』P171 田中正明著 展転社
こうした要望や告発の日本側窓口は、当時外交官補の福田篤秦氏である。福田氏はのちに吉田首相の秘書官をつとめ、代議士となり、防衛庁長官、行政管理庁長官、郵政大臣を歴任した信望のある政治家で、筆者とも昵懇の間柄である(東京千代田区在住)。福田氏は当時を回顧してこう語っている。
「当時ぼくは役目がら毎日のように、外人が組織した国際委員会の事務所へ出かけた。出かけてみると、中国の青年が次から次へと駆け込んでくる。
『いまどこどこで日本の兵隊が十五、六の女の子を輪姦している』。あるいは『太平路何号で日本軍が集団でおし入り物をかっぱらっている』等々。その訴えをマギー神父とかフイッチなど三、四人が、ぼくの目の前で、どんどんタイプしているのだ。
『ちょっと待ってくれ。君たちは検証もせずにそれをタイプして抗議されても困る』と幾度も注意した。時には彼らをつれて強姦や掠奪の現場に駆けつけて見ると、何もない。住んでいる者もいない。そんな形跡もない。そういうこともいくどかあった。
ある朝、アメリカの副領事館から私に抗議があった。『下関にある米国所有の木材を、日本軍がトラックで盗み出しているという情報が入った。何とかしてくれ』という。それはいかん、君も立ち会え!というので、司令部に電話して、本郷(忠夫)参謀にも同行をお願いし、副領事と三人で、雪の降る中を下関へ駆けつけた。朝の九時頃である。現場についてみると、人の子一人もおらず、倉庫は鍵がかかっており、盗難の形跡もない。『困るね、こういうことでは!』とぼくもきびしく注意したが、とにかく、こんな訴えが、連日山のように来た。
http://www.geocities.jp/nankin1937jp/page054.html
>抗議文書にははっきりそう書かれている。
>「以下はわれわれが念入りに点検する時間があった特例にすぎない。
>もっと多くの事件が委員会職員に報告されている。」
>(1937年12月16日提出 第八号文書)
これは嘘で、念入りに点検などしていない。
>「ベイツ博士が自分が確認した事件については別に整理しておりますので、
>それらはこれまでどおり、ここには含まれていません。」
>(1937年12月21日提出 第十一号文書)
>とあるように、ベイツは金陵大学の非常時委員会の委員長であったので、
>大学内の事件は安全区委員会と別にまとめて日本大使館に提出していた。
>この総件数がいくらになるのか、安全区委員会の抗議文書との重複が全く
>なかったのか、今となっては資料が残ってないので、知ることが出来ない。
東京裁判でのベイツの証言は、「それより少し前私はずっと内輪に見積もりまして、又安全地帯の委員会の報告のみによりまして、強姦事件は八千と見積もったのであります。」だった。
【安全地帯の委員会の報告のみで8,000件】という証言が実際の報告数と矛盾することの説明を求めたのに頓珍漢なことを言って誤魔化してはいけない
これは メッセージ 6695 (ja2047 さん)への返信です.