紫陽花亭日乗

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Re: 「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/18 00:32 投稿番号: [523 / 735]
  こうした張献忠像は、行き場を見失った過剰なエネルギーを、
死にもの狂いで消尽している悪鬼にも似る。
ちなみにジョルジュ・バタイユは、次のように述べている。

~~~~~~~~~~~~~~~~
  生命体は、地表のエネルギーの働きが決める状況の中で、
原則としてその生命の維持に要する以上のエネルギーを受け取る。
過剰エネルギー(富)は一つの組織(例えば一個の有機体)の成長に利用される。
もしもその組織がそれ以上成長しえないか、或いは剰余が成長のうちに
悉く摂取されえないなら、当然それを利潤ぬきで損耗せねばならない。
好むと好まざるとにかかわらず、華々しいかたちで、さもなくば破滅的な
方法でそれを消費せねばならない。(生田耕作著『呪われた部分』)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ライバルの李自成に先んじられ、続いて満州族の清王朝の基盤がかたまって
ゆくさまを目のあたりにしながら、蜀に孤立し望みも絶えた元農民反乱軍の
リーダー張献忠は、まさしく自らの過剰エネルギーを「殺(シャー)、殺(シャー)
・・・・・」と、はなばなしくも破滅的なかたちで消費しつくしたわけである。



殺人鬼伝説のカラクリ
  『蜀碧』などの伝説的資料に見える張献忠像は、ざっとこのような
ものであるが、実在の張献忠は、かなりひどいことをやったには
相違ないが、けっしてこれほどのことはなかったと思われる。

  にもかかわらず、なぜこうした張献忠殺人鬼伝説が、時の経過とともに
ますますはなばなしく潤色され、得々と語られ続けたのだろうか。
これは、なかなか興味深い問題である。

  ふたたび魯迅によれば、先にあげた「晨涼漫記」において、
彼は続いてこう述べている。

~~~~~~~~~~~~~~~~

  (張献忠は)殺すことによって兵をおさめ、その兵を用いてまた殺した。
自分はもうおしまいだ。
だが、こうやってみなもろともに滅亡の末路に至ろう、というわけである。
我々だって他人のものや公共のものは、あまり大切にしないではないか。

  だから張献忠の行動は、一見したところ奇怪ではあるが、
その実きわめて平凡なものである。
奇怪なのは、それらの殺された人々が、どうしていつも手をつかね
首を伸ばして、彼に殺されるのを待っていたかということである。
清王朝の粛王が彼を射殺してくれ、
やっと清の奴隷になって救われたのは、なぜか。

  しかもこれが、いわゆる「簫(ふえ)を吹くに竹を用いず、
一箭(いっせん)、貫きて胸に当たる」の予言どおりで、
昔から定められていたのだ、などといいだしたのは、なぜか。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  ちなみに魯迅は、おそろしくシニカルな口調で、
中国史を次のような二つのカテゴリーに、区分してみせたことがある。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

  たとえ見栄っぱりの学者たちが、もったいをつけたがり、史書を
編纂する時に、「漢民族発祥時代」「漢民族発達時代」「漢民族中興時代」
などという、けっこうな題目を設定しようとも、ご好意には感謝するが、
表現の仕方がなんともまわりくどい。
もっとストレートな言い方がここにある。

一、奴隷になりたくてもなれない時代
二、しばらく安穏に奴隷でいられる時代

  この循環が、これまた「先儒」のいう「一治一乱」にほかならない。
乱を起こした者たちは、後代の「臣民」から見れば、「主人」のために
道路掃除をやってくれたことになり、だから、「聖なる天子のために駆除した
云々」などと評されるのである。(「灯火漫筆』。『墳』収)


つづく

5946

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


一、奴隷になりたくてもなれない時代
二、しばらく安穏に奴隷でいられる時代


★上記の魯迅の言葉は非常に有名なもので、多くの学者がよく引用しています。

.

Re: 「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/17 01:02 投稿番号: [522 / 735]
殺人が唯一の道楽

  人間に対して、「殺(シャー)、殺(シャー)・・・・・」と無差別殺人を
重ねた果てに、張献忠は犬や牛まで八つ裂きにして殺し尽くし、
用意周到にも自分のあとに蜀を領有する者のために
子種をのこさないよう、取りはからった。

  彼は生きとし生けるものをこうして殲滅したほか、
役所や民家はいうまでもなく、庭園・宿場、寺院、宮殿楼閣など、
ありとあらゆる建造物を破壊した。
張献忠軍の通過したあとの蜀の街は、まさしく瓦礫の山がのこるだけ
というほど、徹底的な破壊をおこなったのだった。

  血に飢えた「黄虎」張献忠の命運が尽きたのは、
蜀を領有してから二年余りのちの1646年12月のことだった。
部将の劉進忠が寝返り、漢中に進撃してきた粛王の率いる清の軍勢に
降伏したため、北上して故郷の陝西に撤退せんとして退路を絶たれ、
鳳凰山(四川省西充市にある山)で清軍の急襲にあい、射殺されたのである。
時に、張献忠41歳。

  これに先立ち、三国時代の蜀の諸葛亮(181年〜234年)の予言を
記した碑が出土し、そこには、「『簫(ふえ)』を吹くに『竹』を用いず、
一箭(いつせん)(一本の矢)貫きて胸に当たる」とあったという。
「簫」という字から「竹カンムリ」を除くと、「粛」になるところから、
清の粛王が張献忠を射殺することを暗示したものである。

  蜀のもっとも偉大な歴史的英雄諸葛亮を引き合いに出し、
中国人お得意のアナグラムを用いながら、張献忠の末路を暗示している
わけだが、眉ツバであることはいうまでもない。

  さらにまた、張献忠の死体をあばいたところ、あるいは心臓が真っ黒だった
とか、あるいは心臓がペタンコで肝臓はなかったとかいう説もある。
要するに、普通のハートをしておらず、
悪魔的な特異体質だったことを強調しているのである。

  以上見てきたように、『蜀碧』は、蜀の各地に偏在する張献忠殺人鬼伝説を
収集し、これでもか、これでもかと誇張を加えて記録しているのだが、
力を入れすぎたせいか、巧まずして、ブラック・ユーモアの香り高い(?)
一大殺人ドタバタ喜劇の傑作ともなっている。

張献忠はりっぱな庭園にも、豪華な食事にも興味がなく、
もともと女性嫌悪の気味があったために、美女にも関心がなかった。

彼の贅沢・道楽は、「殺(シャー)、殺(シャー)、殺人(シャーレン)・・・・・」
だけだったのだ。


つづく

5945

Re: 「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/17 00:58 投稿番号: [521 / 735]
可愛いから殺す

  張献忠には、ふつうの人間とは逆に、「酒に酔っている時はおとなしいが、
醒めると凶暴になり、一日でも目の前に血があふれ流れるのを見ないと、
気持ちがふさいでくる」(『蜀碧』第三巻)という、奇癖がった。
このふさぎの虫にとりつかれると、委細かまわず、身内の者でも殺してしまう。

  ある夜など、静かで何もすることがなかったところ、突然、
「今日は誰も殺す者がおらんのか」と怒鳴りだし、側近の者に命じて
妻および愛妾十数人、さらには一人息子まで殺させてしまった。
翌日、このことをケロリと忘れて、妻や愛妾を呼んだが、
もちろん誰もやってこない。
そこで側近の者が、昨夜、ご命令により殺害しましたと報告すると、
張献忠はなぜ止めてくれなかったのかと怒り出し、
こんどは側近の者から奴隷に至るまで数百人をみな殺しにしてしまった。
殺人癖ここにきわまれり、というところである。

  張献忠の意思表現および感情表現は、すべて殺すことに尽きていたから、
憎いから殺すのみならず、可愛くてもまた殺した。
ある時、頭脳明晰のうえ風采抜群の科挙トップ合格者があらわれ、
すっかり気に入った張献忠は、あれこれ引き出物をあたえるなど、
めずらしく親切にしたことがあった。

  そのあげく、彼はふと眉をひそめたかと思うと、
「わしはあいつがひどく可愛い。一目見ただけで、可愛くてたまらなくなる。
わしはあいつに会うのが怖い。おまえたちサッサとわしのためにあいつを
『収拾(ショーシ)』してくれ」
といい、部下に命じて『収拾(ショーシ)』させてしまった。
ちなみに「収拾(ショーシ)」とは、
一家眷属みな殺しをさす隠語にほかならない。

  愛されて災難にあったのは、この秀才ばかりではない。
張献忠は友だちとつきあうのが大好きで、知り合いと出会うと
夜を徹して飲みあかし、山ほど土産物をもたせて帰すのが常だった。
それはいいのだが、あとが凄かった。
お客の帰り道に部下を差し向けて待ち伏せさせ、
首を斬りとってもってこさせるのである。

  張献忠はこれらの首を長持に入れ、軍が移動するたびに車に載せて運搬した。
なぜこんなことをしたかというと、陣中で酒の相手がなくて淋しい時に、
長持から首を取り出してズラリと並べ、盃をもって酌をしてまわり、
さあさあ飲んでおくれと、
生きている者に対するように呼びかけて楽しんだのである。

  この首を相手のママゴト宴会を名づけて、
「聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)(首たちの宴)」という。これはもう
残酷な味付けが売り物の大バーレスクという感じの話ではある。


つづく

5939

Re: 中国の川柳 = 順口溜

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/17 00:51 投稿番号: [520 / 735]
  結婚はしたいけどそれは無理なことだ。
マンションも車も持たない俺に誰が嫁に来るというのか。

  結婚して子供を産みたいけど、それはまた無理なことだ。
産院で帝王切開でもすれば3カ月分の給料が飛ぶではないか。

  子供は産んではみたが、学校へ行かせるのは無理なことだ。
入学金だけで半年分の給料が要るから。

  子供が大きくなってうれしいけど、病気にでもなれば大変なことだ。
医療費一つで家がつぶれてしまう。

  病気が治らず死にたいけど、それはさらに大変なことだ。
火葬代があれほど高騰してどうやって死ねるのだろうか。

  この順口溜の言わんとするところは明々白々であろう。
要するに「経済大国」と称される中国の貧困層にとって、
生きるのも死ぬのも容易ではない、ということである。

  「帝王切開で3カ月分の給料が飛ぶ」とか、「入学金だけで半年分の給料が要る」
とか、あるいは「医療費だけで家がつぶれてしまう」とかは、決して風刺文学
特有の誇張ではない。むしろ今の中国の現実であることがよく知られている。

  今年2月6日に国営通信社の中国新聞社が配信した社会記事でも、
「食べていくのに精いっぱい」という低層の人々の生活難の実態が
克明にリポートされている。

  そして4月22日に発表された米調査会社ギャラップの
「2010年の幸福度調査」によると、自分の生活について
「満足している」と感じている中国人は全体の12%でしかなく、
逆に「苦しい」と感じている中国人は71%もいることが判明したという。

  この国の民はいつになって、生きることの苦しさから解放されるのであろうか。

                    ◇

【プロフィル】石平

  せき・へい   1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。
88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。
民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。
平成19年、日本国籍を取得。

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中国の川柳 = 順口溜

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/17 00:50 投稿番号: [519 / 735]
【石平のChina   Watch】
「入学金だけで半年分の給料が要る」
中国の川柳に見る格差社会の悲惨な実態
2011.4.28 12:04 (1/2ページ)     産経新聞


貧富の格差が社会問題化している中国=北京市内(奈須稔撮影)

  中国では昔から、「順口溜」という韻文風の風刺文学がある。
日本の川柳をいくつかくっつけて出来上がったようなものだ。
その内容も川柳と同様、おかしげな社会現象への風刺や
惨めな立場にある人々による自嘲などが主である。

  ネットの世界ではこの類いのものが常に流布されているが、それらを読んで
みると、笑いを誘われながらも中国の世相がよく分かってくる気がする。

  たとえば近年来、深刻な社会問題となっている貧富の格差の拡大を反映して、
「貧乏人」と「金持ち」に関する次のような順口溜が出回っている。

  女房が人と寝るのは貧乏人だが、人の女房と寝るのは金持ちである。

  牛や豚を飼う奴は貧乏人だが、犬や猫をペットにする奴は金持ちである。

  田んぼで稲を植える奴は貧乏人だが、庭で花を育てる奴は金持ちである。

  土を耕す奴は一生の貧乏人だが、土地を売買する奴は子孫まで金持ちである。

  ホンモノを作っていても貧乏人のままだが、
ニセモノを作るとたちまち金持ちになる。

栄養食品を作って売る奴は、しょせん貧乏人だが、
有毒食品でも作って売れば金持ちの仲間入りができる。

  友人から借金する奴は貧乏人だが、
国からカネを掠(かす)めた奴は大金持ちである。

  以上の順口溜を読めば、現在の中国で一体どういう人たちが金持ちとなって、
逆にどんな人たちが貧困にあえいでいるのかがよく分かる。

  とにかく、働き者や正直者が貧乏人となって、悪い奴ほど金持ちになると
いうのは、まさしく「社会主義大国」中国社会の実情なのである。

  それでは、この国の貧乏人たちはどのように生きているのか。
次のような有名な順口溜がある。


つづく

台湾映画「セデック・バレ」(真の人)

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/17 00:49 投稿番号: [518 / 735]
【外信コラム】
台湾有情   されど映画?
2011.9.16 02:56     産経ニュース

  日本人として「霧社事件」を直視するのはつらい。

  日本統治時代の1930年、台湾中部の先住民セデック族による大規模な
武装抗日暴動で、山間部の霧社の日本人を男女、児童を問わず約140人を殺害。
総督府は警察と軍で武力鎮圧し、セデック族も約700人が死亡した。
侮蔑や労役への不満が背景とされるが、日本教育を受け模範的先住民と
目された警察官兄弟も決起、自殺したことは深刻さを象徴している。

  その重い歴史を描いた台湾映画「セデック・バレ」(真の人)が
9日から一般公開され、連日満員だ。

  議論も百出し、「事件を知らなかった。感動した」という若者から、
「殺戮(さつりく)と戦闘場面が冗長」という年配者、また主人公の頭目
モーナ・ルダオに関し「事件前には近隣部族民も多数殺害した。
英雄視は誤り」とする別の先住民も。

  一方、馬英九総統が「国や部族間の平和には、対等な関係や理性が必要」
と自らの対中関係改善の努力をにおわせれば、来年の総統選で馬氏に挑む
野党・民主進歩党の蔡英文主席は、先住民のアイデンティティーを
守る姿に共感を示す。

  ベネチア映画祭で金獅子賞を逃し、「台湾と日本の歴史は理解され難い」
とこぼした魏徳聖監督は「映画は映画」とクギをさすのだが。(吉村剛史)

.

台湾の呉総理「韓国ドラマに反吐がでる」

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/17 00:29 投稿番号: [517 / 735]
台湾の呉総理「韓国ドラマに反吐がでる」 2011/ 9/16 12:25 [ No.69989
投稿者 :
qrax2013

台湾の最高行政責任者が韓国ドラマが氾濫する台湾TVに対して
激しい表現を使って指摘していた。

  15日中国の新華社通信などによると、呉敦義台湾行政院長(総理格)は
「台湾のテレビ番組は陳腐で、毎日韓国ドラマが流れ、
二番煎じ、三番煎じの内容に反吐が出る」と話した。

  呉院長は引き続き韓国の『韓』と、
寒いという意を持った『寒』の中国語発音が同じ点を利用して
「韓国ドラマは見れば見るほど背筋が寒くなる」と話した。

彼はまた、
「台湾は高画質のテレビ番組製作を支援する。
来年には高画質デジタルTVの時代が開かれるだろう」と付け加えた。

  彼は台湾テレビ番組が陳腐だという点に対し、
代表的な例で韓国ドラマの氾濫を指摘した。

これに伴い、最近日本でおきている嫌韓旋風が
台湾でも起こることでないかと憂慮する声も出てきている。

台湾では昨年広州アジア競技大会で女テコンドー有力金メダリスト候補で
あった楊淑君が1回戦で失格になった後、「韓国の審判が不当な判定を下した」
と声を上げ韓国商品不買運動と韓国ドラマ視聴拒否運動が広がった。
ソース   朝鮮日報(韓国語)   2011.09.16 10:50

------------------------------------------
嫌韓は拡散していく。
そのうちアジア全土に。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★台湾のほうが日本より健全ですね、言論の自由があります。
民間の方がしっかりささえていらっしゃるからでしょう。
日本でもし政治家がこのような発言をしたら、たちまち
反日左翼売国マスゴミの餌食になって、辞職させられてしまいます。

日本人も強くなって、正しい発言をする政治家を、マスゴミなどから
しっかり守っていかなくてはなりません。


◆9/16花王抗議デモ本社前付近での撮影   参加人数1200人
http://www.youtube.com/watch?v=psnz9dhdCeA

1200人は正確ではなく、2500人の参加者がいたと思われます。
花王抗議デモですが、真実は、
「もうこれ以上、南北朝鮮人の横暴を許さない」
という、日本人の意思表示なのです。


◆うちのバカ息子を見てください、なかなかヤルでしょ(笑)。
いまどきの若者だけど( :ω;)・・・応援してね、参加してね。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm15622747

.

Re: 反日放送局・NHKの大罪 1 − 4

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/17 00:23 投稿番号: [516 / 735]
こんばんわ。

いつもたくさんのご紹介、有難うございます。

これらは以前、見た覚えのあるものですが、
もう一度ゆっくり、あらためて拝見させていただきます。

MHK はもうすでに、日本のための、日本人のための放送局ではありません。
どういう経過でこうなったのか、反日放送局であることが明確になっています。

次の大河ドラマ「平清盛」においても、皇室のことをランクを格下げして
わざわざ「王家」といっています。

韓流ゴリオシの蛆(フジ)テレビや、それを支える花王が、
心ある多くの日本人によって糾弾されていますが、NHK も同罪か
もっと罪は重いと思います。

すでに、NHK ではなく、犬HK と呼ばれています。
中共の犬、南北朝鮮の犬になりさがってしまったからです。

わたしの記憶では、すでに十数年前からおかしな報道が多かった。
おそらく、このままではすみません。
いずれ、なんらかの制裁を受けることになるでしょう。


それにしても宿題がたまっていますね。
なかなか時間がなくて。

ではまた。

.

NHKの実態

投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/09/16 22:03 投稿番号: [515 / 735]
NHKの実態
http://81.xmbs.jp/piroshigogo-222878-ch.php?guid=on

NHKの正体
http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/623.html
 
子供達の未来・反日放送局・NHK
http://hokutomamanopapa.blog38.fc2.com/blog-entry-156.html#

反日放送局・NHKの大罪 1 − 4

投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/09/16 06:29 投稿番号: [513 / 735]
反日放送局・NHKの大罪   1   −   4
1/4【台湾取材レポート】パイワン族の真実−前編[桜 H21/6/18]
http://www.youtube.com/watch?v=skGLVkhIu64&feature=relmfu
 
2/4【台湾取材レポート】パイワン族の真実−後編[桜 H21/6/18]
http://www.youtube.com/watch?v=j5hLe-JtQM4&feature=relmfu
 
3/4【台湾取材レポート】パイワン族・高許月妹さん、許進貴さんへのインタビュー[桜 H21/6/18]
http://www.youtube.com/watch?v=SA620dDMA4w&feature=fvwrel
 
4/4【台湾取材レポート】パイワン族・陳清福さんへのインタビュー[桜 H21/6/18]
http://www.youtube.com/watch?v=bi1fv38pY44&NR=1&feature=fvwp

Re: 「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/16 00:10 投稿番号: [512 / 735]
殺しのための殺し


  張献忠は、いちおう官吏登用試験の科挙も実施しているが、
時にはそれも殺人嗜好を満足させるためのかっこうの舞台となった。

  科挙を実施するという名目で書生を集めたうえ、試験場の門の左右に、高さ
四尺(約124cm)の縄を張りわたす。そこで順番に名前を呼びあげ、まっすぐ
立ったままこれをくぐらせて、引っかかった者はただちに殺してしまう。

  なにしろ百二十センチメートル余りだ。大の男が引っかからないわけがない。
かくして、たまたま混じっていた幼ない子供二人を除いて、
一万人もの書生があえなく命を落としたという。

  この話など荒唐無稽もいいところで、思わず笑いだしそうになる。
こうしたきわめつきのブラック・ユーモアのセンスにあふれた、
張献忠殺人鬼伝説はまだまだ山とある。

  もともと敵対的な存在だった蜀の民衆、官吏をせっせと殺しただけでは
飽きたらず、張献忠は味方にも魔手を伸ばした。
彼はしだいに追いつめられ、蜀に居づらくなると、こんどは味方の部下や
兵士が多すぎて足手まといだといいだし、旗あげ以来の五百人程度の
古参軍団だけのこして、あとは始末してしまおうとした。

  腹心の部下が、それでは兵士が騒ぎだす恐れがあると反対し、
かわりに一つの妙案を提示した。
軍隊内部の見回りを強化し、なんでもいいから兵士たちのアラを探りだして、
それを口実にドンドン殺していけばいい、というのである。

  こうして、やれ酒を飲んでいただの、喧嘩していただの、バクチをしていた
だのという理由で、端から処刑していったため、わずか一日で殺された兵士、
およびその家族の数はなんと十万以上にのぼった。

  以来、縮みあがった兵士たちは口もきかなくなった。
そうなると、こんどは捕まえる者がいなくなり、逮捕のノルマが達成できなく
なった見回りの兵士たちが、焦って必死になった。

  彼らは、壁に穴をあけるやら、床下にもぐりこむやら、寝室に忍びこんで
カーテンの陰で立ち聞きするやらして、ちょっとした夫婦の忍び笑いの声を
聞いただけで、やにわに躍り出てその者たちを逮捕するという挙に出た。
張献忠軍の兵士たちは、どうやら家族ぐるみで移動していた者が多かったらしい。

  張献忠はこうして戦力を自ら消尽し、自滅への道をひた走ったのだった。


つづく


================================================ =

★先回の、

>「雪鰍分ける(せっしゅう)<

の「分ける」は、削除してください。

ちょっと覚えがあるのですが、他の文で、たしかタイプしたのに「ない ! 」
と思ったのが、なぜかこんなところにはまっていた、というものです。

つづく

5937

Re: 「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/16 00:08 投稿番号: [511 / 735]
  蜀の住民をみな殺しにする決意をした張献忠は、自軍の武将や兵士を
四方に派遣し、深山幽谷にまで踏み入って人狩りを敢行させた。
また殺人のノルマをきめ、男の住民を殺害してその手足二百対――女の場合
はこの倍が必要――を獲得した者は、把総(最下位の士官)に任命すると
いうふうに、殺した数の多い者ほど出世させるという方針をとった。

  このため、一日に数百人殺して、
一足とびに都督(司令官)に抜擢された兵士もいた。
こうして組織的に大殺戮をおこなった結果、何十万もの住民が
またたくまに消滅し、極端にいえば、「蜀の住民は本当に一人の生き残り
さえいなくなった」(『蜀碧』第三巻)ほどの、惨状に陥ったのだった。

  住民のみならず、降伏した蜀在住の明の官吏も、むろん殺した。
そのやり方は、たとえば、張献忠の朝廷に参上してきた官吏たちが
平伏しているところに、数十頭の猛犬を呼び入れ、
犬が匂いを嗅いだ者を引きずり出して斬殺するというものであった。
ちなみにこの方法は「天殺」と呼ばれる。

  こういう調子でひっきりなしに官吏を殺してゆき、
処刑法もさらなる残酷を求めて、匏奴(ほうど)(手足を斬り落とす)」
「辺地(背筋で真っ二つに斬り)」「雪鰍分ける(せっしゅう)(宙づりにして、
「背中を槍で突き刺す)」などから、生きたまま皮を剥ぐやり方まで、
あまり詳しく書くと胸がわるくなってくるので、このへんでやめておくが、
とりかくありとあらゆる殺しのテクニックを駆使したのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

>匏奴(ほうど)(手足を斬り落とす)」
「辺地(背筋で真っ二つに斬り)」「雪鰍分ける(せっしゅう)(宙づりにして、
「背中を槍で突き刺す)」などから、生きたまま皮を剥ぐやり方まで、<


いいですか、
戦時中に日本軍がやったとされる蛮行のルーツは
こんなところにあるのですよ。

自分たちがやってきたから、日本人もやったに違いない、と。
あるいは、
自分たちの先祖がずっとやってきた手口だから、
日本軍がやったとすることに何の抵抗もない・・・

支那人も半島人も、日本人のメンタリティとは大違い、
ウソツキがふつう、ゆすり・たかり・ぱくり・かたりの民族なんですよ。

シノロジー学習者ならすぐに気づくことですが、一般の人はやすやすと騙されてしまいます。

いい加減に覚醒してください。

つづく

5931

.

Re: 「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/16 00:03 投稿番号: [510 / 735]
  『蜀碧』といった類の書物は、張献忠の殺人の事実をすこぶる詳細に
記録しているが、しかしすこぶる散漫でもあり、彼が「芸術のための芸術」
と同様、もっぱら「殺人のための殺人」をしていたかのように見える。
その実、彼にはほかに目的があったのだ。
彼は最初はけっしてそんなに殺人はやらなかった。
むろん皇帝になりたかったからである。

  その後、李自成が北京に進撃し、続いて清軍が山海関から侵入して来て、
自分には没落の道しかのこされていないから、殺(シャー)、
殺(シャー)・・・・・を始めたのだ。

  彼ははっきりと感じていた。
天下にもう自分のものはなく、いまは他人のものを破壊しているのだ、と。
これは末代の風雅な皇帝が死ぬ前に、祖先や自分が収集した書籍、骨董、
宝物の類いを償却するのと、まったく同じ心理である。
彼には兵隊はあったが、骨董の類いはなかった。
そこで殺(シャー)、殺(シャー)、殺人(シャーレン)、殺(シャー)・・・・・
となったわけだ。(『准風月談』収「晨涼漫記」)

~~~~~~~~~~~~~~~

  さすが魯迅らしい、いかにも辛辣な卓見である。
そのとおり、張献忠自身、しだいに形勢不利になると憤然として、
「四川の人間はまだ絶滅しておらんのか。
わしがこれを手に入れたのだから、わしがこれを滅ぼす。
一人たりとも他人にわたさんぞ」(『蜀碧』巻三)と宣言したともいう。
なんとも恐れいった「皆殺しの論理」ではある。


殺人ノルマで出世が決まる
  この異常心理を軸として、入蜀後の張献忠はあの手この手を尽して、
本当に「殺(シャー)、殺(シャー)・・・・・」を徹底的に実践した。

  張献忠の乱から約百年後に書かれた『蜀碧』は、誇張した表現が多く
(この書物に記された死者の数は、当時の蜀の人口をはるかにうわまわる、
という具合に)、とうてい事実そのままとはいえない。
しかし、ここに見える「張献忠殺人鬼伝説」ほど、目的を見失い、
破壊のみをこととする、過剰なる欲望の形をあからさまに
あらわした例はめずらしい。

  「欲望のブラック・ホール」とは、まさしくこのことであろう。
以下、この『蜀碧』をもとに張献忠殺人鬼伝説をたどってみよう。


つづく

5924

Re: 「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/16 00:02 投稿番号: [509 / 735]
★前回の   >&#28366;陽(河南省鄭州市)<の「&#28366;」は、
「榮」の字の「木」の部分が「水」の字です。「ケイ」と読みます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
しかし、この時も張献忠は、兵部尚書(国防大臣)の熊文粲に、
金塊千個、一斗マスにあふれるほどの珠玉といった金銀財宝を、
しこたま賄賂に贈って勢力を温存、翌年には早くも態勢を立て直し、
再度反旗をひるがえして攻勢に転じた。

  政府軍の元締めたる国防大臣が、「流賊」から平然と賄賂を受け取るとは・・・・・。
明の政治機構がいかに根底的に腐敗していたか、
この一事をもってしても明らかであろう。

  それはさておき、こうして張献忠はまたまた、
四川省から湖北・安徽省を股にかけて転戦し、1643年(崇禎16年)には
湖北の軍事拠点の武昌(武漢市)を奪取、大西王と自称するに至る。


大志が消えた時に・・・・・
  この時点までの張献忠は、明末清初の文学者呉偉業(1609〜1672)が、「
最初、張献忠が武昌に依拠した時には、大志があったために、
支配下におさめた都市に対してそれほど殺戮はしなかった」
(呉偉業『綏寇紀略・スイコウキリャク』巻十「鹽亭誄・エンテイルイ」)
と述べているように、反権力武装集団のリーダーらしい面影をとどめており、
サディスティックな殺人癖はまだあらわれていない。

  張献忠が、その癖を暴発させるのは、苦手の明の将軍左良玉の
攻撃を避け、1644年(崇禎17年)、大軍を率いて本格的に蜀つまり
四川省に入ってからのことである。

  この年六月、張献忠は重慶を陥落させ、続いて八月には
成都を陥落させて蜀全土を制圧、皇帝を自称した。
ちなみに、ライバルの李自成は同年三月、首都北京を制圧、
明王朝を滅ぼしたものの、二ヵ月後の五月には次の時代の真の主役たる
満州族の清の攻撃を受け、北京から追われている。

  つまり張献忠の入蜀は、、こうした中心部の政権交代劇が決着したあと
敢行されたものにほかならず、その想像を絶する殺人癖が爆発したのも、
まさしくこの時点からだった。
この点について、張献忠にしばしば言及する魯迅は、次のように述べている。

~~~~~~~~~

つづく

5923

「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/15 23:59 投稿番号: [508 / 735]
血の快楽
井波律子『酒池肉林』講談社現代新書より

李自成と張献忠
  明末の「流賊」長献忠(1606〜1646)は、桁はずれの異人・奇人に
事欠かぬ中国史上でも珍無類、稀代の殺人鬼として、
数多くの凶々しい伝説に包まれた人物である。

  18世紀後半に書かれた野史『蜀碧』(彭遵洒著)は、
そうした張献忠殺人鬼伝説を極端化したものにほかならない。
殺人鬼長献忠はいかにして誕生したか、まずその歴史的脈絡をたどってみよう。

  宦官魏忠賢の跋扈によって、明王朝は回復不能のダメージを受けた。
明最後の皇帝となった崇禎帝は即位後、ただちに混乱の元凶魏忠賢を
滅ぼしたが、時すでにおそく、社会不安は激化する一方だった。
崇禎年間(1628〜1644)初期、極貧地帯の陝西省で農民反乱が起こったのを
皮切りに、やがて反乱は中国全土に燎原の火のように広がった。

  「流賊」と総称されるこれら反乱軍は、最初、多くのグループに
分かれていたが、しだいにかたや李自成(1606〜1645)を、かたや張献忠を
リーダーとする、二つの大きなグループにまとまっていった。
李自成と張献忠はともに、流賊の本場陝西の出身であり、
早くから反乱軍に加わってメキメキと頭角をあらわした者たちである。

  張献忠は長身痩躯、顔はやや黄色身を帯び、
性格は機敏にして勇猛、果断にして侠気に富んでいたため、
当初、反乱軍のなかで、「黄虎」と呼ばれたという。

  張献忠が李自成と袂をわかつ景気になったのは、1635年(崇禎8年)、
&#28366;陽(河南省鄭州市)において、反乱軍七十二営(部隊)のリーダーが集まり
大会を催したさい、作戦計画をめぐって最年長のリーダー高迎祥の武将
李自成と対立、敗北したことだった。

  以後、張献忠はしだいに高迎祥・李自成グループと別行動を
とるようになり、やがて自軍を率いて南下、湖北省に入った。
高迎祥は大会の翌年に敗死したので、李自成がその勢力を
受け継ぐことになり、ここに反乱軍の二極分化の形勢が確定した。

  湖北に入った張献忠は、土着の農民反乱部隊を吸収して勢力を拡大し、
湖北省から安徽省一帯にかけ明軍と戦闘をくり返した。
この間、明軍に撃破され追いつめられて、1638年(崇禎11年)、
偽装降伏したこともあった。


つづく

5916

尾生の信     芥川龍之介

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/15 01:14 投稿番号: [507 / 735]
尾生の信
芥川龍之介

  尾生(びせい)は橋の下に佇んで、さっきから女の来るのを待っている。
  見上げると、高い石の橋欄には、蔦蘿が半ば這いかかって、時々その間を
通りすぎる往来の人の白衣の裾が、鮮かな入日に照らされながら、
悠々と風に吹かれて行く。が、女は未だに来ない。

  尾生はそっと口笛を鳴しながら、気軽く橋の下の洲を見渡した。
  橋の下の黄泥(こうでい)の洲は、二坪ばかりの広さを剰して、すぐに
水と続いている。水際の蘆の間には、大方蟹の棲家であろう、いくつも円い
穴があって、そこへ波が当る度に、たぶりと云うかすかな音が聞えた。
が、女は未だに来ない。

  尾生はやや待遠しそうに水際まで歩を移して、舟一艘通らない静な
川筋を眺めまわした。
  川筋には青い蘆が、隙間もなくひしひしと生えている。のみならずその
蘆の間には、所々に川楊が、こんもりと円く茂っている。だからその間を
縫う水の面も、川幅の割には広く見えない。ただ、帯ほどの澄んだ水が、
雲母のような雲の影をたった一つ鍍金しながら、ひっそりと蘆の中に
うねっている。が、女は未だに来ない。

  尾生は水際から歩をめぐらせて、今度は広くもない洲の上を、
あちらこちらと歩きながら、おもむろに暮色を加えて行く、
あたりの静かさに耳を傾けた。

  橋の上にはしばらくの間、行人の跡を絶ったのであろう。沓の音も、
蹄の音も、あるいはまた車の音も、そこからはもう聞えて来ない。
風の音、蘆の音、水の音、――それからどこかでけたたましく、蒼鷺の
啼く声がした。と思って立止ると、いつか潮がさし出したと見えて、黄泥を
洗う水の色が、さっきよりは間近に光っている。が、女は未だに来ない。

  尾生は険しく眉をひそめながら、橋の下のうす暗い洲を、いよいよ足早に
歩き始めた。その内に川の水は、一寸ずつ、一尺ずつ、次第に洲の上へ上
って来る。同時にまた川から立昇る藻のや水のも、冷たく肌にまつわり出した。
見上げると、もう橋の上には鮮かな入日の光が消えて、ただ、石の橋欄
ばかりが、ほのかに青んだ暮方の空を、黒々と正しく切り抜いている。
が、女は未だに来ない。

  尾生はとうとう立ちすくんだ。
  川の水はもう沓を濡しながら、鋼鉄よりも冷やかな光を湛えて、漫々と
橋の下に広がっている。すると、膝も、腹も、胸も、恐らくは頃刻を
出ない内に、この酷薄な満潮の水に隠されてしまうのに相違あるまい。
いや、そう云う内にも水嵩は益高くなって、今ではとうとう両脛
さえも、川波の下に没してしまった。が、女は未だに来ない。

  尾生は水の中に立ったまま、まだ一縷の望を便りに、何度も橋の空へ眼をやった。

  腹を浸(ひた)した水の上には、とうに蒼茫たる暮色が立ち罩めて、
遠近に茂った蘆や柳も、寂しい葉ずれの音ばかりを、ぼんやりした靄の中
から送って来る。と、尾生の鼻を掠めて、鱸らしい魚が一匹、ひらりと
白い腹を飜した。その魚の躍った空にも、疎ながらもう星の光が見えて、
蔦蘿のからんだ橋欄の形さえ、いち早い宵暗の中に紛(まぎ)れている。
が、女は未だに来ない。……

        ―――――――――――――――――――――――――

  夜半、月の光が一川の蘆と柳とに溢(あふ)れた時、川の水と微風とは
静に囁き交しながら、橋の下の尾生の死骸を、やさしく海の方へ運んで行った。
が、尾生の魂は、寂しい天心の月の光に、思い憧れたせいかも知れない。
ひそかに死骸を抜け出すと、ほのかに明るんだ空の向うへ、まるで水のや
藻のが音もなく川から立ち昇るように、うらうらと高く昇ってしまった。……

  それから幾千年かを隔てた後、この魂は無数の流転を閲して、また生を
人間(じんかん)に託さなければならなくなった。それがこう云う私に
宿っている魂なのである。だから私は現代に生れはしたが、何一つ意味の
ある仕事が出来ない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、ただ、
何か来(きた)るべき不可思議なものばかりを待っている。

ちょうどあの尾生が薄暮の橋の下で、
永久に来ない恋人をいつまでも待ち暮したように。

(大正八年十二月)


★底本:「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房
    1986(昭和61)年12月1日第1刷発行
★青空文庫より転載

.

.

尾生の信

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/15 01:00 投稿番号: [506 / 735]
尾生
http://www.urban.ne.jp/home/safuro/bungaku58.htm

中国の春秋時代に尾生という男がいました。
橋の下で女と会う約束をしましたが、女は来ず、約束を守って待つうちに
大雨で川が増水し、とうとう橋の柱に抱きついて溺れ死んだそうです。

これから融通のきかない馬鹿正直なことを
「尾生の信」というようになりました。

この尾生のことは荘子の中に盗跖が孔子を罵倒する話(文学29参照)で
出ていますが、論語の中にも出ています。

子曰く、孰(タレ)か微生高(ビセイコウ)を直なりと謂うや。
或(アルヒト)醯(ケイ)を乞う。諸(コレ)を其の鄰(トナリ)に乞いて之に与えたり。

(意味) 孔子が言った、誰があの微生高(尾生のこと)を馬鹿正直というのか?
ある人が酢を貰いに行ったら、
尾生は自分の家にないので隣から貰ってきて与えた。

「酢が無いなら無いといえば正直であるが、隣から貰ってきて与えると
いうのは、なかなか融通がきいており、馬鹿正直どころではない」と、
孔子は尾生を弁護しています。
孔子の弁護を待つまでもなく、私どもも尾生の愚直を笑いものにする
一方で、その誠実さに打たれます。

わが国が某国から非人道的仕打ちを受けながら、人道的経済支援を
しようとしているのは、尾生の愚直に似ているような気がしますが、
いつか分かって貰えるのではないかという幽かな望みもあります。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
★尾生與女子期於梁下女子不來水至不去抱梁柱而死

尾生は梁下に女子と期し、女子來たらず、水至るも去らず、梁柱を抱いて死す。

金谷治訳注『荘子』四, 岩波文庫


★子曰孰謂微生高直或乞醯焉乞諸其鄰而與之

子の曰わく、孰(たれ)か微生高を直(チョク)なりと謂う。
或るひと醯(す)を乞う。
諸(こ)れを其の鄰(となり)に乞いてこれを与う。


(解釈) 孔子が言った、誰があの微生高(尾生のこと)を馬鹿正直というのか?

ある人が酢を貰いに行ったら、尾生は自分の家にないので隣から貰ってきて与えた。

金谷治訳注『論語』「公冶長第五」, 岩波文庫


尾生高・・・姓は尾生、名は高。魯の人。



★ほかに『韓非子』でも触れていました。

★「宋襄の仁」というのもあります。
齊の桓公のあとを襲って覇者となりたかったのですが、
どうもそのうつわではなかったようです。

.

Re: 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【1-13】

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/15 00:28 投稿番号: [505 / 735]
こんばんわ。

拝見して少し驚きました。


1945年、日本敗戦・・・

その後の復興のスタートは、

台湾も日本も同じだった・・・


なるほど・・・

今夜はもうあまり時間がないので、
明日から、順次きちんと拝見いたしますね。


有難うございました。

.

忘れ去れた台湾史 日本時代編 【1-13】

投稿者: sennin_0630 投稿日時: 2011/09/14 12:16 投稿番号: [504 / 735]
1/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=NGE8ZWYy8XQ&NR=1
 
2/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=snHSyIaVlnw&feature=related
 
3/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=UGkETvPzVFw&feature=related
 
4/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=sGIJoPMUC14&feature=related
 
5/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=R1jW8_uh-z4&feature=related
 
6/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=dP0v0FMQMl0&feature=related
 
7/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=nvBoutnCvx8&feature=related
 
8/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=7WajJZuFMIU&feature=related
 
9/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編   【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=jpQsMmHZ6ys&feature=related
 
10/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=zMWD8mGFTkk&feature=related
 
11/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=9y4GPRm-csY&feature=related
 
12/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版
http://www.youtube.com/watch?v=Lk9mDVaYmZE&feature=related
 
13/13 忘れ去れた台湾史 日本時代編 【訳付き版】
http://www.youtube.com/watch?v=KKSe1LZjs-s&feature=related

●NHKの反日偏向報道に反旗を!! ●

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/13 21:40 投稿番号: [503 / 735]
●NHKの反日偏向報道に反旗を!!●

2009/4/5の「NHKスペシャル/シリーズJAPANデビュー」
(第一回「アジアの“一等国”」)で、台湾人のインタビューを明らかに
日本の悪い所しか報道していなかった事が、台湾人によって語られている。

その全てを、チャンネル桜が台湾に取材に行きその様子を納めています。

1/8【台湾取材レポート】台湾取材の経緯などについて[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=dDMxsesr3TY  
2/8【台湾取材レポート】座談会・日本語族達の番組批評[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=s0xWSlGhCMM  
3/8【台湾取材レポート】蒋松輝氏インタビュー[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=tAL0FzMAwks  
4/8【台湾取材レポート】藍昭光氏インタビュー[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=8SOhCw4w_5M
5/8【台湾取材レポート】柯徳三氏インタビュー・1/3[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=eXvmpZbfooA
6/8【台湾取材レポート】柯徳三氏インタビュー・2/3[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=e9rYQ7ndA4I  
7/8【台湾取材レポート】柯徳三氏インタビュー・3/3[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=9lO3fbu508A  
8/8【台湾取材レポート】片倉佳史氏インタビュー[桜 H21/4/21]
http://www.youtube.com/watch?v=m76GwZ9PNoA  


◆「NHKの大罪」産経新聞に意見広告
(この広告はすでに削除されています)

2009/5/19・・・産経新聞の一面を使って、「NHKの大罪」というタイトルの
抗議文が掲載されていた。(本日は関西、あすは関東で)

内容は以下の通り。

①NHKは日台友好関係を破壊するのか?

②私たちはNHKスペシャル「JAPANデビュー」の「やらせ」取材、歪曲取材、
印象操作編集の偏向歴史番組の制作と放送に抗議します。

4月5日に放送された
「NHKスペシャルJAPANデビュー」第一回「アジアの一等国」は、

放送法弟3条に
「報道は事実を曲げないこと」「意見が対立している問題については、
出来るだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と定めているにも
かかわらず、日本が一方的に台湾人を弾圧したとするような視点で
番組を作成したばかりか、取材や編集の過程で、台湾現地での「やらせ」
取材や歪曲取材、悪質な印象操作編集が行われたことが衛星放送
「日本文化チャンネル桜」の取材で明らかになりました。

これは国民の税金と視聴料によって経営がなされている公共放送として、
絶対にゆるされるものではありません。
放送法に違反した一種の「情報犯罪」でもあります。

チャンネル桜の2度にわたる台湾取材によって、番組出演者のほどんどが
NHKの放送をみて不満や怒りを述べ、やらせ取材の実態を明らかにしています。


また、「日本李登輝友の会」は、この番組によって、親密な日本と台湾の
友好関係が破壊されることを危惧し、抗議声明や公開討論会の開催要請を
提出しました。

これに対するNHKの欺瞞的回答で、これは単なる一番組の偏向問題などでは
なく、NHK全体に及ぶ放送、製作姿勢の問題であることが明らかになりました。

私たちは、この問題を公共放送の危機としてとらえ、日本の全ての国民、
NHK視聴者に提起します。

放送法弟32条の「NHK視聴者強制加入」を改正して自由な契約を実現し、
国民のNHK受信料不払いするべし。


2951
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★今度は、NHKは、次期大河ドラマ「平清盛」の紹介で、
皇室をわざわざ「王家」と格下げして表現しています。

山中雲     真山民

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/13 21:22 投稿番号: [502 / 735]
山中雲          真山民(南宋〜元・1274頃の人)


我愛山中雲       我は愛す山中の雲
日日相往還       日日相い往きて還るを
迹与人倶懶       迹は人と倶に懶(ものう)く
心与人倶閑       心は人と倶に閑(のどか)なり
有時抱幽石       時有りて幽石を抱き
伴我林下眠       我を伴いて林下に眠る
豈不能為霖       豈に霖(ながあめ)を為す能はざらんや
安肯軽出山       安(いず)くんぞ肯へて軽がろしく山を出んや


わたしは山にかかる雲を愛している
日々、行きつ戻りつする雲を愛している
その雲の通った跡はわたしと同じようにものぐさで
その雲の心はのどかで、わたしとともにある
ときに、山にかかった雲は幽石を抱き
わたしをも包み込んでわたしとともに林下に眠る
雲が長雨をふらすことができないなどありえようか
それでもわたしは、軽々しく山をおりるようなことがどうしてできようか


★真山民は、南宋の陶淵明といわれました。

★真山民には、「山中梅」「山中雲」「山中月」「山中松」の山中四部作があり、
それぞれ、春・夏・秋・冬に対応していると思います。

★訓読・解釈はあじさいです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

豈不能為霖       豈に霖(ながあめ)を為す能はざらんや

★「豈」の解釈として

①副詞。表示反問。可以翻訳為“難道”“怎麼”
  副詞。反問を表す。
  難道・・・まさか〜〜ではあるまいな
  怎麼・・・どうして〜〜であろうか

上記の書き下し文と訳
雲が長雨をふらすことができないなどありえようか   →   必ず長雨を降らせる
※長雨は降った・降る

それでもわたしは、雲を愛しているから、
長雨が降ったくらいで山を下りたりはしない。
(非常に強い雲への愛情)

②副詞。表示疑問。可以翻訳為“是否”
  副詞。疑問を表す。
  是否・・・〜であるかどうか

雲は長雨を降らすことができないのであろうか、どうなんだろう。
(このニュアンスだと、
雲は長雨を降らせるはずなのに実際には降っていないが、と訝る気持ち)
※長雨はまだ降っていない

本来、雲は長雨を降らせるはずなのに降っていないということは、
わたしに対する雲の思いやりでなのではないか。
であるとするならば、雲のわたしに対する愛情に応えて、
わたしも雲といつもいっしょにいるよう、山をおりるようなことはしないよ

.

山中梅     真山民

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/13 21:17 投稿番号: [501 / 735]
山中梅          真山民(南宋〜元・1274頃の人)


我愛山中梅       我は愛す山中の梅
根幹日以蒼       根幹   日々以て蒼く
猶餘古顔色       猶   古(いにしえ)の顔色を餘(のこ)す
不作時世粧       時世の粧を作さず
天寒空谷中       天寒   空谷のうち
澹焉守幽香       澹として幽香を守る
寄聲語春風       聲を寄せ春風に語る
此非桃李場       此れ桃李の場に非ず


わたしはこの山中の梅を愛している

根や幹は長い歳月を経てかわらず青々としている

梅は今なお古(いにしえ)の風情を残していて

時代におもねることをしない

天寒くひっそりとしたひとけのない谷の中にあって

澹然としておくゆかしい香りを保ちつづけている

(梅は)その香り(声)を春風に乗せて、わたしのもとに届けてくる
(わたしに語りかけてくる)

ここは、華やかな桃や李を慕い人がたずねてくるようなところではないのだ


★はなやかで濃艶で、多勢の人にもてもての桃や李よりも、
誰知るもののない山中で凛とした香りを放つ梅の花木の姿に、
真山民は、自分自身をかさねあわせているのでしょう。


★訓読・解釈はあじさいです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

★桃李雖艶何如松蒼柏翠之堅貞『菜根譚』

桃李は艶なりと雖も  
何ぞ松蒼(しょうそう)柏翠(はくすい)の堅貞(けんてい)なるに如かんや


★上記のように言っていますが、「桃李成蹊」は有名ですね。

.

山中松     真山民

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/13 21:02 投稿番号: [500 / 735]
山中松          真山民(南宋〜元・1274頃の人)


我愛山中松       我は愛す山中の松
歳月歴已深       歳月は歴として已に深し
氷雪凍不死       氷雪に凍えるも死せず
偃蹇岩之陰       偃蹇(えんけん)す岩の陰
雖然石底棄       然りと雖も石底に棄せれば
幸免斧斤尋       幸にして斧斤の尋れを免る
時時清風来       時時   清風の来たりて
松頭自微吟       松頭   自(おのずか)ら微吟す


わたしは山中の松を愛している

松は   幾星霜を歴て   おくゆかしくひっそりと立っている

氷雪にさらされても   凍え死ぬこともなく

曲がりくねってある岩の陰

しかしながら、谷底にただ独り   ぼつんと立ってはいるからこそ

人間に斧で切りたおされるようなめにあわずにすんでいる

たえまなく吹きわたる清風に

松のこずえのさわめきは   まるで低く歌でもうたっているようだ


★訓読・解釈はあじさいです。

.

山中月     真山民

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/13 20:44 投稿番号: [499 / 735]
山中月          真山民(南宋〜元・1274頃の人)


我愛山中月       我は愛す山中の月
烱然掛疎林       烱然として疎林に掛かるを
為憐幽独人       幽独の人を憐むが為に
流光散衣襟       流光衣襟に散ず
我心本如月       我が心もと月の如く
月亦如我心       月も亦た我が心の如し
心月両相照       心と月と両(ふた)つながら相い照し
清夜長相尋       清夜   長(とこ)しなえに相い尋ねん


私は山中に掛かっている月が、木のまばらな林を照らしているのを愛する

この隠士である私を憐れむかのように、
月光は私の襟のあたりを照らし続けている

私の心はもともと月のように自然で無欲、時勢にへつらうことなく

月もまた私の心と同じで

わが心と月と共に照らしあって

このすばらしい美しい夜をいつまでもいつまでも尋ねるのである



★この詩の解釈は、昔ネットからひろったものですが、
該当URLは現在表示されません。

.

Re: 月圓花好

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/13 02:15 投稿番号: [498 / 735]
訂正です。

浮雲散明月照人来

浮雲   散じて   明月   人の来るを照らす


「明月」が「雲」になっていました。

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八月十五日夜禁中獨直對月億元九白居易

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/12 22:38 投稿番号: [497 / 735]
八月十五日夜禁中獨直對月億元九       白居易(中唐・772〜846)
八月十五日、夜、禁中に獨り直して月に對し元九を億(おも)う


銀臺金闕夕沈沈       銀臺   金闕(きんけつ)   夕べちんちん
獨宿相思在翰林       獨宿   相思ひて   翰林に在り
三五夜中新月色       三五夜中   新月の色
二千里外故人心       二千里外   故人の心
渚宮東面煙波冷       渚宮(しょきゅう)の東面   煙波冷やかに
浴殿西頭鐘漏深       浴殿の西頭   鐘漏(しょうろう)深し
猶恐清光不同見       なほ恐る   清光同じくは見ざらんことを
江陵卑湿足秋陰       江陵は卑湿にして秋陰足(おお)し


宮中に聳える高殿、翰林院や皇宮が夜のしじまに見える

ひとり宿直をしながら君のことを思っている

今宵十五夜 のぼったばかりの明月に

二千里のかなたにいる君の心がしのばれる

楚王の渚宮の東がわは靄にかすんだ水面が月に冷たく光っているであろう

わたしのいる、ここ長安の宮中の浴堂殿の西側では、
時を告げる鐘や水時計の音が静けさの中で深々と刻まれている

気がかりなのは、
君が今夜のこの清らかな月光を見られないのではないかということだ

なぜなら君のいる江陵は土地低く湿気が多くて秋も曇天が多いから


★湖北省江陵に左遷された、科挙同期合格以来の親友元<禾眞>(げんじん)
(779〜831)を想って詠んだ友情の傑作。
しみじみとした心づかいが秋の気配に伝わってくる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

★三遊洞・・・湖北省宜昌市郊外の西陵山上にある洞窟。
西陵峡の下流側に位置して,三峡を遡る入口でもある。

唐の元和十四年(819年)。
白居易(白楽天)と弟の白行簡、友人の元微之の三人が、
この洞窟を見つけてあまりの美しさに詩作に興じながら一週間も滞在した
ことから三遊洞と名づけられた。
ちなみに、この時の三人の詩人を前三遊と云う。

また、宋の嘉祐元年(1056年)には、蘇洵、蘇拭、蘇轍の三人がまたまた
この洞窟で遊び、これを後三遊と称する。

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嫦娥

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/12 22:16 投稿番号: [496 / 735]
そういえば、以前、テレビのニュースで、

中国の嫦娥(ジョウガ)が月の写真をナントカカントカ・・・・・
と言っていたのを耳にしたことがあります。

これは正式には、
「嫦娥」は「コウガ」であり「ジョウガ」ではありません。

嫦娥というのは、夫からあずかった不老不死のクスリを盗み飲みして
ふわふわと月宮殿に上っていったという伝説の女性で、月の精とされています。

もともとは<女亘>娥・恒娥と書かれました。
ところが、前漢の武帝の名が恒だったところから、
漢時、<女亘>・恒という字を避けて嫦という字をつくったものです。

したがって「嫦」の正しい読みは「コウ」です。

新字源では、「嫦」の字は、コウ(漢音)、ゴウ(呉音)の「女亘」の俗字
として掲載されており、「ジョウ」は後世にできた俗音とされています。

学生時代、講義のとき「ジョウ」と発音すると必ず誤りであると注意されました。

俗音というのは何でしょうか。
本当の読み方を知らない人が多くそう読むので、
しかたがないから間違った音でもいいことにしたということでしょうか。

NHK のアナウンサーなんですから、もう少し調べて、
なるべく正しい発音をしてもらいたいと思います。

ただ「嫦」は、現代中国語では「常」と同じ「chang2」と発音されています。

これがまぎらわしい。まちがいのもとです。

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把酒問月     李白

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/12 22:03 投稿番号: [495 / 735]
把酒問月           李白
酒をとって月に問う  
     
逭天有月來幾時       逭天に月有りて來(このかた)幾時ぞ
我今停盃一問之       我   今   盃を停めて一たびこれを問う
人攀明月不可得       人の明月をよずるは得べからず
月行却與人相隨       月光   かえって人と相したがう
皎如飛鏡臨丹闕       きょうとして飛鏡のたんけつに臨むが如く
䖝煙滅盡芿輝發       緑煙   滅し盡くして清輝發す
但見宵從海上來       但だ見る   宵に海上より來たるを
寧知曉向雲間沒       なんぞ知らん   曉に雲間に向かって没するを
白兔擣藥秋復春       白兔   藥をついて秋   また春
嫦娥孤棲與誰隣       嫦娥   孤棲して誰ととなる
今人不見古時月       今人は見ず   古時の月
今月曾經照古人       今月はかつて古人を照らせり
古人今人若流水       古人今人   流水のごとく
共看明月皆如此       共に明月を看ること皆かくの如し
唯願當歌對酒時       ただ願わくは歌にあたり酒に對するの時
月光常照金樽裏       月光の常に金樽のうちを照らさんことを


大空に月が浮かんでから   どのくらいになるのだろう
わたしは今   盃を持つ手をとめて   きいてみよう
人は月までよじのぼってはゆけないが
月のほうは   人が歩くのについてくる
月はしらじらと光り空を飛ぶ鏡が赤い宮門に臨むように   夕焼け空にのぼり
夕もやがすっかりなくなると   清らかな光を放つ
ただ夕方   海の上から来るのを見るだけで
明け方に雲の中に向って没してゆくのをどうして知ろうか
月に住む兎は仙薬を擣いて   秋も春も休まず
嫦娥は月でずっと一人住居(ずまい)して   誰が隣にいるのか
今の人は昔の月を見ないが
今のこの月は以前   昔の人を照らしていたのだ
昔の人も今の人も   流れる水のように
いずれもそのように月を見ては   時とともに去っていくのだ
せめて歌を聞き   酒を前にするときは
月光がいつも酒樽の中を照らしていることを願うばかりだ


★「嫦娥」は、原文は「<女亘>娥」です。
UP されないので変えてあります。

「嫦娥」と書いても「コウガ」と読むのが正しい。
次頁にもう少し詳しく書きます。

★金樽
とあると、さぞ立派な美しい酒樽であろうと想像しますが、
詩の世界では汚いカメでも金樽と詠みます。

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月圓花好

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/12 21:43 投稿番号: [494 / 735]
★周<王旋>(シュウセン)
http://www.youtube.com/watch?v=hg7dZS74GlE

★月圓花好 (cover) HQ yuanyuan88 園園
http://www.youtube.com/watch?v=f4ERuzcWHXY&feature=related

★費玉清
http://www.youtube.com/watch?v=6yvdYmON0E0

★敦煌舞踊
http://www.youtube.com/watch?v=JeOdlP3waP8


月圓花好

浮雲散明月照人来
団円美満今朝最
清浅池塘鴛鴦戯水
紅裳翠盖并蒂連開
双双対対恩恩愛愛
這軟風儿向着好花吹
柔情蜜意満人間


浮雲   散じて   雲   人の来るを照らす
団円   美満   今朝は最高
池の浅瀬に   つがいのおしどり遊び
あかいスカート   緑の蔽い   ひとつのガクに蓮の花ふたつならび咲く
すべてのペア   すべてのカップルに   恩愛満ちて
そよ風   そよそよ   花にそよ吹く
やさしい心   甘い気持ちは   世間に満ち溢れて

                                
★上記のヘタな解釈はトピ主です。


◆『紅樓夢』松枝茂夫訳より
27. 落花を埋める(俗に    「黛玉葬花」といわれている有名な場面です)

<女它>紫<女焉>紅開遍似這般都付與斷井頽垣林
なまめかしき紅の花むらさきの花
いたましや垣のくずれに咲きそろいたる

良辰美景奈何天賞心樂事誰家院
めでたき眺めはいずこの空に
たのしき遊びは誰が家の庭に

&#20320;如花美眷似水流年
花にもまがうきみが顔(かんばせ)
水のごとくに流るる年月

&#20320;在幽閨自怜
汝はかそけき閨(ねや)にわが身を憐れむ

★以上、原文は『程甲本紅樓夢』第二冊, 第二十三回
「西廂記妙詞通戯語   牡丹亭艶曲警芳心」より
★原文では、これ以前に四つの詩がありますが、
松枝先生のご本では省略してあるようです。

★「西廂記」
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/3891/Zh-movie2.html


★すみません、UP されない漢字はそのままにしてあります。

.

Re: 孟姜女

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/12 21:26 投稿番号: [493 / 735]
作詞はレイモンド服部さんですか、

さすがプロの仕事はちがいますね。

今度、時間のあるときにこれを見て、
日本語の歌詞のほうもワードに入れておきます。

ご教示、有難うございました。

また何かとよろしくお願いいたします。

.

Re: 紫陽花亭日乗

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/12 21:24 投稿番号: [492 / 735]
こんばんわ。

もう他の方が回答くださっているように、YAHOO 掲示板では簡体字は
反映されません。

ので、わたしはいつも常用字か繁体字になおしてUP しています。

「あなた」は、「イ尓」と辞書登録しておいてよく使います。
これは古典ではほとんど出てこないので、現代文の場合ですね。


昔ながらの漢字を守っている台湾は立派だと思います。

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Re: 孟姜女

投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/09/12 20:02 投稿番号: [491 / 735]
>「孟姜女」に日本語の歌詞があるとは知りませんでした。

「孟姜女」に日本語の歌詞があるのは、胡美芳さんの「孟姜女」だけだと思います。
作詞は、レイモンド服部と、謂われています。
 
孟姜女ー支那民謡   胡美芳
http://www.youtube.com/watch?v=pQHLPBjcP8A

Re: 紫陽花亭日乗

投稿者: lautanlp 投稿日時: 2011/09/12 12:39 投稿番号: [490 / 735]
横レスですが、

>中国の簡体文字を、[文字化け」せずに、コピーし、転写する方法があれば、教えて下さい。

Yahoo!掲示板にと言うことでしたら、それはできません。
Yahoo!掲示板の現行の仕様です。

ただし、&#から始まる文字化けが元はどういう文字だったかは、調べられます。

Yahoo!掲示板の文字化け
http://laut7.blog81.fc2.com/blog-entry-8.html

Re: 紫陽花亭日乗

投稿者: toshiro_1512 投稿日時: 2011/09/12 09:37 投稿番号: [489 / 735]
ajisai110701 さんに質問!

中国の簡体文字を、[文字化け」せずに、コピーし、転写する方法があれば、教えて下さい。
 
例えば、「you」は、「人偏に爾:&#20766;」ですが、「文字化け」するので、<人爾>と二字で書きます。一字で表現する場合、小生は、いつも「汝」の文字を用いますが、語感がシックリと一致しません。

国際的ジョーク  (他トピより転載)

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/11 23:05 投稿番号: [487 / 735]
ある船に火災が発生した。
船長は、乗客をスムーズに海へ飛び込ませるために、

イギリス人には   「紳士はこういうときに飛び込むものです」
ドイツ人には   「規則では海に飛び込むことになっています」
イタリア人には   「さっき美女が飛び込みました」
アメリカ人には   「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」
ロシア人には   「ウオッカのビンが流されてしまいました、
         今追えば間に合います」
フランス人には   「海に飛び込まないで下さい」

日本人には   「みんなもう飛び込みましたよ」
中国人には   「おいしそうな魚が泳いでますよ」
北朝鮮人には   「今が亡命のチャンスですよ」
大阪人には   「阪神が優勝しましたよ」と伝えた。


船員「船長!まだ韓国人が残っていますが!」
船長「ほっておけ。」
船員「なぜですか!」
船長「生き残られると迷惑だ。服が濡れたと賠償請求されてしまう」

~~~~~~~~(修改)~~~~~~~~~~~~~~~

ある船に火災が発生した。
船長は、乗客をスムーズに海へ飛び込ませるために、

イギリス人には   「紳士はこういうときに飛び込むものです」
ドイツ人には   「規則では海に飛び込むことになっています」
イタリア人には   「さっき美女が飛び込みました」
アメリカ人には   「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」
ロシア人には   「ウオッカのビンが流されてしまいました、
         今追えば間に合います」
フランス人には「海に飛び込まないで下さい」

日本人には   「みんなもう飛び込みましたよ」
中国人には   「ここの海水はきれいなんで大丈夫ですよ」
北朝鮮人には「今が亡命のチャンスですよ」
大阪人には   「阪神が優勝しましたよ」と伝えた。


船員「船長!まだ韓国人が残っていますが!」
船長「ほっておけ。」
船員「なぜですか!」
船長「生き残られると迷惑だ。服が濡れたと賠償請求されてしまう」

.

Re: 「何度でも言おう、世界はみんな腹黒い

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/11 22:55 投稿番号: [486 / 735]
  安定した中国は潤沢な資金を使って、例えば軍事面では人工衛星を
ミサイルで破壊して喜んでいる。

ロシアから中古の空母を買い込み、原子力潜水艦を大量に作り出した。

チベットには鉄道を敷いて完全に植民地化し、ウイグルでは住民の弾圧と
強制移住政策が行われ、隣接するアフガン、その向こうのパキスタンでは
ウイグル弾圧に対する報復の中国人殺しが日常化してきた。

西沙、南沙諸島にも軍艦を出し、つい先日も中国漁船がベトナム側の銃撃を
受ける騒動が起きている。


  中国の安定は日本の安全に貢献したか。中国の潜水艦はいま領海を無視して入り込み、
軍事的脅威を生み出すだけでなく、中国の歯止めのない公害や河川の汚染は
酸性雨や有害物質を含んだ黄砂となって日本の環境を脅かしている。


  豊かになった中国人は飛行機にも乗れるようになって、日本に飛んできては
重機でATMを破壊し、ガムテープ強盗をやり、日本人の生命財産を脅かしている。


  ODAにともなう日中の経済緊密化は逆に毒餃子や農薬まみれの野菜という
形で日本の食卓を危機に晒している。
これだけの材料が揃えば、隣人・中国がいかに狡猾で、いかに危険か
ということが理解できるはずだ。


  <中国の安定は何の役に立ったか、日本の巨額援助が招いた大災厄>
  旧約聖書には、隣人とは最も狡猾で、危険で、隙を見せれば「隣人の妻を犯し」
「隣人を陥れる偽証をし」「隣人の財産を盗む」(モーゼの十戎)ものとある。

このようにちょっと隙をみせれば「隣人の日本人のものを盗み」、日本兵は南京で
大虐殺をやったとかの「日本を陥れる偽証」を平然と行うことも分かっただろう。


  「中国に経済援助をし、雇用を創出し、社会を安定させること」が
日本の安全につながらなかっただけではない。

日本が中国を安定させたために、東アジア諸国もまた危険な隣人・中国に
怯える結果になった。
日本の間違った隣人観は東アジアに災厄をもたらしただけでなく、
遠くアフリカにも被害を広げた。
21世紀最初のダルフール大虐殺がそれである。


  日本の認識違いで戦前は白人社会と対立を生み、戦後は同じ理由で
アジア、アフリカに災いをもたらしたわけだ


2948

「何度でも言おう、世界はみんな腹黒い」

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/11 22:54 投稿番号: [485 / 735]
◆高山正之   国際ジャーナリスト   「別冊正論」09


  「何度でも言おう、世界はみんな腹黒い」
  −白人の悪意と中国人の狡猾・・・“お人よし”は通用しない−

  <日本人の信義と公正観が、白人国家を刺激してきた>

  <日本人の隣人に対する態度は、国際社会と大きくずれている>
  興味あるのは天安門事件のころの「正論」などの識者の見解だ。

  天安門事件は共産主義のまま経済発展を望んだからで、
「今度も抵抗と抑圧の悪循環に陥り、中国は長期に渡って混乱状態が続く」
という見方が中心を占めている。
そして「中国が混乱していては東アジアの安定は望めず、日本の安全に決して好ましくない」。

  だから「日本は中国を援助し、近代化に協力すべきだ。
中国を封じ込めるのは東アジアにとって得策ではない」
というのが最大公約数的な結論となっている。


  中国が安定すれば東アジアも安定し、日本も安全を享受できる。
だから中国の安定に寄与するODAにも賛成する。
これが媚中派とは一線を画するまともなジャーナリスト、学者の発言だった。
それで何兆円もの援助が中国に流し込まれていった。


  それは本当に凄まじい援助だった。
北京国際空港も上海浦東空港、西安空港、蘭州空港の豪華ターミナルビルも
飛行場もみんな日本がただで作ってやった。

鉄道も北京ー秦皇島鉄道全線と重慶のモノレール、北京の地下鉄網も
また日本のカネでつくられた。

北京から万里の長城に至る高速道も上海から無錫への高速道も延安から
重慶に至る鉄道もそうなら宝山製鉄所、秦皇島の港湾施設も大規模な
肥料工場もすべて日本からの贈り物だ。

ほかに民間から松下幸之助が家電生産ラインを丸ごと寄贈したり、
ヤオハンが全財産を置いていったり。


  おかげで中国は文革の殺戮も終り、大躍進の飢饉も消えた。
経済は安定し、1990年代後半からは年間2桁の経済成長を誇ってきたのは承知のとおりだ。

  中国は安定し、繁栄したが、では東アジアは安定したか、日本も安全になったか。


つづく

2947

Re: 要去遥遠的地方、他

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/11 22:52 投稿番号: [484 / 735]
こんばんわ。

たくさんの中国歌謡をご紹介くださいまして、有難うございます。

今、胡美芳全集を聞きながらタイプしています。

「太湖船」という歌を聞いてちょっと驚きました。
学校の音楽の時間に、この曲はならったことがありますが、
そのルーツがここにあるとは知りませんでした。
歌詞は、はじめの部分が杜甫の「春望」でした。

この曲で、
「国やぶれて山河あり、城春にして草木深し」と歌い、
次に「ときの流れかわらねど、ああああ夢は・・・」
と続きます。

「孟姜女」に日本語の歌詞があるとは知りませんでした。

「草原情歌」は、日本でも有名できちんとした日本語の歌詞があります。

「支那之夜」は、漢語の歌詞もありますね。


はじめて聞く曲もあります。
ゆっくり順番に聞いていきます。

有難うございました。

.

要去遥遠的地方、他

投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/09/11 20:33 投稿番号: [483 / 735]
要去遥遠的地方(草原情歌・青海民歌/作曲:王洛賓)

<人爾>説<人爾>要去沙漠 要我跟&#20320;走
万里流沙我不怕 就怕 就怕<人爾>是否真愛我
万里流沙我不怕 就怕 就怕<人爾>是否真愛我
<人爾>説<人爾>要去牧羊 要我相做伴
&#33485;凉荒漠我不怕 就怕 就怕半路上把我忘
&#33485;凉荒漠我不怕 就怕 就怕半路上把我忘
在那遥&#36828;的地方 &#35768;多好姑娘
<人爾>若変心我最怕 因為 因為我愛<人爾>情意長
<人爾>若変心我最怕 因為 因為我愛<人爾>情意長
 
要去遥遠的地方 -- 訒麗君 テレサ・テン
http://www.youtube.com/watch?v=u5nozIqN-V0
http://www.youtube.com/watch?v=eGIk2UXnMYs&feature=related
 
要去遥遠的地方 by 童麗 Tong Li
http://www.youtube.com/watch?v=j8Z9jytL8aE
 
童麗(トンリー)、在那遥遠的地方
 
在那遥遠的地方
有位好姑娘
人門走&#36807;&#22905;的帳房
都要回&#22836;留恋地張望
&#22905;那粉紅的笑瞼
好像紅太陽
&#22905;那活発動人的眼睛
好像&#26202;上明媚的月亮
我愿抛弃了財産
跟&#22905;去牧羊
毎天看着那粉紅的笑瞼
和那美麗金遍的衣裳
我愿做一只小羊
跟在&#22905;身旁
我愿&#22905;拿着&#32454;&#32454;的皮鞭
不断&#36731;&#36731;打在我身上
 
童麗(トンリー)、青海民歌  
http://www.youtube.com/watch?v=lG5Iz6QzAv8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=5bY8WerNvnk&feature=related
 
在那遥遠的地方/童麗君
http://www.youtube.com/watch?v=5bY8WerNvnk&feature=related
 
在那遥遠的地方/訒麗君
http://www.youtube.com/watch?v=FKyjefA_NDo&feature=related
 
Jos&eacute; Carreras - 在那遙遠的地方 - 草原情歌
http://www.youtube.com/watch?v=6CeBm72huhI&feature=related
 
テレサ・テン
http://www.youtube.com/watch?v=DRHT5CFIt28&feature=related
 
草原情歌(ボニー・ジャックス)中国青海民謡
http://www.youtube.com/watch?v=GE1Bp247uPM&feature=related
 
歌手不明(牧歌的)
http://www.youtube.com/watch?v=mKm9vBMSnnQ&feature=related

幾(几)度花落時

投稿者: sennin_194012 投稿日時: 2011/09/11 12:39 投稿番号: [481 / 735]
幾(几)度花落時( 彩雲追月・南の花嫁さん/作曲:任光)

徘徊花从里
親人<人爾>不来
痴痴在等待
莫非呀<人爾>把我忘懐
那年花落時
相約在花今日
可是呀<人爾>不見<人爾>来
曾問那花儿我心事
可知我相思苦
随那流水寄給<人爾>
再問几度花落時
 
徘徊花从里
親人<人爾>不来
痴痴在等待
莫非呀<人爾>把我忘懐
那年花落時
相約在花今日
可是呀<人爾>不見<人爾>来
曾問那花儿我心事
可知我相思苦
随那流水寄給<人爾>
再問几度花落時
 
訒麗君/几度花落時
http://www.youtube.com/watch?v=VfKc6Nr-aIs&feature=related
 
几度花落時 Ci Tu Hua Luo Se
http://www.youtube.com/watch?v=RTffoLfVQW4&feature=related
 
几度花落時 - Where have all the flowers fallen? - 歌手:喬維怡
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v =- 8Mw2Z3W5_E&NR=1
 
几度花落&#26102;/姚蘇蓉
http://www.youtube.com/watch?v=yZtLJsJa45o&feature=related
 
彩雲追月
http://www.youtube.com/watch?v=Bgf-xPocXYM&feature=related
 
彩雲追月/梁耀安;蒋文端
http://www.youtube.com/watch?v=6svVBDx9fTM&feature=related
 
彩云追月
http://www.youtube.com/watch?v=gUoJESwfNEY&NR=1
 
麗莎 粤語不朽名曲 彩云追月
http://www.youtube.com/watch?v=Mu9-8oI4Co4&NR=1
 
泰語版 幾度花落時(彩雲追月)中文字幕
http://www.youtube.com/watch?v=0Pm9ERqWqnk&feature=related
 
南の花嫁さん 高峰三枝子
http://www.youtube.com/watch?v=1pkGRy9LbcI&feature=related
 
遊佐未森/南の花嫁さん
http://www.youtube.com/watch?v=sNuWjOYA9C0&feature=related
 
小柳ルミ子   南の花嫁さん
http://www.youtube.com/watch?v=78-MVIh76Lg&feature=related
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