Re: 「血の快楽」 張献忠殺人鬼伝説
投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/18 00:32 投稿番号: [523 / 735]
こうした張献忠像は、行き場を見失った過剰なエネルギーを、
死にもの狂いで消尽している悪鬼にも似る。
ちなみにジョルジュ・バタイユは、次のように述べている。
~~~~~~~~~~~~~~~~
生命体は、地表のエネルギーの働きが決める状況の中で、
原則としてその生命の維持に要する以上のエネルギーを受け取る。
過剰エネルギー(富)は一つの組織(例えば一個の有機体)の成長に利用される。
もしもその組織がそれ以上成長しえないか、或いは剰余が成長のうちに
悉く摂取されえないなら、当然それを利潤ぬきで損耗せねばならない。
好むと好まざるとにかかわらず、華々しいかたちで、さもなくば破滅的な
方法でそれを消費せねばならない。(生田耕作著『呪われた部分』)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ライバルの李自成に先んじられ、続いて満州族の清王朝の基盤がかたまって
ゆくさまを目のあたりにしながら、蜀に孤立し望みも絶えた元農民反乱軍の
リーダー張献忠は、まさしく自らの過剰エネルギーを「殺(シャー)、殺(シャー)
・・・・・」と、はなばなしくも破滅的なかたちで消費しつくしたわけである。
殺人鬼伝説のカラクリ
『蜀碧』などの伝説的資料に見える張献忠像は、ざっとこのような
ものであるが、実在の張献忠は、かなりひどいことをやったには
相違ないが、けっしてこれほどのことはなかったと思われる。
にもかかわらず、なぜこうした張献忠殺人鬼伝説が、時の経過とともに
ますますはなばなしく潤色され、得々と語られ続けたのだろうか。
これは、なかなか興味深い問題である。
ふたたび魯迅によれば、先にあげた「晨涼漫記」において、
彼は続いてこう述べている。
~~~~~~~~~~~~~~~~
(張献忠は)殺すことによって兵をおさめ、その兵を用いてまた殺した。
自分はもうおしまいだ。
だが、こうやってみなもろともに滅亡の末路に至ろう、というわけである。
我々だって他人のものや公共のものは、あまり大切にしないではないか。
だから張献忠の行動は、一見したところ奇怪ではあるが、
その実きわめて平凡なものである。
奇怪なのは、それらの殺された人々が、どうしていつも手をつかね
首を伸ばして、彼に殺されるのを待っていたかということである。
清王朝の粛王が彼を射殺してくれ、
やっと清の奴隷になって救われたのは、なぜか。
しかもこれが、いわゆる「簫(ふえ)を吹くに竹を用いず、
一箭(いっせん)、貫きて胸に当たる」の予言どおりで、
昔から定められていたのだ、などといいだしたのは、なぜか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ちなみに魯迅は、おそろしくシニカルな口調で、
中国史を次のような二つのカテゴリーに、区分してみせたことがある。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
たとえ見栄っぱりの学者たちが、もったいをつけたがり、史書を
編纂する時に、「漢民族発祥時代」「漢民族発達時代」「漢民族中興時代」
などという、けっこうな題目を設定しようとも、ご好意には感謝するが、
表現の仕方がなんともまわりくどい。
もっとストレートな言い方がここにある。
一、奴隷になりたくてもなれない時代
二、しばらく安穏に奴隷でいられる時代
この循環が、これまた「先儒」のいう「一治一乱」にほかならない。
乱を起こした者たちは、後代の「臣民」から見れば、「主人」のために
道路掃除をやってくれたことになり、だから、「聖なる天子のために駆除した
云々」などと評されるのである。(「灯火漫筆』。『墳』収)
つづく
5946
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
>
一、奴隷になりたくてもなれない時代
二、しばらく安穏に奴隷でいられる時代
<
★上記の魯迅の言葉は非常に有名なもので、多くの学者がよく引用しています。
.
死にもの狂いで消尽している悪鬼にも似る。
ちなみにジョルジュ・バタイユは、次のように述べている。
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生命体は、地表のエネルギーの働きが決める状況の中で、
原則としてその生命の維持に要する以上のエネルギーを受け取る。
過剰エネルギー(富)は一つの組織(例えば一個の有機体)の成長に利用される。
もしもその組織がそれ以上成長しえないか、或いは剰余が成長のうちに
悉く摂取されえないなら、当然それを利潤ぬきで損耗せねばならない。
好むと好まざるとにかかわらず、華々しいかたちで、さもなくば破滅的な
方法でそれを消費せねばならない。(生田耕作著『呪われた部分』)
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ライバルの李自成に先んじられ、続いて満州族の清王朝の基盤がかたまって
ゆくさまを目のあたりにしながら、蜀に孤立し望みも絶えた元農民反乱軍の
リーダー張献忠は、まさしく自らの過剰エネルギーを「殺(シャー)、殺(シャー)
・・・・・」と、はなばなしくも破滅的なかたちで消費しつくしたわけである。
殺人鬼伝説のカラクリ
『蜀碧』などの伝説的資料に見える張献忠像は、ざっとこのような
ものであるが、実在の張献忠は、かなりひどいことをやったには
相違ないが、けっしてこれほどのことはなかったと思われる。
にもかかわらず、なぜこうした張献忠殺人鬼伝説が、時の経過とともに
ますますはなばなしく潤色され、得々と語られ続けたのだろうか。
これは、なかなか興味深い問題である。
ふたたび魯迅によれば、先にあげた「晨涼漫記」において、
彼は続いてこう述べている。
~~~~~~~~~~~~~~~~
(張献忠は)殺すことによって兵をおさめ、その兵を用いてまた殺した。
自分はもうおしまいだ。
だが、こうやってみなもろともに滅亡の末路に至ろう、というわけである。
我々だって他人のものや公共のものは、あまり大切にしないではないか。
だから張献忠の行動は、一見したところ奇怪ではあるが、
その実きわめて平凡なものである。
奇怪なのは、それらの殺された人々が、どうしていつも手をつかね
首を伸ばして、彼に殺されるのを待っていたかということである。
清王朝の粛王が彼を射殺してくれ、
やっと清の奴隷になって救われたのは、なぜか。
しかもこれが、いわゆる「簫(ふえ)を吹くに竹を用いず、
一箭(いっせん)、貫きて胸に当たる」の予言どおりで、
昔から定められていたのだ、などといいだしたのは、なぜか。
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ちなみに魯迅は、おそろしくシニカルな口調で、
中国史を次のような二つのカテゴリーに、区分してみせたことがある。
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たとえ見栄っぱりの学者たちが、もったいをつけたがり、史書を
編纂する時に、「漢民族発祥時代」「漢民族発達時代」「漢民族中興時代」
などという、けっこうな題目を設定しようとも、ご好意には感謝するが、
表現の仕方がなんともまわりくどい。
もっとストレートな言い方がここにある。
一、奴隷になりたくてもなれない時代
二、しばらく安穏に奴隷でいられる時代
この循環が、これまた「先儒」のいう「一治一乱」にほかならない。
乱を起こした者たちは、後代の「臣民」から見れば、「主人」のために
道路掃除をやってくれたことになり、だから、「聖なる天子のために駆除した
云々」などと評されるのである。(「灯火漫筆』。『墳』収)
つづく
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一、奴隷になりたくてもなれない時代
二、しばらく安穏に奴隷でいられる時代
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★上記の魯迅の言葉は非常に有名なもので、多くの学者がよく引用しています。
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これは メッセージ 522 (ajisai110701 さん)への返信です.
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