紫陽花亭日乗

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山中雲     真山民

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/13 21:22 投稿番号: [502 / 735]
山中雲          真山民(南宋〜元・1274頃の人)


我愛山中雲       我は愛す山中の雲
日日相往還       日日相い往きて還るを
迹与人倶懶       迹は人と倶に懶(ものう)く
心与人倶閑       心は人と倶に閑(のどか)なり
有時抱幽石       時有りて幽石を抱き
伴我林下眠       我を伴いて林下に眠る
豈不能為霖       豈に霖(ながあめ)を為す能はざらんや
安肯軽出山       安(いず)くんぞ肯へて軽がろしく山を出んや


わたしは山にかかる雲を愛している
日々、行きつ戻りつする雲を愛している
その雲の通った跡はわたしと同じようにものぐさで
その雲の心はのどかで、わたしとともにある
ときに、山にかかった雲は幽石を抱き
わたしをも包み込んでわたしとともに林下に眠る
雲が長雨をふらすことができないなどありえようか
それでもわたしは、軽々しく山をおりるようなことがどうしてできようか


★真山民は、南宋の陶淵明といわれました。

★真山民には、「山中梅」「山中雲」「山中月」「山中松」の山中四部作があり、
それぞれ、春・夏・秋・冬に対応していると思います。

★訓読・解釈はあじさいです。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

豈不能為霖       豈に霖(ながあめ)を為す能はざらんや

★「豈」の解釈として

①副詞。表示反問。可以翻訳為“難道”“怎麼”
  副詞。反問を表す。
  難道・・・まさか〜〜ではあるまいな
  怎麼・・・どうして〜〜であろうか

上記の書き下し文と訳
雲が長雨をふらすことができないなどありえようか   →   必ず長雨を降らせる
※長雨は降った・降る

それでもわたしは、雲を愛しているから、
長雨が降ったくらいで山を下りたりはしない。
(非常に強い雲への愛情)

②副詞。表示疑問。可以翻訳為“是否”
  副詞。疑問を表す。
  是否・・・〜であるかどうか

雲は長雨を降らすことができないのであろうか、どうなんだろう。
(このニュアンスだと、
雲は長雨を降らせるはずなのに実際には降っていないが、と訝る気持ち)
※長雨はまだ降っていない

本来、雲は長雨を降らせるはずなのに降っていないということは、
わたしに対する雲の思いやりでなのではないか。
であるとするならば、雲のわたしに対する愛情に応えて、
わたしも雲といつもいっしょにいるよう、山をおりるようなことはしないよ

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