紫陽花亭日乗

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Re: 「血の快楽」  張献忠殺人鬼伝説

投稿者: ajisai110701 投稿日時: 2011/09/16 00:03 投稿番号: [510 / 735]
  『蜀碧』といった類の書物は、張献忠の殺人の事実をすこぶる詳細に
記録しているが、しかしすこぶる散漫でもあり、彼が「芸術のための芸術」
と同様、もっぱら「殺人のための殺人」をしていたかのように見える。
その実、彼にはほかに目的があったのだ。
彼は最初はけっしてそんなに殺人はやらなかった。
むろん皇帝になりたかったからである。

  その後、李自成が北京に進撃し、続いて清軍が山海関から侵入して来て、
自分には没落の道しかのこされていないから、殺(シャー)、
殺(シャー)・・・・・を始めたのだ。

  彼ははっきりと感じていた。
天下にもう自分のものはなく、いまは他人のものを破壊しているのだ、と。
これは末代の風雅な皇帝が死ぬ前に、祖先や自分が収集した書籍、骨董、
宝物の類いを償却するのと、まったく同じ心理である。
彼には兵隊はあったが、骨董の類いはなかった。
そこで殺(シャー)、殺(シャー)、殺人(シャーレン)、殺(シャー)・・・・・
となったわけだ。(『准風月談』収「晨涼漫記」)

~~~~~~~~~~~~~~~

  さすが魯迅らしい、いかにも辛辣な卓見である。
そのとおり、張献忠自身、しだいに形勢不利になると憤然として、
「四川の人間はまだ絶滅しておらんのか。
わしがこれを手に入れたのだから、わしがこれを滅ぼす。
一人たりとも他人にわたさんぞ」(『蜀碧』巻三)と宣言したともいう。
なんとも恐れいった「皆殺しの論理」ではある。


殺人ノルマで出世が決まる
  この異常心理を軸として、入蜀後の張献忠はあの手この手を尽して、
本当に「殺(シャー)、殺(シャー)・・・・・」を徹底的に実践した。

  張献忠の乱から約百年後に書かれた『蜀碧』は、誇張した表現が多く
(この書物に記された死者の数は、当時の蜀の人口をはるかにうわまわる、
という具合に)、とうてい事実そのままとはいえない。
しかし、ここに見える「張献忠殺人鬼伝説」ほど、目的を見失い、
破壊のみをこととする、過剰なる欲望の形をあからさまに
あらわした例はめずらしい。

  「欲望のブラック・ホール」とは、まさしくこのことであろう。
以下、この『蜀碧』をもとに張献忠殺人鬼伝説をたどってみよう。


つづく

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