竹島
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半島南部の任那を支配していた古代日本
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/20 17:13 投稿番号: [9960 / 18519]
引用:
古代の任那支配と文化伝播
韓国は古代に文化を日本に教えたと優越意識を持っているが、韓国側に資料はなく日本書紀などの記述を根拠としている。しかし古代に日本が朝鮮半島の任那を支配していたと日本書紀などの記述を根拠として主張すると、そんなことは有り得ないと日本側の資料を真っ向から否定する。
「日本のイメージ」
鄭大均
1998
中公新書
今日の日本論の体たらくぶりを、日本古代史の専門家という立場から批判しているのは金絃球高麗大学教授である。
<1985年、(中略)H大学アジア文化研究所主催で、「東洋古代文献の信憑性」というテーマのシンポジウムが開催され、私は日本文献に関する発表者として参加することになった。発表に先立って市内の某ホテルで主催者側と発表者が事前集会をもった。当時私は血気にあふれており、また韓国史の大家であるL教授と同席したこともあって平素抱いていた韓国の学界についての不満をぶちまけた。「わが国の中・高等学校教科書を見ると、百済・高句麗・新羅三国の文化が日本に伝えられた話が出てきますが、その内容は日本古代史書である『日本書紀』を土台にしているもので、わが国の史書にはありません。ところが、日本の学者たちが『日本書紀』を土台にして、古代日本が200年余り韓半島南部の伽耶(日本では任那という)地域を支配したという「任那日本府説」を主張すると、韓国の学界では、それは(中略)信じることができない資料なので、その学説も信じることができないと主張しています。(中略)これは明白な矛盾であり、こうした姿勢ゆえに日本の学界が韓国の学界を軽く見るのではありませんか」と、身のほどを知らぬ質問をした。そうしたらL教授は黙り込んで答えず、横におられたC教授が「自信がないんだよ」とおっしやった。『日本書紀』には日本が『任那日本府』という機構を置いて韓半島南部を支配しつつ三国文化を運んでいったようになっている(中略)。しかし、韓国の中・高等学校では三国文化が日本に伝播される国際関係に関しては何の説明もされず、ただ高句麗、新羅、百済の三国が日本に文化を伝えた事実だけを教えている。そこで、学生たちは日本を客観的に理解できず、無条件、対日優越意識だけを助長する結果をもたらした。外国に出かけたわが国の学生が、日本側の主張をそのまま取りあげた任那日本府説(中略)に接して戸惑うのも無理がない>
(金絃球)
Okino:
韓国は「日本書記」などの記述を根拠として古代朝鮮が文化を日本に伝えたとして優越感を持っている,しかし古代日本が朝鮮半島の任那を支配していたと「日本書紀」などの記述を根拠として日本が主張すると、そんなことは有り得ないと日本側の資料と主張を真っ向から否定する,つまり,韓国は日本文献の中から,韓国に都合のいい部分を切り取って歴史を改ざ
んしているのだ,だから今日,世界の学会
は朝鮮の歴史資料を信用していないし,相
手にもしないのです
これは メッセージ 9946 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』-感想
投稿者: lib1964_1982 投稿日時: 2005/06/20 17:12 投稿番号: [9959 / 18519]
半月城さま、詳しい説明ありがとうございます。
やはり、州を島ではなく隠州と読む、有力な読み方が有りますか。
「日本の北西は隠州で終わり、そこから先は異国の地」このほうが、文学的には、情緒があってよろしいかと思います。異国と言っても、朝鮮と短絡的に解釈しないでください。日本の地でない=異国の地。それだけの意味です。
隠州視聴合記は、日韓の領土問題決着をつけるために書かれたのではないのだから、
「竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは日韓いずれの側にとっても適当ではなく、そうした議論の現場から退くべきものなのである」
この見解はきわめて妥当です。
領土とはいかなるものでしょう。現在の国際法上の領土概念と、ペリー・プチャーチン以前の日本における領土概念が同じであったと考えることは出来ません。このため、江戸時代以前に、日本の領土であることを示す文献が存在したとしても、現在の領土概念における領有の根拠足り得るのかは、別問題です。たとえば、竹島渡航を禁止しなかったのは、無人島であるためトラブルが発生する恐れがなかったから、特段禁止する必要がなかった、それだけのことでしょう。「現在の国際法上の領土概念による領土と認識していた」と考えることは出来ません。
さらに、日本政府の言う「固有の領土」なる言葉も有ります。「わが国民が父祖伝来の地として受け継いできたもので、いまだかつて一度も外国の領土となったことがない」との意味であると、説明されます。
日本政府は、竹島は日本の固有の領土と説明しているので、歴史上わずかな期間でも、外国の領土になった可能性があるならば、日本の主張は成立しなくなります。
>当初日本政府が主張した1905年閣議決定に基づく無主地先占は、日本側の敗北で決着済でしょう。
私もそんな感じがしています。国際法的にはともかく、政治的には日本の敗北でしょう。1905年閣議決定を領有の根拠としたら、日韓歴史問題が中心議題になります。歴史問題を取り上げると、日本では票が減る、韓国では票が大幅に増える、これでは、日本の政治家に勝ち目はありません。
これは メッセージ 9950 (hangetsujoh さん)への返信です.
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>報道2001
投稿者: neo_takeshima100nen 投稿日時: 2005/06/20 14:00 投稿番号: [9958 / 18519]
> 前原誠司なぞは島根の漁師だけが漁業問題で生活苦のため”竹島の日”を制定させたのだと弁解していた。
これは ひどかったですね。
「(日本が)"領土を かへせ" "實效支配させろ"といふやうなコトで 交渉を もちかけたコトは ない」と ほこってゐましたが とんでもないコトです。
p.s.
これって 日本と南鮮で おなじモノが ながれたやうなコトを いってゐましたが、文化放送のBBSを みると 編集は ちがふやうですね。
これは メッセージ 9945 (kikousidayo さん)への返信です.
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ちょっと目を離すと
投稿者: llllowollll 投稿日時: 2005/06/20 10:38 投稿番号: [9957 / 18519]
すぐこれだ。
>当初日本政府が主張した1905年閣議決定に基づく無主地先占は、日本側の敗北で決着済でしょう。
君の脳内でですか?おめでたいねえ
>50年に及ぶ国際法議論としては日本政府が無主地先占の主張を取り下げた段階で終了しているものと理解していますし、現に外務省も言を翻して1905年に領域権原を取得したのではないと言い始めています。
関係ありませんなあ。無主地の先占でも、領有の再確認でも、それを否定する他国による実行支配の根拠でも無い限り、その行為が失効することはございません。
つまり日本の領有権原取得に何ら影響はございません。残念でした
あいも変わらず法理も何もないお粗末な書き込みご苦労さま。
これは メッセージ 9956 (Am_I_AHO_1st さん)への返信です.
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全く・・・
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/06/20 09:34 投稿番号: [9956 / 18519]
>我が国が、竹島一件で竹島への渡航を禁じたことで一件落着に至ったが、松島に関してはお構いなし、従って領有権原は保全されたことになる。
「松島に関してはお構いなし」とする積極的な根拠はありませんね。
>松島(現・竹島)の領有権原については、1905年(明治38年)1月28日
閣議決定、1905年(明治38年)2月15日
日本政府から閣議決定の島根県知事への訓示、1905年(明治38年)2月22日、島根県告示第40号を公示、等々国家の領有意思の表明は、当該地域を国家の版図に編入する旨の宣言、立法上または行政上の措置等を伴っており充分すぎる。
当初日本政府が主張した1905年閣議決定に基づく無主地先占は、日本側の敗北で決着済でしょう。
50年に及ぶ国際法議論としては日本政府が無主地先占の主張を取り下げた段階で終了しているものと理解していますし、現に外務省も言を翻して1905年に領域権原を取得したのではないと言い始めています。
もとよりこの様にころころと主張を翻すようなことが許容されるはずもなく、また新たな権原も明示されないことから、これ以上の国際法議論は全く無益でしょう。
この様に無益と化した国際法議論に拠ってしか正当性を主張しない態度は宜しくありませんな。
これは メッセージ 9955 (torezojp さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』の最新解釈批判 4.
投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/06/20 05:48 投稿番号: [9955 / 18519]
我が国が、竹島一件で竹島への渡航を禁じたことで一件落着に至ったが、松島に関してはお構いなし、従って領有権原は保全されたことになる。
ちなみに、隠州視聴合記が松江藩士・斉藤豊仙により記されたのは、1667年で、竹島一件で領有問題が起きたのは、1696年1月のことだから、「此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠州、然則日本之乾地、以此州為限矣」の竹島(鬱陵島)と松島(竹島=独島)は異国の地と斉藤豊仙が考えていたとは愚老には考えられなかったのである。
幕府自身が自国領として取り扱い、渡航許可が対馬藩を介し朝鮮国東莱府に対するものでなかったことから、有職故実に明るいはずの隠岐郡代斉藤豊仙が此二島を朝鮮領と考えることはあり得なかったのでないかとはこれまで度々述べてきた。
日本領と隠州視聴合記に書かれてないから、朝鮮領とは短絡的で少々牽強付会に過ぎる。朝鮮領と考えていたとすれば、そう明記されるはずでないだろうかとも考えた。
何れにしろ愚老は隠岐郡代斉藤豊仙が隠州視聴合記を記した後に、竹島(鬱陵島)領有問題が生じたことから、時系列で論じると、それ以前の記載に、元禄以降の認識で解釈することに無理があると信じていた。
しかし、いまは竹島(鬱陵島)の帰属は別として、いま領有権問題の対象になってる松島(現・竹島)については隠州視聴合記のみならず我が国では文書や記載が多く、地図の類も揃っている。問題になってるのは竹島(鬱陵島)でなくて松島(現・竹島)であるから、この島に関するもの以外は無用と愚老は考えている。
問題は朝鮮国の成書、地図の類で、松島(現・竹島)の記載が有るかどうかが問われているのであり、隠州視聴合記の記載だけから領有権原は出てこない。隠州視聴合記は、松島が登場する最初の我が国の文書であることのみに意議があると考えられる。従ってそれ以上の興味を失った。
松島(現・竹島)の領有権原については、1905年(明治38年)1月28日
閣議決定、1905年(明治38年)2月15日
日本政府から閣議決定の島根県知事への訓示、1905年(明治38年)2月22日、島根県告示第40号を公示、等々国家の領有意思の表明は、当該地域を国家の版図に編入する旨の宣言、立法上または行政上の措置等を伴っており充分すぎる。
>池内氏は、さらに内藤正中氏の説などもすべてを検討し、結論として『隠州視聴合記』は「竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは日韓いずれの側にとっても適当ではなく、そうした議論の現場から退くべきものなのである」と記しました。
上の池内氏の発言は至極当然の発言で、領有権原は隠州視聴合記に記載があるとかで成立するのでなくて、国際法に基づく領域権原の取得がなされるか、歴史的に実効支配を証明するに足る必要条件が満たされているかにある。
領有権問題で隠州視聴合記は、松島(現・竹島)の記載が初めて見られた点で重要であるが、それ以上でもそれ以下でもない。#9644、#9700で愚老が述べたことは、この立場からのことである。
地誌としての隠州視聴合記は色々の角度から精緻に分析論じられれば宜しかろう。領土問題とは区別してあくまでも史料として正確な内容を掴まれるよう議論と討論を史料文献学的に論じられればよい。愚老どもの関与するところではない。このため①②③④に関し池内氏のご意見に異議を唱える気がないことは最初に断っておいた。
長々書いたのは半月さんのご意見に関係ある部分に関してであって、池内氏の業績に異を唱える意志など毛頭無いことを、お断りしておく。
【終わり】
これは メッセージ 9954 (torezojp さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』の最新解釈批判 3.
投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/06/20 03:15 投稿番号: [9954 / 18519]
島と読むか州(くに)と読むか、両論とも、蓋然性の問題で、必ずしも池内氏のようには考えないという人がいたとしてもしようがないですわい。書いたご本人が島のつもりで書いたとも言えるし、そうでない州(くに)であったともいえるということですわな。電子文書化して、検索を掛け計数処理からの結論は一応は科学的に見えるが、最後のAを島と読めないと断定する”絶対的根拠”にはならないでしょうな。
水掛け論を続けるほどの問題でもないように愚老は思えますけどもな。黒白付けたいとおしゃるのなら御勝手にと申し上げるよりありませぬわ。「これって勝手読みのこと?」あるいは「恣意的との謗りを免れえない」の応酬になりましょうぞ。
領有権原に関しては池内氏の言を待つまでもなく、竹島(鬱陵)の空島政策が続いていたとしても、時効による領有権原の取得とはなりえない以上、征服に依らない限りは朝鮮領ということでしょうな。ただ、半月さんの言うように、
>「結局『隠州視聴合記』の解釈は、日本の限界は隠州であり、竹島(鬱陵島)と松島(竹島=独島)は異国の地になるという結論になるようです。」
とはならないでしょう。そこ迄ゆくと、半月さんの勝手読みというものですわ。
竹島(鬱陵島)を異国の地とすれば、対馬宗家を通した筈ですからな。しかも、元禄六年(1693年)九月より元禄九年(1696年)一月まで3年に及ぶ領土紛争、所謂竹島一件は幕府が日本領と考えていた故、おきたことですからな。
まして、松島(竹島=独島)に関しては、幕府は大谷、村川両家に松島(現・竹島)への渡航許可を1656年に出しているので松島は、それ以前に発見されたことになりますわい。竹島への往復の中継地或いは寄港地として利用され、魚介類、アシカが豊富であったことから、漁猟地としても貴重だったと言われていますので、これを異国の地と言うは、まさに、半月さんらしからぬ火事場泥棒的発想ですわい。
渡航許可は、奉書に依らずに実際は竹島渡航許可書のみで、「松島渡航苦しからず、差し許す。」などのような口上によるものであったと言われておりますわい。何れにしろ、我が国に新島発見による未成熟の権原が生じることになりましょう。即ち先占による優先権をもたらすことにはなりますが、相当期間の、実効的占有が続かないと、領域領有権原までは成立しえないでしょうな。
【続く】
これは メッセージ 9953 (torezojp さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』の最新解釈批判 2.
投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/06/20 02:33 投稿番号: [9953 / 18519]
池内氏の①〜④まで、特に異は唱えないでおきましょうず。#9644で前に述べたように
>大勢に影響が無いことで実際どうでも良いとは思われますけどな。
老愚も『隠州視聴合記』は「竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは、余り適当でないと考えてかけていたとこでしたわい。
いみじくも#9739で
kana_ikeuchi嬢が「これって勝手読みのこと?」
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>青丘学術論集2005年3月
「前近代竹島の歴史学的 研究序説」−「隠州視聴合記』の解釈をめぐって」
>すぐ読んでみました。前に捏造でからかわれて腹が立ってたけど、面白い雑誌紹介して頂いて有り難うございます。前のこと許して上げてもいいわよ。
>結構面白いけど、このトピとは離れているわ。何方がどんな考証をなさろうと、何を言おうと、torezoさんが仰有るように私も江戸時代の識者は州を嶋と読んでたのは確かだと思うから、アアでもないこうでもないと言ってるのが馬鹿みたい。
>江戸時代、斉藤豊仙は普通に地誌として読んで貰えると思っていたのが、韓国人に、日本人が英語を読むように外国語として体系立ってて読まれようとは思っていなかったと思うわよ。あたしなんか英語を読む時、日本語にわざわざ訳さないで英語のままで読んだ方がわかりやすいのよ。アホらしくなってきたわ。
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と曰わってくれていますわな。
尤も
#9742では次のようにも曰わっていますわい。
>「江戸時代の知識人が隠州視聴合紀の”国代記”「此州を以て限りと為す」の州を嶋と読んでいなかった」と判断できる江戸時代の他文献など実例をご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください.
どうも彼女は、まだ③に拘っているようですわ。
【続く】
これは メッセージ 9952 (torezojp さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』の最新解釈批判 1.
投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/06/20 02:31 投稿番号: [9952 / 18519]
>まるで財団法人韓国文化研究振興財団-青丘学術論集2005年3月
「前近代竹島の歴史学的 研究序説」−「隠州視聴合記』の解釈をめぐって」の研究の分科会が行われているトピみたいですね。
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①
また竹島(鬱陵島)へは毎年一度渡海したのみであって、漁期が終われば鳥取藩領に戻ったから、誰もそこに居住しなかった。こうした状態は、客観的にみたときに「日本領」であったとは言いがたい(注4,P159)。
②これらは確かに竹島(鬱陵島)から朝鮮半島が見えると記されている。しかし、そのことは、「竹島(鬱陵島)と高麗」「出雲と隠岐」それぞれが互いに視認できる位置関係にあることを示しているだけであって、竹島(鬱陵島)が日本領だなどとはどこにも書いていない(注4,P158)。
③
したがって、これらを踏まえるならば、先に保留しておいたAも、「そうであるならば則ち、日本の北西の地は隠岐州(隠岐国)をもって限りとす」としか読みようがない。
それは文章構成の上からもそのようにしか読めないし、用語法上の特徴からもそのようにしか読めない。にもかかわらず、Aにおける「此州」だけは「島(嶋)の意で解釈しなければならない、とするのはあまりにも無理な話であり、恣意的との謗りを免れえない(注4,P154)。
④
池内氏は、さらに内藤正中氏の説などもすべてを検討し、結論として『隠州視聴合記』は「竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは日韓いずれの側にとっても適当ではなく、そうした議論の現場から退くべきものなのである」と記しました。
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>
結局『隠州視聴合記』の解釈は、日本の限界は隠州であり、竹島(鬱陵島)と松島(竹島=独島)は異国の地になるという結論になるようです。日本政府はそれを承知してか、「誤読」という韓国側のきびしい批判にダンマリを決めこんでいるようです。
半月君、kikousidayo君が「分科会が行われているトピみたいですね。」という頃から、君が池内氏の論文を引用してこのように書くことは予想していたよ。#9700で愚老が以下のように述べた時から、君も薄々解っていたかも知れないねぇ。
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「面白く読ませて貰ったわな。
隠州視聴合紀は地誌だから、色々な読み方をするものが出てきてもそれで良いわけですな。
周りの方の御指摘も面白いですな。今はケチを付ける気もないから自由にお書きなされ。
チョット”ちまちま”し過ぎる点が気にはなりますけどな。頑張って下されや。」
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【続く】
これは メッセージ 9950 (hangetsujoh さん)への返信です.
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>『隠州視聴合記』の最新解釈
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2005/06/20 00:18 投稿番号: [9951 / 18519]
>結局『隠州視聴合記』の解釈は、日本の限界は隠州であり、竹島(鬱陵島)と松島(竹島=独島)は異国の地になるという結論になるようです。日本政府はそれを承知してか、「誤読」という韓国側のきびしい批判にダンマリを決めこんでいるようです。
普通に日本語として資料を読めば、「日本の限界は隠州であり」というのはありえても、「竹島(鬱陵島)と松島(竹島=独島)は異国の地になるという結論」はないと思いますよ。それも「思い込み」の一種ではないでしょうか。
私は資料をどう読むかの可能性で9403で書きました。
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1.松島・竹島は朝鮮(異国)のもので、日本の西北境は隠州と言っている。
2.松島・竹島は無人島であり、日本の西北境は隠州と言っている。
3.「州(島)」は竹島(鬱陵島)を表し、日本の西北境は竹島(鬱陵島)と言っている。
4.「州」は竹島・松島、二島を表す。日本の西北境も二島と言っている。
以上でよろしいでしょうか。普通に文章を読めば、まず1はありません。2・3・4のどれかでしょうね。べつにどれでもいいような気がしますが、周辺資料から鑑みるに、2を整合性が取れるように考えるのが私の立場です。あくまで隠州視聴合紀の記述をどう理解するかの次元での話です
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この資料で読めるのはどこまでも竹島・松島が「無人島」であるということまでであり、半月城さんも主張する1の理解は、ありえないことです。それが普通の日本語の読み方ではないでしょうか。
無人島は無人島であり、西北境の向こうの無人島=異国・朝鮮であるとの理解は等式としては成立しないのです。でないと「見高麗如自雲州望隠岐」の解釈が不可能になります。その視角に、竹島・松島が朝鮮に属するとの意識は全く反映されていません。
どなたか「実は高麗は朝鮮半島を指すのであり、朝鮮(という国)を指すのではない」という解釈をしていらっしゃったように記憶しますが、何とも苦しい解釈です。
これは メッセージ 9949 (hangetsujoh さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』の最新解釈4
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/06/19 22:27 投稿番号: [9950 / 18519]
(注1)『隠州視聴合記』の影印(一部)
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/shisho_jpn/jmokuji.html(注2)愼𨉷廈『獨島領有權資料の探求』第4巻(韓国語)2001,P330,P378
(注3)外務省「竹島問題」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html(注4)「前近代竹島の歴史学的研究序説」『青丘学術論集』第25集,2005,P145
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/ikeuchi2005.pdf(注5)田川孝三「竹島領有に関する歴史的考察」『東洋文庫書報20』1988,P42
(注6)下條正男「竹島問題考」『現代コリア』361,1996,P69
(注7)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』文春文庫,2004
(注8)池内敏「竹島一件の再検討」『名古屋大学文学部研究論集』史学47,2001,P19
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/ikeuchi2001.pdf (半月城通信)
http://www.han.org/a/half-moon/
これは メッセージ 9949 (hangetsujoh さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』の最新解釈3
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/06/19 22:26 投稿番号: [9949 / 18519]
このように池内氏は、用語法上からも此州は隠州であると断言し、田川氏の見解を恣意的であると批判しました。
恣意的な解釈は下條正男氏も負けないようです。下條氏は愼𨉷廈氏を批判して「『隠州視聴合記』から自説に都合のよい個所だけを抜きだして解釈し、「国代記」の文章全体を読んでいなかった」と書きましたが、ご自身はどうなのか、それが問題です。池内氏は、細部は割愛しますが、下條氏をこう批判しました。
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下條正男説は結局のところ「見高麗 如自雲州望隠岐、然則日本之乾地 以此州為限矣」だけを抜きだして読み、誤解した、田川孝三の同じ轍を踏んでいる。
先述したように「見高麗 如自雲州望隠岐」のどこにも竹島(鬱陵島)が日本領とは書いていないばかりか、「隠州視聴合記」すべてを精読してもそのような記述は出てこない。
にもかかわらず、「『高麗を見ること雲州の隠州を望むがごとし』は、高麗(朝鮮)を見ている位置は当然日本領と認識しているわけで、竹島、鬱陵島、隠岐島の中で雲州(島根)から隠岐島を見るように朝鮮が見えるのは、鬱陵島だけしかない(注6)」とか「日本領から高麗(朝鮮)が望めるのは、「国代記」の中では鬱陵島だけである(注7)」などとするのは、竹島(鬱陵島)を日本領とする思いこみである。
そうした思いこみの補強説明として、「『隠州視聴合記』が書かれた当時の出雲藩には、竹島(鬱陵島)を日本領として認識するだけの事情があった(注7)」という。その主たる論拠は、米子の大谷・村川両家が竹島渡海を繰り返していた事実が『隠州視聴合記』に記載されているというところに求められている。
たしかに、大谷・村川両家は、「竹島渡海免許」を受けて、年に一度、竹島(鬱陵島)へ渡海し、数ヶ月同島に滞留しながら漁業活動を行った。大谷・村川両家は、竹島(鬱陵島)および松島(竹島/独島)を将軍家から拝領したと述べているから、これをもって日本領と認識したと考えがちである。
しかしながら、「竹島渡海免許」は、大谷・村川両家が同業の競合者を排除するために、旗本 阿部家を介して得た「渡海免許」であり、したがって竹島(鬱陵島)へ大谷・村川家および同家に雇われた者以外は渡海できなかった。
また竹島(鬱陵島)へは毎年一度渡海したのみであって、漁期が終われば鳥取藩領に戻ったから、誰もそこに居住しなかった。こうした状態は、客観的にみたときに「日本領」であったとは言いがたい(注4,P159)。
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池内氏は、田川氏や下條氏は「竹島(鬱陵島)を日本領」とする思いこみから『隠州視聴合記』を誤読したと解釈していますが、あるいは両氏は「竹島(鬱陵島)を日本領」にしたいという願望が先にたっていたのかも知れません。
「竹島(鬱陵島)を日本領」とする認識は『隠州視聴合記』にないばかりか、鳥取藩や幕府すらそのような認識はなかったことを池内氏はこうつづけました。
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また、少し後のこととなるが、元禄八年(1695)12月、鳥取藩 江戸藩邸は老中 阿部正武の問いに対し「竹島(鬱陵島)は因幡・伯耆附属にては無御座候」と述べた。
これを受けて翌年正月九日、対馬藩 国元家老に対し、「(竹島は)因幡・伯耆江附属と申ニ而も無之」「日本人居住候か、此方江取候島に候ハ、今更遣しかたき事候得共、左様之証拠も無之」などと述べた(注8)。
すなわち鳥取藩は、竹島(鬱陵島)を鳥取藩領としたことがないと述べ、幕府も自分の領土としたことがないと明言しているのである。
大谷・村川家が竹島(鬱陵島)で排他的に漁業活動をしてきただけであって「日本領」ではなく、そのようにも認識されてはいなかった(注4,P159)。
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池内氏は、さらに内藤正中氏の説などもすべてを検討し、結論として『隠州視聴合記』は「竹島/独島の帰属を示す歴史的根拠として使用することは日韓いずれの側にとっても適当ではなく、そうした議論の現場から退くべきものなのである」と記しました。
結局『隠州視聴合記』の解釈は、日本の限界は隠州であり、竹島(鬱陵島)と松島(竹島=独島)は異国の地になるという結論になるようです。日本政府はそれを承知してか、「誤読」という韓国側のきびしい批判にダンマリを決めこんでいるようです。
(つづく)
これは メッセージ 9948 (hangetsujoh さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』の最新解釈2
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/06/19 22:25 投稿番号: [9948 / 18519]
池内氏は『隠州視聴合記』の文脈からすれば、議論するまでもなく日本の乾(北西)の地は明確に「隠州」であると考察しました。
しかし「溺れる者はワラをもつかむ」という諺もありますが、「日本の固有領土」説にこだわりすぎると、時として我田引水的解釈をするエセ学者が出てくるものです。田川孝三氏はこう記しました。
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竹島の地は、是より高麗を見ること 恰(あたか)も雲州より隠州を見るが如くである。上記の如くであるから、すなわち、日本の乾の方の限界は此の州(州はシマの意である)なのであると釈読しなければならぬ。故に従前の諸書にも地図にも、この意味の如く解して書して来ているのである(注5)。
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この説は見るからに根拠薄弱であり、検討する価値も疑問ですが、それでも池内氏はまじめに次のように批判しました。
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この史料解釈は、「高麗を見るに雲州より隠州を見るが如し、然らば則ち、日本の乾の地は、此州を以て限りとなすなり」の「高麗を見る」位置について、「この二島(鬱陵島と竹島/獨島ー池内注)から高麗(韓国)本土を望見する」とした韓国政府見解の誤読に対し、「鬱陵島(竹島)から見て」と訂正するものである。
しかしながら、「然則」で挟まれた前後だけを抜きだして読んだために「此州」の主語が「見高麗」の主語と一致すると錯覚し、ために「州」を「島」と読み替えざるをえなくなったのである。
ところで右に引用した文中で田川のいう「従前の諸書」「地図」とは「隠岐国古記」と長久保赤水「日本輿地路程全図」(そのなかの竹島傍注)のことである。
これらは確かに竹島(鬱陵島)から朝鮮半島が見えると記されている。しかし、そのことは、「竹島(鬱陵島)と高麗」「出雲と隠岐」それぞれが互いに視認できる位置関係にあることを示しているだけであって、竹島(鬱陵島)が日本領だなどとはどこにも書いていない。
したがって「すなわち、日本の乾の方の限界は此の州(州はシマの意である)なのであると釈読しなければならぬ」などというのは願望をそのまま決意表明したに過ぎないのである。
「州」に「島」の意味があるのは一般論としてはそのとおりである。しかし田川は、「隠州視聴合紀」中に数多くある「州」のうち右の部分だけは「島」と解さねばならないことについて、何らの客観的検討もしておらず、これでは論として成り立ちようがない(注4,P158)。
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なかなか手厳しい批判です。その批判の裏返しとして池内氏は『隠州視聴合紀』における「州」や「島」の用法を徹底的に調べあげました。そのうえで下記のような結論をだしました。文中で「A」とあるのは問題の「然則日本之乾之地、以此州為限矣」をさします。
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以上、「隠州視聴合紀」における「州」および「島(嶋)」の用例をすべて検討した結果、「隠州視聴合紀」における「州」の用例66例のうち、保留してあるAを除く65例が「国」の意で使用されていることが分かった。
また先行する固有名詞を受けて、指示詞「此」を含む語によって当該の島を再び指示しようとする際には「此島(嶋)」という語を使用していることも指摘した。これは換言すれば、先行する固有島名を再び指示する際に「此州」という語を使用しないということである。
したがって、これらを踏まえるならば、先に保留しておいたAも、「そうであるならば則ち、日本の北西の地は隠岐州(隠岐国)をもって限りとす」としか読みようがない。
それは文章構成の上からもそのようにしか読めないし、用語法上の特徴からもそのようにしか読めない。にもかかわらず、Aにおける「此州」だけは「島(嶋)の意で解釈しなければならない、とするのはあまりにも無理な話であり、恣意的との謗りを免れえない(注4,P154)。
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(つづく)
これは メッセージ 9947 (hangetsujoh さん)への返信です.
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『隠州視聴合記』の最新解釈1
投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/06/19 22:24 投稿番号: [9947 / 18519]
半月城です。
日韓間で論争になった『隠州視聴合記』おける「此州」の解釈について研究者はどう見ているのか紹介します。なお、『隠州視聴合記』の影印は(注1)を参照してください。
te2222000さん、Re:9789
>しかし、私自身は隠州視聴合紀には「此二島」という書き方で二つの島をひとまとめにした記述があることや、日本政府もかつてこの考えを支持したことなどから、全く疑問に思っておりません。
たしかに日本政府は、56年「『隠州視聴合記』(1667年)も、松島(今日の竹島)および竹島(鬱陵島)をもって日本の北西部の限界と見ており(注2)」と解釈して韓国政府に回答しました。これに韓国政府はこう反論しました。
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また、日本側は自己の主張を有力にするために『隠州視聴合記』を引用したが、その引用は大きな誤読に起因するのであり、もう一度その原文を精読する必要がある。
・・・
ここにいわゆる松島はすなわち獨島、竹島は鬱陵島をさすのであり、この二島から高麗(韓国)本土を望見する距離関係がちょうど雲州から隠州を望見するがごとくであり、そうであるから日本の西北部は此州を限界とするというのである。これを日本側は誤読し、前二島を日本の西北部の限界としたことは誤りである(注2)。
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韓国は日本に対し強い調子で「誤読」とか「誤り」と指摘しましたが、日本が回答書でそれに反論しなかったのは韓国の主張を暗に認めたことを意味します。すなわち、松島、竹島が日本の北西部という日本政府の解釈は間違いだったということを暗示します。
それに符合するかのように、最近、日本政府はホームページにおいて「固有領土」の主張に私的な大谷家文書を引用しても、半ば公的な『隠州視聴合記』は引用しませんでした(注3)。
もし『隠州視聴合記』で日本の限界を松島、竹島と解釈しうるなら、これほど日本に有利な切り札はないのに、あえてそうしなかったのは、そうできなかった事情があったに違いありません。これは『大日本史』の解釈にもつながるとみられます。
これまで『隠州視聴合記』の全文を詳細に分析して「此州」の解釈を客観的に考察した研究者はいなかったのですが、ここに紹介する池内敏氏がはじめてその検討をおこないました。
同氏は、まず『隠州視聴合記』「国代記」の文章構成上で日本政府の解釈は無理だということをこう記しました。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「国代記」は概ね(おおむね)三つの内容から構成される。「隠州在北海中」から「然則日本之乾之地、以此州為限矣」までが隠岐国の地理的特性を述べた部分、・・・までが隠岐国に賦課された貢納物(物産と言い換えうるかもしれない)について述べた部分、・・・までが隠岐国の歴史(源義親から京極氏に到る隠岐国を支配した武将の変遷)である。
・・・
(3)そうであるならば則ち、日本の北西の地はこの州をもって限りとす。
・・・
右に見るように、「国代記」冒頭の地理的特性を述べた部分は、隠岐国の構成について述べた部分(1)、隠岐国を基点にして四方位に何があるかを述べた部分(2)、(2)を踏まえて日本(の本土)と隠岐国との位置関係を述べた部分(3)、の三つの内容から構成されることが明瞭である。
先述したように、「国代記」は、国単位で見た隠岐国の特性を記したものであり、地理・貢納・歴史の三部構成をとる。
右に整理した(3)の部分は、次の項目(貢納)に移行する直前にあって、隠岐国の国単位での地理的特性を述べるに際して締まりをつける部分にあたっている。
こうした点に鑑みて資料を率直に解釈しようとすれば、(3)にある「此州」が何を指しているかは自ずから明瞭であり、議論の生じようはずもない(注4,P149)。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)
これは メッセージ 9789 (te2222000 さん)への返信です.
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前方後円墳が韓国でも発見 しかし
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/19 17:49 投稿番号: [9946 / 18519]
http://www2.wbs.ne.jp/~jrjr/nihonsi-1-4-5.htm
前方後円墳の謎
丸い形の円墳と、四角い形の方墳、これが古墳の基本形態だ。
この二つの複合された古墳に、上円下方墳や帆立貝式古墳、前方後方墳などがあるんだけど、天皇家や有力豪族の首長の墓は、圧倒的に前方後円墳なんだよ。
つまり、古墳の中でも前方後円墳は「権威のある古墳」だったと言っていいだろう。
今のところ、最古の前方後円墳と言われているのが箸墓古墳で、全長280メートルという規模の古墳だ。
そんな前方後円墳が、3世紀末に突然出現したんだよ。
最近、朝鮮半島南部で前方後円墳らしき古墳がいくつか発見されている。
そのため、朝鮮半島からの渡来人によって前方後円墳がもたらされたと言う学者もいるけど、発見された遺跡は5〜6世紀のものが多く、年代的には箸墓古墳よりは新しいから、俺は朝鮮半島経由説は支持しない。
たぶん、日本から朝鮮半島に渡った者たちによって前方後円墳という古墳形態が伝えられたのだと思う。
今のところ、朝鮮半島の例を除けば、前方後円墳は日本だけで発掘されている。
だから、日本独自の古墳形態と言っていいと思うんだよ。
ところで、何故、前方後円墳という形にする必要性があったのだろうか。
単なるお墓ならば、別に円墳でも方墳でも良いはずだ。
それなのに、前方後円墳という特異な形にし、しかも巨大化しているのは何故なのか。
まず、前方後円という形については、「後円部に埋葬施設を作り前方部に祭壇を置いたからだ」という説が一般的だな。
でも、前方後方墳や円墳の大きなものでも埋葬施設と祭壇を置くことは可能だし、そもそもお墓なんだから埋葬施設と祭壇を置くのは当然で、前方後円という形にした理由としては説得力がないと思うんだよ。
古墳時代中期になると、前方後円墳の規模も大きくなってくる。
日本最大の前方後円墳である仁徳天皇陵は、全長が約480メートル、高さ35メートルというとんでもない規模の古墳だ。
ここまで巨大化した理由は、権力を誇示するためだったと考えられる。
巨大古墳のベスト10を見てみると、「天皇陵」と言われているものが圧倒的に多い。
つまり、大和朝廷の権力を誇示するために巨大な天皇陵を築造したのだろう。
天皇陵の謎
宮内庁が管理している天皇・皇后陵は約136と言われている。
どうしてそれらの墓が天皇・皇后の墓だとわかるのかというと、文献から判断しているんだよ。
『古事記』や『日本書紀』、あるいは平安時代の『延喜式』などの文献に、歴代天皇の陵墓や位置が明記されている。
そして、明治時代になってから、これらの記録と伝承を対照して、天皇陵の指定が行われたんだよ。
だけど、これらはあくまで文献からの指定であって、考古学的判断ではない。
しかも、天皇陵の発掘は法律で禁止されているため、それらの古墳から「○○天皇の墓だ!」と断定出来る証拠を見つけることも出来ない。
つまり、それら天皇陵と、そこに埋葬された人物が本当に一致しているかどうかはわからないんだよ。
昭和61年5月、大阪府にある太田茶臼山古墳の外堤が傷みはじめたため護岸工事が行われた。
この古墳は継体天皇陵と宮内庁から指定されていたんだけど、この時の工事で出土した埴輪がどれも5世紀中頃のものだったんだよ。
継体天皇の没年は6世紀前半と言われているから、太田茶臼山古墳が継体天皇陵である可能性はなくなってしまったんだよ。
このように、文献だけの判断で指定された天皇陵ってのは信用出来ないんだよ。
だから最近では仁徳天皇陵や崇神天皇陵といった呼び方はせず、所在地を古墳名としているんだよ。
沖の:
最近、朝鮮半島南部で前方後円墳らしき古墳がいくつか発見されている。
発見された遺跡は5〜6世紀のものが多く、年代的には箸墓古墳3〜4世紀よりは新しいから、たぶん、日本から朝鮮半島に渡った者たちによって前方後円墳という古墳形態が伝えられたのだと思う。
今のところ、朝鮮半島の例を除けば、前方後円墳は日本だけで発掘されている。と云う事だがこれが韓国にとっては面白くないのだ,それは日本の古墳の方が200年位先輩だからだ,最初発見当時は興奮した韓国学会も,年代が日本より新らしいとわかるとガッカリして,今は見向きもしないらしい,さもあろう,人骨を調査して倭人の骨だったら,さらにショックを深めるからだ
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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報道2001
投稿者: kikousidayo 投稿日時: 2005/06/19 17:38 投稿番号: [9945 / 18519]
フジTVの報道2001をみて、日本の政治家の堕落と質の低下が
解ったというものが多かろう。
韓国人とディベートさせてみると、談合、待合、派閥政治の欠陥が
反面教師的に浮き出てくるから不思議である。
政治的信念をもって日頃から政策論争を戦わして来てないから、
真っ向から自己の非には触れず、指摘されてもスルーして、己の
誤った主張を殆ど暴力的にたたきつけてくる韓国議員とのパワー
の差が浮き彫りにされた。
河野太郎、舛添要一、山本一太、前原誠司など迫力不足でミット
もなかったね。前原誠司なぞは島根の漁師だけが漁業問題で生
活苦のため”竹島の日”を制定させたのだと弁解していた。
民主党の領土問題への勉強不足もあるだろうが、それ以上に怯え
から、自分だけいい子になろうとする様子を国民に見られて選挙戦
えるかね。島根の漁業組合は此奴を吊し上げなければ、君らの名
誉は泥にまみれる。
国がやるべきことをやらないから、民間が手弁当で史料を集め領土
問題の正当性を立証しているのに、相手側に媚びる発言は竹島トピ
の住人方としては許し難い思いがあると考える。何れ彼らは自分ら
の責任の重さと発言の軽さの恥辱を思い知らされる時がくるだろう。
これは メッセージ 9944 (kikousidayo さん)への返信です.
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韓国どこかおかしい
投稿者: kikousidayo 投稿日時: 2005/06/19 16:22 投稿番号: [9944 / 18519]
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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賛成
投稿者: ixion_valfare 投稿日時: 2005/06/19 15:46 投稿番号: [9943 / 18519]
朝鮮民族は人類の害虫であるのだから駆除するのは当然です。
これは メッセージ 9942 (ta7200ka さん)への返信です.
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下等民族 朝鮮人を皆殺しにして
投稿者: ta7200ka 投稿日時: 2005/06/19 11:14 投稿番号: [9942 / 18519]
竹島を取り返そう
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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在日はみんなさっさと新で欲しい。
投稿者: yoshhyk 投稿日時: 2005/06/19 10:02 投稿番号: [9941 / 18519]
生きる価値がないのに掲示板に出没するゴミもいやがる!
前に池袋の西武戦でチマチョゴリとかいう薄汚い服を着た将来の売春婦がいたのでわざとぶつかってケンカ売ったが次の駅でささと降りやがった。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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ぢぢ様玉稿集 大日本史 番外編 朝鮮の巻
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/19 08:30 投稿番号: [9940 / 18519]
http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/1664/
Yahoo!ジオシティーズの行っている
言論隠蔽工作に断固抗議する
ジオ掲示板 ゲストブックに記帳 ゲストブックを見る 理由も告げられず突然閉鎖された通称ぢぢ様サイト。 言論封殺を用いてまで朝鮮人が隠そうとし、 北朝鮮、拉致、朝鮮総連、朝銀等の問題について、現在においても主要メディアでは取り上げられない、 日本人が知らされてこなかった戦後最大のタブーを知るための必須の資料サイト。 日本をこの醜悪なる暗黒勢力から救うには、日本人一人一人が真実に目覚めなければならない。
Yahoo!ジオシティーズにより、一方的に削除されたサイトぢぢ様(大日本史番外編
朝鮮)
(当サイト内のミラーです)
お持ち帰りファイル(zip圧縮)
もう黙ってはいられない
(当サイト内のミラーです)
お持ち帰りファイル(zip圧縮)
ぢぢ様
(大日本史番外編
朝鮮)
本家ぢぢ様
(大日本史番外編
朝鮮)
本家
ジオの言論弾圧により只今アクセス不能
これは メッセージ 9936 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
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20日の日韓首脳会談
投稿者: sinakirai_rinjitaishi 投稿日時: 2005/06/19 03:08 投稿番号: [9939 / 18519]
小泉総理は「竹島は日本の領土だ。はやく返せよ」って
絶対言えよ!
それ言ったら、支持率70%に跳ね上がると思うよ。
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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儒教では「君子は労せず」と教えー2ー
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/18 22:47 投稿番号: [9938 / 18519]
引用:
「朝鮮事情」
シャルル・ダレ
1874年
(金容権訳
1979年 平凡社東洋文庫)
(両班は)現在、この国の大きな災厄になっている。なぜなら、両班階級の人口が途方もなく増大したため、彼らのほとんどが極貧におちいり、強奪や搾取で生活しなければならなくなったからである。すべての両班に品階と階級を与えることは、現実的に不可能である。しかし全ての者がそれを望み、幼少の頃から官職の道に向かって科挙の準備をしている。ほとんどの者は、他に生活の方法を知らない。彼らは、商業や農業、あるいはなんらかの手工業によって真面目に生活の糧を稼ぐには、あまりにも高慢であり、貧窮と奸計のなかで無為に世を送る。彼らはいつも借金で首がまわらず、何かちょっとした官職の一つも回ってこないかかと首を長くしており、それを得るためにあらゆる卑劣な行為を尽くし、それでもなお望みがかなえられない場合には飢えて死んでしまう。宣教師たちが知っていたある両班などは、3、4日に一度しか米にありつけず、厳冬に火の気もなく、ほとんど服も着ないで過ごしながらも、いかなる労働に従事することも最後まで拒絶し通したものであった。何かの労働に就けば、たしかに安楽な生活は保障されるであろうが、その代わり両班の身分を剥奪され官吏の地位につける資格を喪失するため、彼らは労働することを拒むのである。
「30年前の朝鮮」
バード・ビショップ
1925年
(「醜い韓国人」
朴泰赫
1993年
光文社より)
読者は朝鮮人の無気力、怠惰、居候(いそうろう)根性、貧しさをつぶさに観察されたことになるが、このために朝鮮の独立はきわめて困難で、将来を望むことが難しい。(中略)朝鮮を亡ぼすもっとも大きな、普遍的な原因は、国民が挙げて独立独行の精神に欠けていることである。健康な体格を持ちながら、親族知己に少し富裕な人があればその家に居候して、終日何一つの仕事もせずに暮らしている。(中略)居候も朝鮮人の居候根性は徹底したものである。京城市内の高官、裕福な人の家には、屈強な大の男が相当の教育がありながら数十人となく寄食している。三度三度の飯も食わしてもらえぱ、煙草一服も人のものを吹かしている。見苦しい話だ。
このような両班支配のもとでは産業の発展など到底不可能である。両班は極端に肉体労働を蔑み、殆ど働かなかったので、手足として使役する奴婢(奴隷)を必要とした。李氏朝鮮の国力衰退の根源は、牢固たる階級差別制度にあった。総督府は両班や奴婢などの身分差別を禁止して朝鮮人の意識改革をおこない、近代国家の「国民」を創出した。
△ top of page
これは メッセージ 9937 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
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儒教では「君子は労せず」と教えー1ー
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/18 22:44 投稿番号: [9937 / 18519]
引用:
李氏朝鮮の国教ともいえる儒教では「君子は労せず」と教えており、額に汗して働く者を卑しんだ。そのため支配階級である両班は労働をすることが全くなかった。労働を卑しむ社会は停滞するほかない。
「悲劇の朝鮮」アーソン・グレブスト
1912年
(高演義・河在龍訳
1989年
白帝社)
朝鮮の学者(両班)は、誰かうるさい人の目に労働と映りうることなら、できる限りそれから遠ざかろうとします。衣服を自分の手で着てはいけないし、タバコの火も自分で点けてはいけません。そばに手伝ってくれる者がいない場合は別にして馬の鞍に自力でのぼるべきでなく、また荒馬から落ちたとしても、誰かがやってきて抱き起こすまでは地面にそのまま倒れていなければならないのです。両班は個人的な商売はやらないのですが、その訳は商売というものがまさに労働であり礼に反するからです。
「朝鮮紀行」
イザベラ・バード
1897年
(時岡敬子訳
1998年
講談社学術文庫)
両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥とはならず、妻がこっそりよその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。両班は自分ではなにも持たない。自分のキセルすらである。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。
「韓国人、大反省」
1993年
金容雲
徳間書店
李朝末期に韓国を訪れた西洋人がテニスをしている姿を見て、時の皇帝高宗が、「なんと哀れなることよ、この暑い日に汗を流して体を動かすとは。下人にさせればよいものを・・・・』と言ったというエピソードがある。また、李朝時代の絵画には、むしろの上に横たわって長いキセルを口にくわえた両班が、稲穂を片付けて働く農夫の姿をぼんやり眺めている場面がよく見られる。このように労働を徹底して軽視した指導者たちの導く国のありさまはたやすく想像がつく。
これは メッセージ 9936 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
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言論の自由, Yahoo!ジオシティーズよー1ー
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/18 21:46 投稿番号: [9936 / 18519]
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9936.html
火病国家
投稿者: kikousidayo 投稿日時: 2005/06/18 18:42 投稿番号: [9935 / 18519]
韓国人は21世紀に活きているという自覚が有るだろうか?
対馬の日の制定といい、19世紀でも見られない劣等、火病国家だ。
大統領が外遊に先立ち夫婦で美容整形するところを見ても、病的劣等感は
否めない。(爆笑)
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=64627&servcode=400§code=400趙英男氏「親日発言を深く謝罪」
親日発言をめぐる波紋の主人公、歌手・趙英男(チョ・ヨンナム、60)氏が16日、ソウル貞洞(チョンドン)にあるセシル劇場のレストランで「趙英男公演阻止特別委員会」のホン・ウォンシック委員長とともに記者会見した。
趙氏は、共同声明で「国内外の韓国人に深くお詫びすると同時に、今後、再発の防止を約束し、日本が植民支配時代(1910〜45)に行った犯罪行為と人権侵害について、日本政府レベルの正式な謝罪とドイツレベルの賠償があるべき、とのことに同感する」とした。
これは メッセージ 9934 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9935.html
うむ〜 地球の生命体の起源は朝鮮にあり
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/18 18:23 投稿番号: [9934 / 18519]
転写:
http://nikujiru.tripod.com/剣道の起源は韓国にあり!?水戸黄門ぢゃ。
韓国人が剣道の発祥はウリナラ(我が国)で宗主国だと妄言を吐いておるのは御存知かな?
試合ルールが同じで日本風の竹刀や防具を使っているのにおかしいとは思わんか?
まぁ、毎度のことぢゃが古文献の一部を都合よく解釈して針小棒大に言い立てておるのぢゃ。なに仲間内だけの話ではないぞ。インターネットを通じて世界中に広めておるのぢゃ。なにごとにも日本の良きものは韓国が発祥の地と頭から信じている困った国民どもぢゃが、どういうわけか日本の責任ある団体やマスコミも韓国人が機嫌を損ねるのを恐れてか、これをただそうとはせんのぢゃ。嘆かわしいことに町人剣士どもにはサムライの矜持がもはやないようぢゃの。これでは従軍慰安婦の嘘が定説化していったのと同じ構図ぢゃて。そこで、これではいかんと立ち上がったのが2ちゃんねるの有志達ぢゃ。彼らは熱心にこの問題を追及しておっての、見ていて頼もしいかぎりぢゃ。痛快ですらあるの。
ところで剣道はの、ただの武道ではなく日本の歴史や精神世界と密接不可分のものぢゃ。一例をあげると。時は幕末、地方から江戸へ剣術修行にやってきた若者達が偶然ペリーの来航と遭遇し、その恫喝外交に憤激して日本を救うために立ちあがったのぢゃよ。そう勤王の志士と呼ばれておるの。そのなかには、長州藩の中心人物桂小五郎、京で活躍した土佐勤王党の武市半平太、新選組の母体をつくった出羽の清河八郎、そして脱藩浪人ながら剣術コネクションをいかして倒幕運動に奔走した土佐の坂本竜馬など多士せいせいでの、この江戸剣術修行の若者達がおらねば明治維新もどうなったか分からんの。
ふむ、ちと脇道にそれてしもうたが助さん格さんも武士の誇りをなんとする、と言って憤慨しておるぞ。貴殿もぜひ訪問してみなされ。
弥七・八・お銀 『ご隠居〜たいへんです!!』
風車の弥七 『あいつら茶道や和歌・盆栽・扇子・折紙・清酒・寿司まで韓国起源だとほざいてますぜ』
うっかり八兵衛
『あっしの大好きなドラえもん・ハローキティ・たまごっち・かっぱえびせんまでとられてやんすよ〜』
かげろう お銀 『あきれたね〜。茶人の千利休や浮世絵師の写楽まで在日韓国人にされちゃってるじゃないか』
水戸黄門 『ふむ、これは単なる起源捏造問題ではないようぢゃの。この件で韓国人の精神構造上の問題点が集約されて現れておるようぢゃ。詳しくはサイトを見なされ』
.
助さん 『ご隠居、呆れたことに彼の国の者は日本文化の起源捏造どころか、「朝鮮は人類発祥の地」とか「韓国語は全世界語の母胎である」などと言い張っておりまする』
格さん 『なんのそれどころか拙者には「日本の生態系の根は韓国である」とか「地球の生命体の起源は朝鮮にあり」などと訳の解らぬ与太を飛ばしておりましたぞ』
水戸黄門 『ふぉっ、ふぉ、ふぉ、ふぉ、、、、、、』
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
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「親日派のための弁明」金完燮 ー2ー
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/18 15:08 投稿番号: [9933 / 18519]
引用;
金完燮:
最近「パール・ハーバー」という映画を見ながら私は日本軍を応援している自分を発見
した。60年も前に大規模な空母船団を率いて地球の反対側まで出征し米国の太平洋艦隊
を叩き潰した日本という国の偉大さに私は感動と戦慄を覚えざるを得なかった。
そのときは朝鮮も日本の一部であったし、私たちの父祖も日本人として戦争に参加し応
援したことが明らかなのに、なぜ今日韓国人は日本と米国の戦争で米国を応援している
のだろう
日本と朝鮮の革命家たちは朝鮮王室とそ
れに取り入る守旧外勢と対抗しながら30年の間粘り強くブルジョア革命を推進した。朝
鮮の文明開化は彼らの血と汗で得られた成果であるのだ。
日本が経済だけでなく政治、文化、軍事的にも堂々たる自主独立国家となるためには歴
史に対する自負心を回復することが何より急がれる課題である。
日本帝国は朝鮮と台湾で民衆を抑圧する古い体制を清算し近代
的な法の統治を具現し、その結果日本統治地域の住民は文明の洗礼を受けより人間らし
く生を享受出来たのである
これは メッセージ 9928 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
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「住」と「往」
投稿者: lib1964_1982 投稿日時: 2005/06/18 14:47 投稿番号: [9932 / 18519]
粛宗実録の「倭言吾等本住松島」などにおける「住」を「往」の誤記とする必要はないと思います。
日本の漁民は船で松島に渡って、漁をしたわけです。松島へ、向かって、船で行って、そこに船を止めた、このことは日本の記録でも疑いないでしょう。
松島へ向かったことを強調すれば「向」。松島へ行ったことを強調すれば「往」。とまった、あるいは留まったことを強調すれば「住」になります。
住の文字は「居住する」との意味がありますが、止まる・とどまる、の意味もあります。手元の中日辞典では「風住了=かぜがやんだ」「住船=ふねをとめる」の用例が載っています。漢和辞典には李白の詩がのっているかな。広辞苑にも「一所不住」の用例が載っています。
日本の漁民は、松島に仮小屋を作って、そこを仮の宿りとしていた可能性もあるので、住の文字を「(仮小屋に)居住する」との意味と理解しても、実態に照らし合わせてみた場合、何も疑問は生じないと思います。
私としては、往より住のほうが口調が好きです。「向」「往」「住」のどの文字を使うかは、書いた人の文才の問題でしょう。もちろん、往でも、意味的には問題ないので、往の誤記の可能性はありますが。
あるインターネットページには次のように記載してあります。
「住」は居住の意味であり、「行く」という意味ではない。竹島は人が住めない島であることが分かっているので、辻褄を合わせる為に、故意に資料を捏造解釈したのである
ムチャクチャ、デタラメな記述です。はずかしいですね。こんな記述を信用して、議論するのはばかげています。このようなデタラメなページは参考にしないほうがよろしいかと思います。
次に「本所」について。
文章中で使われている場合、「本」は、「今話題としている」の意味で使われることがあります。自分の側の気持ちがある場合が多いと思いますが。「今当還往本所」は「今話題としているところに帰ろうとしている」とも解釈できます。
>「本所」というのは、私の感覚では「本来の居所」なんですが
もちろんこのような解釈も成り立つでしょう。同じことではないですか。疑問は「居所」というと、現在のわれわれの感じでは、住民票があって、風呂があって、子供が学校に通って…となることかと思います。仮小屋に一時滞在でも、本所でよろしいのではないかと思います。
金剛般若経では釈尊が滞在していた祇園精舎を「本処」と表現しています。現在の「居住」というよりは、「滞在」に近い状態です。
>また、「還往」を帰るという意味以外に解釈されている方はいないと思いますので、粛宗実録を字句どおり素直に読んでも、話の真偽は別として、辻褄があうと思うのですが。
まったく、同感です。
これは メッセージ 9927 (tuutuu32 さん)への返信です.
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>韓国、いよいよ対馬の領土教育へ
投稿者: tenkuu8 投稿日時: 2005/06/18 12:29 投稿番号: [9931 / 18519]
ならば、対馬に韓国から米軍基地を持ってくることも検討する必要がある。その方が安心だと思う。
これは メッセージ 9916 (klaflh さん)への返信です.
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「住」と「往」
投稿者: tuutuu32 投稿日時: 2005/06/18 00:30 投稿番号: [9930 / 18519]
後世の史料から「住」を「往」とみるべきだという説は、辻褄が合わないならともかく、粛宗実録の方が記述が詳しくて、後世の史料は粛宗実録の記述を簡単にまとめたもののようですから、誤記かどうかを考えるまでもないと思っています。
しかも「住」「往」「住」と続きますから、当然、記述には気をつけることになります。また、時代が下るごとに転記ミスによる解釈間違いが多くなりやすいというのが、常ではないでしょうか。
でも、安は隠岐の人の言葉を完全に理解できたのでしょうか。結局はこれも架空の自慢話なのでしょうか。
これは メッセージ 9929 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9930.html
「住」は後の史料の記述から「往」の誤記で
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/17 20:46 投稿番号: [9929 / 18519]
小生,粛宗実録に投稿した事はないのです,世宗実録に投稿した事はあります
>住」は後の史料の記述から「往」の誤記であり
Okino:確かに「往」の記述のほうが自然ですね,
幕府から鬱陵島開発を許可されたのは鳥取藩内の大谷家はじめとして二家だけでした,それだから鳥取藩内の港から出発したのではないでしょうか,隠岐は
出雲藩管轄だから二家は鳥取内を基地にした可能性大きいですね,
松島は不断でも波が荒いので,そうそう簡単には島には寄らないで,松島を通って本所へ帰るところだとの解釈も出来ますね
これは メッセージ 9927 (tuutuu32 さん)への返信です.
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.山岡コラム「親日派のための弁明」金完燮
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/17 19:23 投稿番号: [9928 / 18519]
http://whatever.say.jp/program/snap_shot/site/11133734681490/
反日感情を意図的につくりだすうえで基本となったのが、歪曲された、まちがった歴史認
識です。
韓国人は幼いときから、学校や家庭で、あるいは社会をつうじて、さまざまなやり方で捏
造された歴史を学びます。
これによって、ごくふつうの韓国人は「総督府時代とは、あらゆる朝鮮人が日本人の奴隷
として生き、搾取されて死に、追い出された時代だった」という認識をもつにいたります。
(本文P1〜4から引用) 金完燮(キム・ワンソプ)
『親日派のための弁明』金完燮(キム・ワンソプ)正論6月号より
●平成14年5月27日
韓国で「日韓併合は祝福であった」と論ずる本が出版された。
著者は30代の作家金完燮氏である。
本書を貫く主張は近代に入っても体制改革できなかたった朝鮮にとって日韓併合は望まし
いものであり、日本より朝鮮の側、とくに改革派勢力が併合を望んだとするものである。
そして朝鮮は日韓併合によって飛躍的に発展したのであり、この関係を認識して今後の日
韓関係も構築していくべきだと主張する。
荒木和博氏訳で7月に草思社から発刊されましたが、その序文の一部が正論6月号に掲載
されている。
Okino:
一進会は,日朝合併によってのみ,強固な儒教原理主義と旧体制を倒すことが出来る唯一の方法と考えたのですね
仮にロシアの軍門に朝鮮が下っていたら,半島から朝鮮民族は一人残らず消えていたのではないだろうか
ロシアはシベリア開発に人的労働資源を渇望していたからである
これは メッセージ 9926 (ixion_valfare さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9928.html
「住」と「往」
投稿者: tuutuu32 投稿日時: 2005/06/17 01:19 投稿番号: [9927 / 18519]
粛宗実録
巻三〇
二十二年九月戊寅
鷹鳥猫倭船亦来泊、船人皆恐、渠倡言欝島本我境、倭人何敢越境侵犯、汝等可共縛之、仍進船頭大喝、倭言吾等本住松島、偶因漁採出来、今当還往本所、松島即 子山島、此亦我國地、汝敢住此耶
この史料記載の「住」は後の史料の記述から「往」の誤記であり、安龍福に怒られた倭人は、
①松島へ向かう途中
②たまたま鬱陵島へ寄り
③漁労を終え、松島へ帰るところと言った。
④これに対して、安は
⑤そこも朝鮮の地だ。どうして、そこに行けるんだ。
と言ったとする解釈がありますが、この解釈では、倭人はどこから出発して、鬱陵島に寄ったことになるのでしょうか。
①隠岐から松島へ向かうところだったが、何かの理由で90キロ離れた鬱陵島へ来て、漁労し、松島を経て隠岐へ帰るところだ。
②隠岐から松島経由で鬱陵島へきて、暫くの間在住して漁労し、そろそろ帰ろうと思っていたときに、安と遭遇し、松島に仕事が残っていたので、松島に向かうところだ。
①だとすると、日本人の中には、当時、松島での漁労を目的に渡海した者があったことになります。
②は、安の供述にもあるように、日本人が松島で仕事をしていたことになり、一見辻褄があうような気がします。
しかし、「本所」という語句が気になります。「本所」というのは、私の感覚では「本来の居所」なんですが。違う解釈はあり?
また、「還往」を帰るという意味以外に解釈されている方はいないと思いますので、粛宗実録を字句どおり素直に読んでも、話の真偽は別として、辻褄があうと思うのですが。
これは メッセージ 9925 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9927.html
すごい…
投稿者: ixion_valfare 投稿日時: 2005/06/16 21:30 投稿番号: [9926 / 18519]
とても詳しいお話が聴けてよかったです。朝鮮民族の醜さを改めて認識しましたが、朝鮮総督府について見直そうとする者が朝鮮民族にもいるとわかり少し印象を新たにしました。
これは メッセージ 9925 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9926.html
朝鮮合併 ー3ー
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/16 19:09 投稿番号: [9925 / 18519]
転写:
http://whatever.say.jp/program/snap_shot/site/11134635711075/52 :名無しさん@3周年:2005/04/13(水) 15:15:13 ID:iry4jp1d
現代韓国人が知らない日本統治以前の奴隷社会
金完燮
SAPIO
03/02/26
死亡当時、すべての朝鮮人にとって呪いの対象だった閔妃が、今になって自主独立の
殉教者として華麗に復活した現象は、韓国人が直面しているアイデンティティーの混乱を
端的に示すものだ。
韓国人が朝鮮王朝を慕い、日本の統治を受けず朝鮮王朝が継続したならもっと今日良
くなっていると考えるのは、当時の朝鮮の実態についてきちんと分かっていないためだ。
特に子供と青少年は、きれいな道ときれいな家、整った身なり、上品な言葉遣いのテレビ
の歴史ドラマを観ながら、朝鮮もそれなりに立派な社会で、外勢の侵略がなかったならば
静かで平和な国家を保てたろうと錯覚する。
しかし日本が来る前の朝鮮は、あまりに未開で悲惨だったという事実を知らねばならない。
朝鮮は典型的な奴婢社会であった。全人口の30パーセント以上が奴婢であり、首都漢城
の場合は人口の70%以上にも及んだ。奴隷は物のように売買され、主人のために生涯
奉仕しなければならなかった。
53 :52:2005/04/13(水) 15:18:11 ID:7kN2LUto
平民や中人階級は奴婢に比べて若干自由があったが、貴族や官吏たちに略奪される
立場にあるのは同じだった。両班とも呼ばれる貴族たちは無為徒食しながら、下の階級に
対し無慈悲に権力をふるった。
ある学者はこのような朝鮮を、20%のヒルが残りの80%の血を吸う社会構造だと喩えた。
朝鮮は当時、世界中で最も未開で残酷な社会であり、このような社会が自力で改革を行
って近代化するということは到底考えられなかった。
だから、日本が朝鮮に進出しなかったら、朝鮮は文明の恩恵を受けられないまま世界
で一番遅れた地域として残ったことだろう。
したがって、今日韓国がある程度、民主主義の実現と経済開発に成功し、他の開発途上
国から羨望される水準に発展したことは、全面的に、朝鮮のために働いた日本人のお陰で
ある。
54 :52:2005/04/13(水) 15:19:03 ID:7kN2LUto
当時の朝鮮人はこのような事実を熟知していたために、独立以降も朝鮮王朝に対しては
何の郷愁も恋しさも持たなかった。だから今日朝鮮の王室を再建することによって自分たち
のアイデンティティーを獲得しようとする一部の韓国人の試みは、まったくもって間違ったこ
となのである。このような行動の背景には、韓国と日本を離間させることで利益を得ようとす
る集団の意図も存在しているのだろう。
韓国は日本が生み育てた息子のようなものである。韓国人は日本との同質性を回復し、
心のこもった友好関係を追及することに自らのアイデンティティーを求めなければならない。
これは メッセージ 9924 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9925.html
朝鮮合併 ー2ー
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/16 19:03 投稿番号: [9924 / 18519]
転写:
http://whatever.say.jp/program/snap_shot/site/11134635711075/50 :金完燮著書評:2005/04/13(水) 15:13:43 ID:iry4jp1d
本書の著者の一人、金完燮氏は前著『親日派のための弁明』(草思社)において、韓国側
には市民革命を起こして李王朝の封建体制を打ち倒す力がなく、日本による韓国併合は
市民革命の役割を果たしたもので韓国の近代化のために有用であったとの斬新な主張を
展開した。
このように書けば、金氏の論は韓国でも突飛なものと受け止められているように思われる
がそうではない。本書によれば、韓国では10年以上にわたって、経済学者を中心に「植民
地近代化論」なる学派が形成され、朝鮮総督府を日帝の弾圧機構ではなく、古い李氏朝鮮
を代替した近代的な国家だったとする論文が相次いでいるという。金氏は学者たちが保身
のために自分たちだけで通用する難しい学術用語を用いていたのを誰にもわかる言葉で
語ったというのだ。
51 :50:2005/04/13(水) 15:14:39 ID:iry4jp1d
このような「植民地近代化論」が韓国で展開されるのは、李氏朝鮮が小中華主義から
本場の中国以上に固陋な儒教社会に陥り、近代社会への脱皮が自力では不可能だった
との認識が彼らにあるからである。
儒教は生活全般を統制する宗教で、李朝末期には国民の7割にも達した両班階層は
仕事もせず、税金も払わず、軍隊にも行かない。長男は12代前まで、ちょっと位の高い
家では20代前まで、先祖の命日に祭祀を行う。つまりしょっちゅう法事というわけで他に
何もできない。これに限らず韓国社会は儒教にがんじがらめにされていた。この儒教の
呪縛を破ったのが日韓併合であり、これが市民革命の役割を果たして近代化に寄与した
というのだ。
これは メッセージ 9923 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9924.html
朝鮮合併 ー1ー
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/16 18:47 投稿番号: [9923 / 18519]
転写:
http://whatever.say.jp/program/snap_shot/site/11134635711075/59 :55:2005/04/13(水) 15:37:32 ID:7kN2LUto
自ら韓日保護協定締結を主導し朝鮮の初代統監となった伊藤博文は政治的、財政的に日
本に負担になる朝鮮合併を決して望まなかった。合併は一進会などの朝鮮の革命勢力が
請願したことであったが、安重根の伊藤暗殺により日本の世論は急速に合併に傾いた。
安重根は自分が望まない方向に愛国を実現したわけだ。
日本の統治により朝鮮は多くの発展を成し遂げた。30年余りの間に一千万人足らずの人
口が二千五百万人に増え、平均寿命は24歳から45歳に伸び、未開の農業社会だった朝鮮
は短期間に近代的な資本主義社会に変貌した。日本本土からは優秀な教師が赴任し朝鮮
人を教育し、年毎に日本政府からの莫大な規模の資金が流入し各種社会基盤施設が建設
されたのである。1920年代には日本へのコメ輸出で朝鮮には大金持ちが続出し、その基
礎の上に民族資本が現れるようになった。
1920年代の朝鮮の文芸復興は日本とちょうど同じ時期に始まったものであり、今日、李
光洙や崔南善から始まり金東仁、李孝石、金ヨンナン、尹東柱、洪蘭坡ら我々が記憶す
る数多くの作家と芸術家は大部分この時期に登場した人物である。
60 :55:2005/04/13(水) 15:38:34 ID:7kN2LUto
韓国人は日本のこのような貢献を認めようとせず、認める人でもそれが日本という外勢
によって起きた他律的な成果だという理由でその意味を過小評価している。しかし振り
返ってみると朝鮮は人類の歴史上唯一無二の儒教原理主義社会であった。その儒教的戒
律の精巧さと厳格さは今日のイスラム原理主義など比較の対象にならないほどである。
従って今日イスラム原理主義がイスラム社会に与えている悪影響について少しでも認識
が及ぶ人であれば、朝鮮の儒教原理主義が外勢の影響が排除された状態で自発的に消滅
しただろうとは言えないはずだ。
20世紀初め、外勢による改革、それも日本統治による徹底した精算作業がなかったなら、
今日の朝鮮半島は世界中で最も未開な地域の一つに留まっていただろう。だから日本時
代は私たちにとって幸運であり祝福であったとすることはできても、覚えておきたくな
い、あるいは認めたくない不幸な過去だと言えるはずはないのである。
Okino:合併30年余りの間に朝鮮小学校は30校から3000校に増えたと聞いております,これらの資金は日本本土の日本人の税金から供出した物です
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9923.html
韓国の歴史副教材<凄い!で
投稿者: cyon555 投稿日時: 2005/06/16 14:45 投稿番号: [9922 / 18519]
いつから世界一アホになったのかは、教えてないですか
爆笑
これは メッセージ 9917 (klaflh さん)への返信です.
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自衛の権利はあると云ってるでしょうに
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/16 14:41 投稿番号: [9921 / 18519]
憲法で戦争放棄うたっているが,正当防衛たる自衛権は認められているのですよ,
上記タイトルに記した「自衛の権利はあると云ってるでしょうに」ふと,声が聞こえた様な気がしたので記してみました
これは メッセージ 1 (ritiarno さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/9921.html
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