儒教では「君子は労せず」と教えー1ー
投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/06/18 22:44 投稿番号: [9937 / 18519]
引用:
李氏朝鮮の国教ともいえる儒教では「君子は労せず」と教えており、額に汗して働く者を卑しんだ。そのため支配階級である両班は労働をすることが全くなかった。労働を卑しむ社会は停滞するほかない。
「悲劇の朝鮮」アーソン・グレブスト
1912年
(高演義・河在龍訳
1989年
白帝社)
朝鮮の学者(両班)は、誰かうるさい人の目に労働と映りうることなら、できる限りそれから遠ざかろうとします。衣服を自分の手で着てはいけないし、タバコの火も自分で点けてはいけません。そばに手伝ってくれる者がいない場合は別にして馬の鞍に自力でのぼるべきでなく、また荒馬から落ちたとしても、誰かがやってきて抱き起こすまでは地面にそのまま倒れていなければならないのです。両班は個人的な商売はやらないのですが、その訳は商売というものがまさに労働であり礼に反するからです。
「朝鮮紀行」
イザベラ・バード
1897年
(時岡敬子訳
1998年
講談社学術文庫)
両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥とはならず、妻がこっそりよその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。両班は自分ではなにも持たない。自分のキセルすらである。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。
「韓国人、大反省」
1993年
金容雲
徳間書店
李朝末期に韓国を訪れた西洋人がテニスをしている姿を見て、時の皇帝高宗が、「なんと哀れなることよ、この暑い日に汗を流して体を動かすとは。下人にさせればよいものを・・・・』と言ったというエピソードがある。また、李朝時代の絵画には、むしろの上に横たわって長いキセルを口にくわえた両班が、稲穂を片付けて働く農夫の姿をぼんやり眺めている場面がよく見られる。このように労働を徹底して軽視した指導者たちの導く国のありさまはたやすく想像がつく。
これは メッセージ 9936 (okinotorisima2004 さん)への返信です.
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