竹島

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『隠州視聴合記』の最新解釈1

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/06/19 22:24 投稿番号: [9947 / 18519]
   半月城です。
   日韓間で論争になった『隠州視聴合記』おける「此州」の解釈について研究者はどう見ているのか紹介します。なお、『隠州視聴合記』の影印は(注1)を参照してください。

   te2222000さん、Re:9789
>しかし、私自身は隠州視聴合紀には「此二島」という書き方で二つの島をひとまとめにした記述があることや、日本政府もかつてこの考えを支持したことなどから、全く疑問に思っておりません。

   たしかに日本政府は、56年「『隠州視聴合記』(1667年)も、松島(今日の竹島)および竹島(鬱陵島)をもって日本の北西部の限界と見ており(注2)」と解釈して韓国政府に回答しました。これに韓国政府はこう反論しました。
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   また、日本側は自己の主張を有力にするために『隠州視聴合記』を引用したが、その引用は大きな誤読に起因するのであり、もう一度その原文を精読する必要がある。
  ・・・
   ここにいわゆる松島はすなわち獨島、竹島は鬱陵島をさすのであり、この二島から高麗(韓国)本土を望見する距離関係がちょうど雲州から隠州を望見するがごとくであり、そうであるから日本の西北部は此州を限界とするというのである。これを日本側は誤読し、前二島を日本の西北部の限界としたことは誤りである(注2)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   韓国は日本に対し強い調子で「誤読」とか「誤り」と指摘しましたが、日本が回答書でそれに反論しなかったのは韓国の主張を暗に認めたことを意味します。すなわち、松島、竹島が日本の北西部という日本政府の解釈は間違いだったということを暗示します。
   それに符合するかのように、最近、日本政府はホームページにおいて「固有領土」の主張に私的な大谷家文書を引用しても、半ば公的な『隠州視聴合記』は引用しませんでした(注3)。
   もし『隠州視聴合記』で日本の限界を松島、竹島と解釈しうるなら、これほど日本に有利な切り札はないのに、あえてそうしなかったのは、そうできなかった事情があったに違いありません。これは『大日本史』の解釈にもつながるとみられます。

   これまで『隠州視聴合記』の全文を詳細に分析して「此州」の解釈を客観的に考察した研究者はいなかったのですが、ここに紹介する池内敏氏がはじめてその検討をおこないました。
   同氏は、まず『隠州視聴合記』「国代記」の文章構成上で日本政府の解釈は無理だということをこう記しました。
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  「国代記」は概ね(おおむね)三つの内容から構成される。「隠州在北海中」から「然則日本之乾之地、以此州為限矣」までが隠岐国の地理的特性を述べた部分、・・・までが隠岐国に賦課された貢納物(物産と言い換えうるかもしれない)について述べた部分、・・・までが隠岐国の歴史(源義親から京極氏に到る隠岐国を支配した武将の変遷)である。
  ・・・
  (3)そうであるならば則ち、日本の北西の地はこの州をもって限りとす。
  ・・・
   右に見るように、「国代記」冒頭の地理的特性を述べた部分は、隠岐国の構成について述べた部分(1)、隠岐国を基点にして四方位に何があるかを述べた部分(2)、(2)を踏まえて日本(の本土)と隠岐国との位置関係を述べた部分(3)、の三つの内容から構成されることが明瞭である。
   先述したように、「国代記」は、国単位で見た隠岐国の特性を記したものであり、地理・貢納・歴史の三部構成をとる。
   右に整理した(3)の部分は、次の項目(貢納)に移行する直前にあって、隠岐国の国単位での地理的特性を述べるに際して締まりをつける部分にあたっている。
   こうした点に鑑みて資料を率直に解釈しようとすれば、(3)にある「此州」が何を指しているかは自ずから明瞭であり、議論の生じようはずもない(注4,P149)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)
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