竹島

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島根県『フォトしまね』批判5

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 20:19 投稿番号: [14960 / 18519]
   内藤氏は「アメリカが竹島(独島)の領有権について決着させないで、意図的にアイマイにした」と記しましたが、それを裏づける資料も見いだされています。
   その資料、在日アメリカ大使館の秘密書簡によれば、アメリカは日韓両国の主張にそれぞれ一理あるとして竹島=独島の帰属をあいまいなままにしたとされました。その資料の存在を竹島問題研究会は知らなかったようです。その資料「リアンコールト岩の韓国人」と題する秘密書簡は、次のように記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   国務省はリアンコールト岩の歴史をすでに数回も検討したことがあるが、それをここ
で詳述する必要はない。その岩はアザラシの繁殖地であり、ある時期、朝鮮王朝の一部で
あった。その岩は、日本がその帝国を朝鮮に拡張した時、もちろん朝鮮の残りの領土とと
もに併合された。
   しかしながら日本政府は、帝国支配の過程においてこの領域を日本の本土に編入し、
ある県の行政下においた。
   そのため、日本が平和条約の第2章で「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対す
るすべての権利、権原及び請求権」を放棄することに同意した時、条約の起草者はこの岩
を放棄すべき領域に含めなかった(注7)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   この書簡に書かれたような背景から、竹島=独島はサンフランシスコ講和条約に記述されなかったのでした。それにもかかわらず、竹島問題研究会が同条約を「竹島が含まれたと読み解くのが適切である」などと解釈するのは、下条氏が日頃いさめるところの「我田引水的 文献解釈」にあたるのではないでしょうか。
  『フォトしまね』に対する批判は他にもいろいろありますが、ここでは割愛し、かわりに内藤正中氏の批判論文のデジタル版を(注6)に紹介するにとどめます。

(注1)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』文春新書、2004
(注2)半月城通信<国際司法裁判所による解決に反対、下條氏>
http://www.han.org/a/half-moon/hm120.html#No.901
(注3)竹島問題研究会<鳥取藩資料からみた竹島問題>
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/takesima/chukanhoukoku/index.data/taniguti-report.pdf
(注4)半月城通信<国際司法裁判所による解決に反対、下條氏>
http://www.han.org/a/half-moon/hm120.html#No.901
(注5)半月城通信<日本の「竹島ゴール」変更、裁判から調停へ>
http://www.han.org/a/half-moon/hm115.html#No.862
(注6)内藤正中「島根県竹島報告書に異議あり」『郷土石見』71号、2004.4月
  デジタル版は、http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/naitou2006.pdf
(注7)半月城通信<竹島=独島と駐日アメリカ大使館>
http://www.han.org/a/half-moon/hm111.html#No.822

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

島根県『フォトしまね』批判4

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 19:57 投稿番号: [14959 / 18519]
注目点;その5、国際司法裁判所
  『フォトしまね』の巻頭言において島根県の澄田信義知事は、国際司法裁判所に関してこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   もとより領土問題は、すぐれて国家間の問題であり、両国の外交努力により平和的に解決されるべきものです。このため、国に対しては、国民の理解を深める努力をお願いするとともに、国際司法裁判所に判断を仰ぐべきではないかとの提案を行っているところです。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   島根県の知事は国際司法裁判所による解決も考慮にいれているようですが、「竹島問題研究会」がまとめたと思われる『フォトしまね』本文の方には国際司法裁判所の話は、年表以外にまったく登場しません。
   それというのも「竹島問題研究会」の下條座長がそうした解決に反対しているので自然な成りゆきです。同氏は、かつてCSスカパー256ch「ニュースの深層」5月15日放送の番組「竹島問題 現状と今後の課題」で30分以上熱弁をふるいましたが、その中で裁判による解決に反対し、こう語りました(注4)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   それ(国際司法裁判所による解決)はやめたほうがいいと思いますね。韓国との間ではそこまでもっていかないで、交流をつづけるなかで問題を解決する道をさぐっていくのが賢明だと思っています。これは100年、200年後のことを考えて。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   ちなみに国際司法裁判所による解決は、現時点では日韓条約の精神に反します。同条約の交換公文は、外交で解決できない紛争は「両国政府が合意する手続に従い,調停によつて解決を図るものとする」と定めており、国際司法裁判所へ提訴する前に第3国へ調停を依頼する必要があります。これは韓国政府の主張を強く反映した結果でした(注5)。


注目点;その6、サンフランシスコ条約
   外務省のホームページは同条約について簡単に<日本がその独立を承認し、すべての権利、権原及び請求権を放棄した「朝鮮」に竹島が含まれていないことは、米国記録公開文書等で明らかである>と記すのみでした。
   これでは最近の外務省が、竹島=独島をサンフランシスコ講和条約で日本領に確定したと考えるのかどうか、あるいはSCAPIN 677号を引き継いで竹島=独島を統治している韓国の既得権益をどう考えるのかなどについては何も知ることはできません。

   これに対し『フォトしまね』は、サンフランシスコ講和条約を積極的に解釈し、小見出しで「条約の締結、発効で日本領土に」と断定しました。そうした解釈が成り立つのかどうか、たぶんに疑問です。それを内藤正中氏はこう述べました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   問題は、一九四九年(昭和二十四)十二月の第六次草案で、日本が保持する領土に竹島を加える修正が行われたが、それがそのまま平和条約に反映されたわけではないということである。
   一九五一年(昭和二十六)四月のイギリス案では、経度緯度により線引きをして日本が保持する島を特定する方式がとられ、竹島はその線の外側、すなわち韓国側に位置づけられていたのである。この案を支持していたニュージーランドは、「主権紛争を残さないようにすることを確保する必要性」を主張していた。しかしアメリカはこれに反対し、日本が主権を放棄する領域だけを挙げることで連合国の合意をとりつけ、最終案をまとめたのである。
   そのためもあってか、竹島については何らの記述もされなかった。竹島を明確に日本領としようとした日本の要求は認められなかったのである。一方、平和条約の非調印国である韓国も、独島(竹島)を韓国領とするようにアメリカに働きかけをしていたが、この韓国の要求も実現しなかった。アメリカは、日本領と断定しなかったことで、韓国にも配慮したというわけである。
   要するに、対日平和条約に竹島についての言及がないのは、アメリカが竹島(独島)の領有権について決着させないで、意図的にアイマイにした結果であるといってよい。外務省の川上健三が「未解決地域の一つ」になったとする所以である。
   したがって、報告書がいうように、国際法の原則が、領土問題は平和条約によるものとしても、平和条約に何らの記述もないものを「竹島が含まれたと読み解くのが適切である」などと、勝手な解釈をするのは如何かと思われる。まさに未解決のままで残されている問題というべきであろう(注6)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)

島根県『フォトしまね』批判3

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 19:55 投稿番号: [14958 / 18519]
   このようにホームページは「竹島一件」以降も竹島=独島を日本領と考えていたと断言しました。これに対し『フォトしまね』は、松島(竹島=独島)を「日本の領土」と断定するのではなく、何とか日本領と考えられる余地がわずかでも残されていないかと模索し、こう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   一方、日本側の主張、見解も究明が必要な課題を抱える。その一つが、鬱陵島と現在の竹島が鳥取藩に帰属した時期を問い合わせた江戸幕府に、両島が同藩に属さないとした1695年12月25日付の回答だ。
   現在の竹島が当時、同藩に属さないと考えられていたとしても、日本領との認識がなかったとは言えず、ましてや朝鮮領とする証明にはならないが、今後検証を深めたい。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   この一文に、松島を何とか日本に有利なように考えたいという「竹島問題研究会」の願望をありありと読みとれますが、この文章には故意か偶然か、誤認があります。文中に「鬱陵島と現在の竹島が鳥取藩に帰属した時期を問い合わせた江戸幕府に」と書かれてあり、あたかも幕府は「現在の竹島」の存在を知ったうえで鳥取藩に質問したかのような書きぶりですが、これは事実に反します。
   当時、幕府は竹島(欝陵島)の存在は知っていても、実は松島(竹島=独島)の存在を知らなかったのでした。そうした歴史的経緯を具体的にみることにします。幕府の質問書を「竹島問題研究会」は現代文で下記のように読みくだしました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
一   因幡国・伯耆国に附属している竹島は、いつ頃から両国へ附属していたのか。・・・
  ・・・・
一   竹島のほかに、両国(因幡・伯耆)に附属する島はあるのか。・・・・(注3)
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   このように松島(竹島=独島)の名は幕府の質問書に登場せず、鳥取藩の回答書に初めて「竹島、松島、その他、両国(因幡・伯耆)に附属する島はありません(注3)」と書かれました。
   松島の名が新たに登場したことで幕府はその島を調査する必要性を感じたのか、さらに松島に関する質問を鳥取藩へ追加したようです。その質問書はまだ発見されていませんが、それに対する鳥取藩の回答書「松島に関する覚書」の方は知られています。そこに松島が下記のように詳細に説明されました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
鳥取藩が幕府へ提出した「松島」に関する覚書(元禄9<1696>年1月25日)
  ・・・・
一   福浦より松島へ、80里
一   松島より竹島へ、40里
別紙
一   松島へ伯耆国より、海路約120里あります。
一   松島より朝鮮へは、約80〜90里もあるように聞いています。
一   松島は、何れかの国に附属する島ではないと聞いています。
一   松島へ猟に行っているというのは、竹島へ渡海する時の道筋であるためで、立ち寄って猟をしています。他領(松江藩、浜田藩など)から猟に行っているということは聞いておりません。但し、出雲国、隠岐国の者は、米子の者と同じ舟で行っています。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   これらの書簡のやりとりから幕府が松島を知らなかったことが明白です。ましてや、川上健三氏が主張した幕府の「松島渡海免許」の存在などは論外です。さらには松島は周辺のどの藩にも属していなかったことが明らかです。
   言いかえれば、幕府もいずれの藩も松島に領有意識をもっていなかったのでした。それにもかかわらず、どうして松島(竹島=独島)は「日本領との認識がなかったとは言えず」などと言えるのでしょうか。
(つづく)

島根県『フォトしまね』批判2

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 19:54 投稿番号: [14957 / 18519]
   このように、報告書にいう松島を今日の竹島=独島とすることに否定的でした。これは太政官指令についても同様です。同指令の「外一島」は不明であるとしてこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   この太政官による審査は、十分とはいえなかった。「竹島外一島」の「一島」が、今
日の竹島を指すのかそうでないのか、判然としないからである。
   もしその「一島」が今日の竹島だったとすれば、「本邦関係これ無き」というはずがない。佐田白茅の報告を考察した際と同じ議論で、今日の竹島を日本領とする「書留」がすでにいくつもあったからである(注1)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   このように下條氏は、太政官が領土外にした「外一島」は竹島=独島ではないと判断しました。その下條座長の見解に反する結論を「竹島問題研究会」が導いたのでしょうか?
   どうも、そうではないようです。最近、下條正男氏のほうが自分の見解を180度変えたようです。それを私はこう紹介しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   下條氏の論証方法には首をかしげることが多いのですが、今回は驚いたことに、同氏はテレビ番組で「日本の太政官が、竹島は日本の領土ではない、関係がないといっている」と語りました。
   その時に述べられた「竹島」は、太政官のいう「竹島」すなわち欝陵島をさすのかなと一瞬思ったのですが、やはりこれは竹島=独島をさします。下條氏は、明治時代に太政官の指令があったので、竹島=独島を日本の固有領土とするのは適切でないといみじくも語ったので間違いありません(注2)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   こうした論点にかぎらず、下條氏のたび重なる主張変更にはあきれるばかりですが、なぜ主張を変えたのかについては明らかではありません。とかく主張変更は不名誉なことなので、あまり思考錯誤の事実を知られたくないのが人情です。
   その主張変更の影響でしょうか、島根県のホームページ「竹島」には「固有領土」の主張を連想させるような記述はみられません。ましてや外務省ホームページのように、大谷・村川両家が「幕府から竹島を拝領していた」などとする途方もない記述はどこにもみられません。


注目点;その4,「竹島一件」以後の松島
   島根県のホームページ「竹島」は外務省に比べるとマシなのですが、それでも最新の研究成果が十分反映されていません。それを一部補ったのが『フォトしまね』とみられますが、両者で記述がくいちがっている重要事項があります。「竹島一件」以降の松島(竹島=独島)に関する説明です。
   両者の食いちがいを具体的にみることにします。まず、ホームページにはこう書かれました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
元禄9年(1696年)
  その後、江戸幕府は朝鮮との争いのため、元禄9年(1696年)鬱陵島への渡航を禁じ この島を放棄しましたが、竹島については日本の領土と考え渡航を禁じていませんでした。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)

島根県『フォトしまね』批判1

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 19:53 投稿番号: [14956 / 18519]
   半月城です。

   今年2月、島根県は条例「竹島の日」制定一周年を記念してパンフレット『フォトしまね』No.161号を島根県の全家庭に配布したようです。島根県の取り組み姿勢もさることながら、その内容にも注目すべき点があります。今回はそれについて記したいと思います。

注目点;その1、太政官指令
   注目すべき第一点は、明治政府の最高国家機関である太政官が竹島=独島を日本とは無関係であると宣言した史実を、日本の公共機関では唯一、島根県が認めたことです。『フォトしまね』はこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   地籍編纂のため、内務省から1876年に竹島(現在の鬱陵島)に関する紹介を受けた島根県は「山陰一帯ノ西部ニ貫付(所属)スベキ哉」と回答したものの、同省が最終的な判断を仰いだ太政官は、同島と外一島を「本邦関係無之」とし、日本領でないとの認識を示した。外一島とは、現在の竹島とみられる。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   この記述は、外務省のいう「竹島は我が国固有の領土」とする主張を正面から否定するものであることはいうまでもありません。まずはその史実を率直に認めた島根県の勇気に敬意を表したいと思います。
   島根県としても、太政官決定の際には内務省が「版図の取捨は国家の重大事」との認識をもって竹島(欝陵島)と松島(竹島=独島)を慎重に調査したうえで結論を出し、それを太政官が追認しただけに、その史実の重みを認めざるを得なかったようです。


注目点;その2、明治政府外務省の見解
   注目すべき第二点は、明治初期に日本の外務省が松島(竹島=独島)を朝鮮領と判断した史実を島根県が認めたことです。同書はこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1870年に、朝鮮視察から帰国した外務省の佐田白茅は「竹島松島 朝鮮附属ニ相成候 始末」という表題の報告を行う。竹島(現在の鬱陵島)だけでなく、松島(現在の竹島)も、朝鮮領になったというわけだ。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   外務省のホームページは、この同省の報告書についてまったくふれていませんが、もちろん外務省はその報告書の存在を知らないわけではありません。同省が編纂した『日本外交文書』にその重要な報告書が掲載されているくらいです。ま、都合の悪い資料には頬かむりしているのでしょうか。


注目点;その3,「竹島問題研究会」と下條座長
  『フォトしまね』は島根県設立の「竹島問題研究会」が中間報告を要約する形で発刊されました。その研究会の座長は、かの拓殖大学の下條正男教授です。
   座長である下條氏の竹島=独島に関する過去の見解は、上記の注目点とは大きく異なるのは周知のとおりです。下條氏は二年前の『竹島は日韓どちらのものか』と題する本で外務省報告書について下記のように記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   この(外務省の)報告書で問題になるのは、ここに書かれている松島がどこの島を指しているのか、ということである。
  ・・・・
   この報告の松島が今日の竹島であったとすれば、佐田白茅が「是迄掲載セシ書留モ無之」と記述するはずがない。なぜなら、今日の竹島を指す松島については、「是迄掲載セシ書留」がいくつも存在しているからである(注1)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)

『週刊新潮』 竹島はオレのもの

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/09 18:33 投稿番号: [14955 / 18519]
ついにかの国が核実験をしました。私はただのbluff(ブラフ)だろうと思っていましたが、やってはいけないことを北朝鮮は強行しました。安倍内閣最初の試練です。今、私はNHKで安倍さんの記者会見を聞いていますが、韓国が太陽政策を直ちに止め、日韓が共同歩調を取ることを強く望みます。

さて、掲題の件ですが、『週刊新潮』を下記に掲載致します。

「竹島」はオレのもので戦争無しでの結着法(96年2月22日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960222a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960222b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960222c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960222d.jpg


どうする「竹島」はもう韓国に占領されているぞ(96年3月7日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307d.jpg

引き続き後日『週刊新潮』を掲載します。次回は"皇民党強行上陸作戦で判る日本の竹島放棄"と"漁民たちの反韓感情"を掲載します。

布施の野次くん

投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2006/10/09 13:44 投稿番号: [14954 / 18519]
レス、感謝!
キミは田中のガキと違うて人間ができとる。
どんな素朴でレベルの低い疑問でも、
無視せずに誠実に答えるその姿勢。
本来、豚足人がもってる美徳ではなかろうか。

>アメリカに期待しても「仲良くやりなさい」ぐらいで恥かくだけ。
>実際にアメリカが助けてくれたとしたら、なおさら恥。
>今以上に日本は信用されなくなる。

ウリナラに逆切れされたって別にいいやん。
ほんとに取り返そうって意志があるかの問題だろ。
拉致問題しかり。与党・役人の問題じゃないもんな。
島根県の猟師や田中君など、ごく一部の豚足人の問題でしかない、
というのが実情だからな。

イルボンの国益のために日米同盟関係を最大限生かさなあかんのに、
「天皇マンセ〜!イルボン・マンセ〜!」的なコッ恥ずかしい遺物、
靖国神社にしがみついてたんじゃ、な。

Re: 田中君へ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/10/09 12:21 投稿番号: [14953 / 18519]
ムダだよ。

答えるのもあほくさいってところじゃないの?
ドイツに日本の問題を訴えるような大統領が首にならない国とは違うよ。

現実にはアメリカの助けを借りることはあるかもしれない。
だけど、それを公にするようなことはないでしょう。
結果そうなったという形でしょうな。
アメリカにしてみれば、はるか昔に結論は出してるわけで、いまさら片方の肩をもつわけにはいかんでしょう、韓国が逆ギレするだけだし。
アメリカに期待しても「仲良くやりなさい」ぐらいで恥かくだけ。
実際にアメリカが助けてくれたとしたら、なおさら恥。
今以上に日本は信用されなくなる。

そんなことは、まともな日本人ならみんなわかってるよ。

Re: ギャクなんです。

投稿者: junksai 投稿日時: 2006/10/09 11:19 投稿番号: [14952 / 18519]
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7899/1159146428/

半月城センセイの   レトリックです。

田中君へ

投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2006/10/08 22:20 投稿番号: [14951 / 18519]
オレは多くの大韓人同様、「独島はウリタン」(韓国歌謡)しか
竹島についての知識を持ってなかったんだが、
イルボン外務省のHPを見て、初めて、竹島はイルボンのだなと思ったんだ。
それで、何回も訊いてるんだが(ちゃんと答えろ!ガキ!)、
お前が竹島問題に取り組んでいるのは、ただ興味があるからとか、
竹島マニアとか、そういうのじゃないだろ?イルボンの領土として取り返したいんだろ?
そこでだね、イルボンだけで、いくら頑張っても絶対ラチあかないやんか。
イルボンの戦略として、美国とかの力を借りて、なんか働きかけようという発想はないのか。
その辺についてのお前の考えでもいいから、ちょっと述べてみろよ。

エコノミスト AERA 週刊文春

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/08 21:10 投稿番号: [14950 / 18519]
安倍首相が電撃的に訪中しました。サンプロで田原氏が、「北朝鮮はタイミング良くバカなことしてくれて、日中がより接近しやすくなった」と言っていましたが、正にその通りですね。

さて、掲題の件ですが、当竹島HPは現在の竹島がどのようになっているか言及されておりませんので、今回から当面の間は雑誌に掲載されている竹島記事をアップロードします。


エコノミスト   97年1月27日   竹島問題
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/economist970127.jpg

AERA 96年2月26日号   日韓の腫れ物に火の粉
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/aera960226a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/aera960226b.jpg


週刊文春   2004年7月8日   竹島現地取材   日本の領土が奪われた!
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shukanbunshun040708a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shukanbunshun040708b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shukanbunshun040708c.jpg

次回は、「週刊新潮」をアップロードします。

『改正日本輿地路程全図』

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/07 22:09 投稿番号: [14949 / 18519]
   半月城です。

   Am_I_AHO_1stさん、
>   ところが版を重ねた弘化三年版では、誤って鬱陵諸島を隠岐と同色に彩色すると同時に、注記もそれまでの諸島全体にではなく鬱陵島にのみかかるように間違って印刷されてしまいます。

   弘化三年版は、どこかのサイトで見れるでしょうか?

島根県分県地図

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/07 20:57 投稿番号: [14948 / 18519]
   半月城です。

   以前、Am_I_AHO_1stさんが島根県分県地図を集めたサイトをここで紹介していたように記憶しているのですが、そのアドレスを教えてください。

ギャクなんです。

投稿者: junksai 投稿日時: 2006/10/04 12:52 投稿番号: [14947 / 18519]
池野めだかのギャグに、ぼこぼこにされたあと

すてぜりふに   これで   許したろ   というのがあります。

ギャクなんでしょうか?

Re: 竹島

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/10/04 09:40 投稿番号: [14946 / 18519]
獨島が日朝の共通語か、、、
ありえる話しだけど、確証はなにもないですねえ。

日本人のために表記を変えるなんて発想も疑問だなあ。
追い出すためにいろいろしてるんですから、サービスしてどうすると思います。

Re: 田邉太一の「于山」認識

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/01 02:31 投稿番号: [14945 / 18519]
これはまた刺激的な記事ですね。以下転載します。

===========転載開始===========

「日本が3島決着の用意」   露で報道

  ロシアの親プーチン政権派有力日刊紙イズベスチヤは28日、1面トップで安倍晋三首相率いる新しい日本政府が北方領土問題でロシアに対し譲歩し、「3島返還」で決着を図る用意があると大々的に報じた。

  「島を分けるときがきたのか?」との見出しを掲げた同紙は、麻生太郎外相が27日、北方領土問題について「これ以上、2島か4島かで勝ち負けを議論してもらちがあかない。双方が譲歩しなければ解決されない問題だ」と発言したと紹介し、日本が「センセーショナルな動きを見せ始めた」としている。(モスクワ   内藤泰朗)
(産経新聞) - 9月29日8時0分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060929-00000005-san-int

http://www.business-i.jp/news/world-page/news/200609290023a.nwc

===========転載終り===========

さて、本題に入ります。

>しかし、「北澤正誠『竹島考證』1881, 復刻エムティ出版, 1996」をみる限り、当時の交信局長田邉太一には少しも「混乱」は無かったことを示します。

ararenotomo氏の発言に出てきた『竹島考證』は、素人の方にはどういうものか分からないと思いますので、後日、この掲示板に資料をアップロードします。

朝鮮人として田中くんに質問! 

投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2006/09/30 23:20 投稿番号: [14944 / 18519]
竹島問題において、イルボンは
美国に応援してもらおうと考えないの?

何らかの見解を示してもらうとか
ウリナラに対し国際裁判に応じることを
すすめるとか。

それなしでは解決は無理なんじゃ?
竹島問題のエキスパートとしての
高見を示していただきたい。

Re: よく分かる『朝鮮国交際始末内探書』

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/09/30 23:19 投稿番号: [14943 / 18519]
先ほどの映像を、私と半月城氏に例えると下記のようになるのではないでしょうか?

邦貴「キム・ジョンイルってるか?知ってるかって聞いてるの」
半月「知っているよ!当たり前じゃないか!無礼な質問あるか!安倍晋三知ってるかって聞かれたらキミどう答えるんだ」
邦貴「関係ない」

ある教授が共産党議員に向かって「恥を知りなさい」って言った時も笑えました。
http://www.youtube.com/watch?v=nFpkg858ys8

さて、掲題の件ですが、te2222000氏のご指摘通り、一行跳ばしてしまっているようです。しかしよく読めません。どなたか解読できる方がいましたら、ご教授下さいませ。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a1betsu103-1868/index.html

「獨島」は日韓共通語だった?

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 23:01 投稿番号: [14942 / 18519]
  当時鬱陵島に居住する日本人は、法的には不法であったかもしれませんが、多少の諍いはあったにせよ韓国人と共存し、特に隠岐から来た漁師は現在でも鬱陵諸島で盛んな烏賊漁のパイオニアとして、島の経済に貢献しました。
  このことは、その当時島に暮らす人々が交流したことによるものであり、そこには現地の人々が「ドクト」と呼ぶ島に対する共通理解が必要だったはずです。
  「石島」は南部朝鮮語の標準的な発音で「ドクト」と読む島も、当然のことながら朝鮮語の知識が足りずにソウル言葉(後の標準語)程度の理解がせいぜいの日本人にとっては、「石島」を「ドクト」とは読めなかったでしょう。
  しかし「ドクト」に「獨島」の字を充てれば、韓国人にも日本人にも「ドクト」と読める。韓国には吏読と云う王が任命した正式な官職名にさえ当て字を許容する伝統があり、日韓共通の地名表記の必要性から、勅令に記載された「石島」の代わりに「獨島」を通用させていたとしても不思議はない。

米子市立図書館所蔵の資料、完全公開

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/09/30 22:52 投稿番号: [14941 / 18519]
昨日の『朝まで生テレビ』は面白かったですね。
昔の朝生を見つけました。相手に切り込み、挑発する田原氏の番組進行には感心いたします。
http://www.youtube.com/watch?v=Nq91ThP902E

さて、掲題の件ですが、『竹島漁業資料』と『郷土資料 村川家附竹島渡海』の資料を統合的に見れるサイトを作りましたのでご覧下さい。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/

何かのドラマで「事件は現場で起きている」というせりふがありましたが、また時期をみて今度は島根県立図書館所蔵の資料をアップロードします。
http://www.pref.shimane.lg.jp/toshokan/region/takeshima.html

「石島」から「獨島」へ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 22:42 投稿番号: [14940 / 18519]
  現在では鬱陵諸島に「石島」と表記される島は存在しません。
  このことについて、今では次のように推測しています。

  「石島」と表記したとしても現地読みで「ドクト」と読んでいたと判定して差し支えないことは先の投稿で示したとおりです。
  また一方で、当時は多くの日本人が鬱陵島に居住しており、日本人だけの村を「新村」(「シンチョン」と読む)と呼んでいた事実も確認されています。
  その様な当時の背景を考え合わせた場合、「石島」を韓国人が「ドクト」と読んだとしても、(今でもそうであるように)日本人には「ドクト」とは読めず、現地読みを統一するためには別の字を充てる必要があったと考えられます。
  つまり「獨島」と云う表記は、鬱陵諸島に暮らす韓国人にも日本人の何れにも現地読みの「ドクト」であると判読させる必要があったため、勅令の「石島」を便宜上置き換えて通用していたのだろうと思われます。(現地では現地読みが通用していたことは、先の投稿に示したとおり)

Re: 竹島ネットニュース3-1

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 22:24 投稿番号: [14939 / 18519]
>   【コメント】講演において、日本は元禄期の「竹島一件」以後、竹島=独島を版図外と宣言することはあっても、公的に領有意識をもったことは日露戦争中の「竹島編入」時点まで一度もなかったことを理解していただいたと思います。

  ええ、そのとおりなのですが、太政官が版図外と指令するに至るまでには、日本国内に鬱陵諸島(日本では竹島と松島)を日本領ではないかとする俗信が蔓延していました。
  その原因として考えられるのは、一般に日本地図として高い信頼を得ていた長久保赤水の『改正日本輿地路程全図』に或る変化があったことを重視したいと思います。
  当初長久保赤水が著したオリジナルでは、鬱陵諸島は朝鮮と同様に無着色であると同時に諸島全体にまたがるようにして注記が印刷されていました。
  ところが版を重ねた弘化三年版では、誤って鬱陵諸島を隠岐と同色に彩色すると同時に、注記もそれまでの諸島全体にではなく鬱陵島にのみかかるように間違って印刷されてしまいます。当時の日本国内では日本地図の決定版とも云える存在であった『改正日本輿地路程全図』が与える影響は絶大なものがあったと考えられます。
  それ以降、太政官の指令が下されるまでの間には、混乱が拡大し、ついには文部省の作成した教科書にさえも鬱陵諸島を隠岐に含めて描くものが登場するほどになるわけです。
  当時は、その様な背景、つまり鬱陵諸島は全て日本の領土だとする俗信が蔓延っていた背景の下で最終的な太政官指令が下されたわけですので、その当時に島々を日本の版図外と結論した意義は大きいでしょう。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/09/30 22:23 投稿番号: [14938 / 18519]
  te2222000さん

  te2222000さんが [ii] は [iii] と同じ、即ち "二つ以上" 或いは "全部" を含んで
いることを忘れずにお話しされているなら、それで結構です。つまり、[i]( "全部" )は
[ii] ( "全部" の場合を含む)に含まれる場合であり、ある限定されたものです。

  ところで「経済的な興味がある」を何故 [i] のように特別な意味に限定されたのかを
te2222000さんにお聞きしています。お答え不能でしょうか。


>私は #14903 で「経済的な興味」の件を除き対話を打ち切りましたが、こちらの件についても
>そろそろ潮時のようです。これで終わりにします。

  無理強いはしませんが、もう少しでしたのに、惜しいことです。


  私の考えていた議論の大筋は、

  (1) 斉藤豊仙、或いは地元漁民は、竹島(現鬱陵島)の産物に経済的な興味を感じていた。
  (2) 地元漁民は、外国に近い竹島海域への出漁に当り、緊張・不安を感じていた。
  (3) 斉藤豊仙、或いは地元漁民は、竹島までが日本であることを確実にするよう、国境の
   画定を望んでいた。

ものと推測され、そして

  (4) 隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述について「竹島(現鬱陵島)までが日本の国境
   である( "此州" は "竹島および松島" を指す)」のように受け止めるならば、
   (1),(2),及び(3)は 斉藤豊仙の動機的面として、そのような受け止めと符号する。

と言うものでした。

  (1) については、te2222000さんはこれまで
  #14913「現在竹島から得ている経済的な利益を失うことになるのは望ましくない」
  #14920 " shuku_remusさんが述べていらっしゃること(下記「   」)自体は、私も賛成できます。"
     「少なくとも現在の利益が継続されるよう、より安心して経済活動ができるようにしたい」
とされています。従って、冒頭の議論より「経済的な興味を感じていた」ことに同意されたもの
と思います。( [i] を理由に、必ずしもそうとは言えないなどは無知か詭弁でしかありません。)

  (2) については、私の #14912(#14654を含む)へのコメントがなされていませんので
同意かは定かでありませんが、te2222000さんはこれもお答え不能だったものと考えられます。

  (3) については、私の #14911 の該当部分へのコメントがなされていません。これに
ついても、お答え不能だったものと考えられます。また「より安心して経済活動ができる
ようにしたい」との気持ちから「国境の画定を望む」との気持ちを推測することもできます。

  上記により、(1),(2),及び(3)は推測として妥当であったと思われます。

  従って、(4)の「竹島(現鬱陵島)までが日本の国境である( "此州" は "竹島および松島" を指す)」
のような受け止めについて、動機的面からの検証がなされたことになります。


  te2222000さん、如何でしょうか。またご質問、ご意見などあればここにアップしてください。
気が付けばいつでもお答えします。


>最後に一つだけアドバイスしておきましょう。

>shuku_remusさんの「17世紀半ばには、鬱陵島へ渡った日本人漁民が国境の緊張を感ずる程、
>朝鮮人漁民も鬱陵島近辺に進出していた」という主張は、竹島問題全体から考えた場合は、
>むしろ韓国側に都合の良い見解です。

>shuku_remusさんが、今後もご自分の見解について考察を進められるならば、その点についても
>視野に入れておくべきでしょう。

  奇妙なアドバイスですね。お気持ちをお察しします。

                          shuku_remus

Re: 竹島=独島問題ネットニュース3-3

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 21:59 投稿番号: [14937 / 18519]
>   【コメント】1905年、島根県は県条例で竹島=独島を隠岐島司の所管としたので「隠岐全図」に竹島=独島が記述されるのは当然です。それにもかかわらず、これがニュースになるのは、当時の公的な島根県分県地図に竹島=独島が入っていないためと思われます。

  ええ、そのとおりです。
  流石にこの会議室では、既にそのことは周知の事実であり、今では話題にもなりませんが。1905年、島根県は県条例案で竹島=独島を隠岐島司の所管することにしても、まともに執行されなかったと考えることも出来ます。施行されず執行されない条例がどこまで有効なのか、むしろ当時は総督府の教科書でも鬱陵島と獨島との間に行政上の境界線を描かないなど、一般には島根県が所管していたとは思われていなかったようです。

Re: 石島は観音島ではない

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 21:12 投稿番号: [14936 / 18519]
>このような点から当時の「鬱陵島事况」を見ると、鬱陵島では日本人の進出が問題になっていました。このままでは鬱陵島は日本に支配され、日本と接する于山島=独島は、日本に奪われるのではないかという強い危機感がありました(1905年現実となりました)。それ故、『皇城新聞』は最著の附属島として、いちばん遠い于山島=独島を真先に挙げ、『官報』は「于山島」を形状から「石島」と改めて管轄区域に含めた、とも考えられます。

  「石島」と表記した場合、鬱陵島の住民はどのように呼ぶでしょうか。
  それについて考察するヒントとしては、遺された鬱陵島の地図などが参考になります。
  例えば「巌」は、音読みでは「アム」ですが、当時の地図では「巌」の横に「パウィ」と記されているなど、漢字を音で読まない例が多数見られます。「島項」を「トハン」と読まずに「ソムモク」と読むのも同じです。
  一方で不法滞在する日本人が居住する「新村」などは漢字の音を充てて「シンチョン」と発音したようです。
  これは、日本人にとっては韓国語の訓に相当する読み方に馴染みがないため、音で読む傾向があったためでしょう。
  さて、「石島」については、韓国人にはこれを現地読みの「ドクト」と呼ぶことに抵抗はありませんが、日本人にはなかなか馴染めないようです。或いは、意図的に馴染みたくないだけなのかもしれませんが、現に当時の鬱陵島には地名を音読みにしない事実が確認されていますので、当時は「石島」を「ドクト」と読んでいたと判定して差し支えないものと思われます。

Re: 田邉太一の「于山」認識

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 20:51 投稿番号: [14935 / 18519]
>明治9(1876)年から明治11(1878)年にかけて相次いで出された「松島開拓」の申請に対し、外務省内には「松島」が何処を指すかについて「混乱」があったとされています。しかし、「北澤正誠『竹島考證』1881, 復刻エムティ出版, 1996」をみる限り、当時の交信局長田邉太一には少しも「混乱」は無かったことを示します。

  同意します。
  田邉太一は幕臣の時代にヨーロッパへ使節団の一員として派遣されますが、幕府が内戦に敗れると、旧将軍家が持てる人的資源を結集して創設した沼津兵学校の一等教授として招聘されます。
  この沼津兵学校は、特に土木技術や測量技術に優れた多くの人材を輩出しており、彼らはその後内務省地理寮や参謀本部で測量や地図の作製に携っていますね。太一自身は明治政府からの出仕の要請を何度も固辞しましたが、幕僚時代に培った外交官としての貴重な経験と見識を高く評価されており、出仕後は岩倉使節団の欧米視察にも同行するなど活躍しました。
  さて、田邉太一にとってみれば、幕府時代から松島竹島ともに朝鮮領であることを疑問に思わないとしても、全く不思議はありません。
  渡邉洪基も有能な人材であったろうとは思いますが、豊富な経験と知識を持つ田邉と比較するのは可哀相ですね。

美しいイルボンに

投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2006/09/30 11:36 投稿番号: [14934 / 18519]
統一教のサポートは
必要なんですよね。

ところで、オレ思うんだけど、
竹島問題において、イルボンは
美国に応援してもらおうと考えないの?

何らかの見解を示してもらうとか
ウリナラに対し国際裁判に応じることを
すすめるとか。

ウォ・シー・ハングォレン

米子図書館所蔵 『竹島漁業資料』 5

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/09/30 09:56 投稿番号: [14933 / 18519]
わが国は「美しい国」を目指している最中ですが、またまた民主党の議員が世間を騒がせているようです。公人である政治家が、しかも妻子ある人間が浮気をするというのは、一体どういうことなのでしょうか?民主党は日本を「汚い国」にしたいようです。「美しい国」に「汚い民主党」は不要です。

さて、掲題の件ですが、下記に米子図書館所蔵『竹島漁業資料』第五弾を公開します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/051.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/052.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/053.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/054.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/055.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/056.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/057.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/058.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/059.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/060.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/061.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/fishery/062.jpg

以上で、米子図書館所蔵 『竹島漁業資料』のアップロードは完了です。

田邉太一の「于山」認識

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/09/29 23:33 投稿番号: [14932 / 18519]
明治9(1876)年から明治11(1878)年にかけて相次いで出された「松島開拓」の申請に対し、外務省内には「松島」が何処を指すかについて「混乱」があったとされています。しかし、「北澤正誠『竹島考證』1881, 復刻エムティ出版, 1996」をみる限り、当時の交信局長田邉太一には少しも「混乱」は無かったことを示します。

明治9年7月の武藤平學と兒玉貞易の「松島開拓之議」に続いて、浦塩港貿易事務官瀬脇壽人は、明治10年4月に齊藤七郎兵衛の「松島開島願書并建言」、6月に武藤平學の「松島開島之建白」を上申しました。これに対し田邉太一は、「松島ハ朝鮮ノ鬱陵島ニシテ我版図中ナラス」として、この「松島」は鬱陵島との認識を示しました。明治11年8月瀬脇壽人は再び下村輪八郎と齊藤七郎兵衛の「松島開拓願」を上申したので、松島巡島の議論が起り、田邉太一は「松島巡視要否ノ議」(第二十壱号)を纏めました。

「開拓願」の「松島」が鬱陵島と認識していた田邉太一は、松島について次の様に記しました「聞クカ如キハ松島ハ我邦人ノ命セル名ニシテ其実ハ朝鮮蔚陵島ニ属スル于山ナリ」。松島は、「日本人の命名した名前」から、『隠州視聴合記』『竹島圖説』『竹島考』等に記されている松島と分ります。そして田邉は、この本来の松島は朝鮮蔚陵島に属する于山である、と認識していました。「松島ハ于山ナリ」は高麗史の「一云于山武陵本二島相距不遠風日晴明則可望見」をそのとおりに読み、川上健三氏(『竹島の歴史地理学的研究』古今書院, 1966)のように、鬱陵島を本土から見た記事とは読まなかったことを示します。

henchin_pokoider01さん(Nos.988, 1000)は、「松島ハ(略)蔚陵島ニ属スル于山ナリ」の記述より、彼が松島を「現竹嶼」と解釈していたことがわかる、と述べました。しかし、これは「我邦人ノ命セル名ニシテ」を略したからです。この文が入ると、その解釈では日本人は「現竹嶼」を松島と名付けたことになりますが、その様な証拠はありません。

田邉はさらに続けて、「蔚陵島ノ朝鮮ニ属スルハ旧政府ノ時一葛藤ヲ生シ文書往復ノ末永ク証テ我有トセサルヲ約シ載テ両国ノ史ニ在リ今故ナク人ヲ遣テコレヲ巡視セシム此ヲ他人ノ宝ヲ數フトイフ -- 松島断シテ開ク能ワス又開クベカラス其不能不可ヲ知テコレヲ巡視スル豈無益ナラサランヤ況ヤ後害ヲ醸サントスルオヤ」と巡視そのものに反対しました。

一方、記録局長渡邉洪基の意見の結びは次の様でした「- - 我邦人外国ノ船ニ搭シ韓地ニ至リシトテ韓政府ノ猜嫌ヲ増サントノ過愚ハナキニアラズトイヘトモ該島ニ在ル韓民(縦令官吏アルモ)邦人ト外国人トヲ区別スルノ眼晴モアルマジケレバ断然交隣ノ誼ニ於テハ妨碍ヲ生セサラン亊ヲ信ス」(第二十壱号)。全く田邉とは対照的です。

更に渡邉は、「 -- 既ニ竹島日本人行キ葛藤ヲ生セシヲ見レハ其島ヨリ近キ松島ヘハ必ラス行キタル人ナシト云フベカラズ去レハ竹島ト別物ナラハ因隠石等之国ニ帰セサルヲ得ス去レハ是等ノ縣ニテハ知ルベキ筈ナレハ同縣等ニ問合セ松島之属否竹島松島ノ異同ヲ取調フベシ - - 現場ノ有様ト従来之模様トヲ合セテ其真ノボシションヲ定ムベキナリ」(第二十貳号)依然巡視に拘り続けました。これに対し田邉は、もはや敢えて反対はしませんでした。

田邉太一の人物像を「司馬遼太郎『翔ぶが如く』文藝春秋, 1976」から借ります。1874年大久保利通に随行して清国との交渉に臨んだ時のことです。

田辺太一は、号は蓮舟。『幕末外交談』の著者である。
この旧幕臣出身の男は、北京で談判をしている柳原前光以下のたれにくらべても、人物、力量、経験のいずれもがすぐれていたが、旧幕臣であるというだけで、公卿出身の柳原の下僚に甘んじていざるをえないのである。
(中略)
この当時の日本の外交技術者としては、この田辺太一の右に出る者はいなかったであろう。が、かれは旧幕臣という立場もあり、人柄の謙虚さということもあって、つねに派手立った行動をせず、そのためもあって、つねに功を藩閥出身者に譲った。
(中略)
漢文に長じ、仏語をよくし、外交交渉に習熟している上に、国際情勢にあかるい田辺太一の存在は珍重するに足るものであった。ただ、田辺は勇士ではなかった。外交に勇士というものが必要なのかどうかは別として、たとえば清国との交渉において開戦を決意するなどという粗暴さは田辺の持ち味ではない。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/09/29 06:03 投稿番号: [14931 / 18519]
結局、二つ以上の場合も含むことを強調するため [iii] に言い換えただけであり、内容自体は [ii] でも正しいということですね。従って、#14928 における次の記述は、明らかに適切さを欠いています。

>>>>>>
また間違いましたね。[i],[ii]のどちらでもありません。[iii]です。
<<<<<<


普通の感覚なら、shuku_remusさんの側からこの事について一言あって当然のところですが、shuku_remusさんは無視を決め込んでいます。今までの発言内容から考えて、このような反応は当然予想したので、私としては今更驚きも呆れもしませんが。

私は #14903 で「経済的な興味」の件を除き対話を打ち切りましたが、こちらの件についてもそろそろ潮時のようです。これで終わりにします。


最後に一つだけアドバイスしておきましょう。

shuku_remusさんの「17世紀半ばには、鬱陵島へ渡った日本人漁民が国境の緊張を感ずる程、朝鮮人漁民も鬱陵島近辺に進出していた」という主張は、竹島問題全体から考えた場合は、むしろ韓国側に都合の良い見解です。

shuku_remusさんが、今後もご自分の見解について考察を進められるならば、その点についても視野に入れておくべきでしょう。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/09/27 23:25 投稿番号: [14930 / 18519]
  te2222000さん

  te2222000さんが "二つ以上" を忘れないようにしました。さらに下記のように修正して
ダメ押ししたいと思います。

  [iii] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【少なくとも一つ、又は二つ以上、
或いは全部】の気持ちがあることである。


  te2222000さんは

  [i] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【全て】の気持ちがあることである。

としています。te2222000さんのお考えでは、イ、ロ、ハ、ニ、…の一つでも抜けてしまうと
「経済的な興味がある」とは言えないことになります。何故そのように限定されましたか。

  イ) 少なくとも現在の利益が継続されるようにしたい
  ロ) より安心して経済活動ができるようにしたい
  ハ) 竹島(現鬱陵島)に関するものを隠岐の産物として扱いたい
  ニ) 中継拠点として資材を提供したい
  ホ) …

                          shuku_remus

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/09/27 19:09 投稿番号: [14929 / 18519]
shuku_remusさん

>>>>>>
>[ii] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【少なくとも一つ】の気持ちがある
>ことである。

>とお考えのように見受けますが、この理解は正しいでしょうか。

  また間違いましたね。[i],[ii]のどちらでもありません。[iii]です。

  [iii] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【少なくとも一つ又は二つ以上】の
気持ちがあることである。
<<<<<<


すみません、私には [ii]   と [iii] が全く同じ意味に思えるのですが、両者はどう違うのでしょうか。もう少し具体的にご説明願えませんか。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/09/25 23:30 投稿番号: [14928 / 18519]
  te2222000さん

>「経済的な興味」が

>イ) 少なくとも現在の利益が継続されるようにしたい
>ロ) より安心して経済活動ができるようにしたい
>ハ) 竹島(現鬱陵島)に関するものを隠岐の産物として扱いたい
>ニ) 中継拠点として資材を提供したい
>ホ) …

>などを含む場合に、私は

>[i] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【全て】の気持ちがあることである。

>と考えていました。お話を伺うとshuku_remusさんは、

>[ii] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【少なくとも一つ】の気持ちがある
>ことである。

>とお考えのように見受けますが、この理解は正しいでしょうか。

  また間違いましたね。[i],[ii]のどちらでもありません。[iii]です。

  [iii] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【少なくとも一つ又は二つ以上】の
気持ちがあることである。

  竹島(現鬱陵島)に対する「経済的な興味」が イ、ロ、ハ、ニ、…などを "含む" とした場合、
斉藤豊仙は 竹島に対して「経済的な興味を持っている」ならば、斉藤豊仙は イ、ロ、ハ、ニ、…
の【少なくとも一つ又は二つ以上】の気持ちがあることになります。

  例えば、斉藤豊仙にイとロの気持ちがあれば、斉藤豊仙は竹島に対して「経済的な興味を
持っている」ことになります。因みに、逆に、斉藤豊仙が竹島に対して「経済的な興味を持って
いる」としても、イとロの気持ちがあるとは限りません。ハとかニの気持ちかも知れないという
ことです。

                          shuku_remus

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/09/25 06:15 投稿番号: [14927 / 18519]
shuku_remusさん

>>>>>>
  「イ、ロの気持ち」は「経済的な興味」に含まれることに同意します。そうであれば
  「イ、ロの気持ちが(どちらかでも)ある」と推測しているならば、斉藤豊仙は竹島
(現鬱陵島)に対して「経済的な興味を持っている」と推測していることになります。
<<<<<<

「経済的な興味」が

イ) 少なくとも現在の利益が継続されるようにしたい
ロ) より安心して経済活動ができるようにしたい
ハ) 竹島(現鬱陵島)に関するものを隠岐の産物として扱いたい
ニ) 中継拠点として資材を提供したい
ホ) …

などを含む場合に、私は

[i] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【全て】の気持ちがあることである。

と考えていました。お話を伺うとshuku_remusさんは、

[ii] 「経済的な興味がある」とは、イ、ロ、ハ、ニ、…の【少なくとも一つ】の気持ちがあることである。

とお考えのように見受けますが、この理解は正しいでしょうか。

Re: 竹島ネットニュース3-1

投稿者: atsui4444 投稿日時: 2006/09/25 01:21 投稿番号: [14926 / 18519]
  >【コメント】講演において、日本は元禄期の「竹島一件」以後、竹島=独島を版図外と宣言することはあっても、公的に領有意識をもったことは日露戦争中の「竹島編入」時点まで一度もなかったことを理解していただいたと思います。

ここの掲示板はロムをしていましたが、半月城さんのこの主張に対する
反論は既に出ており、半月城さんからは何も反論が無かったと思います
(間違っていたら失礼)。

ところが別所では何事も無かったように、延々とご自身の主張を
続けるのですか?

それって酷くないですか?

Re: 竹島ネットニュース3-1

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/09/25 00:10 投稿番号: [14925 / 18519]
この「磯竹島略図」には、さほどの意味がないでしょう。すでに文章で書かれている部分だけで充分に竹島・松島が伺えるわけで、絵が出てきたところで理解に大きな進展があるわけでもなさそうです。

絵にどれほど正確に島を描いてあろうと、極端な話、地形が完全に一致していようと、別に意味はないということ。

なぜなら、太政官は竹島=アルゴノート島、松島=ダジュレー島と考えていた可能性がかなり高い。つまり、太政官が版図外としたのはたしかに竹島・松島であったにせよ、それは鬱陵島の放棄を意味するものに過ぎず、それ以上のものではないと。

むしろ、太政官が竹島=鬱陵島、松島=リアンクール岩と考えた可能性については何ら根拠はないのです。

これについてはすでに議論済み。14831参照。

この「磯竹島略図」がいかに正確であろうと、文章がいかに現在の竹島をうかがわせようと、結局は、太政官判断においては、松島=鬱陵島としかとりようがないことでしょう。

今の目から見て、この地図はまさに鬱陵島と独島である。だから、太政官はこの鬱陵島と独島を放棄したのである、というのは、さほど根拠ある議論でもないと思いますよ。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/09/24 22:49 投稿番号: [14924 / 18519]
  te2222000さん

  te2222000さん#14920
>とりあえず、shuku_remusさんが述べていらっしゃること自体は、私も賛成できます。

>shuku_remusさんがお使いの「経済的な興味」という言葉は、

>イ) 少なくとも現在の利益が継続されるようにしたい
>ロ) より安心して経済活動ができるようにしたい

>という気持ちを含むものだと思います。

>ただし、包含関係にありますから、逆は必ずしも真ではない、つまり、
>「イ、ロの気持ちがある」からといって「経済的な興味を持っている」とは言えない
>ことは、あらかじめ指摘しておきます。

  ???   "ただし" より後のご指摘はおかしいですね。

  「イ、ロの気持ち」は「経済的な興味」に含まれることに同意します。そうであれば
  「イ、ロの気持ちが(どちらかでも)ある」と推測しているならば、斉藤豊仙は竹島
(現鬱陵島)に対して「経済的な興味を持っている」と推測していることになります。

  「AはBを含む」即ち「BはAに含まれる」であれば「BであればA」です。因みに
逆に「AであってもBとは限らない」です。


  te2222000さん#14919
>特に、以前指摘した、隠州視聴合紀における経済問題への関心の薄さを考えると、
>竹島に関して経済的な関心を持っていたと推測することには慎重であるべきだと
>考えます。

>このような事情を考慮した時、私としては、aについては持っていたと推測して良い
>だろうが、b, c までも持っていたと推測することは適切さを欠くと判断します。

  「興味(特別な関心)」は「関心」に含まれます。te2222000さん#14920では上記の
ように、斉藤豊仙は竹島(現鬱陵島)に「経済的な興味を持っている」と分かりました
ので、こと竹島に関しては「経済的な関心を持っている」ことになります。

  私はa,b,cについてはどうとも言えません。te2222000さんのようにaまでと
受け止めることはあり得ると思います。しかし「経済的な興味」ですから、さらなる
利益(効率的な操業、漁獲高の拡大、新たな漁場等々)を追求することがあっても
自然と思います。その前に、ここで無理にa,b,cに分ける理由が分かりません。

                          shuku_remus

竹島=独島問題ネットニュース3-3

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/09/24 22:04 投稿番号: [14923 / 18519]
10.8月15日から独島で携帯電話の発着信が可能
  中央日報、2006.8.14
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=78861&servcode=300&sectcode=300
今回の光復節(独立記念日、8月15日)から独島(ドクト、日本名・竹島)全域で携帯電話の通話が可能になる。

11.大正期の「隠岐全図」に竹島
  山陰中央新報、2006.8.4
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=798307006
  日韓両国が竹島(韓国名・独島)の領有権を主張する中、竹島の位置が書かれている1912(大正元)年刊行の官製地図「隠岐全図」が、同県隠岐の島町西町の毛利彰さん(45)方でみつかった。

  【コメント】1905年、島根県は県条例で竹島=独島を隠岐島司の所管としたので「隠岐全図」に竹島=独島が記述されるのは当然です。それにもかかわらず、これがニュースになるのは、当時の公的な島根県分県地図に竹島=独島が入っていないためと思われます。

12.和田春樹教授「韓国、独島問題で焦る必要ない」
  中央日報、2006.7.30
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=78366&servcode=400&sectcode=400
東京大学の和田春樹名誉教授は28日、韓国の国民は日本の独島(ドクト、日本名・竹島)をめぐる領有権主張について、焦ったり防御的態度を示す必要がない、と強調した。

13.日本政府、在日外信記者団の独島訪問に抗議
  朝鮮日報、2006.7.26
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/07/26/20060726000019.html
  日本政府は24日、東京駐在外信記者団が独島(日本名・竹島)を訪問したことについて、駐韓日本大使館を通じ、韓国政府に抗議した。
  日本政府は特に独島を訪問した11人の記者団に日本人2人が含まれていることに強い不快感を表明したという。

14.中曽根元首相「独島、解決しないのも方法」
  中央日報、2006.7.18
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=77943&servcode=200&sectcode=200
03年に政界を引退した後、現在、世界平和研究所の理事長を務め、講演やテレビの討論番組への出演などで多忙な日々を送っている中曽根元首相は、韓日が対立し突破口を見いだせずにいる独島(ドクト、日本名・竹島)問題について、中国・訒小平氏の名言だとして「いま解決できないことは解決しないのも解決策」と述べた。

15.自民党外交部会が竹島問題で初会合
  山陰中央新報、2006.5.17
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=652498006
  初会合では領土特別委の石破茂委員長(衆院鳥取1区)が、領有権問題について講演。「竹島は日本固有の領土。韓国側は竹島問題を日本の植民地支配の象徴だとアピールするが、問題の本質は十九世紀以前の領有権の有無に尽きる」と説明。二十世紀の日韓の歴史問題とは別の話だとした。

  【コメント】委員長の「問題の本質は十九世紀以前の領有権の有無に尽きる」という発言に全面的に賛同します。その一方で「竹島は日本固有の領土」という発言には何らの根拠がないので、まったく同意できません。

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

竹島=独島問題ネットニュース3-2

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/09/24 21:47 投稿番号: [14922 / 18519]
3.日韓共同調査:竹島周辺海域で10月7日から
  毎日新聞、2006.9.16
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20060917k0000m010085000c.html
  日韓両政府は15,16 両日、竹島(韓国名・独島)周辺海域の放射能の共同調査に関する実務者協議を東京で開き、10月7日から8日間の日程で行うことを決めた。

4.韓国の対日強硬姿勢に変化?   韓日共同で海洋調査実施へ
  朝鮮日報、2006/09/11
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/11/20060911000034.html
  東海(日本海)上の放射能調査は韓日共同で実施することで10日、合意した。両国はこれまで定期的に東海での放射能調査を実施してきたが、最近、日本は独島(日本名・竹島)近海で調査を行う方針を表明、再び意見の対立が予想されていた。共同調査は、韓日両国の排他的経済水域(EEZ)を含む海域で、両国はもちろん国際原子力機関(IAEA)の専門家も参加して行われるとのことだ。

5.北東アジア歴史財団は日本を狙った組織
  朝鮮日報、2006.9.9
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/09/20060909000026.html
  高句麗研究財団を解体に追い込んだ北東アジア歴史財団の発足は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領のひと言から始まった。昨年3月7日、盧大統領は「歴史歪曲(わいきょく)、独島(日本名竹島)問題について総合政策の樹立と研究のための政府出資機構を設立せよ」との指示を下した。あえて独島の名前を挙げていることからも分かるように、これは主に日本を狙った組織だと解釈された。

6.‘歴史戦争’に200億ウォン支援…「北東アジア財団」来年予算策定
  中央日報、2006.09.09
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=79713&servcode=200&sectcode=200
北東アジア歴史財団は、中国の高句麗(コグリョ)史編入と日本の歴史教科書歪曲に対抗するための対策を用意しろという盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の指示で昨年4月から準備を進めてきた。 今月末に50人余の組織(研究員は20人余)で発足する予定だ。

7.韓国領土学会「EEZの基点、独島は可・鳥島は不可」
  朝鮮日報、2006.9.5
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/05/20060905000024.html
  社団法人韓国領土学会は7日午後1時から6時まで、ソウル白凡記念館で「独島領有権と排他的経済水域境界画定問題」をテーマにした学術大討論会を開催する。
  主題発表者を務める中央大法学部の諸成鎬(チェ・ソンホ)教授は発表文「韓国EEZ独島起点の国際法上の根拠」を通じ、「島嶼は領海・大陸棚・EEZを持つことができるが、岩石は領海しか持つことができないので、独島にEEZは設定できない」とする従来の認識に異を唱えている。

8.日本、「独島は韓国領土」仏テレビ番組に放送取消求める
  中央日報、2006.8.31
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=79420&servcode=400&sectcode=410
番組は18日に予定通り放送された。52分にわたる番組は、日本が試みている民族主義の拡散と軍事化を批判している。とりわけドキュメンタリーの内容を紹介した同番組のホームページには独島を韓国領土に表記、竹島は括弧の中に入れてある。同テレビ局は「歴史教科書から南京大虐殺に関連した内容が消えており、首相が戦犯らに敬意を示している」と懸念した。

9.竹島切手:北朝鮮が発行、韓国で予約販売開始
  毎日新聞、2006.8.18
http://cc.msnscache.com/cache.aspx?q=4064484294756&lang=ja-JP&mkt=ja-JP&FORM=CVRE
  【ソウル堀山明子】北朝鮮が発行した竹島(韓国名・独島)の記念切手について、独占販売権を持つ香港の業者が18日、韓国統一省が韓国での販売を承認したのを受け、9月2日まで販売予約を受け付けると明らかにした。韓国の聯合ニュースが香港発で報じた。業者は6月に販売承認を得\xA4

竹島ネットニュース3-1

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/09/24 21:31 投稿番号: [14921 / 18519]
竹島=独島問題ネットニュース3
  2006.9.24

1.半月城の講演会「竹島=独島の知られざる歴史〜日本の固有領土って本当?」

2.「独島は朝鮮領」明治政府文書発見

3.日韓共同調査:竹島=独島周辺海域で10月7日から

4.韓国の対日強硬姿勢に変化?   韓日共同で海洋調査実施へ

5.北東アジア歴史財団は日本を狙った組織

6.‘歴史戦争’に 200億ウォン支援…「北東アジア財団」来年予算策定

7.韓国領土学会「EEZの基点、独島は可・鳥島は不可」

8.日本、「独島は韓国領土」仏テレビ番組に放送取消求める

9.独島切手:北朝鮮が発行、韓国で予約販売開始

10.8月15日から独島で携帯電話の発着信が可能

11.大正期の「隠岐全図」に竹島

12.和田春樹教授「韓国、独島問題で焦る必要ない」

13.日本政府、在日外信記者団の独島訪問に抗議

14.中曽根元首相「独島、解決しないのも方法」

15.自民党外交部会が竹島問題で初会合


各記事の詳細
(著作権の関係上、新聞記事は一部のみ引用)

1.半月城の講演会「竹島=独島の知られざる歴史〜日本の固有領土って本当?」
  朝日新聞(名古屋版)、2006.9.14
  ●不戦のつどい   17日午後1時半、名古屋市中区錦3の市教育館。不戦兵士・市民の会東海支部主催。(以下省略)

  【コメント】講演において、日本は元禄期の「竹島一件」以後、竹島=独島を版図外と宣言することはあっても、公的に領有意識をもったことは日露戦争中の「竹島編入」時点まで一度もなかったことを理解していただいたと思います。
  なお、参加者の竹島=独島問題への関心が高く、講演に続く質問は一時間以上も延々と続くほどでした。

2.「独島は朝鮮領」   日本政府文書発見
  朝鮮日報、2006.9.14
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/14/20060914000011.html
  1877年当時、日本の太政官(現在の首相室)が「独島(日本名竹島)は日本の領海ではない」と公式確認した文書に、鬱陵島と独島を表記した地図が添付されていたことが明らかになった。
  環境部首都圏大気環境庁長の鮮于栄俊(ソンウ・ヨンジュン)氏は13日に「磯竹島略図」の内容を公開し、「この地図に現れた独島の存在は韓日の学者間で繰り広げられてきた論争を整理する意味がある」と語った。

  【コメント】「磯竹島略図」は、日本では漆崎英之氏により今年6月に発見されている。くわしくは下記の「竹島=独島ネットニュース2,2006.7.1」<新資料発見か>を参照してください。
http://www.han.org/a/half-moon/hm121.html#No.911
  また「磯竹島略図」は、すでに半月城が『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』第2刷(2006.8.15、コモンズ発行)P206に引用済みです。
(つづく)
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