Re: 石島は観音島ではない
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 21:12 投稿番号: [14936 / 18519]
>このような点から当時の「鬱陵島事况」を見ると、鬱陵島では日本人の進出が問題になっていました。このままでは鬱陵島は日本に支配され、日本と接する于山島=独島は、日本に奪われるのではないかという強い危機感がありました(1905年現実となりました)。それ故、『皇城新聞』は最著の附属島として、いちばん遠い于山島=独島を真先に挙げ、『官報』は「于山島」を形状から「石島」と改めて管轄区域に含めた、とも考えられます。
「石島」と表記した場合、鬱陵島の住民はどのように呼ぶでしょうか。
それについて考察するヒントとしては、遺された鬱陵島の地図などが参考になります。
例えば「巌」は、音読みでは「アム」ですが、当時の地図では「巌」の横に「パウィ」と記されているなど、漢字を音で読まない例が多数見られます。「島項」を「トハン」と読まずに「ソムモク」と読むのも同じです。
一方で不法滞在する日本人が居住する「新村」などは漢字の音を充てて「シンチョン」と発音したようです。
これは、日本人にとっては韓国語の訓に相当する読み方に馴染みがないため、音で読む傾向があったためでしょう。
さて、「石島」については、韓国人にはこれを現地読みの「ドクト」と呼ぶことに抵抗はありませんが、日本人にはなかなか馴染めないようです。或いは、意図的に馴染みたくないだけなのかもしれませんが、現に当時の鬱陵島には地名を音読みにしない事実が確認されていますので、当時は「石島」を「ドクト」と読んでいたと判定して差し支えないものと思われます。
これは メッセージ 14895 (ararenotomo さん)への返信です.
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