南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 00:17 投稿番号: [18680 / 41162]
すいません、さすがに単細胞では無理です。約60兆個とは隔たりが大き過ぎます。
約60兆億個の細胞から構成されている方なら、とりあえずリンク先をお読みいただければ「何を言ってるのか」はお分かりいただけると思います。

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2007/06/02 00:04 投稿番号: [18679 / 41162]
俺みたいな、単細胞にも良く理解させてくれよ!

何を言ってるのか解りませんが?

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/01 23:18 投稿番号: [18678 / 41162]
>「現在の進化論だけでは説明できない。人知超えた不思議な働きがある。」ことを説明した筑波大学名誉教授・村上和雄やアメリカの知的設計論者たちの

ちっとも説明してないんだよ。

参考
http://blackshadow.seesaa.net/article/14732835.html
http://homepage.mac.com/biogon_21/iblog/B1604743443/C1534355107/E20060304021221/index.html

>(google参照)

投稿者: devil_snr 投稿日時: 2007/06/01 23:17 投稿番号: [18677 / 41162]
>(google参照)


googleの何を参照したのやら。

「辞書に出てたぜ」って言えば信用されるとでも思ってるらしい。
オツムの程度が知れる。

yomikuni氏、もうやめなよ

投稿者: lotshunider 投稿日時: 2007/06/01 23:16 投稿番号: [18676 / 41162]
あなたはまず18個の宿題を片付けなさい。

自分の知識の浅さを恥ずかしいと思わないの?
いつもいつも同じパターンで論破されてさ。
(早稲田の細菌学なんて最たる例)

いい加減に学習したらどうですか?

Re: 「盧溝橋事件の真相」=牟田口 廉也?

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/06/01 22:02 投稿番号: [18675 / 41162]
>たった一発あるいは数発の銃声   だけで、運動会じゃ〜あるまいし、、戦闘の火ぶたが切られた?   これこそがおかしいんだけどね(笑)


どうしようもないバカだね。   他トピのものを、ここに持って来て。
そのトピ見てない人は何のことか分からんだろう。

「おかしい」 ったって、中国様が、そう言ってたんだから、それで、いいじゃないか。


>その背景には日本軍と中国軍との日常的な緊張があったということだろう。


そんな事、理由になるか。
どんな理由があるにせよ、戦争を仕掛けた以上、その結果の責任は仕掛けた方がとらなければならない。

「何万人殺された」 の 「空襲された」 の言う資格はない。
そんな事は覚悟の上で仕掛けたんだから。


蒋介石は、7月17日の関頭演説で

ひとたび最後の関頭にいたれば、われわれは 〔あらゆるものを〕 徹底的に犠牲にして、
徹底的に抗戦するほかはない。

といい。 7月31日の汪兆銘の 「最後の関頭」 演説では

《すでに最後の関頭に到れば、絶大の決心と勇気をもって犠牲をなすべきである。……
吾人が自己を犠牲に供するのみならず、全国同胞を一斉に犠牲に供することを意味する。(略)
中国人の一人をも、一塊(いっかい)の土をも、灰燼(かいじん)に帰せしめて、敵の手に渡さぬ決意である。》

と言っているよ。
イヤなら戦争など仕掛けなければいい。


>現地では   すでに解決し、停戦協定まで、締結しつつあった状況下で、国内国会では近衛首相が上海派兵を決定する、これが引き金となって日中戦争に突入したんじゃなかったかい?


ホー、盧溝橋事件の停戦協定を締結しつつあった7月に   近衛首相が   上海派兵   を決定したの?
初耳だなー。

私が、知ってる   上海派兵決定   は   8月13日   だがね。


>日本側の将校ってのが牟田口 廉也っていうとんでもないアホ将校だったんだから、何をどう、、日本政府に連絡、報告したのか、、それが問題じゃないのかい?(笑)


アホだねー。
牟田口廉也は、ただの連隊長だよ。   その上に旅団があるんだよ。
そして、一番上は支那駐屯軍。その他に、外交交渉機関に特務がある。

河辺旅団長も橋本参謀長も特務も現地に行っている。
下っ端の牟田口廉也が、上部組織を飛び越えて、報告しなくても、上部組織が報告してるよ。

ゴクローさん

Re: 石原都知事と東條英機 - 横

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/06/01 15:18 投稿番号: [18674 / 41162]
(google参照):

東條の自殺は、最高の戦争犯罪者(責任者)のそれとしては、「一死以て大罪を謝し奉る」、「神州不滅を確信しつゝ大君の深き恵にあみし身は言ひ遺すべき片言もなし」との遺書を残して割腹自殺を図った阿南とあまりにも対照的であった。敗戦から1カ月近くたった、しかもGHQによって逮捕命令がだされ、逮捕寸前にアメリカ官憲の前でしかもピストルでの自殺未遂を、日本国民は実に冷やかに受け止めた。

「鬼畜米英」、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けるな」(戦陣訓)と教えこまれ、死を強制された日本人が、その最高責任者の自殺未遂を中途半端で、かつ未練がましく見苦しいと感じたとしても何ら不思議なことではなかった。

例えば山田風太郎は、「『東条大将はピストルを以て……』ここまできいたとき、全日本人は、『とうとうやったか!』と叫んだであろう。来るべきものが来た、という感動と悲哀とともに、安堵の吐息を吐いたであろう。しかし、そのあとがいけない。なぜ東条大将は、阿南陸相のごとくいさぎよくあの夜に死ななかったのか。

なぜ東条大将は阿南陸相のごとく日本刀を用いなかったのか。逮捕状が出ることは明々白々なのに、今までみれんげに生きていて、外国人のようにピストルを使って、そして死に損っている。日本人は苦い笑いを浮かべずにはいられない」(『戦中派不戦日記』380頁)‥‥  

「『死ぬのは易い。しかし敵に堂々と日本の所信を明らかにしなければならぬ』と彼はいっているそうである。それならそれでよい。卑怯といわれようが、奸臣といわれようが国を誤まったといわれようが、文字通り自分を乱臣賊子として国家と国民を救う意志であったならそれでよい。

それならしかしなぜ自殺しようとしたのか。死に損なったのち、なぜ敵将に自分の刀など贈ったのか。『生きて虜囚の辱しめを受けることなかれ』と戦陣訓を出したのは誰であったか。今、彼らはただ黙して死ねばいいのだ。今の百の理屈より、一つの死の方が永遠の言葉になることを知らないのか。」(山田前掲書395頁)と書いた。

また高見順も、「期するところあつて今まで自決しなかつたのならば、なぜ忍び難を忍んで連行されなかつたのであろう。なぜ今になつてあわてて取り乱して自殺したりするのであろう。そのくらいなら、御詔勅のあつた日に自決すべきだ。生きていたくらいなら裁判に立って所信を述べるべきだ。醜態この上なし。しかも取り乱して死にそこなつている。恥の上塗り」と記した(『敗戦日記』324頁)。
東條の自殺に関しては、一般の民衆も同じ感情であった。

(なるほど、さすが東條閣下、ご立派な軍人でした。)




牟田口中将か何だ?

投稿者: sinnjitu_itiro 投稿日時: 2007/06/01 12:37 投稿番号: [18673 / 41162]
お前みたいな「無駄口あほ中傷」が何ギャースカわめいてんのかね(笑)

油売ってないで仕事しる!

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: NATROM 投稿日時: 2007/06/01 08:51 投稿番号: [18672 / 41162]
回答ありがとうございました。


>南京虐殺があったことを全く説明せずに「あった、あった」と言い張るだけのcheap_thirll君よりも、「現在の進化論だけでは説明できない。人知超えた不思議な働きがある。」ことを説明した筑波大学名誉教授・村上和雄やアメリカの知的設計論者たちの方が説得力を持つということです。

なるほど、専門外の人から見れば、インテリジェントデザイン説にも説得力があるように見えるのでしょう。「進化論は全く根も葉もない嘘っぱちのでっち上げだ。進化の証拠を進化論者はまったく説明せずにあったあったと言い張るだけ」などと言う人もいます。進化論否定者にとっては、そこに議論があると思わせるだけでも成功であるわけですから。「現在は知的設計論の台頭によって必ずしも十分正しいなどとは言えなくなった」と考える人がいるところを見ると、進化論否定者の戦略はうまくいっているようです。

南京事件にも同じような構図がありそうですねえ。

「盧溝橋事件の真相」=牟田口 廉也?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/01 07:17 投稿番号: [18671 / 41162]
>約40年前、新聞で、「盧溝橋事件の真相」 と題し
>「七、七事変は劉少奇率いる救国抗日学生の一隊が決死の覚悟で引き起こしたものである。
彼らは盧溝橋近くで演習している日本軍と国民党軍の両方に発砲し両者に先端を開かしめた。

たった一発あるいは数発の銃声   だけで、運動会じゃ〜あるまいし、、戦闘の火ぶたが切られた?   これこそがおかしいんだけどね(笑)

その背景には日本軍と中国軍との日常的な緊張があったということだろう、、いつ   暴発してもおかしくはない、状況がすでに日本と中国側にはその理由が存在したってことなんじゃないの?   その抗日   民族的昂揚を理解出来なかった日本側の情報分析力が不足してたって事なんだと思うんだけどね。しかも   現地では   すでに解決し、停戦協定まで、締結しつつあった状況下で、国内国会では近衛首相が上海派兵を決定する、これが引き金となって日中戦争に突入したんじゃなかったかい?   どこの国だって軍隊を送り込まれたら反撃するだろ?   邦人保護の為と言いながら、南京政府攻略戦の戦争なんだよね。

これは日本政府が以前より目論んでいた計画をただ、実行しただけの事だったと思うけど、、しかも   その対峙してた日本側の将校ってのが牟田口 廉也っていうとんでもないアホ将校だったんだから、何をどう、、日本政府に連絡、報告したのか、、それが問題じゃないのかい?(笑)

牟田口 廉也(むたぐち れんや、明治21年(1888年)10月7日 - 昭和41年(1966年)8月2日)は、佐賀県出身の陸軍軍人。陸軍士官学校(22期)卒、陸軍大学校(29期)卒。

盧溝橋事件や、太平洋戦争(大東亜戦争)開始時のマレー作戦や同戦争中のインパール作戦において部隊を指揮する。最終階級は中将。インパール作戦が歴史の教科書に詳しく載っていないこと、また彼の名が歴史の教科書に載っていないことから、彼の存在を知るものが少ないが、今日における評価は非常に低い。東条英機のように評価は低いが同情する部分もあるようなことが一切無く、特にインパール作戦における様々な行動は批判されることが多い。 また、当時の大日本帝国陸軍の将官の評価の際にはその全体的なレベルの低さを示す人物として杉山元、富永恭次等と共に真っ先に名前が挙がることの多い人物である。

Re: 石原都知事と東條英機

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/01 03:43 投稿番号: [18670 / 41162]
>>戦陣訓だが、支那事変で支那軍は、投降したり負傷した日本軍将兵を反戦兵士にする者を除いて一人残らず全員惨殺した

>ソースは?   名簿は?


No.18666 を読んで、そんなこと言ってんのか?

そんなことを言うなら、支那軍が捕虜として保護した日本軍将兵が居た根拠と名簿を出せ。

Re: 石原都知事と東條英機

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/01 01:29 投稿番号: [18669 / 41162]
>戦陣訓だが、支那事変で支那軍は、投降したり負傷した日本軍将兵を反戦兵士にするる者を除いて一人残らず全員惨殺した

ソースは?   名簿は?

Re: 石原都知事と東條英機

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/01 00:37 投稿番号: [18668 / 41162]
>「俺は、君のためにこそ死にに行く」製作にあたり、インタビューに応えて石原都知事はこうコメントしています。
>「「私は、東條英機首相は実にけしからん人物だと思っている。戦陣訓で捕虜になったら自殺せよと命令した。捕虜は白旗を掲げて降伏した者はおらず、敵弾で負傷した者、食糧に餓え動けなくなったものが全部で、国際法上も勇敢に戦った将兵として、尊敬をもって扱うよう決められている。この東條首相の命令で自決した将兵のいかに多いことか」


石原都知事は歴史の勉強が足りず勘違いばかりしている。

戦陣訓だが、支那事変で支那軍は、投降したり負傷した日本軍将兵を反戦兵士にするる者を除いて一人残らず全員惨殺した。
投降しても惨殺されて捕虜になれないのだから、『生きて虜囚の辱を受けず』は正しいのだ。
ちなみに、その後戦争相手になったアメリカ軍なども、支那軍と同じように投降したり負傷した日本軍将兵の殆どを惨たらしく殺した。
しかも、戦陣訓は陸軍だけのものであって海軍は関係ない。
石原は嘘ばかり言っている。

東条英機に関する誤解を正す
東條大将の自殺中傷宣伝
水島総『なぜですか、石原さん!』雑誌「正論」2005年11月号→石原慎太郎『「靖国」をめぐる私の真意』雑誌「正論」2005年12月号
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/15147843.html

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 23:47 投稿番号: [18667 / 41162]
>>進化論にしても、現在は「知的設計論」の台頭によって必ずしも十分正しいなどとは言えなくなった。

>南京事件があったという説は、進化論と同程度の信頼性しかない、つまり「進化論は十分正しいとは言えない」と同レベルで「南京事件があったとは言えない」ということでよろしいのでしょうか?


違います。
進化論は依然として最有力説です。
しかし、日本軍による南京市民虐殺は全く根も葉もない嘘っぱちのでっち上げです。
同レベルではありません。



>>さっぱり、回答しない、説明しない、具体的に示さないオマエの言ってることよりは、筑波大学名誉教授・村上和雄が述べている説明の方が遥かに説得力あるが、何か?

>つまり、「南京事件はなかった」という主張は、筑波大学名誉教授・村上和雄もしくは京大名誉教授の渡辺久義、インテリジェントデザイン説を主張しているアメリカ合衆国の学者の説明と同レベル説得力を持つという理解でよいですか?


違います。
まず、私は、京大名誉教授の渡辺久義のことなど述べたことがありません。
次に、cheap_thirll君は、「進化論の正しさをいちいち証明する必要がない」と言いました。
cheap_thirll君は同じように「南京虐殺があったことを説明する必要もない」と述べたのです。
南京虐殺があったことを全く説明せずに「あった、あった」と言い張るだけのcheap_thirll君よりも、「現在の進化論だけでは説明できない。人知超えた不思議な働きがある。」ことを説明した筑波大学名誉教授・村上和雄やアメリカの知的設計論者たちの方が説得力を持つということです。

Re: なんか勘違いしてるなぁ…

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 23:45 投稿番号: [18666 / 41162]
>あのさあ、「日本軍による市民虐殺がゼロ(0人)だった」とか「支那軍は支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした」とか、現代史の通説に反する非常識なことを言ってるのはそっちなのよ。


通説に反する非常識なこと?
今や、「日本軍による市民虐殺ゼロ(0人)」や、「支那軍は支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした」は常識だよ。



>しかも根拠なし。


虐殺の根拠がないし、支那軍が日本軍将兵を反戦兵士以外で捕虜として保護した根拠もない。



>中国軍が日本軍の「投降兵や負傷兵を皆殺しにした」って、名簿はあるの?   誰がいつつくった名簿?   人数は何人?


殺された日本軍将兵の場合、普通の戦死者も虐殺された戦死者も区別せずに「戦死者」として名簿に記載されているが、虐殺された兵士だけの名簿については、俺はオマエと違って「ある」なんて言ってない。
俺が、#18495で【●南京事件1.犠牲者の名簿   ×なし】と述べたのは、虐殺された南京市民の名簿のことだ。
日本軍は南京市民も南京防衛軍も虐殺しなかったからその名簿はないのだが、オマエは「ある」と言った。
「ある」と言った以上は、【いつ、どこで、誰が作ったの?人数は何人?】という質問に回答しろよ。



>なんて言ってるわけだ。全部読んでないのになんで「全く掲載されていない」なんて言っちゃうわけ?


市民虐殺が掲載されているなら、俺のようにそれを示せば良い。



>それに対してこっちは具体的な書名(『続現代史資料6』『日本人捕虜』)をあげて(そして『南京戦史』の「第6章5節とか第7章」もあげて)そんなことはない、って言ってるのよ。


だったら、俺のように最初からきちんと示せば良いのに、オマエは未だに示していない。
俺を見習ってきちんと示せ。



>・・・
>被害者総数は三〇万人以上に達する。
>・・・
>『南京事件資料集   2   中国関係資料編』、青木書店、298ページ


お〜!
やれば出来るじゃん。
今度からは、そのように俺を見習って最初からきちんと示すように。

他の件もよろしく。
━━━━━━━━
1.南京虐殺の犠牲者名簿があると言うが(#18510)、名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?人数は何人?

2.第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されていると言うが(#18567)、何と記録されているのか?

3.戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録があると言うが(#18567)、その記録は、いったい、どのようにあるのか?本当に国民党軍の話か?
━━━━━━━━


ところで、「南京軍事法廷の被害者総数は三〇万人以上」についてだが、オマエはそれを事実だと主張するわけ?
違うだろ。
根も葉もない完全なでっち上げだよな。
論点は、オマエが言った、岡村が、【国民党に遠慮したというのなら、なぜ「殺戮」の数字が「30万」になってないんですか?   おかしいじゃないですか。南京軍事法廷の判決を否定してますよ?   これをどう説明しますか?】だったから、以下の説明で十分だよな。

(再掲)
―――――――
ベイツは東京裁判で30万人大虐殺などとは言わず、騙し易いように市民1万2千人大虐殺を主張した。
だから、岡村が4〜5万と言っても、おかしくはない。
最近は、共産支那でさえ、30万人説を放棄しようとしている。
http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12924615.html
―――――――

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 23:29 投稿番号: [18665 / 41162]
>あなた、自分でみてないんでしょ?


ちゃんと写真を示しただろ。



>中国に抑留されているときに書いたのなら「陣中」感想録じゃないじゃん。一番最初に「本書は(…)岡村寧次大将の陣中感想録<を終戦後戦地に於いて抜粋摘記せられたもの>であって(…)」(<>内は手書きの追記)とあるんだよ。当たり前のことだがオリジナルの「陣中感想録」は「陣中」で書かれ、それを戦後に整理し、さらに帰国後に厚生省に提供してるわけ。中国での編集時に意に反して手を加えたのなら、帰国後にまたもとに戻せばいいだけのこと。


陣中感想録は、戦後、支那で、国民党によって部下と共に拘束されているときに抜粋摘記せられたのだよ。
最終的には、戦後、支那で、国民党によって部下と共に拘束されているときに作られたのだ。
そして、岡村寧次は、蒋介石に厚遇され、蒋介石との個人的なコネにより、部下たち共々戦犯として処刑されることを免れている。
帰国後も、岡村寧次は「白団」を組織して1949年から長年にわたり蒋介石の国民党政権に協力した。
(まとめを再掲)
―――――――
南京戦当時、岡村寧次自身は満州に居て南京に居なかったくせに、戦後になってから、支那において部下たちと共に国民党軍によって拘束されているときに他人から聞いた話として、抜粋適記(編集)した。
後年、敵国において敵に命を握られている最中に、伝聞情報として抜粋適記(編集)したモノなど絶対に「証拠」とはなり得ない。
残念だったね。
―――――――



>で、『南京戦史』は「これらの当、不当に対する考察は避けた」としてるわけだよな。判断停止の対象は「撃滅、処断約一万六千人」だよな?(366ページ)。だったらせいぜい「ゼロ〜一万六千人」としか言えないはずだろ?


一万六千人は、処断した人数であって、虐殺した人数ではない。
捕虜虐殺一万六千人などということは絶対に言えない。
書いてあることを分析すれば、「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」という結論になる。



>で、第6章5節とか第7章は読まなかったわけ?


知らん。
俺は、手許にないんだって。
何かを言いたいのなら俺のようにそこには何が書いてあるか最初からきちんと示せよ。
俺は、オマエみたいに、【『南京事件資料集   中国関係資料編』郭岐「南京陥落後の悲劇」を読まなかったわけ?】なんてもったいぶらずに、最初からきちんと示すだろ。
少しは俺を見習ったらどうなんだ?

Re: おいおい

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 23:28 投稿番号: [18664 / 41162]
>別にあんたに対してそんなことを主張する必要性がないから。


ない証明は出来ないということだね。
φ(. . )メモφ(. . )メモ



>だから、それをいうなら「名簿がない」と断定した根拠を提示しなよ。その他も同様。そっちが最初に「言いっ放し」をやったんだろ?


ない証明は出来ない場合が多いことを知っていて、「名簿がない」根拠を提示しろというのはヤクザの言い掛かりと同じだな。
だから、「ある」とする根拠を答えるの後回しでも良いから、まずは簡単な質問に答えろよ。
その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?
オマエは名簿が「ある」と言ったんだから、↑これくらいは簡単に答えられるだろ。



>これ、ひどいなぁ…。本気で言ってるの?   刑事訴訟法では「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」としているが(318条)、だったら裁判官が証拠の証明力をどう判断してどういう判決を下そうが批判の余地はない、ってことか?


戦争中に敵兵を殺すのは当たり前のことであり、殺すか捕まえるかは相手の判断によるのであって、違法行為があったと言うなら違法行為があったと主張する方が証明しなければならない。

あと、俺が便衣兵から攻撃を受けた事例を示したことはスルーしてるけど、OKなんだな。
このように、事例があるならオマエも俺のように最初からその事例を示せば良いのだ。
少しは俺を見習え。
わかったね。



>えっ…。ハーグ陸戦法規14条。


あ、そう。
そんなに重要なことなら、日本軍が捕虜情報局を作らなかった証明と、支那軍が捕虜情報局を作った証明、よろしく。

南京だけでも1万人以上の支那人を捕虜にした日本軍より、支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした支那軍のことを問題にするべきだ。

で、↓これはスルーですか?
―――――――
第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されているなんて知らん。
何と記録されているか示してくれ。
「知らないのに市民虐殺がゼロ(0人)だったなんて言ったんですか?」などと馬鹿なことは言うなよ。
「ある」と言ってる方がある物を示すのが最初だ。
同じく、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録は、いったい、どのようにあるのかね?
本当に国民党軍の話か?
―――――――



>村上和雄氏については知らない。しかし京大名誉教授の渡辺久義氏の方ははっきりしてる。


誰も、渡辺久義のことなんか聞いてないよ。
村上和雄や、アメリカの学者や、ブッシュ大統領などは、統一協会の影響下にあるということか?と質問してるんだよ。
逸らすなよ。
それより、もっと肝心なことをスルーするなよ。
オマエは、犠牲者名簿といい、市民虐殺の記録といい、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵の記憶といい、「ある」とだけ言って、いつも全然具体的に示さない。
本当は、ないからだろ。

石原都知事と東條英機

投稿者: kanbaku9999 投稿日時: 2007/05/31 23:09 投稿番号: [18663 / 41162]
「俺は、君のためにこそ死にに行く」製作にあたり、インタビューに応えて石原都知事はこうコメントしたそうです。

「「私は、東條英機首相は実にけしからん人物だと思っている。戦陣訓で捕虜になったら自殺せよと命令した。捕虜は白旗を掲げて降伏した者はおらず、敵弾で負傷した者、食糧に餓え動けなくなったものが全部で、国際法上も勇敢に戦った将兵として、尊敬をもって扱うよう決められている。この東條首相の命令で自決した将兵のいかに多いことか」

大変興味深いですね。

Re: なにゆえに…

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/31 21:09 投稿番号: [18662 / 41162]
>つまり陥落前後の捕虜殺害や、入場式前後の敗残兵掃討の理由とはなりえない事例、ということでよろしいでしょうか?

>軍服を脱いで城内に隠れている敗残兵を日本軍としては放置してはおけない、というところまではいいのよ。だれも「捜すな」なんて主張してない。問題は処刑に軍事的必要性があるか?   処刑の法的根拠はなにか?   手続きが正当か?   というところ。


ハー?
私が、いつ、そのような事をいいました?
あなたが、ゲリラの証拠を挙げろというから、手助けに出したまでだけどね。
証拠を出されたのが、気に食わないからといって、私が言っていない事に話を転嫁して、一矢報いたいわけ。


私は、捕虜処刑が正当などとは、一度も言ってないよ。
でも、あなたが、そうして欲しいのなら、「正当派」 になってあげるよ。


日本軍入城直後の掃討戦は、敵が建物に隠れて銃撃してくるのよ。
この時には、制服を着た兵士もいれば、便衣兵もいる。 便衣兵はゲリラだわな。

また、捕虜のなかには、手榴弾を隠し持っていて、こちらが少数と知ると手榴弾をなげつける者もいた。
――――
六車政次郎(第16師団   歩兵第9連隊   第1大隊   少尉)
一個小隊で紫金山中の警備を担当したが、激戦により小隊は約30名程に減少していた。
夜半、当方の山中から敗残兵数百名が、日本軍がいるのに気づかず、南京に向かって来たのを捕えた。

しかし、我々の人数が少なく、もし少人数と判れば危ないので、銃をとりあげ凹地に集結させ、
外側の兵のみを電線で縛って逃げないようにした。

ところが、日本軍が少人数とあなどったのか、手榴弾をなげつけてきて暴れだし、
収拾がつかなくなったので、軽機、小銃で弾丸のある限り射った
――――
それから、数日間の便衣兵捜索で、歩兵第七連隊が安全区内で鹵獲した武器が

15センチ砲      2門       同弾薬     約600発
20センチ級砲     8門       同弾薬     約1000発
小銃          960挺     同実包     39万発
水冷式重機関銃   12挺      軽機関銃    33挺
拳銃          103挺      同弾薬     261,350発
高射砲         1門        高射機関銃   1挺
山砲          6門       同弾薬     82発
迫撃砲         10門       同弾薬     57,218発
戦車砲弾        39,000発     銃剣      320挺
手榴弾         55,122発     青竜刀     2,020振
対戦車砲        2門       戦車     4台
機関砲         1門       自動貨車   16台
便衣服         2,300着     夏衣袴    25,300着
こんなにある。しかもこれは実際の三分の一だそうだ。

さて法規だが 「ハーグ陸戦法規」 によると 「交戦者の資格」 は

  1、部下ノ為ニ責任ヲ負フ者其ノ頭ニ在ルコト
  2、遠方ヨリ認識シ得ヘキ固著ノ特殊徽章ヲ有スルコト
  3、公然兵器ヲ携帯スルコト
  4、其ノ動作ニ付戦争ノ法規慣例を遵守スルコト

となっている。筒井若水『現代資料国際法』では
《捕らえられた場合、捕虜としての待遇を受ける資格のあるのは、こうした条件をみたしつつ
交戦に従事していた戦闘員であり、それ以外のものは、戦争犯罪人として、適法に処罰される (多くの場合、死刑) 》
となっている。

「交戦者の資格」 を満たさない兵士は 「捕虜になる資格」 がなく処刑されても仕方ないとの事。
で、中国兵は、司令官が逃亡したため、「交戦者の資格」 は有しない。便衣兵は2に違反する。

そうすると、処刑は合法となる。   平和憲法に慣れた、我々には承服しがたくともね。

南京事件否定論とID論

投稿者: NATROM 投稿日時: 2007/05/31 13:46 投稿番号: [18661 / 41162]
>進化論にしても、現在は「知的設計論」の台頭によって必ずしも十分正しいなどとは言えなくなった。

こんにちは。deliciousicecoffeeさんに質問よろしいでしょうか。南京事件について議論があることは承知していますが、専門外ゆえによくわからないことが多々あります。南京事件があったという説は、進化論と同程度の信頼性しかない、つまり「進化論は十分正しいとは言えない」と同レベルで「南京事件があったとは言えない」ということでよろしいのでしょうか?


>さっぱり、回答しない、説明しない、具体的に示さないオマエの言ってることよりは、筑波大学名誉教授・村上和雄が述べている説明の方が遥かに説得力あるが、何か?

つまり、「南京事件はなかった」という主張は、筑波大学名誉教授・村上和雄もしくは京大名誉教授の渡辺久義、インテリジェントデザイン説を主張しているアメリカ合衆国の学者の説明と同レベル説得力を持つという理解でよいですか?

なんか勘違いしてるなぁ…

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/31 13:01 投稿番号: [18660 / 41162]
あのさあ、「日本軍による市民虐殺がゼロ(0人)だった」とか「支那軍は支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした」とか、現代史の通説に反する非常識なことを言ってるのはそっちなのよ。しかも根拠なし。中国軍が日本軍の「投降兵や負傷兵を皆殺しにした」って、名簿はあるの?   誰がいつつくった名簿?   人数は何人?   『南京戦史』は全部読んでないんでしょ?   全部読んだのは「第6章、第2節」だけなんでしょ?   しかし第6章第2節は「捕虜、摘出逮捕した敗残兵、便衣兵の取扱い」についての節だから、はじめから市民殺害なんて扱ってないわけよ。なのに

>市民虐殺があれば、『南京戦史』に掲載されるだろうが、全く掲載されていないということは市民虐殺がなかったということになる。

なんて言ってるわけだ。全部読んでないのになんで「全く掲載されていない」なんて言っちゃうわけ?

「市民殺害ゼロ」も「中国軍は投降兵、負傷兵を皆殺し」もまったく根拠なしにただあんたが言いはってるだけなのよ。それに対してこっちは具体的な書名(『続現代史資料6』『日本人捕虜』)をあげて(そして『南京戦史』の「第6章5節とか第7章」もあげて)そんなことはない、って言ってるのよ。こっちの方がはるかに具体的な根拠を提出してるじゃない。そっちはゼロなんだよ?

>そんな小学生みたいなことは言わないよ。

ああ、こっちで返事貰ってたのね。了解。

---- (引用開始)
(…)中華門外の花神廟・宝塔橋・石観音・下関の草鮭峡などの箇所を合計すると、捕えられた中国の軍人・民間人で日本軍に機関銃で集団射殺され遺体を焼却、証拠を隠滅されたものは、単燿亭など一九万人余りに達する。このほか個別の虐殺で、遺体を慈善団体が埋葬したものが一五万体余りある。被害者総数は三〇万人以上に達する。死体が大地をおおいつくし、悲惨きわまりないものであった。
---- -(引用終了)
『南京事件資料集   2   中国関係資料編』、青木書店、298ページ

Re: なにゆえに…

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/31 09:04 投稿番号: [18659 / 41162]
>「1月8日   今日、中国人の間で、中国兵たちが南京を奪い返そうとしているという噂が、またもや広まった。
>それどころか、市内で中国兵の姿をみかけた、という話まで出ている。

つまり陥落前後の捕虜殺害や、入場式前後の敗残兵掃討の理由とはなりえない事例、ということでよろしいでしょうか?

軍服を脱いで城内に隠れている敗残兵を日本軍としては放置してはおけない、というところまではいいのよ。だれも「捜すな」なんて主張してない。問題は処刑に軍事的必要性があるか?   処刑の法的根拠はなにか?   手続きが正当か?   というところ。

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/31 08:58 投稿番号: [18658 / 41162]
>そんな言い抜けもしないし、南京軍事法廷を知らないわけでもない。

なるほど、了解。じゃ、これが最後。「数字が30万きっかりじゃない」とか言わない?

>『岡村寧次大将回想録』に収録されている「岡村寧次大将陣中感想録」という資料は、【終戦後戦地(支那)に於て抜粋摘記せられたもの】なんじゃないの?

あなた、自分でみてないんでしょ?   中国に抑留されているときに書いたのなら「陣中」感想録じゃないじゃん。一番最初に「本書は(…)岡村寧次大将の陣中感想録<を終戦後戦地に於いて抜粋摘記せられたもの>であって(…)」(<>内は手書きの追記)とあるんだよ。当たり前のことだがオリジナルの「陣中感想録」は「陣中」で書かれ、それを戦後に整理し、さらに帰国後に厚生省に提供してるわけ。中国での編集時に意に反して手を加えたのなら、帰国後にまたもとに戻せばいいだけのこと。

>そうは書かれてないが、書いてあることを俺が分析した結果、「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」と考えられるのだ。

じゃあ『南京戦史』の結論じゃないじゃん。あんた、

>つまり、偕行社の『南京戦史』の結論は、市民虐殺ゼロ(0人)、捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人ということだ。

って言ったんだよ!   で、『南京戦史』は「これらの当、不当に対する考察は避けた」としてるわけだよな。判断停止の対象は「撃滅、処断約一万六千人」だよな?(366ページ)。だったらせいぜい「ゼロ〜一万六千人」としか言えないはずだろ?

>第6章第2節に「市民虐殺ゼロ(0人)」という「結論」は書いていない。

当たり前だよな?   ここは「捕虜、摘出逮捕した敗残兵、便衣兵の取扱い」を記述した節だから。で、第6章5節とか第7章は読まなかったわけ?

Re: おいおい

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/31 08:42 投稿番号: [18657 / 41162]
>じゃー、オマエが連続強姦殺人をして「ない」とする根拠を答えてみろ。

別にあんたに対してそんなことを主張する必要性がないから。

>いつもそうなんだが、事例があるなら最初からその事例を示せよ。

だから、それをいうなら「名簿がない」と断定した根拠を提示しなよ。その他も同様。そっちが最初に「言いっ放し」をやったんだろ?

>どうして戦闘中の軍隊の判断が妥当だったことをいちいち論証しなければならないんだ?
>敵を、殺すか?捕らえるか?それとも、やり過ごすか?逃げるか?という判断は戦闘中の将兵に委ねられている。

これ、ひどいなぁ…。本気で言ってるの?   刑事訴訟法では「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」としているが(318条)、だったら裁判官が証拠の証明力をどう判断してどういう判決を下そうが批判の余地はない、ってことか?

>>捕虜情報局はつくったのか?   という問いはスルーですか?
>
>知らん。
>それって重要なのか?

えっ…。ハーグ陸戦法規14条。

>筑波大学名誉教授・村上和雄や、アメリカの学者などは統一協会の影響下にあるということか?

村上和雄氏については知らない。しかし京大名誉教授の渡辺久義氏の方ははっきりしてる。
http://www.dcsociety.org/id/information/0506wells.html
ここで「ID主導者の一人であるJonathan Wells博士」と紹介されているジョナサン・ウェルズのエッセイが
http://www.tparents.org/Library/Unification/Talks/Wells/Darwin.htm
にあるけど、URLみるだけで統一協会だというのはすぐ分かる。
しかも創造デザイン学会の住所は「東京都○○○区○○×-×-×   ××-×   世界平和教授アカデミー内」。
http://ja.wikipedia.org/wiki/世界平和教授アカデミー

Re: なにゆえに…

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/31 08:21 投稿番号: [18656 / 41162]
http://www.geocities.jp/yu77799/pal.html

証言の一部に「誇張」や「被害者にとってはありがちの感情によってつくられた最悪事を信ずる傾向」による拙速な断言があることは指摘されているが、「証拠にたいして悪くいうことのできることがらをすべて考慮に入れても、南京における日本兵の行動は凶暴であり、かつペイツ博士が証言したように、残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって、続いて深刻であったことは疑いない」、「弁護側は、南京において残虐行為が行われたとの事実を否定しなかった」、というのがパル判事の主張。
そちらこそ、「南京事件に関しては多数のでっち上げ証拠が採用され」とパル判事が「論じている」とする根拠を出せるんでしょうな?

Re: なにゆえに…

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/05/31 07:58 投稿番号: [18655 / 41162]
>南京攻略戦でゲリラ戦法による抵抗があったという証言・証拠をご紹介ください。


普通、ゲリラ戦法は、正規軍の交戦中には使わないと思うよ。
市内が敵軍に制圧されたあとから、やるのが、一般的じゃないのかな。


南京陥落後なら、無くもないよ。
郭岐が 『陥都血涙録』 に書いているからね。

「日本の獣兵は南京市を占領していたが、 周辺のデマ で日夜不安であり、
まるで針の筵に座っているかのようだった。
ある時、中央 〔国民政府〕 の便衣隊約五・六人が入城し、中華路付近の地下室内に潜んでいた。

ちょうど五人の獣兵が三・四人の人夫を伴って北から南へ、我が便衣隊の近くにやって来た。
彼らはすぐさま発砲して獣兵を皆殺しにし、四人の人夫に 「中央軍は既に入城した」 と言って、
人夫たちを安心させた。

この四人の人夫は狂気乱舞して 「中央軍が入城した」 と叫んでまわった。
・・・難民区の日本旗や腕章はいっせいに大通りに捨てられ・・・」


と書いている。 そして、これと符号する内容をラーベは

「1月8日   今日、中国人の間で、中国兵たちが南京を奪い返そうとしているという噂が、またもや広まった。
それどころか、市内で中国兵の姿をみかけた、という話まで出ている。

まず、安全区の家々に飾られていた小さな日の丸がそっくり姿を消した。
日本の腕章も。
・・・相当数の難民が日本大使館を襲おうと考えていたという」

と日記に書いているからね。

Re: もっと端的に聞きましょうか?

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 01:29 投稿番号: [18654 / 41162]
>「ない」と主張する根拠をあんたが示すのが先。


オマエ、いい加減にしろよ。
俺は、南京大虐殺の犠牲者の名簿などないと述べた。
そしたら、オマエが、「南京大虐殺の犠牲者の名簿はある。」と言ってきたから、俺は、「その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?」、「人数は何人?」と質問したんだ。
早く答えろよ。



>ちゃんとみすず書房から本になってる、と答えたんだから自分で読めばいいじゃない。


「何と書いてあるの?」と質問したのだから、いい加減に素直に答えなさいよ。
本当は書いてないんだろ。



>だから秦郁彦の『日本人捕虜』読みなさいって。中国軍の捕虜になって戦後復員した日本兵がただの一人もいない(反戦兵士を除く)、などという非常識な主張に反論するにはこれで十分よ。非常識な主張する方が根拠示しなさいよ。


これも、全く回答になってない。



>これ、まじめな質問なのかなぁ…。あとで「動詞が"殺戮"じゃないだろ」とか「30万じゃなくて30万"以上"じゃねえか」といった、小学生みたいなこと言わない?


そんな小学生みたいなことは言わないよ。
いいから早く答えろ。

━━━━━━━━
1.南京虐殺の犠牲者名簿があると言うが(#18510)、名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?人数は何人?

2.第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されていると言うが(#18567)、何と記録されているのか?

3.戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録があると言うが(#18567)、その記録は、いったい、どのようにあるのか?本当に国民党軍の話か?

4.南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言うが(#18568)、南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?根拠を示しなさい。
━━━━━━━━

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 01:28 投稿番号: [18653 / 41162]
>まさか、とは思うが「殺戮」という動詞が使われていない…といった言い抜けをするつもりじゃないよな?   それとも、これまた「まさか」だけど、南京軍事法廷を知らないとか?


そんな言い抜けもしないし、南京軍事法廷を知らないわけでもない。
オマエこそ、そんなことを言って誤魔化さないで、南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言ったことに関する簡単な質問に答えてくれよ。

(再掲)
―――――――
南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?
ベイツは東京裁判で30万人大虐殺などとは言わず、騙し易いように市民1万2千人大虐殺を主張した。
だから、岡村が4〜5万と言っても、おかしくはない。
最近は、共産支那でさえ、30万人説を放棄しようとしている。
―――――――



>いやいや、捏造してるって。「抜粋・適記」したのは国民党に拘束されているときであっても、もとの感想録がつくられたのは(そして調査を行ったのも)そうじゃない。


あれ?
そうだっけ?
『岡村寧次大将回想録』に収録されている「岡村寧次大将陣中感想録」という資料は、【終戦後戦地(支那)に於て抜粋摘記せられたもの】なんじゃないの?
俺は事実をまとめただけ。
(まとめを再掲)
―――――――
南京戦当時、岡村寧次自身は満州に居て南京に居なかったくせに、戦後になってから、支那において部下たちと共に国民党軍によって拘束されているときに他人から聞いた話として、抜粋・適記(編集)した。
後年、敵国において敵に命を握られている最中に、伝聞情報として抜粋・適記(編集)したモノなど絶対に「証拠」とはなり得ない。
残念だったね。
―――――――



>で、そのなかに「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」という「結論」が書かれていると主張するわけね?


そうは書かれてないが、書いてあることを俺が分析した結果、「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」と考えられるのだ。
南京戦史は(畝本氏は)「これらの当、不当に対する考察は避けた」と慎重な表現を用いている。
分析の結果、明確に不法殺害の可能性があると判断しているのは歩66第1大隊の捕虜処断最大約8百人の一例のみだと言っている。



>それから第6章第2節は「捕虜、摘出逮捕した敗残兵、便衣兵の取扱い」を記述した節だから市民虐殺については触れているはずがないのだが、第6章第2節に「市民虐殺ゼロ(0人)」という「結論」が書いてあると主張するわけ?


第6章第2節に「市民虐殺ゼロ(0人)」という「結論」は書いていない。
市民虐殺があれば、『南京戦史』に掲載されるだろうが、全く掲載されていないということは市民虐殺がなかったということになる。

Re: おいおい

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/05/31 01:27 投稿番号: [18652 / 41162]
>だからその根拠を問うているのよ。まさか思いつきで「ない」と言ったわけじゃないんでしょ?


その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?



>あんたが「ない」とする根拠を答えないなら私が「ある」とする根拠を答える必要もないわな。


ハァ?
じゃー、オマエが連続強姦殺人をして「ない」とする根拠を答えてみろ。
それと、「ある」とする根拠を答える前に、まずは簡単な質問に答えろよ。
その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?



>現場の部隊では事実上「捕虜」と認識したうえで殺害した事例がちゃんとあるんだよ。

あのさ。
いつもそうなんだが、事例があるなら最初からその事例を示せよ。



>それから南京攻略戦で「便衣兵」が存在したというソースをどうぞ。「軍服を脱いだ」ってのはダメよ。軍服を脱いだだけならただの「軍服を脱いだ兵隊」だから。便衣兵から攻撃を受けた、という証言・証拠をどうぞ。


南京で支那軍便衣隊が日本軍を襲撃した記録が少ないのは、日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵掃蕩を行ったからだが、もしも、迅速かつ徹底した掃蕩を行わなかったら、後日、便衣隊は襲撃をして日本軍や一般住民に多大な犠牲者が出た。

それでも以下の事例あり。
――――――
わが便衣隊が彼ら(日本人)に手榴弾をおみまいしたら、一度に10人か20人死んだ。P223

  日本の獣兵は南京市を占領していたが、周辺のデマで日夜不安であり、まるで針の筵に座っているかのようだった。あるとき、中央(国民政府)の便衣隊約五、六人が入場し、中華路付近の地下室内に潜んでいた。ちょうど五人の獣兵が三、四人の人夫をともなって北から南へやって来ていて、わが便衣隊の近くに来た。彼らはすぐさま発砲して獣兵を皆殺しにし、四人の人夫に「中央軍はすでに入場した」と言って、人夫たちを安心させた。P227

『南京事件資料集   中国関係資料編』郭岐「南京陥落後の悲劇」
――――――

↑このように、オマエも最初かた資料を示せ。
わかったね。



>その判断が妥当だったことを論証できなければなにも論証したことにはならんじゃない。


どうして戦闘中の軍隊の判断が妥当だったことをいちいち論証しなければならないんだ?
敵を、殺すか?捕らえるか?それとも、やり過ごすか?逃げるか?という判断は戦闘中の将兵に委ねられている。



>捕虜情報局はつくったのか?   という問いはスルーですか?


知らん。
それって重要なのか?
重要なのは、日本軍は南京だけでも1万人以上の支那人を捕虜にしたが、支那軍は支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにしたという事実だろ。

で、↓これはスルーですか?
―――――――
第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されているなんて知らん。
何と記録されているか示してくれ。
「知らないのに市民虐殺がゼロ(0人)だったなんて言ったんですか?」などと馬鹿なことは言うなよ。
「ある」と言ってる方がある物を示すのが最初だ。
同じく、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録は、いったい、どのようにあるのかね?
本当に国民党軍の話か?
―――――――



>こんなもん答えになってないよ。その判断の妥当性が肝心なポイントなんだよ。


判断の妥当性を問題にするなら、南京だけでも1万人以上の支那人を捕虜にした日本軍より、支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした支那軍のことを問題にするべきだ。



>読めば分かるんだよ。


俺のようにきちんと示すことが出来ないということだね。



>あ〜あ…。インテリジェント・デザイン説のバックにいるのが統一協会だということすら知らないの?


筑波大学名誉教授・村上和雄や、アメリカの学者などは統一協会の影響下にあるということか?
それより、肝心なことをスルーするなよ。
オマエは、犠牲者名簿といい、市民虐殺の記録といい、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵の記憶といい、「ある」とだけ言って、いつも全然具体的に示さない。
本当は、ないからだろ。

Re: なにゆえに…

投稿者: devil_snr 投稿日時: 2007/05/30 23:30 投稿番号: [18651 / 41162]
>ちなみに、南京攻略戦でゲリラ戦法による抵抗があったという証言・証拠をご紹介ください。

便衣兵はゲリラだよ。で、他に何か?


>日本は「本土決戦」で大々的に展開する予定でしたけどね。

で、展開したの?

Re: なにゆえに…

投稿者: devil_snr 投稿日時: 2007/05/30 23:29 投稿番号: [18650 / 41162]
>こういう、とっくにウソと分かっていることが平然と繰り返されるのでしょうか?


嘘だと言う証拠、事例をとっとと示してもらいましょうか。
すく出来るよな。

Re: cheap thirllさん

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 23:16 投稿番号: [18649 / 41162]
ちゃんと答えてますよ。問いが曖昧なもの、ナンセンスなものについてはその旨指摘するのも答えのうちです。
なんせ、疑似科学(インテリジェント・デザイン説)信じていることが明らかになったわけですから、こちらもつけ込まれないように注意しなきゃ。疑似科学というのは「反証」可能なかたちで自説を主張しないのが特徴なんですよ。主張に反する証拠を突きつけられても「いや、あれはそういう意味ではなかった」とか言って認めないものなんです。

なにゆえに…

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 23:12 投稿番号: [18648 / 41162]
>パール判事も論じているように、
>南京事件に関しては多数のでっち上げ証拠が採用されて、

こういう、とっくにウソと分かっていることが平然と繰り返されるのでしょうか?
ちなみに、南京攻略戦でゲリラ戦法による抵抗があったという証言・証拠をご紹介ください。
日本は「本土決戦」で大々的に展開する予定でしたけどね。

ゲリラ戦の禁止

投稿者: totoro_ootoro3 投稿日時: 2007/05/30 20:18 投稿番号: [18647 / 41162]
パール判事も論じているように、
南京事件に関しては多数のでっち上げ証拠が採用されて、
松井石根大将は、一般市民保護のために十分な保護措置を
とらなかったとして死刑に処せられた。

一方、シナ側の便衣兵(市民と同じ服を着て、日本兵を襲うゲリラ)
戦法が国際法違反であったという弁護側の主張は無視された。

東京裁判で中国のゲリラ戦が咎められずに済まされたため、
それが明確な国際法違反であることがないがしろにされ、
やがて共産主義の有効な戦法として定着する。

それに苦しめられたのは、アメリカ自身であった。

ベトナム戦争で共産ゲリラに手を焼き、ついにはソンミ村事件など、
一般人をも巻き込む虐殺事件も引き起こした。

ゲリラ戦を禁じたのは、一般市民を戦闘の巻き添えにしないための
文明国家間の知恵であった。

このルールが東京裁判以降、無視されるようになってしまった。
ゲリラが認められてしまえば、テロも五十歩百歩である。

現代の「国際的無法社会」では、北朝鮮のようなテロ国家が、
法の咎めも受けずに存在している。

cheap thirllさん

投稿者: singodama 投稿日時: 2007/05/30 12:42 投稿番号: [18646 / 41162]
デリさんの質問に答えてなきゃ。
cheapさんは全く答えてないよ。

Re: 安易な相対主..

投稿者: in_black83 投稿日時: 2007/05/30 11:58 投稿番号: [18645 / 41162]
一個人を棄て、国民としての個人にならなければ国との契約は成立しない。 国連加盟国といえば、国益の域からは出られない国の集まりであるから、真の世界秩序を作り出せない。 世界秩序の為に、国益を犠牲にする覚悟も勇気も持たない国の集まりである国連という組織は、意向上の平和しか主張出来ない。 国益より優先されるべきは、地球人としての利益なんだけどね。

だれかさんの大うそだんべ、、

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 11:09 投稿番号: [18644 / 41162]
>シナ人民がヨ、世界遺産に登録せよとヨ、騒いだらシナ共産党はヨ、大あわてで止メタンだんべ。ウソがばれてはヨ、世界的大恥。ガハハハハハ!

このウソはすでにバレてますな。
http://j.peopledaily.com.cn/2004/03/13/jp20040313_37553.html
これ↑が2004年のはなし。
で、その後実際に拡張工事ははじまった。

Re: もっと端的に聞きましょうか?

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 08:28 投稿番号: [18643 / 41162]
>全部読んでないくせに偉そうなことを言うな。

いやいや、「あの膨大な量の」とか誇張して読まないのを本のせいにするよりずっと謙虚だよ。

あとはすべてすでに答えているので、完結におさらい。

>1.南京虐殺の犠牲者名簿があると言うが(#18510)、名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?人数は何人?

「ない」と主張する根拠をあんたが示すのが先。

>2.第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されていると言うが(#18567)、何と記録されているのか?

ちゃんとみすず書房から本になってる、と答えたんだから自分で読めばいいじゃない。あんたが『第十軍法務部陣中日誌』には○○と書いてある(○○とは書いてない)などと内容に踏み込んだ議論をしているならこっちも必要な引用を行ないつつ反論するけど、「知らない」というんじゃまず自分で読んでもらわないと。第一、その方が納得できるだろ?

>3.戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録があると言うが(#18567)、その記録は、いったい、どのようにあるのか?本当に国民党軍の話か?

だから秦郁彦の『日本人捕虜』読みなさいって。中国軍の捕虜になって戦後復員した日本兵がただの一人もいない(反戦兵士を除く)、などという非常識な主張に反論するにはこれで十分よ。非常識な主張する方が根拠示しなさいよ。

>4.南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言うが(#18568)、南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?根拠を示しなさい。

これ、まじめな質問なのかなぁ…。あとで「動詞が“殺戮”じゃないだろ」とか「30万じゃなくて30万“以上”じゃねえか」といった、小学生みたいなこと言わない?

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 08:16 投稿番号: [18642 / 41162]
>だから、いつ国民党が犠牲者数を「30万」にしたか知らないので問題にしているわけであり、オマエが南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」だと言ったのだから、答えてくれよ。

まさか、とは思うが「殺戮」という動詞が使われていない…といった言い抜けをするつもりじゃないよな?   それとも、これまた「まさか」だけど、南京軍事法廷を知らないとか?

>俺は何も捏造しせずに、オマエが言ってるとおりの事実を述べただけじゃん。

いやいや、捏造してるって。「抜粋・適記」したのは国民党に拘束されているときであっても、もとの感想録がつくられたのは(そして調査を行ったのも)そうじゃない。
だいたいこれって、南京事件当時に南京にいた人間が情報源だ、って指摘への反論になってないだろ?   論点ズラシもいい加減にしろよ。

>手許にないから「第6章、第2節」の全部かどうか言明しないが、不法殺害の可能性があるかどうかの判断を下すのに必要な「第6章、第2節」は全部読んだよ。

で、そのなかに「捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」という「結論」が書かれていると主張するわけね?   それから第6章第2節は「捕虜、摘出逮捕した敗残兵、便衣兵の取扱い」を記述した節だから市民虐殺については触れているはずがないのだが、第6章第2節に「市民虐殺ゼロ(0人)」という「結論」が書いてあると主張するわけ?

>不法殺害の可能性があるかどうかの判断を下すのに必要な「第6章、第2節」は全部読んだよ。

なるほど。第6章4節、5節は知らん、と。で、「市民虐殺ゼロ(0人)、捕虜虐殺ゼロ(0人)〜8百人」が『南京戦史』の結論だ、と主張するわけね?

Re: おいおい

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/05/30 07:50 投稿番号: [18641 / 41162]
>俺は、南京大虐殺の犠牲者の名簿などないと述べた。

だからその根拠を問うているのよ。まさか思いつきで「ない」と言ったわけじゃないんでしょ?
基本資料をもれなくあたったうえでなかったから「ない」といったんじゃないの?   で、その資料の中に南京軍事法廷関連の資料はあるのか?   と聞いているのよ。これはあんたの知的誠実さに関わる問いだからさ。あんたが「ない」とする根拠を答えないなら私が「ある」とする根拠を答える必要もないわな。

>「捕虜」の殺害ではなく、投降兵、敗残兵、便衣兵などの処断だと言ってるんだよ。

現場の部隊では事実上「捕虜」と認識したうえで殺害した事例がちゃんとあるんだよ。
それから南京攻略戦で「便衣兵」が存在したというソースをどうぞ。「軍服を脱いだ」ってのはダメよ。軍服を脱いだだけならただの「軍服を脱いだ兵隊」だから。便衣兵から攻撃を受けた、という証言・証拠をどうぞ。

>俺は、投降の拒否を認める戦時法規の解釈を示し、当時現場で戦闘していた日本軍が判断することだと述べたのだから

その判断が妥当だったことを論証できなければなにも論証したことにはならんじゃない。

>捕虜収容所は南京の刑務所などを利用したり上海などに移送されて労働などをさせられた。

捕虜情報局はつくったのか?   という問いはスルーですか?

>戦闘中に、投降兵、敗残兵、便衣兵などをどうするかは、その時、その場の主権者である日本軍の判断による。

こんなもん答えになってないよ。その判断の妥当性が肝心なポイントなんだよ。判決は裁判官が決めることだ、だから東京裁判は正しかった、と言ってるのと同じだぞ?

>だから、それには何と書いてるんだ?

読めば分かるんだよ。自分の手抜きの尻拭いをして欲しいならそれなりの頼み方というものがあるだろ?

>筑波大学名誉教授・村上和雄が述べている説明の方が遥かに説得力あるが、何か?

あ〜あ…。インテリジェント・デザイン説のバックにいるのが統一協会だということすら知らないの?
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