「盧溝橋事件の真相」=牟田口 廉也?
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/01 07:17 投稿番号: [18671 / 41162]
>約40年前、新聞で、「盧溝橋事件の真相」 と題し
>「七、七事変は劉少奇率いる救国抗日学生の一隊が決死の覚悟で引き起こしたものである。
彼らは盧溝橋近くで演習している日本軍と国民党軍の両方に発砲し両者に先端を開かしめた。
たった一発あるいは数発の銃声
だけで、運動会じゃ〜あるまいし、、戦闘の火ぶたが切られた?
これこそがおかしいんだけどね(笑)
その背景には日本軍と中国軍との日常的な緊張があったということだろう、、いつ
暴発してもおかしくはない、状況がすでに日本と中国側にはその理由が存在したってことなんじゃないの?
その抗日
民族的昂揚を理解出来なかった日本側の情報分析力が不足してたって事なんだと思うんだけどね。しかも
現地では
すでに解決し、停戦協定まで、締結しつつあった状況下で、国内国会では近衛首相が上海派兵を決定する、これが引き金となって日中戦争に突入したんじゃなかったかい?
どこの国だって軍隊を送り込まれたら反撃するだろ?
邦人保護の為と言いながら、南京政府攻略戦の戦争なんだよね。
これは日本政府が以前より目論んでいた計画をただ、実行しただけの事だったと思うけど、、しかも
その対峙してた日本側の将校ってのが牟田口 廉也っていうとんでもないアホ将校だったんだから、何をどう、、日本政府に連絡、報告したのか、、それが問題じゃないのかい?(笑)
牟田口 廉也(むたぐち れんや、明治21年(1888年)10月7日 - 昭和41年(1966年)8月2日)は、佐賀県出身の陸軍軍人。陸軍士官学校(22期)卒、陸軍大学校(29期)卒。
盧溝橋事件や、太平洋戦争(大東亜戦争)開始時のマレー作戦や同戦争中のインパール作戦において部隊を指揮する。最終階級は中将。インパール作戦が歴史の教科書に詳しく載っていないこと、また彼の名が歴史の教科書に載っていないことから、彼の存在を知るものが少ないが、今日における評価は非常に低い。東条英機のように評価は低いが同情する部分もあるようなことが一切無く、特にインパール作戦における様々な行動は批判されることが多い。 また、当時の大日本帝国陸軍の将官の評価の際にはその全体的なレベルの低さを示す人物として杉山元、富永恭次等と共に真っ先に名前が挙がることの多い人物である。
これは メッセージ 1 (the_super_aikokusya さん)への返信です.
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