竹島

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AHOさん

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2006/07/14 23:34 投稿番号: [14762 / 18519]
>単なる岩は、近接した最寄りの領土の付属物であり、領有の対象にはなりませんから、何ら争うことなく、自動的に所属が決定するので、争いの火種には為りません。

>単なる鬱陵島の付属物に過ぎず、従って、経済水域も持てない「岩」を「島」と言い張るのは、良くない。

条件さえ良ければ鬱陵島から視認することが可能であるとしても、鬱陵島から約92kmという距離はわたしの感覚では鬱陵島の付属物とも思えません。
わたしには現在の竹島(韓国名:独島)が鬱陵島の付属物というよりは絶海の孤島のように思います。
これは感覚の問題なので議論してもしかたのないことですが・・・

>元来、独立した経済活動を営めない岩礁は、最寄りの有人島の付属物に過ぎなかったものが、そこに乗り込んで既成事実化すれば、我が物に出来るとする、いわば泥棒の論理ですね。

>韓國の「真の」国益を考えれば獨島の領有権主張を放棄すべきでしょう。

上記のAHOさんの投稿は評価します。
元来、独立した経済活動を営めない岩礁に乗り込んで既成事実化しようとした韓国の姿勢を批判するというのはさすがです。
日韓両国でこんな岩礁のようなちっぽけな岩はどちらの領海の起点ともしないでおこうという了解ができればいいのですが・・・

朝鮮水路誌 鬱陵島(一名松島) (1)

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/07/14 19:00 投稿番号: [14760 / 18519]
『朝鮮水路誌』第二弾を書き込みます。今日は鬱陵島です。

鬱陵島(一名松島)海軍海図第五四号第九五号を見よ
隠岐島を距る北西3/4西凡一四〇里朝鮮江原道海岸を距る凡八十里の海中に孤立す全島嵯峨たる圓錐山の集合にして樹木鬱然繁茂す而して其中心北緯三〇分東経一三〇度五三分に、高さ四〇〇〇呎の一峯あり。巍然天に聳ゆ。此島周廻十八里にして形幾と半圓を成す。

※「距」は訓読みで「へだ」てる
※「凡」は訓読みで「すべ」て、「およ」そ
※「圓錐」は音読みで「エンスイ」
※「巍」は音読みで「ギ」、訓読みで「たか」い
※「聳」は音読みで「ショウ」「シュ」、訓読みで「そび」える
※「廻」は音読みで「カイ」「エ」、訓読みで「めぐ」る、「まわ」る

まだ続きがありますが、ちょっとここで一旦掲示板に掲載します。

Re: 韓國の「真の」国益を考えれば

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/07/14 16:20 投稿番号: [14759 / 18519]
>現在の韓國政府の立場は支持しません。

現政権以前の考え方ですね.
この方法が最も日本側に対して有効な対処方法だったと思います.

武装警官を常駐させ,電話やネットを引き,観光客を招き,かつ一般人の居住を認め,
着々と「領土化」・「島化」を図ってますね.

まさに日本の思うつぼじゃないですか.

鬱陵島の付属物かどうかは地理学上の考察もあるでしょうが,
獨島=絶海の孤島と考えると竹島よりはいい名前かも.

Re: 日本の「真の」国益を考えれば

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/07/14 16:15 投稿番号: [14758 / 18519]
>>じゃあ100年ほど前に石島を指をくわえて日本に編入されるのを眺めていた朝鮮政府でいいや
>それは、石島=獨島と認めたと解釈して宜しいですね。

日本に編入されたと認めるていただけるのですか.

法があるのであれば,その法を審判する場を求めればいいですよね.
両国とも,一市民の考えとは別に「たんなる岩」ではなく「島」という認識ですすむようです.

現代ではあれくらいの土地があれば生活が可能なんじゃないですか?実証している夫婦も
いるようですし.

都合のいい法を適用するのも侵略者の論理ですよ.

Re: 島己第五号の暫定判読

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/14 12:51 投稿番号: [14757 / 18519]
  ええ、御指摘通り、概ね95%は同意できると思います。

  草書体にも、頻繁に使われる一般的なそれと、少し特殊なそれがある事は、恐らくお察しの通りです。
  「別」は、一画多いのが気になりますが、まあ許せる範囲かもしれません。「差」でも100%そうとは云えませんし。
  「添」または「使」と思われる箇所については、御指摘の通り、経過措置にするのが妥当と思われます。
  「写」または「置」については、どうしても、最後の一画が気になりますね。それで「置」であろうと考えました。

  「朗」は偏の形が「月」なので、当該文書では「朗」と判読するのが正解だろうと思います。

Re: 日本の「真の」国益を考えれば

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/14 12:43 投稿番号: [14756 / 18519]
>解決可能で機能しているシステムがあるよ。

  初耳ですね。

  国家百年の大計を考えれば、近視眼的な思考を排し、双方が納得できる落としどころを探るべき。
  侵略者の論理で構築された「コクサイホー」では、抜きがたい禍根を残す事でしょう。フィリピンやインドネシアの島々に近接した岩を、中国が先に力で押さえたから中国のものになるのか。そのような強者の論理が一時的に通用したとしても、ごり押しされて盗られたとする悪感情は必ず残るでしょう。何百年経ってもね。

  もう一つの「国際法」ならば、単なる岩は、近接した最寄りの領土の付属物であり、領有の対象にはなりませんから、何ら争うことなく、自動的に所属が決定するので、争いの火種には為りません。
  長期的な視点に立てば、こちらの方がお奨めですね。

>>何が云いたいのか、良く解りませんね。ただ云ってみただけとか?
>じゃあ100年ほど前に石島を指をくわえて日本に編入されるのを眺めていた朝鮮政府でいいや

  それは、石島=獨島と認めたと解釈して宜しいですね。

Re: 島己第五号の暫定判読

投稿者: kana_ikeuchi 投稿日時: 2006/07/14 00:37 投稿番号: [14755 / 18519]
Tanaka Kunitaka氏のサイトをチョト読んでみるだけでも
下ぐらいにはよめます。殆どの文字が拾えるでしょう。
著作権の関係でその他の手持ちの草書体文書の崩し
書きは示すことができないのが残念です。
○は経過措置でいいと思います。中井養三郎と書い
てある筆墨の文書も見当たりました・・・・朗と郎どちら
でしょうか。写でなく置でしょうか?


島己第五号
島根県西郷町中井養三朗より
りやんこ島領土編入並に貸下
の件別○写の通り願出候処
右に関し貴省の御意見承知致度
此段照会候也

明治三十七年十月十五日

内務次官 山縣伊三朗
外務次官 珍田捨己殿


http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/archives/liancourt-sakai3.jpg
http://www.geocities.jp/Tanaka_kunitaka/takeshima/5occupation19050128.html
http://www.geocities.jp/Tanaka_kunitaka/takeshima/5occupation1904liancourt.html

Re: 日本の「真の」国益を考えれば

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/07/13 22:21 投稿番号: [14754 / 18519]
>容易く係争地化するだろうね。泥仕合。

解決可能で機能しているシステムがあるよ。

獨島は紛争地化しそうだね。

>何が云いたいのか、良く解りませんね。ただ云ってみただけとか?
じゃあ100年ほど前に石島を指をくわえて日本に編入されるのを眺めていた朝鮮政府でいいや

「別添写」は却下します

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 20:22 投稿番号: [14753 / 18519]
  これまで詳しく見てきたとおり、「別」や「写」までなら筆の誤りとして許せるとしても、純粋な判読として「添」と読むのは、余りにも強引でしょう。

  従って、「別添写」と判読する事は、明確に拒絶します。

  あんまりだ

「添」は到底無理

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 20:12 投稿番号: [14752 / 18519]
  相当に酷い癖字としても、余りにも酷すぎですから、あれを「添」と読まざるを得ないとすれば、明確に誤字であると云わざるを得ません。
  俗に云う「嘘字」、その場で作っちゃった字と云う判定で差し支えないでしょう。

大筋はこれですね。

投稿者: exorcist_lll 投稿日時: 2006/07/13 20:06 投稿番号: [14751 / 18519]
大爆笑!これが独島の証拠Nida!(最悪)wwwwwwwwwwwwwww∞wwwwwwwwwwwwww
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ttalk&nid=279702

韓國の「真の」国益を考えれば

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 19:57 投稿番号: [14750 / 18519]
  獨島の領有権主張を放棄すべきでしょう。

  単なる鬱陵島の付属物に過ぎず、従って、経済水域も持てない「岩」を「島」と言い張るのは、良くない。

  現在の韓國政府の立場は支持しません。

Re: 朝鮮水路誌 リアンコールト列岩

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/07/13 19:42 投稿番号: [14749 / 18519]
訂正です。

最後の「棄権なりとす。」は「危険なりとす。」です。

それにしても「呎」でフィートと読ませるとは、凄い国字というか、ほとんど当て字のようですね(笑)。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E5%91%8E&stype=0&dtype=2

Re: 島己第五号の暫定判読

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 19:27 投稿番号: [14748 / 18519]
>   写は置でないことも、前でなく別であ
ることも本当は、とうにお分かりですね。

  「写」も「別」も、その文書だけで純粋にそう判読できるとは、全く思いませんね。
  同種の文書から類推する等しても構いませんが、それならば類推を交えた暫定判読とすべきです。
  純粋に判読する限り、「写」は無理です。「置」に近い。
  有り得る可能性としては、「写」と書くつもりが「置」と書いてしまった可能性は残りますが、その場合は、明確に誤字と判定すべきでしょう。
  「写」と読めるなんて、嘘だとしか考えられません。

朝鮮水路誌 リアンコールト列岩

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/07/13 19:19 投稿番号: [14747 / 18519]
aldebaran09iさん、新資料をご紹介頂き有難う御座います。

私も手元に『朝鮮水路誌』が御座いますので、ここで書き込みし、資料と共に後日HPにアップロードします。

リアンコールト列岩
此列岩は洋紀1849年佛国船「リアンコールト」号初て之を発見し船名を取りリアンコールト列岩と名つく。其後1854年露国「フレガット」形艦「パラス」号は此列岩をメナライ及ヲリヴツァ列岩と称し、1855年英艦「ホルネット」号は此列岩を探検してホルネット列島と名つけり。該艦長フォルシィスの言に據れば此列岩は北緯37度14分、東経131度55分の處に位する二坐の不毛岩嶼にして鳥糞常に嶼上に堆積し、嶼色鳥めに白し而して北西彳西至南東彳東の長さ凡一里に嶼の間距離1/4里にして見たるところ一礁脈ありて之を連結す。西嶼は海面上高さ凡四一〇呎にして形糖塔の如し。東嶼は較低くして平頂なり。此列岩附近水頗る深きか如しと雖も、其位置は實に函館に向て日本海を航行する船舶の直水道に當れるを以て頗る棄権なりとす。

※「據」は音読みで「キョ」、及び「コ」で、訓読みは「よ」です
※「處」は音読みで「ショ」、及び「ソ」で、訓読みは「ところ」です。
※「而」は音読みで「ジ」、及び「ニ」で、訓読みは「しか」です。
※「彳」は音読みで「テキ」「チャク」
※「呎」は音読みで「フィート」。これは明治時代に作られた国字ですね。
※「較」は訓読みで「くら」。"比べる"はむかし"較べる"と書いていたようです。
※「頗」は音読みで「ハ」、訓読みで「すこぶ」る。
※「雖」は音読みで「スイ」、訓読みで「いえども」
※「實」は音読みで「ジツ」「シツ」、訓読みで「み」「みの」る
※「當」は音読みで「トウ」、訓読みで「あ」たる。

次は鬱陵島を書き込みます。今日は疲れたのでこれまで(苦笑)。

Re: 竹島朝鮮領派に

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2006/07/13 19:15 投稿番号: [14746 / 18519]
何お言いたいのかわからぬ。論理が破たんしている。
自己矛盾を押して書き連ねる無意味さ。

自国が領有したことも、認識すらしたことがない
島を、ここまで強弁し捏造すら敢えて行い、自国領
と正当化しようとする理由がわからぬ。

日本でしか生きる術もなく、このような無意味な主
張をする。それが無限に許されると甘えているのか。
故国もなく、いま住む地から存在を拒絶されてどこ
へ行く。工作員なら別だが・・・。

Re: 日本の「真の」国益を考えれば

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 19:10 投稿番号: [14745 / 18519]
>日本政府が指をくわえて他国の領土主張を認めるような不手際をするなら当然そういうことになるでしょうね.

  他国の領土主張を認めなくても、容易く係争地化するだろうね。泥仕合。

>わずか100年ほど前に突然現れた獨島を指をくわえて日本に編入されるのを眺めていた朝鮮政府のようにね.

  何が云いたいのか、良く解りませんね。ただ云ってみただけとか?

Re: 日本の「真の」国益を考えれば

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 19:01 投稿番号: [14744 / 18519]
>が,すでに韓国政府も獨島を島として領有主張を本格化しちゃいましたね.

  獨島を島として、領有主張する事には、反対だね。
  沖ノ鳥島や南沙諸島にリグを設置して、人が定住するようになれば、岩が島に変身するだろうか。ありのままで良いではないか。
  岩は岩、島は島。岩の法的地位を既成事実化によって、無闇に変更することを許容する必要はないと思われる。

Re: 日本の「真の」国益を考えれば

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/07/13 17:05 投稿番号: [14743 / 18519]
「岩礁」ということになれば,有利なのはむしろ韓国だったはずです.EEZの基点を鬱陵島にしていたのは
それでもEEZ内に獨島(岩礁)が含まれて,日本の主張と対等にわたりあえるというしたたかな韓国外務省
の判断があったからです.

が,すでに韓国政府も獨島を島として領有主張を本格化しちゃいましたね.
なるほど,乗り込んで既成事実化をすれば我がものになるという論理ですね.

>今後数十年か数百年後に出現する、太平洋上の新島に対しても、日本は当然の権利を主張できなくなります。
>例えば、伊豆七島近海に忽然と火山島が出現したら、日本はどうするのか。
>   当然の権利を放棄しては、他国も国際法の一部に過ぎない論理を振りかざして係争地化を謀ったとしても、
>それを押しとどめる事は出来ないでしょう。


日本政府が指をくわえて他国の領土主張を認めるような不手際をするなら当然そういうことになるでしょうね.

わずか100年ほど前に突然現れた獨島を指をくわえて日本に編入されるのを眺めていた朝鮮政府のようにね.

史料の作為抽出

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/07/13 15:41 投稿番号: [14742 / 18519]
朝鮮水路誌のことは、だいぶ前から指摘されてたね。
韓国人の「歴史解釈」とは、「都合の良い記述のみを抽出し、切り張り
し、何世紀も遡って遡及適用して誇大広告。都合の悪い記述は無視」ら
しいから。。。。

于山島の記録も整理してみたけど、惨いもんだね。
http://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/phistory/67000/20060703115192903844320300.jpg
間違いがあれば指摘ください。

日本の「真の」国益を考えれば

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 13:32 投稿番号: [14741 / 18519]
  獨島に対する無理な領有権主張は即刻放棄すべきでしょう。
  日本が主張する国際法の一部に過ぎない論理に拘るならば、今後数十年か数百年後に出現する、太平洋上の新島に対しても、日本は当然の権利を主張できなくなります。
  当然の権利とは、簡単に云えば、人間の生存に適さないような「岩」は、最寄りの領土の附属物に過ぎず、他国による領有主張の対象たりえない。当たり前の事です。
  例えば、伊豆七島近海に忽然と火山島が出現したら、日本はどうするのか。
  当然の権利を放棄しては、他国も国際法の一部に過ぎない論理を振りかざして係争地化を謀ったとしても、それを押しとどめる事は出来ないでしょう。
  今こそ日本は、当たり前の事を当たり前に主張する方向へ、戦略転換を図るべきであり、長期的な観点に立てば、それこそが日本の国益に適う道となる事でしょう。

構図的には

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 12:55 投稿番号: [14740 / 18519]
  中国が何百年も前の艦隊派遣を根拠に、フィリピン沖の岩礁を領有主張するのと同じで、傍目には大国の傲慢なごり押しとしか映らない代物でしょうね。

  1905年に中井が漁舎を設置したからと云う理由で、それまで領有主張の対象にならなかった岩礁が、領海を持つ領土に編入できるとする理屈。

  元来、独立した経済活動を営めない岩礁は、最寄りの有人島の付属物に過ぎなかったものが、そこに乗り込んで既成事実化すれば、我が物に出来るとする、いわば泥棒の論理ですね。
  それを「国際法」などと居丈高に叫ぶ事が出来ると思いこむ人が居るとすれば、余りに哀れで情けないことです。

Re: 竹島領有権で新事実

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/07/13 10:48 投稿番号: [14739 / 18519]
  当時の認識と整合性があり、特段驚くには当たりませんね。

  『韓國水産誌』にも示されているように、当時の獨島はどこまでも鬱陵島の付属物に過ぎず、浮標の類と同様に領海を持つ領土とは認識されていなかったようです。
  領土の範囲を示す経度の中に獨島が含まれない方が、むしろ自然なことであり、同様に、日本の『府県境界要覧』にも、領土として記載がなかったとしても自然でしょう。
  そもそもが、現代のように、領土主張できる国際法上の島嶼であったのか、甚だ疑問であると云わざるを得ません。いつから岩礁や浮標の類が領土になったのか、浮標は今でも領土にはなりえませんが、そんな感じでしょう。

Re: 竹島領有権で新事実

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/07/13 08:56 投稿番号: [14738 / 18519]
この記事で分かるのは堀和生論文「1905年日本の竹島領土編入」がどれほど恣意的な見解の産物であるかということ。客観的な事実を追及した論文ではなく、竹島がいかに韓国の領土であるかを一方的に断定するために客観性を排除して書かれた論文に過ぎない。私は学者であるはずの堀和生氏に深く憤りを感じる。

腹立たしい部分。

1.…さらに19世紀末、朝鮮政府が鬱陵島の開発に着手すると、于山島への認識はより正確になった。その時点の朝鮮側の認識を示すものが、図1に掲げた大韓帝国学部編「大韓與地図」(1899年奎章閣所蔵)であり、古地図としては鬱陵島と于山島がほぼ正しい位置に画かれている。(pp.100-101)

2.そして他方、日本海軍の『朝鮮水路誌』1894年と99年版には、鬱陵島と並んでリアンコール列岩が載せられている。つまり、19世紀末に、日本海軍の水路部当局が竹島=独島を朝鮮領だと認識していたことは、疑いのないところである。(p.106)

学者としての良心は単に韓国の立場から結論を導くことで構築されるものではなく、客観的に論じられることによってこそ、そして徹底して資料を読み込みそれを解明することによってこそ成り立つものではないか。

しかし、この論文の足場は、そうでもないように見えるのである。

竹島領有権で新事実

投稿者: aldebaran09i 投稿日時: 2006/07/13 01:01 投稿番号: [14737 / 18519]
竹島領有権で新事実 (山陰中央新報)

  竹島(韓国名・独島)の領有権問題が再燃する中、明治期に日本海軍の水路部が刊行した1894年版の「朝鮮水路誌」に、朝鮮領の東限が鬱陵島であることを示す記述があるのが分かった。同時期に同部が作製した朝鮮半島周辺の海図を、浜田市教育委員会が保管していることも判明。併せて読解すると、日本政府や海軍が当時、竹島を朝鮮領と認めていたという、従来の日本の一部研究者や韓国側の主張は覆ることになり、注目される。

  同朝鮮水路誌は、国立国会図書館が所蔵する。「朝鮮東岸及諸島」の項目の中で、現在の竹島を指す「リアンコールト列岩」を説明している。

  一方、国の機関からの寄託を受け、浜田市の浜田郷土資料館で保管する海図「朝鮮全岸」は、1896年4月に発行された。朝鮮半島東岸の位置関係には、やや誤差があると断った上で、日本海に「鬱陵島(松島)」と、その東南に「リアンコールド岩」を描いている。

  これらの記述を基に、日本の一部研究者は日本側が竹島を朝鮮領と認識していたと分析。韓国側も「独島=朝鮮領」説の補強材料にするとともに、同島を領土編入した1905年の日本政府の閣議決定や島根県告示を、「侵略の第一歩」と断じる論拠の一つとしてきた。

  しかし、国立国会図書館が今春、朝鮮水路誌をインターネット上で公開したのを機に、島根大学法文学部の舩杉力修助教授(歴史地理学)が調べたところ、冒頭の総記で、朝鮮国の東の境界は「東経130度35分」と記していることを確認。位置関係から、鬱陵島を指しているのが分かった。

  この結果、日本側が同島のさらに東南92キロにある竹島(東経131度52分)を朝鮮領と考えていたとの説に、矛盾が発生。水路誌や海図では、単に竹島の概略や位置を示したにすぎず、同島の記載、描写をもって、朝鮮領とする解釈は見直しを迫られる。

  水路誌や海図について、島根県の竹島問題研究会の委員を務める舩杉助教授は「水路部は大前提として、朝鮮国の東の境界を鬱陵島と認識していた」と強調。作製目的も「朝鮮領の範囲を示すのではなく、航行の安全確保」とし、韓国側などの見解の誤りを指摘している。

http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=797329006

Re: 島根県民、アメリカ、及び韓国在住の方

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2006/07/13 00:49 投稿番号: [14736 / 18519]
>日本海軍の水路部が刊行した1894年版の「朝鮮水路誌」に、
朝鮮領の東限が鬱陵島であることを示す記述があるのが分かった。
http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=797329006

国立国会図書館が今春、朝鮮水路誌をインターネット上で公開
した電子図書に確かに収録されていますね。

もっとも、公然のこととしてご存じの方も多かったと思います。
私もこの眼で確かめました。

HPで海外向けにご紹介くださるとありがたいのですが。

島根県民、アメリカ、及び韓国在住の方へ

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/07/12 23:18 投稿番号: [14735 / 18519]
今後必要になるであろう資料をまとめました。後日竹島HPにリンクします。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/9favor.html

「勅令第41号」の画像は、私がいつも資料を公開しているように、
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/01.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/02.jpg
このように資料の表紙と中身の両方をお願いします。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=14664
>話かわって、田中邦貴さんが得意になって『公文録』内務省之部を公開しているようですが、内容に問題があります。まさか資料隠しではないのでしょうが、その資料では最も重要な付属地図が抜けており、画竜点睛を欠きます。

貴殿の資料は100%にすると文字が見難いです。しょうがないですね。私がフォロー致しましょう。


この掲示板参加者の皆様へ
後日HPにアップロードしますので、ご期待下さい。600万画素ですので、当然何が書かれてあるかキチンと見れます。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/07/12 22:37 投稿番号: [14734 / 18519]
  te2222000さん

>shuku_remusさんは、私の示した理由には何も触れず、また独自の理由を示すこと
>もなく「相手の発言を変形して言い直しする必要はあまりない筈です」と書かれて
>いますが、これでは、私には納得のしようがありません。

  どんな時でもやるべきでないとは言ってません。相手の発言を変形して言い直しを
する。そうした必要がもしあるならやればよいと思います。しかし不必要な言い直しを
して、例えば、似たような二通りの言い方により、かえって議論を混迷させることにも
なりかねません。そうならないよう、まずは相手の発言はその発言の通りに受け取る
ようにするべきです。


>☆の認識自体には同意できなくても、上の発言において「衝突」を「緊張関係」と
>言い換えた訳ではないこと、ましてや「すり替え」の意図など全く無かったということは
>ご理解いただきたいと思います。

  了解しました。安心です。

                          shuku_remus

大韓全図の于山

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/07/11 23:35 投稿番号: [14733 / 18519]
>もしも計算なさるのであれば、于山だけでなく鬱陵島付属の小島群がそれぞれ
>鬱陵島から何キロ離れているかを計算するべきです。大韓全図あたりで「于山」
>のほかの小島が鬱陵島から何キロ離れているか、計算してご覧になるといかが
>でしょうか。

百聞は一見にしかずということで、鬱陵島との実際の位置関係と比較してみま
した。
http://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/thistory/1706000/20060711115262808443656100.jpg

Re: >Re: 石島は観音島(追加)

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/07/11 19:19 投稿番号: [14732 / 18519]
>視認できる島を付属とするのは自然でしょう。付属の小六島中で、竹島(独島)は最も遠くに離れて在り、竹島(竹嶼)は最も大きいですから、「最著」というのは妥当と思います。

視認が簡単ではない以上、鬱陵島の付属でもっとも顕著なのは、竹嶼と観音島というのが自然な理解でしょう。

これほど離れた存在に対して何の言及もなく「最著」というのはとても妥当とは思えません。「著」は人の目について目立つ存在を指しているのではないでしょうか。最も遠くに離れているから「最著」は妥当という理解はどうかと思います。

>竹島(独島)は鬱陵島から最も遠く離れているので、「最著」というのも一つの言及と思いますが、付属の小六島中に、竹島(独島)が含まれるのは当然であり、何ら特殊ではなかったから、ことさら言及しなかったのではないでしょうか。

付属の小六島中に竹島(独島)が含まれるのが「当然」であるとの理解がどんな根拠による推測なのか分かりませんが、もしも付属が当然であれば、その前に調査を行った李奎遠はどうして竹島(独島)を見つけられなかったのでしょうか。

>『大韓全図』の于山島が鬱陵島からどれほど離れているかを計算してみました。(中略)『大韓全図』の于山島は鬱陵島から28km離れて描かれていることになります。

大切なのは于山島が鬱陵島および他の小島とあわせてどのように画かれているかです。

もしも計算なさるのであれば、于山だけでなく鬱陵島付属の小島群がそれぞれ鬱陵島から何キロ離れているかを計算するべきです。大韓全図あたりで「于山」のほかの小島が鬱陵島から何キロ離れているか、計算してご覧になるといかがでしょうか。ご指摘の計算が無意味であることがお分かりになるかと思いますが。

>この皇城新聞の記事は「于山島は竹島(独島)であり鬱陵島附屬の島である」という当時の朝鮮社会の常識を明示したものと思います。

于山島が鬱陵島付属の島であるという認識は確かにあったと思いますが、「于山島が竹島(独島)であり鬱陵島付属の島である」というのは当時の朝鮮社会の常識であったとはとても思えません。

書物に「于山は即ち倭の所謂松島なり」という記述が存在する。したがって朝鮮では一般に竹島(独島)が鬱陵島とあわせて領土と考えられてきたとすることは、どこか話が飛んでいるように感じます。

なぜなら、朝鮮においては近代にいたるまで、全く于山島・竹島(独島)の存在を理解していなかったからです。朝鮮にあったのは、于山・鬱陵は朝鮮の地である。その認識だけです。

なるほど「于山は日本のいう松島である」という記述は私が考えるに竹島(独島)を韓国領であるとするほぼ「唯一の」根拠かと思います。しかし一方で、朝鮮は竹島(独島)を全く把握していなかったのです。

ちなみに、李奎遠の調査では松竹・于山島を鬱陵島の近隣の小島にあてており、そこに竹島(独島)の知見はありません。

>それ故、1900年5月大韓帝国政府から派遣されて鬱陵島を調査した禹用鼎は、このような曖昧な「于山島」を、島自体の形状から鬱陵漁民の共通認識になっていた「石島」という名に変え、勅令41号はそれを採用しました。

私には「島自体の形状から鬱陵漁民の共通認識になっていた石島」と断言なさることが理解できないのです。石島の名が「共通認識」になっていたかどうか、どうして分かるのですか。

韓国の研究者でさえ方言を持ち出してかろうじて苦しい理由付けを行っているような状況ですが、なぜ「共通認識」があったと決め付けるのでしょう。

貴殿の理解は、竹島(独島)=石島との理解が、アプリオリに前提として設定されているもので、周辺のあらゆる資料をそれによって解釈しようとの姿勢があるとしか思えません。

なお、皇城新聞の記事についてはお言葉のとおり、ラボルテとは関係がないものと思われます。それについては3680, 3702にてすでに言及があります。

一方、禹用鼎の調査については禹用鼎の資料が原文「紛失」とされており、要約だけが公表されているようです。この要約は私は資料的には何ら意味をなさないものと考えます。恣意的ですらある可能性があることでしょう。

何か都合の悪いことでも書いてあるのかと私は想像しています。

Re: >Re: 石島は観音島

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/07/11 18:52 投稿番号: [14731 / 18519]
>于山島は現在の竹島(独島)以外に鬱陵島或いは竹島(竹嶼)とされてきました。

于山島が鬱陵島か竹嶼であるというのは、実録など文献資料に確認されるものを前提としたものでしょうが、かと言って観音島という選択肢を排除すべきなのかどうか私には疑問です。

朝鮮における于山島の規定が時代や資料によって流動的である以上、必ずしも鬱陵島か竹嶼に縛られるべきではないと。

>No.14668で書いたように、鬱陵島の漁民は、ワカメやアワビ、またはアシカをとりに、しばしば現在の竹島(独島)に出漁していました。

件の証言については、さほどの客観的な検証能力はないものと考えます。原文を見たわけではないのですが想像するに解放後に90歳ほどの老人から聞いたものではないでしょうか。従軍慰安婦問題のように、政治的に微妙な問題について口述に根拠を置くのは難しい面があります。

口述はあくまで参考程度にとどめるのが吉かと。

一方、竹島(独島)を見つけられなかった李奎遠の調査はどうなるのかという問題もあります。当時の漁民が竹島に出漁していなかったとは言いません。その可能性を含みつつも、竹島(独島)がどれほどこの時代に理解されていたかは疑問なのです。

>一方、漁民ではない鬱陵島民にとっても、竹島(独島)は、鬱陵島の標高200m以上の所から、「風日清明」ならば望み見ることができます。

基本的にはほとんど見えません。見える可能性があるのは年に数日程度ではないでしょうか。たしか鬱陵島独島展望台の関係者の人でさえ見たことがないということのようです(2783を参照)。

>竹島(独島)は鬱陵島から最も遠く離れた島です。しかしそれだからこそ、最著の附屬の島として真先に挙げたものと思います。

最も離れており、しかもその位置や形が独特であるだけに、当然に本文に言及があってしかるべきですが、何もありません。

松竹島を近隣の島にあてて竹島(独島)を発見できなかった李奎遠と、「最著」に于山島と竹島をあげつつ于山島について何ら見聞を示すことのなかった皇城新聞の記事。いずれも竹島(独島)を見失っていたとすべきでしょう。

Re: >Re: 石島は観音島

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/07/11 10:29 投稿番号: [14730 / 18519]
  皇城新聞の件は、もう少し調べてみましょう。

>>更に言えば、1899年の大韓全図によれば、于山島=chukdoですね。「石島
>>=于山島=chukdo」ということでしょうか?
>しかし、「石島=于山島=chukdo」ということがよく分りません。

  大韓全図の鬱陵島と「于山」と書かれている小島との距離、方角。「于山」
と書かれている小島の形状。


>「韓国内部視察官」として1900年5月鬱陵島に派遣された禹用鼎は、鬱陵島
>附属の島嶼中最も著しい「于山島」が、鬱陵島民の間でソノモノズバリの
>「石島」と呼ばれていることを知りました。

  「住民がそのものズバリ石島と呼んでいた」とするる禹用鼎の記録をお願いしているのですが?ゼロ回答ですかね?

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/07/11 07:25 投稿番号: [14729 / 18519]
shuku_remusさん

ご返答ありがとうございます。


○「俗謂磯竹島」の割注の使い方について

なるほど、shuku_remusさんは「二つの言い方がある場合」についてのみ「副次的な方を割注にする」と述べられているのであり、一般的に副次的な情報を割注にするとは一言もおっしゃっていませんね。

ご指摘の通りなので、#14686 の後半については撤回します。
また、同記事の前半で述べたような主観的認識の相違がある以上、この問題について意見の一致を見ることは難しいと思うので、私からこれ以上、この議論はしないことにします。


○相手の発言を変形して言い直すことについて

私としても、竹島と関係無い話題をあまり続けたくはないので、簡単にまとめます。

まず、私の言い換えがshuku_remusさんの元の意図とかなり異なったものになり、不快感を、更には不信感さえも与えたことは事実なので、自分の理解力と表現力について反省してみます。

次に、時々相手の発言を自分の言葉で言い直すことは、決して悪いことではないと考えます。理由は #14720 に書きました。shuku_remusさんは、私の示した理由には何も触れず、また独自の理由を示すこともなく「相手の発言を変形して言い直しする必要はあまりない筈です」と書かれていますが、これでは、私には納得のしようがありません。

もし、この件について更にお書きになるならば、私が既に書いたことを踏まえた議論をお願いします。


○「緊張関係」と「衝突」について

文字だけによる掲示板のコミュニケーションにおいて、誤解の生じた好例だと思います。

正直に言って、「衝突の有無」という表現がそのような受取られ方をするとは、今回言われるまで夢にも思いませんでした。

誤解の元は、文章に現れない、背景の考え方の違いだと思います。

私は次のように考えています。

(☆)竹島において過去に衝突が存在しなかったのであれば、当然、緊張も生じる筈がない。

一方、推察するにshuku_remusさんは次のようにお考えなのでしょう。

  (◎)竹島において過去に衝突が存在しなくても、緊張が生じることはあり得る。

確かに◎のような考えを持っている方が、#14634 の次の記述を見た場合に、言葉のすり替えを行なっていると感じることは理解できます。

>>>
緊張関係は全く無かったと思います。

元禄の竹島一件以前に両国漁民が衝突したという記述を見たことがありません。朝鮮人の往来の有無は島の帰属を論ずる上で重要ですから、記録があるならば必ずどこかで取り上げられて、不勉強な私の目にも入ると思います
<<<

しかし、私は☆が当然のことであり、わざわざ書く必要すら無いという認識でいました。つまり、私は「緊張関係」を「衝突」と言い換えた訳ではなく、以下の議論において (2)を書くと却って冗長になると判断して省略したということです。

(1)「衝突」の記録はない。
(2)「衝突」がなかったのだから、「緊張関係」もある筈がない。

☆の認識自体には同意できなくても、上の発言において「衝突」を「緊張関係」と言い換えた訳ではないこと、ましてや「すり替え」の意図など全く無かったということはご理解いただきたいと思います。

>Re: 石島は観音島

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/07/10 23:06 投稿番号: [14728 / 18519]
henchin_pokoider01さん

「何の価値も見出せん問題外」の問題にレスを頂き感謝しております。

>皇城新聞には「石島と呼ばれている」とする記録はないようですね。このように断言される禹用鼎の記録を提示願えますでしょうか?

http://toron.pepper.jp/jp/take/image/koujou.jpg
で示された皇城新聞は光武3(1899)年9月23日付のものですね。禹用鼎らは1900年5月30日鬱陵島に出張し6月7日に帰任した(川上健三『竹島の歴史地理学的研究』古今書院, 1966)、とされていますから、この記事が1900年の禹用鼎の報告を記録していないのは当然ではないでしょうか?

この皇城新聞の記事は何故か禹用鼎の記録としてよく利用されますね。
http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/koujou.html
では、「1899年8月の禹用鼎を団長とした鬱陵島調査団の報告」として「最初以外は、全て鬱陵島のことしか報告されてない。鬱陵島付属小六島中で、著しい竹島于山島は、当然ながら、鬱陵島周辺の島嶼となる」と書かれています。

さらに、下條正男氏は『竹島は日韓どちらのものか』(文春新書、2004)で、「今日の竹島が近年に至るまで朝鮮領として認識されていなかった証拠を -- 挙げよう」として「勅令四十一号が発布される一か月前、一九〇〇年九月二十三日付『皇城新聞』は、鬱陵島に「付属する小六島中で最も顕著な島は、于山島と竹島」と報じた。」と記しました。『皇城新聞』の記事は、日付を1900年に変えてまで、「勅令四十一号が発布される一か月前」に書かれたことにしたかったようです。しかしこの記事は、一八九九年九月二十三日付ですから、禹用鼎らの鬱陵島調査団とは関係なく、当時の鬱陵島の事况を書いたものでしょう。

>更に言えば、1899年の大韓全図によれば、于山島=chukdoですね。「石島=于山島=chukdo」ということでしょうか?

于山島=chukdoという説のあることは、ahirutousagi2さんへの返答(Nos.14726, 14727)で書いたように、よく承知しております。しかし、「石島=于山島=chukdo」ということがよく分りません。なぜ『大韓全図』或いは『皇城新聞』の記事から石島=chukdoになるのでしょうか?

>Re: 石島は観音島(追加)

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/07/10 22:33 投稿番号: [14727 / 18519]
次にNo.14672の疑問点にお答えいたします。

>もしも于山島が竹島(独島)であるとすればいくつかの疑問が生じます。

>1.なぜ竹島が「蔚珍之東海に一島が有り」となるのか。「二島が有り」となるべきではないか。

上記の文で「于山島が竹島(独島)であるとすれば」なぜ「疑問が生じる」のかよく分りません。「蔚珍(半島東岸の地名)の東(の)海(上)に一(つの)島が有り、曰く鬱陵である。」は、全くその通りで、疑問が生じる余地はないと思いますが。

>2.付属の小六島に竹島(独島)が含まれるのは自然であるか。また「最著」というのは妥当か。

視認できる島を付属とするのは自然でしょう。付属の小六島中で、竹島(独島)は最も遠くに離れて在り、竹島(竹嶼)は最も大きいですから、「最著」というのは妥当と思います。

>3.なぜ、竹島(独島)についての言及が一切無いか。もしも竹島であれば小六島の中でもかなり特殊であり、当然に何らかの言及はあっていいはず。

竹島(独島)は鬱陵島から最も遠く離れているので、「最著」というのも一つの言及と思いますが、付属の小六島中に、竹島(独島)が含まれるのは当然であり、何ら特殊ではなかったから、ことさら言及しなかったのではないでしょうか。

>私の意見の傍証として大韓帝国学部編『大韓全図』『大韓輿地図』(ともに1899年)もあげられます。

ahirutousagi2さんの意見は、Nos.3290, 14678なども参考にして、『大韓全図』の于山島=観音島である、ということで答えさせて頂きます。

観音島は鬱陵島から100m程しか離れておらず、時には観音崎とも記されました。『大韓全図』の于山島の位置は鬱陵島からかなり離れていますから、私はこの于山島を観音島とは思いません。しかし、どうせ不正確な地図ですから、観音島、竹島(竹嶼)、或いは獨島とするのも宜しいのではないかと思っています。

『大韓全図』の于山島が鬱陵島からどれほど離れているかを計算してみました。『大韓全図』で鬱陵島-于山島の距離を1とすると鬱陵島-朝鮮半島の距離は5になります。鬱陵島-朝鮮半島間は140kmとされていますから、『大韓全図』の于山島は鬱陵島から28km離れて描かれていることになります。なお、『大韓輿地図』では鬱陵島と朝鮮半島の距離が『大韓全図』より離れているので、同様な計算をすると7.8kmになります。

>禹用鼎の調査における于山島=竹島(独島)の何らかの客観的な根拠をお教えいただければ幸いです。

下條正男氏(『竹島は日韓どちらのものか』文春新書、2004)が書いておられるように、朝鮮社会には「于山島は日本の松島である」とする常識が拡散していきました。この皇城新聞の記事は、「于山島は竹島(独島)であり鬱陵島附屬の島である」という当時の朝鮮社会の常識を明示したものと思います。

しかし于山島は、古い文献記録の中には、鬱陵島或いは竹島(chuk-do)を表しているとしか読めない記述もあります。それ故、1900年5月大韓帝国政府から派遣されて鬱陵島を調査した禹用鼎は、このような曖昧な「于山島」を、島自体の形状から鬱陵漁民の共通認識になっていた「石島」という名に変え、勅令41号はそれを採用しました。

>Re: 石島は観音島

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/07/10 22:25 投稿番号: [14726 / 18519]
ahirutousagi2さん

いろいろ興味深いご意見有難うございます。
返答が大変遅くなって恐縮です。
No.14670のご質問からお答えいたします。

>皇城新聞に鬱陵島付属の島として竹島(竹嶼)と于山島が挙げられていますが、この于山島を現在の竹島(独島)と規定する根拠は何でしょうか。

于山島は現在の竹島(独島)以外に鬱陵島或いは竹島(竹嶼)とされてきました。しかし、「鬱陵島付属の島として竹島(竹嶼)と于山島が挙げられている」ことは、于山島は鬱陵島或いは竹島(竹嶼)ではあり得ません。それ故、于山島は現在の竹島(独島)と規定しました。

>私は観音島としても全く違和感はないものと思いますが、なぜ竹島(独島)でなければならないのでしょうか。

henchin_pokoider01さんがNo.14675で掲示された、1899年9月23日付皇城新聞には「鬱陵島附屬の小六島中で最著なのは于山島竹島」と記されています。No.14668で書いたように、鬱陵島の漁民は、ワカメやアワビ、またはアシカをとりに、しばしば現在の竹島(独島)に出漁していました。一方、漁民ではない鬱陵島民にとっても、竹島(独島)は、鬱陵島の標高200m以上の所から、「風日清明」ならば望み見ることができます。竹島(独島)は鬱陵島から最も遠く離れた島です。しかしそれだからこそ、最著の附屬の島として真先に挙げたものと思います。従って、私は于山島=竹島(独島)には全く違和感はありません。

しかしながら、もし于山島=観音島とすると、小さな島項(観音島)が大きな竹島(竹嶼)より先に書かれていることに、私は強い違和感があります。

Re: 『公文録』の大谷家「図面」

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2006/07/09 10:13 投稿番号: [14725 / 18519]
何を仰りたいのかよく分かりませんが、私は「奥歯に物を挟」んでなどいませんよ。何度も申し上げたではないですか。島根県の提出文書に記されているのは現在の鬱陵島と竹島に他ならないと。

ですから、ご提示の地図の松島は現在の竹島ですよ。位置は相当にずれていますが。それはあくまで「現在の私たちの知識と目」で判断しての話です。さて、それが何か太政官の判断に関係するのでしょうか。

何度も申し上げたように太政官は竹島・松島を版図外としたのです。そしてそこに地理(位置)的な理解は伴わず、結局はアルゴノート・ダジュレーの位置までを版図外としたと考えうるということです。それは天城の調査や内務省の地図はもちろん、その他、文部省・陸軍の地図とも整合的に理解しうる、ということです。

太政官の認識は結局はその後の天城の調査の位置認識に収斂されると見るべきでしょう。以上、私の返事です。

私も半月城さんに質問させてください。

1.天城の調査と太政官判断の整合性をいかに図るか。
2.竹島・松島がアルゴノート・ダジュレーの位置で示されている内務省地理局「大日本府県分轄図」(1881)をどう考えるか。

以上、よろしくお願いします。

私にはそもそも半月城さんが、どうして太政官判断で「現在の竹島」を放棄したと考えうるのかよく分からないのです。「松島」はたしかに版図外とされましたが、それを「現在の竹島」に結びつける根拠は、島根県資料の松島が現在の竹島に相当すると「現在の目」で考えうること以外には何もないのではないでしょうか。

この時期は竹島・松島の位置的な理解に混乱があった時代です。江戸時代の二島認識が単純にそのままに適用されにくい部分があります。

繰り返しますが、島根県提出資料の二島の存在は、太政官によって現在の鬱陵島までの位置で考えられたのであり、それは天城の調査・三条実美の渡航禁止令の記述、内務省地理局の地図、その他の資料とまったく矛盾することはなしにつながってくるのです。

Re: 『公文録』の大谷家「図面」

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/07/09 09:03 投稿番号: [14724 / 18519]
   半月城です。

   puracyakaさんからは公文録付属の地図について未だに回答がないようです。地図が一目瞭然なので答えづらいのでしょうか。

   この問題に関して雄弁な ahirutousagi2さんにも同じ質問をしたいと思います。
   ahirutousagi2 さんは、公文録付属の下記「大谷家地図」に記された「松島」を現在の地名でどこだとお考えですか?   奥歯に物を挟まず、ズバリお答えください。
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/map/koubunroku_map.pdf

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/07/08 22:24 投稿番号: [14723 / 18519]
  te2222000さん #14719

  #14676より

|   二つの言い方がある場合、
|   本文では "どちらを主として使用するか"、或いは
|   通常はどちらを主として使用するか
|を分かりやすくため、簡便な方法として、例えば副次的な言い方の方を割注に
|するのは、割注の普通の使い方です。

  "   " 部を追加しました。これでお分かりでしょうか。


  #14688より

|   二つの言い方がある場合、副次的な言い方の方を割注にしています。
|   "このように私が使用した「副次的」という言葉をキーワードとして、te2222000さんは
|   「多竹魚海鹿」は副次的な情報ではないが・・と私が発言しているように書きました。"
|   「多竹魚海鹿」は二つの言い方と関係ありません。

  "   " 部を追加しました。これでお分かりでしょうか。


  te2222000さん #14720

  こちらはあまり気が進まないのですが、

>以上が私の考えですが、shuku_remusさんは何故「相手の発言を変形して言い直しする
>ことを多用する」ことが良くない習慣だと思われるのでしょうか。

  自分勝手に言い直しして、それを相手の発言として、相手に持ちかけるのは控えましょう。

  相手の発言は、出来るだけその発言の通りにお受け取りください。相手の発言を変形して
言い直しする必要はあまりない筈です。しかもそのような言い直しに、相手の同意を求める
のは紛らわしいことです。何故、発言の通りに受け取らないかいぶかしく思います。

  相手の発言が分かったのか、分からないのか。分からなければ、追加して説明します。

  以前のやり取りですが、私が「緊張関係の有無」について取り上げると、te2222000さんは
これを「衝突の有無」に言い直ししました。極端な状態にすり替えして、「緊張関係」は
なかったことにしようとしたものと思いました。その後、「衝突の有無」への言い直しは
いつの間にかお止めになったようですが、このような場合、議論が遠回りするものです。

                          shuku_remus

Re: 『りゃんこ島領土編入並に貸下願』完成

投稿者: kikousidayo 投稿日時: 2006/07/07 23:13 投稿番号: [14722 / 18519]
バカがまた釣れたか(爆

ポイ
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