竹島

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Re: >Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/06/13 20:05 投稿番号: [14627 / 18519]
レスありがとうございます。
私も熱烈な「石島=観音島」支持者というわけではありません。
しかし、「石島=獨島」とすると、沈興澤の「獨島」という報告で、中央政府側が「石島」と認識することが難しいのではないかと思うだけです。
もし、「石島=獨島」だとすると、「獨島」を中央政府は「石島」と認識できたでしょうか?認識できたとすると、どうして「石島」の事だととわかったのと思われますか?

Re: >Re: >Re: >Re: 石島は観音島

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/06/13 14:17 投稿番号: [14626 / 18519]
詳しい調査どころか調査記録自体がない。
なるほど、現代の私たちは竹島を石島と呼んでも違和感は感じない
だろう。しかし、それは竹島の写真や地図やTVによって実際の竹島
の状況を認識しているからである。
問題は当時の大韓帝国が「竹島が岩だらけの島」という認識を得てい
たかどうかである。当然、それには少なくとも竹島が岩だらけの島と
いう報告が大韓帝国政府になされている必要がある。
詳細な調査どころか、存在の把握さえできない状況では問題外。現代
や奥原の知見をもって、国を超えて時代を遡及することに何の価値も
見出せん。

独り言

投稿者: hage_hige_hade 投稿日時: 2006/06/13 12:09 投稿番号: [14625 / 18519]
  日露戦争の頃の韓国は国内が大空襲跡の東京みたいなもんだったから、竹島の領有がどうとか言える状態じゃないとおもうんだがなぁ。併合後にようやくまともな国になったくせによく「日本が再び覇権主義に進む」とか言って竹島の領有権を主張できるものだ。そのクソ度胸はすごい。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/06/13 06:50 投稿番号: [14624 / 18519]
shuku_remusさん

コメントありがとうございます。とりあえず前半についてご返答します。

>>>
なお、te2222000さんが、この二島は無人の地であるので日本ではないとするのは、よく分かりませんでした。日本に無人の地は他にいくらでもあったと思います。
<<<

まず、ちょっとだけ横道に逸れますが、念のため以下を確認しておきます。

次の記述は厳密には正しくありません。

・te2222000は「この二島は無人の地であるので日本ではない」と考えている。

正しくは次のようになります。

・te2222000は「斉藤豊仙が『この二島は無人の地であるので日本ではない』と考えた」と考えている。

上の shuku_remusさんの文を読むと、誤解されている可能性もあるかもしれないので、蛇足かもしれませんが書かせていただきました。


さて、話を戻しますが、おっしゃる通り、日本に無人の地は他にいくらでもありますし、斉藤豊仙はそのことを知っていたでしょう。

しかし、それらの島は全て、日本人の住む土地の近くにあって、それらの土地に付属することが明らかな島だった筈です。

要するに「日本に無人の地は他にいくらでもあるし、斉藤豊仙はそのことを知っていた」ということをきちんと分析すれば、「日本のすぐそばにある島は、たとえ無人であってもやはり日本の地である。斉藤豊仙もそのように考えた筈である」と言っているに過ぎないことが分かります。

一方、竹島と松島は隠岐から2日航程以上の位置にあるとされます。斉藤豊仙が、そのような島について日本と言えるかどうか考える際に、無人であることを判断材料の一つにしたとしても、別に矛盾はありません。


更に、既に何度か書いたことですが、国代記では「多竹魚海鹿」が割注に書かれる一方、「此二島無人之地」が本文に書かれています。単に二島に関する豆知識として無人島であることを紹介したのであれば、産物の紹介と同様、割注にするでしょう。それが本文で書かれているということは、単なる豆知識として挿入されているのではなく、文章中の他の個所と関連を持つ記述であることを示唆します。

それがどんな関連かを考えると、日本の北西の限りが隠州であることの理由として書かれているというのが、最も無理の無い解釈だと思っています。


>>>
  むしろ、この二島(のある地点)から高麗を望むことから、この地域が日本の国境であるとする意味に、私は読み取りました。
<<<

はい、それは確かにあり得る解釈で、もしもこれに続く文が「此二島を以って限りと為す」であば、私も同じように考えたと思います。

しかし、実際には「此州を以って…」が続くので、そうは考えません。逆に「朝鮮が望めるほど日本から遠いので、日本の地とは言い難い」という意識があると思っています。


後半の動機面の議論については、後日改めて書きます。

放心状態です

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/06/13 00:52 投稿番号: [14623 / 18519]
頭が真っ白です。

>Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/06/12 23:44 投稿番号: [14622 / 18519]
jaian918さん

いつも鋭いご指摘と興味深い新史料の提示を有難うございます。返答が遅くなってしまったことをお詫びします。仕事の合間に勉強させていただきながら書いていますので、遅延の段お許し下さい。

>「石島=独島」の可能性を否定はしませんが、「独島」という表記を使用した事実は、心証的にはchaamieyさんの指摘どおり「石島は独島でない」と捕らえるのは自然ですね。

私は、独島の形状が観音島に比べ石島により相応しいので、心証的に「石島は独島である」と捕らえました。

>奥原碧雲に触れられているので^^ 内容が正確なものかは別として、こんな記述もありますね。「郡守の職務遂行上につきては、何等の成文律令なく、自己の頭脳によりて、臨機に判決するのみ」

ご紹介有難うございました。島長沈興澤が、自己の頭脳によりて臨機に書いた「本郡所属の獨島」が「今、日本の領地になった」という報告書しか文書記録は無いようですね。

>仮に「近代的な能吏でない」という沈興澤像を元にすると「管理を命じられ」ていなくても、「本郡所属」といいそうですね。

私はむしろ逆に、奥原碧雲の記述から、「管理を命じられ」ていても、「お望みなら、あんな石だらけの小島、日本にお譲りしましょう」といって、長煙管をくゆらせながら、のどかに人生を楽しむタイプに感じました。私の沈興澤像は、仕事はつくらず、命じられた事も手を抜く、どちらかといえば、mikenekonomanmaさんがNo.14594でいわれた「ダメ役人」に近いイメージです。

>私の知っている「石島=独島」であるという積極的な根拠は、「全羅道方言で石=dok,音を写して獨」ということぐらいなのでその他の根拠があれば紹介していただけないでしょうか?

最初に、書きましたが、独島の形状は観音島より石島に相応しいということです。

最後に、
「緑に覆われた美しい観音島の写真」
http://myhome.shinbiro.com/~shkimhp/urd/photo/gwdo.jpg
は本掲示板から削除されてしまいました。

これは、llllowollllさん(No.1506)、wattagatta さん(Nos.5846, 5959)、ichibachoさん(No.9125)らによって紹介され、観音島の全容を最もよく表していただけに残念です。

>Re: >Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/06/12 23:17 投稿番号: [14621 / 18519]
henchin_pokoider01さん

No.14581は発熱のまま投稿してしまい大変失礼いたしました。

henchin_pokoider01さんが云われる様に、奥原と同様な竹島の詳しい調査記録は大韓帝国には無いようです。

奥原碧雲『竹島及鬱陵島』(1907)は、鬱陵島についても詳しく調べており、いろいろ面白いことが書いてあります。例えば、jaian918さんがNo.14584で示された「郡守の職務執行上につきては、何等の成文律令なく、自己の頭脳によりて、臨機に判決するのみ」に続いて最後に「施政上に伺する一切の法令記録を有せず。隨って行政司法警察事件の件目經過等を知るに由なし。」とあります。これでは近代的な裁判での勝負は明らかですね。韓国が国際司法裁判所への提訴を避けたい気持ちがよく分ります。

島長沈興澤の報告書『「本郡所属の獨島」が「今、日本の領地になった」』はよくも残ったものと感心しました。

>Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/06/12 23:12 投稿番号: [14620 / 18519]
husenoyajiさん

率直なコメントを有難うございます。返答が大変遅れてしまって申し訳ございません。決してスルーする積もりではありませんでした。お詫びいたします。

> >「本郡所属の獨島」が「今、日本の領地になった」と報告したことこそ、勅令の「石島」が竹島(独島)を指すものであった何よりの証拠と思います。
> 鬱陵島が郡になったのは勅令からですので、この文言は勅令を受けている可能性を確かに示唆します。と同時に勅令を受けているならなぜ獨島なのかという矛盾が発生します。
> >勅令に拘らず、鬱陵島民が広く使っていた獨島と書き、取り急ぎ報告したのでしょう。
> とその矛盾は推測で解消してしまう。それは韓国論法ですよ。

勅令の「石島」が勅令を受けて書いた可能性のある報告書で「獨島」となったのは、仰せのとおり、確かに矛盾と思います。私は、勅令にない島長や太陰暦を使う「近代的な能吏ではない」沈興澤が、慌てて書いたので「獨島」となったのでは、と推測しました。これで矛盾が解消したかどうかは分りませんが、矛盾は推測で解消しようとするのは、よくある普通の論法ではないかと推測します。

>当時の世論にどこにも石島と于山島と勅令が出てこないことです。 -- 于山島=倭の松島という説は有力な説として存在したはずなので、全くの矛盾です。

「当時の世論にどこにも石島と于山島と勅令が出てこないこと」については、私にはよく分りません。

>これらを矛盾なく解釈するためには、当時は于山島=倭の松島=近傍の小島であり、獨島も距離から言って自国領だという認識が生じたが、別島だと認識していたと考えるしかないです。
そして日本の登場により新規に認識したからこそ獨島すなわち離れ小島と命名されたのです。

「于山島=倭の松島=近傍の小島であり」ということは、これは鬱陵島近くの竹嶼あるいは観音島ということでしょうか。
「獨島も距離から言って自国領だという認識が生じた」。しかし、獨島は「日本の登場により新規に認識し」、「獨島すなわち離れ小島と命名された」という理解でよろしいでしょうか。

すみません質問になってしまったことをお許しください。

>Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2006/06/12 23:07 投稿番号: [14619 / 18519]
chaamieyさん

大変遅くなりました。お許しください。

>別にpositiveな証拠はありません。鬱陵島と竹島(チュクド)と観音島のそれぞれの大きさと位置関係、それらと比較したときの竹島(独島)の距離と大きさ。これらを考えれば、3つの島が説明抜きで名前だけが簡単に書かれている勅令の文言は、鬱陵島と竹島(チュクド)と観音島を指すのが最も自然だと考えています。

わかりました。お答え有難うございました。

石島が獨島であるといえば、熱くなるのが予想できたのですが、私のchaamieyさんへの返答で点火してしまいました。大変失礼しました。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: kikousidayo 投稿日時: 2006/06/12 07:10 投稿番号: [14618 / 18519]
必死だな(哂い

ポイ

henchin_pokoider氏へ

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/06/11 21:38 投稿番号: [14617 / 18519]
資料をアップロードしようとしましたが出来ませんでしたので、お手数ですが、PDF形式にする前の資料をjpg形式でお送り下さい。

当HPに対日平和条約草案(1)から対日平和条約草案(6)まで作成致しました。



昨日はNHKで在日米軍問題をやっておりましたが、現在私は「国防」という本を読んでいます。「日本の、これから」を見ていつも思うのですが、質問の選択がおかしいですね。

Re: 李奎遠は島項,竹島(チクト)の小さな島

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/06/11 21:37 投稿番号: [14616 / 18519]
ですよね。
山の高いところに上ってみたけど、海中になにもなかったとも述べてますね。

ですから、于山島が獨島だという話はどうみても、ウサンくさい話です。

、、、、、、誰も言ってないような気がしたもので、ついつい(笑)

韓国は帝国主義だ!

投稿者: henrymacgils 投稿日時: 2006/06/11 21:19 投稿番号: [14615 / 18519]
竹島の次は対馬。
中華思想に気をつけろ。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/06/11 16:35 投稿番号: [14614 / 18519]
  te2222000さん、コメントありがとうございます。

  もし「此州」が「隠州」を指すなら「日本の北西の地、隠州を以て限りと為す」と、
また「此州」が「此二島」(を含む地域)であるなら「此二島を以て限りと為す」と
単純明解にして貰えれば、あとで紛れることなく助かりましたね。

  なお、te2222000さんが、この二島は無人の地であるので日本ではないとするのは、
よく分かりませんでした。日本に無人の地は他にいくらでもあったと思います。
  むしろ、この二島(のある地点)から高麗を望むことから、この地域が日本の国境
であるとする意味に、私は読み取りました。

>(鄯) 竹島・松島を日本の領土として主張しておかないと、将来朝鮮に取られる可能性
>    があると斉藤豊仙は考えた。
>(鄱) 竹島・松島を朝鮮に取られる事態は、斉藤豊仙にとって許容できるものではなかった。
>(鄴) したがって、斉藤豊仙は自著においても竹島・松島を日本の領土として記述した。

  隠州視聴合紀の中で、この箇所にどの程度思い入れがあったかどうか、江戸初期の
この地域をめぐる両国漁民同士の緊張関係が分かりませんので、何とも言えません。
しかし本来深刻な内容にも拘わらず、ここでは何故かあっさり述べていると思われます。

  ① 緊張関係はなく、この二島を含むこの地域を日本の国境とすることは当然であった。
  ② 緊張関係があったので、te2222000さん (鄯),(鄱),(鄴)のようにきちんとして
   おきたいものの、地方役人である斉藤豊仙には、もとより日本の国境について云々する
   権限はなく、豊仙がここではっきり申し立てしても、対外的には何の効力もなく、
   却って(余計なこととして)幕府から咎められることにもなりかねない。
   従って、遠まわしにあっさり述べるにとどめた。

の2通りの理由が考えられます。これ以上は想像の想像ですが、私は ② でないかと
思っています。

  #14566 田中邦貴さんのHPによりますと、斉藤豊仙は隠岐郡代を務めたとのことです
から、地元漁民が安心して漁を営むことには大いに関心があったと思われます。しかし
当時は幕府の関心は薄く、国境の画定は地元の願望にとどまったのではないでしょうか。

                          shuku_remus

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/06/11 06:42 投稿番号: [14613 / 18519]
ご返答ありがとうございます。

shuku_remusさんにならい、言葉の面と動機の面に分けて書きます。

先に、言葉の面から論じることにします。
私は前回、「此州」を「竹島と松島」とする解釈について以下の問題点を挙げました。

(イ) 日本六十余州に含まれない新たな州を勝手に想定し、それを説明抜きで使ったこと。

(ロ) 行政組織の存在しない無人島を「州」としたこと。

(ハ) 国代記の当該部分の文脈で「この州」と言えば、多くの人は「隠州」ととるであろうことは明白なのに、何の説明もなく「この州」と書いたこと。

これらに対するshuku_remusさんのご意見は次のようになると理解しましたが、よろしいでしょうか。

======
(イ)(ロ)については、「州」が「地域」を意味すると考えれば別に問題ではない。
(ハ)についても「州」を「地域」の意味で考えれば、直前の「此二島」を「此州」で受けることに不自然さはない。したがって『多くの人は「隠州」ととる』ことが明白だとは言えない。
======

確かにこれらは一理ある議論で、私が前回「これらは完璧に(c)を否定するものではない」と書いたのも、漠然とではありますが、このようなことを感じていたためです。

これは、つまるところ、隠州視聴合紀の文脈で「州」を「地域」の意味で考えることの妥当性の問題に帰着すると思います。

もっ詳しく言えば、「州」という文字を一般的な「地域」の意味で、従来の日本六十余州の区分けとは異なる地域に使うことが、17世紀の地誌の文章としてどの程度普通のことなのか、という問題です。

そして、これについて結論を出すためには、同時代の他の地誌における「州」の用法の研究が必要なので、今の私としては積極的な肯定も否定もしません。

ただ、次の点から消極的な否定の立場を取ります。

* 「此州」という言葉は、先行する○○州という言葉を受けるのが最も自然であり、その解釈に相当の問題がある時に限り、他の解釈を考えるのが素直な思考であること。そして、この解釈に関して「相当の問題」は無いと思うこと。

* 隠州視聴合紀の他の個所では、説明無しに「此州」が「隠州」の意味で使われていること。

* 「此二島無人之地」の記述は、二島が日本の地ではない理由として書かれていると考える方が、本文と割注の使い方から考えて適切であること。


次の動機の面ですが、これは上に書いた「相当の問題」の有無に関係してくるので、疎かにできない論点です。

さて、私なりにshuku_remusさんの議論を次のようにまとめてみました。

(i) 竹島・松島を日本の領土として主張しておかないと、将来朝鮮に取られる可能性があると斉藤豊仙は考えた。
(ii) 竹島・松島を朝鮮に取られる事態は、斉藤豊仙にとって許容できるものではなかった。
(iii) したがって、斉藤豊仙は自著においても竹島・松島を日本の領土として記述した。

このまとめは shuku_remusさんのお考えと一致しているでしょうか。一致しているのであれば、これに基いて、特に(i)に対して、反論させていただこうと思います。

>>>
  最後のところは、分かり難い文で申し訳ありません。【   】を追加、修正しました。
<<<

ご説明ありがとうございます。私が「狙いは、松島(現竹島)だけ」と区切ったのが読み間違いで、「松島(現竹島)だけについて、…実行され、…実現された」という文章だったのですね。

Re: 「ウサン」と呼ぶ都

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/06/10 18:49 投稿番号: [14612 / 18519]
  祭りがあるという御指摘があったので調べて見たら、なるほどありますね。

『ウサン文化祭』
http://kr.ks.yahoo.com/service/ques_reply/ques_view.html?dnum=EAF&qnum=4160404
  祭りの起源は、古代于山国から祭りの名を取り、1965年から開催したが、その後途絶え、1996年から再び開催するようになった。
  鬱陵島開拓民の独特の文化を祭り化して開拓精神を称え、住民の親睦と観光産業を育成することを目的とし、鬱陵邑の豊年豊漁を祈って軍民の安寧を祈る祭典と、開拓当時の開拓民の茅葺き家を再現する実演で構成されている。
  案内お問い合わせは鬱陵郡庁文化観光課。


  ということであれば、これは「于山文化祭」ですね。


  もう一つ。


  [鬱陵] ウサン文化祭   22日から3日間開催

  ◇ 鬱陵邑のウサン文化祭が22日から3日間開かれる。
  今回の行事では、道洞〜苧洞の2㎞区間の登り競争、開拓民たちが家を建てた姿を再現するノワノセ家造り試演大会、風物農薬試演、投壷遊びなどが盛り沢山に開かれる。
  その外にも、イカ、かぼちゃ、山菜など鬱陵の特産物の展示会と郷土料理試食会、食べ物夜店、豊漁を祈る漁船の五色旗上げなどの行事が続く。
http://www.hani.co.kr/han/data/L980904/09699401.html


 
  このように、鬱陵島ではしっかりと于山国の記憶を残しているようだ。それなのに、政治家たちは、于山島とは竹島(独島)のことだと言う。地元の人たちは、このことをどう感じているのだろうか。

李奎遠は島項,竹島(チクト)の小さな島がと

投稿者: hotarutondekoi2006 投稿日時: 2006/06/10 15:41 投稿番号: [14611 / 18519]
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm101.html#No.739
一行は船で鬱陵島を一周したとき、東海岸でふたつの島を確認し、報告書
の草稿本である『啓本草』にこう記しました(注1)。
  「もうひとつの浦があり、名前は船板邱尾である。その南辺の海の中にふた
つの小さな島があるが、形は臥せった牛のようで、左右に回ってお互いに抱い
ているような姿である。
ひとつは竹島で、ひとつは島項というが、ただ竹藪があるのみである。日が暮
れたので陸地にあがった」

   李奎遠は鬱陵島を調査して地図「鬱陵島外圖」を作成しましたが、それを
みると「島項」は現在の観音島(別名、ガッセ島)、「竹島」は現在の竹島
(韓国名、別名は竹嶼)にあたります。

ほたる,
李奎遠は海の中にふたつの小さな島があるが,ひとつは竹島(チクト)で、ひとつは島項
と述べている   つまり観音島と竹嶼の事,,

『承政院日記』『高宗実録』に芋山は昔の

投稿者: hotarutondekoi2006 投稿日時: 2006/06/10 14:00 投稿番号: [14610 / 18519]
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm094.html#No.690
考えるに、この島は茫々たる海のなかにあるが、そのまま空島にしておく
のはさみしいかぎりである。その形勢が要害であるかどうか、また防御が緊密
であるかどうかなどをことごとく審査して処理すべきである。副護軍の李奎遠
を鬱陵島検察使に任命して早々に行かせ、徹底的に検討し意見をまとめ稟議す
るのはいかがであろうか。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   この提案は承認され、検察使の李奎遠は王に召されましたことが『高宗実
録』や『承政院日記』に記されました。承政院とは王命や王への提言を取り扱
う官庁ですが、その公的な記録が『承政院日記』であり、現在 1623‐1894年
分の3047冊という膨大な史料が残されました。朝鮮は『実録』といい『承政院
日記』といい、記録を重視した国でした。
   さて、李奎遠は鬱陵島へ出発する前に王と面談しましたが、そのときのよ
うすが『高宗実録』と『承政院日記』に記されました。後者はその対話を高宗
19年(1882)4月7日条にこう記録しました。

        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  王曰く「近ごろ、鬱陵島に他国人がたえず往来して、かれらが占拠するまま
になっている弊害がある。また松竹島と芋山島が鬱陵島近辺にあるが、相互の
遠近や距離がどうであるか、またどんな物があるのかよくわからない・・・」

  李奎遠曰く「謹んで精一杯奉公します。芋山島はすなわち鬱陵島で、芋山は
昔の国都の名です。松竹島は一小島で鬱陵島との距離は30数里(12km)です。
その産物は檀香と簡竹であるといいます」

  王曰く「あるいは芋山島と称し、あるいは松竹島と称しているが、みな『輿
地勝覧』の所産である。また松竹島と称するが、芋山島とあわせ3島をなして
おり、それらの通称名が鬱陵島である。そのありさまをよく検察せよ・・・」

  李奎遠曰く「謹んで深く入って検察します。あるいは松島竹島と称する島が
鬱陵島の東にありますが、これは松竹島のほかに松島竹島があるということで
はありません」

ほたる,
検察使の李奎遠は王に召されましたことが『高宗実
録』や『承政院日記』に記されました   李奎遠曰く「謹んで精一杯奉公します。芋山島はすなわち鬱陵島で、芋山は昔の国都の名です。『承政院日記』に芋山島はすなわち鬱陵島で、芋山は昔の国都の名ですと記録されている以上はなあ,かくしようがないなあ、

「ウサン」と呼ぶみやこが むかしあった

投稿者: hotarutondekoi2006 投稿日時: 2006/06/10 09:59 投稿番号: [14609 / 18519]
http://www2s.biglobe.ne.jp/~halfmoon/hm095.html#No.694
いんよう,

   一方、前にも書きましたが、このころになると鬱陵島において日本人の侵
略が目にあまるようになりましたが、その現地状況を調べるために 1900年6
月、大韓帝国の内部視察官 禹用鼎と、日本の釜山領事館補 赤塚正助による合
同出張調査が行われました。内部とは内務省相当の官庁をさします。
   禹用鼎の報告にもとづいて、大韓帝国政府は鬱陵島強化策をたてました。「完了」

ほたる,
禹用鼎6月、勅礼41号10月,   長白山   鬱陵島の森林伐採権を手中にしたロシアは李朝のけつをひっぱたき日本人追い出しをせまった   李朝は禹用鼎調査報告にもとずいて急ぎ41号を公布した さて石島だが,
その前に鬱陵島には昔「うさん」と呼ぶみやこがあって今でも,うさん祭りが行なわれるそうです,

「ウサン」という名前

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2006/06/09 23:31 投稿番号: [14608 / 18519]

  「朝鮮時代には独島を“于山島”、“三峰島”、“可山島”、“可支島”などと呼んだ。」というのが韓国側の定説のようです。
(独島の真実)http://www.truthofdokdo.or.kr/jpn/main.html

  于山島とはつまり鬱陵島のことであるはずですが、鬱陵島には「ウサン中学校」という学校がありますね。これは、鬱陵島がかっては「ウサン」と呼ばれていたことの名残ではないのだろうか。
http://woosanms.co.kr/?main

  ただ、この学校の「ウサン」を漢字でどう書くのかは調べきれないので、今断定はできませんが。

  「ウサン」となりそうな漢字を想定すれば、于山の他に右山、雨傘、雨山、羽山、友産、優産などがありそうですが、韓国がまだ漢字を普通に使っていた時代にこの学校は何と表記されていたのか、気になるところです。


W杯開幕につき

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/06/09 10:12 投稿番号: [14607 / 18519]
  誠に勝手ながら、暫くおやすみします(笑)

  今大会の日本代表は、史上最強の日本代表と云っても過言ではない、素晴らしい可能性を秘めた好チームと云って良いでしょう。
  相手も強いのはW杯ですから仕方のないことですが、日本代表の健闘を祈ります。

Re: 石島は独島か?

投稿者: tuutuu32 投稿日時: 2006/06/08 22:31 投稿番号: [14606 / 18519]
昭和20年10月16日付け芦田均日記を見ると「地下鉄」とか書いており、新字体は戦前からよく使われていたというのは理解しました。でも、沈氏の報告書原本は旧字体でしょう。それが写しでは新字体になっている。とすると、忠実に写したものではないことになる。余計な文字も入った可能性もある。
このようなことを考え始めたのは、郡庁が台霞洞だと思っていたので、そこから百余里は、竹嶼でも構わないのではと考えたため。ところが、いつの間にか郡庁が道洞になっている。道洞起点であれば、竹嶼はちと近すぎる。しかし、沈氏が島内視察などせず、竹嶼に行ったことがなければ、島根県官吏が言う島と勘違いする可能性はある。その場合、百里の起点が問題になる。
本当に鬱島郡起点か。以上、素人の浅知恵かも知れないが、思考中です。

『朝鮮事件』をアップロードしました

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/06/08 21:43 投稿番号: [14605 / 18519]
素晴らしいです。

http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/archives/jijyo2a1-103-1.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/archives/jijyo2a1-103-2.jpg
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/archives/jijyo2a1-103-3.jpg


先ほどの話で、改めて安龍福事件を認識して頂けたかと思います。私はレベルの低い人間なので、「郵政民営化キャンペーン」でも、"どら息子"のたとえで財政投融資をご説明しております。下記にこのサイトの評判を掲載したいと思います。

==============評判開始==============

http://blog.livedoor.jp/cyber_geek/archives/50019594.html
郵政民営化について面白いサイトを見つけました。
こちら
スリムな行政を郵政民営化キャンペーン
頭の悪い私でもよくわかりました(w
どら息子(特殊法人)からクレジットカード(財政投融資)を取り上げるのは民営化しかない。佐賀空港も静岡空港もムネオハウスも要らない!
ふむふむ
私もそう思います。
日本の借金はただ出さえ753兆円もあるんですから。。。



http://plaza.rakuten.co.jp/yizumi/diary/200508290000/
昭和49年生まれの田中邦貴さん。この論客、はやく世間にデビューさせてあげたい。

「スリムな行政を 郵政民営化キャンペーン」
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/post/ (←クリック)
と題して、論点をじつに分かりやすく整理してある。

なかでも必見が
「郵政関連企業の暗部を検証する」
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/post/13.family.html (←クリック)

かの「綿貫民輔」翁が長男の綿貫勝介さんに社長をさせている「トナミ運輸」が郵便配送を大々的に請負って綿貫代議士一派の一大利権となっていることは、さいきんブログ界で有名になってきているが、

それだけではなく、

まさにストライクゾーン正面のところでいえば、

「日本郵政逓送」と「日本オンライン整備」という会社が、いかに郵政を利権化してしまっているかを分かりやすく指摘している。


それにしても、どうしてこういうことが新聞にはなかなか書かれないの?

(いま日本は3時過ぎですが、バンコクは1時すぎ。こちらでは昼休みは1時半までなのです。仕事中にブログを書いているわけではないのですよ…)


==============評判終り==============

郵政民営化キャンペーンのサイトは選挙期間中15万人以上のアクセスがありました。今まで自民党に投票したことが無かった人が、あのサイトで民営化の意義を理解し、自民党300議席の勝利の一助になったとこと、心より嬉しく思います。

Re: 石島は独島か?

投稿者: tuutuu32 投稿日時: 2006/06/08 21:18 投稿番号: [14604 / 18519]
おっと、「これらの字体は戦後の文字改革によって誕生したものだが、このときに全く新しく考案された字体ではなく、戦前から広く手書きの際には普及していた略字である。」とwikipediaにある。ということは新字体と旧字体が韓国で戦後の一つの文書に入り交じっても不思議はないのかなあ。やはり原本見てみたい。

安龍福は村上ファンドと同じですね。

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/06/08 21:14 投稿番号: [14603 / 18519]
ホリエモンが逮捕させたとき、村上ファンドにも検察の手が及ぶような気がしていましたが、やはりそうなりましたね。村上氏の記者会見を見ていて、ふと、朝鮮時代に日本に越境侵犯した安龍福のことを思いました。下記のようになります。


===========安龍福の会見===========


龍福「朝鮮政府にもロジックがあって、龍福さん、あなた越境侵犯しちゃったでしょ?と。そう検察に言われれば、越境侵犯しちゃってるんですよ。こりゃ、しゃーない。」

記者「どうして今回このようになったと思いますか?」

龍福「たぶんめちゃくちゃ儲けたからでしょ。確かに鬱陵島へ行って魚捕ったり竹材を伐採して、めちゃめちゃ儲けましたよ。でもお金儲けって悪いことですか。僕はそうは思いません。東海(トンヘ)の資産価値を上げようとしてやったんです。それの何が悪いんですか?」

記者「同じ六本木ヒルズに住む朴於屯(パク・オトン)氏に、一緒に海運事業やりませんか?と、そそのかしたというのはホントですか?」

龍福「確かに僕は彼に会って色々話をしました。でもそそのかしたというのは事実ではありません」

記者「今後、龍福さんの身の振り方というか、今後どうするつもりですか?」

龍福「僕は海運業のプロとしてやってきたわけですけど、法律を犯した以上、もうこの世界に僕はいちゃいけないと思うので、基本的に今日をもって、この世界から身を引きます」

===========安龍福の会見・終===========


安龍福へ
あなたは会見でベラベラ喋って独演会状態でしたね。お陰で死刑を免れて島流しに減刑されました。村上氏はシンガポールから帰国したときは、成田でもなく関空でもなく中部セントレアから帰国しました。あなたも、通常であれば鬱陵島に近い江原道の港町に帰ってくる筈だったのが、意表をついてプサンから帰国しました。ど〜なっちゃってるんでしょうか?
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/

Re: 石島は独島か?

投稿者: tuutuu32 投稿日時: 2006/06/08 20:42 投稿番号: [14602 / 18519]
jaian918さん   貴重な資料ありがとうございます。沈氏の報告書(写)初めて見ました。ちょっと意外なのは、江原道観察使の文章(原本)と若干違いがあったことです。写しの方には「外洋百余里」の上に「本郡」が記載されているのに、江原道観察使の文章にはありません。また、写しは「本郡(部?)所属」と明確に読めますが、江原道の方は「本郡(部?)?属」です。これは、単に私が読めないだけかも。また、写しは「巖八郎」が「岩八郎」等、新字体が使われているのも何か変。いつ写されたものなのか。この資料のトップも「独」となっている。一体何なんだこの資料は・・・。   日本の新字体を韓国でも使ったってこと?検討しがいのある資料ですね。さて、本当は「本郡(部?)」がなかったとすると、鬱陵島の外洋百余里という通説も少しゆらぎませんかね。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/06/08 20:09 投稿番号: [14601 / 18519]
  te2222000さん

  目の前に高麗が見えるのですから「竹島および松島」が日本でなければ、自ずと
高麗(朝鮮)のものになってしまいます。「日本の地ではないが、日本人だけが経済
活動を行い得る地域」とは隠州地元民にとって空論ではないでしょうか。

  封建制度の下で勝手に自藩の領地を拡げられない訳ですから、日本の北西端に
位置する「竹島および松島」は幕府の領地(日本)に帰結します。ここで「此州」を
「この地域」と判読すれば、無人島であっても難点はないと思われます。

  当該部分の文脈から判断しますと、直前に「此二島」とありますので、「此州」を
「竹島および松島」と受けとめることに難点はありません。私のもともとの受けとめは
ここから来ています。文脈からこう受けとめた上で、#14557は別の切り口(動機的面)から
の検証を試みたものです。

  最後のところは、分かり難い文で申し訳ありません。【   】を追加、修正しました。

  斉藤豊仙の狙いは、〜に繋がるものと想像しています。
【明治20年内務省通達により竹島(現鬱陵島)は朝鮮の領土とされたので】
松島(現竹島)だけについてですが、
【明治37年】中井養三郎によって【中央政府への請願が】実行され、
【明治38年】漸く島根県への編入が実現されたこと

                          shuku_remus

Re: ナチスばりの虚偽を平然と言いふらす韓

投稿者: nannkurunaisa99 投稿日時: 2006/06/08 09:47 投稿番号: [14600 / 18519]
大丈夫です、日本は腹をくくりました、

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=a4bfa4aba4ac4z9qa1a2a45a4la4i4z9 qa1a3bcra4nbaha4ka1aa&sid=1835396&mid=1893

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=76555&servcode=200§code=2 00

日本海上保安庁「韓国の独島海流調査時には巡視船を出動」

日本海上保安庁は、来月に予定された韓国政府の独島(ドクト、日本名・竹島)周辺海流調査で、日本側が主張する排他的経済水域(EEZ)が調査範囲に含まれた場合、巡視船を出動させる方針だと、7日、明らかにした。

海上保安庁の石橋幹夫警備救難部長はこの日、衆院外務委員会で「日本側EEZ内で調査活動が確認されれば、巡視船などを出動させて調査中止を要求するなど、必要な措置をとる」と述べた。

Re: 石島は独島か?

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/06/07 21:34 投稿番号: [14599 / 18519]
>郡庁は、勅令にある台霞洞?それとも道洞?

「竹島及鬱陵島」(奥原碧雲)によれば、すでに道洞のようですね。

>No14570は、江原道観察使が参政大臣に報告した文書のようですが、ハングルが入ってよく分かりません。

概要はこちらで紹介されています。
http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/rensa.html
韓国語はこちら・・・   40) で引用されてます。(漢字が多いので機械翻訳でも大体の意味はわかると思います)←若干誤字他ありますが(^^;
http://i815.or.kr/media_data/thesis/1997/199712.html

>そういえば沈氏自身の報告文書は見たことがないような。

戦後の写しですが・・・
http://www.archives.go.kr/gars/dokdo_home/popup_view.asp?seqno=1&lgubun=1&am p;mgubun=1&sub_page=13

>江原道の外洋百余里とも読める可能性があるのか

着想は面白いと思いますが、江原道観察使の報告事態が鬱島郡主の報告の引用として「外洋百余里」と書いているようですから、鬱郡の外洋と解釈するのが自然に思えます。

「竹島問題」で韓国は内戦状況に?

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/06/07 21:22 投稿番号: [14598 / 18519]
親北勢力は、「核武装した統一朝鮮」によって竹島不法占拠を続け、自分たちのドロボー行為を開き直り、日本に刃向かい、日本の解決要求をはねつけようとしているように見える。韓国現政権は、もう片足半分はその路線に乗せており、そのため理性をかなぐり捨て、恥を恥とも思わないで日本に敵対姿勢を向けてきている。「朝鮮半島の非核化」などするつもりはさらさらないのが本音だろう。

しかし、それは、韓国民に対して、豊かな経済と文明を捨てさせて北朝鮮と一体化することを強いる(だましてその道に連れ込む)ものであり、韓国国民の半分は離反するだろう。

韓国は、自らはじめた竹島不法占拠と、虚偽による韓国民洗脳を、そろそろやめないと、自らはじめたデマゴギーによって自縄自縛になり、今後ますます親北勢力によって「北朝鮮化」に引きずり込まれ、挙句の果ては第2次朝鮮戦争を引き起こしてしまうだろう。

ナチスばりの虚偽を平然と言いふらす韓国

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/06/07 21:03 投稿番号: [14597 / 18519]
韓国が唯一拠所とするのは、「竹島はもともと朝鮮領だったのに、日本が日露戦争と朝鮮植民地化への準備として領土編入した」という大嘘だ。韓国外交官は世界各国でこの「植民地化されるときに日本に奪われた」というデタラメな話を吹聴して回っているらしい。

その目的は、世界の国々の「無関心と無知」に付け入って、誤解にもとづく「同情」を買おうとするものなのだ。その実際の「効果」についてはよくわからないが、ウソやデマも何十年もつき続けれいれば、「真実」と誤解する人々も出てくるだろう。ナチスのやり口と同じ。

そこには、日本がこれまで「韓国による竹島不法占拠」について十分な広報を行ってこなかったことも、韓国がつけいる隙を与えている。

日本は、韓国のナチスばりのデマ宣伝を終わらせるため、そろそろ腹をくくって立ち上がるときだ。彼等のあまりにも度が過ぎた虚偽とデマをこれ以上放置すれば、笑って済ませない実害がますます大きくなっていく。

竹島不法占拠を終わらせよ

投稿者: uyokujanaimonn 投稿日時: 2006/06/07 20:46 投稿番号: [14596 / 18519]
韓国による50年以上にわたる竹島不法占拠の事実をもっと世界中に知らせないといけない。

同時に、韓国によるペテン的「既成事実化」の動きがあれば、どのような手段を用いても止めさせるべきだ。どのような手段を用いても国民は支持する。

なんなら韓国が強硬な行動に出てきたら撃沈してよい。






EEZ内なら中止要求   海保、韓国の竹島調査で

  海上保安庁の石橋幹夫警備救難部長は7日午前の衆院外務委員会で、韓国政府が7月に予定している竹島(韓国名・独島)周辺での「海流調査」について、日本主張の排他的経済水域(EEZ)内で行われた場合、巡視船を出動させるなどして調査活動の中止を求める方針を示した。
  石橋氏は「当該船舶の調査活動を確認した場合には、巡視船などにより厳重に中止要求を行うなど所要の措置を講ずるとともに外交ルートにより申し入れを行う」と述べた。

  また塩崎恭久外務副大臣は、12日から約6年ぶりに再開される日韓両国のEEZ境界線画定交渉に関して、4月に日本の海洋調査計画をめぐり両国が対立したような事態を避けるため「(両国で)ルールができればいいと思っている。その方向で進めるように指示している」と述べた。

  自民党の新藤義孝氏への答弁。

(06/07 14:59)【SankeiWeb】

Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2006/06/07 19:38 投稿番号: [14595 / 18519]
DNAそのものが   劣化コピーですから・・・・・(檄藁

Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/06/07 10:15 投稿番号: [14594 / 18519]
まったく他人の「改正」された地図を劣化コピーだというんだったら于山島(獨島)の「真正」な地図を出しなさいよ.
おたくらの地図は劣化コピーどころかデタラメだらけじゃないの.

郡守沈興澤にしても,ダメ役人の心理まで,親切に踏み込むんだったら日本側の主張にも十分以上の説得力があるよ.

まったく勅令といっても,中央も地方も拘る価値すらない私信程度のものだって言ってるようなものだ.

いいかげんな国のいいかげんな話をもっともらしく解釈するしかないのか?

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/06/07 07:05 投稿番号: [14593 / 18519]
shuku_remusさん

コメントありがとうございます。

>>>
(a)「此州」は「隠州」を指し、「隠州」は「竹島および松島」を含まない。
(b)「此州」は「隠州」を指し、「隠州」は「竹島および松島」を含む。
(c)「竹島および松島」よりなり「日本の北西に位置する名無しの地域」を指す。

(中略)

上記(a)は「俗言磯竹島多竹魚海鹿」を前にしてみすみす「竹島および松島」をあきらめる
とは信じられないので没。
<<<

何度か書いたように、私の考える隠州視聴合紀の領土認識は「隠岐までが日本の地である」「竹島、松島は日本の地ではないが、日本人だけが経済活動を行なっている土地である」というものです。そして、この解釈でも別に竹島および松島をあきらめているとは思わないので、上記の理由で(a)を没にするというのは、ちょっと納得がいきません。

ひょっとすると「竹島および松島をあきらめる」という文言から想起する内容が私とshuku_remusさんで異なるのかもしれません。よかったら、その辺りをもう少し具体的に説明していただけますでしょうか。

>>>
上記(b)に出来ないので、止むなく、上記(c)幕府の領地(日本)として申し立てしたもの
と思います。
<<<

(c)に関する難点としては、以下のようなことが挙げられます。

(イ) 日本六十余州に含まれない新たな州を勝手に想定し、それを説明抜きで使ったこと。

(ロ) 行政組織の存在しない無人島を「州」としたこと。

(ハ) 国代記の当該部分の文脈で「この州」と言えば、多くの人は「隠岐州」ととるであろうことは明白なのに、何の説明もなく「この州」と書いたこと。


確かにこれらは完璧に(c)を否定するものではないので、これらと(a)あるいは(b)の持つ難点と比べた時にどれが最も穏当であるかという判断になるとは思います。

私は、上記のように (a)に左程難点を感じないこと、ここに挙げなかった諸々の考察からも(a)が適切だ感じていることから、今のところ(a)を支持しています。

>>>
斉藤豊仙の狙いは、松島(現竹島)だけについてですが、
<<<

すみません、これ、私の認識と随分異なります。
よろしかったら、もう少しご説明いただけませんか。

Re: >Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/06/07 06:12 投稿番号: [14592 / 18519]
husenoyajiさん   ありがとうございます。

当時の韓国語を母国語とする人たちの間で   tok:いし   →   獨   がありうる話であったのか、母国語が韓国語でない私には断定はできませんが、日本語の感覚だと「tokが石のことだとわからない人が獨の字を当てた」というストーリーでないと考えにくいですね。

Re: >Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/06/06 23:19 投稿番号: [14591 / 18519]
ararenotomoさん、jaian918 さんこれは大変失礼しました。
過去ログを調べました。
jajannさんの言われるとおりですね。

だとすると、吏読説も石島=竹島説もなおさら怪しくなります。
もともと石島で、石をDok   やSokと当地で読むのであれば、当て字をする必要がないですね。

必要がない上に、石島表記が世論の中に出てこない理由がなおさらなくなります。

方言の発音を知らない誰かが獨島と当て字してそれが日本の報告以前に広がったとする苦しい解釈しかありません。

Re: 石島は独島か?

投稿者: tuutuu32 投稿日時: 2006/06/06 23:06 投稿番号: [14590 / 18519]
郡庁は、勅令にある台霞洞?それとも道洞?   郡庁は移った?
それで、郡守沈興澤がいう独島は、本当に今の独島?
No14570は、江原道観察使が参政大臣に報告した文書のようですが、ハングルが入ってよく分かりません。本郡所属の独島の所在は鬱陵島(台霞洞又は道洞起点)の外洋百余里としか考えられないのか、それとも江原道の外洋百余里とも読める可能性があるのかよく分かりません。今、沈氏が竹嶼を島根県官吏がいう竹島と勘違いした可能性について考えています。そういえば沈氏自身の報告文書は見たことがないような。

Re: >Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/06/06 21:23 投稿番号: [14589 / 18519]
>私のコメントは勝手につけてるだけですので、今までどおりスルーしてください。

申し訳ないですが、私が勉強不足のため教えてください。

>石島が形状から来た名前であるという説は、獨島の吏読であるとする説と矛盾します。

私の理解では、「石島=獨島」説では石の全羅道方言を根拠にして
①形状から「いしのしま」(標準語:tol-soem、全羅道方言tok-soem)と呼んだ。
②1900年以前の調査でtok-soemを漢訳して「石島」とした。
③一方、tok-soemのtokを音から獨と表記した。
④このような例は他にもたくさんある。
という感じのものばかりと理解していたのですが、
吏読説というのは、
①’離れ小島の意味で「獨島」と表記していた。
②’tok は全羅道方言で石の意味なので、「石島」と漢訳。
という理解でよろしいでしょうか?

どちらも以下の理由で説得力に欠けると思うのですが・・・・
①は獨島/竹島以外にも成り立つ
③④は音から「獨」の字を当てたのが現地の人かどうか疑問
②'はその他の地名(チュクド/竹島など)を比較的正確に漢訳していることから、獨島だけ誤訳?したと考えにくい。

Re: >Re: 石島は観音島か

投稿者: jaian918 投稿日時: 2006/06/06 20:41 投稿番号: [14588 / 18519]
>当時の大韓帝國は勅令で公式に太陽暦を採用していましたが、彼はその報告書の日付に堂々と(勅令に反する)太陰暦を記していますね。

気づきませんでした。確かに「陰三月五日」ですね。島根県一行の来島が1906年3月28日(旧暦3月4日)ですから日付も丁度合いますね。
おっしゃるとおり、現在の感覚からすると結構いい加減な人だったのですね。
独島=石島の認識があったかどうかもわからないですね^^;

それはともかく、報告を受けた中央政府側が「独島」が勅令41号の「石島」と認識することは不可能なような気がしますが、どういう見方をされていますか?
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