Re: >Re: 石島は観音島か
投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/06/05 23:52 投稿番号: [14580 / 18519]
>「本郡所属の獨島」が「今、日本の領地になった」と報告したことこそ、勅令の「石島」が竹島(独島)を指すものであった何よりの証拠と思います。
鬱陵島が郡になったのは勅令からですので、この文言は勅令を受けている可能性を確かに示唆します。
と同時に勅令を受けているならなぜ獨島なのかという矛盾が発生します。
>勅令に拘らず、鬱陵島民が広く使っていた獨島と書き、取り急ぎ報告したのでしょう。
とその矛盾は推測で解消してしまう。それは韓国論法ですよ。
どちらも可能性にすぎません。
何よりの証拠ではなく、たったひとつ勅令の痕跡とも解釈しうる要素にすぎません。
それに、問題は郡守だけでなく、当時の世論にどこにも石島と于山島と勅令が出てこないことです。
そんな資料があればとっくに登場しているはずです。
于山島=倭の松島という説は有力な説として存在したはずなので、全くの矛盾です。
勅令の事後アリバイの不在は根が深いのです。
獨島が于山島だという主張の存在は1905年当時ですら確認できないのです。
これらを矛盾なく解釈するためには、当時は于山島=倭の松島=近傍の小島
であり、獨島も距離から言って自国領だという認識が生じたが、別島だと認識していたと考えるしかないです。
そして日本の登場により新規に認識したからこそ獨島すなわち離れ小島と命名されたのです。
これも、推測にすぎませんが、もっとも合理的な推測です。
これは メッセージ 14577 (ararenotomo さん)への返信です.
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