Re: よく分かる『隠州視聴合記』
投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/06/11 06:42 投稿番号: [14613 / 18519]
ご返答ありがとうございます。
shuku_remusさんにならい、言葉の面と動機の面に分けて書きます。
先に、言葉の面から論じることにします。
私は前回、「此州」を「竹島と松島」とする解釈について以下の問題点を挙げました。
(イ) 日本六十余州に含まれない新たな州を勝手に想定し、それを説明抜きで使ったこと。
(ロ) 行政組織の存在しない無人島を「州」としたこと。
(ハ) 国代記の当該部分の文脈で「この州」と言えば、多くの人は「隠州」ととるであろうことは明白なのに、何の説明もなく「この州」と書いたこと。
これらに対するshuku_remusさんのご意見は次のようになると理解しましたが、よろしいでしょうか。
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(イ)(ロ)については、「州」が「地域」を意味すると考えれば別に問題ではない。
(ハ)についても「州」を「地域」の意味で考えれば、直前の「此二島」を「此州」で受けることに不自然さはない。したがって『多くの人は「隠州」ととる』ことが明白だとは言えない。
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確かにこれらは一理ある議論で、私が前回「これらは完璧に(c)を否定するものではない」と書いたのも、漠然とではありますが、このようなことを感じていたためです。
これは、つまるところ、隠州視聴合紀の文脈で「州」を「地域」の意味で考えることの妥当性の問題に帰着すると思います。
もっ詳しく言えば、「州」という文字を一般的な「地域」の意味で、従来の日本六十余州の区分けとは異なる地域に使うことが、17世紀の地誌の文章としてどの程度普通のことなのか、という問題です。
そして、これについて結論を出すためには、同時代の他の地誌における「州」の用法の研究が必要なので、今の私としては積極的な肯定も否定もしません。
ただ、次の点から消極的な否定の立場を取ります。
* 「此州」という言葉は、先行する○○州という言葉を受けるのが最も自然であり、その解釈に相当の問題がある時に限り、他の解釈を考えるのが素直な思考であること。そして、この解釈に関して「相当の問題」は無いと思うこと。
* 隠州視聴合紀の他の個所では、説明無しに「此州」が「隠州」の意味で使われていること。
* 「此二島無人之地」の記述は、二島が日本の地ではない理由として書かれていると考える方が、本文と割注の使い方から考えて適切であること。
次の動機の面ですが、これは上に書いた「相当の問題」の有無に関係してくるので、疎かにできない論点です。
さて、私なりにshuku_remusさんの議論を次のようにまとめてみました。
(i) 竹島・松島を日本の領土として主張しておかないと、将来朝鮮に取られる可能性があると斉藤豊仙は考えた。
(ii) 竹島・松島を朝鮮に取られる事態は、斉藤豊仙にとって許容できるものではなかった。
(iii) したがって、斉藤豊仙は自著においても竹島・松島を日本の領土として記述した。
このまとめは shuku_remusさんのお考えと一致しているでしょうか。一致しているのであれば、これに基いて、特に(i)に対して、反論させていただこうと思います。
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最後のところは、分かり難い文で申し訳ありません。【 】を追加、修正しました。
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ご説明ありがとうございます。私が「狙いは、松島(現竹島)だけ」と区切ったのが読み間違いで、「松島(現竹島)だけについて、…実行され、…実現された」という文章だったのですね。
shuku_remusさんにならい、言葉の面と動機の面に分けて書きます。
先に、言葉の面から論じることにします。
私は前回、「此州」を「竹島と松島」とする解釈について以下の問題点を挙げました。
(イ) 日本六十余州に含まれない新たな州を勝手に想定し、それを説明抜きで使ったこと。
(ロ) 行政組織の存在しない無人島を「州」としたこと。
(ハ) 国代記の当該部分の文脈で「この州」と言えば、多くの人は「隠州」ととるであろうことは明白なのに、何の説明もなく「この州」と書いたこと。
これらに対するshuku_remusさんのご意見は次のようになると理解しましたが、よろしいでしょうか。
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(イ)(ロ)については、「州」が「地域」を意味すると考えれば別に問題ではない。
(ハ)についても「州」を「地域」の意味で考えれば、直前の「此二島」を「此州」で受けることに不自然さはない。したがって『多くの人は「隠州」ととる』ことが明白だとは言えない。
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確かにこれらは一理ある議論で、私が前回「これらは完璧に(c)を否定するものではない」と書いたのも、漠然とではありますが、このようなことを感じていたためです。
これは、つまるところ、隠州視聴合紀の文脈で「州」を「地域」の意味で考えることの妥当性の問題に帰着すると思います。
もっ詳しく言えば、「州」という文字を一般的な「地域」の意味で、従来の日本六十余州の区分けとは異なる地域に使うことが、17世紀の地誌の文章としてどの程度普通のことなのか、という問題です。
そして、これについて結論を出すためには、同時代の他の地誌における「州」の用法の研究が必要なので、今の私としては積極的な肯定も否定もしません。
ただ、次の点から消極的な否定の立場を取ります。
* 「此州」という言葉は、先行する○○州という言葉を受けるのが最も自然であり、その解釈に相当の問題がある時に限り、他の解釈を考えるのが素直な思考であること。そして、この解釈に関して「相当の問題」は無いと思うこと。
* 隠州視聴合紀の他の個所では、説明無しに「此州」が「隠州」の意味で使われていること。
* 「此二島無人之地」の記述は、二島が日本の地ではない理由として書かれていると考える方が、本文と割注の使い方から考えて適切であること。
次の動機の面ですが、これは上に書いた「相当の問題」の有無に関係してくるので、疎かにできない論点です。
さて、私なりにshuku_remusさんの議論を次のようにまとめてみました。
(i) 竹島・松島を日本の領土として主張しておかないと、将来朝鮮に取られる可能性があると斉藤豊仙は考えた。
(ii) 竹島・松島を朝鮮に取られる事態は、斉藤豊仙にとって許容できるものではなかった。
(iii) したがって、斉藤豊仙は自著においても竹島・松島を日本の領土として記述した。
このまとめは shuku_remusさんのお考えと一致しているでしょうか。一致しているのであれば、これに基いて、特に(i)に対して、反論させていただこうと思います。
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最後のところは、分かり難い文で申し訳ありません。【 】を追加、修正しました。
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ご説明ありがとうございます。私が「狙いは、松島(現竹島)だけ」と区切ったのが読み間違いで、「松島(現竹島)だけについて、…実行され、…実現された」という文章だったのですね。
これは メッセージ 14601 (shuku_remus さん)への返信です.
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