竹島

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Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/01/07 07:44 投稿番号: [12400 / 18519]
nvdvf_ex さん

> 以上のことから、竹島=鬱稜島と外一島=知らない島は、
> 日本の版図にはない。という意味である。
>
>当時の松島(現:竹島)を放棄していない。
>松島を放棄するなら、外一島と表現するのはおかしい。
>外一島とせずに松島とすればよい。

経済的価値からいって、竹島(鬱陵島)と松島(現竹島=独島)の関心度に大きな隔たりがあり、竹島(鬱陵島)についての質問が主要であるため「竹島外一島」という表現になったと考えれば、別におかしくないのではないでしょうか。

また、nvdvf_ex さんは、1877年の時点でも太政官にはリアンクール岩(現竹島=独島)が日本領であるという意識があったとお考えなのでしょうか?   よろしければ教えてください。

太政官指令と江戸時代の松島領有意識

投稿者: te2222000 投稿日時: 2006/01/07 07:32 投稿番号: [12399 / 18519]
年末年始に外一島の問題について少し考えたことを書きます。

まず、私は#12378で、「太政官は、元禄の竹島一件で幕府の放棄した『竹島』が、島根県の伺い書にある『竹島』『松島』のどちらだと思っていたのだろう」という疑問を書きましたが、これは全く私の勉強不足でした。島根県の出した地籍編纂方伺には、竹島について「元和四年ヨリ元禄八年マテ…毎歳渡海」と明確に書いてあり、竹島一件の「竹島」がこの島であることは紛れる余地がありません。

さて、太政官は竹島外一島の判断に当って、江戸時代の記録を調べたことは疑い無いので、その中に「隠岐北西の松島という島」についてどのような記述があったかを推測してみました。

可能性としては以下の四つがあります。

a. 「松島」に関する記録はない。
b. 「松島」に関する記録はあるが、どこの国の領土かは明確でない。
c. 「松島」が日本領であることを示す記録がある。
d. 「松島」が朝鮮領であることを示す記録がある。

しかし、このうち c はあり得ないと思います。
cのような記録があれば、そこには「松島」の島名、隠岐や竹島との相対位置、大きさ、植生、生態などのうち、全てではなくてもかなりの情報がある筈ですし、それらは皆、「由来の概略」に記された外一島の説明とよく一致するでしょう。
そうであれば太政官は、「江戸時代の記録にある松島」と「島根県伺い書の外一島」が同じ島と判断する筈ですし、だとすると竹島外一島を版図外とした太政官指令と矛盾します。


つまり、太政官が松島をダジュレー島と思ったにせよリアンクール岩と思ったにせよ、以下のことは確実に言えるということです。

●明治政府が調べた江戸時代の記録の中に、松島が日本領であることを示す記録は無かった。

竹島一件以降、江戸幕府に松島の領有意識があったかどうかは時々論争になりますが、1877年の太政官指令は領有意識が無かったことの証拠になると思います。

そして、これは江戸時代が終わった直後に、幕府の文書をほぼそのまま継承した明治政府が、「版図の取捨は重大の事件」という認識を持って調査した結果ですから、信頼性の高い証拠と言えそうです。


ところで、残るa, b, d の可能性については、今のところ私はどれとは断定できません。

私は #12378では、dのみを考えて『「元禄の竹島一件で日本は竹島と松島の両方を放棄した」という認識』の可能性に触れましたが、ahirutousagi2さんのご指摘を踏まえて考え直すと、aやbの場合であっても、太政官指令の内容と矛盾しないと思います。

東海(日本海)沿岸の漁獲量が減少している

投稿者: jaway 投稿日時: 2006/01/07 01:29 投稿番号: [12398 / 18519]
密漁など環境犯罪が大幅に増加
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/06/20060106000060.html
--------
韓国漁船をもっと制限しなきゃね。

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: nvdvf_ex 投稿日時: 2006/01/05 01:33 投稿番号: [12397 / 18519]
本来、「?島=アルゴノート島」と「竹島=鬱稜島=ダージュレ島」と「松島=現:竹島」
  ※   アルゴノート島とダージュレ島はいずれも鬱稜島である。
    西洋の地図の誤記。

「竹島=アルゴノート島」「松島=鬱稜島」と誤った地図が出回る。

以上のことから、竹島=鬱稜島と外一島=知らない島は、日本の版図にはない。という意味である。

当時の松島(現:竹島)を放棄していない。
松島を放棄するなら、外一島と表現するのはおかしい。
外一島とせずに松島とすればよい。

後に「実在しない島=アルゴノート島」「松島=鬱稜島」となった。
   現:竹島はというとリアンクール島がこれにあたる。

   リアンクール島は日本が実効支配をしていて、先占が確認できた。
   竹島と命名して、リアンクール島を正式に版図に組み入れた。

   南下政策のロシアなどの欧州列強に占領されないようにするためである。

竹島(独島)とされているが、
独島=干山島ならば、独島=鬱稜島である。

干山島には、人が住み、かつて国があったのだ。
「干山島=鬱稜島」であろう。

捏造は止めて、さっさと不法占拠を止めなさい。
日本は、不法占拠の対して、何もしていないというがこれも嘘!
毎年、抗議と竹島海域に海自船が航行している。
不法占拠以降、日本が竹島を放置した年はないのだ。

内藤正中氏の著書の韓国語版

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2006/01/03 22:30 投稿番号: [12396 / 18519]
   半月城です。

   内藤正中氏の著書『竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史』(多賀出版)の韓国語版が下記のように出版されましたので紹介します。

内藤正中著、權五曄・權静(翻訳)『獨島と竹島』(韓国語)ジェイ エン シー出版,2005

   原書は古文書を含むだけに翻訳には苦労したようで、出版まで2年間かかったとのことでした。なお、韓国語版には内藤氏の下記論文も巻末に掲載されました。

1.内藤正中「竹島は日本固有領土か」『世界』2005.6月号
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/naitou2005.pdf
2.内藤正中「隠岐の安龍福」『北東アジア研究』第22号,2005
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/naitou2005B.pdf
3.内藤正中「角輪組の朝鮮江原道漁業進出」『北東アジア研究』第21号,2005
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/naitou2005C.pdf

   なお「隠岐の安龍福」は、最近 隠岐で発見された下記の史料「元禄九丙子年 朝鮮舟着岸 一巻之覚書」を解説した論文です。
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/shisho_jpn/an_yongbok.pdf

竹島・靖国の解決に日本は努力を=韓国外

投稿者: jaway 投稿日時: 2006/01/02 13:21 投稿番号: [12395 / 18519]
総総ロ司法の場に出てこいってば。すぐに解決してやるから。
------ -
竹島・靖国の解決に日本は努力を=韓国外相
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060102-00000014-jij-int

急いで名前を付けます・・・

投稿者: amanattousuki2003 投稿日時: 2005/12/31 08:06 投稿番号: [12394 / 18519]
公式名称じゃなかったのか・・・

無理やり名前を付けたんだろうな。

「先月見つかった古い文献によれば・・・」とか、
「昔から言い伝えられてきた話によれば・・・」

というように、急にいろんなところから沸いてくるのは間違いないでしょう(笑)

・・・・・・・・・・・・・・・・
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=71221&servcode=400§code=400

独島周辺の島など22カ所に新しい名前

独島(ドクト、日本名・竹島)周辺の小さな島と洞窟、峰など22カ所に公式名称がついた。

建設交通部国土地理情報院は最近、中央地名委員会を開いて独島(ドクト、日本名・竹島)付属島しょ22カ所と全南(チョンナム)海岸の無名島しょ71カ所など223カ所の土地の名前を整備したと30日、明らかにした。

独島(ドクト、日本名・竹島)周辺の付属島しょは東・西島を除いて89だが、このうち由来、面積、形態の特異性を考慮し、まず22カ所に名前を付けた。

独島北側に位置した島は大きなカジェ岩、その右の島は小さなカジェ岩とそれぞれ命名された。

2カ所は現地語でオットセイを意味する「カジェ」がしばしば出没し、今でも漁民らの間ではカジェ岩で通じる。

東・西島間の鶏岩は漁民宿舎から見ると鶏が卵を抱いた形なので、それに由来した。ムカデ岩は「イ・ジンヘ」という漁民がワカメを採取した所で住民たちが音のまま呼んでいる。

このほかに燭台岩、扇岩、顔岩、韓半島岩、象岩などは島の模様より付けられた

国土地理情報院はこのほかに白頭(ペクトゥ)山脈の日本式指名4カ所を訂正した。全羅北道長水郡(チョルラブクド・チャンスグン)のキッテ峰はクシ峰に、慶尚南道咸陽郡(キョンサンナムド・ハムヤングン)九坪(九坪→亀坪)、全羅北道長水郡(チョルラブクド・チャンスグン)のクラク(九洛→鳩落)とヨンゲ(龍渓→龍鶏)は漢字表記を直した。

国土地理情報院は今回確定告示された地名をこれから国家基本図に表記し、活用する予定だ。

ホ・クィシク記者 <ksline@joongang.co.kr>
2005.12.30 16:50:11

海はゴミ投棄場ではない

投稿者: jaway 投稿日時: 2005/12/30 20:28 投稿番号: [12393 / 18519]
こっちにも貼っておこう。
------ -
海はゴミ投棄場ではない――とても深刻な海洋投棄
http://www.janjan.jp/world/0512/0512280049/1.php

Re: ブログ見ました。

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2005/12/29 11:15 投稿番号: [12392 / 18519]
> 対馬に関しては、韓国政府は領有権を主張していない。
> はっきりと否定しています。

確かに韓国政府は今年、馬山市の「対馬の日」制定について対馬の領有根拠について
国際法的根拠はないと明言していますが。
わずか50年ほど前には連合国に対して、独島、波浪島、対馬島を韓国領にするよう
求めていました。
つまり韓国政府はこのとき、この3つの島が韓国領に含まれないことを「知っていた」。

対馬には根拠がない。
波浪は存在しない。
では、独島の領有根拠はなんですか?

Re: ブログ見ました。

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2005/12/29 10:47 投稿番号: [12391 / 18519]
彼(彼女?)の指定したブログにそういう主張があったので、軽い文章で反駁したのです。
http://blogs.yahoo.co.jp/yamatonadesiko505/20348065.html

こんなちょっと前の私のよけいなチャチャより、「別の島という余地はない」というあなたの
本筋の意見について生産的な議論が今現在展開されていますよ。そちらに参加されてはいかがですか。

diedielove999さんはyamatonadesiko505さんの主張について誤解があるようです。
彼はこんなことも同じブログ内で述べています。あなたの嫌いな二言、三言する人ではないですか。
http://blogs.yahoo.co.jp/yamatonadesiko505/folder/892297.html

ちなみに私の主張は日本は竹島(独島)を捨てた可能性もあるかもしれないが、韓国を
保護国化していく課程で韓国を精査していったら、竹島が無主の土地であることが
わかって、日本が1905年に領土に編入したというのが私の考え。

>ちなみに独島博物館の野外展示場にある「対馬本是ウリタン」という記述には、
>対馬は元は我らのものであった、という意味しかありません。
>これは、完全な過去形であって、現在も、未来に対する意志も全く含んでいません。
チャチャを一つ。
独島にわざわざ無関係の対馬について、こんなことを記述する碑があること自体、
邪な意志があるとしか考えられない。
併合時をもって「朝鮮は元は我らのものであった」という碑をたてて平気な韓国人がいるかね。

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/29 07:18 投稿番号: [12390 / 18519]
ahirutousagi2さん

> チュドさんの書き込みへの批判については揚げ足とりという気がします。

チュドさんというのは   tydkemvoさんのことですね?(そうかなとは思いましたが、前の記事を読んだ時点では確信がなくて)

申し訳ありませんが、私はtydkemvoさんのお名前から、氏が過去に外一島に関して書いた記事内容が浮かぶ程には、よく存知上げませんでした。名前で検索はしましたが、ごく最近のものしか出てきませんでした。なので、#12381 の記事だけから判断しましたし、その限りでは、判断の内容が間違っているとも思いません。

しかし、その文章表現においては、ahirutousagi2さんのご指摘にあるように反省すべき点が多々ありました。tydkemvoさんには失礼の段、お詫びします。

後半の本題については、少し考えてから書きます。

Re: ブログ見ました。

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/12/29 03:45 投稿番号: [12389 / 18519]
対馬に関しては、韓国政府は領有権を主張していない。
はっきりと否定しています。

非生産的な誤解はやめましょう。

ちなみに独島博物館の野外展示場にある「対馬本是ウリタン」という記述には、
対馬は元は我らのものであった、という意味しかありません。
これは、完全な過去形であって、現在も、未来に対する意志も全く含んでいません。

う〜ん、ややこしい

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2005/12/29 00:51 投稿番号: [12388 / 18519]
竹島問題のややこしさは島名の変遷と混乱という問題があります。

明治10年当時はフランスやイギリスなど西洋の海洋調査と発見の情報が錯綜し、日本側にも地理上の認識の混乱があり、韓国(朝鮮)側にも于山武陵1島説と2島説があったり島名や認識の混乱があり、話がとってもややこしいですね。

議論の混乱を避けるためにあえて西洋の呼び名でアルゴノート島、ダージュレー島、リアンクール岩と言うのはそのためですね。

1787年フランスのラペールが発見したとされるダージュレー島と、その後1789年イギリスの商船が発見したとされるアルゴノート島とについては別々の2島ではなく、結局は同じ島(鬱陵島)を測量の誤差か船が流されたかなにかで別な違う島と認識したと思われ、さらに1849年になってからフランスの捕鯨船リアンクール号がリアンクール岩(現在の竹島、独島)を発見したとされています。



結局は明治10年(1877年)に太政官が放棄したという2島のうちのひとつは鬱陵島というところまでは確定できても、もうひとつのほうは絶対これと確定はできないということでしょう?
ひとつの考えとしては当時日本が放棄したとされる2島はごく接近した2島というイメージ、すなわちアルゴノート島、ダージュレー島という解釈ができますよね。
もちろんリアンクール岩であるという解釈もありうるのでしょうけれど絶対そうという確定はできないと思います。

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2005/12/28 22:27 投稿番号: [12387 / 18519]
チュドさんの書き込みへの批判については揚げ足とりという気がします。別に踏み外したような内容ではありませんし、長くこの掲示板に出入りしていればチュドさんの基礎的知識についても推測はできるように思います。問題点があると思われればそれをただせばよろしいのであって、基礎的知識が欠けていると上段から切りつけるような発言はte2222000さんらしからぬ穏やかではないとも思われました。

それはともかく、

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
太政官は「竹島=アルゴノート島」「松島=鬱稜島」と考えて二島を版図外と判断した。ただし、その判断は「元禄の竹島一件で日本は竹島と松島の両方を放棄した」という認識に基いて行なわれた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

についてですが、アルゴノート・ダジュレー説はもとより私の立場と一致するものであり、とくに意見はありません。残念ながら半月城さんには全くご理解はいただけなかったのですが…。

ただ、「その判断は「元禄の竹島一件で日本は竹島と松島の両方を放棄した」という認識に基いて行なわれた」という表現が正しいかどうかは分かりません。

明治10年の内務省の文書において元禄5年の朝鮮人来島以来における朝鮮とのやり取りの末、該当の島は「本邦関係無之」となったとした部分など、一連の文書は参考とはなりますが、しかし、内務省・太政官に松島を元禄時に放棄したとの明確な認識があったかどうか…。

つまり、内務省・太政官には松島についての理解はほとんどなかったのではないか。そして、朝鮮の地としての鬱陵島までを版図外と考え、その地理的理解を前提として太政官が竹島一件を解釈し、明治10年の判断を下したのではないかという気もします。

はじめから竹島一件について竹島・松島の放棄があったというよりは、内務省・太政官は地理的な理解が先行した上の竹島一件における松島の解釈だったのではないかと。(竹島・松島をひとくくりとする考え方もあったことでしょう。)

同じことといえば同じことではありますが、私の理解は次のような感じです。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
太政官は「竹島=アルゴノート島」「松島=鬱稜島」と考えて二島を版図外と判断した。それは、元禄の竹島一件において、その時点(明治10年)で考えられた竹島と松島の両島を版図外としていたものと見なしたのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/28 00:25 投稿番号: [12386 / 18519]
ahirutousagi2さん
コメントありがとうございます。

#12378に書きましたように、私も「太政官が考えた竹島・松島の地理的な位置はアルゴノート・ダジュレー島に一致する」という説は知っておりますし、それが正しい可能性は高いと思っています。

ただ、#12381 の記事は「外一島としか言っていない」と述べています。これは、太政官指令に関する文書には「外一島」という文言があるのみで、島名や位置などの記述はないものと誤解なさっているように思えます。

また、「鬱陵島と外一島が本邦と関係ないなんですよね?」とも述べています。したがって、「竹島外一島」の「竹島」を鬱陵島とお考えのように思えます。

つまり、#12381は、由来の概略のことも、竹島・松島をアルゴノート・ダジュレーとする解釈のことも知らないままお書きになっていると判断できるため、「この問題に関する基礎的な知識が欠けているように見受けます」と書かせていただきました。

>今はちょっと長々と書けませんが、2808,2881,3153あたりをご参照ください。

ご紹介ありがとうございます。

私は #12378 で、以下のような可能性について疑問を提起したのですが、ご紹介いただいた記事を読むと ahirutousagi2さんのお考えと基本的に一致しているように思いました。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
太政官は「竹島=アルゴノート島」「松島=鬱稜島」と考えて二島を版図外と判断した。ただし、その判断は「元禄の竹島一件で日本は竹島と松島の両方を放棄した」という認識に基いて行なわれた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

私の誤解や言葉足らずな点がある場合、指摘、補足いただけると幸いです。

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2005/12/27 13:03 投稿番号: [12385 / 18519]
久しぶりにここに来ました。「この問題に関する基礎的な知識が欠けているように見受けます。」と仰いますが、チュドさんをはじめここの常連の人々はそうした資料は百も承知ですよ。それでも、それを「独島」とするには問題点があるのです。というのは、当時の太政官が考えた竹島・松島の地理的な位置はアルゴノート・ダジュレー島に一致するものと考えられるのであり、それでこそ、三年後の軍艦天城による調査が整合的に理解しうるものであると思われるからです。

この「由来の概略」の記述は松島そのものであるから、地理的な混乱が当時あったとしても、太政官が本邦外としたのが「独島」であるとみなすべきであるというのであれば、それも一つの見方ではありますが、私はあまり妥当であるとは思いません。

今はちょっと長々と書けませんが、2808,2881,3153あたりをご参照ください。

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: korea_bakatare 投稿日時: 2005/12/26 09:58 投稿番号: [12384 / 18519]
>韓国が独島を実効支配したときに、日本政府は取り返す意思すら示さずに静観していた。

そんなことは無い日本は平和的に解決するためにしかるべき措置を講じようとしていた。
即ち国際司法裁判所への提訴である。
しかし、この国際司法裁判所への提訴は紛争当事国が同意しないと受け付けて貰えない。
日本は下記の口上書を韓国に送っているが、韓国が拒否しているだけだ。

国際司法裁判所提訴についての口上書 in 1954
日本政府は1954年に、韓国に対して「国際司法裁判所提訴についての口上書」と題する書簡を送った。下記はその原文である。

---------------- -国際司法裁判所提訴についての口上書 ---------------- -

外務省は、在日本大韓民国代表部に敬意を表するとともに、竹島の領有問題に関し、次のとおり申し述べる光栄を有する。
一、日本国政府は、竹島が日本国領土の不可分の一部であることを確信し、これを韓国領土なりとする大韓民国政府の主張を屡次の公文、特に一九五四年二月十日付外務省口上書亜二第十五号をもって反駁して来た。しかしながら、大韓民国政府は、日本国政府の見解を全く無視した。のみならず、日本国政府の度重なる申入れ及び厳重な抗議にもかかわらず、大韓民国官民による竹島に対する侵犯、同島周辺の日本国領内における漁猟並びに同島にわける大韓国領土標識及び灯台の設置等の不法行為が繰り返され、更に最近同島の現況調査のため派遣された日本国巡視船が同島より突然銃撃を受け損害を被るに至った。

二、本件は、国際法の基本原則に触れる領土権の紛争であるので、唯一の公正な解決方法は、本件紛争を国際裁判に付託し、判決を得ることにあると認められる。日本国政府は、紛争の平和的解決を熱望し、本紛争を日本国政府及び大韓民国政府の合意の下に国際司法裁判所に付託することをここに提議する。

三、日本国政府は、大韓民国政府がこの紛争の最終的解決を最も公正にして、権威ある機関、すなわち国際司法裁判所にゆだねることを確信し、早急に好意ある回答を寄せられんことを期待する。日本国政府は、ここに、国際司法裁判所の下すいかなる判決にも誠実に従うものであることを誓約する。

四、裁判所の判決のあるまでの期間、両国政府が事件をこれ以上紛糾させないためにあらゆる手段を尽すことは、最も希ましいことと考えられる。よって、外務省は、日本国政府が竹島などその周辺において困難な事件の発生を防止するための共同の暫定措置について大韓民国政府と協議する用意があることを同代表部に通報する。

外務省は、在本邦大韓民国代表部が前記の諸提案を大韓民国政府に伝達し、それらの提案に対する同国政府の見解を同省に通報せられんことを要請する。

昭和二十九年九月二十五日

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/26 06:37 投稿番号: [12383 / 18519]
tydkemvoさん

> 韓国はこの外一島を独島と解釈したいようですが、
> 外一島としか言っていないものをどこと確定はできない。

この問題に関する基礎的な知識が欠けているように見受けます。

外一島については、島根県の伺い書に添付された文書「由来の概略」で詳しく説明されています。

半月城さんの#9812より
========================================================== =
   磯竹島、あるいは竹島と称する。隠岐国の北西120里(480km)ばかりのところにある。周囲およそ10里(40km)である。山は峻険で平地はすくない。川は3条ある。また滝がある。しかし、谷は深く、うっそうと樹木や竹が繁り、水源を知ることはできない。
  ・・・
   次に一島あり。松島と呼ぶ。周囲30町(3.3km)である。竹島と同じ船路にある。隠岐をへだてる80里(320km)ばかりである。樹木や竹は稀である。また、魚や獣(アシカか)を産する。
========================================================== =

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/26 06:22 投稿番号: [12382 / 18519]
半月城さん

>    しかし、そのように訂正しても、斉藤豊仙は
>異国である竹島(鬱陵島)を漠然と高句麗の海域に
>あると考えていたのではないだろうかという私の
>考えに変わりありません。

今までのやり取りから判断すると、隠州視聴合紀の中では「朱印を賜り」の記述が、上のようにお考えになる唯一の根拠だと思えますが、それでよろしいでしょうか。

私は国代記の記述から、無人島である竹島と松島は朝鮮ではないという認識が読み取れることを何度か述べましたが、その点について反論いただけませんか。

>    つぎに、焼火山縁起が神社の古文書にあったか
>どうかですが、おそらく縁起は古文書を写したと
>いうより史実の伝承を書いたものだろうと想像されます。

「古文書を写した場合」というのは分かり易く極端な例を挙げたもので、口伝の伝承を書き留めた場合でも私の論旨は変わりません。伝承者の語る「朱印を賜り」という言葉をそのまま無批判に焼火山縁起に記録したという可能性を考えなくて良いのですか?

>    Re:12364,
>>したがって『朱印を賜り』の『朱印』は朱印船の
>   朱印状のことではない」という主張の方が説得力があります。
>
>    斉藤豊仙のような地方の下級武士にとって
>「朱印を賜った船」の朱印から朱印船以外にどんな
>連想が可能でしょうか?   朱印を発行する幕府の役人なら
>あれこれ思いつくでしょうが、斉藤豊仙の立場では
>朱印船を連想したと理解するのが最も自然だと思います。

この個所は、「朱印船は異国との交易を主目的にする」という半月城さんの記述を前提にしています。その記述自体をすぐ後で訂正されているようなので、ここでは突っ込んで論じないことにします。

>・異国と認識していない島への渡航に朱印という言葉を使わない程度には、吟味した
>・実際には老中奉書であるものを朱印と書く程度にしか、吟味していない
>
>    これには同意します。

このように書くと、斉藤豊仙がどのような点を吟味し、どのような点を吟味しなかったかについて、半月城さんが自分の都合に合わせて恣意的に決め付けているように見えるのですよ。なので、前の記事では「今のところ私は支持できません」と書きました。

そして、恣意的な決め付けではないことを理解するために「斉藤豊仙が朱印船に関するどのような内容については詳しく吟味し、あるいは吟味しなかったとお考えなのか、また、そうお考えになる根拠は何か、もう少し詳しくご説明いただけませんか」と書いた訳です。なのでよろしくお願いします。


>   「交易」の用語は意味がすこし狭かったかも
>知れません。斉藤は、ともかく異国へ行って異国の
>物を持ち帰るのは、朱印船にしか許されないだろう
>くらいには考えていたのではないでしょうか。

すると、斉藤豊仙は「国外に行って国外のものを持ち帰るだけでは朱印船とは呼べない。異国が支配する土地までいって異国の物を持ち帰るのが朱印船である」と考えていた、というのが半月城さんの主張でしょうか。

よろしくお願いします。

PS.
池内敏「竹島渡海と鳥取藩」のアップロードありがとうございます。

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2005/12/25 21:03 投稿番号: [12381 / 18519]
>太政官は「竹島(現在の鬱陵島)外一島の件は本邦と関係なしと心得るべし」
>と書いていますから鬱陵島とは考えられませんね。

ですから、鬱陵島と外一島が本邦と関係ないなんですよね?
ここでハッキリしているのは鬱陵島のみ、外一島は解釈によっていろいろ考えられるけど、どこと確定(断定できるほどの証拠はない)はできないということでしょう。
韓国はこの外一島を独島と解釈したいようですが、外一島としか言っていないものをどこと確定はできない。
日韓双方とも自分に都合良く理屈を付ければどうとでも考えられるけれど、結局外一島はどこかわからないとしか言えない。
結論、外一島はどこかわからない、断定できない、これでいいんじゃない?

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: kurotuti2000 投稿日時: 2005/12/25 20:57 投稿番号: [12380 / 18519]
こんなクリスマスの日に何やってんですか?
毒とがきになって仕方がないほどウリナラマンセーなら
さっさと徴兵に行ってきなさいよ
祖国に税金も払っていないんでしょ?

勝手に日本に居座って被害者面する暇が有るなら
イラクにいきなされ
そもそもあんたの祖先は難民なんでしょ?
違うというならカミングアウト覚悟で証明してくださいな
強制連行の被害者だってね

そうそう何でも朝鮮擁護してしまう朝鮮右翼な恨月城さんは
ファンウソツク教授は擁護しないんですか?

まあイルボンもやっているから人のことは言えないって言う程度ですかね?

都合のいいところばかり目を通して、断言できずに
「〜かもしれません」で終わってしまう
腰抜け朝鮮右翼は徴兵に行けずにクリスマスも一人ぼっち、イルボンで恨の精神を発揮してしまうのでしたっと

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/12/25 20:12 投稿番号: [12379 / 18519]
   半月城です。

   Re:12370,te2222000さん,
>   私は、村川の船は竹島の西方に存在する高句麗の海域に流され、隠岐の港ではなく、最寄の朝鮮の港に入ったと考えます。

   そうした史実があったようです。それを池内敏氏は「寛永14(1637)年に漂流した竹島渡海船が村川市兵衛船だけであった(注1)」と記しました。
   漂流先がどこかは明記していないのですが、大谷船が朝鮮へ漂流した事例を考えると、村川船もやはり朝鮮へ漂流したものと思われます。その史実が焼火山縁起につながったとすると、『隠州視聴合記』にある「たちまち漁火がみえた」津は焼火山付近の津というより、高句麗の津であると解釈したほう適切に思えます。また、漂流の時間的な経過からもつじつまがあいそうなので、そのように解釈を訂正します。
   しかし、そのように訂正しても、斉藤豊仙は異国である竹島(鬱陵島)を漠然と高句麗の海域にあると考えていたのではないだろうかという私の考えに変わりありません。

   つぎに、焼火山縁起が神社の古文書にあったかどうかですが、おそらく縁起は古文書を写したというより史実の伝承を書いたものだろうと想像されます。

   Re:12364,
>したがって『朱印を賜り』の『朱印』は朱印船の朱印状のことではない」という主張の方が説得力があります。

   斉藤豊仙のような地方の下級武士にとって「朱印を賜った船」の朱印から朱印船以外にどんな連想が可能でしょうか?   朱印を発行する幕府の役人ならあれこれ思いつくでしょうが、斉藤豊仙の立場では朱印船を連想したと理解するのが最も自然だと思います。

>次に「すこしは吟味して」という表現は、随分曖昧な表現です。思うに半月城さんは以下のように言いたいのでしょうか。
・異国と認識していない島への渡航に朱印という言葉を使わない程度には、吟味した
・実際には老中奉書であるものを朱印と書く程度にしか、吟味していない

   これには同意します。

>ついでに、次も加えていいかもしれませんね。
・交易を目的としていない船を朱印船と考える程度にしか、吟味していない

  「交易」の用語は意味がすこし狭かったかも知れません。斉藤は、ともかく異国へ行って異国の物を持ち帰るのは、朱印船にしか許されないだろうくらいには考えていたのではないでしょうか。

(注1)池内敏「竹島渡海と鳥取藩」『鳥取地域史研究』第1号,1999,P38
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/ikeuchi1999.pdf

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

Re: 二言は無し

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/25 07:32 投稿番号: [12378 / 18519]
>太政官は島根県からの伺い書(「島根縣ヨリ別紙伺出取調候處」)を受けて、
>それに対する返信として、「本邦とは関係なし」としたのですよ。
>
>これは、別の島という余地はない。

塚本孝氏も「形式的には、松島(今日の竹島)もまた『本邦無関係』とされることになった」と認めていますね。

ただ、そのことが現在どういう意味を持つかは考えた方が良いと思います。

もしも、この伺い書と同じようなものが朝鮮から出され、それに対して日本政府が版図外だと返答したのであれば、「竹島」「松島」という島が実際にどの島だと認識していたかに関係無く、鬱稜島と竹島=独島は朝鮮のものということになるでしょう。

つまり、文書上は明白に竹島=独島である「松島」を版図外であると、対外的に正式に答えてしまったのであれば、後から「『松島』は鬱稜島のことだと思ったんだ。竹島=独島が版図外と言ったんじゃない」と訴えたところで、聞き入れてはもらえませんよね。

しかし実際には、これは島根県からの伺い書でした。この太政官の回答が対外的な約束になるものではありません。したがって、この太政官指令も、あくまで当時の太政官が竹島=独島の領有に関してどのように考えていたかを示す史料にしか過ぎません。

そうであれば、太政官指令以外の様々な史料も総合的に検討した上で、結論を出す必要があるでしょう。#10002〜#10004に VIVIA_VIVA_21さんが詳しく紹介していらっしゃるように、太政官が「竹島=アルゴノート島」「松島=鬱稜島」と認識していた可能性はかなり高いと思います。

◇◇◇◇

ただ私は、上のVIVIA_VIVA_21さんの記事を読んでもまだ納得できない点が一つあります。

それは、「太政官は、元禄の竹島一件で幕府の放棄した『竹島』が、島根県の伺い書にある『竹島』『松島』のどちらだと思っていたのだろう」ということです。

常識的には昔「竹島」と呼ばれていた島であれば、現在も「竹島」と呼ばれていると考えますよね。少なくとも、その前提で検討をして、特に問題がなければそのように解釈するでしょう。

もし、太政官が

島根県伺い書の「竹島」   =   竹島一件の「竹島」   =   アルゴノート島

と考えたのであれば、

島根県伺い書の「松島」   =   江戸時代の多くの史料に記載されている「松島」   =   鬱陵島

と考えていたことになりませんか。すると、以下の可能性はないでしょうか。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
太政官は「竹島=アルゴノート島」「松島=鬱稜島」と考えて二島を版図外と判断した。ただし、その判断は「元禄の竹島一件で日本は竹島と松島の両方を放棄した」という認識に基いて行なわれた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

識者のご意見を伺いたく思います。

二言は無し

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/12/24 23:06 投稿番号: [12377 / 18519]
本筋の間違った議論で時間を無駄にしないでくださいね。

太政官は島根県からの伺い書(「島根縣ヨリ別紙伺出取調候處」)を受けて、
それに対する返信として、「本邦とは関係なし」としたのですよ。

これは、別の島という余地はない。
下條教授でさえ、そっち方向の反論はしていない。

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2005/12/23 12:32 投稿番号: [12376 / 18519]
>本邦と関係なしとしたのは鬱陵島のことでは?

太政官は「竹島(現在の鬱陵島)外一島の件は本邦と関係なしと心得るべし」と
書いていますから鬱陵島とは考えられませんね。
やはり波浪島のことではないでしょうか?

国際司法裁判所で韓国に勝ち目は無い

投稿者: jnaelbnh3 投稿日時: 2005/12/23 11:21 投稿番号: [12375 / 18519]
http://ameblo.jp/8oa/entry-10006503193.html
ソウル大学の名誉教授曰く、「韓国は、実質的に独島を領有しているのです。心配する必要はありません。騒げば、損になるだけです。」と述べたそうで、自分達に竹島の領有権の正当性が無い事を認めた上で、実質的支配により既成事実化を図り、乗っ取ろうと言うのが、奴らの思考である。
それにしても、朝鮮民族と言うのは、本当にうっとうしい民族だよな。

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: tydkemvo 投稿日時: 2005/12/23 11:18 投稿番号: [12374 / 18519]
本邦と関係なしとしたのは鬱陵島のことでは?

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2005/12/23 11:08 投稿番号: [12373 / 18519]
はじめまして。diedielove999さん
本邦と関係なしとしたのは済州島か巨文島のことですよ?

韓国人はいつから、どこにあるか知らなかった島を自分の領土と言うようになったのですか?

Re: 日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: diedielove999 投稿日時: 2005/12/23 01:20 投稿番号: [12372 / 18519]
太政官自身が「本邦とは関係なし」としたものを、
日本人はいつのころからか、二言するようになってしまったようです。

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: allarefriends2000 投稿日時: 2005/12/21 07:33 投稿番号: [12371 / 18519]
hangetsujohさん

初めまして、米の好きなアラレの友と申します。

hangetsujohさんの発言には頷けるところが多いのですが、『隠州視聴合記』の「焼火山縁起」の解釈「村川の船は高句麗の地に漂着したのではなく、高句麗の海に流されただけでした。その時に念仏をとなえたら、たちまち隠岐の港の漁火が見えたとあるので、高句麗の海域は隠岐のすぐ近くにあると認識されていたようです。」には異論があります。te2222000さん(No.12359)の見解「磯竹島と高句麗が別の場所であるという認識を示しています」に同意します。

「遇颶風落高勾麗日暮不知津船叟念焼火山怱有漁火得入其津」は「颶風に遇い、高勾麗に漂着した。日が暮れ津(の方向)が分からなくなった。(しかし)船叟が焼火山を念じると、忽ち漁火が有り、(それに導かれて)其津に入ることができた。」と私は読みます。「落高勾麗」は、高勾麗の地と分かる所まで流された。即ち「高句麗の地に漂着した」ことを意味すると思います。後半は「たちまち隠岐の港の漁火が見えた」のではなく、焼火山の漁火に導かれて、何日かの航海の後、隠岐の港に入ることができた、と解釈します。

これと関連して貞享5(1688)年の『増補隠州記』の「焼火山雲上寺」の項には「縁起有・・凡ソ秋津州ハ不及言ニ高麗に到ても神火を請時ハ出スト云事なし」とあります。

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/21 06:22 投稿番号: [12370 / 18519]
半月城さん

焼火山縁起における竹島と高句麗の関係について、現時点での私の意見を述べます。

>    『隠州視聴合記』の焼火山縁起によると、村川の船は
>高句麗の地に漂着したのではなく、高句麗の海に流されただけ
>でした。その時に念仏をとなえたら、たちまち隠岐の港の漁火が
>見えたとあるので、高句麗の海域は隠岐のすぐ近くにあると
>認識されていたようです。
>    そうであれば、隠岐から二日一夜もかかるほど遠くにある
>松島(竹島=独島)や、さらにそれから一日の航路にある竹島
>(鬱陵島)は、漠然と高句麗の海域にあると考えられていたの
>ではないでしょうか。したがって、高句麗の竹島(鬱陵島)と
>いう表現がピッタリだといえます。


私は、村川の船は竹島の西方に存在する高句麗の海域に流され、隠岐の港ではなく、最寄の朝鮮の港に入ったと考えます。理由は以下の二つです。

(1)高句麗に「落つ」という表現

「落ちる」という言葉は、「落ち武者」「都落ち」などの用例を見ても分かるように、「不本意な移動」のニュアンスを持ちます。「高句麗に落つ」についても、「不本意ながら高句麗へ行った」というニュアンスがあることを踏まえて解釈すべきです。

もしも、隠岐から竹島へ行く航路上に高句麗の水域があるという認識であれば、高句麗へ行くこと自体は竹島渡航の目的に適っており、別に不本意なことはありません。その場合「高句麗に落つ」という表現は使わないと思います。

(「隠岐へ向かったが、台風のため日本に流れついた」という文は、変でしょう?)


(2)「異域」という表現

竹島渡航エピソードに続く部分では、神が天地に満ち満ちた存在であり、異域であっても神の霊験は現れることを強調しています。この文脈から考えて、竹島渡航のエピソードは、異域で神の霊験が現れた例として紹介されていると見るべきです。

つまり、村川の船が見た漁火は「異域」と呼ぶのが相応しい場所に現れたものであり、隠岐の港の漁火ではなかった筈です。

ご意見をお聞かせ下さい。

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: quo_vadis256 投稿日時: 2005/12/21 06:03 投稿番号: [12369 / 18519]
>    『隠州視聴合記』の焼火山縁起によると、村川の船は高句麗の地に漂着したのではなく、高句麗の海に流されただけでした。その時に念仏をとなえたら、たちまち隠岐の港の漁火が見えたとあるので、高句麗の海域は隠岐のすぐ近くにあると認識されていたようです。
>    そうであれば、隠岐から二日一夜もかかるほど遠くにある松島(竹島=独島)や、さらにそれから一日の航路にある竹島(鬱陵島)は、漠然と高句麗の海域にあると考えられていたのではないでしょうか。したがって、高句麗の竹島(鬱陵島)という表現がピッタリだといえます。

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

  ジョー談にしても念が入りすぎる。脳内妄想もここまで来たのか、アルツハイマーかと言われないようにエビデンスのない電波は避けられたら如何かな。それにしても半月城通信は電波基地だね。

とれぞ〜氏より引用
>上に、隠岐国福浦の湊は正保国絵図(1645年頃作成)に「竹嶋渡海此湊ニ而天気見合」と記されたとありますが、「隠岐の国絵図」文政9年(1826年)のものにも、南方村、北方村之内福浦のところに「此湊船懸吉・竹嶋江之渡海此湊ニ而天気見合ル」とあり、国立公文書館蔵の「隠岐国高村数○郡色分目録絵図 」にも「此湊船懸吉・竹嶋迄之渡海此湊ニ而天気見合ル」とあることからも江戸時代を通して福浦から竹嶋(鬱稜)まで往来で賑あったことは確かですな。

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/12/20 23:16 投稿番号: [12368 / 18519]
>『隠州視聴合記』の焼火山縁起によると、村川の船は高句麗の地に漂着したのではなく、高句麗の海に流されただけでした。その時に念仏をとなえたら、たちまち隠岐の港の漁火が見えたとあるので、高句麗の海域は隠岐のすぐ近くにあると認識されていたようです。

  ええ、それに「村川の船」は隠岐の船ではありませんから、当時隠岐の船は竹嶋へ渡海していませんしね。
  斉藤豊仙は隠岐の郡代として、老中連署の書き付けを持った異国渡海の船と認識していたことでしょう。
  竹嶋が異国でなければ、隠岐の漁民が出漁できる筈ですが、松嶋も含めてその様な記録は確認されていません。

>そうであれば、隠岐から二日一夜もかかるほど遠くにある松島(竹島=独島)や、さらにそれから一日の航路にある竹島(鬱陵島)は、漠然と高句麗の海域にあると考えられていたのではないでしょうか。したがって、高句麗の竹島(鬱陵島)という表現がピッタリだといえます。

  斉藤豊仙の考えとしては、そのとおりだろうと思います。
  ただ、それが幕府の認識には直結しませんよね。

  幕府も当初は異国と考えていたようですが、少し時代が下りますと、「御尋の御書付」(これは「竹島一件」を朝鮮領として落着させるためのアリバイ文書の可能性もありますが)のように竹嶋を或いは因幡か伯耆の所属ではないかと考えるようになったわけですし、何れかの時点で異国と考えないようになった可能性は残されると思いますが、これは飽くまでも幕府についてであって、斉藤豊仙の考えではないでしょう。

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)半月城様

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/12/20 22:34 投稿番号: [12367 / 18519]
  Am I AHOです。

  少し私見を述べさせて頂きます。

  『隠州視聴合記』の解読に関しては、貴台の読みでも良いのではと思います。
  ただ愚生には、te2222000さんの投稿には、斉藤豊仙の認識ではなく幕府の認識が混ざっているように見受けられます。
  もちろん、両者は自ずと別のものですから、同じ事も有り得ますが違っていてもおかしくないでしょう。

横Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2005/12/20 22:24 投稿番号: [12366 / 18519]
  幕府が当時どの様に認識していたかについては、「御尋の御書付」も併せて検討するべきでしょうね。

  「御尋の御書付」によれば、当時の幕府は竹嶋を「因州 伯州之付候竹嶋はいつの此より両国之附属候哉、先祖領地 被下候以前よりの儀 候哉」、「竹嶋の外両国之附属の嶋有之候哉、並是又 漁採に両国の者 参候哉」と因州または伯州の所属と思いこんでいたようですからね。
  「御尋の御書付」が出された当時(1695年)は、幕府には竹嶋を異国とする認識はなかったことになります。また松嶋は単に「竹嶋之内」と認識されていました。

  幕府が竹嶋松嶋への渡海を「異国航海」と認識するようになるのは、後の時代のことですが、『隠州視聴合記』が著された1667年当時に「異国」と認識していたか否かについては掘り下げていませんでしたね。

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/20 05:49 投稿番号: [12365 / 18519]
●3.朱印という用語の吟味について

te2222000(#12358):
>#12355で触れたように、焼火山縁起の竹島渡航の
>エピソードには斎藤豊仙が取材したオリジナル情報が
>あった筈です。したがって「朱印を賜り」の文言の
>発生源には二つの可能性があります。
>(I) オリジナル情報には存在しておらず、斉藤豊仙が作文した
>(II)オリジナル情報に存在していたのを、斉藤豊仙がそのまま記録した

半月城さん:
>    斉藤豊仙は隠岐島の郡代として、渡航が国禁に
>ふれるかどうかという重大問題を責任者の職務として
>判断しただろうと思われますので、すでに「村川が
>朱印を賜り」という風説がたとえあったとしても、
>斉藤はそうした風説だけで「朱印」などという用語を
>軽々しく使用したのではなく、老中の連署を確認した
>うえで、朱印という用語をすこしは吟味して使用した
>のではないかと思います。

まず、「『村川が朱印を賜り』という風説」という表現は、私の主張とニュアンスが異なります。

この表現は、「村川が朱印を賜り」という風説に基いて斉藤豊仙が焼火山縁起の文章を作成した場合、つまり(I)の場合をも連想させますが、そのようなケースについてはお尋ねしておりません。

私は、竹島渡航エピソードのオリジナル情報に、ずばり「朱印を賜り」の文言そのものがあった場合を尋ねています。極端に言えば、「伯耆の国の大賈・村川氏、〜その津に入るを得る」の全てが神社の古文書を写したものである場合を考えてくださいということです。その場合に「朱印」の部分だけを修正することがあり得るでしょうか。元和四年当時の朱印状制度の詳細な知識を持つ筈の無い斉藤豊仙は「朱印を賜り」の個所も改変することなく、そのまま記録するのではないでしょうか。その可能性は考えなくて良いのですか、というのが質問です。

次に「すこしは吟味して」という表現は、随分曖昧な表現です。思うに半月城さんは以下のように言いたいのでしょうか。

・異国と認識していない島への渡航に朱印という言葉を使わない程度には、吟味した
・実際には老中奉書であるものを朱印と書く程度にしか、吟味していない

ついでに、次も加えていいかもしれませんね。

・交易を目的としていない船を朱印船と考える程度にしか、吟味していない

もし、半月城さんの主張が上のようなものだった場合、今のところ私は支持できません。斉藤豊仙が朱印船に関するどのような内容については詳しく吟味し、あるいは吟味しなかったとお考えなのか、また、そうお考えになる根拠は何か、もう少し詳しくご説明いただけませんか。

竹島と高句麗の関係については、もう少し検討してからご返答いたします。

(終わり)

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/20 05:48 投稿番号: [12364 / 18519]
半月城さん

ご返答ありがとうございます。

●1.#12358の「b'」について

te2222000(#12358):
>半月城さんは以下のようにお考えだと
>いうことでよろしいでしょうか。
>
>b'. 斉藤豊仙は「朱印船が行くような場所」は
>単なる国外ではなく、異国であると考えていた。
>つまり、仮に竹島が日本の領土でも朝鮮の領土でも
>ないとしたら、それは斉藤豊仙にとって
>「朱印船が行くような場所」ではない。

この質問に対しては、明示的に肯定も否定もされていませんね。そして、ご回答の内容から考えると、完全な肯定も完全な否定もしない微妙なところにお考えがあるように思いました。

つまり、半月城さんは、「斉藤豊仙が考えた朱印船が行くような場所」は「異国と表現することが相応しい」ことを説明していらっしゃいますが、一方で「単なる国外と表現することは相応しくない」とは一言も述べていらっしゃいません。結局、「『斉藤豊仙が考えた朱印船が行くような場所』は異国というのが相応しいと思うが、単なる国外というのが間違いであると言い切ることもできない」というのが半月城さんの立場だと理解しました。誤解があればご指摘ください。


●2.交易を主目的とする船について

さて、ご説明の中で非常に気になった個所があります。

半月城さん:
>朱印をもった船、斉藤豊仙が連想したであろう朱印船は
>いうまでもなく異国との交易が主目的なので、そのような
>舟の渡航は「国外への渡航」というより「異国への渡航」と
>いう表現がよりふさわしいといえます。

交易とは異国の人と売買を行なうことです。無人島である竹島へ行って、一次産品を採取してくる竹島渡海事業が「交易」でないことは明白ですし、斉藤豊仙はそのような竹島渡海事業の性格をよく理解していた筈です。

したがって、斉藤豊仙が竹島へ行く船から「異国との交易を主目的とするような船」を連想したという主張には納得できません。

むしろ「朱印船は異国との交易を主目的とするような船だから、斉藤豊仙が竹島へ行く船を朱印船のようには考えなかった筈だ。したがって『朱印を賜り』の『朱印』は朱印船の朱印状のことではない」という主張の方が説得力があります。

この点について、お考えを聞かせてください。

(続く)

ブログ見ました。

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2005/12/19 10:59 投稿番号: [12363 / 18519]
http://blogs.yahoo.co.jp/yamatonadesiko505

yamatonadesiko505さんは対馬が日本に不法占領されていると主張しているが、単なる妄想に過ぎない。
日本は対馬を、問題なく領有しているだけである。
韓国政府は取り返す意思すら示したことはない。
韓国政府は対馬領有権など眼中に無く、放置していた。
領有の意思があるのなら、取り返すのが国際的な常識である。
しかし韓国は放置していた。
そして日本の数世紀以上の実効支配!
あなたの領有主張がいかに間抜けな事なのか理解できるだろう。
あなたは法治国家の国民としての恥をネットの世界にさらけ出した事になる。
「恥さらしな人間」とは、まさしくあなたにぴったりの言葉である。

日本は独島領有権を放棄してる

投稿者: yamatonadesiko505 投稿日時: 2005/12/18 21:50 投稿番号: [12362 / 18519]
http://blogs.yahoo.co.jp/yamatonadesiko505

日本は独島が韓国に不法占領されていると主張しているが、単なる妄想に過ぎない。

韓国は主権が確定されて無い島を、合法的に実効支配しているだけである。

韓国が独島を実効支配したときに、日本政府は取り返す意思すら示さずに静観していた。

日本政府は独島領有権など眼中に無く、放置していた。

領有の意思があるのなら、取り返すのが国際的な常識である。

しかし日本は放置していた。

そして韓国の半世紀以上の実効支配!

日本の領有主張がいかに間抜けな事なのか理解できるだろう。

日本は法治国家としての恥を世界にさらけ出した事になる。

「恥さらし国家」とは、まさしく日本にぴったりの言葉である。

Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2005/12/18 09:07 投稿番号: [12361 / 18519]
   半月城です。

   te2222000さんの『隠州視聴合記』に関する質問に答えたいとおもいます。

>   半月城さんは以下のようにお考えだということでよろしいでしょうか。
b'. 斉藤豊仙は「朱印船が行くような場所」は単なる国外ではなく、異国であると考えていた。つまり、仮に竹島が日本の領土でも朝鮮の領土でもないとしたら、それは斉藤豊仙にとって「朱印船が行くような場所」ではない。

   現在でも海外というとほとんど外国を意味するように、当時も国外という語は異国とほとんど同義語と考えられていただろうと思います。
   それにもかかわらず、あえて異国という語を選んだのは、『隠州視聴合記』に朱印という語がでてきたので、異国の方が語感としてふさわしいのではないかというセンスにあります。
   朱印をもった船、斉藤豊仙が連想したであろう朱印船はいうまでもなく異国との交易が主目的なので、そのような舟の渡航は「国外への渡航」というより「異国への渡航」という表現がよりふさわしいといえます。
   したがって、竹島(鬱陵島)が朝鮮の領土であろうとなかろうと、斉藤豊仙にとって朱印船がいくような場所は漠然とした異国だったのではないかと思います。また、斉藤にとって、竹島(鬱陵島)が朝鮮の領土であるかどうかは問題ではなかっただろうと思います。
   そのためか『隠州視聴合記』に高麗や高句麗という語は登場しても、朝鮮という語がまったく登場しなかったのではないでしょうか。

   te2222000さん、
>#12355で触れたように、焼火山縁起の竹島渡航のエピソードには斎藤豊仙が取材したオリジナル情報があった筈です。したがって「朱印を賜り」の文言の発生源には二つの可能性があります。
(I) オリジナル情報には存在しておらず、斉藤豊仙が作文した
(II)オリジナル情報に存在していたのを、斉藤豊仙がそのまま記録した

   斉藤豊仙は隠岐島の郡代として、渡航が国禁にふれるかどうかという重大問題を責任者の職務として判断しただろうと思われますので、すでに「村川が朱印を賜り」という風説がたとえあったとしても、斉藤はそうした風説だけで「朱印」などという用語を軽々しく使用したのではなく、老中の連署を確認したうえで、朱印という用語をすこしは吟味して使用したのではないかと思います。

   te2222000さん、
>上の引用文は「暴風のために目的地の磯竹島ではなく、高句麗に流されてしまった」ことを述べており、磯竹島と高句麗が別の場所であるという認識を示しています。

   『隠州視聴合記』の焼火山縁起によると、村川の船は高句麗の地に漂着したのではなく、高句麗の海に流されただけでした。その時に念仏をとなえたら、たちまち隠岐の港の漁火が見えたとあるので、高句麗の海域は隠岐のすぐ近くにあると認識されていたようです。
   そうであれば、隠岐から二日一夜もかかるほど遠くにある松島(竹島=独島)や、さらにそれから一日の航路にある竹島(鬱陵島)は、漠然と高句麗の海域にあると考えられていたのではないでしょうか。したがって、高句麗の竹島(鬱陵島)という表現がピッタリだといえます。

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
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