Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)
投稿者: allarefriends2000 投稿日時: 2005/12/21 07:33 投稿番号: [12371 / 18519]
hangetsujohさん
初めまして、米の好きなアラレの友と申します。
hangetsujohさんの発言には頷けるところが多いのですが、『隠州視聴合記』の「焼火山縁起」の解釈「村川の船は高句麗の地に漂着したのではなく、高句麗の海に流されただけでした。その時に念仏をとなえたら、たちまち隠岐の港の漁火が見えたとあるので、高句麗の海域は隠岐のすぐ近くにあると認識されていたようです。」には異論があります。te2222000さん(No.12359)の見解「磯竹島と高句麗が別の場所であるという認識を示しています」に同意します。
「遇颶風落高勾麗日暮不知津船叟念焼火山怱有漁火得入其津」は「颶風に遇い、高勾麗に漂着した。日が暮れ津(の方向)が分からなくなった。(しかし)船叟が焼火山を念じると、忽ち漁火が有り、(それに導かれて)其津に入ることができた。」と私は読みます。「落高勾麗」は、高勾麗の地と分かる所まで流された。即ち「高句麗の地に漂着した」ことを意味すると思います。後半は「たちまち隠岐の港の漁火が見えた」のではなく、焼火山の漁火に導かれて、何日かの航海の後、隠岐の港に入ることができた、と解釈します。
これと関連して貞享5(1688)年の『増補隠州記』の「焼火山雲上寺」の項には「縁起有・・凡ソ秋津州ハ不及言ニ高麗に到ても神火を請時ハ出スト云事なし」とあります。
これは メッセージ 12361 (hangetsujoh さん)への返信です.
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