竹島

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Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)

投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/20 05:49 投稿番号: [12365 / 18519]
●3.朱印という用語の吟味について

te2222000(#12358):
>#12355で触れたように、焼火山縁起の竹島渡航の
>エピソードには斎藤豊仙が取材したオリジナル情報が
>あった筈です。したがって「朱印を賜り」の文言の
>発生源には二つの可能性があります。
>(I) オリジナル情報には存在しておらず、斉藤豊仙が作文した
>(II)オリジナル情報に存在していたのを、斉藤豊仙がそのまま記録した

半月城さん:
>    斉藤豊仙は隠岐島の郡代として、渡航が国禁に
>ふれるかどうかという重大問題を責任者の職務として
>判断しただろうと思われますので、すでに「村川が
>朱印を賜り」という風説がたとえあったとしても、
>斉藤はそうした風説だけで「朱印」などという用語を
>軽々しく使用したのではなく、老中の連署を確認した
>うえで、朱印という用語をすこしは吟味して使用した
>のではないかと思います。

まず、「『村川が朱印を賜り』という風説」という表現は、私の主張とニュアンスが異なります。

この表現は、「村川が朱印を賜り」という風説に基いて斉藤豊仙が焼火山縁起の文章を作成した場合、つまり(I)の場合をも連想させますが、そのようなケースについてはお尋ねしておりません。

私は、竹島渡航エピソードのオリジナル情報に、ずばり「朱印を賜り」の文言そのものがあった場合を尋ねています。極端に言えば、「伯耆の国の大賈・村川氏、〜その津に入るを得る」の全てが神社の古文書を写したものである場合を考えてくださいということです。その場合に「朱印」の部分だけを修正することがあり得るでしょうか。元和四年当時の朱印状制度の詳細な知識を持つ筈の無い斉藤豊仙は「朱印を賜り」の個所も改変することなく、そのまま記録するのではないでしょうか。その可能性は考えなくて良いのですか、というのが質問です。

次に「すこしは吟味して」という表現は、随分曖昧な表現です。思うに半月城さんは以下のように言いたいのでしょうか。

・異国と認識していない島への渡航に朱印という言葉を使わない程度には、吟味した
・実際には老中奉書であるものを朱印と書く程度にしか、吟味していない

ついでに、次も加えていいかもしれませんね。

・交易を目的としていない船を朱印船と考える程度にしか、吟味していない

もし、半月城さんの主張が上のようなものだった場合、今のところ私は支持できません。斉藤豊仙が朱印船に関するどのような内容については詳しく吟味し、あるいは吟味しなかったとお考えなのか、また、そうお考えになる根拠は何か、もう少し詳しくご説明いただけませんか。

竹島と高句麗の関係については、もう少し検討してからご返答いたします。

(終わり)
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