Re: 高句麗の竹島(鬱陵島)
投稿者: te2222000 投稿日時: 2005/12/26 06:22 投稿番号: [12382 / 18519]
半月城さん
> しかし、そのように訂正しても、斉藤豊仙は
>異国である竹島(鬱陵島)を漠然と高句麗の海域に
>あると考えていたのではないだろうかという私の
>考えに変わりありません。
今までのやり取りから判断すると、隠州視聴合紀の中では「朱印を賜り」の記述が、上のようにお考えになる唯一の根拠だと思えますが、それでよろしいでしょうか。
私は国代記の記述から、無人島である竹島と松島は朝鮮ではないという認識が読み取れることを何度か述べましたが、その点について反論いただけませんか。
> つぎに、焼火山縁起が神社の古文書にあったか
>どうかですが、おそらく縁起は古文書を写したと
>いうより史実の伝承を書いたものだろうと想像されます。
「古文書を写した場合」というのは分かり易く極端な例を挙げたもので、口伝の伝承を書き留めた場合でも私の論旨は変わりません。伝承者の語る「朱印を賜り」という言葉をそのまま無批判に焼火山縁起に記録したという可能性を考えなくて良いのですか?
> Re:12364,
>>したがって『朱印を賜り』の『朱印』は朱印船の
> 朱印状のことではない」という主張の方が説得力があります。
>
> 斉藤豊仙のような地方の下級武士にとって
>「朱印を賜った船」の朱印から朱印船以外にどんな
>連想が可能でしょうか? 朱印を発行する幕府の役人なら
>あれこれ思いつくでしょうが、斉藤豊仙の立場では
>朱印船を連想したと理解するのが最も自然だと思います。
この個所は、「朱印船は異国との交易を主目的にする」という半月城さんの記述を前提にしています。その記述自体をすぐ後で訂正されているようなので、ここでは突っ込んで論じないことにします。
>・異国と認識していない島への渡航に朱印という言葉を使わない程度には、吟味した
>・実際には老中奉書であるものを朱印と書く程度にしか、吟味していない
>
> これには同意します。
このように書くと、斉藤豊仙がどのような点を吟味し、どのような点を吟味しなかったかについて、半月城さんが自分の都合に合わせて恣意的に決め付けているように見えるのですよ。なので、前の記事では「今のところ私は支持できません」と書きました。
そして、恣意的な決め付けではないことを理解するために「斉藤豊仙が朱印船に関するどのような内容については詳しく吟味し、あるいは吟味しなかったとお考えなのか、また、そうお考えになる根拠は何か、もう少し詳しくご説明いただけませんか」と書いた訳です。なのでよろしくお願いします。
> 「交易」の用語は意味がすこし狭かったかも
>知れません。斉藤は、ともかく異国へ行って異国の
>物を持ち帰るのは、朱印船にしか許されないだろう
>くらいには考えていたのではないでしょうか。
すると、斉藤豊仙は「国外に行って国外のものを持ち帰るだけでは朱印船とは呼べない。異国が支配する土地までいって異国の物を持ち帰るのが朱印船である」と考えていた、というのが半月城さんの主張でしょうか。
よろしくお願いします。
PS.
池内敏「竹島渡海と鳥取藩」のアップロードありがとうございます。
> しかし、そのように訂正しても、斉藤豊仙は
>異国である竹島(鬱陵島)を漠然と高句麗の海域に
>あると考えていたのではないだろうかという私の
>考えに変わりありません。
今までのやり取りから判断すると、隠州視聴合紀の中では「朱印を賜り」の記述が、上のようにお考えになる唯一の根拠だと思えますが、それでよろしいでしょうか。
私は国代記の記述から、無人島である竹島と松島は朝鮮ではないという認識が読み取れることを何度か述べましたが、その点について反論いただけませんか。
> つぎに、焼火山縁起が神社の古文書にあったか
>どうかですが、おそらく縁起は古文書を写したと
>いうより史実の伝承を書いたものだろうと想像されます。
「古文書を写した場合」というのは分かり易く極端な例を挙げたもので、口伝の伝承を書き留めた場合でも私の論旨は変わりません。伝承者の語る「朱印を賜り」という言葉をそのまま無批判に焼火山縁起に記録したという可能性を考えなくて良いのですか?
> Re:12364,
>>したがって『朱印を賜り』の『朱印』は朱印船の
> 朱印状のことではない」という主張の方が説得力があります。
>
> 斉藤豊仙のような地方の下級武士にとって
>「朱印を賜った船」の朱印から朱印船以外にどんな
>連想が可能でしょうか? 朱印を発行する幕府の役人なら
>あれこれ思いつくでしょうが、斉藤豊仙の立場では
>朱印船を連想したと理解するのが最も自然だと思います。
この個所は、「朱印船は異国との交易を主目的にする」という半月城さんの記述を前提にしています。その記述自体をすぐ後で訂正されているようなので、ここでは突っ込んで論じないことにします。
>・異国と認識していない島への渡航に朱印という言葉を使わない程度には、吟味した
>・実際には老中奉書であるものを朱印と書く程度にしか、吟味していない
>
> これには同意します。
このように書くと、斉藤豊仙がどのような点を吟味し、どのような点を吟味しなかったかについて、半月城さんが自分の都合に合わせて恣意的に決め付けているように見えるのですよ。なので、前の記事では「今のところ私は支持できません」と書きました。
そして、恣意的な決め付けではないことを理解するために「斉藤豊仙が朱印船に関するどのような内容については詳しく吟味し、あるいは吟味しなかったとお考えなのか、また、そうお考えになる根拠は何か、もう少し詳しくご説明いただけませんか」と書いた訳です。なのでよろしくお願いします。
> 「交易」の用語は意味がすこし狭かったかも
>知れません。斉藤は、ともかく異国へ行って異国の
>物を持ち帰るのは、朱印船にしか許されないだろう
>くらいには考えていたのではないでしょうか。
すると、斉藤豊仙は「国外に行って国外のものを持ち帰るだけでは朱印船とは呼べない。異国が支配する土地までいって異国の物を持ち帰るのが朱印船である」と考えていた、というのが半月城さんの主張でしょうか。
よろしくお願いします。
PS.
池内敏「竹島渡海と鳥取藩」のアップロードありがとうございます。
これは メッセージ 12379 (hangetsujoh さん)への返信です.
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