イスラエル/パレスチナ和平

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感情はもちろん誰にだってあるが…

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/16 01:40 投稿番号: [5280 / 20008]
なんで
>嘘をつくな、盗むな、殺すな、です。権利ではない。禁止こそが「和平」を守る。

と書いたことが

>そんな風に人の感情というものを無視して

に繋がるのかわかりません。

>他人の感情を禁止すること

などでも何でもないんですがね。



あなたの文章を

>感情というものを無視して人間同士の交流などあり得るはずがありません。

というように読んでみます。私の勘違いでなければ、「今、現実の」イスラエル/パレスチナ和平交渉について話してたんですよね…。


……も、申し訳ないが、
……ま、まず笑いが……こみ上げてしまって
……ど、どうしようもありません……
天国どころの騒ぎじゃ…ないデス…
あ、そういえばアレも相当面白かった…て、天国行けちゃうんだってさ…

誰か助けて……





えーと、えーと……。そういう考えの「政治家」がいたら、投票しません。自分の人生を預けられません。とてもじゃないがうまくやってくれるだろうとも期待できない。騙されまくって日本はどうなっちまうんだろうと心配になります。

ジャップをみんな海へ叩き落とせ、と本音では思ってる奴らが来たらホントに落とされちゃいそう。

幸い、「人間同士の交流」を掲げて国を滅ぼさずに済んだ指導者は、歴史上いないだろうと思う。日本人でなくとも、人類はいくらなんでもそこまで愚かじゃない。国が滅びるまでいかずとも、対外債務火の車、インフレ率ベラボウ、失業率青色吐息、……そういう国ならありそうですが。

年に一度のお祭りで騒ぐの人生最大の楽しみ、人生そのもの、あとは何にもいりません!とか…何かどっかにありそうだな。年に一度は世界中の人が来てくれて人類愛パーティーで盛り上がる…。




まあいいです。僕はあなたの「考え方」(……あ、ご免、括弧で括っちゃった……)は完全にどうあっても絶対、ノーです。





>だからパレスチナの人達にそういう感情を抱くななどというのは無茶な話なのです


どうしてこう受け取られてしまったのか、目が、点に、ハイ…点コちゃんに…、なり   ま   し   た…。



投稿文の書き方が悪すぎるんですね。
出直します。





ご高説どうもでした。

「神殿の丘」をユダヤ教徒に解禁?

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2003/05/16 01:35 投稿番号: [5279 / 20008]
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20030515id26.htm
「神殿の丘」をユダヤ教徒に解禁へ…イスラエル警察

イスラエルのハネグビ警察相は同国国会で14日、イスラム教徒が管理するエルサレム旧市街のユダヤ、イスラム両教の聖地「神殿の丘(イスラム呼称はハラム・アッシャリフ)」へのユダヤ教徒の立ち入り許可を、再開する方針を明らかにした。
ただ、当地報道では、警察相の発言はシャロン首相との事前調整なしに行われたとされ、同首相の真意や実際の再開時期は不明だ。


大分前から検討されていた神殿の丘へのユダヤ人の立ち入りが
解禁されることになりそう。

裏でどんな動きがあったのか気になるところ。
この警察相ってリクードだったっけ?

>ちょっと気になる

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2003/05/16 01:30 投稿番号: [5278 / 20008]
>圧政とはどういう状況なのか簡単にわかりやすくで結構ですので   教えていただけませんか
>どこもイラクと同じような生活を国民は強いられている   ということですか

圧政というのは厳密な定義があるわけではありません。
国民の人権が、その政府によって著しく制限/圧迫されているようなときに
その政治体制を、批判を込めていう言葉が「圧政」です。
人権にも、生存権や社会権といったいろいろなものがあります。

たとえば参政権。自由な選挙が行われないときは
参政権が侵害されているわけです。
フセイン時代の「信任率100%の国民投票」は、
投票用紙に番号が振ってあって、不信任に投票した輩を投獄できるようになっていたようですが、
これは典型的な参政権の侵害でしょう。

また、言論の自由が認められているかどうか、という点も重要ですね。
こうしたことを総合的に考慮すると、圧政とは
フセイン時代のイラクや、現在の北朝鮮が典型です。

「アラブは、どこの国も圧制だ」と私は書いたかどうか記憶していません(失礼)。
ただ、たとえばエジプトなどは、反体制派への弾圧が厳しい。独裁政権のシリアもそうです。
言論の自由が完全に認められている国も少ないですね。
そういった国では、たとえば「イスラエルを打倒せよ!」
「9.11はユダヤ人の陰謀だ」といった意見を新聞が書いても、政府は何も言いませんが、
「我が政府では汚職が蔓延している」といったことを書いたジャーナリストは
投獄されたりします。

パレスチナ自治政府も、こういった自分たちへの批判や不満がメディアに載らないように
検閲したり、ジャーナリストを脅迫しています。

また、イスラム諸国では、女性の人権が極端に押さえられています。
これはイスラムの教えに則ったものである、とも言われますが
(実際にはイスラム成立以前の習慣によるものらしい)、
サウジなどでは女性ができる仕事が限定されていたり、また車を運転できない、
といったことになっています。
私に言わせれば、女性の社会進出を疎外していることが、イスラム諸国の経済低迷の原因だと思います
(人口の半分がその創造力や労働力を発揮できない社会が、発展するわけない)。
もっとも、こういった宗教を背景にした人権侵害については、その社会のメンバーが
「これでよいのだ」と思っているなら、外部の人間がとやかく言うことじゃないかもしれませんね。

ただ、圧政かどうか、ということは明確な基準や定義があるわけじゃないです。
主観的な判断です。
ですから、例えば私が「サウジアラビアは圧政だ」と思っても、
他の人はそう思わないかもしれない。
そういったズレがある言葉だということがポイントです。

>現実的な手助けはきっとユダヤ人が

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/16 00:55 投稿番号: [5277 / 20008]
>?>自分達の故郷を奪った
こちらは、そうじゃないだろう、と思います。あの行為から学ぶべきことのほうを忘れて貰っては困る。


いや、ナイーブってことじゃなく人間というのは感情をもつ生き物なのです。
だから殺意を抱くし、恋愛だって、なんでこの人を好きになるのかなんて自分でも説明できるものではないのです。自分でも説明できないような感情というものをもつ生き物なのです。
だからパレスチナの人達にそういう感情を抱くななどというのは無茶な話なのです。
パレスチナの人達の感情をこうしろとは言えないことなのです。
人間がそんな風に感情を統制できるものならそもそも戦争なんかしてないじゃないですか?

>許さない、忘れない。という言い方があります。したたかです。現実的です。
契約の民ですから、約束をし合って、その契約を履行する。約束破りは許さない。
信頼関係はそれ以外では構築できない。
そういうことだろうと思います。
嘘をつくな、盗むな、殺すな、です。
権利ではない。禁止こそが「和平」を守る。


違います。
そんな風に人の感情というものを無視して人間同士の交流などあり得るはずがありません。
私が権利というのは、パレスチナの人達が感情を持つ人達であることを認めようということです。
それなしにあなたが言うような、お金がどうこうとかそんなことで和解ができるとは到底、思えません。
他人の感情を禁止することなどは絶対に出来ないことなのです。それができると思った時点でまちがいです。
今、アメリカのネオコンの人達が過っているのもこの点です。他人の感情をあやつることができる。その思い込みがアメリカ人のあやまりなのです。

現実的な手助けはきっとユダヤ人が

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 23:54 投稿番号: [5276 / 20008]
①>故郷を思う気持ちは

よく分ります。

②>自分達の故郷を奪った

こちらは、そうじゃないだろう、と思います。あの行為から学ぶべきことのほうを忘れて貰っては困る。


日本人は「ナイーブ」と言われる通り、①に弱い。そしてそのまま②まで認めちゃう。
涙を見せられると、一瞬たじろぐし、とりあえずはどうしようもなくなってしまいます。

僕も経験はある。何度か経験すれば「年表」ひとつとっても見方は変わる。
状況を具体的に想定することもできる。

ユダヤ人たちはWTCが崩壊したときのパレスチナ人たちの
あの「ダンス」を忘れないでしょう(僕が見聞する限りはそうです)。

殺しのあとの「英雄」を讃える謳歌を何度も見させられれば忘れるはずもない。
それを忘れないことが、騙されないことでもあるのだろうと思います。

許さない、忘れない。という言い方があります。したたかです。現実的です。
契約の民ですから、約束をし合って、その契約を履行する。約束破りは許さない。
信頼関係はそれ以外では構築できない。

そういうことだろうと思います。
嘘をつくな、盗むな、殺すな、です。
権利ではない。禁止こそが「和平」を守る。


いまのところはまともに約束し合うことさえできていません。
でも、約束さえできて、それを守れるということが信じられれば、
実際に難民たちに「現実的な」手助けをするのもユダヤ人たちだろうと
僕は思っています。

カネは、米・日・欧の順番かもしれない。つまり金持ち順です。
(そのときイスラムがどう動くかは見ものです)

早く一人前の国として他国と商売ができるようにする。
それが「現実的な」手助けの一例です。

日本のように口では優しい事を言いながら他国で開発荒らしをするようなことは、
パレスチナではやらないだろうと思います。

パレスチナ人は多分、ITに強いでしょうから、
イスラエルとはかなり先端的な協力ができるかもしれない。
早くそうなればいいなと思います。



チョムスキーのビデオは外国経由なはずなので高いですよ。
方法論の人ではないので、活字だけで充分だと思います。

>安心しました。

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 22:44 投稿番号: [5275 / 20008]
>>あなたは、頭の中で「他人を殺したい」と思った人間は必ずそうする、やめることはないのだという前提で論を立てていないでしょうか?
>と受け取られた僕の「論」も、守らなければ、という当たり前の気持ちからはじまっていると思ってます。


そうですか。チョムスキーについてあなたが書かれたことはちょっと意味をかなり取り違えていたかもしれません。
チョムスキーの映画の方は見てないのですが、機会があれば見てみたいですね。

帰還権の主張はよく分からないんですが、パレスチナの人達の、自分達の故郷を奪ったことを認めて欲しい。そういう気持ちはやはりあるのかもしれないですね。
でもだからといって、「全部」の主張ではやはりないのだと思うのです。
なぜなら現実的には「全部」など取りかえすことができるわけがないのだから。
だけれども気持ちとしてそういうことを訴えないではいられない。そういうことはあると思うのです。
それを「殺意」であるという風に受け取るのはやはり違うのだと私は思うのです。
なぜなら故郷を思う気持ちは誰にでも認められていいものだと思うから。それで「基本的人権」ではないだろうか?と思うのです。故郷を思う気持ちを国際社会が否定することはやはり出来ないと私は思うのです。

安心しました。

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 21:44 投稿番号: [5274 / 20008]
>できる現実的想定としては、両親のことを考えてやはり兵隊に行くことの方を選択するかもしれないとは思います。

そのほうが当然だと思います。愛情というのは、普通の「近代的な価値観」ではそういうふうに、守りたいという方向に働くものだと思います。

>あなたは、頭の中で「他人を殺したい」と思った人間は必ずそうする、やめることはないのだという前提で論を立てていないでしょうか?

と受け取られた僕の「論」も、守らなければ、という当たり前の気持ちからはじまっていると思ってます。

ちょっと気になるんですが

投稿者: himuka21 投稿日時: 2003/05/15 21:38 投稿番号: [5273 / 20008]
貴重なご意見たくさんありがとうございました   アドベンチャーさんが少し前にいってらっしゃいました   アラブはどこの国も圧政だということですが   サウジアラビアは王政だけど圧政だとかどっかの国もどうとかだけどそうだとか   圧政とはどういう状況なのか簡単にわかりやすくで結構ですので   教えていただけませんか   どこもイラクと同じような生活を国民は強いられている   ということですか

>殺されかねないのが自分の子供なら

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 21:36 投稿番号: [5272 / 20008]
>殺されかねないのが自分の子供ならどうですかね


私は独身ですので現実的にそれは想定できません。
今、できる現実的想定としては、両親のことを考えてやはり兵隊に行くことの方を選択するかもしれないとは思います。

殺されかねないのが自分の子供なら

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 21:16 投稿番号: [5271 / 20008]
どうですかね

>テロ組織を完膚無きまでに抹殺すること

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 21:09 投稿番号: [5270 / 20008]
>>あなたは、頭の中で「他人を殺したい」と思った人間は必ずそうする、やめることはないのだという前提で論を立てていないでしょうか?
>違います。

そうですか?
私の理解不足で受け取り方が間違っていたらすみません。

>テロも戦争の一種だと思いますが、仕掛けられた戦争にはどう対応するんでしょう?

それを迷っているわけです。
自分が兵士として戦わなくなったときにどうするかを。
できるものなら殺人をせずに生涯を終えたいですから。
自分の身に切迫した場合は仕方がないのかもしれません。
たとえば他国が侵略してきて戦争になり徴兵されそうになった場合に迷うと思います。刑務所に入る方を私は選ぶかもしれません。ごめんなさい。

>僕は、テロ組織、インフラ、資金提供者の全てを、状況しだいでは殺す必要があると思います(殺し自体を目的とするという意味ではなく)。

状況次第ではというのがどういう意味か、よく分からないのですが。
近代的な価値観ではいかなる犯罪者でも裁判をかけた上で死刑などの判決を出して(死刑に該当する犯罪を犯した場合ですが)執行することがルールだと思いますが。もちろん戦時でなければですが。

>もしも、そういう殺しさえ反対なのであれば、イスラエルのバスに乗りながら、それを訴えてみて欲しいとも思う。テロを受けても殺すな、と。その「考え」が揺るぎないものであることをご自身で確かめるために。


なんのためにそのような何も現実を変えるわけがないような意味のないことをしなければならないのでしょうか?

テロ組織を完膚無きまでに抹殺すること

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 20:41 投稿番号: [5269 / 20008]
>あなたは、頭の中で「他人を殺したい」と思った人間は必ずそうする、やめることはないのだという前提で論を立てていないでしょうか?

違います。爆発寸前で止めた女の子の話を引用したぐらいですよ。


>ハリポタには全然、興味もありませんので見たことありません。

これは失礼。子供がいると興味に関わりなく連れて行かないわけにもいかない事情があるんです。

>戦争は自分の意思とかかわりなく、他人を殺すことを強要するものです。だから反対なのです。

テロも戦争の一種だと思いますが、仕掛けられた戦争にはどう対応するんでしょう?

僕は、テロ組織、インフラ、資金提供者の全てを、状況しだいでは殺す必要があると思います(殺し自体を目的とするという意味ではなく)。テロリストの戦術は年々進化しています。これに対するオペレーションもそれだけ困難だ。その際には「生きたまま捕獲」することができないことのほうが多いと思います。

もしも、そういう殺しさえ反対なのであれば、イスラエルのバスに乗りながら、それを訴えてみて欲しいとも思う。テロを受けても殺すな、と。その「考え」が揺るぎないものであることをご自身で確かめるために。



>、「基本的人権」というのはちょっと都合がいい

そういう世論を味方につけようとしているパレスチナ戦法に殺されているイスラエル人にとっては都合が良すぎる話しですね。

>私には明らかではないし、パレスチナの人達にも明らかでないようです。

現実的な妥協に生きて、ようやく独立国を手に入れ、そこに移り住むんです。かつて一緒になってイスラエルに戦争を仕掛けたアラブ同盟から当座の援助を受けながら。

そして、どうせ内輪もめが始まるかもしれないが、外には向けないことです。

>本音がどのようなものかということを他人にあれこれ文句を言われる筋合いはいかなる人にもない

現実の和平テーブル、民族対民族の外交交渉の場では、筋合いは大ありです。ただし、本音を語り合う酒場ではないのだから、「行動」で示すことを約束し合う。その約束を果たすことだけが求められているわけです。

>1988年12月、ジュネーブにてアラファトがテロ放棄とイスラエル生存権承認を宣言

例えばこういうことです。この約束は何だったのか?   「どういう本音でその後もテロを繰り返してきたのか?」

約束を守らない奴は本音を確かめられる。それが「いかなる人」からでも前科者が浴びるべき問い質しというものです。


>仕掛けておいて負け続けた奴に

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 20:27 投稿番号: [5268 / 20008]
>基本的人権の全てを認めるべきかどうかは、程度問題で意見が分かれるだろうとは思います。


そうですね。ここが違うわけでしょうか?
私は、パレスチナ難民の不遇を考えれば当然、認めるべきだと思います。

しかし、「基本的人権」というのはちょっと都合がいい言い方に思われるかも知れないけど、そもそもというのはどういう人間にも認める権利という意味合いで言おうとしたのですが。
戦争に負けた人間には認めるべきではないというなら「基本的人権」になりません。


>ならば、どう決着をつけるのが現実的な着地点かというのは、明らかだと思います。

私には明らかではないし、パレスチナの人達にも明らかでないようです。

>「やっちまって勝てばラッキー、負けてもまたやろう」を続けてきた前科者を相手にしている「危険状況」の立場にとっては、大いに意味があると思います。
だから、「本音」が「全部」じゃないことを証明する必要がある。


ここらへんの認識も私は共有してないようです。本音がどのようなものかということを他人にあれこれ文句を言われる筋合いはいかなる人にもないと私は思います。
すみません。

仕掛けておいて負け続けた奴に

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 20:08 投稿番号: [5267 / 20008]
基本的人権の全てを認めるべきかどうかは、程度問題で意見が分かれるだろうとは思います。

程度の中でもとりわけ、勝ってきた側が「生存危機に関わる」と明言している部分がある以上は、そっちを尊重するべきだというのが僕の考えです。

しかもそこには、国連の不作為の罪まであって決議内容に大いなる矛盾がある。つまり「これはないだろう」の部分に正当性がある。何も命や全部のパレスチナ領土をよこせと言っている訳じゃない。

ならば、どう決着をつけるのが現実的な着地点かというのは、明らかだと思います。

ただし、難民状況にどのような始末をつけるにせよ、旧アラブ同盟が補償義務さえ負わずに逃げ切っていいものでもないと思います。国連など使わなくても実際的に充分な補償はできるはず。


>また本音というのか、心の中でどのような願望を抱いているか?などということをあれこれ言っても意味がないと思うのだけど。

これは、「やっちまって勝てばラッキー、負けてもまたやろう」を続けてきた前科者を相手にしている「危険状況」の立場にとっては、大いに意味があると思います。

だから、「本音」が「全部」じゃないことを証明する必要がある。言葉ではなく行動で示す限りにおいて、ようやく本音はどうでもいい、と安心できるはずです。

>今、また「全部」か?

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 19:53 投稿番号: [5266 / 20008]
>パレスチナ側の言い分を検討して、その正当性を述べて欲しいとも思います。


それを私はずっと述べて来たつもりなのですが。
つまり、パレスチナ難民のような状況に置かれた人間が故郷に帰りたいと訴えた場合に、そのようなことは基本的人権の観点から認めてあげるべきだと思う。
私は基本的人権の観点からこのように主張することに正当性があると思う。
それが私の考えです。

イスラエル側が主張している観点とは別に(イスラエル側の主張もひとつの論理的な整合性はとれていると思いますが。)こういう理屈にも正当性があると私は思うわけです。
私は「正当性」というのはそれぞれの人の立場や見方の基準によって違ってくるものであって、世の中にひとつだけの絶対的な「正当性」があるわけではないだろうと思う。
だから現実的に紛争をしている人達がいたならば、両者の言い分を聞いてそれをいかに調停するかが必要だと思います。(でないと現実的にも解決しないと思う。)

私はパレスチナ難民が帰還権を主張したからといって、「全部」の主張になるとは考えていません。
また本音というのか、心の中でどのような願望を抱いているか?などということをあれこれ言っても意味がないと思うのだけど。たとえば「タイムスリップして昔、平和に暮らしてた頃に戻りたい」と思っているかもしれないけど、そういう主張をしている(たとえば「タイムマシンをつくって事態を解決しよう」と言ってるとか)わけではないのですから。本音はどうこうというのは詮索の話なのだから。

かっこのことを言いましたが、私もけっこう、使ってますね。議論ですから、象徴とか、ありますよね。文脈にそってということですね。それはそうでした。すみません。

>池内 恵

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 19:51 投稿番号: [5265 / 20008]
>>どうしてテロリストの大半はイスラム教徒なんだろ?

>9.11の前までは、そういうことを口にすると
「ポリティカル・インコレクト」「偏見」「差別主義者」
とレッテル貼られましたよね。でも、今はそんな時代じゃない。
前に中東カテで教えて貰った『現代アラブの社会思想』(池内 恵 著)という本が
ある程度、貴殿の疑問に答えてくれるかもしれない、と思います。
よろしかったら是非御一読を。


機会をみつけて読んでみます(時間とれるかなあ)。



ただ、「天国行けちゃうから」(笑)という説明の仕方は、イスラエル人が「感じさせられてる」部分にも繋がるという意味も含めて(実現よりも闘争を続けて遠い将来に望むもの全てを手に入れたい)、ホントに納得できてます。

僕自身、彼らがそこまで頑なに「全て」に拘っているとは余り真剣に受け止めていませんでしたが、どうやら沽券やプライドに関わる物凄い意味に捉えているのだろうと思うようになった見方でした。

今、また「全部」か?

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 19:29 投稿番号: [5264 / 20008]
>今、和平交渉を現に進めようとしているのですよ。パレスチナ側は当初のイスラエル建国を認めないなどということ今、言っていないのですよ。

つい昨日か一昨日ですよね。なんでイスラムにテロリストが多いのかと、そこからはじまりました。

僕の意見は一貫しているつもりだが、独りよがりだとも思えない。同意見が他にもあるからです。

イスラエルのテロに限れば、テロのたびに要求しているのは、結局のところ「全部」です(事実かどうかよりイスラエル人自身がそう感じさせられていることのほうが重要だ)。

全部ってなんだ?そこで「今」は帰還権が入ってくる。いつのものだ?1948年です。また今度もそれに拘るつもりか?という「疑念」は「現実的」なものだと思います。


>What is overlooked by many is the fact that such a return of refugees into Israel would actually stand in total contrast to UN Resolution 181 (29 Nov. 1947), which called for the establishment of two states in Palestine: An Arab and a Jewish state. This resolution was accepted by the Jews, but rejected by the Arabs, who immediately launched a war against the Jewish population in mandatory Palestine.
http://www.ict.org.il/articles/articledet.cfm?articleid=434


あなたの態度からは、そんな昔のことはどうでもいい、というように感じられるが、当事者にしてみれば、これは「今また何度目か知らないがまた突き付けられている」帰還権の問題ですから、重要すぎるほど重要なんだと思います。


次のレスにこれがありますね。
>パレスチナ側の言い分は頭から相手にしないのでは話になりません。

彼らの言い分(の本音ネ)は、僕は「全部」なんだろうなあ、と思ってます(しかも独りよがりじゃなく)。そして、それは相手にするもなにも、話しにはならないゾ、と思う。

限定的な言い分があって、そのこと自体をまず証明するなら、「武装解除」が分りやすい、とも書いた。すでに約束されたカネで「全部派」を押えることができることが、ようやくそれで確かめられる、そう書きました。相手になるのは、それからでしょう(僕が、ではなく、イスラエル人の大多数にとっては、そう感じるのが当たり前だと思います)。


で、あなたはどう思うんですか?

パレスチナ側の
>言い分を検討して、その正当性

を述べて欲しいとも思います。

その次のレス
>どうもここの前提が違うようです。

違うというのならハアレツなりを探ってイスラエル人の疑念を払うような態度が実際にあって、それが受け入れられているかどうか、確かめて欲しいです

>今度こそうまく行ってほしいと思います。

僕もそう思う。テロ対策のコストやリスクまで負わされて(パレスチナの仕事ダ!)そのやり方まで批判されているのはホントに「可哀相だ」と思います。

>現に進めようとしている????

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 19:18 投稿番号: [5263 / 20008]
>本当にパレスチナ側は「現に進めようとしている」と素直に受け取れますか?
その姿勢に必要な「妥協」がこれまでパレスチナ側にありましたか?
僕の頭の中だけでなく、イスラエル人の多くも、そういう疑問を抱いていると思います。


どうもここの前提が違うようです。
私は現在、進んでいる和平交渉に大きな期待を寄せています。アラファトが代わり、今度こそうまく行ってほしいと思います。
もちろん和平交渉が上手く行くのかどうかは分かりません。私は予知能力をもたないですから。

>>限定するべきです

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 19:08 投稿番号: [5262 / 20008]
>この矛盾にはいつから気付いていましたか?気付いた目で歴史を眺め直したか?


あなたが望むような方向に私が歴史を見直さなければならないということはそもそもないのですよ。私の考えがどう変わったかということは、現実の和平とはなんら、結び付かないものなのだから。
私は現時点でこうではないかと考えていることを述べているのです。もちろん私の考えていることが正しいことばかりのはずはない。それは当たり前。そんなことを言ったら世の中に絶対的に正しい人間などというものはあり得ないのであり、議論になりません。
過去にどう思ってどうこうみたいな私の思考の個人史を説明することに一体、なんの意味があるというのでしょうか?

重要なことはイスラエル側にこういう言い分のある人達がいる。パレスチナ側にこういう言い分のある人達がいる。それをいかに調停すれば和平が成立するだろうか?ということです。
現実的に和平を進める上で、両者の言い分を検討して、その正当性を議論するという点ではたしかに意味があると思いますが、あなたの主張はどう考えてもイスラエル側ばかりにかたよりすぎのように思えます。パレスチナ寄りの国際世論を問題にすることの意義も分かりますが、パレスチナ側の言い分は頭から相手にしないのでは話になりません。

帰還権の問題については、現実的に考えてもイスラエルがパレスチナ難民に対する補償をしないなら国連が金銭的な補償などしておさまるならいいことだからそれでもいいと思います。ただ現実的に国連がそのように動くということがあり得るのか?はよく分かりません。

今、私達が問題にしているのは、現に起きているイスラエルとパレスチナの紛争をいかに終わりにさせて、相互の人達が和解しあえばいいのだろうか?ということです。

>多分これも読みとばされた気がしますけど

読み飛ばしているわけではありません。私はあなたの意見を聞いて、それを参考に自分なりに考えたことを述べようとしているのです。あなたの意見と同じなのだったらそもそも議論する必要もありません。

現に進めようとしている????

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 18:59 投稿番号: [5261 / 20008]
本当にパレスチナ側は「現に進めようとしている」と素直に受け取れますか?

その姿勢に必要な「妥協」がこれまでパレスチナ側にありましたか?

僕の頭の中だけでなく、イスラエル人の多くも、そういう疑問を抱いていると思います。彼らが受けている印象というのは、「現実的な妥協を模索して『生きる』者の姿勢じゃない」(これまで全然違った)というものだと思います。『現に』(!)、イスラエルの大学教授(エルサレム・ポストに投稿してた人のことです)もそのような趣旨のことを書いてますよね。

まさに僕の勝手な考えとは限らないと思うから「年表」やリンク先も乗せたんです。

>実現よりも闘争を続けて遠い将来に望むもの全てを手に入れたい

もちろんこれは2000年の言葉だ。今のロードマップを前にした引用じゃないです。ただ、同じ「疑い」がまた持たれてると、僕は感じてます。ハアレツなどでも既に用心深いコラムがいくつかあったと思います。







>象徴ってなんですか?

あなたが「死者」という言葉に突っかかったのでカギ括弧の中なのだから象徴的に(文脈の中で)捉えて欲しい、と言ったのだけど。

>カギ括弧の言葉は

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 18:43 投稿番号: [5260 / 20008]
>象徴的に捉えてください。
だいたい文脈からして「現実的な妥協を模索して『生きる』者の姿勢じゃない」ぐらいのことは分るでしょう?


何を仰っているのですか?
今、和平交渉を現に進めようとしているのですよ。パレスチナ側は当初のイスラエル建国を認めないなどということ今、言っていないのですよ。
象徴ってなんですか?我々は現実に起きていることの話をしているのです。あなたの頭の中で成立しているらしい理屈が誰にでも成立するはずだとでも思っているなら、そのこと自体がおかしいです。世の中の人達はみんな、それぞれ違うことを考えているのです。人間とはそういう個人個人が意思をもつものなのです。自分が考えていることは自分の考えでしかなくて、自分が正しいと思えることは他人にはそうでないだろう。それが当たり前の前提です。この前提がなければ会話が成り立ちません。

>カギ括弧の言葉は

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 18:29 投稿番号: [5259 / 20008]
チョムスキーのほうのレスでしたね。



趣旨は、テロの元を(本気になって徹底的に)絶て、です。

>限定するべきです

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 18:22 投稿番号: [5258 / 20008]
すでに、限定されています。イスラエルにはパレスチナ人がいます。しかも、そんじょそこらのイスラムよりはまともな「人権付き」生活ができてる。だから、これ以上は要らない。残りの「全部の」難民になど、補償の義務はない。これはアッバス氏がとりあえず受け入れたロードマップの以前からPが主張してる「帰還権は絶対譲らない」に対する答え方のひとつです。僕はそれを支持したい。

責任限定戦法、読んでもらいました?ああいう認識があれば、帰還権全部派をきっぱり否定しないと「全てを勝ち取るまで永遠に闘争と死を」という生き方に付き合わされることなる。

難民が人間になる権利として、国つくってそこで出直す、それで充分でしょう。本人たちにも「やっちまった自己責任」があるわけだから。それに伴う補償が必要なら旧アラブ同盟が尻ぬぐいをすべきです。難民を滅びるままに放置しろと言ってるんじゃない。攻められて勝ったイスラエルに持ってく話しじゃない、ということです。


>たとえば戦後半世紀以上、たっているのに靖国問題で抗議する中国はやはり行き過ぎではないでしょうか?

こう言えるのは「責任取った」からですよね。アラブ同盟はまだ、なんの責任も取ってません。


>あと国連決議181と242とで矛盾を言いますが、事態が進展するとともにいろいろと変わって行くのは当然です。

これはかなり簡単に言い捨ててられた気がするが、この矛盾にはいつから気付いていましたか?気付いた目で歴史を眺め直したことはありますか?その目で「限定済み責任戦法」のようなアラブ的態度の経緯を見てほしいと思うのですが。これは、僕が書いた

>かたや永遠の闘争と死を選ぶ者たちがその過ちにおいて誇りの裡に滅びるならば、それは歴史の必然でしかない。何一つ欠けることのない誇りある理想が現実世界には存在しないのであれば、彼ら自身が信じる通り死後においてのみ手に入れることはできるのかもしれない。

に繋がっていく部分です。多分これも読みとばされた気がしますけど、こういう生き方に付き合わされるリスクを、誰が負わなければならないのでしょう?

カギ括弧の言葉は

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 18:19 投稿番号: [5257 / 20008]
象徴的に捉えてください。

だいたい文脈からして「現実的な妥協を模索して『生きる』者の姿勢じゃない」ぐらいのことは分るでしょう?



提言として旧アラブ同盟に補償を要求するという趣旨の投稿なので、それに対する是非、反対意見、別案が聞きたい。

アイデンティティ

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 18:17 投稿番号: [5256 / 20008]
>でも、民族というのは、血統を重視した自明の存在ではなく
共同体としての歴史的体験から創られるアイデンティティでしょ?
だから、客観的にはどう見えても、本人たちがそう思い込んでいれば、
それはそれでOKなんです。   他人がとやかくは言えません。

仰る通りです。
民族を「P」とするのは不快感を与えるだけですね。
失礼しました。



ただ「アイデンティティ」のほうは大いに問題があると思います。僕にはその生き様が、

永遠の闘争と死を選ぶ者たち。何一つ欠けることのない誇りある理想に生きる者たち。現実世界には存在しないが彼ら自身が信じる通り死後においてのみ手に入れることができるのかもしれない末世を超えた栄光を求める者たち。すなわち現実社会における妥協のできない生き方。

問題、というのは、他者がどう受け取っているかという部分です。少なくともこのように感じている(感じさせられている、五十年も感じさせられ続けてきている)イスラエル人のほうが圧倒的に多いはずです。このことはadventureoftheultraworldさんもよくご存知なのだと思います。


年表のところで引用したユダヤ人教授の
>妥協に基づく国家実現よりも、闘争を続けて遠い将来に望むもの全てを手に入れたいと彼らは考える。
と同じような意味です。彼の母国語の中で「全て」という部分がどの程度「大文字」なのかも想像してあげたいところです。


人権と言うときに「言論の自由」「思想の自由」があって、「アイデンティティ」を否定することが許されない風潮があります。その際、このような生き方に付き合わされる民族のリスクには、国際社会はあまり思いが至っていない。

僕自身は、イスラエル人が直面させられ続けてきていてなおも「目の前にある危機」であるリスクのほうにこそ「人間的叫び」を認めたい−これも、多くの場合国際社会が思い至らない「不誠実さ」です。

人権などに勝る法律として「殺すな」のほうが第一義なのだとする「コンセンサス」がきちんと確立されれば、紛争を「終わらせない」根っこの部分は、排除できるのではないかと思うのですが。

限定済み戦法、読んでもらいました?ああいう認識でパレスチナ人たちが繰り返してきていることを見れば「全てを勝ち取るまで永遠に闘争と死を」という生き方に付き合わされるリスクが「人権派」や「とにかく平和派」や「武器を棄てろ派」にも分って貰えると思います。

欲しがってるものを安易に与えればいいというものでもない。どうせ彼らは「もっと、もっと」と言うに決まっている、とも思っています。

テロ対策のコストやリスクを考えれば「さっさと独立させて内輪もめは勝手にやらせればいい」し「そうすればもう、もっと、のお話しはきっぱり終わり」に出来ます。

>チョムスキーは
>じゃあテロリストをどう抑え込むのか?   フセインをどうやって武装解除するのか?
といった建設的な提言は苦手みたいです。

まさに同感です。

>チョムスキーと暴力2

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 17:45 投稿番号: [5255 / 20008]
>永遠の闘争と死を選ぶ者たち、何一つ欠けることのない誇りある理想に生きる者たちとは、すなわち現実社会における「死者」です。死者と、彼らを生きながらえさせている者との繋がりを絶てば良い。


死者ではありません。あなたが頭の中で観念として「死者」と決めつけているだけです。みんな、生きている人達です。

インド映画で「マツリの種」という作品があります。少女のテロリストが、最後にテロをすることをやめる話です。
あなたは、頭の中で「他人を殺したい」と思った人間は必ずそうする、やめることはないのだという前提で論を立てていないでしょうか?

もっともあなたは前に映画の中の世界と現実の世界は違うみたいなことを書いてたから映画の話をしてもそれはフィクションだからと言われるかもしれないが。
私は映画を現実から離れたフィクションとして見る方ではありません。現実と地続きの世界のものとして見て、世界を勉強する場だと思っています。ドキュメンタリーとか、そういう系統のものもよく見ます。前にハリポタの話をしてたけど、ハリポタには全然、興味もありませんので見たことありません。

殺意を抱いた、ということと、本当にそれを実行するかどうかは決定的なへだたりがあります。
大多数の人達は仮に殺意を抱くようなことがあったとしても踏み止まって本当には実行しないと思います。
戦争は自分の意思とかかわりなく、他人を殺すことを強要するものです。だから反対なのです。

「P」とは言えないでしょう。

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2003/05/15 17:07 投稿番号: [5254 / 20008]
>チョムスキーは「政治家にはならないのか」と聞かれて言下に否定しています。
>彼は実のところ世論にはほとんど期待していないのではないでしょうか。
>絶望でさえあるかもしれない

チョムスキーは最近、国際情勢の御意見番として持ち上げられていますが
彼の専門は「言語学」ですよね。
で、彼の国際情勢やアメリカ政治への態度を一言で表すとしたら
「知的パンク」ということでしょう。
つまり「権威らしきものをすべて攻撃する」という態度ですよね。
だから、ブッシュ批判とかをやらせれば小気味いい意見を言ってくれるけど
じゃあテロリストをどう抑え込むのか?   フセインをどうやって武装解除するのか?
といった建設的な提言は苦手みたいです。
僕のなかでは「冷戦時代の日本社会党」とキャラが被ります(笑)。

>僕が「P」というのは現パレスチナ人、現パレスチナ難民と言われている人たち、
>というような意味です。
>パレスチナ人などない、なかった、という立場だからです。
>民族ではなく造語だからです。また、元々の古い意味とも違ってしまっています。

たしかに現在のパレスチナ人は、聖書に出てくる「ペリシテ人」とは違います。
また、5227でoldfirehallさんが述べているように、
その多くは20世紀初頭に移住して来たアラブ人なのかもしれません。
私の知り合いのコテコテ右翼のイスラエリのなかには
「われわれこそが神からパレスチナを与えられた民族なのだから
われわれユダヤ人が真のパレスチナ人だ」とまで言う人もいます(笑)。

でも、民族というのは、血統を重視した自明の存在ではなく
共同体としての歴史的体験から創られるアイデンティティでしょ?
だから、客観的にはどう見えても、本人たちがそう思い込んでいれば、
それはそれでOKなんです。   他人がとやかくは言えません。

パレスチナ人は、おそらく1948年まで、自分達をパレスチナ人だと思ったことはなかった。
自分達を「アラブ人」だと思ってきていた。
それが、
「イスラエル建国に伴う離散」
「イスラエルによる弾圧」
「アラブ諸国同胞による裏切り、弾圧」
「イスラエルへの抵抗」といった共同体としての体験を経て、
パレスチナ人という新しいアイデンティティを獲得したんだと思います。
で、それを外部の人間が
「あんたらは実はアラブ人で、パレスチナ人ではない」なんて
否定することは出来ないでしょう。

>どうしてテロリストの大半はイスラム教徒なんだろ?

9.11の前までは、そういうことを口にすると
「ポリティカル・インコレクト」「偏見」「差別主義者」
とレッテル貼られましたよね。でも、今はそんな時代じゃない。
前に中東カテで教えて貰った『現代アラブの社会思想』(池内 恵 著)という本が
ある程度、貴殿の疑問に答えてくれるかもしれない、と思います。
よろしかったら是非御一読を。

>チョムスキーと暴力1

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 16:38 投稿番号: [5253 / 20008]
>戦争非参加について触れたkusukusu552000さんの例では、その場合に日本が負ければ、間接的かもしれないが責めは負うべきです。自分が殺したくないから、というだけでは、戦争は止められなかった訳でしょう。


そこまで一個人に責任を負うことを追求するべきではないと私は思います。
責任を負うべきはどこまでか?ということを限定するべきです。でないと、無限に責任を負い続けなければなりません。
たとえば戦後半世紀以上、たっているのに靖国問題で抗議する中国はやはり行き過ぎではないでしょうか?

私は日本に戦争責任がないともパレスチナに戦争責任がないとも言っているわけではありません。責任追求を限定的にしなければならない。でないと無限に罪が問われることになってしまい、お互いの国(民族)の和解がそれでは永遠にあり得なくなってしまうのではないか?

もちろんアラファト元議長の責任は大きいと思います。2001年1月のバラク提案さえ拒否したアラファトには和平する意思があるのかを疑われるのは当然で、議長が変わったことはとにかく一歩前進だと思います。今後、にっちもさっちもいかなくなって、アラファトのカムバックなんてことにはどうか、ならないで欲しいと思います。

私は憲法第9条改憲には反対ではありません。
今の世界情勢で日本が平和主義を唱えているのはおかしいと思います。従って、民主的な手続きを通して、改憲しようという意見が多ければ改憲するのがいいと思います。
特に自衛隊は地雷撤去などで実力があるようなことも聞くので、そういう方面はどんどん参加して欲しいなと思います。
ただし、戦争に行かずに兵役を拒否してそのために刑務所に入れられる道を選択する人の生き方も認めるべきだと個人的に思います。
私自身がそうした場合に兵隊に行くか、刑務所に入ることを選ぶかは迷っています。本当にその状況にならないととても結論は出ないでしょう。(私の性格だとその状況になっても、どうしようと迷ってるかもしれない。優柔不断でこんなことだから女の子にもてないのです。)
あと国連決議181と242とで矛盾を言いますが、事態が進展するとともにいろいろと変わって行くのは当然です。問題は紛争をしている両者にそれぞれ異なる言い分があり、その調停をどうはかるか?ですから、一方の論理だけを絶対に正論とするのでは物理的に「和解」ということはあり得ないのです。その意味では、たしかにパレスチナ寄りに偏りすぎている論調も問題かもしれません。このトピはそこをよく議論しているようで素晴らしいと思います。
私もどっちかと言うと心情的にはパレスチナの人達につい同情してしまいたくなる方なのだけど(北朝鮮に対してさえ、金正日はひどいと思うけど、一般の人達には心情的に同情してしまいます。「海外>韓国、北朝鮮>北朝鮮核開発問題」のトピなどでもやられています)、イスラエル側の言い分になるほどと思うものは随分、あるし、そもそも戦争を始めたのはアラブ側である点はきちんとアラブ側を批難すべき筋合いのものだと思います。
ざっくばらんになりましたが、すみません。

>どうこう言っている場合でもない

投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2003/05/15 16:35 投稿番号: [5252 / 20008]
>実際、もう建国してしまい、イスラエルを母国とする人を目の当たりにし、
>建国に関してどうこう言っている場合でもないのだなとも思います。

そうですね。
私も実はかつてはパレスチナ熱狂的支持派で、
「シオニズムは汚い。パレスチナ全土の民族解放とイスラエルの解体
非宗教的/世俗的で多宗教共存のパレスチナ建国を断固支持」という考えだったのですが、
7年ほど前にひょんなことからイスラエルを訪れて
「ああ、こんなことを言っても、しょうがないんだな」と悟りました。
イスラエル建国の過程には異議があるけれど、
結局、既成事実をある程度認めてしまわないと、ラチがあかないし、
実現不可能な理想を掲げて闘うことは、美しいけど、
実は解決を先延ばしにして
悲劇を倍増しているだけなんじゃないか、と思います。

よく、パレスチナ問題を
「あなたの家に突然、侵入者がやって来て
『2000年前に私たちがこの家に住んでいたのだから、あんたらは出ていけ!』
と追い出されたらどうする?   当然戦って、家を取り戻したいと思うだろ」
とわかりやすい譬え話で説明する人がいますよね。

でも、この譬え話には、いろいろと重要な点を見落としています。
たとえば、その「侵入者」が、すでにこの家に50年以上も住んでしまっているなら
それを単純に追い出すのは不可能だし、非現実的ですよね。
もう世代も変わっているんだし、
今まで、散々追い出そうとしては負け続けてきたことを考慮すれば
侵入者と話し合って、庭なり軒下に新しい家を建てるしかないでしょう。
で、大多数のパレスチナ人はそのことを悟っているし、イスラエル人もそうです。
なのに、外部の人間がいつまでも「イスラエルなど存在しない」って言い続けるのは
滑稽で、哀しいことです。

>西洋人らしい(言い切る割りに、意外と他文化を知らない)とでも言うべきでしょうか。

西洋人だけじゃなくて、日本のパレスチナ支持派にもそういう人は多いです。

たとえば、「イスラエルは常にアメリカの軍事援助を背景にパレスチナを圧迫し……」
と言い切るのがパレスチナ支持派のなかの常識ですけど、
第2次中東戦争では、イスラエル/英国/仏国のエジプト攻撃を
国連決議で停止させたのはアメリカですよね。
第1次中東戦争の頃も、アメリカは軍事援助をやっていない。
で、今ではアメリカはパレスチナ自治政府への最大の援助国でもある。
そういった「言い切り」に反する、細かい事実を積み重ねていくと
紋切り型の構図ではないものが見えてくる。
パレスチナ/イスラエル紛争の肝ってのは、実はこういった細かい事実にこそ
宿っているんじゃないかと思うんだけどね。

>しかし私ごときがチラリとここを訪れただけで、偏った見方がされていると思えるのに、
>何故西洋諸国でこれだけ偏った見方がされ続けるのか。

中東カテで、「国家の生存の危機というものを理解できない日本人には
イスラエルの行動を理解し難い」って書いたけど、
西欧諸国もそういう傾向があるんじゃないかな?
それと、西欧は、人権を大事にするから、
当然イスラエルの治安活動に伴う人権侵害には過敏に反応しますよね。
お住まいのベルギーには人権法もあるし(笑)。

僕が「P」というのは

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 14:42 投稿番号: [5251 / 20008]
現パレスチナ人、現パレスチナ難民と言われている人たち、というような意味です。パレスチナ人などない、なかった、という立場だからです。民族ではなく造語だからです。また、元々の古い意味とも違ってしまっています。





僕はたまに、思わずピンとこさせてくれる考え方を発見すると発作的に掲示板に書き込んでしまう。

>どうしてテロリストの大半はイスラム教徒なんだろ?
人に聞いたところ、「死後の天国のほうが現世より大事で、この世で点数を稼がないと天国には行けない」とかいう迷信があるとか。恐ろしくも分りやすい説明だった。
殺した数しだいで切符が手に入るってことか?

これはホントに失笑を誘う発見だった。クソ真面目に考えすぎてるから笑えたのかも知れないが。

また面白い発見に出会えたらまた書きます。
(ホントは結構忙しいんだ)

イスラエル年表(改)2

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 14:29 投稿番号: [5250 / 20008]
1993年8月、オスロ合意「暫定(5年)自治に関する原則宣言」

○オスロ合意までのテロ事件は73件(死亡者21人、負傷者185人)(*)

1994年9月、湾岸評議会アラブ(対イスラエル)ボイコット停止

1994年10月、ヨルダン、イスラエルとの平和条約調印

○1993年9月のオスロ合意から1995年4月にPLOがハマスとの対立姿勢を対外的にほのめかすようになるまでの2年半におけるハマスの活動は非常に活発。パレスチナの対イスラエル攻撃は172回、そのうちの152回はハマスによるものと見られる。この間に死亡したイスラエル人の数は78人、負傷者は230人。この時期に自殺テロが登場。(*)

1995年9月28日、パレスチナ自治拡大協定(タバ合意)

1995年11月、ラビン首相暗殺(犯人は大イスラエル主義のユダヤ青年)。映画プロミスの取材はこの年に開始。

○パレスチナ人による一連の対イスラエルテロが、より保守的な(イスラエル)政府成立を促す結果となる。和平プロセスは3年間にわたりペースを落とした。(イ)

1996年1月、パレスチナ選挙、アラファト議長らPLO幹部ガザへ拠点移す

○1996年2月ハマスは5回の自殺テロ事件を起こし、イスラエル側に死者59人、負傷者200人を出した。自治政府はアメリカ、イスラエルの圧力を受けて3月にハマスの大量逮捕。パレスチナ側によると600人、ニューヨークタイムズ紙は400人、AP通信は400人と見ている。(*)
1996年5月、首相公選でリクード党首ネタニヤフ選出。

○選挙直前に大テロ事件がハマスによって起こされ右派リクードのネタニヤフ政権を招いたと考えられる。(*)

1998年1月17日、ヘブロンからのイスラエル軍撤退合意(ヘブロン合意)

1998年10月23日、イスラエル軍追加撤退合意(ワイ・リバー合意)

2000年5月24日、イスラエル、レバノン撤退終了

2000年7月11日、キャンプ・デービッドで3首脳による和平交渉(25日決裂)

2000年9月、「アル・アクサ・インティファーダ」

2001年2月6日、アリエル・シャロン首相選出

2001年9月11日、世界貿易センタービルおよびペンタゴンへの同時多発テロ

2003年、イラク攻撃、サウジアラビア外人居住区・チェチェン・イエメンなどイスラム教徒による連続テロ、……

○この年アッバス新首相就任(直後に外国人自称平和運動家イスラム教徒によるテロ)、「ロード・マップ」。……

(イ)はイスラエル大使館HP文の引用(「本当の敵」バリー・ルービン、エルサレム・ポスト紙)
http://www.israelembassy-tokyo.com/mag/political/001025_01.html
○なぜ西暦2000年の現在に至ってもパレスチナ人国家はなく、地域開発は停滞し、パレスチナ人の死傷者は増え続けるのか?   真実は確然としている―パレスチナ人側の戦略と戦術が自己破壊に終わっているからである。

○彼らは他人に期待している―アラブ諸国、ヨーロッパ諸国、世論などが自分達を救ってくれると思っているのだ。だが、そんな希望は失望に終わる。

○妥協に基づく国家実現よりも、闘争を続けて遠い将来に望むもの全てを手に入れたいと彼らは考える。

○要するに、現在起きていることはこれまで幾度も起きてきたことなのである。パレスチナ人がこれまで何かを得たのは、イスラエルと交渉して合意に達した場合のみであった。

○世界中の多くの人々がこういった状況を理解できなくとも驚くにはあたらない。ある人々がそんなに多くの誤りを犯し、何度も自らを苛んで苦しむとは、想像すら難しいではないか。

○残された選択肢は次の二つしかない。即ち、和平を交渉し、国家を得て、そこに難民の再定住を図り、社会を築いてゆくのが一つ。或いは、闘争を続け、自分達の社会を頓挫させ、死傷者に苦しみ、自らの非妥協的態度に誇りを持つか。これこそが、今日のパレスチナ人=イスラエル関係の中心にある問題であり、ある意味唯一の問題なのである。

(*)は「ハマスに見る原理主義運動の活動様態とその範囲」(笈川博一)からの略引用
http://www.kyorin-u.ac.jp/oikawa/hamas.htm

イスラエル年表(改)1

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 14:28 投稿番号: [5249 / 20008]
イスラエル年表

1897年8月、バーゼルにて第1回シオニスト会議
1914年、   第一次世界大戦勃発(〜1918)
1922年7月、イギリスのパレスチナ委任統治が国際連盟で追認
1929年8月、エルサレムのユダヤ教聖地「嘆きの壁」でユダヤ人とパレスチナ人が衝突
1933年、   ナチスが独政権掌握、パレスチナヘのユダヤ人大量移住始まる
1936年、 アラブの大蜂起(〜1939)
1947年11月29日、パレスチナ分割案可決

1948年5月14日、イスラエル独立宣言

○アラブ同盟イスラエル共和国攻撃、第一次中東戦争勃発。アラブ同盟側「すべてを手に入れなければ意味がない」「ユダヤ大殺戮」。

○1948年5月15日、アラブ同盟の事務総長アザム・パシャ「これは絶滅戦争となり、モンゴル軍や十字軍による大虐殺のような歴史的大事件として、後世の語り草となるであろう」。

1948年12月、国連決議194-III。帰還権。第一次中東戦争はアラブの大敗。

○国連難民統計:71万6000人(ヨルダン川西岸28万人、トランス・ヨルダン7万人、レバノン10万人、イラク4000人、シリア75000人、エジプト7千人、ガザ19万人)。

○カイロ放送「難民はイスラエルに対するアラブの闘争の礎石である。難民はアラブ民族、アラブ・ナショナリズムの武器である」。

1956年10月29日、第2次中東戦争(スエズ動乱)

1964年5月、エルサレムで第1回パレスチナ民族評議会(PNC)開催。PLO(パレスチナ解放機構)創設

1967年6月、第三次中東戦争(6日戦争)勃発。アラブ完敗。イスラエル、東エルサレムを併合

1967年11月、国連決議242。「(最近の紛争で占領された)領土と平和の交換原則」

1970年09月、ヨルダン内戦(黒い9月)。PLOのヨルダン撤退

1974年10月、第7回アラブ首脳会議で。PLOをパレスチナ人の「唯一正当な代表」とするラバト決議採択。

1977年6月、ベギン首相リクード政権成立

1978年9月、キャンプ・デービッド合意。

1982年4月、イスラエル軍シナイ半島から完全撤退

1983年
○PLOとパレスチナ人は自分達への援助とイスラエル打倒をアラブ諸国にしばしば依頼した。幾度も裏切られたが、中でもシリアはPLOを攻撃しパレスチナ人を多数殺害した。(イ)

1987年12月、ガザで「インティファーダ」始まる

○1987年から1994年の間にシン・ベットは2万3千人のパレスチナ人を尋問(*)

1988年7月31日、フセイン・ヨルダン国王、西岸を法的・行政的に放棄する宣言

1988年11月、アルジェにてパレスチナ民族評議会。パレスチナ国家独立宣言。

1988年12月、ジュネーブにてアラファトがテロ放棄とイスラエル生存権承認を宣言

1990年   
○PLOは傘下組織によるテロ行為を非難することを拒否し、米国との話し合いの機会を逸した。(イ)

1991年1月、湾岸戦争

○PLOはクウェートに敵対するイラクを支持。湾岸アラブ諸国は援助金を打ち切り、パレスチナ人に更なる難民が発生した。(イ)

1991年10月、マドリード和平会議

チョムスキーと暴力2

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 14:23 投稿番号: [5248 / 20008]
人間は暴力の応酬による終焉には至らないでしょう。ただし、どの段階で本質的な悪に気付くのかは分りません。「永遠の闘争と死」を選ぶ者たちが「何一つ欠けることのない誇りある理想」に生きるならば、現実世界の生活の糧や武器を手にし続けることは、本来できない。生き方と矛盾しているからです。何一つ欠けることのない誇りある理想も現実世界には存在しない。彼ら自身が信じる通り死後においてのみ手に入れることはできるのかもしれません。

例えば自爆殺人者の遺族に払われた報奨金を、なぜ国際社会は徹底的に遡って糾弾できないのでしょう?国連がその役割を果たし得ないことは明かです。アラブ諸国との友好関係を壊すことができない大企業群、それに収入源を頼るメディアにも難しそうですね。

永遠の闘争と死を選ぶ者たち、何一つ欠けることのない誇りある理想に生きる者たちとは、すなわち現実社会における「死者」です。死者と、彼らを生きながらえさせている者との繋がりを絶てば良い。「簡単なこと」です。なぜできないのですか?武器を棄てるというような問題でさえない。死者たちが武器など手に入れられなくなるからです。

ひとつの答えは、国際社会が殺され足りないからです。身近な日本の例だと、山一証券あたりが倒産してからようやく、「負け組をさっさと退場させなければ自分たちも危ない」ということにたいして「コンセンサス」が生まれるようになった(その必要性の警鐘はもっと前から識者によって叫ばれてたにも関わらず)。それと同じことです。

国際社会の認識がそのレベルに留まっている限りは、戦いは避けられない。そして、犠牲を払ってでも勝たなければならない。このままいけば「イスラムとの戦争」にもなりかねないが、もしもそこまで行ってしまうようで在れば、始まってしまった戦争は勝敗か取り返しのつかないダメージを負うまで終わらないという意味で、いくつかの民族の消滅を招くかもしれない、そうした危機意識が必要なのだと思います。

チョムスキーと暴力1

投稿者: tov0123456789 投稿日時: 2003/05/15 14:22 投稿番号: [5247 / 20008]
僕もチョムスキーは読みました。ビデオやCDも見聞して肉声まで感じ取ろうとしました。それを一言に縮めてしまうと誤解があるかもしれないが、歴史から学ぶべきことを彼は「武器を棄てろ」と言っているのだと思います。アメリカの「ならず者国家」ぶりもメディアの報道ぶりも、もういい。前に血と涙では動かされない、と書いたのはそういう意味もあります。武器を棄てることが、果たして現実的な生き方かどうかもちろん色々と考えましたが、僕は、これでは生き延びられないとする立場です。

戦う以上は死も伴う。だが勝ち残らなければ意味がない。愛や人道もあり得ない。9/11テロもイスラエルで繰り返されるテロも、つまりは勝つことに伴う因果応報でしょう。ただ、これらに対して徹底的な態度を取り得てきているかと言えば、実はそうではない。色々な「人権家」「人道家」や第三者に留まっているだけの世論やメディアが邪魔をしているからです。

戦争非参加について触れたkusukusu552000さんの例では、その場合に日本が負ければ、間接的かもしれないが責めは負うべきです。自分が殺したくないから、というだけでは、戦争は止められなかった訳でしょう。ただ、今の時代に戦うことが「戦争」という形である必要はないとも思います。国際社会の同意を得ようと準備をする過程で情報が公開され戦争が必要になる。

僕が書いたのは、予めテロとテロ組織およびその支援者やカネを「絶滅」させなければならない、という意味です。別のところでは「元から絶たなければダメだ」とも書いた。

どうしてそんな「簡単なこと」ができないのでしょう?国連について別のところでadventureoftheultraworldさんが述べている通りです。テロの資金源を徹底的に処罰、制裁するシステムの構築を阻む勢力(現時点の場合はイスラム)があるからです。

多くの有権者は企業人だ。日本の場合、公然とイスラムを批判できない「立場」の人間のほうが多い。市民がそうであれば官はそれに公僕として仕える立場を取らざるを得ない。チョムスキーのビデオでは、彼が政治活動をはじめたのが、学者として成り、家族も出来て社会的立場が確立されてからだったことまで紹介されていました。極めて誠実な作りのビデオ構成だと思った。この意味は、わかりますよね。

チョムスキーが「武器を棄てろ」というとき、それは実は政府批判などではない。大企業広告と大株主によって歪められているメディアの"manufacturing consent"、および視聴者/読者の浅はかな「意見」こそが批判されている。世論の個々人が自らの「意見」だと思い込んでいるものは、「作られたコンセンサス」とでもいうべきものにすぎない。

国際社会がこのことを自覚しないまま「武器を棄てる」ことは、自殺行為でしかないと僕は思う。同じビデオの中で、チョムスキーは「政治家にはならないのか」と聞かれて言下に否定しています。そのわずかなやりとりを採用していることも、ビデオ構成としては極めて意味深い。彼は実のところ世論にはほとんど期待していないのではないでしょうか。絶望でさえあるかもしれない(インタビュアーは良く続けられますね、とまで言っている)。

僕の投稿に「もっと殺されなければわからないのが歴史か」と題したものを入れていたのは、こういったあたりのことが言いたかったからです。もちろんkusukusu552000さんとのやりとりがあったとだったからです。

戦略的現実

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 14:20 投稿番号: [5246 / 20008]
>What is overlooked by many is the fact that such a return of refugees into Israel would actually stand in total contrast to UN Resolution 181 (29 Nov. 1947), which called for the establishment of two states in Palestine: An Arab and a Jewish state. This resolution was accepted by the Jews, but rejected by the Arabs, who immediately launched a war against the Jewish population in mandatory Palestine.
多くの人が見過ごしているのは、帰還権が国連決議181の、パレスチナにアラブとユダヤの二つの国を作る、という分割案と全く対立している点だ。ユダヤ人はこの決議を受け入れたがアラブは拒否し、直ちにユダヤに対する戦争を仕掛けた。
http://www.ict.org.il/articles/articledet.cfm?articleid=434

○第一次中東戦争を引き起こすにあたってアラブ同盟は「大虐殺」を宣言した。

○のちの大敗後カイロ放送は「難民は礎石」であり「武器」であるとも宣言した。


これらの事実を踏まえれば、現パレスチナ難民は自らの非において難民としての自業自得の運命を負っている。国連が帰還権を与えたことは先の決議案と相矛盾する対処的な判断でしかなかった。

国連はさらに1967年の決議242(第三次中東戦争までの領土と平和の交換原則)を出すことによってこの矛盾を決定的なものとした。もはやその後のグリーンライン内におけるイスラエル社会の発展を否定もしくは脅かす権利は誰にもないことを認めたからである。

パレスチナ難民のみならず、国連の名においても(すなわち国際社会としても)イスラエルに対して難民受け入れを強いる権利はない。さらに現パレスチナ難民が自ら与し難民を産み出したアラブ同盟は、その後も難民状況を道具として利用した経緯がある。

現パレスチナ難民への補償問題は国連および旧アラブ同盟にその責任が負わされなければならない。

国連がその「多数決性」においてイスラム教諸国の影響下にあり機能不全を呈している以上、現時点で公正な判断が期待できないことの正当性は後の歴史が証明するだろう。

イスラエルは自らを恃むことによってのみ、最大限の叡智と創意工夫、取引と交渉、政治的駆け引きにおいて勝利する他はない。帰還権がもたらし得る国家存亡上のリスクを最低限に回避するうえで、国連を中心とした国際社会による友好的な同意を期待することはできないだろう。

ただし、死をもたらす思想が圧倒的多数の世論によって忌み嫌われるようになる事件が多発していけば別である。これが、民族存続における戦略上の現実である。

かたや永遠の闘争と死を選ぶ者たちがその過ちにおいて誇りの裡に滅びるならば、それは歴史の必然でしかない。何一つ欠けることのない誇りある理想が現実世界には存在しないのであれば、彼ら自身が信じる通り死後においてのみ手に入れることはできるのかもしれない。

補足

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 09:35 投稿番号: [5245 / 20008]
私が戦争責任の問題について思うのは、仮に日本が戦争をすることになり自分も軍隊へ行くように命じられた場合に自分はどうすればいいのだろうか?ということです。

相当、迷い、家族のことなども思って結局、戦場へ行くことを選ぶかもしれないが。
やっぱりちょっと本当にその状況にならないと分からない。
でも選択肢として、やっぱり戦争という人殺しだけはしないで自らの生涯を終えたいので、参加しない。私は加担しませんという選択もあると思うのです。そのことで非国民と言われて投獄されたりするかもしれないけど…。
個人がそのように主張するのもありだと私は思う。

そう思うので、戦争責任は1人1人の人間にあるわけではないと思うのです。
国家の首脳や戦争遂行を決定した特定の人達にその責任はあるのであって、その国の国民、すべてが連帯で背負うものではないと思うのです。

どうしてそういう話になってしまうんだろう

投稿者: kusukusu552000 投稿日時: 2003/05/15 08:51 投稿番号: [5244 / 20008]
>とりあえずは「核と化学」です。こいつらを絶滅させないと、大変なことになる、と真面目に思ってます。


うーん、だからなんでそういう結論になってしまうのだろうか…
イスラムに対する側がそれでは相手もテロをやめなくなるのではないかと思うんだけど。私は。

「誰だってテロをやめさせたいと思って
いる。簡単なことです。参加するのをや
めればいい。」(チョムスキー)

ありがとうございます

投稿者: suppan21 投稿日時: 2003/05/15 05:52 投稿番号: [5243 / 20008]
アドヴェンチャーさん詳しい回答有難うございました。私もこちらに来るまでは、イスラエルパレスチナ(に、大して関心がなかったとも言えるのですが)問題に関しては一般世論にもれず「イスラエルの軍事行動は酷いもので、パレスチナのテロは仕方がない」という感じでした。朝日新聞です実家。西洋人の友人は大多数は「反米」と「反イスラエル」ですしイスラエルをアラブの土地だという人は多いです。私も今でも「イスラエル」という建国に無理があった思いmすが、「建国」に関する知識(は0だった)もステレオでした。ユダヤ人に言わせるとあれは「建国の戦い」で、自分の(民族の持つ)国のある身の上としては、何とも言い難いという感じです。実際、もう建国してしまい、イスラエルを母国とする人を目の当たりにし、建国に関してどうこう言っている場合でもないのだなとも思います。
しかし、「パレスチナ人が可哀想だ。イスラエルは存在しない」という意見を持つ友人の中にも、ユダヤ本来の文化もアラブの文化も混同しちゃっている人もいて、西洋人らしい(言い切る割りに、意外と他文化を知らない)とでも言うべきでしょうか。そうは言っても日本人より行動的ですから、彼らは。デモや酷くなればユダヤ人を襲うなんて事があったり、事も大事で、在ユダヤ人としては不服みたいです。
私の友人にイスラエル系ユダヤ人がいるのですが、元々彼らの言う事があまりに報道から離れてるので不思議に思いました。他の人に言わせれば「ユダヤ人のたわごと」らしいのですが、彼らは右派ではない(ミツナ派だったかな)とはいえ多かれ少なかれイスラエル寄と思ったので、自分で調べてみようと思ったわけですが、調べてる時間もないので掲示板を見てるわけです。しかし私ごときがチラリとここを訪れただけで、偏った見方がされていると思えるのに、何故西洋諸国でこれだけ偏った見方がされ続けるのか。ユダヤ人とアラブ人がこれだけ沢山いる中で、日本よりよほど情報が近いと思うのですが。まぁそうもいかない所が根強い民族間の溝、或いは政治的意図ってやつなんでしょうか。
そんなベルギーでも、たまのたまに公平な番組もやってます。夜中に。(スイスのテレビ局だったかしら)自爆テロをした青年の家族(反ハマス)と自爆テロの被害者の遺族のインタビューと、最後に両者の話し合いだったかな。やれ誰が正しいだの何だのという議論がなく、淡々としていて、双方加害者で被害者になってる状態を見せてました。そういう番組が増えればいいと思います。
しかし私がいつも引っかかるのは、西洋諸国は領土の取り合い合戦の歴史ですよね。他国も乗っ取ってきましたしね。でもそんな歴史はあまり振り返っている様子は感じません。

年表のつづきもどうぞ

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/14 22:35 投稿番号: [5242 / 20008]
xxxx年、核・化学兵器テロ?

笈川博一氏のリンク先

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/14 22:30 投稿番号: [5241 / 20008]
字数オーバーで切れてました。


(*)は「ハマスに見る原理主義運動の活動様態とその範囲」(笈川博一)からの略引用
http://www.kyorin-u.ac.jp/oikawa/hamas.htm
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