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チョムスキーと暴力2

投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/15 14:23 投稿番号: [5248 / 20008]
人間は暴力の応酬による終焉には至らないでしょう。ただし、どの段階で本質的な悪に気付くのかは分りません。「永遠の闘争と死」を選ぶ者たちが「何一つ欠けることのない誇りある理想」に生きるならば、現実世界の生活の糧や武器を手にし続けることは、本来できない。生き方と矛盾しているからです。何一つ欠けることのない誇りある理想も現実世界には存在しない。彼ら自身が信じる通り死後においてのみ手に入れることはできるのかもしれません。

例えば自爆殺人者の遺族に払われた報奨金を、なぜ国際社会は徹底的に遡って糾弾できないのでしょう?国連がその役割を果たし得ないことは明かです。アラブ諸国との友好関係を壊すことができない大企業群、それに収入源を頼るメディアにも難しそうですね。

永遠の闘争と死を選ぶ者たち、何一つ欠けることのない誇りある理想に生きる者たちとは、すなわち現実社会における「死者」です。死者と、彼らを生きながらえさせている者との繋がりを絶てば良い。「簡単なこと」です。なぜできないのですか?武器を棄てるというような問題でさえない。死者たちが武器など手に入れられなくなるからです。

ひとつの答えは、国際社会が殺され足りないからです。身近な日本の例だと、山一証券あたりが倒産してからようやく、「負け組をさっさと退場させなければ自分たちも危ない」ということにたいして「コンセンサス」が生まれるようになった(その必要性の警鐘はもっと前から識者によって叫ばれてたにも関わらず)。それと同じことです。

国際社会の認識がそのレベルに留まっている限りは、戦いは避けられない。そして、犠牲を払ってでも勝たなければならない。このままいけば「イスラムとの戦争」にもなりかねないが、もしもそこまで行ってしまうようで在れば、始まってしまった戦争は勝敗か取り返しのつかないダメージを負うまで終わらないという意味で、いくつかの民族の消滅を招くかもしれない、そうした危機意識が必要なのだと思います。
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