イスラエル/パレスチナ和平

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

チョムスキーと暴力1

投稿者: tov0123456789 投稿日時: 2003/05/15 14:22 投稿番号: [5247 / 20008]
僕もチョムスキーは読みました。ビデオやCDも見聞して肉声まで感じ取ろうとしました。それを一言に縮めてしまうと誤解があるかもしれないが、歴史から学ぶべきことを彼は「武器を棄てろ」と言っているのだと思います。アメリカの「ならず者国家」ぶりもメディアの報道ぶりも、もういい。前に血と涙では動かされない、と書いたのはそういう意味もあります。武器を棄てることが、果たして現実的な生き方かどうかもちろん色々と考えましたが、僕は、これでは生き延びられないとする立場です。

戦う以上は死も伴う。だが勝ち残らなければ意味がない。愛や人道もあり得ない。9/11テロもイスラエルで繰り返されるテロも、つまりは勝つことに伴う因果応報でしょう。ただ、これらに対して徹底的な態度を取り得てきているかと言えば、実はそうではない。色々な「人権家」「人道家」や第三者に留まっているだけの世論やメディアが邪魔をしているからです。

戦争非参加について触れたkusukusu552000さんの例では、その場合に日本が負ければ、間接的かもしれないが責めは負うべきです。自分が殺したくないから、というだけでは、戦争は止められなかった訳でしょう。ただ、今の時代に戦うことが「戦争」という形である必要はないとも思います。国際社会の同意を得ようと準備をする過程で情報が公開され戦争が必要になる。

僕が書いたのは、予めテロとテロ組織およびその支援者やカネを「絶滅」させなければならない、という意味です。別のところでは「元から絶たなければダメだ」とも書いた。

どうしてそんな「簡単なこと」ができないのでしょう?国連について別のところでadventureoftheultraworldさんが述べている通りです。テロの資金源を徹底的に処罰、制裁するシステムの構築を阻む勢力(現時点の場合はイスラム)があるからです。

多くの有権者は企業人だ。日本の場合、公然とイスラムを批判できない「立場」の人間のほうが多い。市民がそうであれば官はそれに公僕として仕える立場を取らざるを得ない。チョムスキーのビデオでは、彼が政治活動をはじめたのが、学者として成り、家族も出来て社会的立場が確立されてからだったことまで紹介されていました。極めて誠実な作りのビデオ構成だと思った。この意味は、わかりますよね。

チョムスキーが「武器を棄てろ」というとき、それは実は政府批判などではない。大企業広告と大株主によって歪められているメディアの"manufacturing consent"、および視聴者/読者の浅はかな「意見」こそが批判されている。世論の個々人が自らの「意見」だと思い込んでいるものは、「作られたコンセンサス」とでもいうべきものにすぎない。

国際社会がこのことを自覚しないまま「武器を棄てる」ことは、自殺行為でしかないと僕は思う。同じビデオの中で、チョムスキーは「政治家にはならないのか」と聞かれて言下に否定しています。そのわずかなやりとりを採用していることも、ビデオ構成としては極めて意味深い。彼は実のところ世論にはほとんど期待していないのではないでしょうか。絶望でさえあるかもしれない(インタビュアーは良く続けられますね、とまで言っている)。

僕の投稿に「もっと殺されなければわからないのが歴史か」と題したものを入れていたのは、こういったあたりのことが言いたかったからです。もちろんkusukusu552000さんとのやりとりがあったとだったからです。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)