李朝朝鮮

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Re: 軒下に込められた「韓流」の美

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/13 20:28 投稿番号: [473 / 1329]
貼り付けありがとうございます。

朝ピーのサイトなんですね。
この文章を書いたのはやはり名前が3文字とかなんじゃないかな〜。

ちょっと笑ったのは、

>昌徳宮の軒下では、まず垂木の力強さに圧倒される。まつ毛が太くて長いという感じなのである。大屋根を2段の垂木で支えるのは、中国、韓国、日本に共通の構造的解決法であるが、日本は上下ともに同じような四角い断面なので、目元はあっさり、さっぱりする。しかし、韓国では下が丸、上が四角なので、軒下にメリハリが生まれて、「まつ毛スゴイ」になる。

「まつ毛スゴイ」って・・・ヽ( ̄m ̄*)

>逆に韓流は、わざとらしさをいとわない。

だよね〜大統領もおめめのあたり整形したんだし。

アキバ系と呼ばれる若者は

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/13 20:18 投稿番号: [472 / 1329]
日本の中でもちょっと普通と変ってるからマスコミで取り上げられる訳で・・・これが主流じゃないんですけどね。

>鍛えぬかれた体を細身のスーツにつつんだ濃い目鼻立ちの「韓流」の男たちは新鮮だ。

TOKIOの長瀬とか、渡辺謙とかもいるのにね〜。
芸能界で人気がある日本人男性と比較すべきと思うんですけど。

Re: 軒下に込められた「韓流」の美

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/11/12 23:21 投稿番号: [471 / 1329]
読みようによっては、韓国俳優はやっとアキバオタクを追い抜いたってことにも見えますね。(笑)

とうとう、日本の底辺と比べだしましたよ。
そのうち「日本のホームレスと比較して、韓国の生活レベルは上だ」って言い出しかねません。

「人間下を見ると限りなく堕ちていくから見るな」
って内の婆ちゃんが言ってました。

Re: 軒下に込められた「韓流」の美

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2006/11/12 23:10 投稿番号: [470 / 1329]
>韓流が人気である。中でも人気が高いのは、韓国俳優たちの男っぽい、マッチョな雰囲気である。対照的に日本の男たちの「中性化」は一層進んでいる。オタクとかアキバ系と呼ばれる若者と比較すると、鍛えぬかれた体を細身のスーツにつつんだ濃い目鼻立ちの「韓流」の男たちは新鮮だ。

まあ、まあ、自己陶酔してなさい。

ナルシストといふか、なんか精神的に軟弱な気がしてならない。笑

Re: 軒下に込められた「韓流」の美

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/12 23:01 投稿番号: [469 / 1329]
>韓流が人気である。中でも人気が高いのは、韓国俳優たちの男っぽい、マッチョな雰囲気である。対照的に日本の男たちの「中性化」は一層進んでいる。オタクとかアキバ系と呼ばれる若者と比較すると、鍛えぬかれた体を細身のスーツにつつんだ濃い目鼻立ちの「韓流」の男たちは新鮮だ。

比較対象の選定がきわめて恣意的です。(苦笑)
ようは「韓国男は鍛え抜かれたかっこよさを持つ」と結論を出したいためにわざわざ比較の対象を選んできたとしか思えません。「アキバ系」とやらが日本男児の代表なわきゃないって。(笑)

>男っぽさ、マッチョさとは、社会の階層性を身体に表出したものなのかもしれない。韓流建築はこれでもかと階層性を表出し、日本は慎重に隠蔽(いんぺい)してきた。この極彩色は「化粧」というより、「整形」に近い印象である。そういえば、韓国は整形美容の普及率でも群を抜いていて、日本も中国もとても及ばない。

ここって、韓国社会の階層性と整形風潮を巧みに謗っている「誉め殺し」にしか聞こえません。

軒下に込められた「韓流」の美

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2006/11/12 22:53 投稿番号: [468 / 1329]
女性トピにしようか悩みましたが、こちらのトピ主さんも女性という事で。(笑)

>オタクとかアキバ系と呼ばれる若者と比較すると

オタク・アキバって・・・・
なんで、俳優とオタク層を比べるんだ?比較対象間違ってるよ。

>濃い目鼻立ちの「韓流」の男たちは

どう見ても韓国俳優は薄い顔だが・・・
朝鮮エージェントは、もうなりふり構ってられなくなってきたんだな。
少なくとも女性には(寄生虫は対象外)紳士に接する様に心がけてますから、動物や物のように扱う奴らと一緒になりたかありません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
軒下に込められた「韓流」の美

  韓流が人気である。中でも人気が高いのは、韓国俳優たちの男っぽい、マッチョな雰囲気である。対照的に日本の男たちの「中性化」は一層進んでいる。オタクとかアキバ系と呼ばれる若者と比較すると、鍛えぬかれた体を細身のスーツにつつんだ濃い目鼻立ちの「韓流」の男たちは新鮮だ。

  朝鮮王朝第3代国王、太宗の建造による、「韓国で一番美しい宮殿」ともいわれる昌徳宮(チャンドックン)を前にして、建築にも「韓流」ってあるんだ!   と絶句した。それくらい韓流の美しき男たちと印象が似ていたのである。

  瓦の大屋根をのせた、水平性の強い構成は、日本の建築と同一であるが、軒下に目がいくと、「あっ違う!」とびっくりした。

  アジア建築の中で軒下は目にあたる。目のまわりのディテールに、その人の気持ちとか、気力とかのすべてが込められている。近づいて目を見れば、相手の中身、本質をのぞき見られる。軒下もそういう場所なのである。なぜなら、大きくて重い屋根をどうやって支えるかという、建築の最も大事な本質が、軒下のディテールに投影されるからである。だから、アジアの建築は軒下の骨組みを包み隠さず、可能な限り露出する。

  昌徳宮の軒下では、まず垂木の力強さに圧倒される。まつ毛が太くて長いという感じなのである。大屋根を2段の垂木で支えるのは、中国、韓国、日本に共通の構造的解決法であるが、日本は上下ともに同じような四角い断面なので、目元はあっさり、さっぱりする。しかし、韓国では下が丸、上が四角なので、軒下にメリハリが生まれて、「まつ毛スゴイ」になる。

  さらにこの印象を強めているのは、軒下にびっちり施された極彩色の塗装である。日本では原則として軒下には強い色を塗らない。目元の強い化粧は嫌われてきたのである。

  逆に韓流は、わざとらしさをいとわない。とはいっても、この極彩色にもルールがあって、丹青(たんせい)色の配色は、宮殿、寺院にのみ許されたものであった。

  宮殿も寺院も庶民もみな同じ軒下という、日本のスーパーフラットなデザインシステムと韓流とは、この点でも対照的である。

  男っぽさ、マッチョさとは、社会の階層性を身体に表出したものなのかもしれない。韓流建築はこれでもかと階層性を表出し、日本は慎重に隠蔽(いんぺい)してきた。この極彩色は「化粧」というより、「整形」に近い印象である。そういえば、韓国は整形美容の普及率でも群を抜いていて、日本も中国もとても及ばない。

http://www.be.asahi.com/be_s/20061112/20061030TBUK0063A.html

Re: >不遜な言葉

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/12 18:27 投稿番号: [467 / 1329]
>なるほど…。
そこまでせんでもよかったでしょうにね…。
ホンタイジがそこまで執拗だったかどうか…。

昨夜から引き続き調べていたんですが、実は、これ以降も『仁祖実録』の中では、清将に対して「胡」を付けて書いているんです。

例えば、瀋陽駐在の朝鮮統治総司令官という立場の龍骨大(清史稿では英俄爾岱)に対しては「龍胡」なんて書いています。日本人に対して「倭」とつけるのと同じですが(朝鮮通信使の申維翰は、群衆を『衆倭』、対馬藩の警備役人を『禁徒倭』と書いてましたね)

今、サルハの戦いから三田渡の屈辱、その後の朝鮮の対清姿勢について『清史稿』や『仁祖実録』を読んでいるのですが、ホンタイジにあれだけボコボコにされてドゲジャさせられたのに、性懲りも無く清に叛旗を翻そうと画策している様子がおもしろかったりします。

三日月城通信

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/12 01:02 投稿番号: [466 / 1329]
三日月城通信は韓国カテの方が作ったのでしょうか?

よくできてるので、貼り付けておきます。
http://wiki.livedoor.jp/crescent_castle/d/FrontPage
本Wikiは、自分が書いてあちこちに散乱させてしてしまった朝鮮史・韓国関連の情報を一括管理するために作ったモノである。特にWeb上にまともな資料の少ない李氏朝鮮史・高麗史の情報を保管・メモするためのモノである。

Re: 「教書」

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/11/12 00:57 投稿番号: [465 / 1329]
>NHK、「大長今」を偉大なるチャングムとか解説していいのかな?
確か、同じ名前の女性が二人居るから、背の高さで「大」と付けたのでは?
「偉大なる」なんてマハトマ・ガンジーみたいな感じ。

「大長今」の大の字が果たして何を意味するのかはワタシは知らないのですが、おっしゃるとおりなら、西洋でも大スキピオ、小スキピオ、大ピピン、中ピピン、小ピピンとか…まあそれらは血縁での世代の関係だったりするんですが…。

>北朝鮮の映画なんて、なかなか手に入らないレアなものですね。

レンタルビデオ屋で、15年ぐらい前、ありましたよ。

>これが今でも日王と言わなければ気がすまない理由なのですね。

ええ、そう思います。
まあ日本も、ご存知の通り朝廷と幕府の二元時代は、けっこう幕府が苦労しましたよね。将軍の称号の問題で。

>これは知りませんでした。属国気質が骨まできてなかったということでしょうか。

『高麗史』を読むと、けっこう「琉球使節が来貢し、臣と称した」とか、「日本が僧侶を派遣し来朝し、臣と称して王を帝と呼んだ」と書いてあり、やっぱり完全な独立君主たる「皇帝」への憧れはあったと思いますね。(ただ、元寇後に鎌倉幕府がわざわざ高麗に僧侶を派遣し、臣従するというのはナンセンスなので、僧侶がお経が欲しくて恭しくした可能性は否定できんですな。また、江戸時代より前の日本からの使節などは、大名とか九州探題今川氏の半ば私的な営利目的の使節が多いですな。)

Re: > 国号決定の経過

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/12 00:35 投稿番号: [464 / 1329]
>小国王氏の瑤はボンクラで国が滅びたので、臣民たちは私(李成桂)を国政代行に推戴いたしました。私は驚き震え、身の置き所がないくらい困惑したのですが、皇帝ニムのおかげを蒙りまして私を権知国事となされ、また国号をお問いになられましたことを、私と国民はむっちゃ歓喜いたしました。


日本政府は国民がなんだかんだ言っても、アメリカのご機嫌を常にうかがう状態となってますが、
李朝のシナ国(明も清も)の顔色をうかがう度合いは比べ物にならないのだなと東亜さんの投降を読んで改めて実感しました。

しかし、この属国だった過去がどんなものか朝鮮の人がちゃんと把握しないと、次に来る日帝の時代を正確に理解できないままになってしまいますね。

Re: >不遜な言葉

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/11/12 00:27 投稿番号: [463 / 1329]
>(訳)
>各役所の文書をかき集め、ことごとく焼却した。文書の中に、清を「賊」などととよぶ語句があり、それがばれるのをおそれたからである。

なるほど…。
そこまでせんでもよかったでしょうにね…。
ホンタイジがそこまで執拗だったかどうか…。
でも、日帝が焼いたんじゃないんですね、ナンチャッテ。

支那本土での「文字の獄」なら、すでに帰順したはずの民がコッソリ清朝や満州族に対して敵対的な語が書物などに使われていないか厳格に取り締まったというのは分かりますが…。

Re: 「教書」

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/12 00:22 投稿番号: [462 / 1329]
たけしの教育スペシャルの品格とはなんたらの番組を見ていた途中で
チャンネルを切り替えたら、
王様が命令してるシーンでしたが、

>王の命令文の冒頭に「教書」とありましたな。

これには気がつきませんでした。

NHK、「大長今」を偉大なるチャングムとか解説していいのかな?
確か、同じ名前の女性が二人居るから、背の高さで「大」と付けたのでは?
「偉大なる」なんてマハトマ・ガンジーみたいな感じ。

>昔ビデオでみた「安重根、伊藤博文を撃つ」という北朝鮮の映画

北朝鮮の映画なんて、なかなか手に入らないレアなものですね。

>単純に時代劇として観れば、面白い映画でした。)

ストーリー的に面白くなくても、その国の時代風俗や風景が満足させてくれることがありますね。
チャングムの李朝王宮は王と臣下の距離が近いというか、狭くて、
なんかこじんまりとして、やっぱり小国の王国なのだなという感じを受けました。

>かなり不遜な代名詞(朕、とか)や動詞(勅、とか)が使われていたので、諸侯らしい表現に書き直したとの事です。

これが今でも日王と言わなければ気がすまない理由なのですね。

>王氏の高麗王朝としては、元・明に対してダマテンで皇帝が使う用語を使って史書の編纂をしていたようですな。

これは知りませんでした。属国気質が骨まできてなかったということでしょうか。

>不遜な言葉

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/11/12 00:13 投稿番号: [461 / 1329]
>岩波文庫の『高麗史日本伝』の解説部分によれば、李朝時代に『高麗史』を完成させる際に、かなり不遜な代名詞(朕、とか)や動詞(勅、とか)が使われていたので、諸侯らしい表現に書き直したとの事です。
王氏の高麗王朝としては、元・明に対してダマテンで皇帝が使う用語を使って史書の編纂をしていたようですな。

仁祖実録では逆に、1637年の丙子胡乱で清に全面降伏する際(三田渡の屈辱ですね)、清のことを「賊」よばわりする語句があるのがばれるのをおそれて、役所の文書をかき集めて焼却した、という記述があります。

・・・・・・・

仁祖十五年(1637)一月二十八日
收聚諸司文書、悉焚之。文書中或有称賊等語、畏其発露故也。

(訳)
各役所の文書をかき集め、ことごとく焼却した。文書の中に、清を「賊」などととよぶ語句があり、それがばれるのをおそれたからである。

「教書」

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2006/11/11 23:53 投稿番号: [460 / 1329]
いま、チャングム観てますた(^_^;)

なるほど、王の命令文の冒頭に「教書」とありましたな。
「詔(みことのりす)」という文字は使えない、と…。

でも、臣下が国王に「王サマ!」と言うのは、やっぱり「殿下!」でしょうに…。

昔ビデオでみた「安重根、伊藤博文を撃つ」という北朝鮮の映画では、大韓帝国時代だからさすがに、臣下が「「ペイハ(陛下)」と呼んでいましたっけ。
「皇帝」の横の侍臣も「勅書」を読む時、「朕、云々…」と読み上げてましたし。(史実に照らし合わせればかなりイタい映画でしたが、単純に時代劇として観れば、面白い映画でした。)

岩波文庫の『高麗史日本伝』の解説部分によれば、李朝時代に『高麗史』を完成させる際に、かなり不遜な代名詞(朕、とか)や動詞(勅、とか)が使われていたので、諸侯らしい表現に書き直したとの事です。
王氏の高麗王朝としては、元・明に対してダマテンで皇帝が使う用語を使って史書の編纂をしていたようですな。

Re: > 国号決定の経過

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/11/11 23:02 投稿番号: [459 / 1329]
>でも、中国教科書に李朝の始祖の↓のようなことを書いたら、

>>明の首都南京に行っていた計稟使前密直使の趙琳が帰ってきたので、李成桂は文武百官を率いて西郊で迎えました。
>>奏聞使の韓尚質が礼部の意見を持って帰ってきました。李成桂は明の宮廷の方角に向かって恩義を感謝しました。

>歴史論争が起こるのでしょうか。

これに関しては、事実関係が明瞭ですから、いちゃもんのつけようはないと思うのですが。

>そんなことがあれば、韓国が本当の李朝の実態を認識しはじめるかもと意地悪にも考えてしまいました。

『李朝実録』は、イルボンの工作を受けた御用学者や売国奴の手になっており、ウリミンジョクを卑下した歪曲が多い!とか言い出したりして。

あ、国号決定に際して、李成桂が洪武帝に奉った文書を上げるのをわすれていました。以下にあげます。

・・・・・・・

太祖実録   元年十一月二十九日

丙午   遣芸文館学士韓尚質如京師、以朝鮮、和寧、請更国号。奏曰:“陪臣趙琳回自京師、欽斉到礼部咨。欽奉聖旨節該:‘高麗果能順天道合人心、以(妥)〔綏〕東夷之民、不生辺釁、則使命往来、実彼国之福也。文書到日、国更何号、星馳来報。’欽此竊念小邦王氏之裔瑤、昏迷不道、自底於亡、一国臣民、推戴臣権国事。驚惶戦栗、措躬無地間、欽蒙聖慈許臣権知国事、仍問国号、臣与国人感喜尤切。臣竊思惟、有国立号、誠非小臣所敢擅便。謹将朝鮮、和寧等号、聞達天聰、伏望取自聖裁。”

(訳)

  芸文館学士韓尚質を南京に遣わし、朝鮮と和寧のどっちかに変えることをお願いしました。その依頼文はこういうものです。
「趙琳が南京から帰ってきたので礼部のご意見をありがたくいただきました。その聖旨には『高麗は、天道に従い人心に合い、東夷の民を安んじて瑕疵の生じないようにしろ。この命令が往き来することが本当の幸せであるぞ。文書が着いたら国号を何に変えるかさっさと知らせてきなさい』とありました。ひそかに思いますには、小国王氏の瑤はボンクラで国が滅びたので、臣民たちは私(李成桂)を国政代行に推戴いたしました。私は驚き震え、身の置き所がないくらい困惑したのですが、皇帝ニムのおかげを蒙りまして私を権知国事となされ、また国号をお問いになられましたことを、私と国民はむっちゃ歓喜いたしました。私が思いますに国号を立てるということは、わたくしめの勝手にできることではありませぬ。どうか朝鮮・和寧という号を見ていただき、ご決定されることをお願いいたします」

Re: > 国号決定の経過

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/11 21:57 投稿番号: [458 / 1329]
朝鮮史というか、韓国史というか、(国名が分断されてるとめんどくさいですね)
あっちでは日本の国語と同じような感じで国史と言うらしいですけど、
中国・日本との歴史認識摩擦があるから、再び高校で国史必須にさせようとする動きがあるらしいですね。
日本も歴史認識がどれだけ国益を左右するか考えて動いて欲しいものです。

でも、中国教科書に李朝の始祖の↓のようなことを書いたら、

>明の首都南京に行っていた計稟使前密直使の趙琳が帰ってきたので、李成桂は文武百官を率いて西郊で迎えました。
>奏聞使の韓尚質が礼部の意見を持って帰ってきました。李成桂は明の宮廷の方角に向かって恩義を感謝しました。

歴史論争が起こるのでしょうか。

そんなことがあれば、韓国が本当の李朝の実態を認識しはじめるかもと意地悪にも考えてしまいました。

Re: > 国号決定の経過

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/11/10 23:01 投稿番号: [457 / 1329]
>ジュワン君・・・みてる?イルボン側の捏造って思う?

>みてないか・・・。

ジュワン君が見ているころに、この史料を知っていればよかったのですが。(後悔)

形式としては決めてもらっているんですが、提示した選択肢が二つであったということは、李成桂がどっちを選びたがっているかということについて、李成桂サイドと礼部で根回し・すりあわせをしていたんじゃないでしょうか。

韓尚質が帰ってくるまで三ヶ月以上もかかっているのは、そのせいかもしれません。

また、李朝と支那王朝の関係について、明史、清史稿、朝鮮実録で何か発見できれば紹介いたします。

> 国号決定の経過

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/10 22:49 投稿番号: [456 / 1329]
『明史』『太祖実録』の独特の(関西弁訳)をありがとうございます。

>明の首都南京に行っていた計稟使前密直使の趙琳が帰ってきたので、李成桂は文武百官を率いて西郊で迎えました。

わざわざ迎にいくとは・・・。

ジュワン君・・・みてる?イルボン側の捏造って思う?

みてないか・・・。

国号決定の経過2

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/10 13:18 投稿番号: [455 / 1329]
韓尚質を明に遣わしてから3ヵ月半(洪武帝元年は閏月があって十二月が二つあるのです)が経ち、やっと帰ってきました。
『太祖実録』太祖二年二月十五日の条です。

・・・・・・・

庚寅   奏聞使韓尚質來傳禮部咨、上向帝闕、行謝恩禮。其咨曰:本部右侍觔張智等、於洪武二十五年閏十二月初九日、欽奉聖旨:“東夷之號、惟朝鮮之稱美、且其來遠、可以本其名而祖之。體天牧民、永昌後嗣。”欽此、本部今將聖旨事意、備云前去。上感悦、賜韓尚質田五十結、下教境内:
王若曰、予以涼徳、荷天休命、肇有邦國。向遣中枢院使趙琳、奏聞于帝、報曰:“國更何號、星馳來報。”即令僉書中枢事韓尚質請更國號、洪武二十六年二月十五日、韓尚質斉禮部咨文以來。本部右侍觔張智等於洪武二十五年閏十二月初九日、欽奉聖旨:“東夷之號、惟朝鮮之稱美、且其來遠、可以本其名而祖之。體天牧民、永昌後嗣。”茲予不穀、豈敢自慶!實是宗社生靈無疆之福也。誠宜播告中外、與之更始。可自今除高麗國名、遵用朝鮮之號。屬茲初服、宜示𥶡恩、其在洪武二十六年二月十五日昧爽以前、二罪以下、已發覺未發覺、已結正未結正、咸宥除之、敢以宥旨前事相告言者、以其罪罪之。於戯!創業垂統、即得更國之稱;發政施仁、當布勤民之治。

・・・・・・・

重要な前半部分だけを訳します。

奏聞使の韓尚質が礼部の意見を持って帰ってきました。李成桂は明の宮廷の方角に向かって恩義を感謝しました。で、その持って帰ってきた文書には、
「礼部の右侍觔張智らは、洪武二十五年閏十二月九日に聖旨をいただいた。『東夷の号は朝鮮が美しいものだ。それに大昔に由緒があるし、はじめはその名を使っていた。天を体(てい)し民を治めれば、永く末裔まで栄えるであろう』これをかしこしみ、礼部は伝えるものだ」

というわけで、朝鮮という国号が選定されました。

なお、岡田英弘『モンゴル帝国の興亡』(ちくま新書)では、和寧が選ばれなかったのは、明と敵対中の北元の本拠地カラコルムの漢字表記の一つに『和寧』があったせいではないか、としています。

国号決定の経過1

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/10 12:49 投稿番号: [454 / 1329]
「朝鮮」という国号の決定について、史書を拾ってまとめてみました。
まず、『明史』の「列伝第二百八   外国一   朝鮮」の太祖洪武帝二十五年の条です。

・・・・・・・

冬、成桂聞皇太子薨、遣使表慰、并請更國號。帝命仍古號曰朝鮮。

・・・・・・・

あっさりしていますね。そこで朝鮮の『太祖実録』元年十一月二十七日の条を見ると、

・・・・・・・

甲辰   計稟使前密直使趙琳、回自京師、上率百官、出迎西郊。琳奉傳禮部咨、曰「禮部咨高麗權知國事。洪武二十五年十月十一日、本部右侍觔張智等官於西角門、早朝將來辭奏聞、欽奉聖旨『高麗前者差人來奏本國情由、今覽來辭、不過前日之事。然我中國綱常所在、列聖相傳、守而不易。高麗限山隔海、天造東夷、非我中國所治。爾禮部回文書、聲繁自由、果能順天意合人心、以妥東夷之民、不生邊釁、則使命往來、實彼國之福也。文書到日、國更何號、星馳來報。』欽此、本部今將聖旨事意、備云前去。」
(中略)
會耆老及百官于都堂、議國號。

・・・・・・・

口語訳してみました。

明の首都南京に行っていた計稟使前密直使の趙琳が帰ってきたので、李成桂は文武百官を率いて西郊で迎えました。趙琳は明の礼部の意見について伝えました。
「礼部は高麗権權知国事について意見を出し、十月十一日、礼部の右侍觔張智らは西角門で出勤途上の光武帝に奏上しました。皇帝の聖旨は『昔、高麗は使者を遣わしてその国情を報告したとか聞いとんねんけど、いまその報告を見たら、昔と国情が違うやないかい。まぁ、そういうても、わしら中国の綱常(君臣・父子・夫婦の三綱と仁義礼知信の五常)もあって歴代の聖人が伝え変えずに守っとるしなぁ。ほんで高麗は地の果てやし、天も東夷を置いたくらいやし、べつにウチが統治するとこでもないわな。よっしゃ、お前ら礼部は「皇帝の威厳と教えは思うままであり、天意に従い人心に合うもんや。そいつで東夷の民を安んじ、辺境に瑕疵が生じないようにせぇ。この命令が往き来するんが彼の国のほんまの幸せっちゅうもんやで。この文が届いたら、国号を何に変えるかちゃっちゃと知らせてこいや」と文書を送ったれ』とのことです。礼部はその聖旨どおりの意見を伝えてきました」
(中略)
古老と百官は都堂に集まって、国号について会議をしました。

で、どうなったかは次回で。

Re: 朝鮮李朝の特徴的なところ3

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/09 21:04 投稿番号: [453 / 1329]
>引用した文章ですね

そうです。文章がかなり多くて分割しなければいけなかったので、
ちょっと入り切れなくて省略してしまいました。

>わかりやすくていいです。

そうなんです。このカテの方々にとっては、おさらいでしかないと思いますが、
李朝の特徴をよくまとめてある文章なので、貼り付けました。

>武臣は、社会的、政治的、経済的にも文臣に対して劣勢におかれた。「文臣の武臣に対する蔑視と賤待は、あたかも奴隷に対するのと等しかった」と言われる。


これから思うのですが、
韓国ドラマ:チャングムの恋人の武官は成績優秀な文官だったにもかかわらず、自ら武官に志願したというのはとてもありえなさそうな設定かも。

儒教はあたりまですけど、宗教なんですね。
日本では思想的な部分に留まっていますが。
(仏壇の位牌は実は儒教からですけど)

>朝鮮、中国の儒教にあっては、親、あるいは先祖に対する孝行が第一の徳目である。そこで朝鮮においては祖父母の祖父母、四代の先祖に対してそれを生けるがごとくに祭り、食事を供せねばならない。これに季節の祭祇が加わると、両班本家の長男は、年中いそがしくて試験勉強をする間がない。

ここまでとは・・・orz   知りませんでした。

Re: 朝鮮李朝の特徴的なところ3

投稿者: toaniuniu05 投稿日時: 2006/11/08 23:18 投稿番号: [452 / 1329]
当該ブログでことわっているように、田中明「物語   韓国人」を主として、古田博史「朝鮮民族を読み解く」と宮嶋博史「両班」から多くを引用した文章ですね(武の軽視は田中、朱子学の解説は古田、両班の当主は祭祀で忙しいというのは宮嶋)。

わかりやすくていいです。

朝鮮李朝の特徴的なところ3

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 23:06 投稿番号: [451 / 1329]
朝鮮社会は、伝統的に両班を最上層とし、中人、常民、奴卑の順に下がる社会の階層秩序が受け継がれてきたのであった。

ところで文臣たる両班が朱子学に基づいて政治を行うわけであるから、その解釈に異論が生ずる。朱子学は元来原理主義的な儒教であるから、あらゆることの正否を微に要り細にうがって争う理論闘争となり容易に妥協出来ずその論争に明け暮れることになる。これが李朝政権の一つの特徴となる。また事大主義(大国を崇め従う)主義がその国是であるから、明に対する国書一つをとってもその表現をどうするかを争う。

以上のこと、すなわち武蔑視、朱子学による政治、事大主義の三つが特徴的に現れるのが明が女真族の清によって倒され、清が李朝に服属を要求してきたときのことである。
彼らはそのとき、「われわれは、夷荻の清とは違い中華の文化を理解し体得している。戦いには負けてもそれは二流の価値でしかない軍事面のことであって、文化面の優位は崩れない」と考えた。自分たちの服するのは明の中華文化である、夷荻の一つに過ぎない清ではないと面従腹背の姿勢をとる。いわばバーチャルな世界に身を置き、清を蔑視し自らを明を体現する中華に位置づけたのである。

清が服属を要求してきたときの李朝側が送った国書がなかなか面白い。

「わが国にとって大明は二百年続いた主の国であり、それに背かないことが、我が国の第一に守るべき義理である。」とし、しかし「それによって貴国と事を構えるつもりはない」と理解を求める。そして貴国は「士馬精勇、戦勝攻取」で恐れるものがない強者だが、と言ったのち「我が国は海の片隅にあって、農耕にいそしみ、礼儀を保つことに意を用いてきた」、従って「軍事的なことはもともと得手としていない」と述べる。このような表現、主要関心事はひたすら詩書を学ぶことで軍事ではない、われわれは文弱の国である、などと何回か出した国書の中で繰り返しいうのである。

大軍で襲ってくる相手にこういうものが通じると信じているのである。

寛仁大度な清皇帝は「小邦が前非をを悔い寛仁なるご庇護を受けようとするのを拒まれないであろう」といった辞を低うした文字を連ね、また「弟に罪があれば、兄が怒ってこれを責めるのは当然である。しかし、責め方があまり厳しければ、かえって兄弟の義にもとることになる。それは天の喜ぶところではない」など緩やかな処置を注文する言葉をも重ねるのである。

まるでお説教をたれるような情状酌量の”注文”を平気でする。

戦いに負けることを何とも思っていない、文化で優位が保たれていると思っていればそれでよいと言うことである。
朝鮮の指導者層は国防への関心が低く、ましてや身を挺して護国の任に当たろうという気のない人なのである。
いわゆるノーブレスオブリジュという概念は全く存在しないのである。



話をここでいきなり現代に持ってくる。

韓国に趙甲済という人がいる。
彼は何冊も本を書いている人だが、「金ゆ信(新羅の将軍)と金日成は三百年というときの隔たりをにもかかわらず、共通点を持っている。二人は統一のための戦争を決意した韓国史上ただ二人しかいない指導者である」と述べ、金ゆ信について「東方の一小国が、全盛期にあった世界的な大帝国(唐)を相手に戦争を決断できたことによって、われわれは独立国家の資格証を得たのである」と説いている。

国民を守ることが出来るかどうか―――それが権力の正当性を保証するが、韓国の歴代支配層を形成してきた知識人達には、それが出来なかった。彼らは観念的名分論をこととし、産業・軍事を軽視して国民を守ることが出来なかったが、守れなかったことを正当化することには長けていたと、次のような比喩でその姿を書いている。




韓国史上、主たる支配層であった儒教的知識人は、国際関係の変動期に、国防の任を果たすことが出来ず、国を蹂躙するに任せ、妻が犯されたままにしていた亭主と同じ身の上となった。無知な亭主だったら、女房に詫びて復讐の刃を研いだろうが、論理という武器を持った知識人は違っていた。犯された妻を不浄な女として追い出したり、自殺させたり、侵略された民族が、侵略した民族より道徳的に優越しているとか、戦争は無条件に悪だ、という偽善的な平和論を開発した。

Re: 朝鮮の民間療法

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/08 22:54 投稿番号: [450 / 1329]
>>去年だったかな。「探偵ナイトスクープ」で、これを飲みたいという依頼があり、つくっていました。味のほうは「なにこれ?」と別にうまいものではなかったようです。

>なんか探偵が小枝師匠みたいな企画ですね?
だったら期待薄(笑)

えーっと、たしか北野誠だったと思います。
こえぴょんだったら「パラダイス」ネタですね。

思い出しましたが、今年五月ごろには「シュールストレミングとホンタクのどっちが臭いか?」という女子高校生からの依頼がありました(間寛平担当)。

呼ばれたスウェーデン人も韓国人も嫌がっておりましたが、日本橋黒門市場で出会った70歳前くらいのおっさんがホンタクをうまそうに食べていました。
母とも話していたのですが、あのおっさんちょっとアル中っぽい挙動だったなぁ。(笑)

話をトピに戻しますと、王宮での話ですが、太宗の時代(1418)、太宗の四男誠寧大君が重病に陥った際、快癒を祈る巫堂・仏僧による加持祈祷がおこなわれ、誠寧大君の兄世宗は易を立てて快癒の卦を得ました。結局その甲斐もなく死亡したのですが。

朝鮮李朝の特徴的なところ2

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 22:45 投稿番号: [449 / 1329]
さて明の制度をそっくり輸入したので、当然科挙も輸入した。しかしそれは違った形として朝鮮半島に定着する。科挙は役人を試験によって選ぶ制度であるが朝鮮においてはそれが、変質し両班(ヤンバン)という李朝での社会階層の最上層と形成するものとなる。これについてはWikipediaを参照されたい。その記述はだいたい宮嶋博史:両班(ヤンバン)、中公新書、にそっていると思う。

それによればその階層に属するか否かは法的、制度的に規定されているわけではない。科挙は本来個人が試験を受けて合格するものだが両班に属するかどうかは個人が科挙を受けなくても一族が両班ならばその階層の一員になるのである。
つまり、世襲的要素が強くなり、本来の「公開試験によって役人を選ぶ」システムからは全く逸脱したものになっているのである。

これにはひとつには朱子学が関係している。
人の死後をどう考えるかに四つのケースがあろう。1.死んだら一切消滅する立場、2.天国あるいは地獄へ行くという考え方、3.輪廻転生という考え方、これらに対し儒教の立場は4.死者の魂はそのまま地上(その家のなか)にとどまるのである。

朝鮮、中国の儒教にあっては、親、あるいは先祖に対する孝行が第一の徳目である。そこで朝鮮においては祖父母の祖父母、四代の先祖に対してそれを生けるがごとくに祭り、食事を供せねばならない。これに季節の祭祇が加わると、両班本家の長男は、年中いそがしくて試験勉強をする間がない。だから一族のうちの誰かが科挙にうかればそれもよいことになる。

朝鮮李朝の特徴的なところ

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 22:42 投稿番号: [448 / 1329]
産経新聞のサイトのブログより
http://teda.iza.ne.jp/blog/entry/55522/#

朝鮮のいわゆる武蔑視は、すでに高麗王朝の時代に始まっている。それ以前の時代、勇者の時代とは全く異なった国となる。武臣は、社会的、政治的、経済的にも文臣に対して劣勢におかれた。「文臣の武臣に対する蔑視と賤待は、あたかも奴隷に対するのと等しかった」と言われる。

この風潮は自然現象のようにどっかと朝鮮半島に居座った。だがその原因はどこにあるか一概には説明は出来ないのだそうだ。これは、高麗中期より、李朝500年を経て、朴正熙の軍事クーデターまで800年続いたのであった。

一方日本は鎌倉時代、武士が政権を握り、文武両道を目指すといいながら武に重きを置いて来て第二次世界大戦敗戦に到ったといえるのではなかろうか。

将軍李成桂(イソンゲ)が高麗王朝を倒し李朝を起したが武蔑視の風潮は受け継がれた。李朝は明を天子の国と仰いで中国文化を直輸入した。「朝鮮」という国名も、明に選んで貰ったものである。彼はクーデターによって成立したばかりの不安定な政権のバックボーンとして明を頼り、へつらった。そして中国文化の悪いところも皆輸入したのである。

またかれはクーデターによって高麗王朝を倒した後ろめたさを隠し、その正当性を国民に徹底するために、高麗が明に対して独立を保ってきたことを弾劾し、高麗の国教であった仏教を否定、徹底的に弾圧し、「崇儒廃佛」をスローガンとして国学として儒教即朱子学に従うことにこととした。李朝は明を崇めて、その「大中華」に対する「小中華」と自らを規定し、それを誇りとした。

Re: 朝鮮の民間療法

投稿者: licky_eto 投稿日時: 2006/11/08 21:09 投稿番号: [447 / 1329]
>去年だったかな。「探偵ナイトスクープ」で、これを飲みたいという依頼があり、つくっていました。味のほうは「なにこれ?」と別にうまいものではなかったようです。

なんか探偵が小枝師匠みたいな企画ですね?
だったら期待薄(笑)

さて   アメリカのテレビドラマ「CSI」ではこのコーヒー豆
最高級中の最高級でしかもおいしい  
と言っておりました
採れる量も少なく   希少価値も加わっての評価ではないかと思いますが…

医女

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 20:38 投稿番号: [446 / 1329]
医女のリンクもありがとうございました。

> 医女に相当する制度は、日本に於いては『養老律令』の『養老医疾令』の中に既に見られる為、同時代の唐にもこの制度が存在したと思われる。日本に於いてこの制度は消滅している。

この部分は知りませんでした。

>また、高麗時代に医女に相当するものが存在した事を証明できない為、過去の医女制度と李氏朝鮮時代の医女制度の関係は不明である。

>成宗期   接常・長徳・貴今
>中宗期   信非・長今(チャングム)
>明宗期   銀非


ドラマ中では、チャングムの師匠が成宗期の長徳(チャンドク)で、
(しかし、ドラマでは主人公よりちょっと年上程度になってるような)
信非(シンビ)が同期の美しい心をもつチャングムの友なのですね。
で、チャングムより歳が上か同い年そうな先輩医女が銀非(ウンビ)なのですね。
チャングムが生きている間、それぞれの医女が存在しているのは確かなのでしょうけど、
年齢的なところはちゃんとまともにあってるのかな?

医女

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 20:38 投稿番号: [445 / 1329]
医女のリンクもありがとうございました。

> 医女に相当する制度は、日本に於いては『養老律令』の『養老医疾令』の中に既に見られる為、同時代の唐にもこの制度が存在したと思われる。日本に於いてこの制度は消滅している。

この部分は知りませんでした。

>また、高麗時代に医女に相当するものが存在した事を証明できない為、過去の医女制度と李氏朝鮮時代の医女制度の関係は不明である。

>成宗期   接常・長徳・貴今
>中宗期   信非・長今(チャングム)
>明宗期   銀非


ドラマ中では、チャングムの師匠が成宗期の長徳(チャンドク)で、
(しかし、ドラマでは主人公よりちょっと年上程度になってるような)
信非(シンビ)が同期の美しい心をもつチャングムの友なのですね。
で、チャングムより歳が上か同い年そうな先輩医女が銀非(ウンビ)なのですね。
チャングムが生きている間、それぞれの医女が存在しているのは確かなのでしょうけど、
年齢的なところはちゃんとまともにあってるのかな?

Re: 朝鮮の民間療法

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 20:17 投稿番号: [444 / 1329]
>正確には、ジャコウネコが消化しなかったコーヒー豆を糞の中から採取して使うというものです。

なるほど、犬もピーナツとかの豆類(香ばしい匂いでひかれて一応は食べる)は消化しないでそのまま排出してしまいますから、
ジャコウネコはふだん食べなれないもの食べさせられたものなのでしょうか?

>別にうまいものではなかったようです。

そうですよね。肛門線分泌物とはまた違うものなんだし。

Re: 朝鮮の民間療法

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/08 20:11 投稿番号: [443 / 1329]
>ジャコウネコの糞から作った最高級コーヒー

これは韓国オリジナルではなく実在のものなんですが、正確には、ジャコウネコが消化しなかったコーヒー豆を糞の中から採取して使うというものです。ウィキにもありましたね。

ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%A2%E3%82%AF

去年だったかな。「探偵ナイトスクープ」で、これを飲みたいという依頼があり、つくっていました。味のほうは「なにこれ?」と別にうまいものではなかったようです。
まぁ、製造過程や材料選定に問題があったのかもしれませんが。

Re: 朝鮮の民間療法

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 20:11 投稿番号: [442 / 1329]
>あ゛ー、せっかく公序良俗、トピを品位を考えて、貼り付けを控えていたのに。(笑)


そんなご配慮があったとはっ!!
こんな面白いの披露しないともったいないと思ったもので(笑)

>わかめスープ以外、マトモなものがないようですね。

ワカメスープは素敵な話ですよね。
たしか、誕生日でも食べる習慣があるらしいですね。
子供を産んだ母親が初めて食べるのがワカメスープだからとかで。
まぁ、他にそれよりも滋養のありそうな食べ物はいくらでもありそうなので、
現実的な話、それが絶対に一番産後に良い食べ物とは思いませんが。
一昔ブレイクした「冬のソナタ」でもそのシーンがありましたよ。

糞のお話

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 20:01 投稿番号: [441 / 1329]
色々ありがとうございました。

こんなにこれに関わることわざが沢山あるとは知りませんでした(^_^;)

>ジャコウネコの糞から作った最高級コーヒー

これは糞を肥料にして作ったものなら別に・・・と思って開いたら・・・(≧∀≦)ちょっと〜これは〜
ジャコウネコのおしりの肛門線の分泌物を香料にするのは知っています。
犬だってそういう部分あって、それで異性の犬を引き付けるんだし、
そんな汚いものではないと理解できますが、

>>コーヒーに独特の香味

糞はちょっと〜。分泌物が香料になる動物は糞まで匂いが違うのでしょうか?!そして大腸菌とかの危険性はないのでしょうか?

いや〜私は値段は50グラムに65万ウォン(約8万円)なんてとても支払えないので、この朝鮮日報のページの下でリンクが貼られてる↓で十分ですな〜んてね'`,、(ノ∀`)'`

珈琲配達のハトヤコーヒ www.hatoyacoffee.com
日本で唯一、昭和天皇に献上されて
いた台湾の古坑珈琲もある自家焙煎屋

                       チャレンジ精神の無いうるる

Re: 朝鮮の民間療法

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/11/08 15:41 投稿番号: [440 / 1329]
>排泄物に神秘性をみるのは、日本でも存在します。大学で習った民俗学では「アなんとかシア」とか言ったように思いますが、忘れました。(苦笑)

>眉に唾をつけて聞く、ということばもあるように、ある程度の霊性のようなものが信じられていたかと思うのです。

うーむ。
唾や血を塗ってとか、涙を集めてとか、
また、日本の民間療法で薬効があると誤解した「虫刺されに、お小水」や、
効き目があるらしい「美肌に、うぐいすのフン」は理解できますが、
朝鮮のようにシモの排泄物に「神秘性」を感じるというのは、?です。

ホンキーさんの「民度」トピでの投稿ですが、こういう商品を考え出すというが分かりません。

ジャコウネコの糞から作った最高級コーヒー
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/11/07/20061107000066.html


日本での「糞」の扱いは、やはりこうでしょう。
芥川龍之介「好色」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/90_14976.html
時間のない方は、「五   まりも美しとなげく男」だけ、どうぞ。


糞に関する日本のことわざ。「故事・俗信、ことわざ大辞典」小学館より。
「糞が呆れる」=あきれるを強めた言い方。
「糞隠すようにする」=一所懸命隠す。猫が脱糞したあと、土をかけるさまにたとえていう。
「糞と虻」=仲の良い二人が一緒にいること。くされ縁のことにもいう。
「糞と見て踏むべからず、馬鹿と見て構うべからず」=無意味なことは相手にしないほうがよい。
「糞にする」=価値をなくする。馬鹿にする。
「糞に箔塗る」=外見だけ立派で中味のないこと。くだらないことに一所懸命になること。
「糞の役に立たぬ」=何の役にも立たない。
「糞も味噌も一緒」=善悪美醜や清汚の区別のないこと。
「糞を食っても当たらぬ」=身体の頑健なこと。厚かましいこと。
「糞を食らえ」=相手をののしるときに使う言葉。どうにでもなれ。
「糞を放(た)れて逃げる」=不義理をいたたまれずに逃げる。尻をまくって逃げる。
「糞を踏めば出世ができない」=山形の俗諺。
「糞屑をかぶせる」=人に迷惑をかける。
「糞舟にも船頭」=何事にもそれにたずさわる人が必要である。
「糞骨が折れる」=むだな苦労をする。

Re: 朝鮮の民間療法

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/06 22:59 投稿番号: [439 / 1329]
>「排泄物に神秘性を感じる」というのが、とっても神秘的です。
排泄物だと、陰陽の陰で身体に悪いと思うのは、日本人だからでしょうか。
考え方がすべて、日本とは逆の文化のように思います。(笑)

排泄物に神秘性をみるのは、日本でも存在します。大学で習った民俗学では「アなんとかシア」とか言ったように思いますが、忘れました。(苦笑)

俵藤太(藤原秀郷)が勢多の唐橋の龍の依頼で、近江三上山の大百足を征伐したときに、いくら矢を放っても効かず、ふと古老の話を思い出して、ツバを矢尻に塗って放つと、一発で倒せたという話があります(『俵藤太絵巻』『雲住寺縁起』に類話があるといいます)。

眉に唾をつけて聞く、ということばもあるように、ある程度の霊性のようなものが信じられていたかと思うのです。

Re: 朝鮮の民間療法

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/11/06 22:39 投稿番号: [438 / 1329]
>面白かったので、こちらに貼り付けておきましょう。

あ゛ー、せっかく公序良俗、トピを品位を考えて、貼り付けを控えていたのに。(笑)


>>(洗濯棒に霊的な信仰がある)
>>(火鉢に霊的な信仰がある)
>>(排泄物に神秘性を感じる風潮の影響)

わかめスープ以外、マトモなものがないようですね。
これは、シャーマニズムなのか、道教の影響なのか。
「排泄物に神秘性を感じる」というのが、とっても神秘的です。
排泄物だと、陰陽の陰で身体に悪いと思うのは、日本人だからでしょうか。
考え方がすべて、日本とは逆の文化のように思います。(笑)

李氏はインドの黒人だった

投稿者: kundaikun 投稿日時: 2006/11/06 17:18 投稿番号: [437 / 1329]
新羅の白人がインドの黒人奴隷を軍用として利用した混血が
インドの黒人奴隷の李氏の根だった。
この事実を知ってる韓国人と日本人は無い。。。。。以上

朝鮮の民間療法

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/06 10:58 投稿番号: [436 / 1329]
朝鮮の民間療法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』拝見しました。

ワカメスープは柳美里の「命」に出てきてました。
現代でも産後の儀式的なものみたいです。

面白かったので、こちらに貼り付けておきましょう。

>身不足(栄養不良)
松の木に「寄生する木を」煎じて服する
「南瓜の上に止まった」青蛙の後ろ足二本を食べる
6・7年経った洗濯棒の両端を削って焼き煎じて飲む(洗濯棒に霊的な信仰がある)
十二・三歳の童の小便を服する
胎児を野菜と共に煮込み食べる(儒教文化の影響)

[編集] 気不足(神経衰弱)
犬の汁を飲む(後の補身湯である)
古き火鉢を粉末にして空腹時に酒と混ぜて飲む(火鉢に霊的な信仰がある)
人胎(胎盤)の血を竹刀で切ってごま油と煮混ぜて食べる
人胎を丸薬をし丸呑みする
長男の胎盤を煎じて三回飲む(胎盤食は大陸では現在も行われている)

[編集] 肺病
ニワトリの雛を生食する(後に煮込み料理となり、参鶏湯へとつながる)
人肉のかゆを食べる(凌遅刑に処せられた罪人の死体が販売されていた)

[編集] 精神病
頭上を焼く(灸の一種である)
美人の経水を飲む(現代の美人とは価値基準が違うので注意が必要である)

[編集] 内臓病
犬の糞水を1日二三回服用
犬の脂を飲む
農家にて永年使用せし小便溜の桶を煎じて飲ませる(排泄物に神秘性を感じる風潮の影響)

[編集] 高熱
解熱剤として野人乾水(大便を水で溶いた物)を飲用する(李氏朝鮮時代・中宗)

[編集] 梅毒
竹筒に焼酒(焼酎)を入れ、注ぎ口を蝋で塞ぎ、便壺の中で半年間漬け込む。便壺から取り出し竹筒をよく洗い、中の酒を飲用に用いる。半年以上の服用が理想的。

[編集] 肌荒れ
小便を肌に塗り込む、特に小児の小便を重用する(小児の小便はきれいであると考えられていた)

[編集] 精力強化
薪割りをする。(薪割りは腰を丈夫にして、性器の血液循環を円滑にすると考えられていた)
カイコの糞を食べる
蟻を炒めて食べる

[編集] 早漏
馬糞を食べる(馬の精力にあやかった呪術的意味合いが濃い)

[編集] 産後の滋養
わかめスープを産後の女性に食べさせる。造血、血の浄化作用があり滋養があると言われている。

[編集] 参考資料
今村鞆『朝鮮風俗集』斯道舘
その他

Re: 巫医(フイ)

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/11/05 12:46 投稿番号: [435 / 1329]
>イルボンが伝統ある朝鮮の巫医(フイ)を禁止してしまいました。

また、謝罪と賠償かあ。(笑)

>○巫医(フイ)とは「みこ」と「医者」のことで、古代「みこ」は祈りで病気を治したので医者と同類とみられていた。
>医者も薬や鍼灸のほかに加持祈頑の呪術によって治療したので巫医(フイ)という言葉が生まれた。
>○野巫医(ヤブイ)とはいなかの巫医(フイ)の意で、

日本語の「フイにする」や「やぶ医者」は、朝鮮起源と言われそうですね。(笑)

冗談は置いといて、
なるほど、医術と加持祈頑の呪術が渾然一体となった感じだったんですね。
フイの施す草木の煮汁(薬草)や鍼灸も、イギリス人のイザベラ・バードには呪術と思われても不思議はありません。
それにしても、宮廷の医女はやがて官妓と兼用となるし、朝鮮は安易な方向に流れるなあ。


Category:韓医学
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E9%9F%93%E5%8C%BB%E5%AD%A6
韓医学
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%8C%BB%E5%AD%A6
医女
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E5%A5%B3
朝鮮の民間療法
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E3%81%AE%E6%B0%91%E9%96%93%E7%99%82%E6%B3%95
嘗糞
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%98%97%E7%B3%9E

巫医(フイ)

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/04 23:43 投稿番号: [434 / 1329]
イルボンが伝統ある朝鮮の巫医(フイ)を禁止してしまいました。


ふい1 【▼巫医】 巫女(みこ)と医者。また、医者。

[ 大辞林   提供:三省堂 ]

(1) 野巫医(ヤブイ)の義。(広辞苑、大辞泉、日本語大辞典、大言海、佳言集覧など)

○巫医(フイ)とは「みこ」と「医者」のことで、古代「みこ」は祈りで病気を治したので医者と同類とみられていた。(論語、子路)舞楽によって神がかりの状態となり神意を人に伝える女(時に男も)   が「みこ」であるが、医者も薬や鍼灸のほかに加持祈頑の呪術によって治療したので巫医(フイ)という言葉が生まれた。

○野巫医(ヤブイ)とはいなかの巫医(フイ)の意で、野は町はずれ、いなか、郊外の意のほかに、かざり気がない、ありのまま(野生、野趣)の意味もあり、又転じて、あらい、いやしい、精錬されていない(粗野、野蛮)の意味も持つ。

____________________________________________________________________

★こうごかいかく《かふごかいかく》【甲午改革】
○[歴]1894(明治27)日本の指導の下(モト)に李氏朝鮮で行われた広範囲な改革。
科挙・宦官(カンガン)の廃止と近代的官僚制の採用。
税制の近代化と財政改革、新式貨幣の導入。
両班(ヤンバン)・常人(サンイン)などの身分制度の廃止。
人身売買と奴婢法の廃止。
近代医療・衛生制度の導入と巫医(フイ)・呪詛(ジュソ)の禁止。
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