李朝朝鮮

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国号決定の経過2

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/11/10 13:18 投稿番号: [455 / 1329]
韓尚質を明に遣わしてから3ヵ月半(洪武帝元年は閏月があって十二月が二つあるのです)が経ち、やっと帰ってきました。
『太祖実録』太祖二年二月十五日の条です。

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庚寅   奏聞使韓尚質來傳禮部咨、上向帝闕、行謝恩禮。其咨曰:本部右侍觔張智等、於洪武二十五年閏十二月初九日、欽奉聖旨:“東夷之號、惟朝鮮之稱美、且其來遠、可以本其名而祖之。體天牧民、永昌後嗣。”欽此、本部今將聖旨事意、備云前去。上感悦、賜韓尚質田五十結、下教境内:
王若曰、予以涼徳、荷天休命、肇有邦國。向遣中枢院使趙琳、奏聞于帝、報曰:“國更何號、星馳來報。”即令僉書中枢事韓尚質請更國號、洪武二十六年二月十五日、韓尚質斉禮部咨文以來。本部右侍觔張智等於洪武二十五年閏十二月初九日、欽奉聖旨:“東夷之號、惟朝鮮之稱美、且其來遠、可以本其名而祖之。體天牧民、永昌後嗣。”茲予不穀、豈敢自慶!實是宗社生靈無疆之福也。誠宜播告中外、與之更始。可自今除高麗國名、遵用朝鮮之號。屬茲初服、宜示𥶡恩、其在洪武二十六年二月十五日昧爽以前、二罪以下、已發覺未發覺、已結正未結正、咸宥除之、敢以宥旨前事相告言者、以其罪罪之。於戯!創業垂統、即得更國之稱;發政施仁、當布勤民之治。

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重要な前半部分だけを訳します。

奏聞使の韓尚質が礼部の意見を持って帰ってきました。李成桂は明の宮廷の方角に向かって恩義を感謝しました。で、その持って帰ってきた文書には、
「礼部の右侍觔張智らは、洪武二十五年閏十二月九日に聖旨をいただいた。『東夷の号は朝鮮が美しいものだ。それに大昔に由緒があるし、はじめはその名を使っていた。天を体(てい)し民を治めれば、永く末裔まで栄えるであろう』これをかしこしみ、礼部は伝えるものだ」

というわけで、朝鮮という国号が選定されました。

なお、岡田英弘『モンゴル帝国の興亡』(ちくま新書)では、和寧が選ばれなかったのは、明と敵対中の北元の本拠地カラコルムの漢字表記の一つに『和寧』があったせいではないか、としています。
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