朝鮮李朝の特徴的なところ
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2006/11/08 22:42 投稿番号: [448 / 1329]
産経新聞のサイトのブログより
http://teda.iza.ne.jp/blog/entry/55522/#朝鮮のいわゆる武蔑視は、すでに高麗王朝の時代に始まっている。それ以前の時代、勇者の時代とは全く異なった国となる。武臣は、社会的、政治的、経済的にも文臣に対して劣勢におかれた。「文臣の武臣に対する蔑視と賤待は、あたかも奴隷に対するのと等しかった」と言われる。
この風潮は自然現象のようにどっかと朝鮮半島に居座った。だがその原因はどこにあるか一概には説明は出来ないのだそうだ。これは、高麗中期より、李朝500年を経て、朴正熙の軍事クーデターまで800年続いたのであった。
一方日本は鎌倉時代、武士が政権を握り、文武両道を目指すといいながら武に重きを置いて来て第二次世界大戦敗戦に到ったといえるのではなかろうか。
将軍李成桂(イソンゲ)が高麗王朝を倒し李朝を起したが武蔑視の風潮は受け継がれた。李朝は明を天子の国と仰いで中国文化を直輸入した。「朝鮮」という国名も、明に選んで貰ったものである。彼はクーデターによって成立したばかりの不安定な政権のバックボーンとして明を頼り、へつらった。そして中国文化の悪いところも皆輸入したのである。
またかれはクーデターによって高麗王朝を倒した後ろめたさを隠し、その正当性を国民に徹底するために、高麗が明に対して独立を保ってきたことを弾劾し、高麗の国教であった仏教を否定、徹底的に弾圧し、「崇儒廃佛」をスローガンとして国学として儒教即朱子学に従うことにこととした。李朝は明を崇めて、その「大中華」に対する「小中華」と自らを規定し、それを誇りとした。
これは メッセージ 1 (aki_kaze_u_ru_ru さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/mfbdabdabaaf_1/448.html