竹島

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『竹島之図』 は誰が作成?

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/04 21:07 投稿番号: [15964 / 18519]
福田首相は掴み所が無いですね。小沢"前"民主党代表は、仲間と供に党を離党(衆参合わせて30名程度?)して自民党と連立政権を組んでもよいと思います。

さて、掲題の件ですが、下記に『竹島之図』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/takeshimamap-1877/
ちょっと質問ですが、これは誰が作成したものでしょうか?

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET
『官報』918フォルダ
『日本地誌提要』
『Atlas of Japan』91folder
『竹島之図』(本日アップロード完了)
『地学雑誌 201号』
『地学雑誌 202号』
『地学雑誌 210号』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


11月第一週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「堀江の拳」
http://www.youtube.com/watch?v=_tDcW4cTf10&mode=related&search=

竹島領有権の韓国側根拠

投稿者: shou1_bbs 投稿日時: 2007/11/04 20:47 投稿番号: [15963 / 18519]
今、Wikipediaの竹島を編集しています。韓国側が領有権を主張する根拠を拡充したいのですが、韓国側は「国際法上」領有権を「いつ」「どのような行為で」確立したと主張しているのでしょうか。

ポインタだけでも結構ですので、ご教示をお願いします。

よく分かる 『竹島雑誌』 in 1871

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/11/04 20:20 投稿番号: [15962 / 18519]
最近、ホリエモンは何をしているのでしょうか?その後のニュースはあまり聞きません。そこで今週の領土問題掲示板エンディングテーマが決まりました。

さて、掲題の件ですが、下記に『竹島雑誌』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/takeshimazasshi-1871/
松浦武四郎は、もともと日本領であるとの見地から『竹島雑誌』を編述。吉田松陰も、安政の大獄で牢屋にぶち込まれた時に、弟子の桂小五郎に国防上竹島は重要拠点と言っていました。
http://www.city.matsusaka.mie.jp/kankou/mikumo/takesirou/takesirou.html
http://www.mpec.tsu.mie.jp/kyoiku/kyouzai/MDBHTML97/MANU/MANU17/17.HTM

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

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Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/11/04 07:40 投稿番号: [15961 / 18519]
te22200様こんにちわ。

『大日本史』巻308,志3、隠岐国4郡
  隠岐の国、下、・・・
  およそ4島、分けて島前、島後という(隠州視聴合記、隠岐国図、属島は179で、総称して隠岐小島という)。
  別に松島、竹島があり、これに属する(隠岐古記、隠岐紀行、案ずるに隠地郡の福浦より松島に至るには海上69里、竹島に至るには100里4町である。韓人は竹島を称して鬱陵島という。すでに竹島といい、松島といい、我が版図となした。智者を待つが知れない。ついては、以て考えに備える)。
http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/shisho_jpn/dainihonshi.jpg

大日本史では隠岐古記となっていますね。私が持っているのは隠岐古記集でした。別文献なのかどうかは良くわかりません。隠岐古記集はやっぱり竹島松島は隠岐国内としか読めません。
基本的に、日本領でないならそのように書くか、全く言及しないかだと思うのですよ。隠岐古記集は公には竹島渡海が禁止されていた時代の文献ですが、それでも日本領でないとは書かれていない。ましてや隠州視聴合紀は竹島渡海が公然と行われていた時代の文献です。竹島が日本領でないという認識が成り立つでしょうか。あまりにも不自然で到底採用し得ない考えのように思えます。

---------------------------------------------------------------------- -
>ただし、隠州視聴合紀とは別の史料から「竹島松島が隠州に属するという考え
>が当時の出雲藩の中では一般的だった」というようなことが証明されるなら
>ば、この限りではありません。その場合は(B)で良いと思います。しかし、
>そのような他の史料からの裏付けが無い状態で隠州視聴合紀の解釈をするなら
>ば、(A)を排して(B)を選ぶという選択は考えられません。

もうご覧になったと思いますが、島根県の最終報告書でいくつか資料を挙げています。
まあこれに関しては、同時代にはっきりとした文献は今のところ確認されていないわけですが、竹島一件の際には日本側ははっきりと竹島は日本領という主張をしていますし、18世紀前半には隠岐国松島という文献が現れます。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/11/03 11:07 投稿番号: [15960 / 18519]
「国際法上、手も足も出ない」ので、「そんなの関係ねー」と言うしかない
わけだね。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2007/11/02 14:33 投稿番号: [15959 / 18519]
こんにちは、

>残念ながら、統監府が何ら把握していなかったと信ずべき根拠はないとおもいます。

なるほど、それなら、確かに何らかの責任はありますね。
ただし、それが重いとはとうてい思えません。
そうなら、韓国で繰り広げられている妄言すべてに反論しなければ責任を生ずることになりますよ。古代朝鮮は世界帝国だったなんてのは広汎に教育されているのですから、監督権限がなかろうと知った時点で否定する責任が生じちゃいますね。日本は関係ないとかね。

>おやおや、「通告する義務」はなかったはずですが(笑)

日本に通告する義務がなくても、問い合わせればわかるでしょう。

この一連の記事に改めて気がついたことがあります。

1.郡守は自分の管轄と言ったが、韓国政府は日本の領土編入に対して事実無    根と言っただけで、石島記載の勅令をだしていない。
2.当時の韓国政府が韓国領だと言ったわけではない。

以上でよろしいですか?
だとすれば、石島が獨島でない確率はさらに高まります。
石島が獨島であるなら、まさにこの政府の回答のなかに勅令が出なければおかしいですね。
ここで政府が韓国領と明言してるなら重要資料としてとっくに出てきてますね。
郡守の主張を消極的にみとめたから同じとも言えますが、それもまた苦しい理屈ですね。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2007/11/02 09:28 投稿番号: [15958 / 18519]
  ヘンポコ流のコクサイホー解釈が抱える最大の欠陥は、「そんなの関係ねー」と云われてしまえば手も足も出ないことにあるわけですね。

  はい、ご苦労さん。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/11/02 02:04 投稿番号: [15957 / 18519]
>出来たばかりの統監府が韓国政府の言動に責任を全部持たなきゃいけない
>ずいぶんな責任転嫁ですよ。
日本は、韓国政府の政府承認を取り消したわけではないですからね。
国際法上、転嫁しようがないです。
そもそも、カタール・バレーンの判例において「領土を確定する管轄権を有していたイギリスによる決定が重要で、それ以前の事実は検討する必要もない」とされているようにSF条約以前の話は関係ないですからな。

その「SF条約をなかったもの」にしてあげて、更に決定的期日を(韓国政府の抗議の表明がなかったけども)1906年にしてあげても、ニカラグア・ホンジュラスのみならず沢山の判例で引用されている東グリーンランドのこのフレーズで終了してしまいます。
“It is impossible to read the record of the decisions in cases as to territorial sovereignty without observing that in many cases the tribunal has been satisfied with very little in the way of the actual exercise of sovereign rights, provided that the other state could not make out a superior claim. This is particularly true in the case of claims to sovereignty over areas in thinly populated or unsettled countries.”
ライセンスに基づく海驢漁等により1906年の島根県の部長による通知以前に既に日本は権原を確立しちゃっていますから、完全に詰んでるんですね。

Re: 国際法や司法裁判所による解決2

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/11/02 01:36 投稿番号: [15956 / 18519]
日本が日韓条約で竹島を割譲してない以上、領域権原とは関係ないわけだから
ね〜。負け犬の遠吠えってところだな。

ホンジュラス・ニカラグアの判例も目新しいところはあまりないみたいですね。

・曖昧な史料に基づく間接的推定は認めない。
・他国から抗議が表明されない実効支配は有効
・他国から抗議の表明があるにも関わらず、自国の法的地位を改善させようとする活動は無効
・定住に向かない場所では、実効支配の証拠は微かなもの(曖昧という意味
  ではない)も有効

まぁ、これらが一層確固たる国際法として確認できたということくらいかな。
同時に、韓国の竹島の権原を証明するものが何もないことも一層確固たるものになったと。

Re: 国際法や司法裁判所による解決2

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2007/11/01 14:34 投稿番号: [15955 / 18519]
  おっさん、場違いだよ。

  しっ!しっ!(笑)

Re: 国際法や司法裁判所による解決2

投稿者: koshien21c 投稿日時: 2007/11/01 13:48 投稿番号: [15954 / 18519]
>国際法を重視するなら、まずは日韓条約を順守して、国際司法裁判所を云々すべきではありません。

へ〜、ワロタ

日韓基本条約を無視して日本に金せびるは内政干渉をするチョウセン人の言い草だな。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2007/11/01 13:17 投稿番号: [15953 / 18519]
  お久しぶりです。

>統監府が問い合わせと回答を把握していたらの話しですよね。それは。

  残念ながら、統監府が何ら把握していなかったと信ずべき根拠はないとおもいます。
  以前の投稿で「ただ一紙のみが」と書きましたが、正確には二紙でした。お詫びして訂正します。
  その新聞に対して、検閲を実施していた当局が知らなかったと?
  しかも普通の人は誰も読まないような辺境の地方紙などではなく、首都で発行された当時の韓国では代表的な新聞だと思いますが。
  しかも回答した本人は伊藤が「推薦」した(韓国では国賊の)朴斉純ですので、その彼ですら当事者である欝島郡の管下にあった独島が日本の領土になったとする説は事実無根だと指令しているわけですので、少なくとも日本政府による黙認があったと解されても仕方がありませんね。

>日本の県庁に問い合わせてもよいはずです。

  おやおや、「通告する義務」はなかったはずですが(笑)
  ましてや(出来たばかりだとしても)統監府は十分に知り得る立場にあったわけですし、日露戦争後も居座り続けた日本軍による軍事占領状態も継続していましたし、そのような状況下で検閲もかいくぐって新聞が騒いでいるのですから、統監府は知りませんでしたで通用する話とは思えませんね。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2007/10/31 21:49 投稿番号: [15952 / 18519]
こんにちは、

>ええ、国際法以前に信義誠実を欠くという結論だったと記憶していますが。

統監府が問い合わせと回答を把握していたらの話しですよね。それは。
統監府に問い合わせたという記録もないと記憶しています。
だとすると、出来たばかりの統監府が韓国政府の言動に責任を全部持たなきゃいけないわけで、ずいぶんな責任転嫁ですよ。
調べようと思えば直接調べる方法だっていくらでもありまs。
日本の県庁に問い合わせてもよいはずです。

>終戦直前は何かの思い違いではないでしょうか。

了解です。ありがとうございました。

日本気象庁、独島を自国領土として表示

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/10/31 17:55 投稿番号: [15951 / 18519]
韓国気象庁の気象レーダー観測網では独島(ドクト、日本名・竹島)が正確に観測されないが、日本気象庁は独島を自国の領土と表示しながら気象庁の気象レーダー観測網に含めて観測してきたことが確認された。

韓国気象庁の職員らはこうした事実も把握していないうえ、韓国気象庁が運用する気象レーダー観測網の観測範囲からも独島は抜けている。 日本政府は気象庁の気象レーダー地図で独島を自国の領土として表示し、気象レーダー観測範囲内に入れてきたことが分かった。

日本気象庁は国内気象レーダー観測網地図で、自国の領土を周辺国と区別するため黄緑色で表示、独島も同じ色で表示している。 独島は日本島根県松江市所在の松江気象台からレーダー観測装備で観測している。 島根県は2005年2月に「竹島の日」条例を制定し、韓国国民の怒りを招いたことで有名なところだ。

気象庁は江原道東海市(カンウォンド・トンへシ)東海気象台の屋上にある気象レーダー観測装備で鬱陵島(ウルルンド)海域を観測している。 しかし気象庁観測装備の有効半径は240キロ。 この半径では鬱陵島と独島の直前まで観測が可能だ。

東海気象台の関係者は「東海気象台のレーダー観測装備で見ると、独島の直前で途切れる」と語った。 気象庁が保有する観測装備の最大半径は480キロだが、解像度や正確度が落ちるため、気象レーダーとしての機能は期待できない。 独島を気象レーダーで観測するのためには、鬱陵気象台に観測装備を設置しなければならないが、鬱陵気象台には該当装備がない。

気象レーダーは現在の気象状態を把握でき、一般観測装備では観測が不可能な死角地帯までも観測が可能な装備であり、正確な予報のためには必須の装備。 気象庁はホームページでレーダー映像を合成映像と分析映像に分けて提供している。 注目すべき点は合成映像では独島がレーダー観測網の射程圏内に含まれているが、分析映像では独島が射程圏外にあるという点だ。

これに関し気象庁観測技術運営課の関係者は、気象庁でも合成映像と分析映像を作成する部署が異なるためだと釈明した。 この関係者は「気象庁で主に使用される半径240キロ射程圏を持つ気象レーダー観測では独島が射程圏内に入らない」としながらも、「しかし国民からレーダー映像に独島を一緒に表示してほしいという要求があり、合成映像には独島が気象レーダー観測装備の射程圏に入るように表示している」と説明した。 実際には独島がレーダー半径に入っていないにもかかわらず、世論を反映するという名目でレーダー半径に入っているかのように表示しているのだ。

気象庁の別の関係者は「独島海域の気象観測は韓国よりも日本側が必要とする」とし「韓半島は偏西風地域なので東海(トンへ、日本名・日本海)よりも西海(ソヘ、黄海)観測のほうがもっと重要だ」という論理で問題の核心を回避した。

気象庁観測技術運営課の関係者らは、日本の独島気象レーダー観測に関する事実関係さえも把握していなかった。 ある関係者は「日本気象庁のホームページを見たが、気象予報で独島は表示されていないし、予報もなかった」と話すなど、事実関係を全く把握していなかった。

キム・ヨンボム記者

2007.10.31 16:17:23

『台湾地理』 in 1958

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/29 20:38 投稿番号: [15950 / 18519]
中国活動家、尖閣諸島に接近
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071028-00000035-jijp-soci.view-00 0
中国活動家の船、一時領海内に=尖閣諸島の領有権主張−海保巡視船が警告・沖縄
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071028-00000088-jij-soci
官房長官   中国抗議船に遺憾の意「主権侵害だ」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071029-00000915-san-pol
尖閣諸島   香港の抗議船が領海付近到着   海保巡視船が警告
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071029-00000021-maip-soci


中国人の皆様へ
抗議する前に私のHPを見て下さい。尖閣諸島HPが完成しましたら、尖閣諸島・中国語版を皆さんのために作成します。

町村官房長官へ
清和会を支持している者として、今般のご対応、まことに見事で御座いました。日本のマスコミは全然報道しませんが、今回の事を踏まえ、尖閣HPを急ピッチで作成してまいります。よろしくお願いします。

さて、掲題の件ですが、下記に『台湾地理』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/taiwanchiri-1958/
前回アップロードしたのは、1959年に中国大陸で発刊したものですが、今回は1958年に台湾で発刊したものです。私にとっては"入れ食い状態"ですね。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

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『地学雑誌 201号』
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十月最終週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「今の君はピカピカに光って」
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0
※このCMを見ると、何故か志村けんを思い出します(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%BE%8E%E5%AD%90

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/10/29 13:14 投稿番号: [15949 / 18519]
(前から続く)

私には、国代記で竹島松島が隠州に属すか属さないかは、次の二つのどちらを解釈として選ぶかという問題だと思えます。

==================================== =
(A)竹島松島は隠州に属さないと考えられており、次のような単純で分かりやすい構成をしている。

・位置と名称
・構成要素
・国府
・周囲との位置関係

==================================== =
(B)竹島松島は隠州に属すると考えられているが、以下のように誤解を招く要素をいくつも持った拙劣な構成で論理的にもやや変な文章である。

・冒頭で構成要素として島前島後だけを挙げている。
・隠州周囲の外部の土地を説明する記述に続けて、同じ形式で竹島松島を紹介している。内容が外部の土地の説明から、隠州内の土地の説明に180度変わっているにも関わらず、内容が変わったことの説明は全くない。
・更にその記述は、「隠州の北西に竹島松島がある」と読める。
・竹島の物産については割注に書くだけで、後の隠岐島の貢納品を説明した個所では全く触れない。

==================================== =

はっきりいって(B)の解釈が正しいとしたら、この著者の文章能力はかなり低いと思いますし、その場合、国代記冒頭以外でも同様の拙い文をいくつも書いていなければ変だと思います。

しかし、私が隠州視聴合紀を通読した際には、そのような拙い記述があちこちに出てくるという印象は全く持ちませんでした。
したがって、私は(A)の解釈が妥当だと考えます。

ただし、隠州視聴合紀とは別の史料から「竹島松島が隠州に属するという考えが当時の出雲藩の中では一般的だった」というようなことが証明されるならば、この限りではありません。その場合は(B)で良いと思います。しかし、そのような他の史料からの裏付けが無い状態で隠州視聴合紀の解釈をするならば、(A)を排して(B)を選ぶという選択は考えられません。



話題が前後しますが、

(#15879:puracyaka2007さん)>>>
私には「隠岐古記集」は竹島松島は隠岐国に含めているようにしか読めません。まあ、それは良いとして、竹島松島が隠岐国に属すというのは「大日本史」が「隠岐古記集」をそのように読んだということは留意して下さい。
<<<

まず、訂正です。

私は #15620で、「隠岐古記集」は竹島松島を隠岐国に含めていないことが明らかなので、大日本史が参照している「隠岐古記」とは別の文献だという旨の主張をしましたが、この主張は取り下げます。puracyaka2007さんのように「隠岐国に含めているようにしか読めません」と断言される方もいらっしゃる以上、大日本史の著者が同様に考えた可能性は否定できません。

さて、一応「隠岐古記集」と「隠岐古記」が同じものだと仮定して話を続けますと、大日本史の記述には留意しますが、「竹島松島が隠岐に属すると思って読めば、そのようにも読める」ということを示しているだけであり、その解釈が正しいことの決定的な証拠とはならないと思います。

Re: 隠州視聴合紀:竹島松島を隠州に含むか

投稿者: te22200 投稿日時: 2007/10/29 13:11 投稿番号: [15948 / 18519]
puracyaka2007さん

なかなか時間が取れず、返事が遅くなってしまいます。すみません。

(#15880:puracyaka2007さん)>>>
厳密に言えばte22200様のいうとおりなのですが、文章なんて人間が書くものですから、西之表市のように多少論理的に変なことを書く可能性はあるわけです
<<<

そうですね。

私はこれまで「国代記で竹島松島が隠州に含まれるという解釈は100%不可能だ」と考えていましたが、お話を伺って「国代記で竹島松島が隠州に含まれるという解釈も不可能ではない」と考えを変えました。

ただ、解釈が不可能でないことと、その解釈が妥当なこととは、別の話です。

例えば、可能性だけを言えば竹島松島が朝鮮の土地だという解釈も不可能ではありませんが (竹島松島が朝鮮に属さないという明示的な記述はありませんし、「多少論理的に変なことを書く可能性」を考慮すれば、高麗が見えるという記述も朝鮮でないことの証拠になりません)、それが妥当な解釈だとは思いません。


例として出された西之表市サイトの記述と国代記の決定的な違いは、馬毛島が西之表市に属さないとすると、西之表市サイトの文章中に馬毛島が記述されていることは不自然としか言いようがなくなることです。

一方、国代記では、

従是南…
辰巳…
未申…
自子至卯…
戌亥間…

のように、隠州から各方位にある隠州外の土地を説明する流れの中で竹島松島が出てくるのですから、それが隠州に属さないとしても、記述があることに不自然さは全くありません。

むしろ、同じような文章形式で各方位についての説明が並んでいるのに、北西方面の記述だけが隠州に属する土地を説明したものとする方が不自然です。


(#15880:puracyaka2007さん)>>>
反対に、隠岐国に属さないのに言及したとするならば、よほど強い理由があるのであって、必ずその旨記載するでしょう。
<<<

「文章なんて人間が書くものだから、何の記載もなく言及することだってあるかもしれない」とお考えにならない理由は何でしょうか。


また、隠岐国に属さないのに竹島松島に言及している理由について、既に私は以下を提示しています。

(#15806:te22200)>>>
隠岐の出雲藩の番所では、竹島渡海についても何がしかの管理をしていたそうですから、それを考えれば、竹島に関する情報を書くことは、竹島が隠州に入るかどうかに関係無く意味のあることです。
<<<

これには puracyaka2007さんも一定の理解をして下さっているように思え、確認のために #15877 を書いたのですが、こちらについてはどうお考えでしょうか。

(続く)

『台湾地理』 in 1951

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/29 07:50 投稿番号: [15947 / 18519]
中日が第二戦勝ちましたね。落合監督ではありませんが、自分も「オレ流」で行きたいと思います。

さて、掲題の件ですが、下記に『台湾地理』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/taiwanchiri-1959/
「最北は本島東北の彭佳嶼(中略)、琉球群島内側の尖閣諸島と対峙」との記載がある。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

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『中華民国年鑑』台湾でGET
『台湾地理』(本日アップロード完了)
『官報』918フォルダ
『日本地誌提要』
『Atlas of Japan』91folder
『竹島雑誌』
『竹島之図』
『地学雑誌 201号』
『地学雑誌 202号』
『地学雑誌 210号』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


十月最終週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「今の君はピカピカに光って」
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0
※このCMを見ると、何故か志村けんを思い出します(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%BE%8E%E5%AD%90

『両種海道針経』 in 1961

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/28 20:41 投稿番号: [15946 / 18519]
今日のサンプロは面白かったですね。私は竹中さんの政策を概ね支持しておりましたが、上げ潮路線には懐疑的です。早く消費税を上げて欲しいです。元々私が支持している清和会は、平成研と違って財政再建論者の集まりですので、機軸を元に戻すことが重要です。

さて、掲題の件ですが、下記に『両種海道針経』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/ryoshu-1961/
『両種海道針経』は1961年、中国の史学者・向達によって著された。「釣魚嶼」について「尖閣群島中之一島 今名魚釣島、亦名釣魚島」と注釈し、「黄尾嶼」については、「今尖閣諸島之久場島」と注釈している。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

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『竹島之図』
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『地学雑誌 202号』
『地学雑誌 210号』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


十月最終週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「今の君はピカピカに光って」
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0
※このCMを見ると、何故か志村けんを思い出します(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%BE%8E%E5%AD%90

1953年7月23日の国務省内公文

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/10/28 18:43 投稿番号: [15944 / 18519]
1953年7月23日の国務省内公文
http://homepage2.nifty.com/oppekepe/takeshima/eng/work/SF/3.pdf

* With regard to the question of who has sovereignty over the Liancourt Rocks, it may be of interest to recall that the United States position, contained in a note to the Republic of Korea’s Ambassador dated August 10, 1951 reads in part(誰がリアンクールロックに対する主権を有しているかという点に関しては、1951年8月10日の韓国大使に対する書簡(ラスク書簡)に示されたアメリカの立場が想起させられる)

* Since sending the August 10,1951 note to the ROK Government, the United States Government has sent only one additional communication on the subject this was done in response to the ROK protest of the a??leged bombing of Dokdo Island by a United States military plane. The United States note of December 4, 1952 states:
" The Embassy has taken note of the statement contained in the Ministry’s Note that ‘Dokdo Island (Liancourt Rocks)…… is apart of the territory of the Republic of Korea.’ The United States Government’s understanding of the territorial status of this island was stated in Assistant Secretary of States Dean Rusk’s note to the Korean Ambassador in Washington dated August 10, 1951.”

1951年8月10日の書簡を韓国に送付して以来、アメリカは1度韓国に追加的伝達を行った。これは米軍機による竹島爆撃に対する韓国政府の抗議への回答としてなされた。1952年12月4日の書簡は以下のとおり。「大使館は韓国外交部の「竹島は、韓国領土の一部」という記述に注目した。アメリカ政府のこの島の領有に対する理解は、1951年のラスク書簡に述べられている」

1952年12月4日の釜山の米大使館の公文

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/10/28 18:23 投稿番号: [15943 / 18519]
http://homepage2.nifty.com/oppekepe/takeshima/eng/work/SF/2.pdf
1952年12月4日   釜山の米大使館から米国務省

* We had never heard of Dean Rusk's letter to the Korean Ambassador in which the Department took definite stand on this question.(私たちは、この問題に関する国務省の立場を明確にした韓国大使に対するラスクの書簡を聞いたことがなかった)

* but had no thinking that that decision constituted a rejection of the Korean claim. Well, now we know and we are very glad to have the information as we have been operating on the basis of a wrong assumption for along time(この決定(SF条約の条文を韓国の要求にも関わらず修整しなかったこと)が韓国の主張を拒否することを意味するとは思わなかったが、我々はそれを今知った。そして、我々は長い間間違った仮定により活動をしていたが、この情報を知って喜ばしい)

*I am sending with a transmitting dispatch, a copy of the note that we have just sent to the Ministry of Foreign Affairs.......which refers to Dean Rusk’s note to Ambassador Yang of August 10, 1951.(韓国外交部に今送付した書簡のコピーを添付します。それには、ラスク書簡のことが触れられています。

1952年10月5日の米国務省の公文

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/10/28 18:01 投稿番号: [15942 / 18519]
島根県の最終報告書で塚本氏が引用したアメリカ公文書の原文です。

http://homepage2.nifty.com/oppekepe/takeshima/eng/work/SF/1.pdf
1952年10月5日   米国務省から釜山の米大使館あての書簡
* It appears that the Department has taken the position that these rocks belong to Japan and has so informed the Korean Ambassador in Washington.(国務省がこれらの岩が日本に属するという立場でワシントンの韓国大使に伝えたことをしめしている。)

* The action of the United States-Japan Joint Committee in designating these rocks as a facility the Japanese Government is therefore justified.((安保条約に基づく)日米共同委員会において、日本政府の施設としてこの岩を指定することは、正当である)

* The Korean claim, based on SCAPIN677, which suspended Japanese administration of various island areas, include Takeshima (Liancourt Rocks), did not preclude Japan from exercising sovereignty over this area permanently.(竹島を含めて複数の島々における日本の管轄を停止したscapin677を根拠にした韓国の主張は、これら領域に対する日本の主権の行使を永久に排除できない。)

ホンジュラス-ニカラグアのICJ判例

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/10/28 15:46 投稿番号: [15941 / 18519]
http://www.icj-cij.org/docket/files/120/14075.pdf
10月8日にホンジュラスとニカラグアの島の主権と海域に関する判決があった。
まだよく読んでないが、平和的な実効支配が認められたようである。

『海東諸国記』 in 1471

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/28 10:02 投稿番号: [15940 / 18519]
puracyaka2007氏のご指摘で資料が言及されておりますので、リストにあげておきます。

さて、掲題の件ですが、下記に『海東諸国記』を掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/kaitoshokoku-1471/
『海東諸国記』は、1471年 、朝鮮の申叔舟が成宗の命をうけて編纂した書物である。この図が、琉球の最も古い図であるといわれている。申叔舟が琉球とした図には、台湾の花瓶嶼が在る。この図は島嶼の相対的位置関係を明示しているのであって、領土や領海を示すものではない。

それを井上清は、大真面目で一冊の本にでっちあげた。そして井上のしたことを、讃える人々がいる。まったく馬鹿げたことである。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET
『台湾省通志稿』
『台湾地理』
『官報』918フォルダ
『海東諸国記』(本日アップロード完了)
『日本地誌提要』
『Atlas of Japan』91folder
『竹島雑誌』
『竹島之図』
『地学雑誌 201号』
『地学雑誌 202号』
『地学雑誌 210号』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


十月最終週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「今の君はピカピカに光って」
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0
※このCMを見ると、何故か志村けんを思い出します(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%BE%8E%E5%AD%90

Re: 『地学雑誌』 in 1905

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/10/28 04:50 投稿番号: [15939 / 18519]
>いま07番の資料が上手く表示出来ません。後で手直しします。

>http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/chigaku-1905/

↑は、半月城氏が紹介した資料ですが、その後地学雑誌第18年第210号に「隠岐国竹島に関する地理学上の知識」(田中阿歌麻呂)という論文が掲載されていて、その論文中で著者は「本誌第200号第201号及び第202号に掲げたる「隠岐国竹島に関する旧記」の記事は全く竹島のことに非ずして鬱稜島の記事なるが如し」と書かれています。ご都合主義には呆れるほかありません。

『地学雑誌』 in 1905

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/28 00:29 投稿番号: [15938 / 18519]
いま07番の資料が上手く表示出来ません。後で手直しします。

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/chigaku-1905/

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日転載予定)

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET
『台湾省通志稿』
『台湾地理』
『官報』918フォルダ
『海東諸国記』
『日本地誌提要』
『Atlas of Japan』91folder
『地学雑誌』(本日アップロード完了)
『竹島雑誌』
『竹島之図』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


十月最終週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「今の君はピカピカに光って」
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0
※このCMを見ると、何故か志村けんを思い出します(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%BE%8E%E5%AD%90

coming up listを増強

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/27 19:26 投稿番号: [15937 / 18519]
少しここでcoming up listを増強します。

半月城氏が指摘している資料については、尖閣を中断して次回見せます。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15931

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/

あと、2、3ヶ月前にどなたかが、現地に行きもせずに領土問題を論じるのはダメみたいなことを言っていましたので、ある島に上陸しようと思います。デジカメ写真(東西南北全ての方角)撮ると共に、動画撮影もする予定です。

next, coming up
『中華民国年鑑』台湾でGET
『台湾省通志稿』
『台湾地理』
『官報』918フォルダ
『海東諸国記』
『日本地誌提要』
『Atlas of Japan』91folder
『地学雑誌』明治38年
『竹島雑誌』
『竹島之図』
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1835396&tid=cddeg&sid=1835396&mid=15820


十月最終週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「今の君はピカピカに光って」
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0
※このCMを見ると、何故か志村けんを思い出します(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%BE%8E%E5%AD%90

『欽定続通典』 in 1875

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/27 18:38 投稿番号: [15936 / 18519]
いよいよ始まりました日本シリーズ。福岡ホークスを応援している自分は、もちろんパリーグの代表として戦っている北海道ファイターズを応援します。ちなみに半月城氏もホークスを応援してもらっております。なぜならホークスはソフトバンクが親会社で、ヤフーの親会社でもありますから、半月城氏が掲示板を利用すればするほど、ヤフー広告収入がUPし、ホークスの選手獲得やインフラ整備に支出されるからです。半月城さん、これからも掲示板にどんどんアクセスして下さい。

※書き込んでいる最中に、スギノールの3ランが出ました!(笑顔)

さて、掲題の件ですが、下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/kintei-1875/
1875年に編纂された『欽定続通典』の巻147には鶏籠山を辺境の防衛地としているが、現在の尖閣諸島の記述はないです。

http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?dtype=2&p=%B6%D6%C4%EA
私は博学でないため「欽定」という単語を今日初めて使いました。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日掲載予定)


next, coming up
『中華民国年鑑』
『欽定続通典』(本日アップロード完了)


十月最終週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「今の君はピカピカに光って」
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0
※このCMを見ると、何故か志村けんを思い出します(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%BE%8E%E5%AD%90

嶺南大で独島関連国際学術大会開かれて

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2007/10/27 11:26 投稿番号: [15935 / 18519]
にちゃんねるから転載します。


[嶺南大で独島関連国際学術大会開かれて]
日、中 など4ヶ国学者熱っぽい討論

(ギョングサン=連合ニュース)
約100年前の1900年10月25日大韓帝国が勅令41号 を公布して独島が鬱陵島の管轄にとなるという事実を国内外に知らせたことを記 念するための国際学術大会が25日嶺南大で開かれた。慶尚北道と嶺南大共同主催 でこの日午前10時から嶺南大国際館3階大会議室で開かれた国際学術大会には我 が国と日本、中国、ロシアなど北東アジア4ヶ国の学者たちが参加して`近代秩 序と領土、そして現在の独島問題'を主題に熱っぽい討論をした。

特にこの日大会には歴史的資料たちを通じて独島が日本の領土ではないという 事実を立証した島根大学内藤正中名誉教授が `日本資料による独島の帰属問題' を主題に基調講演をして視線を集めた。

内藤教授は講演で "1837年に公布された幕府の渡海禁止布達には鬱陵島渡海は 勿論、 `遠い海上を通らない所'としながら、遠い海上に航路を取ることに対し て禁止した"とし、"遠い海上の外へ行くことができない独島に対しても渡海禁止 の例外にしなかったことがはっきりとしている"と明らかにした。

内藤教授はまた"それにこの禁止令は全国津津浦浦で漏れ無く徹底的に周知する ように告知した最高の命令だったから`朝鮮領である竹島(鬱陵島)への渡航は 禁止したがその付属島である松島(独島)への渡航は禁止しなかった'とする外 務省ホームページの内容は変なこと" と付け加えた。

引き続き在日独島研究者である朴炳渉氏は`明治時代を中心にした独島の帰属問 題'を主題にした発表で "明治初年に至って正院地誌でその島(独島)に対する わが国の(日本)の領有を完全に否認したのでその後に出版された多くの地図 はその所在を表示していないようで、明治8年文部省で出版された宮本三平さん の日本帝国全図にはこれを載せることはしたが、帝国の領土外に入れて色も塗ら なかった"という内容の日本史料を根拠に日本の独島領有権主張を駁した。

これ以外にもこの日学術大会にはロシアサングトペテルブルク国立大クールノバ 博士が`国際情勢次元で見る独島問題'を主題で、中国北京外国語大郭連友教授が `近代領土概念の形成と独島'を主題でそれぞれ発表した。

http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2007/10/25/0200000000AKR20071024189900053.HTML


朴炳渉氏とあるのはこのスレでもおなじみのban_wol_seong =半月城氏ですね。

『台湾省通志稿』 in 1951

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/27 10:11 投稿番号: [15934 / 18519]
尖閣諸島問題HPもレアな資料をアップロードするようになり、かなり凄いサイトになりつつあります。なんかピカピカと光り始めたように思います。そこで今月最終週のエンディングテーマが決まりました。

さて、掲題の件ですが、下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/tsushiko-1951/
台湾省文献委員会が編集した『台湾省通志稿』には、彭佳嶼を台湾省の最北端としている。
竹島資料も戦後(1950年代)に韓国政府が発行した地理書に竹島(チュクド)を最東端としているものがありますね。両国とも私の調査に掛かればグーの根も出ませんよ。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/
(後日掲載予定)


next, coming up
『台湾省通志稿』(本日アップロード完了)
『中華民国年鑑』
『欽定続通典』


十月最終週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「今の君はピカピカに光って」
http://www.youtube.com/watch?v=a-8GFhYSct0
※このcmを見ると、何故か志村けんを思い出します(笑)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E5%B4%8E%E7%BE%8E%E5%AD%90

Re: 内務、文部省の地図

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/10/22 18:12 投稿番号: [15933 / 18519]
>↑1899年の大韓全図には独島とやらは全く出てきません。当然、これは朝鮮
>政府の公式見解と言えるわけです。
>http://blog-imgs-13.fc2.com/f/e/t/fetia/great-korea.jpg

と前回書いたところですが、半月城氏はずいぶん前にこんな投稿をしています。
--------------------------------------------------------------------
近代の資料として、鬱陵島を朝鮮の東端とし竹島(独島)を欠落させてい
た朝鮮側資料は、ご指摘のものを含めて次の3点くらいでしょうか。
  玄釆『大韓地誌』1899年
  張志淵『大韓新地志』1907年
  崔南善『朝鮮常識問答』1946年

  しかし、これらはいずれも民間人が出した書籍で、国家の領有意識とはな
んら関係がありません。それに、たかだか2,3の資料で竹島が欠落していた
からといって、朝鮮は竹島(独島)の領有意識をもっていなかったなどという
結論を導いたとしたら、あまりにも短絡的すぎるのではないでしょうか。
  結論をだすには、関連するすべての古文献や地図などを総合的に判断すべ
きではないでしょうか。
  地図に関していえば、于山島、すなわち竹島(独島)が記載された地図は、
堀氏によれば数百枚あるそうで、こうした実態こそ朝鮮側の竹島(独島)領有
意識を如実に示しているのではないかと思います。
  近代においても、大韓帝国学部の『大韓輿地図』(1898)、同『大韓全図』
(1899)などの官撰地図が于山島を記載しています(注1)。これは国家として
の竹島(独島)領有意識を示しているといえます。
http://www.han.org/a/half-moon/hm068.html
----------------------------------------------------------------------
以前から朝鮮には竹島の記載された地図は存在しないという指摘はありましたが、最近、改めて島根県報告書http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/takesima/saishuhoukoku/
やGerry Bevers氏の研究http://www.occidentalism.org/
で再確認されたところです。
もちろん、『大韓輿地図』(1898)、同『大韓全図』(1899)などの官撰地図に竹島は載っていません。韓国の主張は完全に木っ端微塵です。まあ、半月城氏は絶対に認めないだろうけど。日本と韓国が国際司法裁判所で争ったら、かなり短期間で結審しそうです。

Re: 内務、文部省の地図

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/10/21 17:23 投稿番号: [15932 / 18519]
>私は、内務省の無知によるものかなと考えます。いずれにしても、その誤りが修正され、その結果が国会図書館にある『大日本府縣分轄圖』の改訂版に示されたと思われます。
>結局、明治政府の地理当局は、竹島(欝陵島)と松島(竹島=独島)を日本領ではないと断定したことになります。これが明治政府の公式見解といえます。

↑1899年の大韓全図には独島とやらは全く出てきません。当然、これは朝鮮政府の公式見解と言えるわけです。
http://blog-imgs-13.fc2.com/f/e/t/fetia/great-korea.jpg
  1870年代に「松島を放棄した」と主張したところで、1899年に朝鮮が領有していないことが明白なんだから、何も言っていないのと同じでしょう。
  いろいろと明治初年の地図のあら探しをやっているようですが、当時、地図が混乱していたのはよく知られていることだし、一度出版された「間違った地図」の影響はそれほど簡単に収まるものでもありません。
  今津屋八右衛門に関する記録(竹島一件記等)を見ても、江戸時代の終わり頃まで松島が法的に日本領とされていたことは疑いようがありません。たとえ日本が松島を「放棄」したことが事実だとしても、放棄したものを再領有することに何の制限も無いのだから、いくら日本が放棄したと主張してもその後韓国が領有していたことを証明しない限り全く無意味です。
  1900年前後の朝鮮の地図や地誌類がネット上に次々にアップされるようになって、朝鮮が独島とやらに何の関心も持っていなかったことがすっかりバレてしまいましたが、いまだに竹島が韓国領と主張する人がいるのには驚かざるを得ません。

内務、文部省の地図

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2007/10/21 14:29 投稿番号: [15931 / 18519]
   半月城です。

   ararenotomoさん、No.15927
>『明治前期内務省地理局作成地図集成』(柏書房, 1999)所収の「大日本全國略圖」は、拡大しなければ分らない程ですが、松島を隠岐・山陰道と同じ黄褐色に彩っているように私には見えます。この柏書房版の「島根岡山二縣圖」「北海道之圖」には、国会図書館版にある「明治十四年九月十三日 - -」「明治十五年二月八日 - -」などの文言はありません。

   これが本当であれば、これこそ初版本に違いありません。それが竹島・松島を山陰道と同じ色に彩色したのであれば、次の二通りのことが考えられます。

1.内務省の地図作成者は、竹島(欝陵島)の歴史に無知であり、元禄時代の竹島(欝陵島)放棄を知らないばかりか、1877年の内務省による「日本海内竹島外一島編纂伺」や太政官の竹島外一島を版図外とする指令すら知らなかった。

2.太政官の竹島外一島を版図外とする指令に反抗して、あえて竹島・松島を山陰道と同色に彩色した。

   私は、内務省の無知によるものかなと考えます。いずれにしても、その誤りが修正され、その結果が国会図書館にある『大日本府縣分轄圖』の改訂版に示されたと思われます。
   結局、明治政府の地理当局は、竹島(欝陵島)と松島(竹島=独島)を日本領ではないと断定したことになります。これが明治政府の公式見解といえます。

   話は変わりますが、文部省『日本帝国全圖』のカラー版はどこにあるか、ご存知でしょうか?   これについて、地理学者の田中阿歌麻呂はその影響を『地学雑誌』にこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   明治の初年に到り正院地誌課に於て其(竹島=独島、半月城注)の本邦の領有たることを全然非認(ママ)したるを以て、其の後の出版にかかる地圖は多く其の所在を示さざるが如し、明治八年 文部省出版 宮本三平氏の日本帝国全圖には之れを載すれども、帝国の領土外に置き塗色せず、又 我海軍水路部の朝鮮水路誌には、リアンコールト岩と題し、リアンコールト號の發見 其他外国人の測量紀事を載するのみなり(注1)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

(注1)田中阿歌麻呂「隠岐國竹島に關する舊記」『地学雑誌』第200号,1905,P594

『台湾省地方自治誌要』

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2007/10/14 11:59 投稿番号: [15930 / 18519]
自分のIDでログイン出来ず、かつ私は「敗軍の将」ですので、竹島は他の掲示板で書き込みします。そしてこのIDでもう一つの領土問題である尖閣をここで引き続き考察したいと思います。

タレントの渡辺満里奈が台湾好きというのは有名な話ですが、昔朝まで生TVで舛添要一氏が歴史問題を討論したときに、「日本を好きだ好きだと言って来る人と、嫌いだと言う人がいたら、当然の感情として日本人は好きだという人を好きになる」という趣旨の発言をしていました。そこで今週の尖閣掲示板エンディングテーマが決まりました。

さて、掲題の件ですが、下記に掲載します。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/taiwanjichi-1965/
現在中国も台湾も尖閣諸島の所属は台湾省に属していると主張するが、台湾省地方自治誌要編集委員会の『台湾省地方自治誌要』には、台湾省の東端を「花瓶嶼の東端・その位置は東経122度6分25秒」とし、北端を「彭佳嶼の北端・その位置北緯25度37分53秒」としている。

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日掲載予定)


next, coming up
『台湾省通志稿』
『中華民国年鑑』
『欽定続通典』
『台湾省地方自治誌要』(本日アップロード完了)

十月第三週の尖閣/竹島掲示板エンディングテーマ
「日本精神とは義理堅い・真面目・勤勉」
http://www.youtube.com/watch?v=HKtU-_UV4lI
http://www.youtube.com/watch?v=ajV_LDBN1NA&mode=related&search=
http://www.youtube.com/watch?v=5KDkIuz2GTw&mode=related&search=%E6%97%A5%E6%9C%AC%20%E5%8F%B0%E6%B9%BE%20%E9%9F%93%E5%9B%BD%20%E5%A5%B3%E5%AD%90%E9%AB%98%E7%94%9F
何か、気分が悪くなってきました。。。渡辺満里奈や舛添大臣の言っていることは十分理解出来ます。

Re: 敗軍の将は兵を語らず

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/10/14 10:54 投稿番号: [15929 / 18519]
>石島は独島かもしれないし、観音島かもしれないし、鬱稜島周辺の小島の総称
>かもしれないし、架空の島かもしれません。しかし、1900年前後の地図では韓
>国領の東端は鬱稜島竹島となっているのだから、石島=独島説など成立する可
>能性はほぼありません。

前回↑の投稿をしたところですが、改めてToron Talkerを見たら、こんな指摘がありました。http://toron.pepper.jp/jp/take/hennyu/ishijima41.html

当時の鬱陵島郡主・沈興沢が欝陵島を管轄する江原道府に急報したり、
江原道観察使署理の春川郡守・李明来は中央政府に報告した。
また、大韓毎日申報、皇城新聞、梅泉黄玄の「梅泉野録」etcでは、日本の竹島に対して文句を言っていたよね。
しかし、当時のメディアや政府が、この勅令41号を根拠にして文句を言った形跡が無い。

これはわりと大事な指摘だと思います。勅令からわずか6年後、石島=独島なら直ちにこれを根拠としての報道があるはずですね。沈興沢も報道機関も石島=独島なんて言っていません。これはあまりにもイタい。
その後の対応についても朝鮮政府が調査を命じたところまでは分かっているようですが、その後は不明です。恐らく、独島なるものが自国領と主張するだけの根拠を欠いていることを確認しただけだったのでしょう。
独島なるものがどんな島なのかすら正確に把握していないのは、当時の報道を見れば一目瞭然です。これでは実行支配が及んでいないと白状しているようなものです。

Re: 敗軍の将は兵を語らず

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/10/13 07:30 投稿番号: [15928 / 18519]
>パソコンを買い換えたため、いろいろとダウンロードした資料を移し変えら
>れず、ちょっと確認ができないのですが、たしか全羅道出身の話については
>李奎遠の調査(鬱陵島検察日記)だったか、誰かの調査に出てこなかったで
>しょうか。

>ただ、私は正直、出身はどうでもいい話だと思っています。石島については
>方言の可能性を勘案する、と言うこと以外、何ら石島=独島とする根拠が存
>在せず、それは観音島を排除するだけの根拠がない以上は、所詮、こじつけ
>に過ぎないものであるとすべきだからです。

石島は独島かもしれないし、観音島かもしれないし、鬱稜島周辺の小島の総称かもしれないし、架空の島かもしれません。しかし、1900年前後の地図では韓国領の東端は鬱稜島竹島となっているのだから、石島=独島説など成立する可能性はほぼありません。石島≠独島の証明はこれで十分です。
石島がどの島に当たるかということは、日本側は全く説明する必要はありません。石島≠独島だということだけ説明できれば良いのです。

Re: 『大日本府県分轄図』 拡大版

投稿者: ararenotomo 投稿日時: 2007/10/12 21:48 投稿番号: [15927 / 18519]
半月城さん

「大日本全國略圖」についてのコメントを有難うございます。

>私は「国会図書館に貴重書として所蔵されている『大日本府縣分轄圖』(1881)中の「大日本全國略圖」において、隠岐島は山陰道として彩色されていても、竹島・松島は彩色されませんでした」と記しました。
http://www.han.org/a/half-moon/hm128.html#No.942

国会図書館蔵「大日本全國略圖」で松島は彩色されなかった、とする半月城さんの見解に同意します。半月城さんが示した国会図書館の陸軍文庫印のある「大日本全國略圖」では、私も松島に彩色が施されているようには見えませんでした。
http://www.kr-jp.net/map/naimu-map/naimu-map.html

一方、 Tanaka_Kunitakaさんが示した国立公文書館所蔵の「大日本全國略圖」においては、彩色が松島の輪郭を越えて北東方向に延びているように見えます。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/fukenbunkatsuzu-1881/matsushima.jpg

>公文書館版は後から手書きで加筆されたことがわかります。具体的には「島根・岡山二縣圖」において鳥取県の市町村の明細表が手書きで追加されました。

半月城さんの指摘どおり、公文書館版の「島根岡山二縣圖」には、鳥取県の市町村の明細表と「明治十四年九月十三日割島根縣因幡伯耆二州置鳥取縣」との文言が手書きで追加されているようです。このことと松島への手書きの彩色から、公文書館版は試し刷りの図で、いろいろな書き込みをしたものではないかと思います。
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/fukenbunkatsuzu-1881/shimane.jpg

国会図書館版の「島根岡山二縣圖」は、「明治十四年九月十三日 - - 置鳥取縣」を「島根縣市町村明細表」の下に印刷しました。さらに、その「北海道之圖」には、「明治十五年二月八日廃開拓使置函館札幌根室三縣」などの文言が印刷されております。従って、国会図書館版は1882年2月以降に作られた改訂版と思います。

『明治前期内務省地理局作成地図集成』(柏書房, 1999)所収の「大日本全國略圖」は、拡大しなければ分らない程ですが、松島を隠岐・山陰道と同じ黄褐色に彩っているように私には見えます。この柏書房版の「島根岡山二縣圖」「北海道之圖」には、国会図書館版にある「明治十四年九月十三日 - -」「明治十五年二月八日 - -」などの文言はありません。

柏書房版の「大日本全國略圖」で松島は本当に彩色されているのか、柏書房版が1881年の初版といえるかどうか、速断は禁物ですが、私は、改訂された国会図書館版で、松島が彩色されなかったことは重要と思います。地理局は、松島を一度は隠岐と同色に彩ろうとしました。しかしその後、太政官指令に従い、松島を日本の版図外にしたと考えます。

半月城さん、Tanaka_Kunitakaさん、有意義な指摘を有難うございました。

Tanaka_Kunitakaさん、更なる「大日本全國略圖」の掲示に期待しています(No. 15922)。

Re: 敗軍の将は兵を語らず

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2007/10/12 21:46 投稿番号: [15926 / 18519]
パソコンを買い換えたため、いろいろとダウンロードした資料を移し変えられず、ちょっと確認ができないのですが、たしか全羅道出身の話については李奎遠の調査(鬱陵島検察日記)だったか、誰かの調査に出てこなかったでしょうか。

ただ、私は正直、出身はどうでもいい話だと思っています。石島については方言の可能性を勘案する、と言うこと以外、何ら石島=独島とする根拠が存在せず、それは観音島を排除するだけの根拠がない以上は、所詮、こじつけに過ぎないものであるとすべきだからです。

お腹がぺこぺこ、が、実は朝鮮語で、お腹がすいた(ペコプダ)から来ているとするような与太話と同じ程度に、馬鹿馬鹿しい話です。何ら学問的な話ではありません。

そこに全羅道出身の人がいる。だから地名も全羅道で存在する地名に準じて解釈しうると言うのは、ほかに一切の根拠が伴わない現状においては、結果が先にありきの話と言うべきでしょう。石島が観音島でないことを論理的に証明した上でなければ、方言説など単なる言葉遊びに過ぎないものです。

なお、観音島には別の呼び方があったとしても、別に石島という名称の否定にはなりません。名前が一定して定着していない一つの島に、複数の言い方があることには、何の違和感もないからです。

Re: 敗軍の将は兵を語らず

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2007/10/12 20:32 投稿番号: [15925 / 18519]
鬱陵島民は本当に全羅道出身者か?

韓国の主張によると、鬱陵島民は元々全羅道の出身で石を標準語のSokと言わずに、全羅道の方言でDokと発音するとし、そのDokの発音を漢字で当てはめると独(Dok)になったので、今日独島と呼ぶとしている。しかし、この主張は矛盾を含んでおり理論破綻している。以下に疑問点をリストアップする。
------------------------------------------------------------------------ -
石島=独島なんていかにも取って付けたような説明で馬鹿みたいですねえ。何で鬱島郡守は正式名称を使わず、独島なんて言ったのでしょうwww。
手元に何故か「暮らしのなかの技術と芸能」(平凡社)という本の写しがありますが、その中に次のような記述があります。

鬱稜島は1882年(明治15年)に開拓令が出され韓国人が定住するようになったが、それまで国家の空島政策により韓国人の定住がなかった。その定住の経緯を李永官氏(1921年生まれ)は次のように語っている。
   鬱稜島の90パーセント以上の人が江原道、慶尚北道、慶尚南道から移住し   てきた人々である。全羅道からは機帆船、船を造るための材木を運ぶ目的で   鬱稜島へ来ていたが住み着く人はほとんどいなかった。(後略)

鬱稜島の住人が全羅道出身者が多いなんて根拠はあるのですかねえ。
まあ、いずれにしろ、当時の竹島に韓国の支配が及んでいなかったのは地図を見れば一目瞭然でしょう。

Re: 不戦親父さんへ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2007/10/12 16:00 投稿番号: [15924 / 18519]
>中央政府に対する日本の統監府(とはまだ言わないかな)の返答なり指示はあったのでしたっけ?

  統監府は2月1日に設置されていますから、事件はその後ですね。

>管理していたのだから責任があるというところで話しが終わってませんでしたか?

  ええ、国際法以前に信義誠実を欠くという結論だったと記憶していますが。
  禁反言の原則に抵触するだろうと云うことですね。

>終戦直前の例をお示しいただいた記憶がありますよ。

  慶尚南道の報告書(1947年)について紹介させていただいた記憶はありますが、終戦直前は何かの思い違いではないでしょうか。
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