竹島

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Re: 三毛猫君に宿題

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/10/11 23:57 投稿番号: [14976 / 18519]
、古代高句麗の天文学で、海上のおおまかな位置ってわかるの?
朝鮮の獨島はいっつも鬱稜島のそばにあるのはそのせい?

師匠が書いた:
>>太政官布告以降も大正時代に刊行された「大日本史」の記述にさえ引きずるほど根深いものがあるようです。
私が書いた:
>朝鮮はとにかく浅いからな
朝鮮の獨島はいっつも鬱稜島の傍にしかないから深くなりようがないでしょ。

>>韓国の大使がアメリカまで行って位置も知らない獨島を韓国領と主張する数十年以上前の話だ。

>   何が云いたいのか皆目分からん。
>   錯乱せず、落ち着いて書くように。

Mr. Han stated that these were two small islands lying in the Sea of Japan, he believed in the general vicinity of Ullungdo.

バランは結局チェジュの近くじゃなかったけ?

Re: 律儀な奴よ

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/10/10 22:56 投稿番号: [14975 / 18519]
>召還呪文「劣化コピー」で現れるか。速いな(笑)

あははは、確かに速かったな。
最近飲んだくれてたけど、頭のてっぺんの毛がぴぴっと立ってな
開いてみたら、師匠に会えたって訳よ。

「至高の主権」でも現れたりするぞ。

『週刊新潮』 皇民党強行上陸作戦

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/10 22:40 投稿番号: [14974 / 18519]
先日掲載したやつは下記のタイトルと日付がマッチしていませんでしたので、正しいものを再度掲載すると共に、「皇民党強行上陸作戦で判る日本の竹島放棄」を掲載致します。

竹島はもう韓国に占領されている(96年3月7日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307d.jpg

皇民党強行上陸作戦で判る日本の竹島放棄(96年4月18日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960418a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960418b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960418c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960418d.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960418e.jpg


どうする「竹島」はもう韓国に占領されているぞ(96年12月26日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/961226a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/961226b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/961226c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/961226d.jpg

引き続き後日『週刊新潮』を掲載します。次回は"竹島WARS! 韓国人がショックを受けた 竹島レーダーは日本製"を掲載します。

三毛猫君に宿題

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/10 21:43 投稿番号: [14973 / 18519]
>赤水のオリジナル(1779)を「一般に非常に高い信頼を得ていた」はいいけど、所詮は「その当時の話」。
半世紀以上たてば新しい知見が加えられたと考えるのが当然でしょう。

  「その当時の話」をしているのだが(笑)
  さて三毛猫君は、「新しい知見が加えられたと考えるのが当然」と書いたわけだが、その「新しい知見」とはなにか、具体例で示すように。
  若しくは、何だか良く分からないが云ってみただけ、と正直に白状すること。

>当時は18世紀中頃、ようやく地動説が日本に入り込んできた頃ですよ。

  地動説は舶来の概念。それまでは日本でも古代高句麗の天文学に基礎を置いていたわけだが、そのことが何の関係があるのか良く分からん。
  分かるように書くこと。

  I wrote:
>>太政官布告以降も大正時代に刊行された「大日本史」の記述にさえ引きずるほど根深いものがあるようです。

You wrote:
>朝鮮はとにかく浅いからな。
>軍艦を派遣したりして、いろいろやっても電話もコピーもない当時の話。情報に不備があるのは仕方ない。
>韓国の大使がアメリカまで行って位置も知らない獨島を韓国領と主張する数十年以上前の話だ。

  何が云いたいのか皆目分からん。
  錯乱せず、落ち着いて書くように。

律儀な奴よ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/10 20:28 投稿番号: [14972 / 18519]
  召還呪文「劣化コピー」で現れるか。速いな(笑)

Re: 島根県分県地図

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/10 20:26 投稿番号: [14971 / 18519]
  半月城氏wrote:
>   以前、Am_I_AHO_1stさんが島根県分県地図を集めたサイトをここで紹介していたように記憶しているのですが、そのアドレスを教えてください。


  下記を参照して下さい。

「島根県立図書館デジタルライブラリー」より
http://ltis.pref.shimane.jp/see_jpeg/ezu/ezu_shimane/shimane_p1.htm

  下の方で不肖の弟子三毛猫が、何ら根拠も挙げずに反論したつもりになって居るようですが、何卒、お目こぼしの程を。

Re: 『改正日本輿地路程全図』

投稿者: mikenekonomanma 投稿日時: 2006/10/10 20:15 投稿番号: [14970 / 18519]
>   この様に順を追ってご覧頂きますと、明らかに弘化三年版(江戸小伝馬町三町目丁子屋平兵衞)は、
>竹島松島の二島について、それまでの版とは異なる記述方法・彩色をしており、赤水のオリジナルが
>改変されていることがお解り頂けるでしょう。
>   しかし特に改変するべき理由も見あたらなければ、これは或いは、縮版する際の単なるミスプリント
>ではなかろうかと思われますが、いずれにせよ一般に非常に高い信頼を得ていた「日本輿地路程全圖」
>の一部が劣化コピーされたことにより、同時に、竹島松島ともに隠岐の一部ではないかとする誤った
>情報が流布される切っ掛けになったことでしょう。
>   そしてこのことが、日本国内の明治以降に於ける領有意識の混乱にも少なからぬ影響を与えたこと
>だろうと思われます。
>   川上健三氏が唱えた根拠のない島名混乱説よりも、むしろ当時の日本では、竹島松島ともに日本の
>領土ではないかとする俗信に基づく領有意識の混乱が事実として厳然と有ったわけですし、この混乱は、
>太政官布告以降も大正時代に刊行された「大日本史」の記述にさえ引きずるほど根深いものがあるようです。

だから勝手に「改正」を「改変」とか「劣化コピー」とかに改変しないでよ。

赤水のオリジナル(1779)を「一般に非常に高い信頼を得ていた」はいいけど、所詮は「その当時の話」。
半世紀以上たてば新しい知見が加えられたと考えるのが当然でしょう。

当時は18世紀中頃、ようやく地動説が日本に入り込んできた頃ですよ。

>太政官布告以降も大正時代に刊行された「大日本史」の記述にさえ引きずるほど根深いものがあるようです。

朝鮮はとにかく浅いからな。
軍艦を派遣したりして、いろいろやっても電話もコピーもない当時の話。情報に不備があるのは仕方ない。
韓国の大使がアメリカまで行って位置も知らない獨島を韓国領と主張する数十年以上前の話だ。

Re: 『改正日本輿地路程全図』

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/10/10 19:43 投稿番号: [14969 / 18519]
半月城氏wrote:
>    弘化三年版は、どこかのサイトで見れるでしょうか?

  例えば、現在は「狩野文庫画像データベース」にて公開されています。

『新刻 日本輿地路程全圖』安永八年(1779)
http://www2.library.tohoku.ac.jp/kano/kochizu/CJA08342001/CJA08342001-P1.html

『新刻 日本輿地路程全圖』寛政三年(1791)
http://www2.library.tohoku.ac.jp/kano/kochizu/CJA08343001/CJA08343001-P1.html

『改正 日本輿地路程全圖   増修定本新分郡界』文化八年(1811)
http://www2.library.tohoku.ac.jp/kano/kochizu/CJA08344001/CJA08344001-P1.html

『新刻 日本輿地路程全圖』天保四年(1833)
http://www2.library.tohoku.ac.jp/kano/kochizu/CJA08345001/CJA08345001-P1.html

『改正 日本輿地路程全圖』弘化三年(1846)
http://www2.library.tohoku.ac.jp/kano/kochizu/CJA08346001/CJA08346001-P1.html

  この様に順を追ってご覧頂きますと、明らかに弘化三年版(江戸小伝馬町三町目丁子屋平兵衞)は、竹島松島の二島について、それまでの版とは異なる記述方法・彩色をしており、赤水のオリジナルが改変されていることがお解り頂けるでしょう。
  しかし特に改変するべき理由も見あたらなければ、これは或いは、縮版する際の単なるミスプリントではなかろうかと思われますが、いずれにせよ一般に非常に高い信頼を得ていた「日本輿地路程全圖」の一部が劣化コピーされたことにより、同時に、竹島松島ともに隠岐の一部ではないかとする誤った情報が流布される切っ掛けになったことでしょう。
  そしてこのことが、日本国内の明治以降に於ける領有意識の混乱にも少なからぬ影響を与えたことだろうと思われます。
  川上健三氏が唱えた根拠のない島名混乱説よりも、むしろ当時の日本では、竹島松島ともに日本の領土ではないかとする俗信に基づく領有意識の混乱が事実として厳然と有ったわけですし、この混乱は、太政官布告以降も大正時代に刊行された「大日本史」の記述にさえ引きずるほど根深いものがあるようです。

半ケツは、未だに作為抽出ですか。

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2006/10/10 12:04 投稿番号: [14968 / 18519]
>意図的にアイマイにした」と記しましたが、それを裏づける資料も見い
>だされています。

その「大使館の一意見」においても
Therefore, when Japan Article Ⅱof the peace treaty to renounce "all right, title and claim to Korea, including the islands of Quellait , Port Hamilton and Degelet",the drafters of the treaty did not include these islands within the area to be renounced.

であり、「SF条約の曖昧さ」なんて微塵もありませんな。
さて、その「大使館の一意見」を「アメリカ政府」が採用し、竹島の権原を
更に日本に放棄させるには、日本の合意のもとサンフランシスコ条約の改正
を行う必要があるのですが、「アメリカ政府」はそんな要求さえしてません
な。
反対にバン・フリート特命大使に「竹島は日本領」と言われる始末ではね〜。
未だに、韓国が竹島の実効支配の証拠を出せないのに、アメリカ大使館が
その証拠を持っていたとも思えませんしね。どうせ、半ケツばりの妄想によ
る韓国側ロビー活動に騙されたんでしょうな。

Re: 島根県『フォトしまね』批判5

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/10/10 10:53 投稿番号: [14967 / 18519]
>竹島問題研究会が同条約を「竹島が含まれたと読み解くのが適切である」などと解釈するのは

適切ですが、なにか。

提示された書簡は、一時朝鮮王朝の領土であったと記述するものの、始めに今までの見解を大きく変える必要はないと明記してあります。

一時朝鮮領だったという新事実はあるが、獨島を韓国領から排除した見解を大きく変える必要はないと結論した上で書いてるんです。

結論を無視して書くの得意ですね。
于山島は鬱陵島の別名だろうと本人が結論してるのに、于山島という別島の存在は確認したことにしちゃうし。
めちゃくちゃですよ。

Re: わしゃ、南朝鮮出身の朝鮮人だが

投稿者: jgeilsbandfreek 投稿日時: 2006/10/10 09:53 投稿番号: [14966 / 18519]
南朝鮮人は自分のことを「南朝鮮人」とは言わない。

君は「北韓国」出身者だね。

「アイムザパニジュ」半島バ−ジョンで、
ちょっとだけ面白かった。

Re: 半月城さんへ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/10/10 09:31 投稿番号: [14965 / 18519]
>韓国人に対して嫌悪感を抱くでしょう。

同感です。
この問題に首をつっこむまではどっちもどっちじゃねえのかと思ってました
が、首をつっこんでからは、見解の相違以上の深刻な問題があることがわかりました。

韓国では議論というのは存在しないようですね。
よくいえばディベートで勝てればいい論法。
素直にいえば単なる口論。

わしゃ、南朝鮮出身の朝鮮人だが

投稿者: mr_takesima 投稿日時: 2006/10/10 03:08 投稿番号: [14964 / 18519]
昔、イルボンの太政官がどのこのって、関係なくね?(オレは女子高生か)
イルボンが正式に竹島を島根県に編入する頃、我が朝鮮人は竹島についてどの程度の認識をもってたんだろ。
朝鮮の漁師はあの頃、竹島まで行って漁をやったり、つまり、竹島に関わりを持っていたの?
当時の朝鮮にとって、竹島がイルボンの島根県に編入されるのって、どうでもいいことじゃなかったの?

あと、イルボンには「竹島は韓国のモノ」と主張してる学者?いるらしいけど、
韓国で、もし学者とかが「独島はイルボンのモノにだ」なんて、発言しちゃったら、その人は韓国社会で生きられなくなるんだよね。
だから、理詰めで、この問題を解決するのは不可能なんだよ。ホントは戦争が一番手っ取り早いんだけど、
それは、ちょっと野蛮すぎるから、日米の連携プレイでっという手段も考えざるを得なくなるかもな。
イルボンにホントに竹島を取り返したいという意志があればの話だが。

ここの田中なんとか君とか、ソウル・明洞あたりで、竹島問題について辻説法でもして来れば?
あばら骨一本か二本は確実に折られると思うけど、そのくらい体張ってやらなきゃ。
ホントに竹島を取り返す気があるんであればな。

竹島も任那も日本の領土

投稿者: utukusiinippon 投稿日時: 2006/10/10 01:59 投稿番号: [14963 / 18519]
安倍ちゃんは韓国に兵を出し、竹島と任那を奪還してね

半月城さんへ

投稿者: atsui4444 投稿日時: 2006/10/09 23:20 投稿番号: [14962 / 18519]
私はここの掲示板を中立的な立場から見るように心がけてきました。
それでも貴方のやり方には感心しません。

>、同省が最終的な判断を仰いだ太政官は、同島と外一島を「本邦関係無之」とし、日本領でないとの認識を示した。外一島とは、現在の竹島とみられる。

このことについては、ここの掲示板で多くの反論が出ており
半月城さんは何一つ反論していません。
それなのに延々とご自身の主張を繰り返すばかりか、
外部の講演会でも主張される態度は何者でしょうか?

今、「嫌韓」なるものが世の中にあるのは
あなたのような態度が原因の一つだと思います。
少なくとも、ここでの半月城さんの行為を見た人は
韓国人に対して嫌悪感を抱くでしょう。
私もその一人ですが。

韓国がっかり。于山島は竹島ではなかった。

投稿者: llluruurulll 投稿日時: 2006/10/09 20:46 投稿番号: [14961 / 18519]
鬱陵島と竹嶼(CHUKDO)と竹島の位置関係
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1732570&st=title&sw=%E4%BA%8E%E5%B1%B1%E5%B3%B6

島根県『フォトしまね』批判5

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 20:19 投稿番号: [14960 / 18519]
   内藤氏は「アメリカが竹島(独島)の領有権について決着させないで、意図的にアイマイにした」と記しましたが、それを裏づける資料も見いだされています。
   その資料、在日アメリカ大使館の秘密書簡によれば、アメリカは日韓両国の主張にそれぞれ一理あるとして竹島=独島の帰属をあいまいなままにしたとされました。その資料の存在を竹島問題研究会は知らなかったようです。その資料「リアンコールト岩の韓国人」と題する秘密書簡は、次のように記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   国務省はリアンコールト岩の歴史をすでに数回も検討したことがあるが、それをここ
で詳述する必要はない。その岩はアザラシの繁殖地であり、ある時期、朝鮮王朝の一部で
あった。その岩は、日本がその帝国を朝鮮に拡張した時、もちろん朝鮮の残りの領土とと
もに併合された。
   しかしながら日本政府は、帝国支配の過程においてこの領域を日本の本土に編入し、
ある県の行政下においた。
   そのため、日本が平和条約の第2章で「済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対す
るすべての権利、権原及び請求権」を放棄することに同意した時、条約の起草者はこの岩
を放棄すべき領域に含めなかった(注7)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   この書簡に書かれたような背景から、竹島=独島はサンフランシスコ講和条約に記述されなかったのでした。それにもかかわらず、竹島問題研究会が同条約を「竹島が含まれたと読み解くのが適切である」などと解釈するのは、下条氏が日頃いさめるところの「我田引水的 文献解釈」にあたるのではないでしょうか。
  『フォトしまね』に対する批判は他にもいろいろありますが、ここでは割愛し、かわりに内藤正中氏の批判論文のデジタル版を(注6)に紹介するにとどめます。

(注1)下條正男『竹島は日韓どちらのものか』文春新書、2004
(注2)半月城通信<国際司法裁判所による解決に反対、下條氏>
http://www.han.org/a/half-moon/hm120.html#No.901
(注3)竹島問題研究会<鳥取藩資料からみた竹島問題>
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/takesima/chukanhoukoku/index.data/taniguti-report.pdf
(注4)半月城通信<国際司法裁判所による解決に反対、下條氏>
http://www.han.org/a/half-moon/hm120.html#No.901
(注5)半月城通信<日本の「竹島ゴール」変更、裁判から調停へ>
http://www.han.org/a/half-moon/hm115.html#No.862
(注6)内藤正中「島根県竹島報告書に異議あり」『郷土石見』71号、2004.4月
  デジタル版は、http://www.han.org/a/half-moon/shiryou/ronbun/naitou2006.pdf
(注7)半月城通信<竹島=独島と駐日アメリカ大使館>
http://www.han.org/a/half-moon/hm111.html#No.822

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

島根県『フォトしまね』批判4

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 19:57 投稿番号: [14959 / 18519]
注目点;その5、国際司法裁判所
  『フォトしまね』の巻頭言において島根県の澄田信義知事は、国際司法裁判所に関してこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   もとより領土問題は、すぐれて国家間の問題であり、両国の外交努力により平和的に解決されるべきものです。このため、国に対しては、国民の理解を深める努力をお願いするとともに、国際司法裁判所に判断を仰ぐべきではないかとの提案を行っているところです。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   島根県の知事は国際司法裁判所による解決も考慮にいれているようですが、「竹島問題研究会」がまとめたと思われる『フォトしまね』本文の方には国際司法裁判所の話は、年表以外にまったく登場しません。
   それというのも「竹島問題研究会」の下條座長がそうした解決に反対しているので自然な成りゆきです。同氏は、かつてCSスカパー256ch「ニュースの深層」5月15日放送の番組「竹島問題 現状と今後の課題」で30分以上熱弁をふるいましたが、その中で裁判による解決に反対し、こう語りました(注4)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   それ(国際司法裁判所による解決)はやめたほうがいいと思いますね。韓国との間ではそこまでもっていかないで、交流をつづけるなかで問題を解決する道をさぐっていくのが賢明だと思っています。これは100年、200年後のことを考えて。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   ちなみに国際司法裁判所による解決は、現時点では日韓条約の精神に反します。同条約の交換公文は、外交で解決できない紛争は「両国政府が合意する手続に従い,調停によつて解決を図るものとする」と定めており、国際司法裁判所へ提訴する前に第3国へ調停を依頼する必要があります。これは韓国政府の主張を強く反映した結果でした(注5)。


注目点;その6、サンフランシスコ条約
   外務省のホームページは同条約について簡単に<日本がその独立を承認し、すべての権利、権原及び請求権を放棄した「朝鮮」に竹島が含まれていないことは、米国記録公開文書等で明らかである>と記すのみでした。
   これでは最近の外務省が、竹島=独島をサンフランシスコ講和条約で日本領に確定したと考えるのかどうか、あるいはSCAPIN 677号を引き継いで竹島=独島を統治している韓国の既得権益をどう考えるのかなどについては何も知ることはできません。

   これに対し『フォトしまね』は、サンフランシスコ講和条約を積極的に解釈し、小見出しで「条約の締結、発効で日本領土に」と断定しました。そうした解釈が成り立つのかどうか、たぶんに疑問です。それを内藤正中氏はこう述べました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   問題は、一九四九年(昭和二十四)十二月の第六次草案で、日本が保持する領土に竹島を加える修正が行われたが、それがそのまま平和条約に反映されたわけではないということである。
   一九五一年(昭和二十六)四月のイギリス案では、経度緯度により線引きをして日本が保持する島を特定する方式がとられ、竹島はその線の外側、すなわち韓国側に位置づけられていたのである。この案を支持していたニュージーランドは、「主権紛争を残さないようにすることを確保する必要性」を主張していた。しかしアメリカはこれに反対し、日本が主権を放棄する領域だけを挙げることで連合国の合意をとりつけ、最終案をまとめたのである。
   そのためもあってか、竹島については何らの記述もされなかった。竹島を明確に日本領としようとした日本の要求は認められなかったのである。一方、平和条約の非調印国である韓国も、独島(竹島)を韓国領とするようにアメリカに働きかけをしていたが、この韓国の要求も実現しなかった。アメリカは、日本領と断定しなかったことで、韓国にも配慮したというわけである。
   要するに、対日平和条約に竹島についての言及がないのは、アメリカが竹島(独島)の領有権について決着させないで、意図的にアイマイにした結果であるといってよい。外務省の川上健三が「未解決地域の一つ」になったとする所以である。
   したがって、報告書がいうように、国際法の原則が、領土問題は平和条約によるものとしても、平和条約に何らの記述もないものを「竹島が含まれたと読み解くのが適切である」などと、勝手な解釈をするのは如何かと思われる。まさに未解決のままで残されている問題というべきであろう(注6)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)

島根県『フォトしまね』批判3

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 19:55 投稿番号: [14958 / 18519]
   このようにホームページは「竹島一件」以降も竹島=独島を日本領と考えていたと断言しました。これに対し『フォトしまね』は、松島(竹島=独島)を「日本の領土」と断定するのではなく、何とか日本領と考えられる余地がわずかでも残されていないかと模索し、こう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   一方、日本側の主張、見解も究明が必要な課題を抱える。その一つが、鬱陵島と現在の竹島が鳥取藩に帰属した時期を問い合わせた江戸幕府に、両島が同藩に属さないとした1695年12月25日付の回答だ。
   現在の竹島が当時、同藩に属さないと考えられていたとしても、日本領との認識がなかったとは言えず、ましてや朝鮮領とする証明にはならないが、今後検証を深めたい。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   この一文に、松島を何とか日本に有利なように考えたいという「竹島問題研究会」の願望をありありと読みとれますが、この文章には故意か偶然か、誤認があります。文中に「鬱陵島と現在の竹島が鳥取藩に帰属した時期を問い合わせた江戸幕府に」と書かれてあり、あたかも幕府は「現在の竹島」の存在を知ったうえで鳥取藩に質問したかのような書きぶりですが、これは事実に反します。
   当時、幕府は竹島(欝陵島)の存在は知っていても、実は松島(竹島=独島)の存在を知らなかったのでした。そうした歴史的経緯を具体的にみることにします。幕府の質問書を「竹島問題研究会」は現代文で下記のように読みくだしました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
一   因幡国・伯耆国に附属している竹島は、いつ頃から両国へ附属していたのか。・・・
  ・・・・
一   竹島のほかに、両国(因幡・伯耆)に附属する島はあるのか。・・・・(注3)
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   このように松島(竹島=独島)の名は幕府の質問書に登場せず、鳥取藩の回答書に初めて「竹島、松島、その他、両国(因幡・伯耆)に附属する島はありません(注3)」と書かれました。
   松島の名が新たに登場したことで幕府はその島を調査する必要性を感じたのか、さらに松島に関する質問を鳥取藩へ追加したようです。その質問書はまだ発見されていませんが、それに対する鳥取藩の回答書「松島に関する覚書」の方は知られています。そこに松島が下記のように詳細に説明されました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
鳥取藩が幕府へ提出した「松島」に関する覚書(元禄9<1696>年1月25日)
  ・・・・
一   福浦より松島へ、80里
一   松島より竹島へ、40里
別紙
一   松島へ伯耆国より、海路約120里あります。
一   松島より朝鮮へは、約80〜90里もあるように聞いています。
一   松島は、何れかの国に附属する島ではないと聞いています。
一   松島へ猟に行っているというのは、竹島へ渡海する時の道筋であるためで、立ち寄って猟をしています。他領(松江藩、浜田藩など)から猟に行っているということは聞いておりません。但し、出雲国、隠岐国の者は、米子の者と同じ舟で行っています。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   これらの書簡のやりとりから幕府が松島を知らなかったことが明白です。ましてや、川上健三氏が主張した幕府の「松島渡海免許」の存在などは論外です。さらには松島は周辺のどの藩にも属していなかったことが明らかです。
   言いかえれば、幕府もいずれの藩も松島に領有意識をもっていなかったのでした。それにもかかわらず、どうして松島(竹島=独島)は「日本領との認識がなかったとは言えず」などと言えるのでしょうか。
(つづく)

島根県『フォトしまね』批判2

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 19:54 投稿番号: [14957 / 18519]
   このように、報告書にいう松島を今日の竹島=独島とすることに否定的でした。これは太政官指令についても同様です。同指令の「外一島」は不明であるとしてこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   この太政官による審査は、十分とはいえなかった。「竹島外一島」の「一島」が、今
日の竹島を指すのかそうでないのか、判然としないからである。
   もしその「一島」が今日の竹島だったとすれば、「本邦関係これ無き」というはずがない。佐田白茅の報告を考察した際と同じ議論で、今日の竹島を日本領とする「書留」がすでにいくつもあったからである(注1)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   このように下條氏は、太政官が領土外にした「外一島」は竹島=独島ではないと判断しました。その下條座長の見解に反する結論を「竹島問題研究会」が導いたのでしょうか?
   どうも、そうではないようです。最近、下條正男氏のほうが自分の見解を180度変えたようです。それを私はこう紹介しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   下條氏の論証方法には首をかしげることが多いのですが、今回は驚いたことに、同氏はテレビ番組で「日本の太政官が、竹島は日本の領土ではない、関係がないといっている」と語りました。
   その時に述べられた「竹島」は、太政官のいう「竹島」すなわち欝陵島をさすのかなと一瞬思ったのですが、やはりこれは竹島=独島をさします。下條氏は、明治時代に太政官の指令があったので、竹島=独島を日本の固有領土とするのは適切でないといみじくも語ったので間違いありません(注2)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   こうした論点にかぎらず、下條氏のたび重なる主張変更にはあきれるばかりですが、なぜ主張を変えたのかについては明らかではありません。とかく主張変更は不名誉なことなので、あまり思考錯誤の事実を知られたくないのが人情です。
   その主張変更の影響でしょうか、島根県のホームページ「竹島」には「固有領土」の主張を連想させるような記述はみられません。ましてや外務省ホームページのように、大谷・村川両家が「幕府から竹島を拝領していた」などとする途方もない記述はどこにもみられません。


注目点;その4,「竹島一件」以後の松島
   島根県のホームページ「竹島」は外務省に比べるとマシなのですが、それでも最新の研究成果が十分反映されていません。それを一部補ったのが『フォトしまね』とみられますが、両者で記述がくいちがっている重要事項があります。「竹島一件」以降の松島(竹島=独島)に関する説明です。
   両者の食いちがいを具体的にみることにします。まず、ホームページにはこう書かれました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
元禄9年(1696年)
  その後、江戸幕府は朝鮮との争いのため、元禄9年(1696年)鬱陵島への渡航を禁じ この島を放棄しましたが、竹島については日本の領土と考え渡航を禁じていませんでした。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)

島根県『フォトしまね』批判1

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/09 19:53 投稿番号: [14956 / 18519]
   半月城です。

   今年2月、島根県は条例「竹島の日」制定一周年を記念してパンフレット『フォトしまね』No.161号を島根県の全家庭に配布したようです。島根県の取り組み姿勢もさることながら、その内容にも注目すべき点があります。今回はそれについて記したいと思います。

注目点;その1、太政官指令
   注目すべき第一点は、明治政府の最高国家機関である太政官が竹島=独島を日本とは無関係であると宣言した史実を、日本の公共機関では唯一、島根県が認めたことです。『フォトしまね』はこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   地籍編纂のため、内務省から1876年に竹島(現在の鬱陵島)に関する紹介を受けた島根県は「山陰一帯ノ西部ニ貫付(所属)スベキ哉」と回答したものの、同省が最終的な判断を仰いだ太政官は、同島と外一島を「本邦関係無之」とし、日本領でないとの認識を示した。外一島とは、現在の竹島とみられる。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   この記述は、外務省のいう「竹島は我が国固有の領土」とする主張を正面から否定するものであることはいうまでもありません。まずはその史実を率直に認めた島根県の勇気に敬意を表したいと思います。
   島根県としても、太政官決定の際には内務省が「版図の取捨は国家の重大事」との認識をもって竹島(欝陵島)と松島(竹島=独島)を慎重に調査したうえで結論を出し、それを太政官が追認しただけに、その史実の重みを認めざるを得なかったようです。


注目点;その2、明治政府外務省の見解
   注目すべき第二点は、明治初期に日本の外務省が松島(竹島=独島)を朝鮮領と判断した史実を島根県が認めたことです。同書はこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1870年に、朝鮮視察から帰国した外務省の佐田白茅は「竹島松島 朝鮮附属ニ相成候 始末」という表題の報告を行う。竹島(現在の鬱陵島)だけでなく、松島(現在の竹島)も、朝鮮領になったというわけだ。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

   外務省のホームページは、この同省の報告書についてまったくふれていませんが、もちろん外務省はその報告書の存在を知らないわけではありません。同省が編纂した『日本外交文書』にその重要な報告書が掲載されているくらいです。ま、都合の悪い資料には頬かむりしているのでしょうか。


注目点;その3,「竹島問題研究会」と下條座長
  『フォトしまね』は島根県設立の「竹島問題研究会」が中間報告を要約する形で発刊されました。その研究会の座長は、かの拓殖大学の下條正男教授です。
   座長である下條氏の竹島=独島に関する過去の見解は、上記の注目点とは大きく異なるのは周知のとおりです。下條氏は二年前の『竹島は日韓どちらのものか』と題する本で外務省報告書について下記のように記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   この(外務省の)報告書で問題になるのは、ここに書かれている松島がどこの島を指しているのか、ということである。
  ・・・・
   この報告の松島が今日の竹島であったとすれば、佐田白茅が「是迄掲載セシ書留モ無之」と記述するはずがない。なぜなら、今日の竹島を指す松島については、「是迄掲載セシ書留」がいくつも存在しているからである(注1)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(つづく)

『週刊新潮』 竹島はオレのもの

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/09 18:33 投稿番号: [14955 / 18519]
ついにかの国が核実験をしました。私はただのbluff(ブラフ)だろうと思っていましたが、やってはいけないことを北朝鮮は強行しました。安倍内閣最初の試練です。今、私はNHKで安倍さんの記者会見を聞いていますが、韓国が太陽政策を直ちに止め、日韓が共同歩調を取ることを強く望みます。

さて、掲題の件ですが、『週刊新潮』を下記に掲載致します。

「竹島」はオレのもので戦争無しでの結着法(96年2月22日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960222a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960222b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960222c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960222d.jpg


どうする「竹島」はもう韓国に占領されているぞ(96年3月7日)
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307c.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shincho/960307d.jpg

引き続き後日『週刊新潮』を掲載します。次回は"皇民党強行上陸作戦で判る日本の竹島放棄"と"漁民たちの反韓感情"を掲載します。

布施の野次くん

投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2006/10/09 13:44 投稿番号: [14954 / 18519]
レス、感謝!
キミは田中のガキと違うて人間ができとる。
どんな素朴でレベルの低い疑問でも、
無視せずに誠実に答えるその姿勢。
本来、豚足人がもってる美徳ではなかろうか。

>アメリカに期待しても「仲良くやりなさい」ぐらいで恥かくだけ。
>実際にアメリカが助けてくれたとしたら、なおさら恥。
>今以上に日本は信用されなくなる。

ウリナラに逆切れされたって別にいいやん。
ほんとに取り返そうって意志があるかの問題だろ。
拉致問題しかり。与党・役人の問題じゃないもんな。
島根県の猟師や田中君など、ごく一部の豚足人の問題でしかない、
というのが実情だからな。

イルボンの国益のために日米同盟関係を最大限生かさなあかんのに、
「天皇マンセ〜!イルボン・マンセ〜!」的なコッ恥ずかしい遺物、
靖国神社にしがみついてたんじゃ、な。

Re: 田中君へ

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/10/09 12:21 投稿番号: [14953 / 18519]
ムダだよ。

答えるのもあほくさいってところじゃないの?
ドイツに日本の問題を訴えるような大統領が首にならない国とは違うよ。

現実にはアメリカの助けを借りることはあるかもしれない。
だけど、それを公にするようなことはないでしょう。
結果そうなったという形でしょうな。
アメリカにしてみれば、はるか昔に結論は出してるわけで、いまさら片方の肩をもつわけにはいかんでしょう、韓国が逆ギレするだけだし。
アメリカに期待しても「仲良くやりなさい」ぐらいで恥かくだけ。
実際にアメリカが助けてくれたとしたら、なおさら恥。
今以上に日本は信用されなくなる。

そんなことは、まともな日本人ならみんなわかってるよ。

Re: ギャクなんです。

投稿者: junksai 投稿日時: 2006/10/09 11:19 投稿番号: [14952 / 18519]
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/7899/1159146428/

半月城センセイの   レトリックです。

田中君へ

投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2006/10/08 22:20 投稿番号: [14951 / 18519]
オレは多くの大韓人同様、「独島はウリタン」(韓国歌謡)しか
竹島についての知識を持ってなかったんだが、
イルボン外務省のHPを見て、初めて、竹島はイルボンのだなと思ったんだ。
それで、何回も訊いてるんだが(ちゃんと答えろ!ガキ!)、
お前が竹島問題に取り組んでいるのは、ただ興味があるからとか、
竹島マニアとか、そういうのじゃないだろ?イルボンの領土として取り返したいんだろ?
そこでだね、イルボンだけで、いくら頑張っても絶対ラチあかないやんか。
イルボンの戦略として、美国とかの力を借りて、なんか働きかけようという発想はないのか。
その辺についてのお前の考えでもいいから、ちょっと述べてみろよ。

エコノミスト AERA 週刊文春

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/08 21:10 投稿番号: [14950 / 18519]
安倍首相が電撃的に訪中しました。サンプロで田原氏が、「北朝鮮はタイミング良くバカなことしてくれて、日中がより接近しやすくなった」と言っていましたが、正にその通りですね。

さて、掲題の件ですが、当竹島HPは現在の竹島がどのようになっているか言及されておりませんので、今回から当面の間は雑誌に掲載されている竹島記事をアップロードします。


エコノミスト   97年1月27日   竹島問題
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/economist970127.jpg

AERA 96年2月26日号   日韓の腫れ物に火の粉
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/aera960226a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/aera960226b.jpg


週刊文春   2004年7月8日   竹島現地取材   日本の領土が奪われた!
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shukanbunshun040708a.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shukanbunshun040708b.jpg
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/magazine/shukanbunshun040708c.jpg

次回は、「週刊新潮」をアップロードします。

『改正日本輿地路程全図』

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/07 22:09 投稿番号: [14949 / 18519]
   半月城です。

   Am_I_AHO_1stさん、
>   ところが版を重ねた弘化三年版では、誤って鬱陵諸島を隠岐と同色に彩色すると同時に、注記もそれまでの諸島全体にではなく鬱陵島にのみかかるように間違って印刷されてしまいます。

   弘化三年版は、どこかのサイトで見れるでしょうか?

島根県分県地図

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2006/10/07 20:57 投稿番号: [14948 / 18519]
   半月城です。

   以前、Am_I_AHO_1stさんが島根県分県地図を集めたサイトをここで紹介していたように記憶しているのですが、そのアドレスを教えてください。

ギャクなんです。

投稿者: junksai 投稿日時: 2006/10/04 12:52 投稿番号: [14947 / 18519]
池野めだかのギャグに、ぼこぼこにされたあと

すてぜりふに   これで   許したろ   というのがあります。

ギャクなんでしょうか?

Re: 竹島

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2006/10/04 09:40 投稿番号: [14946 / 18519]
獨島が日朝の共通語か、、、
ありえる話しだけど、確証はなにもないですねえ。

日本人のために表記を変えるなんて発想も疑問だなあ。
追い出すためにいろいろしてるんですから、サービスしてどうすると思います。

Re: 田邉太一の「于山」認識

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/10/01 02:31 投稿番号: [14945 / 18519]
これはまた刺激的な記事ですね。以下転載します。

===========転載開始===========

「日本が3島決着の用意」   露で報道

  ロシアの親プーチン政権派有力日刊紙イズベスチヤは28日、1面トップで安倍晋三首相率いる新しい日本政府が北方領土問題でロシアに対し譲歩し、「3島返還」で決着を図る用意があると大々的に報じた。

  「島を分けるときがきたのか?」との見出しを掲げた同紙は、麻生太郎外相が27日、北方領土問題について「これ以上、2島か4島かで勝ち負けを議論してもらちがあかない。双方が譲歩しなければ解決されない問題だ」と発言したと紹介し、日本が「センセーショナルな動きを見せ始めた」としている。(モスクワ   内藤泰朗)
(産経新聞) - 9月29日8時0分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060929-00000005-san-int

http://www.business-i.jp/news/world-page/news/200609290023a.nwc

===========転載終り===========

さて、本題に入ります。

>しかし、「北澤正誠『竹島考證』1881, 復刻エムティ出版, 1996」をみる限り、当時の交信局長田邉太一には少しも「混乱」は無かったことを示します。

ararenotomo氏の発言に出てきた『竹島考證』は、素人の方にはどういうものか分からないと思いますので、後日、この掲示板に資料をアップロードします。

朝鮮人として田中くんに質問! 

投稿者: jalopy2005 投稿日時: 2006/09/30 23:20 投稿番号: [14944 / 18519]
竹島問題において、イルボンは
美国に応援してもらおうと考えないの?

何らかの見解を示してもらうとか
ウリナラに対し国際裁判に応じることを
すすめるとか。

それなしでは解決は無理なんじゃ?
竹島問題のエキスパートとしての
高見を示していただきたい。

Re: よく分かる『朝鮮国交際始末内探書』

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/09/30 23:19 投稿番号: [14943 / 18519]
先ほどの映像を、私と半月城氏に例えると下記のようになるのではないでしょうか?

邦貴「キム・ジョンイルってるか?知ってるかって聞いてるの」
半月「知っているよ!当たり前じゃないか!無礼な質問あるか!安倍晋三知ってるかって聞かれたらキミどう答えるんだ」
邦貴「関係ない」

ある教授が共産党議員に向かって「恥を知りなさい」って言った時も笑えました。
http://www.youtube.com/watch?v=nFpkg858ys8

さて、掲題の件ですが、te2222000氏のご指摘通り、一行跳ばしてしまっているようです。しかしよく読めません。どなたか解読できる方がいましたら、ご教授下さいませ。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a1betsu103-1868/index.html

「獨島」は日韓共通語だった?

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 23:01 投稿番号: [14942 / 18519]
  当時鬱陵島に居住する日本人は、法的には不法であったかもしれませんが、多少の諍いはあったにせよ韓国人と共存し、特に隠岐から来た漁師は現在でも鬱陵諸島で盛んな烏賊漁のパイオニアとして、島の経済に貢献しました。
  このことは、その当時島に暮らす人々が交流したことによるものであり、そこには現地の人々が「ドクト」と呼ぶ島に対する共通理解が必要だったはずです。
  「石島」は南部朝鮮語の標準的な発音で「ドクト」と読む島も、当然のことながら朝鮮語の知識が足りずにソウル言葉(後の標準語)程度の理解がせいぜいの日本人にとっては、「石島」を「ドクト」とは読めなかったでしょう。
  しかし「ドクト」に「獨島」の字を充てれば、韓国人にも日本人にも「ドクト」と読める。韓国には吏読と云う王が任命した正式な官職名にさえ当て字を許容する伝統があり、日韓共通の地名表記の必要性から、勅令に記載された「石島」の代わりに「獨島」を通用させていたとしても不思議はない。

米子市立図書館所蔵の資料、完全公開

投稿者: Tanaka_Kunitaka 投稿日時: 2006/09/30 22:52 投稿番号: [14941 / 18519]
昨日の『朝まで生テレビ』は面白かったですね。
昔の朝生を見つけました。相手に切り込み、挑発する田原氏の番組進行には感心いたします。
http://www.youtube.com/watch?v=Nq91ThP902E

さて、掲題の件ですが、『竹島漁業資料』と『郷土資料 村川家附竹島渡海』の資料を統合的に見れるサイトを作りましたのでご覧下さい。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/yonago/

何かのドラマで「事件は現場で起きている」というせりふがありましたが、また時期をみて今度は島根県立図書館所蔵の資料をアップロードします。
http://www.pref.shimane.lg.jp/toshokan/region/takeshima.html

「石島」から「獨島」へ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 22:42 投稿番号: [14940 / 18519]
  現在では鬱陵諸島に「石島」と表記される島は存在しません。
  このことについて、今では次のように推測しています。

  「石島」と表記したとしても現地読みで「ドクト」と読んでいたと判定して差し支えないことは先の投稿で示したとおりです。
  また一方で、当時は多くの日本人が鬱陵島に居住しており、日本人だけの村を「新村」(「シンチョン」と読む)と呼んでいた事実も確認されています。
  その様な当時の背景を考え合わせた場合、「石島」を韓国人が「ドクト」と読んだとしても、(今でもそうであるように)日本人には「ドクト」とは読めず、現地読みを統一するためには別の字を充てる必要があったと考えられます。
  つまり「獨島」と云う表記は、鬱陵諸島に暮らす韓国人にも日本人の何れにも現地読みの「ドクト」であると判読させる必要があったため、勅令の「石島」を便宜上置き換えて通用していたのだろうと思われます。(現地では現地読みが通用していたことは、先の投稿に示したとおり)

Re: 竹島ネットニュース3-1

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 22:24 投稿番号: [14939 / 18519]
>   【コメント】講演において、日本は元禄期の「竹島一件」以後、竹島=独島を版図外と宣言することはあっても、公的に領有意識をもったことは日露戦争中の「竹島編入」時点まで一度もなかったことを理解していただいたと思います。

  ええ、そのとおりなのですが、太政官が版図外と指令するに至るまでには、日本国内に鬱陵諸島(日本では竹島と松島)を日本領ではないかとする俗信が蔓延していました。
  その原因として考えられるのは、一般に日本地図として高い信頼を得ていた長久保赤水の『改正日本輿地路程全図』に或る変化があったことを重視したいと思います。
  当初長久保赤水が著したオリジナルでは、鬱陵諸島は朝鮮と同様に無着色であると同時に諸島全体にまたがるようにして注記が印刷されていました。
  ところが版を重ねた弘化三年版では、誤って鬱陵諸島を隠岐と同色に彩色すると同時に、注記もそれまでの諸島全体にではなく鬱陵島にのみかかるように間違って印刷されてしまいます。当時の日本国内では日本地図の決定版とも云える存在であった『改正日本輿地路程全図』が与える影響は絶大なものがあったと考えられます。
  それ以降、太政官の指令が下されるまでの間には、混乱が拡大し、ついには文部省の作成した教科書にさえも鬱陵諸島を隠岐に含めて描くものが登場するほどになるわけです。
  当時は、その様な背景、つまり鬱陵諸島は全て日本の領土だとする俗信が蔓延っていた背景の下で最終的な太政官指令が下されたわけですので、その当時に島々を日本の版図外と結論した意義は大きいでしょう。

Re: よく分かる『隠州視聴合記』

投稿者: shuku_remus 投稿日時: 2006/09/30 22:23 投稿番号: [14938 / 18519]
  te2222000さん

  te2222000さんが [ii] は [iii] と同じ、即ち "二つ以上" 或いは "全部" を含んで
いることを忘れずにお話しされているなら、それで結構です。つまり、[i]( "全部" )は
[ii] ( "全部" の場合を含む)に含まれる場合であり、ある限定されたものです。

  ところで「経済的な興味がある」を何故 [i] のように特別な意味に限定されたのかを
te2222000さんにお聞きしています。お答え不能でしょうか。


>私は #14903 で「経済的な興味」の件を除き対話を打ち切りましたが、こちらの件についても
>そろそろ潮時のようです。これで終わりにします。

  無理強いはしませんが、もう少しでしたのに、惜しいことです。


  私の考えていた議論の大筋は、

  (1) 斉藤豊仙、或いは地元漁民は、竹島(現鬱陵島)の産物に経済的な興味を感じていた。
  (2) 地元漁民は、外国に近い竹島海域への出漁に当り、緊張・不安を感じていた。
  (3) 斉藤豊仙、或いは地元漁民は、竹島までが日本であることを確実にするよう、国境の
   画定を望んでいた。

ものと推測され、そして

  (4) 隠州視聴合記 国代記の冒頭の記述について「竹島(現鬱陵島)までが日本の国境
   である( "此州" は "竹島および松島" を指す)」のように受け止めるならば、
   (1),(2),及び(3)は 斉藤豊仙の動機的面として、そのような受け止めと符号する。

と言うものでした。

  (1) については、te2222000さんはこれまで
  #14913「現在竹島から得ている経済的な利益を失うことになるのは望ましくない」
  #14920 " shuku_remusさんが述べていらっしゃること(下記「   」)自体は、私も賛成できます。"
     「少なくとも現在の利益が継続されるよう、より安心して経済活動ができるようにしたい」
とされています。従って、冒頭の議論より「経済的な興味を感じていた」ことに同意されたもの
と思います。( [i] を理由に、必ずしもそうとは言えないなどは無知か詭弁でしかありません。)

  (2) については、私の #14912(#14654を含む)へのコメントがなされていませんので
同意かは定かでありませんが、te2222000さんはこれもお答え不能だったものと考えられます。

  (3) については、私の #14911 の該当部分へのコメントがなされていません。これに
ついても、お答え不能だったものと考えられます。また「より安心して経済活動ができる
ようにしたい」との気持ちから「国境の画定を望む」との気持ちを推測することもできます。

  上記により、(1),(2),及び(3)は推測として妥当であったと思われます。

  従って、(4)の「竹島(現鬱陵島)までが日本の国境である( "此州" は "竹島および松島" を指す)」
のような受け止めについて、動機的面からの検証がなされたことになります。


  te2222000さん、如何でしょうか。またご質問、ご意見などあればここにアップしてください。
気が付けばいつでもお答えします。


>最後に一つだけアドバイスしておきましょう。

>shuku_remusさんの「17世紀半ばには、鬱陵島へ渡った日本人漁民が国境の緊張を感ずる程、
>朝鮮人漁民も鬱陵島近辺に進出していた」という主張は、竹島問題全体から考えた場合は、
>むしろ韓国側に都合の良い見解です。

>shuku_remusさんが、今後もご自分の見解について考察を進められるならば、その点についても
>視野に入れておくべきでしょう。

  奇妙なアドバイスですね。お気持ちをお察しします。

                          shuku_remus

Re: 竹島=独島問題ネットニュース3-3

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2006/09/30 21:59 投稿番号: [14937 / 18519]
>   【コメント】1905年、島根県は県条例で竹島=独島を隠岐島司の所管としたので「隠岐全図」に竹島=独島が記述されるのは当然です。それにもかかわらず、これがニュースになるのは、当時の公的な島根県分県地図に竹島=独島が入っていないためと思われます。

  ええ、そのとおりです。
  流石にこの会議室では、既にそのことは周知の事実であり、今では話題にもなりませんが。1905年、島根県は県条例案で竹島=独島を隠岐島司の所管することにしても、まともに執行されなかったと考えることも出来ます。施行されず執行されない条例がどこまで有効なのか、むしろ当時は総督府の教科書でも鬱陵島と獨島との間に行政上の境界線を描かないなど、一般には島根県が所管していたとは思われていなかったようです。
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