さあ!諸君!捕鯨問題だ!

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Re: ブルーム在住日系人女性。

投稿者: whalemeatlove 投稿日時: 2009/08/29 23:02 投稿番号: [37584 / 62227]
イルカはかわいいからたべるなんてとんでもない!

という風潮が存在するのは理解できるし誰だって残酷シーン

は見たくない。しかしだからといって獲るな、殺すなは異常ですね。

イルカ殺しが残酷なら、いつも思いますが   スペインの闘牛などは

文化といいながら殺戮を美化し芸術とするのはまこと勝手なものだと

おもいますなぁ。以前ここに現れる   げんた=YAMANAのドアホに

スペインの闘牛はいいんかい?と問えばあれは芸術だからいいのだ

そうだ。おまけに牛は家畜だからOKなんだってよ。w

こたえられなくて   話が複雑だからわかりません   と逃げやがった。

まことかってきわまる反捕鯨のエゴですわ。

なんならその時のログがありますよ。アホが騒ぐとそれをひっぱり

だして糾弾するのが趣味なんで。w

イルカがキンメを食う、だから捕りましょw

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/29 22:47 投稿番号: [37583 / 62227]
>科学的にどの程度まで分かってるのですか?

現場の漁師さんが、

「キンメ漁には腕がいる。深場に鉄の仕掛けを沈めて釣るんだ。それをあいつら食っちまう。おれたちにとっては敵だよ」。漁労長は肩をすくめた。
http://mainichi.jp/life/ecology/news/20090829ddm012040066000c.html

と言ってる以上、「イルカによる食害」の有無が明確でなくとも、予防原則としてキンメの漁獲低減はイルカさんのお肉で贖って貰いましょうw

「イルカ食害の科学的な証明」を待って人間様が飢える訳にはいきません・・・

それはしょうがないことなのです。

穴埋めの為の収入をイルカ漁で得る事が、結果としてキンメ漁獲量の回復につながれば儲けモノ、ってなモンです♪

頭のいいイルカさんは漁を逃れる為に回遊ルート変えてくれるかもしれないしねw




三宅島のあたりって今までイルカ漁はやってないみたいだから、岩手から現役の漁師さん呼んで指導を請いましょう。

房総なんかでもタレなんか親しまれてるから消費の宛もあるでしょう。

それはしょうがないことなのです。

イルカがキンメを食う、だから?

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/29 21:50 投稿番号: [37582 / 62227]
イルカだって霞を食ってるわけじゃありません。

それはしょうがないことなのです。

で、どの程度食ってるのですか?

科学的にどの程度まで分かってるのですか?




東京・三宅島:再生、イルカと   「漁場荒らし」を観光資源に
http://mainichi.jp/life/ecology/news/20090829ddm012040066000c.html

C重油はダメよ

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/29 21:18 投稿番号: [37581 / 62227]
ってことはA重油に切り替える。

でその差額は?

もちろん税金おねだりよ。

「捕鯨は我が国の古からの文化である!」と言っとけば問題なし。




南極海での重油使用を禁止 日本の調査捕鯨に影響大
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/liveplus/1251509863/

ブルーム在住日系人女性。

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/29 11:31 投稿番号: [37580 / 62227]
騒ぎが町に降ってきた   和歌山イルカ漁   豪自治体が姉妹都市停止

http://sankei-express.iza.ne.jp/blog/entry/1189923

  姉妹提携停止の決定に動物保護団体「アニマル・オーストラリア」はそのサイトで、<サポーターたちの大量のメールで圧力をかけたおかげだ>とし、<ビクトリー!>の文字を掲げた。イルカ漁を真珠湾攻撃に例えた穏やかならぬブログもある。

  世論に訴えるのは運動団体の常だが、文化に根ざす問題は感情的な対立に発展しやすい。日本人もまたネット上で<あれこれ言われる筋合いはない><豚は食べるだろう>といった、けんか腰の意見が目立つ。


  そんななかでブルームを含むキンバリー地域のニュースサイトに、興味深い記事が掲載されていた。「文化的な非寛容性」と題したこの記事によると、太地からの移民を父に持つ女性が町議会に対し、姉妹関係の停止は太地町を侮辱するものだと訴えたという。女性は<何を知っているかではなく、何を見たかによって動かされている人々によって、両町の関係がずたずたにされている>と嘆く。


  豪紙オーストラリアンによると、ブルーム町議会は太地町に対し、「イルカが殺されている間は姉妹関係を続けられないと、“丁重に忠告する”」のだという。議員たちにとってイルカ漁の是非はさして問題ではない。移民2世の女性が「議会は町のイメージを心配している」と言うように、問題は降りかかる火の粉なのだ。回りくどい今後の対応に、この場を何とかしのぎたい議員たちの困惑ぶりが伝わってくる。

  (坂本英彰)

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

イルカ・クジラ基地外の人達は、太地・ブルーム両地域の繋がりがどんな物であったのか、なんて当然全く考えません。

只「オマエラ、イルカ殺しなんかと仲良くしてたら許さねぇぞ!!」という脅しで要求を通せた、という事に幼児的な達成感を感じて<ビクトリー!>なんて言っちゃってる訳です。

救い様の無い馬鹿ばかりですな・・・

因みにブルーム市は日系人とアボリジニが多い地域です。

白豪の文化圧力なんて言わずもがな・・・

Re: NHK「日本くじら物語」←提灯番組!

投稿者: gondawara_yuji 投稿日時: 2009/08/29 10:11 投稿番号: [37579 / 62227]
●相変わらず馬鹿投稿やっとるのぉ〜変態アール!^^;
人がどのような番組をみようと、どのような解釈しようとかってだよ!

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/29 09:09 投稿番号: [37578 / 62227]
>総数17頭のセミクジラが目視され、2頭あるいは総目視数の
>12%が捕殺された。7頭が網を逃れたが、おそらくそのうちの
>いくらかには銛が命中していると思われる。このようにして
>逃げた動物の死亡率は知られていない。

半矢、所謂「手負い」の問題、コレは重要ですよねぇ・・・

現代捕鯨の場合、捕鯨砲と高速キャッチャーという現在技術をもってすれば、仮に一撃で仕留められなくとも第2矢・3矢で確実に止めを刺して捕獲出来ますが、陸上の狩猟、特にブッシュの奥に逃げられたり、鳥だと追跡出来ない所まで飛ばれると、もうヒトの手では止めを刺してあげられません。

ニュージーランドはハンターのパラダイス
http://www.aloft.co.nz/activity/hunting/paradise.htm

強硬な反捕鯨国であるニュージーランドさんは、同時に世界最大級のスポーツハンティングで世界中(主に欧米だけどw)から観光客を集める国でもあります。

しかもニュージーランドでは銃のライセンスが無くてもハンティングを行うことが可能です。
これはズブの素人さんが獣や鳥に発砲して半端な怪我を負わせる確率が非常に高い、という事です。

rくんをはじめ、世界中の反捕鯨ちゃんは「致死時間の長さ」「即死率の『低さ』(何と比べて?)」を捕鯨の問題点として挙げますが、素人ハンターに半端な怪我を負わされて何時間、時には幾日も苦しんで死んでいくであろう、世界中で年間数万頭は居る、そんな獣や鳥達については全く気になさらないようです・・。w

確実に止めを刺してもらえる、商業再開時でも高々数千頭レベルのクジラさんと、「素人ハンターのスポーツハンティング」の為に苦しみ抜いた挙句、野垂れ死にしてしまう何万頭もの獣・鳥。

「鯨の苦痛」を理由に捕鯨反対してる人達がこの辺の実情を知ればその活動エネルギー・資金の多くをスポーツハンティング撲滅へと振り向けるでしょうか?

この仕組み↓が出来上がってる現状じゃあ、ちょっと難しいよなぁ・・・w

<スーパー・ホエール   −   環境保護運動における作り話とシンボルの利用>

http://luna●.pos●.to●/whale/jpn_hna_super_w.html

(例によって●抜いて検索)

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/29 08:38 投稿番号: [37577 / 62227]
で、大変でしたけれど全部読みました。
貴方の結論を聞かせてくださいな?。

読んでるなら、分かりますよね(苦笑)。

Re: 19世紀北太平洋ヤンキー捕鯨セミ鯨漁

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/29 08:33 投稿番号: [37576 / 62227]
というか、同時代にアメリカ捕鯨船が獲った事実記録を(自分で出しておいて)どうして忘れてしまえるのかなあ(苦笑)。

事実をご都合主義で剽窃するの止めてくれない?。

パプアの原住民捕鯨で枯渇したなら、のちの大量捕獲が出来たのはなぜ?。

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 08:05 投稿番号: [37575 / 62227]
Table 6
Catches of right whales by modern whaling in waters around Japan and
Korea (rearranged and corrected from Kasahara, 1950). The areas*
referred to are: A - Kuril Islands, south coasts of Hokkaido, and
Sanriku (northeast coast of Honshu); B-South coast of Honshu,
Shikoku and east coast of Kyushu; C- Bonin Islands; O-Okhotsk Sea;
E- West Coast of Kyushu; F -Coast of Korea. In addition, one right
whale and three right whales were taken in 1940 and 1941 respectively
by pelagic operations in the North Pacific.
表6
近代捕鯨による日本および朝鮮周辺水域におけるセミクジラ捕獲
(Kasahara, 1950より再編、修正)
海域/Area*はそれぞれ以下を示す:
A - 千島列島、北海道南沿岸、三陸(本州東北沿岸);
B - 本州南沿岸、四国および九州東沿岸
C - 小笠原諸島;
D - オホーツク海;
E - 九州西沿岸;
F - 朝鮮沿岸
これに加え、北太平洋遠洋操業で1940年と1941年にそれぞれ
1頭と3頭のセミクジラが捕獲された。
______________Area*__________
Year__A___B___C___D___E___F__Sum
1911___-___2___-___-___-___-___2
1912___-___3___-___-___-___-___3
1913___-___-___-___-___-___1___1
1914___1___-___-___-___-___-___1
1915___5___1___-___-___1___-___7
1916___5___3___-___-___-___-___8
1917___2___1___-___-___-___-___3
1918___2___-___-___-___-___-___2
1919___4___1___-___-___-___-___5
1920___1___3___-___-___-___-___4
1921___1___3___-___-___2___-___6
1922___1___3___-___-___-___-___4
1923___4___2___-___-___1___-___7
1924___3___1___-___-___-___-___4
1925___9___-___-___-___-___-___9
1926___7___-___-___-___-___-___7
1927___9___-___-___-___-___-___9
1928___4___1___-___-___-___-___5
1929___5___-___-___-___-___-___5
1930 ___5___-___-___-___-___-___5
1931___-___-___-___8___-___-___8
1932__14___-___-___-___-___-___14
1933___1___-___2___-___-___-___3
1934___-___1___1___-___-___-___2
1935___2___-___-___-___-___-___2
1936___4___-___-___-___-___-___4
1937___2___1___2___-___-___-___5
1938___2___-___-___-___-___-___2
1939___-___-___-___-___-___-___-
1940___-___-___-___-___-___-___-
1941___-___-___2___-___-___-___2
1942___5___-___-___-___-___-___5
1943__12___-___1___-___-___-__13
1944___1___-___-___-___-___-___1
1945___1___-___-___-___-___-___1
1948___1___-___-___-___-___-___1
Total_113__26___8___8___4___1___160

============

[謝辞]

私はP.B.ベスト博士(南ア、ケープタウン、水産研究所)と
R.L.ブラウネル氏(カリフォルニア、サンシメオン、米国
水産野生生物局)のこの仕事に関する激励と援助に多くを
負っている。またデールW.ライス氏とジェイムズE.スカーフ
氏の草稿に対する批判的なコメントにも負うている。

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 08:04 投稿番号: [37574 / 62227]
すでに述べたように、セミクジラの捕獲数は19世紀後半に
日本の西岸および南岸の双方で著しく低下した。これは
アメリカの捕鯨船の操業に起因すると考えられる。
日本グラウンド(マッコウクジラ漁場)は1820年頃発見され、
アジア沿海沖合での北のセミクジラ漁は日本海からオホーツク
海の先端およびカムチャツカ半島の東側に沿って広がったが、
これには千島列島東側で東経170°にまで至る顕著な沖合捕鯨
も含まれるということはタウンゼント(1935)のチャートC
が示すところである。

柏原(1891)によると、九州の捕鯨は天保(1830)のはじめから
弘化、嘉永(1844-48)にかけて最も繁栄したが、捕獲数は安政
(1854)から減少し、慶応(1865)と明治(1868)の頃に
最低となった。この減少は北方における外国捕鯨船の操業に
よって起った。

嘉永および安政年間には外国の銛に当たった鯨の死骸や、
皮脂をはぎ取られた鯨の死骸が九州の五島列島に漂着した。
日本沿岸直近で外国捕鯨船が操業したという記録は存在し
ない。

日本の近代スタイルの捕鯨は1893年、Saikai-maruが建造された
時に始まる。これは木造船であり3頭の鯨を捕獲した(Akashi,
1910; Tonnessen and Johnsen, 1982)。
近代捕鯨は最初に朝鮮半島東水域、九州西部、本州南沿岸で
行われたが次第に三陸(本州東北部)、北海道南沿岸、そして
千島列島へシフトした。すなわち冬漁場から夏漁場への移行
である。

笠原(1950)は1911年以降日本周辺で行われたすべての捕鯨
の統計を示しており、捕鯨漁場を16海域に区分している。
海域を簡略化して表6にセミクジラの捕獲を示した。
セミクジラは千島列島から三陸にいたる海域で最も多く捕獲
されており、これに続くのが本州南部と四国である。小笠原
諸島周辺でもいくらかのセミクジラが捕られている。これら
すべては太平洋個体群に属する。

オホーツク海での唯一の捕獲は1931年の8頭のセミクジラのみ
であり、これに1968年の科学的調査目的のための2頭が加わる。
九州西沿岸では4頭のセミクジラが捕られたのみである。朝鮮
沿岸沖合では1頭のセミクジラ捕獲だが、1955年と1963年の
間に黄海の Hai Yang島付近で、中国の捕鯨者により2頭のセミ
クジラが捕獲された(Wang, 1978)。以上から日本海個体群が
太平洋個体群より強く削減されたと結論しうる。

1956年から1968年の間に鯨類研究所は13頭のセミクジラを
科学調査のために捕獲することを認められた。調査結果は大村
(1958)および大村他(1969)において報告されている。
これらのクジラのうち1頭は三陸、鮎川、1頭は北海道南岸
キリタップ、2頭が稚内あるいはオホーツク海で捕獲された。
残りの内訳は3頭がアラスカ湾、6頭がベーリング海である。

日本の漁獲で捕られるすべてのクジラは地域的に完全に利用
され、他国とのクジラ製品取引は知られていない。しかがって
これらの捕獲数は他国の生産高から導かれるものとは独立である。

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 08:01 投稿番号: [37573 / 62227]
[DISCUSSION AND CONCLUSION/検討と結論]
以上の記述から、網取り捕鯨の時代にはセミクジラの二つの
個体群が日本沿海を回遊していたということがわかる。
太平洋個体群は三重、和歌山、高知各県の南側を回遊し、日本海
個体群は京都から山口県の北側および九州の西沿岸を回遊する。
双方とも冬には南方へ向かい、春には北方へ向かう。
和歌山県太地では南へ向かう回遊が9月から12月にかけて
見られ、北行回遊は2月から4月にかけてあらわれる。
出産海域は知られていないがはるか南方、おそらく琉球諸島
周辺であろう。丘の上の見張り所から、交尾が観察された
ことはない。

Table 5
Catch ratio against total number of right whales sighted by Ukitsu
whaling group in years 1880, 1882 and 1883 (Hattori, 1887-1888)
___________________1880___1882___1883___Total
Total number sighted____7______9______1____17
Catch________________1______0______1_____2
Escaped, breaking net___0______0______0_____0
Escaped, beneath net___2______4______0_____6
Escaped, round net_____0______1______0_____1
Sighted, but not operated_4_____4______0_____8
Sighted, rough weather__4_____4______0_____8
Sighted, offshore_______0_____0______0_____0
第5表
1880、1882、1883年に浮津鯨組によって目視されたセミクジラ
総数に対する捕獲比率(服部1887-1888)
_________1880__1882__1883__Total
目視総数______7___9___1___17
捕獲数_______1_____0_____1______2
網を破って逃亡___0_____0_____0______0
網の下から逃亡___2_____4_____0______6
網を回避して逃亡__0_____1_____0______1
目視したが非操業__4___4___0___8
目視、悪天候____4___4___0___8
目視、沖合_____0___0___0___0


この個体群の北への回遊は日本の海岸線に沿って更に北へ
継続するようである。Omura, Ohsumi, Nemoto, Nasu and
Kasuya (1969)   は日本の捕鯨船による北太平洋でのセミ
クジラ目撃例 (1941-68)を示しており、ソ連の目撃例は
Klumov (1962)から引用している。これらのことから太平洋
個体群は4月に北海道の南東側に到達し、さらに北東方向へ
向かってクリール(千島)諸島に至ること、いくらかは
ベーリング海に入るということが推定される。
この個体群あるいはその一部がアラスカ湾に入るかどうかは
わからない。

日本海個体群も長い回遊経路をたどり、春には北へ移動して
おそらくオホーツク海で夏を過ごすと考えられるが、私は
この仮説を支持する証拠を持っていない。冬には遠く南の
出産海域に移動し、おそれくこれは琉球諸島近辺と思われる。

この二つの個体群からのセミクジラ最大年間捕獲数は19世紀
中盤以前はそれぞれ50頭と推定される。
総目視数とその捕獲数の正確なデータは残っていないが、
服部(1887-88) は高知県浮津グループ3年間 (1880, 1882
および1883年) のセミクジラ漁の結果を報告している。
総数17頭のセミクジラが目視され、2頭あるいは総目視数の
12%が捕殺された。7頭が網を逃れたが、おそらくそのうちの
いくらかには銛が命中していると思われる。このようにして
逃げた動物の死亡率は知られていない。

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 08:00 投稿番号: [37572 / 62227]
九州の捕鯨はいくつかの一族あるいはグループによって行われた。
呼子と小川島の中尾一族(佐賀県)、壱岐島の土肥一族(長崎県)、
そしてもっとも大きかったのが平戸と生月の益富一族だった(長崎県)。

1725年、強力な一族の益富又左衛門によってグループが組織
されてから1874年に操業を停止するまで、2万1790頭の鯨が
捕られた(Yoshihara, 1977)。この一帯の捕獲地を統合して
年平均では150頭である。グループは九州の何カ所かで
操業し、時には見島や通(双方とも山口県)でも捕鯨した。
この捕鯨グループは操業中には3000名を雇用し、約200の漁船を
稼働させていたと言われている。

益富グループの年平均捕鯨150頭という数字の内訳は知られて
いない。しかし18%がセミクジラであったという仮定(通の
1699-1768の比率)をするならば、セミクジラの年間捕獲数は
27頭となる。九州沿岸と山口の年間セミクジラ捕獲数を推定
する素材はこの他にはないが、双方合わせて50頭を越えた
ことはないと考えられる。

益富グループの捕鯨操業は「勇魚取絵詞」という1829年に出版
された書籍で説明と図解がなされている。ホーレイ(1958)は
出版年次を1832年としているが、この期日は最近訂正された。
この書籍の英語訳が最近出版されたが (Yamada, 1983)、
残念ながらいくつかの誤訳を含んでいる。この本の正しい
書名はヨウギョトルエシではなくイサナトリエコトバであり、
著者はヤマダ   ヨセイではなく「オヤマダ   トモキヨ」である。

近年、この本を編纂したのが平戸と生月で捕鯨を営んでいた
益富又左衛門であり、1829年のことだということがわかった。

この本の中に「南から北へ回遊する鯨は上り鯨、北から南へ
やってくる鯨は下り鯨と呼ばれる」という記述がある。
このことから九州西海岸のセミクジラは回遊中のものであり、
出産海域はより南方にあるということが明らかである。

山口県ではセミクジラ、ザトウクジラ、ナガスクジラおよび
コククジラが網取り捕鯨の主要捕獲種だった。このうちで
肉量と油生産が最も多いのがセミクジラであり、従って最重要
種となっている。川尻での1879年から1888年までの10年間の
各鯨種の一頭あたり平均価格を第4表に示した。
セミクジラはザトウクジラの3倍の価値を有していた。
九州の網取り捕鯨は19世紀末に和歌山と高知同様ほぼ終焉した。

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 07:58 投稿番号: [37571 / 62227]
山口県の北岸でも捕鯨は営まれていた。東の通(かよい)と西の
川尻がこれにあたる (Tokumi, 1957; Tada, 1978)。

現在長門市に含まれる通では向岸寺という寺に、捕獲した鯨それぞれの
仏教名が記録として保存されている。これにより、鯨種別の捕獲
状況が得られる(Kimura, 1956)。1802年から1850年にかけて
308頭の鯨が捕られ、116頭がナガスクジラ、105頭がザトウクジラ、
59頭がセミクジラ、28頭がコククジラだった。一年平均では6.3頭
が捕獲され、セミクジラは19%だった。

川尻では捕獲統計が鯨種別に10年集計で、捕鯨の始まった
1699年以降1901年まで利用可能である(Anon., 1890; Tada,
1978)。この統計は付表2と要約で第3表に示してある。

川尻の捕鯨は19世紀中頃まで主要にザトウクジラとセミクジラ
を捕獲しているが、1859年以降この両種、特にセミクジラの
減少が著しく、1884年以後はセミクジラはまったく捕られて
いない(Tada, 1978)。この両種の減少を補完する形で1859年
以降ナガスクジラの捕獲が増えている。

通と川尻の他、山口県では萩市北西45kmの小島嶼集落、見島
等、いくつかの村で捕鯨が行われていた。これらの漁村での捕鯨
は1680年頃はじまり、19世紀のおわり頃まで続いたが、やや
小規模なものだった。残念ながら捕獲の詳細はわからない。

九州西岸の多くの場所でも捕鯨は行われていた。
九州の捕鯨は手銛を用いた小さな鯨組で始まった。網取り
の発明以来、この技術は九州西岸一帯に広がり、ここが
もっとも繁栄した捕鯨地帯となった。

___________
Table 4
川尻における各年の鯨一頭あたり価格
インデックスはザトウクジラを1とした比率
子鯨に関しては鯨種の区別が無い
Average price in year per whale, Kawajiri, 1879-1888 (Anonymous,
1890). For the Index, the humpback = 1. No distinction to species is
made for calves

Species___Price___Index______Species__Price__Index
Right______4,362___3.09_______Gray____479___0.34
Hump back_1,411___1.00_______Calves____44___0.03
Fin________1,044___0.74

鯨種_______価格__インデックス
セミクジラ___4,362___3.09
ザトウクジラ__1,411___1.00
ナガスクジラ__1,044___0.74
コククジラ____479___0.34
子鯨_______44___0.03
___________________

環境問題と「環境保護団体」問題。NEW!!

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/29 07:57 投稿番号: [37570 / 62227]
<N2O>オゾン層破壊の主犯「規制強化を」米研究チーム

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090828-00000024-mai-soci

  肥料の使用や化学物質の製造過程で出る「亜酸化窒素(N2O)」が、現時点でオゾン層を最も破壊する物質であることを、米海洋大気局の研究チームが突き止め、28日付の米科学誌「サイエンス」で発表した。N2Oは温室効果ガスとして先進国に排出規制が課せられているが、オゾン層保護の規制対象ではない。研究チームは「排出制限はオゾン層保護と温暖化抑制の両方に有益」と、厳しい規制を求めている。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

最近、温暖化そのものや温暖化人為説はかなり怪しくなってきてますが、オゾン層への影響もある、となるとその環境影響は見過ごせませんなぁ・・・
その影響を最も大きく受けるのは豪州の白色人種なんだけど、彼等は自分達の皮膚癌発症リスク増大よりも日本のイルカ漁が気になってるみたいだけどw

さて前投稿でも河川汚染に「肥料」の影響有り、という事でしたが件のFAO報告書以外でも一般ジャーナリズムが指摘しだしてるこの問題、「環境保護」団体はどれぐらい対応して見せるんだろうか?

肥料運搬船に体当たり、ぐらいはやってほしいよねぇ・・・

クジラさん問題で忙しいから無理か?w

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 07:43 投稿番号: [37569 / 62227]
第1表は19世紀前半の主要な捕獲鯨種がザトウクジラとセミクジラ
であったことを示しており、これが総捕数の80%を占めている。
その後この二種の捕獲量が低下し、特にセミクジラでは著しく、
両鯨組とも年捕獲数1頭程度に落ち込んでいる。
浮津組と津呂組では捕獲状況がほぼ同様であると確かに言える
( Appendix Table 1, c and d参照)。

両組で1850年以前のセミクジラ捕獲数は年に約15頭である。
和歌山と三重でも同等のセミクジラ捕獲があったとすると、
19世紀後半に入る以前には日本の南側沿岸で年に50頭か、やや
それを下回るセミクジラが捕獲されていたということになる。
和歌山県では捕鯨の密度が高知県と同水準だったと考えられるが、
三重の漁師は鯨よりも魚の漁業に依存する度合いが強かった。

<日本海個体群>

日本海沿岸での捕鯨はいくつかの集落で行われており、セミクジラ
が捕獲されていた。京都府の伊根では古い時代から捕鯨が行われ、
おそらく天文年間(1532−54)に遡ることができる。
伊根集落は伊根湾という小さな入り江に面しており、ここへ鯨が
偶発的に入り込んでいた。鯨が来ると伊根の漁師たちは入り江の
入り口を塞ぎ、手持ちの銛と網を使用して鯨を獲った。

伊根捕鯨の捕獲記録は1656年から1913年にかけて鯨種別に
残されている(Yoshihara, 1976b)。第2表によると、ザトウクジラ
とナガスクジラが主要捕獲種だったことがわかる。セミクジラは
全体の11%である。コククジラは捕られておらず、「ナガスクジラ」
はおそらくミンククジラ(Balaenoptera acutorostrata)を含んでいる。

ミンククジラが日本海へ回遊していたということはありうるが、
私は鯨に関する日本の古い文献でミンククジラの日本語名を見いだす
ことはできなかった。現在ミンククジラを示す日本名の一つが
minkuであることは驚くに値しないだろう。もう一つの和名は
コイワシクジラであり、これは'little piked whale'の翻訳である。

Table 2
Catches of whales at Ine, 1656-1913 (prepared from Yoshihara,
1976b) * Possibly includes minke whale.
1656-1913   伊根における捕鯨数(吉原1976bより作成)
* ミンククジラを含む可能性あり
Years_____Humpback_Fin*____Right____Total
1656-1700___42_____25_______6______73
1701-1750___36_____35_______3______74
1751-1800___33_____26______14______73
1801-1850___34_____28______10______72
1851-1900___22_____31_______7______60
1901-1913____-______3_______-________3
Total_______167____148______40_____355
_%________47.0___41. 7 _____11.3____100.0


_______________________
Table 3
Catches of whales by net-whaling at Kawajiri
(summarized from Appendix Table 2)
川尻における網取り捕鯨捕獲数(付表 Table 2より要約)
__コククジラ_セミクジラ_ザトウクジラ_ナガス_その他_計
_________Gray__Right_Humpback_Fin_____Others____Total
Total catch
1699-1768__110___166___591____22______28______917
1769-1818___?_____?_____?_____?_______?_______582
1819-1858___73___119___229____28______109_____558
1859-1888___97_____9___138___227_______7______478
1894-1901____7_____0____28____55_______9_______99
Average per year
1699-1768___1.6____2.4___8.4___0.3 _____0.4____13.1
1769-1818____?_____?_____?____?_______?_____11.6
1819-1858___1.8 ____3.0___5.7___0.7_____2.7_____13.9
1859-1888___3.2____0.3___4.6___7.6_____0.2_____15.9
1894-1901___0.9 ____0.0___3.5___6.9_____1.1_____12.4
____________________

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 07:41 投稿番号: [37568 / 62227]
[CATCHES OF RIGHT WHALES/セミクジラの捕獲]

セミクジラは二つの別々の地帯で網取り法によって捕獲され
ていた。南沿岸(三重、和歌山、高知)では太平洋系群が
捕獲され、京都から山口にかけての北岸と九州の西では
日本海系群が獲られていた。

<太平洋系群>
日本の南沿岸ではセミクジラが冬から春にかけての季節に
捕られていた。他に捕鯨されていた鯨種はザトウクジラ、
コククジラ、ニタリクジラ (Balaenoptera edeni)、ナガス
クジラ(B. physalus)、そしてシロナガスクジラ(B. musculus)
であった。

和歌山の太地ではマッコウクジラも捕られていた(Physeter catodon)。
コククジラとマッコウクジラは手投げ銛で捕獲され、網は
使われなかった。三重県ではセミクジラとその他のヒゲクジラ
が捕られたが、通常銛による捕獲だった。

和歌山県と三重県については捕獲統計は無いに等しい。
太地では明治維新後も捕鯨が続いたが、1878年12月24日、
子連れのセミクジラを追ううちに強い嵐に遭い、100名が
死亡するという悲劇的な事件が起きた。この事故が事実上
太地の古いスタイルの捕鯨を終わらせた。

高知県では寛永年間(1624−43)に銛突き捕鯨が記録され、
1683年に太地から導入された網取り捕鯨が行われた。
高知沿岸では浮津と津呂の二つの鯨組が西側と東側の漁場を
分け合っていた。高知には東側に足摺岬、西側に室戸岬という
二つの半島がある。東の漁場は室戸岬の東側(冬あるいは
9月おわりから12月)と西側(春、あるいは2月から4月)
であった。西の漁場は足摺岬の東側で冬(南へ向かう鯨)も
春(北へ向かう鯨)この漁場だった。


Table 1
Catches of whales by net-whaling in Kochi prefecture (summarized
from Appendix Table I). * Recorded as Iwashi kujira, which usually
means sei whales, but in this case Bryde's whales (Omura, 1977).
____________________________Hump-
__________Group__Gray__Right__back_Bryde 's*_Others__Tota
1800-1835_Ukitsu___144___259__521_____5______10___959
1849-1865_Tsuro ___101____19__209____35________6___370
1874-1896_Tsuro____99____23__134____72_______56___384
1875-1896_Uki tsu___64____21__126____81_______78___370
Average per year
1800-1835__Uki tsu__4.0___7.2___14.5___0.1_____0.8___26.6
1849-1865__Tsuro___5.9___1.1___12.3___2.1_____0.4___21.8
1874-1896__Tsuro___4.3___1.0____5.8___3.1_____2.4___16.7
1875-1896__Ukitsu___2.9 ___1.0___5.7____3.7_____3.5___16.8

第1表
高知の網取り捕鯨 (Appendix Table1より要約)
イワシ鯨と記されているものは通常sei whalesだが
ここではニタリクジラを意味する(Omura, 1977).
___________
_____鯨組_コク_セミ_ザトウ_ニタリ*_その他_合計_
1800-1835_浮津__144_259_521_    5____10___959
1849-1865_津呂 _101_   19_209_   35____   6__370
1874-1896_津呂_   99_   23_134_   72_______56__384
1875-1896_浮津_   64_   21_126_   81____78__370
年平均
1800-1835__浮津_4.0_   7.2_14.5_   0.1_____0.8___26.6
1849-1865__津呂_5.9_   1.1_12.3_   2.1_____0.4___21.8
1874-1896__津呂_4.3_   1.0_   5.8_   3.1_____2.4___16.7
1875-1896__浮津_2.9_   1.0_   5.7_   3.7_____3.5___16.8
浮津組と津呂組は毎年東漁場と西漁場を交互に使い分けていた。
西漁場で操業する年には乗員と、操業にかかわるその他の人々は
操業シーズン中移住滞在していた。
双方の組とも、鯨種別に良好な記録を残しており、ここから
高知での捕鯨のトレンドが見て取れる。まとめを第1表として
示した(高知県の捕獲の詳細はAppendix Table 1に示してある)。

Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 07:40 投稿番号: [37567 / 62227]
見晴らしの良い丘の上の小屋から、見張り役が海面の鯨の潮吹きを
探索していた。範囲内で鯨が見つかると、見張り人は旗か狼煙
で鯨種、位置、鯨が泳いでゆく方向を知らせた。指令者が命令を
出すと船は整然と行動を開始した。

勢子船は鯨を一方向から囲み、適切な位置へ動いて網を張って
いる網舟の方向へ追い立てた。網にかかった鯨は勢子船から銛で
突かれた。何種類かの銛が使われた。どの鯨もはじめは重さ
200g、長さ55cmの銛先に3.8mの木製の柄の突いた軽い銛で
突かれた。銛の重さは次第に増やされ、最後には3kgの銛が
投げられた(Taiji, 1937)。

  多数の銛で鯨が十分に弱ると、水夫が水に飛び込んで鯨の
頭に這い上がり、小刀で噴気穴の隔膜に穴をあけてこれに綱を
通した。尾に近い背中の脂肪層にも似たような方法で穴が
穿たれた。どちらの場合にも水夫は突き刺さった銛の柄を
つかんで滑りやすい鯨体の表面に乗り続けた。銛は網が滑って
外れることを妨げるのにも役立った。しかるのち、鯨は二隻の
タグボート(持双船)の間に結ばれて長い劔で心臓を突かれた。

網取り法の発明は日本の漁村経済にとって重要な出来事だった。
捕鯨は何百人もの生活を支えた。これには鯨体を処理する
作業者、網造り、その他さまざまな関連業種や水夫を支えた。
捕鯨はその準備にも操業にも多額の資金を要した。従って
網取り式捕鯨は和田家のような有力な一族によって取り仕切られた。

網取り捕鯨はすぐに太地の近くの古座のほか、熊野地方の
他の場所にも導入された(現在の三重県、和歌山県の一部)。
1683年にはこの方法は土佐(現在の高知県)にももたらされた。
ここではすでに浮津および津呂という鯨組が操業していた。

続く年には西九州の大村から深沢義太夫という名の捕鯨親方
が太地を訪れ、頼治から網取り法を学んだ(Hashiura, 1969)。
深沢が九州に帰ると間もなく、網取り捕鯨は九州西岸と山口
県北岸に広がった。

捕鯨は日本の他のところでも行われていた。最も有名なものは
勝浦(現在、千葉県)で醍醐一族によって営まれていたもの
だった(Yoshihara, 1976a)。ここの捕鯨は遅くとも明暦年間
(1655−57)にはじまっており江戸あるいは徳川時代末期
(1867)まで続いた。ツチクジラその他の小型歯鯨類が
手投げ銛で捕獲されていた。この捕鯨では網取りは行われず、
ヒゲクジラ類が獲られたこともなかった。

<地図の説明>
Fig. 1. Chart showing migration routes of right whales around Japan and places where they were taken by net-whaling (shaded). Place names appearing
in the text are indicated by numerals as follows: 1. Katsuyama, Chiba prefecture; 2. Morosakl, Alchl pref; 3. Taijil, Wakayama pref; 4. Tsuro,
Kochi pref; 5. Ukitsu, Kochi pref; 6. Ine, Kyoto pref; 7. Mishima, Yamaguchi pref; 8. Kayoi, Yamaguchi pref; 9. Kawajiri, Yamaguchi pref;
10. Ogawajima, Saga pref; II. Iki. Nagasaki pref; 12. Yobuko, Saga pref; 13. Ikitsuki, Nagasaki pref; 14. Hirado, Nagasaki pref; 15. Goto, Nagasaki pref.
以上、地図上に15カ所の捕鯨地点が描かれ、セミクジラが列島沿岸の
両側直近を南北に移動するという経路が示されている。

セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 07:38 投稿番号: [37566 / 62227]
REP. INT. WHAL. COMMN (SPECIAL ISSUE 10) 35
<1986年/著作権の主張無し>
History of Right Whale Catches in the Waters around Japan
HIDEO OMURA
Whales Research Institute, 3-32- 11, Ojima, Koto-Ku, 136, Japan

[SHORT HISTORY OF WHALING IN JAPAN
日本の捕鯨史概略]

日本周辺海域での捕鯨は長い歴史をもっている。小舟と初歩的な
漁具を使った捕鯨は10世紀よりも前まで遡ることができる。
セミクジラ(Eubalaena glacialis)の髭板で作られたいくつ
かの道具が奈良の正倉院宝物殿に保存されている。ここは
奈良の宮廷で使用されていた物品、装飾品が1200年間に
わたって保存されてきたところである (Shindo, 1978)。
このことはすくなくとも奈良時代(A.D.710-784)にはセミクジラ
の体が人々によって使用されていたこと、皇室においてさえ
利用されていたことを示している。しかし積極的な捕鯨が
行われていたのか、あるいは座礁、漂着した鯨が利用されて
いたのかは定かではない。

元亀(1570−73)年間には伊勢湾に面する三河と尾張(現在の
愛知県)の村落で捕鯨が営まれていた。これは7−8隻の船で
チームを作り、手投げ銛(hand harpoons)を使う漁法である(Otsuki, 1808)。
この捕鯨の中心地は知多半島南端の村、師崎(もろさき)だった。
これが、知られる限り日本史上最古の捕鯨である。
獲られていた鯨種は知られていないが、コククジラ(Eschrichtius
robustus)がもっとも普通の捕獲種であったろうと推定される。

手銛による捕鯨は伊勢、熊野地方へと海岸沿いに広がった
(現在の三重県、和歌山県)。更に四国、九州を含む西日本
への拡大があった。慶長11年(1606)、当時強力だった
和田一族の総帥、頼元が熊野、太地に五つの鯨組を成立させた。
頼元が師崎の伝次という人物の補佐をうけて全体を指揮したが、
伝次は熟練した銛手であったと思われる(Hashiura, 1969)。

1675年には頼元の孫で後に角右衛門と改名する頼治が、網を
利用する新方法を発明した。何重にも巡らされた網にひっかかった
鯨は容易に銛で突くことができた。はじめは藁でつくった網が
用いられたが弱すぎたので、のちに麻の網に変えられた。

  網の使用は日本の捕鯨史にとって革命的なことだった。
ザトウクジラ(Megaptera novaeangliae)その他、ナガスクジラ科
の鯨が捕獲可能になり、セミクジラも以前より容易に獲る
ことができるようになった。
しかし網捕り法はより多くの船と人力、多くの漁師の共同作業を
必要とした。太地では五つの鯨組が一つに統合され、和田頼治が
指揮を執った。

操業グループは鯨を追い立て、殺傷する15から20隻の勢子船
(beater boats)、6隻の網船(netting boats)4隻の持双舟
( tug boats)等全部で25−30隻から構成され、約400人の
人員を擁していた。

Re: 19世紀北太平洋ヤンキー捕鯨セミ鯨漁

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 07:34 投稿番号: [37565 / 62227]
>18世紀後半か19世紀初頭か・・・を争って何か意味でも?。
>”加速度の違い”論再出ということは、ミナミセミクジラ枯渇の元凶は、
>例えばパプアやアボリジニ原住民のせい・・・・とでも?

捕鯨史に関する基本的な文献をお読みになっていない方の「通説」を
信じて講釈をお垂れになっておられますな。

パプアやアボリジニじゃないからイカンとか、お叱りをうけそうですが、
南アで、バスク沿岸捕鯨や日本の「古式」捕鯨とまったく同じパターンの
資源枯渇現象が見られたという記述があります。

1830年代に英国捕鯨船に乗って世界一周し、博物誌を書いたFREDERICK D.
BENNETTという人の本の一節です。
__________
喜望峰の英国植民者は一定規模のセミクジラ漁を営んでいる。
彼らは見晴らしの効く高台に展望台を建てたところの
浜辺から出漁する。クジラが見えるとこれをアタックするために
船を出す。死んだクジラは陸揚げされ皮脂がはがされて
油の煮出しも行われる。テーブルベイは以前はセミクジラが好んで
集まるところだった。1832年に私はケープタウンの浜辺で、
この怪物の断片が惜しげも無く散らかされているのを見た。
最近ではしかし、彼らのこのスポットへの訪問は稀になり、
捕鯨者たちは同じ沿岸の別の湾で操業するほうが利益が大い
と考えた。残念ながら浜辺から漁をするというこのやり方は、
ほとんどいつも雌鯨とその子供を滅亡させるということである。
これはこの鯨種の数を大きく減らす傾向とならざるをえず、
捕鯨者たちにそれを補償するアドバンテージを与えることは
ない。
______
The British colonists at the Cape of Good Hope are
engaged to some extent in the capture of the Right
Whale. They carry on the fishery from the shore,
where an observatory is erected on a commanding
height. Upon whales being seen, the boats are launched
to attack them; and the dead whales are brought to
the land, where the operations of flensing and boiling
the oil are also performed. Table Bay was formerly a
favourite resort of the Cape Whale: in the year 1832,
I noticed fragments of these monsters strewn profusely
on the beach at Cape Town. Latterly, however, their
visits to this spot have become rare, and whalers find
it more profitable to pursue their occupation in other
bays, on the same coast. It is to be regretted, that this
method of fishing from the shore involves almost solely
the destruction of female whales and their calves, and
must tend greatly to diminish the number of the
species, without any compensating advantage to the
whaler.
========
BIBLIOTHECA AUSTRALIANA #47復刻本シリーズ
元著者:FREDERICK D. BENNETT
NARRATIVE OF A WHALING VOYAGE ROUND THE GLOBE
FROM THE YEAR 1833-1836 Volume 2, 1849, LONDON
[ ZOOLOGY_CETACEANS.]
p. 229-231
CHAPTER VIII. SOUTHERN WHALES (concluded).
The Cape- Whale-Hump-back-Black-Fish-Right Whale Porpoise-
Dolphin-Grampus-Fin- backs-Cow - Fish-Killers-Bone-Sharks,
THE CAPE WHALE.
(Balaena Australis, Desmoulins. Right Whale of the South-Sea Whalers.)
______

あとのいろいろな「御攻撃」はかなり面白い論点を含んでいるのですが、
今日は他にやることがあるのでさわりだけ。

たとえば1931年の条約を拒否した後、後の修正条約に合意したという
後日談があります。ところがこの国際合意の成立にもかかわらず、日本
政府がそれを実施するための国内法を整備しなかったため、日本の
捕鯨船はあいかわらずセミクジラを捕獲して、何らの規制を受けることも
なかったと、国際捕鯨委員会年報1991年版Scarf論文に書いてあります。
最近のミナミマグロ事件とそっくりだな。基本的なところで全然変わってない。

Re: NHK「日本くじら物語」←提灯番組!

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/29 07:32 投稿番号: [37564 / 62227]
>前にも書きましたがNHKの捕鯨問題に関しての基本的スタンスは
>“大本営(水産庁)そのまま”です。

おや?
”文化論だけ”とは随分違うね(苦笑)。

まあ、君の場合は観ていたとしても、”その程度”ということかな。

Re: 「強硬に反対」「敗北を覚悟」

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/29 06:38 投稿番号: [37563 / 62227]
モナコ クロマグロ全面禁輸を
http://www.nhk.or.jp/news/k10015168251000.html

08月29日06時05分
すしネタや刺身で日本では人気のクロマグロが絶滅するおそれがあるとして保護を求める声がヨーロッパで広がるなか、規制の旗振り役として知られるモナコのアルベール2世公は、国際取り引きの全面的な禁止を実現したいとの考えを示しました。

モナコの国家元首、アルベール2世は自然保護活動に熱心なことで知られ、モナコは、大西洋クロマグロをワシントン条約で定める絶滅のおそれがある野生生物に加えて輸出入を全面的に禁止するよう、来年3月の締約国会議で提案することにしています。アルベール2世はNHKのインタビューに対し、「3年から5年後には地中海のクロマグロの個体群が崩壊すると科学者が警告している。国際取り引きをいったん止めて個体数が回復するのを待つしか方法はない」と述べ、従来の漁獲規制だけでは不十分で、国際取り引きを全面的に禁止することが欠かせないという考えを示しました。アルベール2世は、日本のすし文化には理解を示しながらも「クロマグロは危機に直面しているので、ぜひいっしょに守ってほしい」と述べて、モナコの提案への日本側の理解を求めました。モナコの提案は、フランス、イギリス、ドイツといったヨーロッパ主要国で支持が広がっており、ワシントン条約の締約国会議で可決されれば、クロマグロの最大の消費国である日本が大きな影響を受けるのは避けられないとみられます。モナコがクロマグロの全面的な輸出入の禁止を求めていることについて、水産庁資源管理部の宮原正典審議官は、受け入れられないとする立場を明記した書簡を、今週、モナコに送ったことを明らかにしました。宮原審議官は「クロマグロは1匹で卵を何千個も産む魚で、数が減ったといっても、毎年、何万トンもの漁獲に耐えている。ワシントン条約で輸出入が禁止されているジュゴンやシーラカンスのようにほんとうに絶滅にひんしている種類とはまったく別だ」と述べました。そのうえで、「クロマグロ漁のいちばんの問題点は違法な漁獲が横行していることで、まず、それを規制するべきだ」として、漁獲規制によってクロマグロの数は維持できるという考えを示しました。さらに、「モナコの提案にある禁輸は過剰な措置だ」と述べ、日本としては断固反対し、各国にも理解を呼びかけていく方針をあらためて示しました。

Re: NHK「日本くじら物語」←提灯番組!

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/29 05:52 投稿番号: [37562 / 62227]
>>3倍食べるということに関しては99年3月鯨類研究所の大隅清治博士と
>>田村力博士によって発表された「世界の海洋における鯨類の食物年間消費量」
>>という科学論文があります。

>と、これも査読論文じゃないからまともな学術レベルで批判に合うことが
>少なく、批判論文も国際査読論文誌に載りにくいという状態だったんだね。
>そのために逆に無責任な宣伝で大手を振って利用されたという曰く付きの
>文書だ。


実は「海洋ニッポン−未知の領域に挑む人びと」足立倫行(岩波書店)P214によると

そもそも“論文”でさえなく単なる“インフォメーションペーパー”だったようです。

(1999年の発表時)

まあ本人自らが「基本データが不充分」と言っているくらいですから

とてもじゃないけど“論文”として発表するなんてことはできなかったのでしょうね。




>>1986年の商業捕鯨モラトリアム実施以降、年率4%程度増えていることが
>>知られるくじらは

>も、今年のIWC専門家パネルに提出した日本側の論文で自分で否定してるのに
>いっさいおかまいなしだなあ。鯨研の論文とか、全然読んでないんでしょうね。


鯨研が世界に誇る例の南極海ミンククジラ急上昇グラフを見ると

もうすでに1970年ごろから先はほぼ平行線になっておられます。w

Re: NHK「日本くじら物語」←提灯番組!

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/29 05:25 投稿番号: [37561 / 62227]
前にも書きましたがNHKの捕鯨問題に関しての基本的スタンスは“大本営(水産庁)そのまま”です。

これは多分、現在この捕鯨問題というものにあまり興味がないがため(つまりマイナー)、かつ基本的に

担当の人間が水産出(情報源は大本営発表)であるがためだと思われます。


ある程度この捕鯨問題ってものを知ってる人間は乗せられることはないのですが、

(つーかあまりの印象操作ぶりに怒りを覚えるくらいなのですが)

なにしろ公共放送、しかも教育番組ときてる。

したがってよく知らない人は信じてしまいます。


主張している人間はそう信じて発言しているのでしょう。

でも公共放送で発言する以上、責任というものがあるべきだと思います。

一方の側からの理屈だけを信じ込み、それを臆面もなく言い放つ。

“危険”なことだと思います。

Re: さあ!諸君!捕鯨問題だ!

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/29 00:03 投稿番号: [37560 / 62227]
さて、ココのr13812くんとそっくりな明確な「根っから馬鹿」の人が頑張ってらっしゃいますが・・。w↓

http://blog.e-kujira.or.jp/iwc2009jp/entry/534




>荒らしは原則、無視。

だそうでして・・。w

Re: さあ!諸君!捕鯨問題だ!

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/28 23:08 投稿番号: [37559 / 62227]
このブログ書いてる人は喩えが巧いんで、他の記事も読んでみたらS×Eとかストレートエッジ(本人はベジじゃないようだけど)とかのハードコアが好きな「ヒダリ」寄りの人なんだよね。

捕鯨賛成=ウヨク、なんてrくんやKKNEKOさんが安心出来る図式からはみ出しちゃってるねw

ついでにこの人が参考リンクに示してたので久々に読み返してみたけど、反捕鯨世論醸成メカニズムの解析としてこれ以上無いな、って改めて感心し直しちゃいました♪↓賛成派にとってはバイブルの一つだと思います。

<スーパー・ホエール   −   環境保護運動における作り話とシンボルの利用>

http://luna●.pos●.to●/whale/jpn_hna_super_w.html

(例によって●抜いて検索)

今丁度"COVE"が話題になっててヨシホスとかいう監督が「本質は食の安全問題提起」(ならスーパーでイルカ肉買って分析するだけの映画撮れよw)とか大嘘ぶっこいてるのを見ると、この人達って根っから馬鹿なんじゃないだろうか?と思っちゃうよねぇ・・・w

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
白人の先進国において、アザラシ猟や捕鯨は、このような世界観への脅威であり、それゆえ、反対するか、あるいは関わりを持たないようにする対象となる。捕鯨者は野蛮人と見なされる。 IFAWのリーダーであるブライアン・デイビス(Brian Davies)を例にとると、彼は友人宛ての手紙でフェロー諸島のゴンドウ鯨漁について次のように書いている。

「...   未開人の漁   ...、想像しうる限り最も野蛮な祭り。平和なゴンドウ鯨は浜へと追い込まれたり、既に捕われた仲間への義理から浜へ向かう。そして、彼らはいとも単純に切り刻まれる。文明国の人間にはゴンドウ鯨をサディストたちから救う義務がある」

捕鯨者を悪魔呼ばわりするのは学術誌にすら見られる。「The American Journal of lnternational Law」誌においては、2人の法律家が「鯨を殺すのを認める心情というのは、劣等な人々を虐殺するのを認めるのに等しい」と書いた。さらに、鯨肉を食べるのは事実上は食人行為の一種ということになる。タブロイド紙のデイリー・スターは1991年5月11日付けの2ページにわたる記事において、「貪欲なジャップが、血の宴会における病的なごちそうで、山盛りの鯨肉をむさぼり食う」と報じている。

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巧妙にやってるつもりでも↑の部分みたいな本音がポロッと出てしまうのは仲間内ならば許してもらえるだろう・・・という油断があるからだろうなぁw

dqnplus

投稿者: deathvoicescreaming 投稿日時: 2009/08/28 22:37 投稿番号: [37558 / 62227]
r13812氏へ
痛いニュース にスレが立った意味をお分かりですか?

Re: ギャレットは期待しているようだが・・

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/28 22:29 投稿番号: [37557 / 62227]
概ね与論は2chの反応どおりといったところかね。

捕鯨を止めれる要素は今のところ出てこないねえ。

Re: ギャレットは期待しているようだが・・

投稿者: r13812 投稿日時: 2009/08/28 21:34 投稿番号: [37556 / 62227]
環境相が日本の選挙に注目
http://hideyoshi.2ch.net/test/read.cgi/dqnplus/1251439325/

Re: さあ!諸君!捕鯨問題だ!

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/28 18:57 投稿番号: [37555 / 62227]
反捕鯨ちゃんの胡散臭さに関して誰もが感じているであろう事をシンプル・的確に纏めてあったので、転載。

http://black.ap.teacup.com/fukashinogakuin/779.html

この扇情的な予告編の見事なこと!色んな意味でヤバい。これだけヤバい臭いのする予告編は『選挙』以来かも(まだ観てないけど)。
予告編だけでほとんどゲロを吐きそうなほど嫌な気持ちにさせてくれるという、こんな映画はそうはないですよ。
もし右翼が「南京大虐殺のハイファイな記録映像」なんてものを見せられた時には、こういう気持ちになるのかも知れないですね。
…あ、もちろん嫌な気持ちになったのは、かわいいイルカちゃんやクジラちゃんが残酷に殺されるから、じゃないですよ。その逆。
これを観れば、動物愛護あるいはエコロジーというものが、結局、形を変えたレイシズムなのだということがよくわかる。レイシズムと言って悪ければ、民族(民俗)差別主義、文化差別主義と言い換えてもいい。
かつてレイシズムが啓蒙思想という形を取って植民地主義を支えていたように、現代ではそれが動物愛護やエコロジーという形を取って、新たなる「白人の使命」、マニフェスト・デスティニーをバックアップしている。
もちろんこうした反捕鯨の活動家たちには、そうした自覚はない。だからこそタチが悪い。
おそらく彼らの中には、ヨーロッパ白人の優越思想はそのままの形ではもう残っていないし(それどころか、たぶん彼らのほとんど全員がリベラリストだ)、メンバーも白人とは限らない。
それでも、反捕鯨運動は、やはり圧倒的に白人のものだ。その根底には、キリスト教起源の終末論カルト思想であるニューエイジがあり、そこから派生し原理主義化した「イルカ・クジラ教」がある。
日本人による捕鯨問題は、そうした構図の中からさらに極端にスピンオフしたもので、だからこそ、こうしたナチスばりの異常にマンガじみたプロパガンダの標的にされてしまうのだろう。日本の捕鯨政策にも確かに色んな問題はあるが、それ自体の是非を個別に取り上げることは、問題の本質を矮小化してしまうと思う。
醜く無知蒙昧で野蛮な黄色人種たちが、彼らよりも遥かに美しく気高いイルカちゃんやクジラちゃんを虐殺する。
ウェットスーツを着てサーフボードにまたがった金髪の美少女が、ド田舎の漁村の薄汚いヤンキー漁師たちにいじめられ、涙ぐむ。(ちなみにこの美少女はいったい誰なんだと思ったら、ドラマの『HEROES』とかに出てる女優さんだそうです。こういう卑怯なことをやるんだよ、シーシェパードは。)
このイルカやクジラをチベット人やウイグル人に置き換え、日本の漁民を中国人に置き換えることもできるだろう。西洋人たちがイルカやクジラに対して勝手に抱いている幻想と、ダライラマやチベット仏教に対して抱いている幻想はよく似ている。
…おそらく彼らは、チベット人やウイグル人を自分たちと対等な「人間」だなんて思っていない。思っていたら、生身の人間に対してあんな無闇な幻想は抱けないはずだから。イルカやクジラと同じく、ちょっと珍しくて保護の対象にしないといけないぐらい弱い、神聖でスピリチュアルな生き物、ぐらいに思っているんでしょう。
相手に勝手な幻想を抱くのは、相手の人間性を尊重しないのと同じことだということに気付いていない。
…論理が飛躍し過ぎ?そうかもね。
でも、少なくともこの予告編を観て、パッとそれだけのものが感じ取れないような人間とは、僕は友達にはなれそうにないですね。
あ、そういや右翼って、中国人や朝鮮人のこと人間と思ってないのに、どうして虐殺や強制連行があったって言われるのを嫌がるんでしょうね?
人間じゃないんだったら別に殺しても何してもいいじゃん。
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永らく捕鯨問題に絡んでる横浜の中田市長なんかがノルウェーやアイスランドに対する反捕鯨活動を知らない訳は無いのにも拘らず「人種差別・レイシズムだ」と連発してしまうのはこういった、少し込み入ってて言語化し難い部分があるからだと思います。

正しくは「形を変えたレイシズムによる捕鯨反対」じゃなくて「『白人の使命』が普遍的な『善』だと勘違いさせられてる」という事なんじゃないかと。

Re: 豪ブルーム市、太地町との姉妹都市解消

投稿者: whalemeatlove 投稿日時: 2009/08/28 12:29 投稿番号: [37554 / 62227]
結局もうかったのは   COVEのプロダクションとSSだけ。

豪州ブルーム市もなにか   SSやCOVEのために姉妹都市の放棄

をせざるを得なくなったし、観光産業の打撃をうけたと

いわんばかりだねぇ。


反捕鯨が自分で自分の首をしめた良い例。w

Re: NHK「日本くじら物語」←提灯番組!

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/28 09:20 投稿番号: [37553 / 62227]
>んまあおまえも、よくまあ、実際に番組を観てねえで・・
>よくぞそこまで御託を並べられるものかと、毎度のことながらそう思うよ。w

いやあ。
r君だって観てないでしょ?。
観てても、いつもの様に「わかってない」わけだし(苦笑)。

レジメを観る限り、昭和の捕鯨船団の話が出てたわけだよね?。
当然、食料資源確保のための船団だったはずなのに、「文化論」?。

それに、当時の国際捕鯨条約に基づいた捕獲船団なのに、文化論だけ?
動機も法理も無視して、何言っちゃてるんだろうね。

>観てねえやつの妄想に付き合ってる暇はねえよ

いや、観てるんだったら、どうして文化論だけしかと断言できるのかな?
十分NHKへの誹謗行為だがなあ。

Re: 19世紀北太平洋ヤンキー捕鯨セミ鯨漁

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/28 09:14 投稿番号: [37552 / 62227]
>南半球で大規模にミナミセミクジラを捕っていたのは18世紀ではなく
>19世紀で、もちろんマッコウクジラよりはるかに少ないし、米国の
>比率も他の海域より相対的に低いです。なんでもアメリカのせいという
>わけにはゆかない。商業主義的な拡張ドライブが成長率の遅い資源の
>崩壊を招くのです。

18世紀後半か19世紀初頭か・・・を争って何か意味でも?。
”加速度の違い”論再出ということは、ミナミセミクジラ枯渇の元凶は、例えばパプアやアボリジニ原住民のせい・・・・とでも?

まあ、19世紀初頭からアメリカ式捕鯨によって各国がミナミセミクジラを大量捕獲出来たということは、それ以前の零細的な捕獲では資源枯渇が起きていた説明が付かない。
また、そういう形而上論に近い”密度”の話を蒸し返されてもねえ(苦笑)。

さて。
北半球セミクジラの話に戻せば、太地の18世紀後半までの捕鯨が資源枯渇の元凶なら、僅か数十年後に10倍以上の捕獲を継続出来る理由が無い。
1805年から概ね1000頭を捕り続けられるという説明が付かない。

これらの事実からも、先世代の太地が北半球のセミクジラ崩壊を招いた・・・という説は、あまりに現実を無視しすぎている。

もちろん、太地やバスクが資源を「減らした」であろう加担責任が有りうることは間違いないが、後の大量捕獲が無ければ、同時代に捕られた実績から見て、万を優に超えたであろう初期資源量に対しせいぜい100の捕獲は、現在のRMP、SLAの捕獲枠範囲内で収まったかもしれないけれどね・・・誰もこんな意味の無い計算はしていないので真実は分からないが。

Re: 19世紀北太平洋ヤンキー捕鯨セミ鯨漁

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/28 08:49 投稿番号: [37551 / 62227]
>>具体的に船の名前が分からなければ、アメリカ式捕鯨の、アメリカ国籍船が
>南太平洋へ行った事実は認めない・・・というご主旨ですね?。
>なんでこんなに話が出鱈目なんですか?

なにが「出鱈目」?。
私が言ってるのは、アメリカ国籍の帆船が1805年時点で南太平洋にしか居ないミナミセミクジラを既に捕っているという資料を掲げた貴方が、1775年に疑義を唱えてどーする?・・・ということですが。

別に貴方が出鱈目を言ったとか言いましたっけ?。

>これによると、1775年当時ニュージーランド、オーストラリア周辺で
>セミクジラの大漁場を発見したのは米国の捕鯨船ではなく英国の捕鯨船です。

そうですね。
もちろん。これらの海域にはアメリカ船もいたのは1805年時点では明らかですが、それが何か?。

いずれにしても、R君が「アメリカ式捕鯨は捕って無かった」は出鱈目で、太地の古式に枯渇責任を押し付けるのは無理ということですよ。

Re: 19世紀北太平洋ヤンキー捕鯨セミ鯨漁

投稿者: nobu_ichi95 投稿日時: 2009/08/28 08:39 投稿番号: [37550 / 62227]
>>結局、その議論の前後も大量捕獲は継続したわけで。
>この議論の後、大量捕獲はすぐ終わってるというのはIWC1983年会議/
>1986年報告セミクジラ特集号が示しているとおりじゃないですか。

そりゃあ”最盛期”をピックアップすればの話ですが。それが何か?
脱線ばっかりで困るんですが、今話をしているのは、古式捕鯨に責任転嫁をした場合、後の大量捕獲ができた辻褄が合わない・・・・ということですよ。

>商業的ドライブをコントロールできるようになったから、というわけではないけれど、
>国際協定が必要だという議論の出発点にはなってます。

商業的も生存的もなんら変わりはしませんよ。
どれだけ捕獲できるのかは、どちらも同じです。
貴方が最も懸念される「密猟」についても、発生する現象はどちらの捕鯨も同じ。リスクはゼロではない。
しかしアラスカ捕鯨でもノルウェー沖商業捕鯨でも、ゼロリスクを理由に禁止を唱える莫迦は専門家にも居ない。
ということは、100%のコントロールなど初めから想定されていない。それは社会の常識という事ですよ。

>>とりあえず、このオハナシ。太地やバスクへの責任論とは無関係ですね。
>おおいにありますよ。
>商業捕鯨である以上、自分のところで資源枯渇化傾向に気付いて捕獲を
>手加減しようと考えても、別の集落やカンパニーが従来通りの捕獲を
>続けていたら、自分のところだけ自粛しようというインセンティブが
>働かないということです。

全然関係ありませんよ。
古式やバスクの方式で今捕ろう・・・という話をしているわけじゃない。
当時の捕獲実績では、種全体に対する枯渇は不可能。何故なら、直後の大量捕獲時代が説明できない。

また、現代の捕鯨を何か根本的に勘違いされてますよね。貴方は。

現代ではアラスカ捕鯨やノルウェー捕鯨の様な非常に厳格な管理捕鯨しかありえない。
商業だから抑制が効かない?。
ノルウェーでは何か規制違反なり、自粛撤廃なり大規模な密猟事実でもありましたかね?。

これ以上の追求は只の「ゼロリスク論」でしょう?。

>原住民生存捕鯨では基本的にそういうメカニズムが働かないし、近代に
>なっても続けるのならそういう要素が出てこないように国際法、国内法
>で制御するというのが1931年捕鯨規制条約の考え方です。

違いますね。
原住民生存捕鯨に商業要素は否定されていませんが。
グリーンランドの例で明らかなように。
生存捕鯨と商業捕鯨の違いは、実際には捕獲方法の新旧と規模以外殆ど無い。
唯一、アラスカ捕鯨は、厳格に国内法のタガを嵌めて商用行為が表向き一切発生しない様にしてはいるが、それはIWCとはなんの関係もない自国都合の処置。

>当時の日本政府はそういう国際努力をコケにしたのだね。
>現在でもあまりメンタリティーは変わってないみたいだ。

IWCの規定を国内解釈で勝手に捻じ曲げた、アメリカこそIWCをコケにしている。
現在でもそのメンタリティは同じですがね。

>戦前の日本とソ連、戦後の日本(シエラ号事件、ペルー、チリ、ブラジル、
>フィリピン等IWC非加盟国での子会社創設)、戦後のソ連(あからさまな
>違法捕鯨)。

ひとことで言えば、犯罪の潜在性がゼロでは無いから認めない・・・という幼稚な思想。
『ゼロリスク論』そのもの(苦笑)。

>「権利があるから」と言って、定められた事前報告をしないで勝手にコククジラ
>を射殺したマカー族インディアンはちゃんと米国の法廷で裁かれ、属する部族は
>数年間捕獲停止になりましたよ。数年前の話だ。

そう。
で、同じ犯罪リスクが有るからアラスカ捕鯨は禁止しろ・・・となりましたか?。
マカ捕鯨は犯罪リスクを理由に今後一切禁止・・・となりましたか?。
どんな捕鯨にも犯罪リスクはゼロではありえませんが、ゼロではないから禁止してしまえ・・・・の過激発想は現在もアラスカ捕鯨にもノルウェー捕鯨にもありませんよね。

それが、常識だからですが(苦笑)。

まあ、頭数やDNAで厳密管理される鯨類を密猟する・・・という行為は露見性も高いから、犯罪者側のリスクも大きすぎますがねえ・・・・。
ま、古式・バスクへの責任論話題とは関係ない脱線でしたね。

この投稿↓と併せて読んでね♪

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/28 08:33 投稿番号: [37549 / 62227]
まぁ、本来RMP運用下での商業捕獲を監視する為の制度である「RMS」制定が

「捕鯨国に過剰な費用支出をさせる事で商業捕鯨を再開させない」

為だけに作る、という目的に摩り替えられてる、って反捕鯨御用学者のホルトさん自身が認めてしまってるようだから、実質的な「法的抜け穴」監視能力なんか作るつもりは無いよねぇ・・。w↓

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=35892

結局、RMS交渉を長引かせて、永遠に合意が得られないように仕向けてるのは
反捕鯨国、という事なんだな。w
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>こういう態度では、商業捕鯨再開の前提となるRMS(改訂管理制度)の成立
>は不可能です。

・・・大笑いw

RMPの存在が「ワイズユース」の条件を満たしてしまった事に焦った

「調査捕鯨継続によって既得権益を守れる『反捕鯨国』為政者」サン達は

モラトリアム決定当初の想定に無かった「RMS」なんて後出しルールを発明w

その件についてaplzsia=環境詐欺師のNっちがウッカリ筆を滑らせちゃって
いつになったら誰かがつっ込むんだろうか?と思って見てたら未だに誰も
ちゃんとつっ込んでないw↓もう一月も前だけど。

>ホルトの意図は、改訂管理方式ではなく、改訂管理制度の枠組み全体の中で、
>近代産業規模の商業捕鯨を事実上不可能にするという趣旨だと思いますが、
>これは近代産業のメカニズムと大型野生生物の商業利用が基本的に両立
>しないという、1980年代以降の資源管理論主流の考え方からすれば
>わりと普通の発想でしょう。

>その場合、法律や条約で直接「近代産業の論理でXXを捕獲、採取することを
>禁ず」という表現をとりたくないというのが普通の自由主義の発想で、
>具体的な細目規制条項で事実上「近代産業の方式が伝統的生業を換骨奪胎
>するのを阻止する」という立法者の意思を実現します。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=35892

↑の文節の後にも例によってゴニョゴニョ言い訳めいた科白が並んでますが、
つまり

「改定管理制度RMS」とは「商業捕鯨させない為だけに作ってるルール」

という事なんだな(^ω^;;;;知ってたけどw

そんな物の成立に、商業捕鯨を行いたい国が唯々諾々と協力する訳が無い。
馬鹿か?w

だからね、現在反捕鯨国が無茶苦茶な要求でRMS交渉を長引かせてるのは
Nっちの白状したとおり、「永遠に商業捕鯨再開させない為」の単なる
「牛歩戦術」wなのよねん♪
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「RMSは実質商業捕鯨させない為の縛りだ」と認めつつ、

「日本がRMS制定に積極的でない(アタリマエだよ馬鹿w)」と謗り、

本来のRMS(管理方式RMP運用の監視)の役割を果たさせる様な
(法の抜け穴を塞げる)条項を盛り込もうともしないのを知ってて尚、

「RMPがあっても法の抜け穴を掻い潜られる可能性があるんだからッ!!」

と平気な顔して書いてしまう。

しかも何度指摘しても同じ事を書いてしまう・・・

ねぇNっち、そんなんで一体誰が騙されると思う?

この投稿↓と併せて読んでね♪

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/28 08:18 投稿番号: [37548 / 62227]
環境詐欺師のNっちがナンボほど嘘マヤカシばかり書いてるか、は皆さん御承知の通り・・・♪↓

ハイ、もう一つ言っておけば、

>>RMPやSLAでは持続的な捕獲の許容範囲は科学的に概ね保障できる

>たとえ資源量やその動態特性がかなり正確にわかっていて、たとえば
>太地や熊野、土佐、山口、九州の捕鯨者が精密に捕獲枠を配分し、
>協定を遵守していても、協定外の誰かがどこか遠くの海で同じ鯨の
>系群から「ワシらにも権利があるはずだ」とつぶやきながら捕獲したら、
>資源は大崩壊するでしょ?


「協定外の誰か」とは「IWC未加盟の国」の事なので、その様な国が

「ワシらにも権利があるはずだ」

と考えて勝手に捕鯨する可能性がある、というのならば一体何故「今現在」やってないの?

IWC加盟してないんだからモラトリアム解除なんか待たなくていい、勝手にやっていいんだよ?どうして今現在やってないの?

Nっちが前投稿を無かった事にして「モラ解除後は脱法的に捕獲した鯨肉も正規捕獲品に紛れて流通しちゃうから」なんて言う事が予測つくから書いておくと、モラトリアム「解除前」でも「解除後」でもDNA管理によってIWC加盟の捕鯨実施国に「売る事が出来ない」・「買わせない」制度を作っておけばいい、というだけの事です♪↓(前投稿)

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

・商業捕鯨実施国はIWC加盟国名義以外での捕獲によるミンク鯨肉の
  持ち込み・流通・販売を禁ず。
・商業捕鯨実施国はIWC加盟国以外の生産によるIWC管轄鯨種鯨肉の
  輸入・流通・販売を禁ず。

なんてのをRMSに盛り込むだけで完全に解決できる。
IWC加盟国捕鯨会社の海外子会社だろうが、非加盟国の会社だろうが
これがあれば本来算出されたRMP捕獲枠以外の捕獲をしても、捕鯨
会社の利益増にはつながらないし、日本での販売を目論んで勝手に
捕る、なんて宛も外れる。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

勿論、IWC加盟非捕鯨実施国が輸入する分も同じくDNAで監視するだけでいいし、他の未加盟国自身の国内流通、或いは未加盟国同士の流通なんか彼等がやりたかったらとっくにやってる筈だけど、現にやってないという事はその採算性・必要性の無さが原因なので「心配後無用」という事なんだな♪

Nっちはさぁ、「日本はRMS制定に積極的でない」なんて矢鱈と言いたがる割には実効性のあるRMS条項を提案しようともしない反捕鯨国には全く無批判なんだよねぇ・・・

所謂「非合法」ではない故、簡単に起こりうる「脱法捕鯨・脱法流通」を未然に防ぐ為の条項なんか最優先でRMSに盛り込まれるべきなのに、その様な提案をしない、という異常な事態への批判は全くしない・・・

そして無駄に大仰でカネばかり食う衛星監視や追跡調査ばかり(しかもその費用のほぼ全ては日本持ちw)条項に盛り込むべし、といって「日本がそれに積極的でない」(アタリマエだよ馬鹿w)と言って非難する・・・

今現在勝手にやっていい筈の未加盟国がやってない以上、

「商業再開⇒鯨類資源崩壊」

なんてほぼ有り得ない図式だし、それを未然に防止する為に制定するRMS交渉が健全に執り行われさえすれば捕獲による鯨類資源への脅威なんかゼロに出来るのに、何故かNっちってば、まるでこの話題の時はRMSの存在を忘れてるが如き態度なんだけどw

「RMS」って一体何の為に制定しようとしてるのか、をもう一度よ〜〜〜く考えてみましょうね♪

Re: NHK「日本くじら物語」←提灯番組!

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/28 08:13 投稿番号: [37547 / 62227]
>観てねえやつの妄想に付き合ってる暇はねえよ。

たしかにねえw

ネコさんのところへいって見たらNHK教育の担当者がとんでもないこと
言ってるのでおどろきました。こっちのほう相手にしたほうがいいね。
しかし引用文献が全部、査読文献はずしてるっていうの、びっくりするね。

たとえば
|森田勝昭著「鯨と捕鯨の文化史」では(P316)「日本列島の鯨組が、なぜ
|不漁に悩むようになったのだろうか。(中略)
|1820年代以降、アメリカを中心とする帆船捕鯨船団が日本近海でマッコウ鯨や
|セミ鯨を捕獲した結果資源量が減少し

て、査読論文じゃないから平気で日本近海のセミクジラ漁の開始時期前倒し
してるし。

>3倍食べるということに関しては99年3月鯨類研究所の大隅清治博士と
>田村力博士によって発表された「世界の海洋における鯨類の食物年間消費量」
>という科学論文があります。

と、これも査読論文じゃないからまともな学術レベルで批判に合うことが
少なく、批判論文も国際査読論文誌に載りにくいという状態だったんだね。
そのために逆に無責任な宣伝で大手を振って利用されたという曰く付きの
文書だ。こういう狡いスキの突き方にまともな研究者は苛立つな。

>1986年の商業捕鯨モラトリアム実施以降、年率4%程度増えていることが
>知られるくじらは

も、今年のIWC専門家パネルに提出した日本側の論文で自分で否定してるのに
いっさいおかまいなしだなあ。鯨研の論文とか、全然読んでないんでしょうね。

これは前にここでもやったけどSC/J09/JR21、’Development of an ecosystem
model of the western North Pacific’ Mori, M., Watanabe, H., Hakamada, T.,
Tamura, T., Konishi, K., Murase, H. and Matsuoka, K.
という論文で自己崩壊しちゃってる点ね。鯨資源をガタガタにするほど捕鯨する
わけにはゆかないし、かといってガタガタにしなければ「鯨が減れば魚が増える」
という結果が出てこないというジレンマに陥ってるのです。

でも苦し紛れに出した結果が21頁の表ね。
今後50年間ミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラそれぞれ4%づつ
捕鯨すると、50年後にはおのおの6.7% 、50.2%、44.9% 減少するという
シミュレーションになってます。

これまで年率4%で増えてたんなら、「利子の分だけ捕ってりゃ減らない」という
水産庁理論によるならば、こんなに減るはずがない。

もう至る所で矛盾しちゃってます。

この投稿↓と併せて読んでね♪

投稿者: koimo0072 投稿日時: 2009/08/28 08:12 投稿番号: [37546 / 62227]
>商業捕鯨である以上、自分のところで資源枯渇化傾向に気付いて捕獲を
>手加減しようと考えても、別の集落やカンパニーが従来通りの捕獲を
>続けていたら、自分のところだけ自粛しようというインセンティブが
>働かないということです。

ねぇねえNっち、RMSは何の為に作ってるの?監視・管理制度があってもそれが破られるから駄目だ、と言うのならばRMS交渉は何の為にしてるの?

また、「別の集落・カンパニー」(これ等がIWC未加盟国だとは遭えて書かないのが詐欺師Nっちのテクですなぁw)が、「今現在」捕鯨をやってないのに、モラ解除後に急に捕鯨始める理由はナニ?w↓

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4 c0a1aa&sid=1834578&mid=35932

>だけど、IWCに加盟してない国が自国海域で勝手に獲ったらどうなるか
>という問題があります。これは現在の捕鯨条約では解決されてません
(国連海洋法条約では一応解決してるのだけれど、日本政府はそういう
>解釈してないように見えます)。

>で、もっと露骨に、IWCの枠内で目一杯捕鯨してる国の捕鯨会社が、IWC
>非加盟国に子会社つくって、枠外でも盛大に捕鯨して自国へ持ち込んだら
>どうなりますか?

これこそRMSの規定に盛り込んで実質上記のような事を捕鯨国が出来なく
なるように縛り付ければいい。

要はココでNっちが開帳してる商業化後の危惧原因なんかは「混獲・
衝突死・座礁」みたいな捕鯨国の生産活動と無関係に起こりうる事象
原因の「ハンデ(実質ペナルティ)」とは違って明らかに脱法的に正規
割り当て捕獲枠を超過して生産数を上げようとする行為なんだから

・商業捕鯨実施国はIWC加盟国名義以外での捕獲によるミンク鯨肉の
  持ち込み・流通・販売を禁ず。
・商業捕鯨実施国はIWC加盟国以外の生産によるIWC管轄鯨種鯨肉の
  輸入・流通・販売を禁ず。

なんてのをRMSに盛り込むだけで完全に解決できる。
IWC加盟国捕鯨会社の海外子会社だろうが、非加盟国の会社だろうが
これがあれば本来算出されたRMP捕獲枠以外の捕獲をしても、捕鯨
会社の利益増にはつながらないし、日本での販売を目論んで勝手に
捕る、なんて宛も外れる。

Nっちがココで言ってるような危惧が反捕鯨国側に有るのならば一体
何故下らない議題ばかりで無駄に時間稼ぎしてないでこの様な条項を
提案しようとしないのだろうね・・・?(^ω^;;;;
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
・過去に海外子会社を作って法の抜け穴的な操業で生産量を上げた、と。

・予防的原則的な事を考えると、モラ解除後にはミンク鯨肉を貿易品目
  として扱えるからIWC非加盟国が勝手に捕ったミンクを日本で捌ける、と。
(現時点で非加盟国が日本市場目当てで密漁「しない」薄い薄い根拠がコレw)

所謂「非合法」ではない故に、行われる可能性が高い、こんなにも
予想し易い、「資源に対する悪影響を及ぼしかねない事例」を未然
に防止する為の「管理制度」がRMSじゃないの?

それが何故この様な実効的な条項についての話し合い・提案を全く
せずに捕鯨国が到底合意する筈も無いような、折角の利益を削らせる
だけような提案ばかりするのかな?
CCAMLRにも国際海洋法にも優先して鯨資源利用を監視できるのがRMS
でしょ?
何故日本に金を使わせる条項ばかりに腐心する?

商業再開時の日本に過剰な費用負担を科す事で実質商業再開を阻むのが
反捕鯨国の狙いである、というのはNっちが言うにはホルトさんはじめ
反捕鯨派・国の本音である、と聞けば全く完璧に腑に落ちる話ではある
けどねぇ・・・(^ω^;;;;w

Re: 19世紀北太平洋ヤンキー捕鯨セミ鯨漁

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/28 07:45 投稿番号: [37545 / 62227]
>貴方は”(IWC報告1986年セミ鯨特別号33頁つづき)”において、
>ミナミセミクジラを獲っていた事実は了解済だと思ってましたが?。

南半球で大規模にミナミセミクジラを捕っていたのは18世紀ではなく
19世紀で、もちろんマッコウクジラよりはるかに少ないし、米国の
比率も他の海域より相対的に低いです。なんでもアメリカのせいという
わけにはゆかない。商業主義的な拡張ドライブが成長率の遅い資源の
崩壊を招くのです。
____(1)_(2)_(3)_(4)_(5)_(6)_(7)_(8)__合計
1815-9__31__ー___ー___ー___ー___ー____1,298__ー__1,329
1820-4__51__ー___ー___188___ー___ー____ー___ー___239
1825-9__18__ー___5___587___24__ー____ー____ー___634
1830-4__862__ー__536__1,388__610__ー_____675__ー___4,071
1835-9_1,349__ー_2,282__3,512__1,015___ー___3,026_2,723__13,907
1840-4__46__ー__1,686__2,799__787___ー___4,808_1,148__11,274
1845-9__24__ー___316__597__624___ー____2,568__ー___4,129
1850-4__ー__ー___170___92__76___ー_____282__ー____620
1855-9__ー__ー___10____9__168___ー____431___ー___618
1860-4__ー__ー___42___28___29___ー____520___ー___619
1865-9__ー__ー___26___3___25___ー____103___ー___157
1870-4__ー__ー___28___1___18___ー_____68___ー___115
1875-9__ー__ー____7___8___56___ー_____7___ー___78
1880-4__ー__ー____5___6___56___ー____122___ー___189
1885-9__ー__ー____5___6___56___ー____432___ー___499
1890-4__ー__ー____ー__ー___ー___ー____100___ー____100
1895-9__ー__ー____ー__ー___ー___ー_____ー___ー___ー_
1900-4__ー__ー____ー__ー___ー___ー_____ー___ー___ー_
1905-9__ー__ー____ー__ー___ー___13_____20___ー____33
1910-4__ー__ー____ー__ー___ー___50_____ー___ー____50
1915-9__ー__12____ー__ー___14___ー_____ー___ー____26
1920-4__ー__7____ー__ー___12___ー_____ー___ー____19
1925-9__ー__26____ー__ー___6___ー_____ー___ー____32
1930-4__ー__48____ー__ー___3___ー_____ー___ー____51
1935-9__ー__56____ー__ー___ー___ー_____ー____ー___56
1940-4__ー__1____ー__ー___ー___ー_____ー____ー___1
1945-9__ー__0____ー__ー___1___ー_____ー____ー___1
1950-4__ー__0____ー__ー___1___ー_____ー____ー___1
1955-9__ー__7____ー__ー___1___ー_____ー____ー___8
1960-4__ー__1____ー__ー___ー___ー_____ー____ー___1
1965-9__ー__3____ー__ー___ー___ー_____ー____ー___3
Total__2,381_161__5,118_9,224_3,582___63___14,460__3,871_38,860

(1)フランス、チリ沿岸捕鯨、(2)チリ&ペルー、(3)南オーストラリア、
(4)タスマニア湾内捕鯨、(5)ニュージーランド湾内捕鯨、(6)キャンベル諸島、
(7)米国捕鯨、(8)フランス捕鯨
(ソース: REP. INT. WHAL. COMMN (SPECIAL ISSUE 10)   REPORT OF THE
WORKSHOP   30頁)/ SOUTH PACIFIC RIGHT WHALE CATCHES, 1815-1969
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