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Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文

投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 07:58 投稿番号: [37571 / 62227]
山口県の北岸でも捕鯨は営まれていた。東の通(かよい)と西の
川尻がこれにあたる (Tokumi, 1957; Tada, 1978)。

現在長門市に含まれる通では向岸寺という寺に、捕獲した鯨それぞれの
仏教名が記録として保存されている。これにより、鯨種別の捕獲
状況が得られる(Kimura, 1956)。1802年から1850年にかけて
308頭の鯨が捕られ、116頭がナガスクジラ、105頭がザトウクジラ、
59頭がセミクジラ、28頭がコククジラだった。一年平均では6.3頭
が捕獲され、セミクジラは19%だった。

川尻では捕獲統計が鯨種別に10年集計で、捕鯨の始まった
1699年以降1901年まで利用可能である(Anon., 1890; Tada,
1978)。この統計は付表2と要約で第3表に示してある。

川尻の捕鯨は19世紀中頃まで主要にザトウクジラとセミクジラ
を捕獲しているが、1859年以降この両種、特にセミクジラの
減少が著しく、1884年以後はセミクジラはまったく捕られて
いない(Tada, 1978)。この両種の減少を補完する形で1859年
以降ナガスクジラの捕獲が増えている。

通と川尻の他、山口県では萩市北西45kmの小島嶼集落、見島
等、いくつかの村で捕鯨が行われていた。これらの漁村での捕鯨
は1680年頃はじまり、19世紀のおわり頃まで続いたが、やや
小規模なものだった。残念ながら捕獲の詳細はわからない。

九州西岸の多くの場所でも捕鯨は行われていた。
九州の捕鯨は手銛を用いた小さな鯨組で始まった。網取り
の発明以来、この技術は九州西岸一帯に広がり、ここが
もっとも繁栄した捕鯨地帯となった。

___________
Table 4
川尻における各年の鯨一頭あたり価格
インデックスはザトウクジラを1とした比率
子鯨に関しては鯨種の区別が無い
Average price in year per whale, Kawajiri, 1879-1888 (Anonymous,
1890). For the Index, the humpback = 1. No distinction to species is
made for calves

Species___Price___Index______Species__Price__Index
Right______4,362___3.09_______Gray____479___0.34
Hump back_1,411___1.00_______Calves____44___0.03
Fin________1,044___0.74

鯨種_______価格__インデックス
セミクジラ___4,362___3.09
ザトウクジラ__1,411___1.00
ナガスクジラ__1,044___0.74
コククジラ____479___0.34
子鯨_______44___0.03
___________________
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