Re: セミ鯨枯渇原因1986年大村論文
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/08/29 08:04 投稿番号: [37574 / 62227]
すでに述べたように、セミクジラの捕獲数は19世紀後半に
日本の西岸および南岸の双方で著しく低下した。これは
アメリカの捕鯨船の操業に起因すると考えられる。
日本グラウンド(マッコウクジラ漁場)は1820年頃発見され、
アジア沿海沖合での北のセミクジラ漁は日本海からオホーツク
海の先端およびカムチャツカ半島の東側に沿って広がったが、
これには千島列島東側で東経170°にまで至る顕著な沖合捕鯨
も含まれるということはタウンゼント(1935)のチャートC
が示すところである。
柏原(1891)によると、九州の捕鯨は天保(1830)のはじめから
弘化、嘉永(1844-48)にかけて最も繁栄したが、捕獲数は安政
(1854)から減少し、慶応(1865)と明治(1868)の頃に
最低となった。この減少は北方における外国捕鯨船の操業に
よって起った。
嘉永および安政年間には外国の銛に当たった鯨の死骸や、
皮脂をはぎ取られた鯨の死骸が九州の五島列島に漂着した。
日本沿岸直近で外国捕鯨船が操業したという記録は存在し
ない。
日本の近代スタイルの捕鯨は1893年、Saikai-maruが建造された
時に始まる。これは木造船であり3頭の鯨を捕獲した(Akashi,
1910; Tonnessen and Johnsen, 1982)。
近代捕鯨は最初に朝鮮半島東水域、九州西部、本州南沿岸で
行われたが次第に三陸(本州東北部)、北海道南沿岸、そして
千島列島へシフトした。すなわち冬漁場から夏漁場への移行
である。
笠原(1950)は1911年以降日本周辺で行われたすべての捕鯨
の統計を示しており、捕鯨漁場を16海域に区分している。
海域を簡略化して表6にセミクジラの捕獲を示した。
セミクジラは千島列島から三陸にいたる海域で最も多く捕獲
されており、これに続くのが本州南部と四国である。小笠原
諸島周辺でもいくらかのセミクジラが捕られている。これら
すべては太平洋個体群に属する。
オホーツク海での唯一の捕獲は1931年の8頭のセミクジラのみ
であり、これに1968年の科学的調査目的のための2頭が加わる。
九州西沿岸では4頭のセミクジラが捕られたのみである。朝鮮
沿岸沖合では1頭のセミクジラ捕獲だが、1955年と1963年の
間に黄海の Hai Yang島付近で、中国の捕鯨者により2頭のセミ
クジラが捕獲された(Wang, 1978)。以上から日本海個体群が
太平洋個体群より強く削減されたと結論しうる。
1956年から1968年の間に鯨類研究所は13頭のセミクジラを
科学調査のために捕獲することを認められた。調査結果は大村
(1958)および大村他(1969)において報告されている。
これらのクジラのうち1頭は三陸、鮎川、1頭は北海道南岸
キリタップ、2頭が稚内あるいはオホーツク海で捕獲された。
残りの内訳は3頭がアラスカ湾、6頭がベーリング海である。
日本の漁獲で捕られるすべてのクジラは地域的に完全に利用
され、他国とのクジラ製品取引は知られていない。しかがって
これらの捕獲数は他国の生産高から導かれるものとは独立である。
日本の西岸および南岸の双方で著しく低下した。これは
アメリカの捕鯨船の操業に起因すると考えられる。
日本グラウンド(マッコウクジラ漁場)は1820年頃発見され、
アジア沿海沖合での北のセミクジラ漁は日本海からオホーツク
海の先端およびカムチャツカ半島の東側に沿って広がったが、
これには千島列島東側で東経170°にまで至る顕著な沖合捕鯨
も含まれるということはタウンゼント(1935)のチャートC
が示すところである。
柏原(1891)によると、九州の捕鯨は天保(1830)のはじめから
弘化、嘉永(1844-48)にかけて最も繁栄したが、捕獲数は安政
(1854)から減少し、慶応(1865)と明治(1868)の頃に
最低となった。この減少は北方における外国捕鯨船の操業に
よって起った。
嘉永および安政年間には外国の銛に当たった鯨の死骸や、
皮脂をはぎ取られた鯨の死骸が九州の五島列島に漂着した。
日本沿岸直近で外国捕鯨船が操業したという記録は存在し
ない。
日本の近代スタイルの捕鯨は1893年、Saikai-maruが建造された
時に始まる。これは木造船であり3頭の鯨を捕獲した(Akashi,
1910; Tonnessen and Johnsen, 1982)。
近代捕鯨は最初に朝鮮半島東水域、九州西部、本州南沿岸で
行われたが次第に三陸(本州東北部)、北海道南沿岸、そして
千島列島へシフトした。すなわち冬漁場から夏漁場への移行
である。
笠原(1950)は1911年以降日本周辺で行われたすべての捕鯨
の統計を示しており、捕鯨漁場を16海域に区分している。
海域を簡略化して表6にセミクジラの捕獲を示した。
セミクジラは千島列島から三陸にいたる海域で最も多く捕獲
されており、これに続くのが本州南部と四国である。小笠原
諸島周辺でもいくらかのセミクジラが捕られている。これら
すべては太平洋個体群に属する。
オホーツク海での唯一の捕獲は1931年の8頭のセミクジラのみ
であり、これに1968年の科学的調査目的のための2頭が加わる。
九州西沿岸では4頭のセミクジラが捕られたのみである。朝鮮
沿岸沖合では1頭のセミクジラ捕獲だが、1955年と1963年の
間に黄海の Hai Yang島付近で、中国の捕鯨者により2頭のセミ
クジラが捕獲された(Wang, 1978)。以上から日本海個体群が
太平洋個体群より強く削減されたと結論しうる。
1956年から1968年の間に鯨類研究所は13頭のセミクジラを
科学調査のために捕獲することを認められた。調査結果は大村
(1958)および大村他(1969)において報告されている。
これらのクジラのうち1頭は三陸、鮎川、1頭は北海道南岸
キリタップ、2頭が稚内あるいはオホーツク海で捕獲された。
残りの内訳は3頭がアラスカ湾、6頭がベーリング海である。
日本の漁獲で捕られるすべてのクジラは地域的に完全に利用
され、他国とのクジラ製品取引は知られていない。しかがって
これらの捕獲数は他国の生産高から導かれるものとは独立である。
これは メッセージ 37573 (aplzsia さん)への返信です.
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