南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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冬、凍えたキューピッド

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/02 12:06 投稿番号: [6327 / 41162]
>日本軍が100%パーフェクトだったとは思っておりませんが、シナ軍やアメリカ軍やソ連軍などと比較した場合はいかがですか?

日本軍全般がヨーロッパ人にとって「捕虜虐待」で名をなしているのは、
私は実はあまり「虐待」はなかったんじゃあなかろうかと思っているのです。

というのが、ハーグ法やジュネーブ法での捕虜の扱いの基準は
「捕獲国の将兵と同等の待遇」というのが原則ですからね。
食い物が英米軍のと違うからけしからんというのは言いがかりですし、
自軍の兵士の管理は、ぼやぼやしてやる気のない奴は怒鳴りつけたり
殴ったりして管理するのが当然だったわけですから、これは虐待でない
という認識があったとしても責められない。
この辺は本来なら、虐待ではないのだと思います。
自国の兵士と同等の待遇なんですから。

日中戦争では、日中双方とも基本的に捕虜殺害が当然だったわけで、
当然捕虜が少ない日本軍に対して、大量の捕虜を出した中国軍が
捕虜大量虐殺の被害者になるわけです。
だから、捕虜の大量虐殺は実際にあった。

また、中国の民間人に対する暴行や物資の掠奪は日中戦争全般について
横行していたようですが、南京戦では特に多く行われたと言うことは、
当時の軍幹部の日記や記録に、実状を嘆く言葉が多く残されていることからも
明かです。

全体を比較すれば、たとえば東部戦線の人命の浪費に比べて、日本軍が特に
残虐な軍隊だったとは思いません。
スターリングラード戦なんかと比べると、カワイイもんです。
ですが、南京攻略戦での行いは、明らかに日本軍制史上の一大汚点であることは
間違いないでしょう。
日本が近代史上で引き起こした最大の虐殺事件であることも明白です。


「史上最悪の虐殺事件」みたいに言われると、「いやそれは   (^^;   」と
思いますけどね。

種播く人

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/02 11:34 投稿番号: [6326 / 41162]
>自ら呼んで「薫り高いコーヒー」のつもり。

「薫り高いコーヒー」VS「美味しいコーヒー」
期待しております   (^^


>ja2047君は、気づき始めたようだ。
だから、スローダウン宣言したのだろう。
すでに、別のトピに別ハンで、投稿し始めているのではないか。

こういうのとか
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834566&tid=ht9t5a1a4nhta4s2sa4kc0oah1g2h&sid=1834566&mid=87
こういうのとか
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=a5dfa5ja5bfa5ja1bca5dfa5ka5aa5ea5a2a 1aa&sid=1835559&mid=86
こういうのとか    (^◇^
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=c0oah1g2ha4r8la4ma4a6&sid=1835559&mid=1103



>支那の心理戦争開始は、かれこれ、四十年も前に遡るだろう。
まず日本の新聞記者に対する働きかけとなって現れた。
>これに取り込まれたのが、ご存知
朝日新聞と本多勝一だ。
多くの日本人が洗脳された。
>ところが、これが日本国内でほぼ全面的に論破されたのを見て、
支那が次に繰り出してきた作戦は、
アイリス・チャンを利用した、改作である。


無茶苦茶ですがな   (^O^

どちらにしても、私はトンデモやプロパガンダの部分を削ぎ取った事実の方に興味があります。
アイリスチャンの著作自体は、「南京事件伝説総集編、英語版」に過ぎません。

今日の英語文化圏における南京事件の認知には一役買っただろうけど、
中国には取り立てて新しい情報はなかったろうし、
日本ではアイリスチャンのカウンターパートである東中野センセを儲けさせただけで、
実証的な意味はほとんどなかったでしょう。

心理戦争

投稿者: cafearomatiser 投稿日時: 2005/07/02 10:56 投稿番号: [6325 / 41162]
元「中国万歳」です。
亡命して、日本に帰化しました。
自ら呼んで「薫り高いコーヒー」のつもり。
不味いコーヒーではありませんよ。

さて、asdll58、nmwgipの両氏、
それに、「一つ覚え」のja2047、
その友達である枝葉末節居士の両君が
一貫して、理解できなかったこと。

それは支那が発動して久しい
心理戦争の実在だ。

支那による心理戦争が
目覚しい効果を発揮したのが
今年の四月。

アメリカ、イギリス、ロシア、フランスを始め、世界各国で
ナチスの蛮行に匹敵する旧日本軍の蛮行なるものが、
ニュースや解説、評論などの形式で報道された。

この一点に注目すれば、
日本が「四面楚歌」の状態にあるという指摘は、
過言でもなければ、「語弊がある」わけでもない。

日本は心理戦争に負けた。
結果として、今年四月二十四日、
小泉純一郎首相は、今一度胡菌痘に「謝罪」せざるを得なかった。

支那の心理戦争開始は、かれこれ、四十年も前に遡るだろう。
まず日本の新聞記者に対する働きかけとなって現れた。

これに取り込まれたのが、ご存知
朝日新聞と本多勝一だ。
多くの日本人が洗脳された。

ところが、これが日本国内でほぼ全面的に論破されたのを見て、
支那が次に繰り出してきた作戦は、
アイリス・チャンを利用した、改作である。

支那丸出しで学術的検討に耐えられるしろものではなかったが、
かえって予期以上の成果を挙げた。
ナチスと戦った歴史のあるキリスト教文明圏の
人々の感性(理性ではない)に合致したからだ。
彼らは、支那的なものと日本的なものの区別できない。

このプロパガンダは、今や
イスラム文化圏にも広がる勢いを見せている。
アルジャジーラの報道に見る通りだ。

皮肉なことに、日本では、南京問題に詳しい人ほど、
心理戦争の効果の程が見えない。

このトピに参加している人だと、
asdll58氏が好例。

nmwgip君に至っては、
わけもわからないまま、駄々をこねてきた。

ja2047君は、気づき始めたようだ。
だから、スローダウン宣言したのだろう。
すでに、別のトピに別ハンで、投稿し始めているのではないか。

私は、yousunwaiさんらに期待している。

支那の仕掛けてきている心理戦争に
どう立ち向かうべきか、
実はまだ、私にも答えがない。
これから材料を出し合い、討論・議論ができればと願っている。

晩鐘

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/02 09:09 投稿番号: [6324 / 41162]
マーそう言うことで、撤収とは言わないまでも、
ここらで少しスローダウンさせてもらいます。

また、覗きに来ますので。

落ち穂拾い  3)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/02 09:05 投稿番号: [6323 / 41162]
>まだ「石川達三氏の発言が生涯一貫している」とお考えですか?

ちょっと言葉が足りなかったかな、というか、私の表現が
曖昧であったのかもしれません。
元の発言はこうでした。

msg6214
たとえば、戦時中沈黙していた人が戦後になると急に喋り出す。
あるいは、戦後沈黙を守っていた人が、晩年に自分の体験を語る。
そういうのは、なんかありがちな話なので、理解できます。
だが彼は、生前一貫して同じことを語っている。
周囲の状況に流されてものを言っているようには見えない。
晩年のインタビューについては、
「何万の死体の処理はとても二、三週間では終わらないと思います。」
と回答しているのですね。
なるほど、石川が南京の街路で見た死体は「大変なもの」ではあったが、
「何万」とか何十万とかの数ではなかった。
そう言うことなら辻褄が合います。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6214

なにやら、石川達三が事実として見たこと、語ったこと、の部分と
石川達三の作家としての姿勢、自らに課した立場を峻別しない
表現になっています。
これは、私の思考の明晰さの欠如を示すもので、恥ずかしいことではあります。

「生前一貫して同じことを語っている。」とは、
軍に対する協力度のことではなくて、その回想に
「南京市民は難民区に収容され、町の中にはゴロゴロと死体がころがっていて、
死の町という言葉がピッタリでした。」とあり、
(中攻文庫版半藤一利氏の解説による、出典未確認)
「生きている兵隊」に「大通りにもまだ死体がころがっていた」と書き、
戦後の新聞インタビューで
「入城式に遅れて正月私が南京へ着いたとき街上は死屍累々大変なものだった。」
と書いた、このことの一致を言っているのです
これは一貫しているのですよ。

確かに石川は昭和18年を待つまでもなく、昭和13年の武漢攻略戦に従軍して、
こちらでは「反軍的」な姿勢ではない物語を書いているのですが、だからといって
「南京に死体がゴロゴロしていたのはウソでした」と書いたり言ったりしている
わけではない。(と、思います。   まだそれを見たことがない)

だから、「だが彼は、生前一貫して同じことを語っている。」なのですよ。

ちなみに彼の晩年の電話インタビューだと言われる
「何万の死体の処理はとても二、三週間では終わらないと思います。」
にしても、彼が南京の街路で見た死体の数が何万もであってはじめて
前言を翻したことになるわけで、何百とか何千を見たのであれば、
何も矛盾はしないんですよ。

で、南京城内にあった死体の数ですが、東京裁判での中国側資料でさえ、
南京城内全体の死体の数は9342体なのですから、これがそっくり事実としても
石川が何万体もの死体を見ていなくて何の不思議もないのですよ。
そう言うことです。


こういうのは、元々矛盾していないものを、わざわざ矛盾するように解釈して
「見ろ、矛盾してるじゃあないか」と言ってみせるような、
そういうマッチポンプ的な印象操作に過ぎません。

落ち穂拾い  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/02 08:59 投稿番号: [6322 / 41162]
>> あのね、こう言うときに、抑圧的な政権が「事実を書いたのは犯罪行為である」って言うと思いますか?
>> 本気でそう思ってます?

>また推測ですか?

推測じゃあありません。
合理的な判断です。

>では反問しますが、起訴理由が嘘であるという根拠は何ですか?
  ただ単に抑圧的な政権だから、というなら、先入観だけで議論をしているのであって、そこに論理性はありません。

論理的というほど難しいことじゃあない、常識的にに考えて下さい。
ウソを書いたから取り締まられたのなら、「ウソを書いたからいかん」と発表します。
事実を書いたものを取り締まるときに「事実をバラしたからいかん」と言いますか?
「虚構の事実を恰も事実の如くに空想して執筆した」という起訴理由は、それが
実際に「虚構」であったと言うことの裏付けにはならない、そういうことです。

これが、旧ソ連や、ナチスドイツや、現代中国の話であれば、何の疑いもなく
納得してもらえると思うのですけどね。
例え戦前でも、(いや、かえって戦中、戦前の方が)
日本の話になると、なぜか急に冷静な思考が出来なくなる人がいますね。


>> だから、ソ連には報道の自由があったという人がいたら、私信用しませんが。
>ソ連を同列に論じたかったら、橋本氏のように「ソ連では書きたいことが書けた」という証言者を捜してくるんですね。

これもなのですね。
元々はあなたの発言
>>>大体彼の書いたものはフィクションですよ。フィクションに誇張や単純化はつきものです。それが咎められたからといって、報道の自由が全面的に無かったという証拠になるとは考えられないですね。

に、対して、私が

>>ソルジェニーツィンやパステルナークの書いたのは、ありゃあ小説ではなかったですか?
だから、ソ連には報道の自由があったという人がいたら、私信用しませんが。

と言ったわけですよ。
「取り締まられた例はフィクションであるから、報道の自由がなかった証拠にならない」
という論理のおかしさを指摘したまでです。

そもそも、石川達三が逮捕されたのは、新聞紙法の
「第四十一条   安寧秩序ヲ紊シ又ハ風俗ヲ害スル事項ヲ新聞紙ニ掲載シタルトキハ」
に、対する違反なのだし、これまでにも、私は当時の言論統制を物語る資料を
紹介しています。

1937年9月9日、陸軍省報道検閲部局「新聞掲載事項拒否判定要領」
(以下のような記事は掲載してはならない)
・「我軍に不利なる記事写真」
・「支那兵または支那人逮捕尋問等の記事写真中、虐待の感を与えるおそれあるもの」
・「惨虐なる写真、ただし支那兵または支那人の惨虐性に関する記事は差し支えなし 」

とかね、   他にも
1937年7月13日、内務省警保局図書課「時局に関する記事取扱に関する件」
1937年8月2日、憲兵司令部警務部長通牒「時局に関する言論、文書取締に関する件」
など、報道規制の通達はいろいろと出ています。
大新聞はこれを受けて、時局に相応しくない記事は掲載を控えていますが、
小規模な業界紙のようなものは、取り締まられた例もあるし、
海外報道は頒布禁止です。   この辺、当時の「出版警察報」のような報告書には
取締のリストが残っていますよ。

だから、現に記者達は「書けなかった」と言ってます。   こんなふうに。

今井正剛氏『南京城内の大量殺人』より
  何万人か知らない。おそらくそのうちの何パーセントだけが敗残兵であったほかは、
その大部分が南京市民であっただろうことは想像に難くなかった。
揚子江の岸壁へ、市内の方々から集められた、少年から老年にいたる男たちが、
小銃の射殺だけでは始末がつかなくて、東西両方からの機銃掃射の雨を浴びているのだ。
  「うっ、寒い」
  私たちは、近くから木ぎれを集めてきて焚火をした。
  「さっき、支局のそばでやってるとき、自動車が一台そばを通ったねえ」
  中村君がそういった。
  「毛唐が乗ってたぜ」
  「あれは中国紅卍(まんじ)会だろうと思うな。このニュースはジュネーブへつつ抜けになるな」
  「書きたいなあ」
  「いつの日にかね。まあ当分は書けないさ。でもオレたちは見たんだからな」
  「いや、もう一度見ようや。この眼で」
  そういって二人は腰をあげた。いつの間にか、機銃音が絶えていたからだ。
(『目撃者が語る日中戦争』P57〜P58   =   初出『特集・文藝春秋』昭和31年12月)

落ち穂拾い  1)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/02 08:58 投稿番号: [6321 / 41162]
>さて、次はダーディン記事ですが、まず論点を整理します。

>(1)物証、傍証が無ければ100%真実とはいえない、という意味においては、撹乱工作に関する記事もダーディンの記事も同等である。

前半は、論理的にはそうであると言われれば、そう言うことになるのですが、
後半の実際面の話で「トンデモ」になっちゃってます。
「攪乱工作隊記事」には別の裏付けはありませんし、
ダーディン記事は、他の記者の記事や、安全区委員達の記録とは
おおむね一致しています。
日本側の参戦者の記録で、対立するように読めるものもなくはないですが
一致するものもあるので、傍証は十分にあるわけです。

>(2)ダーディンの記事の信憑性が多数の外国人の一致証言に依存するならば、ダーディンの記事の内容に反する反対証言を大幅に上回る量の一致証言が必要である。

「ダーディンの記事の内容に反する反対証言」との比較は、きちんと
やる必要があるでしょうね。
「私は見なかった」、「私は聞いていなかった」というのは、
肯定的な裏付けにならないだけであって、真っ向から信憑性を
否定する証言ではありません。
「昨日火事がありました」という報道に対して、
「私は何も聞いてませんでした」とか、
「近所を車で通ったけど気が付かなかった」というのは
その人が知らなかったということを示すだけで、
火事がなかったことの証拠ではありません。
で、先にも述べたとおり、その場にいて、ダーディン記事の
内容と同じ事柄を目にした人はたくさんいるわけです。

>(3)十分な量の一致証言が確保できないならば、ダーディン記事は撹乱工作に関する記事と同等の信憑性しか持たないことになり、一方を採用して一方を不採用とすることはダブルスタンダードである。

で、十分な量の一致証言はあるわけです。

>また、新聞報道というものの性質を考えると、次の問題点が指摘できるでしょう。
>(4)報道記事は全てが事実に即していることが必要である。部分的に正しいからといって、事実に即していない部分が含まれていれば、その報道記事は虚報であり、信憑性は無い。

つまりあなたはこう言っているのですよ
「『昨日火事がありました、原因はタバコの火の不始末です』という報道で
原因が実は放火だったら、火事があったという記事は虚報である。」
「新聞報道というものの性質を考えると」   そういう話になりますかねえ。


>> 私はダーディン記事は全体として信憑性が極めて高いと思いますが、
>> 全て間違いないというものではないでしょう。

>   ダーディンの記事の一文一文を検証する必要はありません。
  立証されない部分があることを指摘するだけで十分です。

「一字一句間違いないとお前が証明するまでは、『立証されない部分』がある
したがって、俺が検討するまでもなく、その記事は虚報である。」
と、おっしゃいますか    ε = (- -;)


>末端肥大症

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/07/01 22:54 投稿番号: [6320 / 41162]
>拙者からみると、貴殿は
>末端肥大症。
>森について論じているのに、
>葉っぱを拾って、しかも
>顕微鏡で覗いている。


はぁ?
貴様が張ったリンク先に、731部隊に関する嘘の記述があったから、その嘘を指摘しただけだ。
「末端肥大症」」とか「葉っぱを顕微鏡で覗く」とか頓珍漢なことを言うな。
731部隊が細菌をばら撒いたり生体解剖をしたと言うのは、ホラー小説のネタ以外の何ものでもない。
そのことを説明すると、どうして末端肥大症と言われるのか理解に苦しむ。

まったんひだい‐しょう【末端肥大症】
=   先端巨大症
脳下垂体に良性腫瘍(しゆよう)ができて成長ホルモンの分泌が過剰となり、手足の指先や前額部、下あごなどの骨が太くなる病気。成長期を過ぎてから起こったものをいう。アクロメガリー。

本当に日本人が

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/07/01 22:33 投稿番号: [6319 / 41162]
虐殺されている事実をもっと、日本のマスコミは言って貰いたい物です。

自虐教育の性なんでしょうね。

やっと、まともな教育がなされようとしている事実。

歯がゆいですね。

ま、馬鹿三国がまともな国になった時、日本国が滅ぼされてなければ良いのですが。

自虐日本人が何で声が大きいのでしょうか。

事実あった日本人虐殺を全く無視。

あったか如何かの南京大虐殺を、取り上げ日本人反省せよ。

これは、正しく反日の為のプロパガンダ。

こんなのに負けてはなりません。

陛下に抗議するなら韓国企業ボイコット

投稿者: lancecorporal_zeroro 投稿日時: 2005/07/01 22:10 投稿番号: [6318 / 41162]
タイトルが切れてしまったので、誤解を招かないように・・・

サイパン住民「韓国人が天皇陛下に抗議する

投稿者: lancecorporal_zeroro 投稿日時: 2005/07/01 22:07 投稿番号: [6317 / 41162]
天皇陛下夫妻によるサイパンへの訪問に関してなので、既にこちらでも紹介されていましたらご免なさい。
(先ほど竹島トピにUPしましたが、こちらにも紹介しておきますね。)

-------------------------------------------------------------------------------- ------------------------ -
サイパン住民「韓国人が天皇陛下に抗議するなら韓国企業ボイコット」
日本の天皇陛下夫妻による来週の歴史的な訪問について、北マリアナ諸島のサイパン主島で論争が起ころうとしている。
天皇陛下夫妻が訪問の間、予定の抗議を進めるならば、一部のサイパン居住者は韓国の企業をボイコットすると脅している。 サイパン韓国人協会は、第二次世界大戦の間に日本の極悪さに対する謝罪を天皇に要求するため、抗議をほのめかしている。
サイパン居住者ジョン・ブランコ氏は、韓国人の予定の抗議が次の火曜日に催されるならば、チャモロとカロライナの先住民に島で韓国の企業をボイコットするように呼びかけている。
ブランコ氏はメディアへの声明で、今は日本の明仁天皇陛下や美智子皇后陛下に謝罪を要求する時ではない、といった。
両陛下は6月27日と28日にサイパンを訪問し、第2次世界大戦終結の60回目の記念日を祝う。
ABCラジオオーストラリア
Call to boycott Korean businesses in Saipan over planned protest
http://www.abc.net.au/ra/news/stories/s1400138.htm

>通州事件は本当にあった。

投稿者: motokoumuin2004 投稿日時: 2005/07/01 13:41 投稿番号: [6316 / 41162]
通州事件だけではありません。ざっと上げただけでも、以下の日本人虐殺があります。残酷というより猟奇的。
彼らの国民性です。

尼港事件   大正9年(1920)
南京事件   昭和2年(1927)
済南事件   昭和3年(1928)

http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/06/post_5e77.html

末端肥大症

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/07/01 08:49 投稿番号: [6315 / 41162]
>私の視野は広いです。

そう思っていたらいいでしょう。
拙者からみると、貴殿は
末端肥大症。

森について論じているのに、
葉っぱを拾って、しかも
顕微鏡で覗いている。
挙句、日本では知る人ぞ知る
話を蒸し返している。

貴殿との対話は成立しない。
今後は、レスするつもりなし。
後は、仲間内で盛り上がってよ。

読解力

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/07/01 08:00 投稿番号: [6314 / 41162]
>じゃあこれはどういう意図の元になされた発言だ?
>>だからでしょう。各国の政治家や官僚、それに知識人たちが、日本が悪事を働いたことは事実であるとの前提に立って、意見を表明しています。

そういう考えを抱く政治家らが
外国にたくさんいるのは、
報道の影響だろうと言う意味だ。

「世界中が中国の主張を支持した」なんて、無限定的なことは言ってやせんよ。
戦争中の出来事についての、
外国のマスコミの報道、それに基づくと思われる、
政治からの認識について書いている。

現に、例に出したリー・シェンロン氏が、
安保理問題では、
中国を支持していないことも述べた。

「ごく最近の中国の主張」に触れていないのも当然だろう。我輩の論旨に必要ないもの。

これで、曲解三度目。アンタの読解力不足のせいだ。
あ〜っ、アホクサ。

11>石川達三

投稿者: jun2003sasa 投稿日時: 2005/07/01 07:27 投稿番号: [6313 / 41162]
>戦争に勝っているうちは、自軍の戦争法違反、軍紀違反に
甘くなってしまうのは正しくないのですよ。
自国の軍に、国際法なり国内法なりに触れる行為があれば、
罰するのは本来、脱法行為のあった国でなくてはならないのです。

日本軍が100%パーフェクトだったとは思っておりませんが、シナ軍やアメリカ軍やソ連軍などと比較した場合はいかがですか?

一部合意が取れたようです

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/01 06:41 投稿番号: [6312 / 41162]
>>>(2)元中国兵による撹乱工作がNYタイムス及びチャイナプレスで報道された
>>
>>(2)は、日本軍の発表によるものだから、日本側は宣伝しようとしたのです。

>   日本軍の発表によるものだという根拠をどうぞ。

NYタイムス及びチャイナプレスの1月25日記事は、日本軍の発表だと
書いているので、これを信じるしかないですからね。


>> 価値判断を伴う言葉を文章の上からも頭の中からも外した方が、
>> 冷静に事実を見ることが出来ますよね。

>   そのままそっくりお返しします。

はい、この点は合意が取れたものと信じます。
主張は主張、合意点を探るための事実確認は事実確認と、
明確に分ける姿勢を示して下されば、それでよいのです。


>> 肯定する証拠もないが、否定する証拠もない、といって
>> 無理のある説を許容していたら、世の中妄説を唱えたものの勝ちです。

>   妄想説というのは貴方の「価値判断」に過ぎません。

私はここは原則論を述べています。
一般論としては理解いただけるのではないかと思います。

>最前線で作戦行動中の兵卒にペンとインクで日記を毎日つけるような贅沢の余地はあったのか、ということです。

すべて「ペンとインク」であったかどうかは確認していませんが、
相当数の兵士が「ほぼ毎日」日記を付けていたことは事実と考えています。

>   最前線で、毎日欠かさず?
>   士官ではなく、兵卒が?
>   重要な点はここなんですが。

  読まなかったんですか?

南京戦の場合、前線は幾重にも折り重なっている状態で、あちこちに存在しています。
都城23連隊が常に文字通りの最前線で、毎日死闘の繰り返しであったわけではない
と思いますが、これは、日記の毎日の項の分析をしながらでないと、正確な議論になりません。
問題の日記の一部がここにあります。
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/butaibetu/6D.html#9
「宇和田日記」と歩兵第23連隊一上等兵の従軍日記がそれですね。

私は、保守派の歴史学者でもあり戦史家でもある秦郁彦氏が
宇和田日記の現物写真まで引用して、
「なお虐殺風景を書きとどめた宇和田日記の信頼性だが、都城連隊には、たしかに虐殺はあった、と主張する元兵士(秋山正行伍長)もいるし、確実と考えてよいと思う」
(昭和史の謎を追う(下))
とまで書いているのだから、日記の信憑性については、一般論として
疑いはないのではないかと思います、もちろん、秦氏も現物を詳細に
鑑定した上で言ってるわけではないですし、まして私は現物を見た上で
言ってるわけじゃあないので、
「部外者が一般論として信憑性を疑う合理的な理由はない」
と言うところまでしか言えません。


>>「取るものもとりあえず算を乱して逃げまどった」というのが事実であり、
>>「軍服を脱いだ中国兵が裸で逃げ回った」というケースもあったことを
>>目撃者の記録から引用しようと思ったのですが、ここで時間切れです。

>   必要ありません。
  「軍服を脱いだ中国兵が裸で逃げ回った」というケースもあった、つまりそうでないケースの方が多かった、ということです。
>   商店から衣服が掠奪されたり、民間人に追いはぎを働いた中国兵についての証言もあります。
  日本軍の扮装をした撹乱工作の可能性を論ずる為であれば、少数の中国兵が日本兵の軍服を安全区に持込むことができたということを指摘するだけで十分です。

つまり一般論として可能性が低いという主張は、不可能性の証明ではないと
おっしゃる。
ここまではその通りです。

不可能性が証明されない限り、あったと信じることに何の不都合もない。
という向きには、私は「ちょっと待てよ」と言いたくなりますけどね。


さて、なんか私の方には宿題がだいぶたまっているようですが、私には
いちいち、根拠を挙げて説明しなくてはならないというハンデがありますので、
週末までお待ち下さい。
労力的に、全部回答できるかどうかまで、自信がありません。


10>石川達三

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/01 06:38 投稿番号: [6311 / 41162]
>>身柄を拘束して、抵抗力を奪った後に殺すと、建前上は国際法違反です。
抵抗力があるうちに殺せばいいわけで、この辺当時の日本軍は区別なしに
平気で殺してるのが、あとで問題になったわけです。
>>戦争に勝ってるうちは、何とでも押し通せるのですが、負けたら
非難されることになります。
>>私も、そういうのが正しいと言ってるのではないんです。
それが現実に起こったことだというのは、理解できますよね?

>「そういうのが正しいと言ってない」という事は、正しくないのですね?

戦争に勝っているうちは、自軍の戦争法違反、軍紀違反に
甘くなってしまうのは正しくないのですよ。
自国の軍に、国際法なり国内法なりに触れる行為があれば、
罰するのは本来、脱法行為のあった国でなくてはならないのです。

>本来なら特に日本軍に非があったわけではないという事で意見が一致しました。

一致していません。
私は、あとで国際法上問題となるのはやむを得ないと言ってるのです。


戦前の支那の反日教育と無数の暴力行為

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/30 23:54 投稿番号: [6310 / 41162]
○中支
  1、1935年11月9日、日本海軍准尉の中山秀夫が上海国際租界で射殺された。(本件に関しては第8章で詳細に述べる)
  2、1935年12月20日、漢口で大規模な反日デモ。
  3、1935年12月21日、約1千名の中国人学生が「日本帝国主義を倒せ!」「全ての日本人を上海から追い出せ!」と叫びつつ反日ビラを配布し、上海国際租界の中心部を行進。
  4、1935年12月26日、上海国際租界にある日本海軍の本部公館に爆弾が投げ込まれた。
  5、1936年1月7日、3千人の学生が南京の孫文墓地に集まり、反日デモを行った。同時に、南京の日本総領事館前でもデモが行われた。
  6、1936年7月10日、東京三井物産上海支店の日本人社員が国際疎開で射殺された。
  7、1936年7月18日、中国人暴漢が日本人を殴打し、重傷を負わせた。日本人の女や子供に投石する事件や上海の中国人が日本人に対して行う暴力行為は、日を追うにつれ増加。短期間にそのような事件が20件以上も報告されている。
  8、1936年8月7日、南京の日本総領事館の松村秘書官が上海に到着した際、彼の外交上の地位を承知の上で、中国人税関職員は彼の携行していたかカバンの中を調べた。
  9、1936年8月24日、四川省成都で大阪毎日及び東京日日の特派員ともう1人の日本人新聞特派員が1万人の中国人暴徒(その大部分は少年少女)に襲われ、最も残忍なやり方で殺され、他の2人の日本人が重傷を負った。中国当局は暴動を抑えるための手段を何ら講じなかった。南京の中央政府も同様に無関心だった。四川省当局は必死で証拠隠滅を図り、日本の外務省が成都に派遣した調査団を妨害。日本の度重なる抗議の後8月26日、国民政府は行政部門の特別会議を招集し、日本国籍をもつ者に適切な保護を与えるよう各地方長官に命令を出した。
  10、1936年9月19日、漢口の日本領事館の警官が中国人に射殺された。
  11、1936年9月23日、日本海軍の水兵が上海の街路で射殺された。他の2人の水兵は重傷を負った。
  12、1936年9月26日、湖南省湘潭にある日本の汽船会社の事務所に中国人暴徒が放火。
  13、1936年9月29日、長沙の日本総領事館に爆弾が投げ込まれた。
  14、1936年10月、上海の中国警察による日本人の女や子供の逮捕・拘留が気紛れの不法状態で行われる事件が増加。
  15、1936年11月11日、日本の汽船会社の日本人船乗りが上海で射殺された。
  16、1937年2月13日、漢口で日本人実業家の妻が中国人に襲われた。

○南支
  1、1936年1月6日、汕頭で2千人の中国人中学生が、対日戦を要求するデモ行進を行った。
  2、1936年1月21日、汕頭の日本領事館に所属する日本人の警官が、出勤途中中国人に射殺された。
  3、1936年1月、中国警察と税関警備兵が広東の36ヶ所の中国人事務所を襲い、日本商品を没収。
  4、1936年7月3日、広東の中国人商店は反日組織により、日本商品ボイコット相互組合に加入することを余儀なくされた。
  5、1936年9月3日、広東省パクホイで日本人薬局経営者が、19路軍の中国人兵士に惨殺された。暴徒が薬局を急襲した時、家族は夕食中であった。経営者(中野)は街路に引きずり出され、殴るけるの暴行の上殺害された。その間、彼の中国人妻は筆舌に尽くしがたい虐待を受けた。店は完全に略奪された。広東の日本領事館職員が事件の調査のため汽船でパクホイに赴いたが、19路軍が力ずくで上陸を妨げたため広東に戻らざるを得なかった。そこで20日間足止めを食い、ようやくパクホイに入ることができた。
  6、1936年9月6日、汕頭で反日デモが発生。にほんじん経営の商店で働く中国人が退職を余儀なくされた。
  7、1937年3月、広西省当局は反日感情を煽り立てる目的のためだけに、全日本人を広西省から追放した。
  8、1937年5月22日、汕頭の日本領事館に勤務する警官が中国警察の集団暴行を受けた。


K・カール・カワカミ著『シナ大陸の真相』

戦前の支那の反日教育

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/30 23:50 投稿番号: [6309 / 41162]
>やほ〜〜
>おじさん、おじさん。

>はいはい!!
>当時中国で行われていた反日教育の実態を説明しましょうね(笑)
>ん、、教科書?   何でしょうか?
>少年   少女が教育されたとする書物なり、言動なりは、、、?


―――――――――――――――――――
  またその一方で、幼稚園から大学に至るまであらゆる教育機関が、日本に対する敵意を幼児や若者の心に注入するために利用された。これは国民党が蒋介石の指導の下に1927年南京に政府を樹立した時、とりわけ顕著になった。1928年5月、南京の国民教育会議は次の決議を採択した。

  1、国家の屈辱に関する豊富な資料を、中学校及び小学校の教科書に載せること。
  2、われらの国家的屈辱に関する事実を宣伝し、どの国が中国の最大の敵であるかを国民に印象付けるために、あらゆる機会を用いて学校を利用すること。
  3、国家の屈辱の描いている地図と絵を用いること。そしてあらゆる機会を利用して生徒の注意をそれらに向けさせること。
  4、中国の最大の敵を打倒できる方法を、教師と生徒は共に学ぶこと。

  この計画の中にある中国の「最大の敵」とは日本を意味していた。この計画が採択される以前においてさえも、幼稚園の本には次のような言葉が載っていた。

  日本は敵だ!日本は中国から澎湖諸島と台湾を奪い、遼東半島を奪った。日本は侵略国だ。国民政府は、日本の侵略を阻止しこれらの領土を取り返すことを目的とする政府だ。

  これと同じ話はあらゆる教育機関で、別の言葉で繰り返し述べられている。実際問題として、中国は澎湖諸島にはっきりとした名称をつけたことはこれまで一度もなかった。台湾(フォルモサ)は1894年の日清戦争後に日本へ割譲された。遼東半島は1904〜5年の日露戦争後に、日本が中国からではなくロシアから獲得したものである。

(中略)

  例えば1936年8月、2人の日本の新聞特派員(大阪毎日と東京日日の外国関係ニュース担当)が投石され、刺され、物を奪われた上に殺害された。その犯人は四川省成都の暴徒と化した少年少女である。

(中略)


○北支
  1、1935年5月、日本贔屓の傾向のある2人の中国人新聞編集者が天津で殺害された。
  2、1935年8月、満州国国境から天津に向け走行中の満州国・中国国際列車が匪賊に襲撃された。調査により判明したところでは、彼らは天津の反日組織に扇動されていた。約20名の乗客が殺害された。
  3、1935年12月17日、天津の日本軍守備隊総司令官多田陸軍中将の邸宅に爆弾が投げ込まれ、中国人召使が負傷。
  4、1936年1月2日、天津付近のタークーで2軒の日本人商店が中国正規兵により略奪された。
  5、1936年6月19日、山東省防東で日本人が中国人に射殺された。
  6、1936年6月26日、北京付近で中国正規兵が、豊台日本軍守備隊に所属する日本人兵士を襲撃し重傷を負わせた。それに対する謝罪を要求して中国軍兵営に赴いた日本陸軍大尉が中国兵に刀と銃剣で斬りつけられた。
  7、1936年7月22日、天津の市役所所属の中国人警備兵が、天津の日本総領事館に勤務する2名の警官を領事館前で銃撃。1人死亡、1人重傷。
  8、1936年8月23日、河北公共治安部隊の数名の兵士が、天津の日本語学校を襲撃し略奪。日本人教師に暴行を加え拉致。
  9、1936年10月、反日組織に扇動されたストライキが発生。山東省青島の日本人経営の紡績工場が2週間閉鎖。
  10、1937年5月23日、満州国大連沖で操業中の日本漁船2隻が、中国の税関パトロール船に発砲された。中国人税関警備兵がこの日本漁船に乗船し捜索したが、犯罪に関するものは何も発見されなかった。
  11、1937年6月1日、中国人暴徒が天津付近の日本人経営の農場敷設を襲撃。1つの倉庫と3つの住居に放火し、多数の日本人従業員が負傷。



(続く)

>敵ながら天晴れ

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/30 23:37 投稿番号: [6308 / 41162]
  ほぉ〜、
  そういう逃げ方をするか。

>我輩は「世界中が中国の主張を支持した」なんて、書いとりゃせんがな。

  じゃあこれはどういう意図の元になされた発言だ?

>だからでしょう。各国の政治家や官僚、それに知識人たちが、日本が悪事を働いたことは事実であるとの前提に立って、意見を表明しています。

  これは中国の主張を支持したという意味ではなかったのかい?

  中国の主張(意訳):
  反日デモで日本の大使館が破壊行為を受けたのは日本が過去に悪事を働いたからであって、中国政府が謝罪する必要はない。

  私が粗忽者ならあんたは卑怯者だね。
  それともごく最近の中国の主張すら知らなかった物知らずか?

反日国家の共通点

投稿者: kitanotabibito2015 投稿日時: 2005/06/30 23:35 投稿番号: [6307 / 41162]
  反日国家は以下の共通点を持つ。
・第二次世界大戦で戦争をしていない。
・自称政府軍はただの盗賊団だった。
・自国の国民と非戦闘員を殺すしか能がない自称軍隊を持つ。
・犯罪に対する敷居がとても低い。
・強姦がすき。
・悪事を働くと必ず被害者のせいにする。

  大日本帝国が戦った国は、アジアでは中華民国だけである。現在、反日デモだ、竹島を占領だ、日本人拉致だと、気の狂ったことをやっているキチガイ国家とは戦争なんぞしてはいない。中華民国を夜盗して手に入れた大陸の泥棒政権と、半島北部のソ連の傀儡政権、半島南部のアメリカの傀儡政権。
  自らの手で欧米の植民地から独立を勝ち取った東南アジアの国々のような骨のある人たちとはまったく異なる人種である。
  よくもまあ、これだけの国が隣国としてそろってしまったものである。日本の最大の不幸は、不貞なご近所の存在であろう。
  今度、泥棒政権が戦勝記念式典を行うそうであるが、いつ誰に勝ったのかな?チベットの坊さんにか?通州で支那人に強姦され、殺され、手足を切断され、性器に棒をさしたまま放置された、日本の女子供にか?

>>731部隊の細菌戦や人体実験は嘘

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/30 23:17 投稿番号: [6306 / 41162]
>木を見て森を見ずという言葉がありますが、
>貴方の場合は、葉っぱをみて、森どころか、木さえ見ておられない印象です。


私の視野は広いです。
視野が狭くて本質を見失っているのは貴方です。
731部隊「関東軍防疫給水部」は、疫病の予防と清潔な水の供給をするための部隊です。
したがって、防衛のための細菌戦研究はしたが、飛行機で細菌をばら撒いたり生体解剖をしたというのはホラー小説のネタに過ぎません。

――――――――――――――――――
731部隊「関東軍防疫給水部」について

防疫給水について大活躍し恩恵を受けた。砂質広漠地故、水に乏しく、ハルハ河は敵の火制下で利用困難、唯一の水源であるホルステン河(水流部3〜5メートル、水は濁っているが水源が泉故、枯渇することはない)工兵橋に大型濾水機を設置して、全第一線部隊の給水源としての大役を担当した。この濾水機は細菌のみならずリケッチャまでも排除できた。

「ノモンハン事件」の間に一度「ハルハ河で腸チブス菌が検出された。ソ連が上流で投下した疑が在るので、防疫給水部の水以外を飲用しないように」との注意があった。

ハルピン郊外に駐屯して防疫給水と伝染病の研究をしている旨の文書をみたことがある。元来防疫給水を任務とする部隊であるが、細菌戦の攻防にまで研究範囲が拡大していくのは、各国共通の成り行きであろう。細菌戦の恐ろしいのは、フラスコ一本であっても、大きな効果を収めることが可能であり、隠密裏に使用しやすく、一般の伝染病と判別困難なことである。しかしながらノモンハンには住民もおらず、地勢・気候も不適で彼我ともに、細菌を使用していないことを断言できる。

事務局長阿部武彦
『ノモンハン戦場日記』ノモンハン会

〆   〆   〆

  「(ソ連は)ハバロフスクに細菌戦の施設があり、ノモンハン事件以前にさえも、病気にかかった動物をつかい、炭疽菌を他の動物や人間に移す実験がこの地方で行われていた」(「ノモンハン」A.クックス)。
  ノモンハンで細菌爆弾を落とした目撃報道がある。(ベッケンカンプ記者)、さらに、同書注で、7月15日、16日、ソ連軍飛行機が日本軍が水源としている湖水に散布した赤痢菌を検出した例(小松原日記では9日以来)や発見されて自殺した細菌源頒布のソ連軍医を挙げている。その後の追及がないから、疑わしいなどの意見があるが、日本軍の特徴として、かえって秘密にする傾向があるのを無視している。
  歩兵第74連隊第1大隊戦闘日記には7月9日にソ連機が日本軍水源に爆弾を落下し、その後、大隊全員が赤痢になったのを記述している。航空地区司令部情報記録には10日に細菌爆弾破片確認。12日投下の細菌はF級Y型赤痢菌含有と判明、とある。その他、8月16日以来、各隊に腸チフス患者発生。要注意の命令が出されている。

  日本軍は下痢患者が続出し、この防疫に石井部隊が駆り出されて無菌の水を供給するろ過装置を設置し感状を貰ったが、これを戦後、「日本の左翼作家何人かが、石井部隊がノモンハンでハルハ河の上流からコレラ、発疹チフスやその他の疫病の菌を放流する仕事に従事したのは間違いなく、そのため、30人以上の日本人医療従事者や軍属が死んだ、という話を広めたことがあった」と、クックス氏は左翼作家を非難している。
  「ノモンハン秘史」(辻政信)第1頁に消毒した水を前線に届ける「決死の給水に出発せんとする石井部隊の兵(バルシャガル高地にて7月12日撮影)」の写真がある。
(中略)
  第一、日本軍の戦病者は2236名であり、ソ連側の701名で数字の語るところは明白に日本軍の細菌戦無効もしくは否定である。ソ連軍は水を高台の上から補給されており、日本軍がハルハ河上流に細菌を散布しても意味がなかった。
  付記、世界最初に細菌戦を行ったのは支那軍で昭和12年9月、上海付近で井戸、クリーク、水溜りなどに細菌(コレラ菌)を投入し、後には毒薬(昇汞、青酸カリ)も投入し、シナ土民が損害を被った。甚だしいのは、西瓜に注入中を発見戦闘になり、射殺された例がある。そして石井部隊が動員されて防疫に従事し食い止めた。当時の新聞記事にも多く見られる。石井部隊が行って細菌戦をした、と言うのは戦後左翼の好む論法で、事実は逆である。

『ノモンハン事件の真相と戦果   ソ連軍撃破の記録』小田洋太郎・田端元著
――――――――――――――――――



>議論のための議論を繰り返す相手と馴れ合いで、
>堂々巡りを楽しまれるのがよいでしょう。

それは、言う相手を間違えています。
農協みたいなHNの奴に言ってやって下さい。

>>四面楚歌

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/30 23:14 投稿番号: [6305 / 41162]
>まったく違った見方をする歴史家、批評家は日本だけでなく世界中に結構います。

小生は、主として「報道」を問題にしています。
また、政治家や官僚、評論家にも
言及しました。
しかし、歴史家については知りません。

ま、asdll58さんほどの勉強家が、
「語弊がある」とか「過度な単純化」
と言ってくださっている間は、
中国は安泰だということですよ。

公式にルーズベルトの陰謀?

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/30 22:57 投稿番号: [6304 / 41162]
戦後すぐおこなわれた米上下両院合同査問会ではいろいろな問題点(なかにはルーズベルト陰謀説にもつながる)が指摘されたことでしょうが、結局米議会の公式結論は、ルーズベルトの陰謀ではなく、ルーズベルトはアメリカのため(そして世界平和のため?)に正統で正しい政策をとった立派な大統領であったというようなことではなかったかと思います。

もし、米議会が公式にルーズベルト陰謀説を認めるようなことになれば、あのような勝者の裁判はありえず、反対に米国は日本に謝罪せねばならないくらいでしょう。世界にたいする面目丸つぶれで、そんなことをアメリカ(人)が許容するはずがありません。民主主義という建前上なんやかや問題点をつつきだしますが、結局はくさいものにふたで「丸くおさめる」(あやふやにする、糊塗する)ということではないでしょうか。

敵ながら天晴れ

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/30 22:50 投稿番号: [6303 / 41162]
nmwgipさん、日本語が分からないの?
我輩の書き込みを曲解するのは、
二回目やないか。

>とにかく、世界中が中国の主張を支持した、というのは性質の悪い嘘っぱちだということが明らかになりましたな。

我輩は「世界中が中国の主張を支持した」なんて、書いとりゃせんがな。

「南京大虐殺とは、こんなんでっせ」という
日本人なら腹を立てるような報道が、
世界中を駆け巡った
と指摘しただけだけ。

それに目をつむったら、負けでっせ。

さすが、yousunwaiさんや金太さんらは、
現実を直視する姿勢を見せておられる。

敵ながら天晴れ、ということで
我輩は反論を手控えている。

これにも気づいていないようだな、アンタ。
粗忽者だね。

>>公式にルーズベルトの陰謀です

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/30 22:44 投稿番号: [6302 / 41162]
>ビアードも「ルーズベルト大統領と第二次大戦」でこの件に触れていたと思いますが、彼によると、「上下両院合同査問会」の多数意見(結論)は、大統領以下首脳のとった策は(陰謀ではなく)正当であっただったと思います。


そうなんですか?

『President Roosevelt and the Coming of the War, 1941: Appearances and Realities』Charles Austin Beardは、先週ようやく届いたのですが、まだ「Transaction Introduction」の10ページを読んでいます。
私の場合、200ページくらいの日本語の本を読むのに数ヶ月かかりますので、600ページの英語の同書は半年以上かかりそうです。

ただ、大森実著『ルーズベルト』には、
【第9点以下、21点まである上下合同査問会が突き出した疑問点の全部を、これ以上、紹介する必要はあるまい。同委員会は、ルーズベルト大統領が「日本の第1撃発射」を待っていた男であった、と結論づけているのである。】
と述べられていたことから、
>「上下両院合同査問会」の多数意見(結論)は、大統領以下首脳のとった策は(陰謀ではなく)正当であっただったと思います。
というのは意外です。

当時は、ビア―ドも少数意見を本に書いて出版してしまったせいで、かなり酷い目に遭ったように、陰謀とは言えない空気があったのではないでしょうか。

いずれにせよ、まずは、『President Roosevelt and the Coming of the War, 1941: Appearances and Realities』Charles Austin Beardを読ませて下さい。

kintakunte2002さんとも約束していますので、どんなに遅くなっても感想文は必ず披露します。

>四面楚歌

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/30 22:25 投稿番号: [6301 / 41162]
世界中がとか四面楚歌というのは語弊があるようですね。

日独伊という邪悪なファシスト国家が共謀して世界侵略にのりだし世界平和を乱した、正義の連合国はそれに対して敢然として抗戦し勝利したという「公式」史観が勝者の裁判で喧伝されてきた。そのへんの(日本人も含めた)有象無象が無批判にそれを唱えている、あるいは利用しているとは言えるでしょうが、まったく違った見方をする歴史家、批評家は日本だけでなく世界中に結構います。

ですから、世界中がとか四面楚歌というのは当たっていないでしょう。ステレオタイプ(図式的)、過度な単純化ですね。

>公式にルーズベルトの陰謀です

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/30 21:49 投稿番号: [6300 / 41162]
気になっていたことですが。

>ルーズベルトの死後、1945年8月から行われた陸海軍の合同査問委につづいて、議会が行った上下両院合同査問会の記録は、米国が真珠湾で受けた損害の「事実と責任」について、ルーズベルト政権の閣僚をふくむ43名の証人喚問、1万5千ページにおよぶ証言記録を公開したが、同査問会報告は、実に21の問題点を突つき出したのであった。(5629)

ビアードも「ルーズベルト大統領と第二次大戦」でこの件に触れていたと思いますが、彼によると、「上下両院合同査問会」の多数意見(結論)は、大統領以下首脳のとった策は(陰謀ではなく)正当であっただったと思います。ルーズベルトやハルたちが日本をわざと挑発して真珠湾を攻撃させた、日本大使館への(日本政府の)暗号を事前に傍受解読していながら、真珠湾基地への警告を故意に怠った(遅らせた)という、いわゆる「ルーズベルト首脳陰謀説」は、少数の議員の意見だったと思います(ビアード自身はこの少数意見に近い見方をしていたように思います)。まちがっていたらご指摘ください。

通州事件は本当にあった。

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2005/06/30 21:12 投稿番号: [6299 / 41162]
それに引き換え、南京大虐殺はプロパガンダと言う認識が徐々に広まって来ている。

私は、特に本当に有った通州事件のシナ人の虐殺の凄さを、世界に広めたいですね。

正に、人殺しの技術は4000年の歴史そのものですね。

その様な技術ばかりが、この国の民度を形成せしめたとも言えるのでしょう。

未だに、公開処刑を平気で行っている国。その名はシナ。

>>>四面楚歌 ?

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/30 20:40 投稿番号: [6298 / 41162]
> 南京大虐殺を「事実」と日本政府が何度も認めた、
> という意味にもなりますな。

  なりません。
  日中戦争は決着済だ、というだけの意味です。
  とにかく、世界中が中国の主張を支持した、というのは性質の悪い嘘っぱちだということが明らかになりましたな。

根拠無し

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/30 20:39 投稿番号: [6297 / 41162]
>>事実は
>>(1)中国政府が日本軍の仕業だと宣伝した上海爆撃は中国軍の仕業だった
>>(2)元中国兵による撹乱工作がNYタイムス及びチャイナプレスで報道された
>
>(2)は、日本軍の発表によるものだから、日本側は宣伝しようとしたのです。

  日本軍の発表によるものだという根拠をどうぞ。
  単なる事実の発表ではなく、政治宣伝の意図があったという根拠も添付して下さい。

> 価値判断を伴う言葉を文章の上からも頭の中からも外した方が、
> 冷静に事実を見ることが出来ますよね。

  そのままそっくりお返しします。

> 肯定する証拠もないが、否定する証拠もない、といって
> 無理のある説を許容していたら、世の中妄説を唱えたものの勝ちです。

  妄想説というのは貴方の「価値判断」に過ぎません。

> 膨大な数の個人日記が発掘されていますよ。

  回答になってませんよ。

>>いえ、そもそも将官や佐官ならともかく、伍長や上等兵に陣中日記をつける慣習があったんですか?

> 歴史学者や戦史家が、それをいちいち本気にするわけない
> じゃあないですか。

  中島日記や佐々木日記の実在まで疑う訳じゃありません。
  最前線で作戦行動中の兵卒にペンとインクで日記を毎日つけるような贅沢の余地はあったのか、ということです。

>   最前線で、毎日欠かさず?
>   士官ではなく、兵卒が?
>   重要な点はここなんですが。

  読まなかったんですか?

>「取るものもとりあえず算を乱して逃げまどった」というのが事実であり、
>「軍服を脱いだ中国兵が裸で逃げ回った」というケースもあったことを
>目撃者の記録から引用しようと思ったのですが、ここで時間切れです。

  必要ありません。
  「軍服を脱いだ中国兵が裸で逃げ回った」というケースもあった、つまりそうでないケースの方が多かった、ということです。
  商店から衣服が掠奪されたり、民間人に追いはぎを働いた中国兵についての証言もあります。
  日本軍の扮装をした撹乱工作の可能性を論ずる為であれば、少数の中国兵が日本兵の軍服を安全区に持込むことができたということを指摘するだけで十分です。
  本当に「取るものもとりあえず算を乱して逃げまどった」のであれば、軍服を平服に着替える暇もありません。
  逃走中、味方兵士に圧殺された集団こそが「取るものもとりあえず算を乱して逃げまどった」様子を示しているのであり、平服に着替えて安全区に逃げ込んだ抜け目の無い逃亡兵は「取るものもとりあえず算を乱して逃げまどった」例には該当しません。

9>石川達三

投稿者: jun2003sasa 投稿日時: 2005/06/30 20:29 投稿番号: [6296 / 41162]
>"「抵抗するものは庶民と雖も射殺して宜し」という指令が軍の首脳部から伝達されたのはこの事件の直後であった。"
という記述を南京入城後のものであるかのように書いたのは、石川達三じゃあなくて、
jun2003sasaさん、   あなたなんです。
石川達三は、これは南京入城前の12月4日の春容での出来事だと書いているんですよ。
進撃途中のことです。

何の事か理解できませんが・…
南京入城前でも南京入城後でも差ほど関係ないのでは?
問題は、石川が小説に、<日本軍の将校が、路上で十一、二の少女に拳銃で撃たれて即死したことからこの事件がおこった。そういう了見なら「支那人という支那人は皆殺しにしてくれる」というので、「幾人の支那人が極めて些細な嫌疑やはっきりしない原因で以て殺されたかわからなかった」>など と、必要以上に誤解や混乱が生じかねない事を書いた事では?

>身柄を拘束して、抵抗力を奪った後に殺すと、建前上は国際法違反です。
抵抗力があるうちに殺せばいいわけで、この辺当時の日本軍は区別なしに
兵器で殺してるのが、あとで問題になったわけです。
>戦争に勝ってるうちは、何とでも押し通せるのですが、負けたら
非難されることになります。
>私も、そういうのが正しいと言ってるのではないんです。
それが現実に起こったことだというのは、理解できますよね?

「そういうのが正しいと言ってない」という事は、正しくないのですね?
本来なら特に日本軍に非があったわけではないという事で意見が一致しました。

>(堀越日記)  yominokuni56宛

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2005/06/30 18:16 投稿番号: [6295 / 41162]
やほ〜〜
おじさん、おじさん。

>当時も凄まじい反日教育のため、支那の少年少女たちは、日本人に対する残虐行為で指導的な役割を果していた。

はいはい!!
当時中国で行われていた反日教育の実態を説明しましょうね(笑)

ん、、教科書?   何でしょうか?
少年   少女が教育されたとする書物なり、言動なりは、、、?

>笑いますよね、、、!
大体、自分が行った戦争犯罪を陣中日記に記して証拠として残す馬鹿は普通いないよね。


そうとも言えないのじゃないの?
犯罪と思っていなければ、記録に残すだろうよ、
後の自慢話として残す愚か者もいただろうね。(笑)
また、犯罪者であっても、自分の行動結果を残す犯罪者も現在、現実にはいるよ。

日本を救えるのは社民党だけなのだ!!

投稿者: king_of_king090 投稿日時: 2005/06/30 13:01 投稿番号: [6294 / 41162]
社民党は弱者の味方だし当然日本人の人権を大切にしていますよ。
拉致事件では誤解を招いたが、金総書記が拉致を認め謝罪した後は
朝鮮労働党に批判を付きつけているのだ!   自民党の売国議員こそが悪なのだ。
多くの自民党議員は北朝鮮に弱みを握られている上に共存共栄を計っている。
社民党=悪    自民党=正義ではない。   信じれるのは社民党だけです。

>731部隊の細菌戦や人体実験は嘘

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/30 08:03 投稿番号: [6293 / 41162]
木を見て森を見ず
という言葉がありますが、
貴方の場合は、
葉っぱをみて、森どころか、木さえ見ておられない印象です。

議論のための議論を繰り返す相手と馴れ合いで、
堂々巡りを楽しまれるのがよいでしょう。

考えにくい、の根拠

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/30 06:33 投稿番号: [6292 / 41162]
>南京守備隊が軍服を捨て武器を放り出して逃げたのは、中国兵である身分を隠すためです。
  取るものもとりあえず算を乱して逃げ惑った訳ではありません。
  軍服を脱いだ中国兵が裸で逃げ回ったとでも言うんですか?

「取るものもとりあえず算を乱して逃げまどった」というのが事実であり、
「軍服を脱いだ中国兵が裸で逃げ回った」というケースもあったことを
目撃者の記録から引用しようと思ったのですが、ここで時間切れです。

次の機会に。

陣中日誌、陣中日記、従軍日記

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/30 06:32 投稿番号: [6291 / 41162]
>従軍日記は従軍記者が記録する日記じゃなかったっけ?
  陣中日記でしょ?

本来は「陣中日誌」が、隊の正式記録として付けられる日誌。
個人が付けるものは陣中日誌、陣中日記、従軍日記など、
本人が勝手に呼んでいるようです。
兵籍にあるものの行動も「従軍」と呼ばれることは多いです。
http://www13.ocn.ne.jp/~seiroku/heisonota.html
ここにも「従軍兵士用日記帳」、「従軍手帳」が出てきますね?


>出版された陣中日記には平気で作戦行動が書かれているのですが、一兵卒の日記に作戦行動を記録することは認められていたんですか?

日本兵はやたらに日記を付けるので、捕虜や戦死者から取り上げた日記で
部隊行動が丸わかりだと、アメリカの情報将校が呆れたというエピソードが
ありますね。
ちょっと出典は忘れましたが。

>いえ、そもそも将官や佐官ならともかく、伍長や上等兵に陣中日記をつける慣習があったんですか?

膨大な数の個人日記が発掘されていますよ。
ことが南京戦になった途端に、「捏造」を疑う人がいるのですが、
全て捏造とも思えません。
そもそも、日記を付けていること自体があり得ないのなら、
あり得ないものを大量に捏造するバカはいませんし、
歴史学者や戦史家が、それをいちいち本気にするわけない
じゃあないですか。


ま、冷静さは大事です

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/30 06:31 投稿番号: [6290 / 41162]
>撹乱工作報道が日本軍の宣伝であった、というのは「事実」ではありません。
  状況から推定した、高い可能性を有すると考えられる推論です。

「宣伝」というのは必ずしも虚偽であるとは限りません。
そういうことをアピールしようとしたのは事実ですよ。
情報合戦というのは虚偽を以てなされるよりは、
事実を以てなされる方が力があるのですから、
宣伝として有効であることが、虚偽であるとは限らないのです。
残念なことに、1月24日の日本軍の発表は空振りに
終わったようですが。

>事実は
(1)中国政府が日本軍の仕業だと宣伝した上海爆撃は中国軍の仕業だった
(2)元中国兵による撹乱工作がNYタイムス及びチャイナプレスで報道された

(2)は、日本軍の発表によるものだから、日本側は宣伝しようとしたのです。

>「事実」という言葉を自分の都合のいいように使い分けないで下さい。

あなたは「宣伝」という言葉には「悪辣な」という枕詞が付き物だと思うから、
無意識にこれを外したくなるのですよ。
価値判断を伴う言葉を文章の上からも頭の中からも外した方が、
冷静に事実を見ることが出来ますよね。


>東中野説を否定する証拠は何一つありません。

さすがに安全区での日本兵の脱線行為の大半が
「日本兵に化けた攪乱工作隊」の仕業だというのは
無理があると思います。

肯定する証拠もないが、否定する証拠もない、といって
無理のある説を許容していたら、世の中妄説を唱えたものの勝ちです。


731部隊の細菌戦や人体実験は嘘

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/30 01:01 投稿番号: [6289 / 41162]
>Typically, whole villages were exposed to various pathogens, such as the bubonic plague or cholera, and then monitored for effects.


731部隊が細菌戦を行ったというのは嘘である。

常徳のペスト流行について1941年11月4日の日本軍機による細菌散布により発生したとの支那側の発表に対して米英などは当初から懐疑的だった。
米英は、重慶政府の発表のはるか以前に、独自の情報網を使ってその発生の原因と経過についてかなり正確な情報を入手していた。
英のポートン細菌研究所は、
・飛行機から地上まで物体が落ちる道筋をたどった目撃者が特定されていない。
・物体(穀類、紙、木綿ぼろ)が見つかった付近には通常のゴミの山が見られた。
・収集された米穀類からペスト菌が発見されなかった。
・常徳では以前にペスト流行はなかったとされているがそれを証明できる死亡統計が得られていない。
などの理由により、ペストの流行が風土病である可能性を排除できないとして常徳のペスト流行が日本軍の細菌投下によるものであることを否定した。

しかし、1993年、吉見義明は、元陸軍参謀本部の井本熊男の業務日誌の中に細菌戦に関する記述があることを防衛庁の図書館で発見したのでそのことを発表した。
4年後、それを証拠として、4人の支那人が731部隊細菌戦国家賠償請求訴訟を起こした。

ところが、井本熊男の業務日誌の細菌戦に関する記述は、おかしいことが判明している。

井本日誌によると、1940年9月10日の予定では、攻撃目標は寧波と衢県・金華で、細菌は「C」(コレラ菌)から「T」(チフス菌)に変更されている。
そして、1940年9月18日の日誌でも、細菌は「C」(コレラ菌)と「T」(チフス菌)しか書いてない。

しかし、翌年(1941年)、実際に日本軍が常徳に対し使ったのはペスト菌だったと言うのである。
打ち合わせに、全く出てこないペスト菌が使われたのは、どういうことなのか?

しかも、大量のペスト感染ノミを製造するのは不可能なのだ。
100グラムのノミを製造するのに1,600頭の白鼠が必要。
そうすると、10キログラムのノミを造るには160,000頭の白鼠が必要。
こんなに大量の白鼠を集めるのは無理。
それに、白鼠の固鼠器内の生命は約一週間という。
頻繁に取り替えなければならず、これでは、大量に作るまでに時間がかかり、最後の一匹が出来たとき、最初に造ったノミは生きているのか。
結局、ノミの人工的な大量繁殖は不可能であり、ノミを使っての細菌戦も嘘っぱちということになる。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&board=1835559&tid=cddega1a2c0m3ubdtega4nnnmad8a2&sid=1835559&action=m&mid=3110&mid=

また、1942年10月5日の日誌に、「衢県Tハ井戸ニ入レタルモ之ハ成功セシカ如シ(水中ニテトケル)」との報告を受けた、とある。
しかし、支那側の証言を見る限り、衢県が日本軍に占領されたとは書いてない。
支那の支配地の中の井戸にどうやって「T」(チフス菌)を入れたのか。
それに衢州は、チフスについては言及していない。




>Documents seized after the war ended show that some people - referred to as "monkeys" by the scientists - were even taken to the centres and vivisected without anaesthetic so scientists could see the effects of the diseases on the internal organs.


麻酔薬なしで生体解剖をした資料があるように書いてあるが、そんな資料は存在しない。
あると言うなら、もう少し具体的に提示して貰いたいものだ。
そんなのは、全てホラー小説のネタに過ぎない。

731部隊が人体実験をしたというマトモな資料は何一つない。
南京大虐殺をでっち上げた東京裁判でさえ審理されなかった。
ハバロフスク裁判では審理されたが、ソ連に抑留・拘禁された捕虜の証言は、「人を凍結して復活させる実験とか、心臓を交換する実験」など、誰も信じない荒唐無稽な内容であり、左翼学者でさえ呆れて相手にしなかった。

ところが、1980年代になると中帰連の湯浅謙や推理小説作家の森村誠一らが、それをネタ元にして様々な作り話を考え、まるで史実であったかのように宣伝した。

やはり、日本軍に化けていた連中は居た

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/30 00:42 投稿番号: [6288 / 41162]
>その場で思いついてから準備したのではなくて、
>ずっと前から持ってたものを使ったというのなら
>中国側には日本の軍服の参考品は確かにあった。


「参考品」の話もそうかもしれないが、とにかく支那兵が日本軍の軍服を所有していたことに関しては特に問題ないだろ。

そうすると、

#6206
投稿者: ja2047
「武装の有無より、日本の軍服をどうやって手に入れるかが大問題だ、と。」

#6232
投稿者: ja2047
「ほとんど手に入らなかったはずの日本の軍服を、命が惜しい
がために、自分たちの軍服や武器をうち捨てて逃走しようとした
中国兵がちゃんと持っていたというのは、相当無理のある主張です。」

↑これらは、実にレベルの低いハッタリだったということだ。
本当に時間の無駄だった。




>で、問題は、中国側が日本の軍服を持ってたかどうかよりも、
>「南京守備軍が崩壊したときに、武器を放り出して、自分の軍服さえ脱ぎ捨てて、
>逃げる中国兵が、そんなものを持って逃げたんだろうか。」
>という方にあるのだけどね。


だからさー。
俺は、かっぱらって、どこかに保管していた可能性が高いと思うよ。

上海戦というのは、1937年8月13日から始まって、11月頃まで続いたんだ。
8月と9月は、日本軍は大苦戦しており、支那軍が日本軍戦死者からいろんな物を奪うのは余裕だったろうな。

yominokuni56も、#6246で、
「上海での日本軍の損害が甚大であったため、各部隊とも多数のの補充を必要とし、補充員が次ぎ次ぎと各部隊へ送られた、・・・」
と言っている。

大体、支那軍は、圧倒的多数の軍勢によって一方的に攻撃していた上海戦の初期段階から便衣隊が少数の日本軍を攻撃していた。
そんな奴らが日本軍戦死者から軍服をかっぱらい、南京のどこかにまとめて置いたいた可能性だって十分にある。

結論として、大阪朝日新聞の記事は、全く問題がないので事実だったと考えるべき。
現在、撹乱工作に関する確認されている報道は4つの新聞記事しかないが、実際には支那人撹乱工作隊は多数存在したのだ。
―――――――――――――――――――
大阪朝日新聞   1938.2.17付
皇軍の名を騙り   南京で掠奪暴行    不逞支那人一味捕る
【同盟南京二月十六日発】
皇軍の南京入城以来わが将兵が種々の暴行を行つてゐるとの事実無根の誣説(ぶせつ)が一部外国に伝わつてゐるので在南京憲兵隊ではその出所を究明すべく苦心探査中のところこのほど漸くその根源を突き止めることが出来た。
右は皇軍の名を騙って掠奪暴行至らざるなき悪事を南京の避難地域で働いてゐた憎むべき支那人一味であるが憲兵隊の活躍で一網打尽に逮捕された。
この不逞極まる支那人はかつて京城において洋服仕立を営業、日本語に巧みな呉堯邦(二十八才)以下十一名で皇軍入城後日本人を装ひわが通訳の腕章を偽造してこれをつけ、南京玉■村五〇号、上海路十四号、幹河路一〇六号の三ヶ所を根城に皇軍の目を眩ましては南京区内に跳梁し強盗の被害は総額五万元、暴行にいたつては無数で襲はれた無辜の支那人らはいづれも一味を日本人と信じきつてゐたため発覚が遅れたものであるが憲兵隊の山本政雄軍曹、村辺繁一通訳の活躍で検挙を見たものである。
一味は主魁呉堯邦のほか・・・の十名でいづれも皇軍の入城まで巡警を務めてゐた。
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