これが本当の脱線です
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/28 21:03 投稿番号: [6257 / 41162]
> なぜ、石川達三は逮捕されたのでしょうか?
石川達三の起訴理由は「虚構の事実を恰も事実の如くに空想して執筆したのは安寧秩序を紊すもの」です。誇張や単純化が甚だしかった、という意味でしょう。
大体彼の書いたものはフィクションですよ。フィクションに誇張や単純化はつきものです。それが咎められたからといって、報道の自由が全面的に無かったという証拠になるとは考えられないですね。
現代日本には、どんないい加減なことを書いても許されるのが言論の自由だという観念が蔓延していますが、戦前はそこまで社会が寛容ではなかった、ということでしょう。
なお石川達三に課せられた刑罰は執行猶予つきであり、結局実刑は受けていません。お隣の言論弾圧国家では考えられない寛容さですね。
それから、石川達三については松原正早稲田大学名誉教授が、彼自身の興味深いコメントを紹介されています。
以下
http://members.jcom.home.ne.jp/w3c/MATSUBARA/DogiFuzai/jo.html
からの引用です。
「極端に言ふならば私は、小説といふものがすべて國家の宣傳機關となり政府のお先棒をかつぐことになつても構はないと思ふ。さういふ小説は藝術ではないと言はれるかも知れない。しかし藝術は第二次的問題だ。先づ何を如何に書くかといふ問題であつて、いかに巧みにいかにリアルに書くかといふ事はその次の考慮である。私たちが宣傳小説家になることに悲しみを感ずる必要はないと思ふ。宣傳に徹すればいいのだ。(『文藝』昭和十八年十二月號)」
宣伝に徹すればいいのだ、だそうですよ。
1946年の記事と、見事にスタンスが一致しますね。
さて、私の方はご質問にお答えしたのですから、今度は私が提議した問題点にご回答願います。
> 石川達三氏の発言が生涯一貫しているというのも貴方の印象に過ぎないのであって、1946年の読売新聞の報道内容と晩年のインタビューの内容は明らかに食い違っています。
> 「大きな建物へ一般の中国人数千をおしこめて床へ手榴弾をおき油を流して火をつけ焦熱地獄の中で悶絶させた。」が「大虐殺の痕跡」に当たらないとすれば、感性がおかしいと思います。
まだ「石川達三氏の発言が生涯一貫している」とお考えですか?
これは メッセージ 6248 (ja2047 さん)への返信です.
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