南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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落ち穂拾い  3)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/07/02 09:05 投稿番号: [6323 / 41162]
>まだ「石川達三氏の発言が生涯一貫している」とお考えですか?

ちょっと言葉が足りなかったかな、というか、私の表現が
曖昧であったのかもしれません。
元の発言はこうでした。

msg6214
たとえば、戦時中沈黙していた人が戦後になると急に喋り出す。
あるいは、戦後沈黙を守っていた人が、晩年に自分の体験を語る。
そういうのは、なんかありがちな話なので、理解できます。
だが彼は、生前一貫して同じことを語っている。
周囲の状況に流されてものを言っているようには見えない。
晩年のインタビューについては、
「何万の死体の処理はとても二、三週間では終わらないと思います。」
と回答しているのですね。
なるほど、石川が南京の街路で見た死体は「大変なもの」ではあったが、
「何万」とか何十万とかの数ではなかった。
そう言うことなら辻褄が合います。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6214

なにやら、石川達三が事実として見たこと、語ったこと、の部分と
石川達三の作家としての姿勢、自らに課した立場を峻別しない
表現になっています。
これは、私の思考の明晰さの欠如を示すもので、恥ずかしいことではあります。

「生前一貫して同じことを語っている。」とは、
軍に対する協力度のことではなくて、その回想に
「南京市民は難民区に収容され、町の中にはゴロゴロと死体がころがっていて、
死の町という言葉がピッタリでした。」とあり、
(中攻文庫版半藤一利氏の解説による、出典未確認)
「生きている兵隊」に「大通りにもまだ死体がころがっていた」と書き、
戦後の新聞インタビューで
「入城式に遅れて正月私が南京へ着いたとき街上は死屍累々大変なものだった。」
と書いた、このことの一致を言っているのです
これは一貫しているのですよ。

確かに石川は昭和18年を待つまでもなく、昭和13年の武漢攻略戦に従軍して、
こちらでは「反軍的」な姿勢ではない物語を書いているのですが、だからといって
「南京に死体がゴロゴロしていたのはウソでした」と書いたり言ったりしている
わけではない。(と、思います。   まだそれを見たことがない)

だから、「だが彼は、生前一貫して同じことを語っている。」なのですよ。

ちなみに彼の晩年の電話インタビューだと言われる
「何万の死体の処理はとても二、三週間では終わらないと思います。」
にしても、彼が南京の街路で見た死体の数が何万もであってはじめて
前言を翻したことになるわけで、何百とか何千を見たのであれば、
何も矛盾はしないんですよ。

で、南京城内にあった死体の数ですが、東京裁判での中国側資料でさえ、
南京城内全体の死体の数は9342体なのですから、これがそっくり事実としても
石川が何万体もの死体を見ていなくて何の不思議もないのですよ。
そう言うことです。


こういうのは、元々矛盾していないものを、わざわざ矛盾するように解釈して
「見ろ、矛盾してるじゃあないか」と言ってみせるような、
そういうマッチポンプ的な印象操作に過ぎません。

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