南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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やはり、日本軍に化けていた連中は居た

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/30 00:42 投稿番号: [6288 / 41162]
>その場で思いついてから準備したのではなくて、
>ずっと前から持ってたものを使ったというのなら
>中国側には日本の軍服の参考品は確かにあった。


「参考品」の話もそうかもしれないが、とにかく支那兵が日本軍の軍服を所有していたことに関しては特に問題ないだろ。

そうすると、

#6206
投稿者: ja2047
「武装の有無より、日本の軍服をどうやって手に入れるかが大問題だ、と。」

#6232
投稿者: ja2047
「ほとんど手に入らなかったはずの日本の軍服を、命が惜しい
がために、自分たちの軍服や武器をうち捨てて逃走しようとした
中国兵がちゃんと持っていたというのは、相当無理のある主張です。」

↑これらは、実にレベルの低いハッタリだったということだ。
本当に時間の無駄だった。




>で、問題は、中国側が日本の軍服を持ってたかどうかよりも、
>「南京守備軍が崩壊したときに、武器を放り出して、自分の軍服さえ脱ぎ捨てて、
>逃げる中国兵が、そんなものを持って逃げたんだろうか。」
>という方にあるのだけどね。


だからさー。
俺は、かっぱらって、どこかに保管していた可能性が高いと思うよ。

上海戦というのは、1937年8月13日から始まって、11月頃まで続いたんだ。
8月と9月は、日本軍は大苦戦しており、支那軍が日本軍戦死者からいろんな物を奪うのは余裕だったろうな。

yominokuni56も、#6246で、
「上海での日本軍の損害が甚大であったため、各部隊とも多数のの補充を必要とし、補充員が次ぎ次ぎと各部隊へ送られた、・・・」
と言っている。

大体、支那軍は、圧倒的多数の軍勢によって一方的に攻撃していた上海戦の初期段階から便衣隊が少数の日本軍を攻撃していた。
そんな奴らが日本軍戦死者から軍服をかっぱらい、南京のどこかにまとめて置いたいた可能性だって十分にある。

結論として、大阪朝日新聞の記事は、全く問題がないので事実だったと考えるべき。
現在、撹乱工作に関する確認されている報道は4つの新聞記事しかないが、実際には支那人撹乱工作隊は多数存在したのだ。
―――――――――――――――――――
大阪朝日新聞   1938.2.17付
皇軍の名を騙り   南京で掠奪暴行    不逞支那人一味捕る
【同盟南京二月十六日発】
皇軍の南京入城以来わが将兵が種々の暴行を行つてゐるとの事実無根の誣説(ぶせつ)が一部外国に伝わつてゐるので在南京憲兵隊ではその出所を究明すべく苦心探査中のところこのほど漸くその根源を突き止めることが出来た。
右は皇軍の名を騙って掠奪暴行至らざるなき悪事を南京の避難地域で働いてゐた憎むべき支那人一味であるが憲兵隊の活躍で一網打尽に逮捕された。
この不逞極まる支那人はかつて京城において洋服仕立を営業、日本語に巧みな呉堯邦(二十八才)以下十一名で皇軍入城後日本人を装ひわが通訳の腕章を偽造してこれをつけ、南京玉■村五〇号、上海路十四号、幹河路一〇六号の三ヶ所を根城に皇軍の目を眩ましては南京区内に跳梁し強盗の被害は総額五万元、暴行にいたつては無数で襲はれた無辜の支那人らはいづれも一味を日本人と信じきつてゐたため発覚が遅れたものであるが憲兵隊の山本政雄軍曹、村辺繁一通訳の活躍で検挙を見たものである。
一味は主魁呉堯邦のほか・・・の十名でいづれも皇軍の入城まで巡警を務めてゐた。
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