9>石川達三
投稿者: jun2003sasa 投稿日時: 2005/06/30 20:29 投稿番号: [6296 / 41162]
>"「抵抗するものは庶民と雖も射殺して宜し」という指令が軍の首脳部から伝達されたのはこの事件の直後であった。"
という記述を南京入城後のものであるかのように書いたのは、石川達三じゃあなくて、
jun2003sasaさん、
あなたなんです。
石川達三は、これは南京入城前の12月4日の春容での出来事だと書いているんですよ。
進撃途中のことです。
何の事か理解できませんが・…
南京入城前でも南京入城後でも差ほど関係ないのでは?
問題は、石川が小説に、<日本軍の将校が、路上で十一、二の少女に拳銃で撃たれて即死したことからこの事件がおこった。そういう了見なら「支那人という支那人は皆殺しにしてくれる」というので、「幾人の支那人が極めて些細な嫌疑やはっきりしない原因で以て殺されたかわからなかった」>など と、必要以上に誤解や混乱が生じかねない事を書いた事では?
>身柄を拘束して、抵抗力を奪った後に殺すと、建前上は国際法違反です。
抵抗力があるうちに殺せばいいわけで、この辺当時の日本軍は区別なしに
兵器で殺してるのが、あとで問題になったわけです。
>戦争に勝ってるうちは、何とでも押し通せるのですが、負けたら
非難されることになります。
>私も、そういうのが正しいと言ってるのではないんです。
それが現実に起こったことだというのは、理解できますよね?
「そういうのが正しいと言ってない」という事は、正しくないのですね?
本来なら特に日本軍に非があったわけではないという事で意見が一致しました。
これは メッセージ 6279 (ja2047 さん)への返信です.
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