南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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>石川達三

投稿者: jun2003sasa 投稿日時: 2005/06/27 08:26 投稿番号: [6220 / 41162]
>石川達三は、1937年12月下旬、中央公論会の特派員として、上海、蘇州、南京を訪れ、1月5日に南京に入りました。

1月5日に南京入りですか・…

>これが、伏せ字だらけにもかかわらず、捕虜殺害、住民殺害のエピソードの連続。
直ちに「反軍的内容を持った時局柄不穏当な作品」として発売禁止処分を受け、中央公論は回収。
本人は「新聞紙法」違反で起訴されて、禁錮四ヵ月、執行猶予三年の判決を受けたのですね。

日本軍を誹謗・中傷するような不適格な小説を書けば当然では?

  南京陥落の翌年1月に南京へ取材を行った作者による小説として発表されたものの、昭和13年に発禁処分とされる。
  「聖戦にしたがう軍を故意に誹謗したもの」「反軍事的内容をもった時局柄不穏当な作品」として内務省は発禁処分とした。
  しかしながら、戦争における兵士の悲哀であるとか、内容を読むと南京事件肯定派などがうたう南京事件という大量殺戮の根拠となるものでもない。
  この書籍を読めば、単なるリアリズムを追求した兵士の過酷な現実を作者が読者に訴えようとしている姿勢が垣間見る事が出来る。
  まず、この本を頭から否定するのでは無く、読んでみれば、特別南京事件を肯定しているであるとかそういう類のものでない事は判明するだろう。
  南京事件肯定派の主張が如何に、馬鹿馬鹿しいものであるか判明する作品と言えよう。一読をおススメする。
http://popup5.tok2.com/home2/nishio88/nanking/books_ikiteiruheitai.html

<日本軍の将校が、路上で十一、二の少女に拳銃で撃たれて即死したことからこの事件がおこった。そういう了見なら「支那人という支那人は皆殺しにしてくれる」というので、「幾人の支那人が極めて些細な嫌疑やはっきりしない原因で以て殺されたかわからなかった」と、作者は書いている。
  中国兵は追いつめられると庶民の中にまぎれこんだ。日の丸の腕章をつけている良民の中にも正規兵の逃亡者が入っているかも知れなかった。「抵抗するものは庶民と雖も射殺して宜し」という指令が軍の首脳部から伝達されたのはこの事件の直後であった。>

>たとえば、戦時中沈黙していた人が戦後になると急に喋り出す。
あるいは、戦後沈黙を守っていた人が、晩年に自分の体験を語る。
そういうのは、なんかありがちな話なので、理解できます。

戦後自分だけが良い子になろうとするのは、なんかありがちな話なので、理解できます。

>なるほど、石川が南京の街路で見た死体は「大変なもの」ではあったが、
「何万」とか何十万とかの数ではなかった。

なるほど、石川が南京の街路で見た死体は「大変なもの」ではあったが、
戦争だから当然であった・…

>ではひとつだけ反論を

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/27 08:20 投稿番号: [6219 / 41162]
金太さん、
日本では結論が出ていてる、
といえるのですか。まさか。

現に、ここ数日、このトピで、
二、三の人が「いたちごっこ」しておられたではないですか。

仮に結論が出ているとしても、
国際的に通用していない
と指摘しておきます。

BBCやワシントン・ポストの報道は
なかったと仰りたいのですか。

>嘘を国際常識にする中国人

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/27 08:01 投稿番号: [6218 / 41162]
>中国人が捏造した嘘を何も知らない外国人が鵜呑みにしてしまった典型的な事例。

1.中国人が捏造した嘘
捏造は日本人がしたのではなかったっけ。

2.何も知らない外国人
ホントに何も知らないのかな。

3.鵜呑みにしてしまった
敵サンはプロだぜ。

君の意見だと
「嘘を国際常識にする中国人」
という結論にはならない。
「嘘を鵜呑みにした外国人」
となるはずだ。

>ヒットラー以上の虐殺者

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/27 07:37 投稿番号: [6217 / 41162]
田村君
君は拙者の書き込みを注意して読んだかね。
この小言は二回目だ。

他の人の書き込みはどうか。
中にはギクリとする指摘も皆無ではなかったが、不発だった。
君には分からんだろうナ。

出直しておいで。

嘘を国際常識にする中国人

投稿者: i_love_shina_very_much 投稿日時: 2005/06/27 07:04 投稿番号: [6216 / 41162]
>>ナチスの蛮行と比較できる大虐殺を日本軍が南京でしでかした、
というのは、国際的認識である。<<

中国人が捏造した嘘を何も知らない外国人が鵜呑みにしてしまった典型的な事例。

ではひとつだけ反論を

投稿者: kintakunte2002 投稿日時: 2005/06/27 06:59 投稿番号: [6215 / 41162]
その程度の議論はすでにし尽くされて、
結論は出ているのです。
時間があれば過去のログをご覧になればわかると思います。

秦論文   笠原論文とてあなたのおっしゃってることを肯定するものではありません。

安心しました (^^

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/27 06:21 投稿番号: [6214 / 41162]
>脱線ではありません

  そうですか、安心しました。

>本当に失礼な人ですね。

せんだって、話題が展開して具体的な話になっていったところ、
>そもそもの論点は何かをすっかり見失っておられるようですね。
と、お叱りを受けましたので、今回は気を使ったのですが・・・・・

>要約ではなく全文をどうぞ。
と言いたいところですが、そんなつまらない揚げ足取りはしません。

私が出したのは「要約」ではなく「部分引用」です。
必要なら全文を出すことはいっこうに構いません。
「要約」は原資料の意味を改変してしまうことがあるので、
あまりしたくないのです。

(3)石川達三
>「読売新聞」1946年5月9日付記事。
  1946年5月9日付?   War Guilt Information Programの真っ最中じゃないですか。
  こんな時期の新聞記事が証拠になるはず無いでしょう。
  後日の回顧の方が余程信頼できますね。

石川達三は、1937年12月下旬、中央公論会の特派員として、上海、蘇州、南京を訪れ、1月5日に南京に入りました。
そして帰国後、兵隊たちから聞き取った体験談をもとに、これを小説の形で「生きている兵隊」の題名で「中央公論」三月号に発表したのですが・・・・
これが、伏せ字だらけにもかかわらず、捕虜殺害、住民殺害のエピソードの連続。
直ちに「反軍的内容を持った時局柄不穏当な作品」として発売禁止処分を受け、中央公論は回収。
本人は「新聞紙法」違反で起訴されて、禁錮四ヵ月、執行猶予三年の判決を受けたのですね。
それから8年後、戦後になって新聞のインタビューを受けて語ったのが
「入城式に遅れて正月私が南京へ着いたとき街上は死屍累々大変なものだった。」
の記事です。

たとえば、戦時中沈黙していた人が戦後になると急に喋り出す。
あるいは、戦後沈黙を守っていた人が、晩年に自分の体験を語る。
そういうのは、なんかありがちな話なので、理解できます。
だが彼は、生前一貫して同じことを語っている。
周囲の状況に流されてものを言っているようには見えない。
晩年のインタビューについては、
「何万の死体の処理はとても二、三週間では終わらないと思います。」
と回答しているのですね。
なるほど、石川が南京の街路で見た死体は「大変なもの」ではあったが、
「何万」とか何十万とかの数ではなかった。
そう言うことなら辻褄が合います。


>>「何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いてたよ」
>>と言われて本気に出来ますか?
  >出来ますよ。
  何故出来ないと?所謂大本営発表による情報統制はミッドウェー以降でしょう。
  この時期に日本軍がマスコミを厳しく統制していたという証拠でもあるんですか?

提示済みです。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9 oa29ta4n13&sid=1143582&mid=6168
だいいち、他の人の回想には「書けなかった」、「写真を撮っていたら殺されていた」
「撮ったけど切られたものもある」など、いくらでも出てきてるじゃあないですか。

あなた、私の投稿の中身読まずに、自分の言いたいことだけ書いてませんか?


>これも中国兵の処刑風景と便衣兵の摘発風景ですね。
  どちらも広く知られていたことですし、ダーディンが報じたような市民の虐殺ではありません。

ダーディンは「市民も」と言ってるのであり、記事のメインは捕虜殺害になってます。
「南京事件」における「虐殺」とは「無抵抗の軍民の殺害」というのが定義ですし、
市内における市民の被害の過半は兵士とみなされて連行・殺害されたことによるものです。

ひょっとしてあなた12月13,14日時点での街路での市民の死体に話を絞って
論じているおつもりですか?
それならそう明言して下さい。
石川達三を出されても困りますし、まして橋本登美三郎を出されても
何の裏付けにもなりません。


>私は誰かに活動費を貰っている訳ではありませんので、Timesの縮刷版を当たれと言われてもはいそうですかと言うほど自由は利きませんので。

あなたが「活動費を貰った工作員」かどうかなど、ネットでは確認のしようもありませんし、
私にはどうでもいいことです。
出所が不明確で、元の資料になんと書かれているかが曖昧な資料で議論しないで下さい
とお願いしているだけなのです。



今朝は時間切れなので、ここまでで

ヒットラー以上の虐殺者

投稿者: takaotamura1000 投稿日時: 2005/06/27 00:47 投稿番号: [6213 / 41162]
毛沢東に、億単位に近い人間が殺されてるわけだが、チナ人はこんなやつを神様扱いしてることに違和感、感じないの?
で、チベット人何百万虐殺した首謀者がコキントー現国家主席なわけだが・・・

福岡での虐殺

投稿者: speed_king_1600 投稿日時: 2005/06/26 23:48 投稿番号: [6212 / 41162]
福岡での、中国人による松本さん一家大虐殺の責任をどうとるのだ!   中国政府よ!

揃いも揃って

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/26 23:34 投稿番号: [6211 / 41162]
今夜も常連がほぼ全員出揃った。
しかし、拙者に反論できる者はなし。
チトお粗末ではないか。

ナチスの蛮行と比較できる大虐殺を日本軍が南京でしでかした、
というのは、国際的認識である。

アメリカの新聞ワシントン・ポストが
今年四月に載せた記事を読んで見よ。

中国政府がワシントン・ポストに
掲載を頼んだわけではないぞ。
なぜ、こんな記事が載るのかね。

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A2430-2005Apr19.html

>> 陣中日誌 (横レス)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/26 22:59 投稿番号: [6210 / 41162]
問題となっている【老婆を切りすてる】部分ですが、それって、日記ではなくノートに書いてあったのですよね。
―――――――――――――――――――
しかし、彼は実は日記の他にもう1冊のノートを残していたのである。それが今回発表する“禁公開”ノートである。
227頁
「[解説]「禁公開」小津安二郎陣中日誌」田中眞澄『諸君!』2005年1月
―――――――――――――――――――


そのノートの20ページ(1939年2月19日)から67ページ(7月4日)までは、「国民政府軍事委員会政治部」の作成したパンフレットである『対敵士兵宣伝標語集』の筆写(書き写し)ですよね。

そして、そのノートの76ページ(7月31日)から105ページ(10月23日)までが、『撮影に就ての《ノオト》』で、その中に、問題の【老婆斬り捨て】の場面が書かれているのですよね。

そして、その場面の直前には、
―――――――――――――――――――
侘しい日ざし。城壁に日の丸。翩翻としてゐる。ゆるやかな起伏   鳥がしきりにとんでゐる。
(ラストによろしからん)
223頁
『諸君!』2005年1月
―――――――――――――――――――
と、あります。

私の個人的見解ですが、問題の【老婆斬り捨て】の場面は、映画作りを意識した「作り話」だと思います。
老婆を斬り捨てた部隊長やそれを見ていた部隊全員の様子が、『撮影に就ての《ノオト》』(76頁〜105頁)全体の中でも、やたらと浮いています。
その場面だけが、その他の部分とは全く違う様相を呈しています。

部隊長の行為は、明らかな軍規違反であり、部隊全員が見ている前で行ったとは信じられません。
しかも、老婆を斬り捨てる前に部隊全員を集合させて、一人一人全員に聞き終わった後、老婆に「この部隊には御覧の通りいない」と言い聞かせ、老婆がうなづいたのにも拘わらず、直後に斬り捨てたと言うのですよね・・・?

これでは、#6131の
―――――――――――――――――――
しかし、その話がなぜ嘘かと言うと、まず   ばっさりやるのに、なぜいちいち一人ひとりに聞くという厄介なことをするのか。   いかにも作り物の映画のシナリオ的すぎる。人情の常識に遠い、などである
―――――――――――――――――――
という方が自然だと思います。

私は、映画史研究家の田中眞澄氏が、どうして解説で、「このネタ帳の性質からいってフィクションではあり得ず…」などと言っているのか理解に苦しみます。

日本軍による市民虐殺の資料なし(横レス)

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/26 22:52 投稿番号: [6209 / 41162]
>繁雑になりますが、記事の冒頭部分だけ再引用しておきましょう。

つーか、冒頭部分だけに「民間人の殺害」と書いてあるだけで、その後「民間人の殺害」については何の説明もないのだが。
日本兵5人がアメリカ大使の私邸から懐中電灯1本を略奪したことの説明はあるのに、「民間人の殺害」の説明はない。


>水曜日、市内を広範囲に見て回った外国人は、いずれの通りにも民間人の死体を目にした。

「市内を見て回った外国人」というのはベイツなのだが、ベイツは日本軍による市民虐殺を1件も目撃していない。
そもそも、【民間人の死体】=【日本軍によって虐殺された死体】ではないだろ。
―――――――――――――――――――
南京の死体の死因は十七通り存在する
http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/alleged/chapter2-1.html#chapter2-1-3
(一部抜粋)
十二月七日、中国軍は南京周辺を徹底的に焼き払い、焼け出された市民が難民となって城内に流入、商品流通が麻痺し食料難が加速、一部では暴動が起こった。中国軍は治安維持のため少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺した[三十二]」。
――――――――
[三十二] 上海一九三七年十二月八日発「東京日日新開」は次のように報じている。「南京衛戌司令唐生智はどさくさに乗ずる市民の暴動を恐れて七日朝来市内警備を一層厳重にして少しでも怪しいものは手当たり次第に銃殺し、すでにその数、百名に及んでいると支那紙は報じている」(『南京戦史』二七三頁)
―――――――――――――――――――


>スチールも12月15日記事では
>「市内の通りはいたるところに市民の死体や中国軍の装備・兵服が散乱していた。」

スティールも、ダーディンと同じで、日本軍による市民虐殺を1件も目撃していないベイツのメモを基に記事を書いた。


>――当時の報道規制をどう感じましたか。
>「何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いてたよ」

事実だろ。


>(「読売新聞」1946年5月9日付記事)
>『守山義雄文集』収録の足立和雄「南京の大虐殺」
>「従軍カメラマンの証言 佐藤振寿さん(元東京日日新聞写真部員)」

敗残兵や摘発した便衣兵の処刑であり、市民虐殺ではない。
論点を逸らし、トピずれのオンパレードはやめるべき。
見苦しいにも程がある。


>まだ足りませんか?

日本軍による市民虐殺がなかったことが、十分証明されたと思う。

Re:攪乱工作は妄想とする根拠無し

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/26 22:28 投稿番号: [6208 / 41162]
  東京裁判は個人に対する裁判であり、弁護活動においても訴追された個人の罪状を否定あるいは軽減するという刑事裁判の法廷技術が採用されました。
  だから、「弁護側は、南京において残虐行為が行われたとの事実を否定しなかった。彼らは単に誇張されていることを訴えているのであり、かつ退却中の中国兵が、相当数残虐を犯したことを暗示したのである」と伝えられる主張を行ったのです。
  東京裁判で1/4ニューヨークタイムス、1/25チャイナプレスの記事が証拠として提出されなかったからといって、当事者達がそれを信用できない物と考えていた証拠にはなりません。
  また、当該記事と直接関係のない
(『南京虐殺の徹底検証』   P278〜P279)及び
(『南京虐殺の徹底検証』   P279〜P280)
  の記述にツッコミ所があるからといって、1/4ニューヨークタイムス、1/25チャイナプレスの記事の信頼性が損なわれる訳でもありません。

  なお、日本兵の軍服の入手など極めて容易であったことを追加しておきます。
  死体からはぎ取れば良いんですよ。
  日本軍にも大量の戦死者が出たんですから。

脱線ではありません

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/26 22:05 投稿番号: [6207 / 41162]
本当に失礼な人ですね。
まあいいですけど。

(1)一九三七年十二月十八日
捕虜全員を殺害、日本軍、民間人も殺害、南京を恐怖が襲う
F・ティルマン・ダーディン
  ◇アメリカ大使館を襲撃
  ◇蒋介石総統のおそまつな戦術、指揮官の逃亡   首都陥落を招く

・・・本人の記事につき、傍証としての資格無し

(2)スチールも12月15日記事では
> 「市内の通りはいたるところに市民の死体や中国軍の装備・兵服が散乱していた。」
> と書き、

  要約ではなく全文をどうぞ。
  と言いたいところですが、そんなつまらない揚げ足取りはしません。
  これで1名ですね。

(3)石川達三
>「読売新聞」1946年5月9日付記事。
  1946年5月9日付?   War Guilt Information Programの真っ最中じゃないですか。
  こんな時期の新聞記事が証拠になるはず無いでしょう。
  後日の回顧の方が余程信頼できますね。

(4)橋本登美三郎
>「何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いてたよ」
>と言われて本気に出来ますか?
  出来ますよ。
  何故出来ないと?所謂大本営発表による情報統制はミッドウェー以降でしょう。
  この時期に日本軍がマスコミを厳しく統制していたという証拠でもあるんですか?

(5)足立和雄
  守山義雄がどのような思想背景を持つ人物かは知りませんが、ここで証言されていることは便衣兵の摘発と処刑に関してですね。
  市民の虐殺ではありません。

(6)佐藤振寿
  これも中国兵の処刑風景と便衣兵の摘発風景ですね。
  どちらも広く知られていたことですし、ダーディンが報じたような市民の虐殺ではありません。

(7)マクドナルド
  全文の持ち合わせはありませんので、要約で信用できなければ保留で構いませんよ。
  私は誰かに活動費を貰っている訳ではありませんので、Timesの縮刷版を当たれと言われてもはいそうですかと言うほど自由は利きませんので。

  さて、以上を合計すると、
  肯定証言   1(スティール)
  否定証言   4(石川達三、橋本登美三郎、足立和雄、佐藤振寿)
  無効証言   2(ダーディン、マクドナルド)

  結局、スティールの証言か、War Guilt Information Programの最中の検閲され歪曲された新聞報道しか根拠なしですか?

Re17:[(前略)東中野氏の妄想]

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/26 19:03 投稿番号: [6206 / 41162]
>意味不明です。
  東中野教授が1938年1月4日・1月25日現在で、新聞記事のソースを提供できるはずがないでしょう。

つまりこう言うことです。
1月24日の記者会見以降、日本軍が「安全区の混乱は潜伏した中国軍の仕業」
という発表を一切しなくなったということです。
東京裁判の際にも、この「報告書」なるものを証拠に持ち出すとか、
こんなことがあったのだと強調するとか、そういう弁護がなされたという話を聞きません。
したがって、1月24日の記者会見以降、積極的な宣伝はされてしないということです。
この後、積極的な宣伝を展開したのが、東中野センセなのですよ。
「こういう報道があった」という事実の紹介に留まらず、
日本軍の蛮行とされるものは、ほとんどが日本兵を装った中国兵」の仕業だ。
という、すごい推理を展開するのです。
これが、私が「妄想」と呼ぶ所以なのですよ。

たとえばこんなふうに

「他方、東京裁判でマギーが証言したことも興味深い。
<日本の兵隊が家屋に侵入してきた場合には、私達が其処に行きますと、直ぐ日本の兵隊達は逃げたのであります。是は何時も私達は、どう云うわけで自分達が行くと逃げるのだろうと思って不思議がったのであります。>
  しかし、マギーの疑問も、王信労たちの自作自演の掠奪強姦劇を考慮に入れて、「日本の兵隊」を支那の兵隊と読み替える時、たちどころに氷解するのではないか。もし日本の兵隊が行ったのであれば、その犯罪には、それ相応の処分が待っていた。従って、日本兵は、何よりも目撃者の存在を恐れた。そこで、欧米人が来る前に、いち早く逃げたであろう。あるいは、欧米人の姿が消えるのを待って、実行したことであろう。   ところが、そうではなかった。これ見よがしに、欧米人の前で、実行されたというのである。これはおかしい。
  では、支那の兵隊ならば、どうであったろうか。
  彼らは掠奪・放火・強姦を、欧米人に目撃してもらわなければ、所期の目的(煽動)を達したことにならない。しかも、現場に日本軍が急行すれば、逮捕される。長居は無用であったから、欧米人の目撃を確認するや、すぐに姿を隠さなければならなかった。   従って、マギーが呼ばれて駆けつけた時、侵入していた家屋から「直ぐ逃げた」のは、日本兵に扮した支那兵であったのであろう。それを、支那兵ではなく日本兵がやったと信じて疑わないマギーたちこそ、不思議といえば不思議であった。」
(『南京虐殺の徹底検証』   P278〜P279)

『南京安全地帯の記録』に出てくる「事例五八」によれば、十二月十七日午後六時頃、ナチスの鉤十字の旗がひらめく自宅にラーベが帰宅したちょうどその時、日本兵二名が入ってきて、そのうちの一人が服を脱ぎ少女を強姦しようとした。そこで、ラーベが出ていくよう命じると、兵士は出て行った、と記す。
  しかし、本当に強姦を狙ったのであれば、なぜ誰もいないときに狙わなかったのか。なぜ「ラーベが帰宅したちょうどその時」を待っていたかのように、ラーベの家に兵士が入ってくるのであろうか。偶然にしては、あまりにもタイミングがよすぎるのではないか。」
(『南京虐殺の徹底検証』   P279〜P280)


だから私は言ったのですよ。
武装の有無より、日本の軍服をどうやって手に入れるかが大問題だ、と。

解る時が来た

投稿者: takeyamasougaku 投稿日時: 2005/06/26 17:07 投稿番号: [6205 / 41162]
前々から{南京事件「証拠写真」を検証する}や{ゴーマニズム宣言}などを読むと南京虐殺がどうも「ウサンクサイ」ように感じられます。また、今日の読売新聞の「地球を読む」を読んでみると中国と韓国が主張するこの南京事件、慰安婦問題の真相が見えてきます。また、その当時の世界の社会常識と現代の社会常識を同じに見ては混乱するだけです。アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド等は最初から侵略国家です。しかし、先住民問題などはつい最近問題になりました。その時々で常識は違うのです。日韓併合はその当時では朝鮮民族がロシア、中国に支配されるよりも日本に併合された方が良かったのではないでしょうか。その当時、日本の農家では娘を売ったりしていたのに台湾や朝鮮半島に多額のインフラ整備をしていたようです。今も増税をしてでもODA等をすると言う同じようなことをしていますが。中国、韓国の皆さんも、もう解ってもいいんじゃないですか。

> 陣中日誌

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/06/26 15:54 投稿番号: [6204 / 41162]
これらの日記類については、あくまで話だと思います。それを担保するのは、話し手だけです。ここでは、その話し手を担保するものが必要じゃないかと言ってるだけですよ。

そういうものがこのトピで流布されるのは、事実が何であったのかを考えるのには、イメージだけが拡大しすぎることは、危険じゃないかと思うわけです。

結局、馬鹿左翼という連中が変なイメージだけを先行させて、それが真実だと暗に示しているだけのような気がします。それが戦後60年の左翼宣伝になっているような気がするんですよね。これでは、なんちゃって慰安婦といっしょですよ。

>いまさらさにいってんの?

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/26 10:51 投稿番号: [6203 / 41162]
君は我輩の書き込みを読んだのかね。
我輩が指摘しているのは、今日現在の
国際常識だ。

例として挙げたBBCの報道が登場したのは、
今年の四月。

しかも、カリフォルニアでは、
これから
教科書に載せるという。

日本人が「過去のこと」として無視したいらしいが、
国際社会が許さない。

中国政府が仮に大きな過ちを犯したのが事実だと仮定しても、
南京虐殺がなかったことの証明にはならない。

> 陣中日誌

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/26 10:19 投稿番号: [6202 / 41162]
>それでも、そのイメージは伝わりますよ。そういう客観的証拠のない話でも、イメージができて行くと思いますよ。

「それでも、そのイメージは伝わりますよ。」

あたりまえでしょう。ここでイメージや客観性とはなにかについてこれ以上あなたと論争する気はありませんが、客観にしろ主観にしろイメージ形成なくして思考が可能だと思いますか。

>客観的証拠がないので、高い低いの判断をするのは、早計です。

1。たとえば、小津安二郎の陣中日誌が、帰還後書かれたものでなく文字通り陣中で書かれたものかどうかは日誌の信憑性を左右する客観的な状況証拠です。下記参照:

>一審で問題になったのは「東日記』の信憑性。まず元になったという「戦中でのメモ」なるものが実在しないこと。東氏は「京都の戦争展に貸し出した際に紛失した」と言い、 戦争展の当事者は「元々ない」と双方食い違いの証言をしている。
「東日記」は、どうやら戦後になってからの作文のようである。
http://www.asahi-net.or.jp/~ku3n-kym/tyousa02/tushu4.htm

2。右翼的」な「諸君!」が無批判で掲載していることも客観的状況証拠。

3。以下の解説も信憑性を高める客観的状況証拠。

>中でも注目すべきは、中国人老婆が自分の娘を強姦した日本兵を探して部隊長に訴え出て、(中略)部隊長が老婆を斬り捨てる一場面である。このネタ帳の性質からいってフィクションではあり得ず、当時の日本兵の行状のパターンが、ここで否応なしの事実として記録されてしまった。小津が戦場での兵士たちの蛮行に言及した例は極めて稀だが、その場に遭遇し目撃する機会は、やはりいろいろあったのだろう。(田中真澄「[解説]「禁公開」小津安二郎陣中日誌」「諸君!」2005年1月、232頁)

以下は、あなたの引用したものから。

>書き方次第で、様子の印象が変わってしまいそうだが、春風亭柳昇を読んだ後であるだけに、この話は嘘であると確信した。
大監督小津が嘘をつくはずがない、と言う思い入れがある。しかし、その話がなぜ嘘かと言うと、まず   ばっさりやるのに、なぜいちいち一人ひとりに聞くという厄介なことをするのか。   いかにも作り物の映画のシナリオ的すぎる。人情の常識に遠い、などである。 (6131)

「まず   ばっさりやるのに、なぜいちいち一人ひとりに聞くという厄介なことをするのか。」

「ばっさりやるのに」?隊長ははじめから老婆を斬るつもりでいたと決め込んでいるようだが、その「客観的証拠」があるのか。証拠もなしに、はじめから老婆を斬るつもりでいたと決め込むような転倒した、ひとりよがりの論理こそ信ぴょう性を欠く。

>いかにも作り物の映画のシナリオ的すぎる。人情の常識に遠い、

私は、この部分はべつに不自然とは思わなかった。「常識」?主観を「常識」と決め込んでいるのではないか。こういう態度の人間が言うことは信ぴょう性を欠く。

>たぶん春風亭柳昇の「与太郎戦記」を読んでいなかったら、この嘘を見抜けなかったと思う。私は与太郎戦記の中の戦争こそ、本当と考えるようになった。 (6131)

小津のも柳昇のも体験談だとすれば、柳昇を正しい基準にして、小津を批判するというのはどうだろうか。どのような客観的証拠があってのことだろうか。

小津の記述の信ぴょう性批判はいいことだが、あなたのあげた例は、客観的証拠を欠くように思います。

日誌、日記、メモ、回想記等にもいろいろあります。その差を無視して一概に、客観的証拠がないから信ぴょう性以前の問題だというのはおかしいでしょう。裁判や歴史などで日誌、日記、メモ、回想記、手紙等が証拠資料として提出された場合、その信ぴょう性如何がおおきな論点になるはずです。事件真偽の客観的証拠がないから日誌の信ぴょう性を云々するのは早計だというのは、本末転倒。老婆斬殺真偽の大きな決め手は、小津の日誌の信ぴょう性だが、老婆斬殺の客観的証拠がないから、日誌の信ぴょう性を論じるのは早計だというのは、隊長がはじめから老婆を斬るつもりでいたと決め込むような転倒した、ひとりよがりの論理です。これこそ、早計というものでしょう。

Re:まずは脱線のお付き合い 3)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/26 09:06 投稿番号: [6201 / 41162]
>・佐藤振寿(東京日々新聞カメラマン)
――虐殺があったといわれますが?
「見ていません。」


見たものはこういうものだったというのが本人の証言です。

「明けて12月14日、前の前の晩は中山陵近くの山上で寒い夜を過ごしたのですが、前の晩は中山門内の中国軍将校の社交機関・励志社の建物で寝ました。しかし、しばらくして他の師団に従軍していた本社の仲間が続々と集まり、中国宿へ移動しました。
  そうこうしていると、支局の連絡員が励志社の先で何かやっていると知らせにきたのです。駆けつけると、大きな門があり、駐軍88師司令部の題字があり、中に入ると、兵営のような建物の前の庭に、中国兵が100人以上、上半身裸にされ後ろ手に縛られている。彼らの前にはちょうど8畳ほどの穴が二つ掘られてあって、一つの穴の縁には中国兵を座らせ、日本兵が後頭部をポンと小銃で撃つと、まるで軽業のように中国兵は一回転してその穴に落ちていった。もう一つの穴のほうでは、着剣した銃を構えた日本兵が中国兵を突き刺し、穴に落としていた。僕はカメラを持っていましたが、それを見て撮らせてくれとは言えなかった。銃殺や刺殺をしていた日本兵たちは逆上していて、常人の顔とは思えず、何か言うと何をされるかわからず怖かった。
  殺された中国兵は、既に穴の中に入っていた中国兵も含めると、300人ほどいたと思う。」
「従軍カメラマンの証言 佐藤振寿さん(元東京日日新聞写真部員)」(『毎日新聞秘蔵 不許可写真1』毎日新聞社1998年12月30日発行)204頁

「後で仲間にこの時のことを話すと、カメラマンとしてどうして写真を撮らなかったかと反問された。「写真を撮っていたら、おそらくこっちも殺されていたよ」と答えることしかできなかった。
  このような事件を見たのは筆者だけではなかったようだ。東京から第百一師固に従軍するだめ、大阪から同じ軍用船で上梅へ渡った記者伸間に「東京朝日」の足立和雄君がいた。
十二月十六日は晴天だった。社の車を使えたので、南京住民の姿をルポするために市内を走り回った。そして南京城外北東部にある玄武潮の風景写真を撮ったりした帰途、難民区近くを通りかかると、何やら人だかりがして騒々しい。そして大勢の中国の女が、私の乗った車に駆け寄って来た。車を止める助手台の窓から身を車の中に乗り入れ、口々に何か懇願するような言葉を発しているが、中国語が判らないからその意味は理解できない。しかし、それらの言葉のトーンで何か助けを求めていることだけはわかった。彼女たちの群れを避けて、中山路へ出ると多数の中国人が列をなしている。難民区の中にまぎれこみ一般市民と同じ服装していた敗残兵を連行しているという。憲兵に尋ねると、その数五、六千名だろうと答えたので、撮った写真の説明にその数を書いた。」
「上海・南京   見た   撮った    従軍とは歩くこと」   佐藤   振壽(元毎日新聞記者)


浅井カメラマンについては、具体的な目撃談は発掘できませんでした   悪しからず   <(_ _)>


>では最後に、マクドナルド記者の12月18日タイムズの記事の要約を引用します。

「要約」でないものを引用して下さると有り難いです。
あなたの「要約」は、本人が他で語ったこととかなり矛盾する場合もあるようです。



>さて、#6160の質問に戻りましょう。
  ダーディン、スティールの報じた南京の惨状に関する一致証言者について、何人名前を挙げられますか?
  南京は平穏で死体も少なかったと証言している、名前が判明している日本人ジャーナリスト・文化人の人数を大きく上回るものではないはずですが。


まだ足りませんか?


Re:まずは脱線のお付き合い 2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/26 09:04 投稿番号: [6200 / 41162]
>さて、上記(1)〜(3)の民間人大量殺害に関する証言は以下の通り。

はい、あなたによれば、   「こちらの方が多い」   はずの「何もなかった証言」を
集めていただきました。
一つずつ見せていただきましょう。


>・石川達三(「生きている兵隊」作者)
「私が南京に入ったのは入城式から2週間後です」
――そのときどのような虐殺をご覧になられましたか?
「大殺戮の痕跡は一ぺんも見ておりません」


このインタビュー、石川氏がなくなる間際に電話でなされて、
死後発表されたものだそうですね。
一般には生前の石川達三は次のように述べていたことが知られています。

「入城式に送れて正月私が南京へ着いたとき街上は死屍累々大変なものだった。大きな建物へ一般の中国人数千をおしこめて床へ手榴弾をおき油を流して火をつけ焦熱地獄の中で悶絶させた。また武装解した捕虜を練兵場へあつめて機銃の一斉射撃で葬った。しまいには弾丸を使うのはもったいないとあって、揚子江岸へ長い桟橋を作り、河中へ行くほど低くなるようにしておいて、この上へ中国人を行列させ、先頭から順々に日本刀で首を切って河中へつきおとしたり逃げ口をふさがれた黒山のような捕虜が戸板や机に捕まって川を流れて行くのを下流で待ち構えた駆逐艦が機銃の一斉射撃で片っぱしから殺害した。
戰争中の興奮から兵隊が無軌道の行動に逸脱するのはありがちのことではあるが、南京の場合はいくら何でも無茶だと思つた、」
(「読売新聞」1946年5月9日付記事)



>・橋本登美三郎(朝日新聞社上海支局次長)
「南京の事件ねえ。全然聞いていない。もしあれば、記者の間で話にでるはずだ。記者は少しでも話題になりそうなことは互いに話にするし・・・」

それはいいんですけどね。
同じインタビューの中で、こんなことも言ってますね。

―当時の報道規制をどう感じましたか。
「何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いてたよ」
(『「南京事件」日本人48人の証言』   P39)

なんか、この時点で、既に少しおかしいように思います   (−−;
昭和10年代の戦時期の日本の報道状況について、
「何も不自由は感じていない。思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いてたよ」
と言われて本気に出来ますか?



>・足立和雄(朝日新聞社南京特派員)
「私は南京大虐殺なんて見ていません。」


どういう質問を受けての答なのか、ですね。
足立和夫氏は「見た」ことについてはこう語っています。

「朝日新聞支局のそばに、焼跡でできた広場があった。そこに、日本兵に看視されて、中国人が長い列を作っていた。南京にとどまっていたほとんどすべての中国人男子が、便衣隊と称して捕えられたのである。私たちの仲間がその中の一人を、事変前に朝日の支局で使っていた男だと証言して、助けてやった。そのことがあってから、朝日の支局には助命を願う女こどもが押しかけてきたが、私たちの力では、それ以上なんともできなかった。”便衣隊”は、その妻や子が泣き叫ぶ眼の前で、つぎつぎに銃殺された。
「悲しいねえ」
私は、守山君にいった。守山君も、泣かんばかりの顔をしていた。そして、つぶやいた。「日本は、これで戦争に勝つ資格を失ったよ」と。
内地では、おそらく南京攻略の祝賀行事に沸いていたときに、私たちの心は、怒りと悲しみにふるえていた。」
(『守山義雄文集』収録の足立和雄「南京の大虐殺」=守山義雄文集刊行会・一九七五年)


Re:まずは脱線のお付き合い 1)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/26 09:01 投稿番号: [6199 / 41162]
>ダーディン記者の1937.12.18の記事の要点は以下三つ。
(1)日本軍による民間人の大量殺害が行われた。
(2)南京市街のほとんど全ての通りには民間人の死体が散乱していた。
(3)死体の中には老人、女性、子供等、明らかに非戦闘員の死体が混じっていた。

あ、こういう括り方をしちゃうのですね。

繁雑になりますが、記事の冒頭部分だけ再引用しておきましょう。

一九三七年十二月十八日
捕虜全員を殺害、日本軍、民間人も殺害、南京を恐怖が襲う
F・ティルマン・ダーディン
  ◇アメリカ大使館を襲撃
  ◇蒋介石総統のおそまつな戦術、指揮官の逃亡   首都陥落を招く
                             
  十二月十七日、上海アメリカ船オアフ号発
  ニューヨーク・タイムズ宛特電

  南京における大規模な虐殺と蛮行により、日本軍は現地の中国住民および外国人から尊敬と信頼が得られるはずの、またとない機会を逃してしまった。

  中国当局の瓦解と中国軍の崩壊により、南京の大勢の中国人は、日本軍の登場とともにうちたてられる秩序と組織に応える用意ができていた。日本軍が南京城内の支配を掌撞した時、これからは恐怖の爆撃も止み、中国軍の混乱による脅威も除かれるであろうとする安堵の空気が一般市民の間に広まった。

  少なくとも戦争状態が終わるまで、日本の支配は厳しいものになるだろうという気はしていた。ところが、日本軍の占領が始まってから二日で、この見込みは一変した。大規模な略奪、婦人への暴行、民間人の殺害、住民を自宅から放逐、捕虜の大量処刑、青年男子の強制連行などは、南京を恐怖の都市と化した。


>(1)日本軍による民間人の大量殺害が行われた。

記事は「民間人も殺害」です。
「民間人の殺害が拡大された。水曜日、市内を広範囲に見て回った外国人は、いずれの通りにも民間人の死体を目にした。犠牲者には老人、婦人、子供なども入っていた。
とくに警察官や消防士が攻撃の対象であった。犠牲者の多くが銃剣で刺殺されていたが、なかには、野蛮このうえないむごい傷をうけた者もいた。」

警察官や消防士が特に多かったというのは、ありそうな話であり、
現にあった話でもあります。
事実をありのままに記述しているのでしょうね。


>(2)南京市街のほとんど全ての通りには民間人の死体が散乱していた。
  (3)死体の中には老人、女性、子供等、明らかに非戦闘員の死体が混じっていた。

この部分のことですね
「民間人の殺害が拡大された。水曜日、市内を広範囲に見て回った外国人は、いずれの通りにも民間人の死体を日にした。犠牲者には老人、婦人、子供なども入っていた。」

スチールも12月15日記事では
「市内の通りはいたるところに市民の死体や中国軍の装備・兵服が散乱していた。」
と書き、
さらに12月17日の記事では
「また、以下のようなことをも目撃した。
  怯えた一兵士がドイツ国旗の下で這っていた。何百という負傷兵が一人一人の通行人に助けを求めながら道路を這い、びっこを引いて歩いて行った。日本軍将兵が略奪品輸送に使おうと苦力やロバを徴発していた。日本の機関銃隊が月明かりのなか術路を走行し、走る者なら誰でも、またそうでない者をも射殺していった。
  日本軍は虱潰しに家々を捜索していき、多数の便衣兵容疑者を捕らえていた。これら多数の縛られた者たちが一人一人銃殺されていき、その傍らでは同じ死刑囚がぼんやりと座って自分の順番を待っているのであった。
「無力な住民が突き刺される」
  私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た。また病院では、大勢の市民が銃剣創傷で若しんでいるのを見た。   また街路という街路に死体が散乱しているのを見た。そのなかには人に傷害を与えたとはとても思えない数名の老人も含まれていた。また処刑された男たちの死体の折り重なる山をも見た。」

と、書いていますので、ここまでは自分の目で目撃したと考えられます。
ダーディン記事とはおおむね一致した内容になっていることが解ると思います。


Re:ダーディンの1937.12.18記事

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/25 23:53 投稿番号: [6198 / 41162]
  ダーディン記者の1937.12.18の記事の要点は以下三つ。

(1)日本軍による民間人の大量殺害が行われた。
(2)南京市街のほとんど全ての通りには民間人の死体が散乱していた。
(3)死体の中には老人、女性、子供等、明らかに非戦闘員の死体が混じっていた。

  処刑の方はここでは問題にしません。
  外国人に公開された形で処刑が行われ、そのことについて国際的な非難を浴びていないのですから、当時の基準で戦争犯罪とみなされていなかったことは明らかです。

  さて、上記(1)〜(3)の民間人大量殺害に関する証言は以下の通り。

・石川達三(「生きている兵隊」作者)
「私が南京に入ったのは入城式から2週間後です」
――そのときどのような虐殺をご覧になられましたか?
「大殺戮の痕跡は一ぺんも見ておりません」

・橋本登美三郎(朝日新聞社上海支局次長)
「南京の事件ねえ。全然聞いていない。もしあれば、記者の間で話にでるはずだ。記者は少しでも話題になりそうなことは互いに話にするし・・・それが仕事だからね。噂としても聞いたこともない。朝日新聞では現地記者ばかり集めて座談会もやったが、あったのなら、露骨でないにしても、抵抗があったとか、そんな話が出るはずだ」

・足立和雄(朝日新聞社南京特派員)
「私は南京大虐殺なんて見ていません。」

・佐藤振寿(東京日々新聞カメラマン)
――虐殺があったといわれますが?
「見ていません。虐殺があったと言われていますが16、7日頃になると、小さい通りだけではなく、大通りにも店が出ました。また、多くの中国人が日の丸の腕章をつけて日本兵のところに集まっていましたから、とても残虐な殺しなどがあったとは信じられません」

・浅井達三(同盟通信映画部カメラマン)
――同盟通信のなかで虐殺というようなことが話題にならなかったですか?
「なりませんでした。その頃、敗残兵や便衣隊がよくいて、それをやる(処刑)のが戦争だとおもっていましたから」

  #6169で挙げていただいた証言と重複例もありますし、そろそろ止めましょう。
  このように、目撃談は中国兵の処刑に集中しています。
  では一方、#6170で挙げていただいた証言はどうでしょうか。

・大宅壮一(南京大虐殺の”真相”を聞く)
  具体的な証言は全くなし。史料としての価値はゼロ。

・白井茂カメラマン
  中国兵の処刑風景。民間人の殺害に関する証言無し。

・西條八十(燦たり南京入城式)
  目撃したものは中国兵の死体のみ。ダーディンの報じたような民間人の死体は無し。

  このように、民間人の死体を見たという証言すらありません。
  では最後に、マクドナルド記者の12月18日タイムズの記事の要約を引用します。

「12日、中国兵は逃亡し始めたが、逃げる船がないと分かると混乱が始まり、安全区になだれ込み、交通部は放火された。
  13日、日本軍の掃蕩が始まった。数千人の中国兵が安全区に逃げ込んだ。
  14日、日本軍は大通りを軒並み掠奪し、外国人の物も掠奪した。また中国兵とみなされる者を処刑した。通りには死体が散在したが女性の死体はなかった。掃蕩は15日も続いたが街は落ち着いてきた」

  掠奪――これはいけません。ですが、民間人の虐殺ではありませんね。
  中国兵と「みなされる」者の処刑――誤殺もあったでしょう。ですが、その責任は戦闘員と非戦闘員を外見で識別可能とするという当然のルールを破った中国側にあります。
  通りには死体が散在したが「女性の死体はなかった」――明らかに、ダーディンの報道とは食い違っていますね。

  さて、#6160の質問に戻りましょう。
  ダーディン、スティールの報じた南京の惨状に関する一致証言者について、何人名前を挙げられますか?
  南京は平穏で死体も少なかったと証言している、名前が判明している日本人ジャーナリスト・文化人の人数を大きく上回るものではないはずですが。

支那事変に赴いた兵士の、家族への軍事郵便

投稿者: nashirinn7 投稿日時: 2005/06/25 23:49 投稿番号: [6197 / 41162]
昭和13年1月〜11月に北支から送られた軍事郵便、および復員時に持ち帰った手帳類です。

最近の中国政府の理不尽な対応と人民の反日感情の激しさに驚き、関連の情報に目を向けてきました。

このたよりを見ると、前年の12年12月の南京大虐殺について疑わしさ感じます。

旧日本軍は支那で残虐の限りをつくしていた訳ではありません。人民に無用の手出しはしていないと思います。

http://www.mis.janis.or.jp/~yokota.f

Re16:[攪乱工作は(以下省略)]

投稿者: nmwgip 投稿日時: 2005/06/25 23:48 投稿番号: [6196 / 41162]
> この1月4日記事と1月25日記事を根拠に日本軍の悪行を中国兵の仕業と宣伝したがっているのは日本軍というよりも東中野センセなのかもしれません。

  意味不明です。
  東中野教授が1938年1月4日・1月25日現在で、新聞記事のソースを提供できるはずがないでしょう。
  もう一度確認します。

(1)上海爆撃は日本軍の仕業だったという中国の宣伝は嘘であったことが判明している。
(2)南京における中国兵の攪乱工作に関する報道は嘘であったと確認されていない。
(3)従って両者を同列に扱うことはできないし、東中野教授の言説を妄想であると決めつけることもできない。

  違うというなら、NYタイムス1938.1.4の記事が「嘘であった」という証拠を呈示すべきです。

原点の#5998は既に完全崩壊している

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/25 22:45 投稿番号: [6195 / 41162]
>もう一回書くね。
>・NYタイムズ1月4日記事は情報元が明らかにされておらず、特定できない。

おや?
#5998の
―――――――――――――――――――
>「ニューヨークタイムズ   1月3日記事    安全区の敗残兵による攪乱工作」
>ですが、外国人発信を装っていますが、この情報の出所は明らかに日本側なのです。
―――――――――――――――――――
は完全に破綻しているんだね。


>・記事内容は日本軍発表(だと外国新聞に載っているもの)によく一致しており、
  安全区委員達の記録とは大きく食い違っている。

大佐一味7人のことに関する安全区委員の記録は見た事がないが。


>フォースターの手紙にでてくる「商人」にしても、日本軍の用務を勤めていたから
>   上海南京間の移動が可能だったのだ。

その商人以外にも12月から1月3日までの間に南京を出て上海に行った者は大勢いた。


>この状況で、NY・タイムズに情報を提供したのは外国人教授だと判断するのが
>「自然」とは思えないな。

外国人教授と限定する必要はない。
金陵女子大学で反日攪乱行為をしていた大佐1名とその部下の将校6名の【合計7名】がライフル6丁とピストル5丁、機関銃1丁を隠し持っていてで捕まり、アメリカ人教授たちが当惑したことを知っている奴なら誰でも良いのだ。


>1月3日までにNY・タイムズに情報を提供した人間の存在は確認できていない。
>NYタイムズも、何も言ってないよな。

情報提供者を公表する必要はなく、NY・タイムズにとって信頼できる情報筋ならそれで良い。


>同じ日に似たような出来事が
>同時に二つ起こって、片方は一切記録されないという可能性はは低いと考える。

大佐一味7人の件とワンシンロンら4人の件は同じ日の出来事とは限らない。
ワンシンロンらに関する記録は助命・釈放の要望であり、捕まってすぐに白状した大佐一味に助命・釈放の要望の記録がないのは当り前。


>ちっとも自然じゃあない、政府記者会見なんて、今でも外人記者クラブ向けは
別に行われている。

同じ内容の記者会見を別に行ったということは、日本人記者も知っていたということになる。


>当時、この軍の記者会見に日本の記者が出席していたという記録でもあれば
>別だが、お目にかかったことはない。

2月17日の大阪朝日の記事だって、同盟通信が2月16日に配信したニュースだから日本のマスコミは知っていた筈なのに、大阪朝日の記事しかお目にかかったことはない。
戦争が終わってもいないのだから、反日撹乱工作など南京の安全区に潜んで悪事を働いていた不逞支那人のことは、日本のマスコミも認知していたが、わざわざ貴重な紙面を割いて記事にしなかった。
東京裁判で南京大虐殺がでっち上げられたから、我々は、こうして支那人便衣兵の反日撹乱工作について議論しているが、戦争中だった当時としては、まさか7年先まで戦争が続き、日本が敗れ、東京裁判なんかやられて南京大虐殺をでっち上げられるとは思ってもいなかったから、その類のニュースはあまり関心が高くなく記事にもされ難かった。

もっといい加減な新聞報道などを散々擁護して、特段おかしな報道ではない支那人による反日撹乱行為に関する報道のみにイチャモンを付けるダブスタは、見苦しいにも程がある。

いい加減に諦めて消え去るほうが良い。



>摘発した便衣兵1500名以上って、前も言っただろ?
>日本側の記録には、12月24日までに6670人の敗残兵摘出と処刑が記録されていると、
>この後、さらに2000人を摘出している。

12月24日時点での6,670人というのは、「敗残兵の摘出と処刑」ではなく、単に「敗残兵の刺射殺数」だった筈である。
まず、1,500人と6,670人には、「【安全区】に隠れていた便衣兵」   と   「【南京城内】の敗残兵」   という決定的な違いがある。
次に、即、刺射殺した敗残兵は、1月24日の日本軍発表の摘発された者の数には含まれていないかもしれない。

幻の従軍慰安婦

投稿者: naoko_new2005 投稿日時: 2005/06/25 22:35 投稿番号: [6194 / 41162]

http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2005/06/post_b28a.html

抜粋

投稿者: kousakuinn00007 投稿日時: 2005/06/25 22:10 投稿番号: [6193 / 41162]
「悪いのは全部他人で、成果は全部自分のおかげ」という責任転嫁と絶対無謬の独善意識が中華思想の真骨頂である。

陣中日誌

投稿者: yousunwai 投稿日時: 2005/06/25 21:12 投稿番号: [6192 / 41162]
>べつだと言ったはずですが。

それでも、そのイメージは伝わりますよ。そういう客観的証拠のない話でも、イメージができて行くと思いますよ。


>信ぴょう性が高い低いは言えるでしょう。

客観的証拠がないので、高い低いの判断をするのは、早計です。

>誤爆だということ以外に、強姦や老婆斬殺ということをした。たまたま小津安二郎が目撃したなら、そういうことが他にも結構あったのじゃないかということです。

南京事件では、それを組織的にやったということになっています。イメージだけで、客観的証拠にかけるものは、ここの場所では、誤解をまねくと言っているんですよ。

教科書でもしかりです。

>この反日活動は

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/25 20:52 投稿番号: [6191 / 41162]
>カリフォルニアすなわちハリウッドのお膝元で反日活動することに意味があるのでしょうね。

「太陽の帝国」とか「ラストエンペラー」とかどうしようもない映画をつくった監督はハリウッドだったかな。

カリフォルニア、反日活動。チャイニーズ系アメリカ人の反日活動は、カリフォルニアだけでなく全米に広がっているようです。

古森義久「ニュー「日本叩き」がアメリカを席捲する」「諸君!」2004年、8月号、153ー163頁によると。

>米国の教科書に南京大虐殺・従軍慰安婦

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/25 20:39 投稿番号: [6190 / 41162]
と関連して、古森義久「ニュー「日本叩き」がアメリカを席捲する」「諸君!」2004年、8月号、153ー163頁は必読。

虐殺? 慰安婦?

投稿者: chankoro_kirai 投稿日時: 2005/06/25 11:23 投稿番号: [6189 / 41162]
これで判断しろ。
http://www.history.gr.jp/nanking/

この反日活動は

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/25 11:01 投稿番号: [6188 / 41162]
>近々、その旨、カリフォルニアの教科書にも登場するそうだ。

カリフォルニアすなわちハリウッドのお膝元で反日活動することに意味があるのでしょうね。

いまさらさにいってんの?

投稿者: takaotamura1000 投稿日時: 2005/06/25 08:55 投稿番号: [6187 / 41162]
確か文革犠牲者は、五千万人以上
チベット侵略の犠牲者は百万人以上殺されたんだよね。     当時の南京は人口十数万人しかいないにも関わらず三十万人が殺されたと? 言っている訳だが、じゃあ今現在の南京市民はどこから来たんですかね? チャイナ人答えてよwww 三十万人分の骨は、どこにいったの?
せいぜい出てくるのは、文革時代の骨だろうけどさーwww

熱烈歓迎

投稿者: longlivezhongguo 投稿日時: 2005/06/25 08:12 投稿番号: [6186 / 41162]
南京虐殺は、ナチスの蛮行と比肩しうる
最悪の虐殺の一つ、とは世界の常識。

近々、その旨、カリフォルニアの教科書にも登場するそうだ。

中国は熱烈歓迎する。

でりちゃんの原点とは妄想のことか?

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/25 06:43 投稿番号: [6185 / 41162]
>1月3日上海発(1月4日付)NY・タイムズ記事についてだが、日本側がNY・タイムズに情報を提供したというのは根も葉もない妄想だった。

もう一回書くね。
・NYタイムズ1月4日記事は情報元が明らかにされておらず、特定できない。
・記事内容は日本軍発表(だと外国新聞に載っているもの)によく一致しており、
  安全区委員達の記録とは大きく食い違っている。
・安全区委員達は能動的に情報を発信する手段を持たなかった。
・通信、情報は日本側が握っていた。
  フォースターの手紙にでてくる「商人」にしても、日本軍の用務を勤めていたから
  上海南京間の移動が可能だったのだ。

この状況で、NY・タイムズに情報を提供したのは外国人教授だと判断するのが
「自然」とは思えないな。


>事件を知る誰かが、12月から1月3日までの間に南京を出て上海に行き、NY・タイムズに情報を提供すれば良い訳だから、

そりゃそうだ、そういう人間がいればいいのだよ。   で、そういう人間がいたのかな?
1月3日までにNY・タイムズに情報を提供した人間の存在は確認できていない。
NYタイムズも、何も言ってないよな。


>以上、別々の事なのだから、NY1月3日記事の内容と居留外国人の記録が一致しないのは当たり前であり、それを以って、「日本軍の悪評を打ち消すための、欧米向けのプレス発表として、多分に創作された内容のものだった」とのキミの主張は、最初から間違っていた。

この論法で行くと、世の中の食い違う二つの情報は全部別の出来事で、
両方とも事実という解釈が可能だな、
ま、その可能性がゼロとは言わないが、同じ日に似たような出来事が
同時に二つ起こって、片方は一切記録されないという可能性はは低いと考える。


>また、1月24日の日本軍の記者会見は、相手が外国のマスコミ限定だったというのも根拠薄弱であり、日本のマスコミも参加していたと考えるのが自然だ。

ちっとも自然じゃあない、政府記者会見なんて、今でも外人記者クラブ向けは
別に行われている。
当時、この軍の記者会見に日本の記者が出席していたという記録でもあれば
別だが、お目にかかったことはない。
例の上海爆撃や、松井大将の「涙の訓辞」の現場にいた、ティンパリーから
出版前に「What war means」出版の話をうち明けられた、同盟の松本重治
上海支局長も、この日の記者会見については何も言及していない。
http://www.geocities.jp/yu77799/matumoto.html

>2月17日の大阪朝日の記事だって、同盟通信が2月16日に配信したニュースだから日本のマスコミは知っていた筈なのに、大阪朝日しか記事にしなかった。

私が確認してるのが大阪朝日の記事だけだということで、他の新聞に
載ってないことまでは確認してないよ。
でりちゃんの情報元の私が確認してないことを、なんで、でりちゃんが
断言できるのかな?


>多数の支那兵が軍服を脱ぎ捨て便衣兵となって安全区に潜伏したのは事実。
日本軍は、そのような状況を野放しにはせず、安全区に潜伏した便衣兵を厳しく摘発したのも事実。
そして、1月24日の記者会見で摘発した人数などを発表した。
摘発した1,500名以上の便衣兵は、全員が安全区で大人しくしていた訳ではなく、中には悪事を働く者が居た。

摘発した便衣兵1500名以上って、前も言っただろ?
日本側の記録には、12月24日までに6670人の敗残兵摘出と処刑が記録されていると、
この後、さらに2000人を摘出している。
すると差し引き5000人以上は中国兵だということを確認せずに
殺してしまったことになるけど、それでもいいんですか?   と。

あ、私はこれの答は解った上で、でりちゃんをからかっているのだから。
誤解のないようにね。


そうそう、昔こんなことを言いだした人もいたのを思い出した。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835559&tid=fn5fe5tbba6a4oa4ga4ca4abeea42a4h3nbf aea47a4fa4a4a4k&sid=1835559&mid=13111

ぜひでりちゃんと対決して貰いたかったね。

小泉はいつまで改革やってんの?.

投稿者: bazzy17jp 投稿日時: 2005/06/25 03:34 投稿番号: [6184 / 41162]
USAで南京虐殺をひきずる日本に人権法廷で問題国になった。北豚国と同じだ。横田さんご苦労様です。お痛みを察すると心が痛みます。

小泉改革の痛みで国民みんな死んじゃうよ。自分も痛みを共有したらどうなんだ。竹島はお前が検定で不法占拠と治したんだろ。

なにが国際法廷だ。韓国で竹島は韓国領ですって言ったそうだな。USAも安心してるよ。   検定で教科書に不法占拠にしといてまあ。プーチンは北方領土はロシアの正当な領土と言ってるぞ。東大出の中山が国際法で言う不法占拠の意味がわからんのか?.

国民は竹島どころじゃない。たまには痛みを共有したらどう?. 自殺するとか、子供をころすとか。

軍隊相手の売春婦

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/25 03:14 投稿番号: [6183 / 41162]
>名称はともかく、実体として従軍慰安婦は
>実在したという主張だな。

軍隊相手の売春婦は、ロシア(ソ連)などの例外を除けば、どこにでもいる。
#2232


>ならば、日本は朝鮮に謝罪するべきである。

日本とか朝鮮とかは関係ない。
皇軍には日本人も朝鮮人も両方居たし、軍隊相手の売春婦にも日本人も朝鮮人も居た。
そもそも、兵隊から大金を巻き上げた売春婦に謝罪などまったく必要ない。
#2229

原点に帰れば、とっくに結論は出ている

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/25 03:11 投稿番号: [6182 / 41162]
これまでの議論で判ったことをまとめる。


原点に帰って考える。
#5998より

投稿者: ja2047

>「ニューヨークタイムズ   1月3日記事    安全区の敗残兵による攪乱工作」
>ですが、外国人発信を装っていますが、この情報の出所は明らかに日本側なのです。
>1月25日の上海での日本軍記者会見での発表内容の事前リークと考えられます。

1月3日上海発(1月4日付)NY・タイムズ記事についてだが、日本側がNY・タイムズに情報を提供したというのは根も葉もない妄想だった。


>1.1937年12月末から、1月3日までの時期には、南京から外部への通信手段は
>   日本側(軍)が独占しており、外国人、中国人が独自に情報発信することはない。

事件を知る誰かが、12月から1月3日までの間に南京を出て上海に行き、NY・タイムズに情報を提供すれば良い訳だから、「伝達手段がなかったから、云々」は大間違いだった。


>2.NY   1月3日記事の内容は、居留外国人の記録とは一致せず、
>   日本軍の欧米向け記者会見の内容とだけ一致する。

1月3日上海発NY・タイムズ記事は、【女子大学】で逮捕された大佐1名とその部下の将校6名、【合計7名】による【反日攪乱行為】について。
隠匿武器は、ライフル6丁とピストル5丁、砲台からはずした機関銃1丁。

一方、居留外国人の記録というのは、1937年12月30日午後2時頃に【金陵大学(蚕桑施設)】で逮捕された南京保安隊長ワン・シンロウとその部下3名、【合計4名】について。
隠匿武器 は、ライフル6丁と拳銃315で、略奪、脅迫、強姦を行っていた。

以上、別々の事なのだから、NY1月3日記事の内容と居留外国人の記録が一致しないのは当たり前であり、それを以って、「日本軍の悪評を打ち消すための、欧米向けのプレス発表として、多分に創作された内容のものだった」とのキミの主張は、最初から間違っていた。


>3.日本側に該当する報道、記録が一切ないにも関わらず、外国人記者向けの
>   発表だけが、軍によって行われた。

敵国の反日攪乱工作というのは日本軍としても極秘扱いで、便衣兵逮捕や撹乱工作の情報が多数あっても滅多に公表されなかったし、米国などの第3国が関与していたために発表は慎重に行われた。
また、1月24日の日本軍の記者会見は、相手が外国のマスコミ限定だったというのも根拠薄弱であり、日本のマスコミも参加していたと考えるのが自然だ。
2月17日の大阪朝日の記事だって、同盟通信が2月16日に配信したニュースだから日本のマスコミは知っていた筈なのに、大阪朝日しか記事にしなかった。
戦争が終わってもいないのだから、反日撹乱工作など南京の安全区に潜んで悪事を働いていた不逞支那人のことは、日本のマスコミも認知していたが、わざわざ貴重な紙面を割いて記事にしなかった。
東京裁判で南京大虐殺がでっち上げられたから、我々は、こうして支那人便衣兵の反日撹乱工作について議論しているが、戦争中だった当時としては、まさか7年先まで戦争が続き、日本が敗れ、東京裁判なんかやられて南京大虐殺をでっち上げられるとは思ってもいなかったから、当時は宣伝とか意識されていなかった。
南京戦が終われば戦争は終わると考えていたくらいだ。

以上のように、当初(#5998)、キミが主張していた「支那人による反日撹乱工作否定説」は悉く破綻したのだから、潔くそれを認めるべき。


多数の支那兵が軍服を脱ぎ捨て便衣兵となって安全区に潜伏したのは事実。
日本軍は、そのような状況を野放しにはせず、安全区に潜伏した便衣兵を厳しく摘発したのも事実。
そして、1月24日の記者会見で摘発した人数などを発表した。
摘発した1,500名以上の便衣兵は、全員が安全区で大人しくしていた訳ではなく、中には悪事を働く者が居た。
例として、反日撹乱行為を扇動していた前第八十八師の副師長の馬・ポウシャン中将の事などを発表した。
当時の新聞報道などによって確認されている反日撹乱行為の犯人は3組。
・大佐一味7人
・前第八十八師の副師長の馬・ポウシャン中将
・日本語巧みな呉堯邦以下11名(いづれも元巡警)

以上のことに対して「事実ではない」と言い張ることに無理がある。

もっといい加減な新聞報道などを散々擁護して、特段おかしな報道ではない支那人による反日撹乱行為に関する報道のみにイチャモンを付けるダブスタは、見苦しいにも程がある。

いい加減に諦めて消え去るほうが良い。


#6169と#6170に長々と貼り付けてあるが、殺されたのは全て敵兵だね。
無駄なことは止めるべき。

>>陣中日誌

投稿者: asdll58 投稿日時: 2005/06/24 23:14 投稿番号: [6181 / 41162]
>sdll58さんの話し方だと勘違いする人がいるのではないかと思ったんですよ。
>イメージが先行するような投稿は、中国人・朝鮮人達をたかり行為へと導き、日本人のナショナリズムを高めるだけです。

なるほど。そのような勘違いをしないような書き方をしたつもりでしたが、まだ不十分だったのでしょうか。

>もしも、小津安二郎氏の言うことを南京事件の傍証として使う人がいるのなら、

だから、彼の記述と南京大虐殺はべつだと言ったはずですが。

> 私も、無実の南京市民30万人大虐殺とか、日本軍が組織的に朝鮮人やシナ人の女性をかり集めてきて慰安所で強制売春させたとかいうのは、ねつ造の類ではないかと思いますが、(6101)

>小津安二郎氏の日記が、真実であるという分かりやすい客観的証拠が必要だということですよ。

日記(それ以外の記述でも)だから100%真実ということはなかなかないでしょうが、信ぴょう性が高い低いは言えるでしょう。

信憑性については、詳述ははぶきますが、出典の「諸君!」で(解説も含めて)読んでみれば納得されると思います。

>そうしたものなしに、ここで小津安二郎氏の話を出せば、単なるイメージ作りにしかならないと思ったということで、あの転載を出させていただきました。

反論はいいことですね。落語のはなし、こっちは知らないからあたまごなしに落語がこうだから老婆惨殺は作り話だと決め付けられても、それこそ「真実であるという分かりやすい客観的証拠が必要だということですよ」といいたくなりますね。出典も明示してないし。追認、検証の仕様がないでしょう。はなはだ難しいでしょう。グーぐるというのがあるからある程度までつきとめられるけど。

>戦争では、死者が出るのは当然で、それを南京大虐殺ということで問題になっているのではないんですよ。

南京大虐殺のことじゃなくて、「戦争では、死者が出るのは当然」だ、避けられない巻き添えだ、誤爆だということ以外に、強姦や老婆斬殺ということをした。たまたま小津安二郎が目撃したなら、そういうことが他にも結構あったのじゃないかということです。

小津安二郎の陣中日誌は、客観的に(100%)真実である証拠をだせじゃなくて、信憑性として私は、かなり高いと思っています。
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