原点の#5998は既に完全崩壊している
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2005/06/25 22:45 投稿番号: [6195 / 41162]
>もう一回書くね。
>・NYタイムズ1月4日記事は情報元が明らかにされておらず、特定できない。
おや?
#5998の
―――――――――――――――――――
>「ニューヨークタイムズ 1月3日記事 安全区の敗残兵による攪乱工作」
>ですが、外国人発信を装っていますが、この情報の出所は明らかに日本側なのです。
―――――――――――――――――――
は完全に破綻しているんだね。
>・記事内容は日本軍発表(だと外国新聞に載っているもの)によく一致しており、
安全区委員達の記録とは大きく食い違っている。
大佐一味7人のことに関する安全区委員の記録は見た事がないが。
>フォースターの手紙にでてくる「商人」にしても、日本軍の用務を勤めていたから
> 上海南京間の移動が可能だったのだ。
その商人以外にも12月から1月3日までの間に南京を出て上海に行った者は大勢いた。
>この状況で、NY・タイムズに情報を提供したのは外国人教授だと判断するのが
>「自然」とは思えないな。
外国人教授と限定する必要はない。
金陵女子大学で反日攪乱行為をしていた大佐1名とその部下の将校6名の【合計7名】がライフル6丁とピストル5丁、機関銃1丁を隠し持っていてで捕まり、アメリカ人教授たちが当惑したことを知っている奴なら誰でも良いのだ。
>1月3日までにNY・タイムズに情報を提供した人間の存在は確認できていない。
>NYタイムズも、何も言ってないよな。
情報提供者を公表する必要はなく、NY・タイムズにとって信頼できる情報筋ならそれで良い。
>同じ日に似たような出来事が
>同時に二つ起こって、片方は一切記録されないという可能性はは低いと考える。
大佐一味7人の件とワンシンロンら4人の件は同じ日の出来事とは限らない。
ワンシンロンらに関する記録は助命・釈放の要望であり、捕まってすぐに白状した大佐一味に助命・釈放の要望の記録がないのは当り前。
>ちっとも自然じゃあない、政府記者会見なんて、今でも外人記者クラブ向けは
別に行われている。
同じ内容の記者会見を別に行ったということは、日本人記者も知っていたということになる。
>当時、この軍の記者会見に日本の記者が出席していたという記録でもあれば
>別だが、お目にかかったことはない。
2月17日の大阪朝日の記事だって、同盟通信が2月16日に配信したニュースだから日本のマスコミは知っていた筈なのに、大阪朝日の記事しかお目にかかったことはない。
戦争が終わってもいないのだから、反日撹乱工作など南京の安全区に潜んで悪事を働いていた不逞支那人のことは、日本のマスコミも認知していたが、わざわざ貴重な紙面を割いて記事にしなかった。
東京裁判で南京大虐殺がでっち上げられたから、我々は、こうして支那人便衣兵の反日撹乱工作について議論しているが、戦争中だった当時としては、まさか7年先まで戦争が続き、日本が敗れ、東京裁判なんかやられて南京大虐殺をでっち上げられるとは思ってもいなかったから、その類のニュースはあまり関心が高くなく記事にもされ難かった。
もっといい加減な新聞報道などを散々擁護して、特段おかしな報道ではない支那人による反日撹乱行為に関する報道のみにイチャモンを付けるダブスタは、見苦しいにも程がある。
いい加減に諦めて消え去るほうが良い。
>摘発した便衣兵1500名以上って、前も言っただろ?
>日本側の記録には、12月24日までに6670人の敗残兵摘出と処刑が記録されていると、
>この後、さらに2000人を摘出している。
12月24日時点での6,670人というのは、「敗残兵の摘出と処刑」ではなく、単に「敗残兵の刺射殺数」だった筈である。
まず、1,500人と6,670人には、「【安全区】に隠れていた便衣兵」 と 「【南京城内】の敗残兵」 という決定的な違いがある。
次に、即、刺射殺した敗残兵は、1月24日の日本軍発表の摘発された者の数には含まれていないかもしれない。
>・NYタイムズ1月4日記事は情報元が明らかにされておらず、特定できない。
おや?
#5998の
―――――――――――――――――――
>「ニューヨークタイムズ 1月3日記事 安全区の敗残兵による攪乱工作」
>ですが、外国人発信を装っていますが、この情報の出所は明らかに日本側なのです。
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は完全に破綻しているんだね。
>・記事内容は日本軍発表(だと外国新聞に載っているもの)によく一致しており、
安全区委員達の記録とは大きく食い違っている。
大佐一味7人のことに関する安全区委員の記録は見た事がないが。
>フォースターの手紙にでてくる「商人」にしても、日本軍の用務を勤めていたから
> 上海南京間の移動が可能だったのだ。
その商人以外にも12月から1月3日までの間に南京を出て上海に行った者は大勢いた。
>この状況で、NY・タイムズに情報を提供したのは外国人教授だと判断するのが
>「自然」とは思えないな。
外国人教授と限定する必要はない。
金陵女子大学で反日攪乱行為をしていた大佐1名とその部下の将校6名の【合計7名】がライフル6丁とピストル5丁、機関銃1丁を隠し持っていてで捕まり、アメリカ人教授たちが当惑したことを知っている奴なら誰でも良いのだ。
>1月3日までにNY・タイムズに情報を提供した人間の存在は確認できていない。
>NYタイムズも、何も言ってないよな。
情報提供者を公表する必要はなく、NY・タイムズにとって信頼できる情報筋ならそれで良い。
>同じ日に似たような出来事が
>同時に二つ起こって、片方は一切記録されないという可能性はは低いと考える。
大佐一味7人の件とワンシンロンら4人の件は同じ日の出来事とは限らない。
ワンシンロンらに関する記録は助命・釈放の要望であり、捕まってすぐに白状した大佐一味に助命・釈放の要望の記録がないのは当り前。
>ちっとも自然じゃあない、政府記者会見なんて、今でも外人記者クラブ向けは
別に行われている。
同じ内容の記者会見を別に行ったということは、日本人記者も知っていたということになる。
>当時、この軍の記者会見に日本の記者が出席していたという記録でもあれば
>別だが、お目にかかったことはない。
2月17日の大阪朝日の記事だって、同盟通信が2月16日に配信したニュースだから日本のマスコミは知っていた筈なのに、大阪朝日の記事しかお目にかかったことはない。
戦争が終わってもいないのだから、反日撹乱工作など南京の安全区に潜んで悪事を働いていた不逞支那人のことは、日本のマスコミも認知していたが、わざわざ貴重な紙面を割いて記事にしなかった。
東京裁判で南京大虐殺がでっち上げられたから、我々は、こうして支那人便衣兵の反日撹乱工作について議論しているが、戦争中だった当時としては、まさか7年先まで戦争が続き、日本が敗れ、東京裁判なんかやられて南京大虐殺をでっち上げられるとは思ってもいなかったから、その類のニュースはあまり関心が高くなく記事にもされ難かった。
もっといい加減な新聞報道などを散々擁護して、特段おかしな報道ではない支那人による反日撹乱行為に関する報道のみにイチャモンを付けるダブスタは、見苦しいにも程がある。
いい加減に諦めて消え去るほうが良い。
>摘発した便衣兵1500名以上って、前も言っただろ?
>日本側の記録には、12月24日までに6670人の敗残兵摘出と処刑が記録されていると、
>この後、さらに2000人を摘出している。
12月24日時点での6,670人というのは、「敗残兵の摘出と処刑」ではなく、単に「敗残兵の刺射殺数」だった筈である。
まず、1,500人と6,670人には、「【安全区】に隠れていた便衣兵」 と 「【南京城内】の敗残兵」 という決定的な違いがある。
次に、即、刺射殺した敗残兵は、1月24日の日本軍発表の摘発された者の数には含まれていないかもしれない。
これは メッセージ 6185 (ja2047 さん)への返信です.