南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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RE15:[以下同文につき省略]  2)

投稿者: ja2047 投稿日時: 2005/06/24 06:21 投稿番号: [6170 / 41162]
ついでですのでもう少し
よく引き合いに出される、「見なかった」はずの大宅壮一、西条八十
「平穏な南京の記録映画を撮った」白井茂カメラマン、の回想と
当時の記事を引用しておきます。

大宅壮一
南京大虐殺の”真相”を聞く
大宅    (中略)   入城前後、入城までの過程において相当の大虐殺があったことは事実だと思う。
三十万とか、建物の三分の一とか、数字はちょっと信用できないけどね。
まあ相当の大規模の虐殺があったということは、私も目撃者として十分いえるね。
(「サンデー毎日」臨時増刊   1966年10月20日号    P78)

記録映画「南京」撮影者   白井茂カメラマン
「柵の中の広い原では少しはなれた処に塹壕のようなものが掘ってあって、その上で銃殺が行われている。
一人の兵士は顔が真赤に血で染まって両手を上げて何か叫んでいる。いくら射たれても両手を上げて叫び続けて倒れない。
何か執念の恐ろしさを見るようだ。
  見たもの全部を撮ったわけではない。また撮ったものも切られたものがある。(中略)
よく聞かれるけれども、撃ってたのを見た事は事実だ。しかし、みんなへたなのが撃つから、弾が当たってるのに死なないのだ、なかなか。(中略)
戦争とはかくも無惨なものなのか、槍で心臓でも突きぬかれるようなおもいだ、私はこの血だらけの顔が、執念の形相がそれから幾日も幾日も心に焼き付けられて忘れることが出来ないで困った。
私は揚子江でも銃殺を見た。他の場所でも銃殺をされるであろう人々を沢山見たが余りにも残酷な物語はこれ以上書きたくない。
これが世に伝えられる南京大虐殺事件の私の目にした一駒なのであるが、戦争とはどうしても起る宿命にあるものか、戦争をやらないで世界は共存出来ないものなのだろうかとつくづく考えさせられる。」
(「カメラと人生」   白井茂   P137〜P138)

燦たり南京入城式
                          西條八十
このとき読売紙の村田東亜部長が、遅ればせに、社の自動車で僕を迎へに来てくれた。
  だが、結局、氏も、消防組に加入することになつて、みんな横坐り、電線の燕よろしくの恰好で出発。
  出かける途端に見ると波止場の筋向ふに、高い板塀があつた。その中は、支那兵の死体の山。「そろそろ始まつたな」と思ふ。
(文芸春秋社「話」   昭和13年2月号   )

長い引用はこちらを
http://www.geocities.jp/yu77799/bunkajin.html
http://www.geocities.jp/yu77799/houdoukisei.html


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