南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: おいおい

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 23:59 投稿番号: [18732 / 41162]
>>そう、そう。
>>オマエは証明は出来ないのだ。

>みなさん、deliciousicecoffee氏は「必要ない」と「できない」の区別ができないと告白されました。


マトモに会話も出来ないのだね。



>名簿なんてなくたって「虐殺はあった」と言えるんだろ?


名簿だけが絶対的な証拠ではないが、名簿の有無は虐殺事件の有無を判断する重要な材料となるわけであり、オマエの場合、「ある」と言ったのだから、その名簿が、いつ、どこで、誰が作ったのか、また名簿の人数は何人なのか答えろ。



>非武装で無抵抗で後ろ手にしばられた敗残兵を殺すのが「戦闘中」か?


そういう場合もあるかもしれない。



>>やはり、日本軍は便衣兵によって被害を受けていた。

>まず第一に、あれに対応する日本側の資料はあるのか?


#18729(前投稿)を参照し、今後は俺の#18729のように根拠を示しなさい。



>具体的に示したじゃない。『続現代史資料   6   軍事警察』(みすず書房)、『日本人捕虜』(原書房)とか。


俺を見習って俺の#18729のように示しなさい。



>要するにあれでしょ、読むのが恐いんでしょ。だから時間稼ぎしてるわけだ。


         ∧_∧   ミ    プハハハハハ・・・・・・・ハライテー!!!!
      o/⌒(. ;´∀`)つ    「読むのが恐い」だってよ!
     と_)__つノ        「時間稼ぎしてる」だってよ!



>いいや。ものごとには順番がある。


そう、そう。
捕虜情報局のことを言い出したのはオマエなのだから、まずは、日本軍が捕虜情報局を作らなかった証明と、支那軍が捕虜情報局を作った証明をしなさい。
俺は、「日本軍は南京だけでも1万人以上の支那人を捕虜にして保護したが、支那軍は支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした。」と事実を述べただけであり、捕虜情報局のことなんて言ってない。



>あんたの主張にはそもそも根拠が金輪際ないんだから、反論にすら価しないわけよ。ただ思いついたこと言えばいいってもんじゃないのよ?   名簿は?   遺骨は?   人数は?


俺は、#18729で支那人便衣兵が日本軍を攻撃していた根拠を示しただろ。
支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ。
日本軍が支那兵軍将兵を捕虜として保護した記録があるのに、どうして支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護した(反戦兵士を除く)記録は全然ないの?

あと、スルーしているけど、第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が何と記録されているか示しなさい。

同じく、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録は、いったい、どのようにあるのか示しなさい。

オマエが「ある」と言った以上は、責任持てよ。

オマエは、犠牲者名簿といい、市民虐殺の記録といい、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵の記録といい、「ある」とだけ言って、いつも全然具体的に示さない。
これ以上オマエが記録や資料などを具体的に示さないないなら、時間の無駄だから俺はもうやめるよ。

一億総特攻 本土決戦 施政方針演説3

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 23:55 投稿番号: [18731 / 41162]
天皇の大纛の下、一切を捨てて御奉公申上げてこそ日本國民であるのであります、私は政治の要諦は國體を明かにし、名分を正すにあると信じます、國體を護持し、皇土を保衞し、全國民一體となり、而も各自が一人以て國を興すの決意を固め、自ら責任を負ひ、自力を以て最大の工夫と努力を凝らし、目標を戰爭完遂の一點に凝集し、一人も殘らず決死敢鬪する時に、國民道義は確立せられ、秩序は整然たる態勢の下に、戰力の彌が上の發揮が出來るものであると確信致します、私は國民諸君に信頼し、軍官民眞に一體となり、一億が力を出し切る態勢を整へまして、其の最前列に全生命を捧げて奮鬪致す所存であります。

  今や戰局眞に重大なる段階に直面するの秋、我々は夙夜思ひを前線に挺身せらるヽ將兵諸士の上に馳せまして、洵に感謝感激に堪へぬ次第であります、又茲に護國の英靈に對し謹みて敬弔の誠を捧げますると共に、其の遺族に對し深甚なる同情を表する次第であります、我々は速かに戰勢を挽囘して、誓つて   聖慮を安んじ奉ると共に、是等勇士に報いんことを期するものであります、以上私の信念を披瀝しまして諸君の御協力を冀ふ次第であります。

一億総特攻 本土決戦 施政方針演説2

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 23:54 投稿番号: [18730 / 41162]
而して滿洲國、中華民國を初め大東亞諸國は帝國との締盟益々鞏く我が征戰に多大の寄與をせられつヽあることは、帝國として洵に感謝に堪へない次第であります、今次の戰爭は畢竟敵米英が東亞を奴隷化せんとするのに對する東亞開放戰であります、此の戰にして蹉跌せんか大東亞民族の自由は永遠に失はるヽのみならず、世界の正義は蹂躙せらるヽことを銘記して、帝國は何處までも締盟諸國と一體となり行動せんことを期するものであります、帝國の大東亞、延いては世界秩序に關する根本方針は政治的平等、經濟的互惠、固有文化尊重の一般原則の下に各國各民族の共存共榮を確保する爲の、不脅威不侵略を趣旨とする安全保障の方途を確立することであります、強國本位の利己的な國際處理に對しましては、帝國は飽くまで抗争せざるを得ないのであります、此の見地よりして帝國は中華民國の統一救國の氣運を支援するものであり、又中立國との友好關係を一層促進せんことを欲するものであります、我が國民の信念は七生盡忠であります、我が國體を離れて我が國民はありませぬ、敵の揚言する無條件降伏なるものは、畢竟するに我が一億國民の死と云ふことであります、我々は一に戰ふのみであります、若し本土が戰場となれば、地の利、人の和、悉く敵に優ること萬々であります、即ち優勢なる大軍を所要の地點に集中することも、之に對する補給も、最も容易に遂行し得るのでありまして、是までの島嶼に於ける戰況とは全く異つて、必ずや敵を撃攘し其の戰意を壊滅せしむることが出來るのであります、凡そ戰に勝つの道は、之を古來の戰史に徴しまするも、敵の戰意を挫くことにあります、而も敵の戰意を挫くことは我が戰意が敵を壓倒することであり、是が爲には我の戰意の日々益々昂揚することが肝要であります。

  今や苛烈なる戰局の現段階に於て我が國内の事情は、或は今後食糧も必ずしも十分とは參らず、又交通運輸も圓滑を缺く虞なしとせず、更に軍需生産も困難の度を増しませう、併しながら此の際國民全體が愈々鬪魂を振起して、各々其の職任に必死の努力を傾注するに於きましては、是等の難關をも克服し、以て戰爭完遂の目的を達成し得るものと確信する次第であります。

  斯くして私の率直に感じまする所、我々としては今一段の努力であります、敵国の國内情勢の動向を推しましても、又國際情勢の機微を察しまするに、我々としては唯此の際飽くまでも戰ひ拔くことが、戰勝への最も手近な方法であると云ふことを痛感せざるを得ないのであります、私は此の信念に基きまして大命を拜し、内閣を組織致した次第であります、眞に容易ならぬ事態ではありますが、全國民諸君の協力を得て、此の信念の下に、御奉公の誠を竭したいと存じて居るのであります、今般臨時議會の召集を奏請し、各般の法案を提出して諸君の御審議を仰がんとする所以も一に茲に存するのであります。

  尚ほ政府は別に今般地方總監府を設置致しまして、戰時下に於ける應機適切なる行政の實施を可能ならしむる爲め、國内態勢の整備確立を圖り、更に又國民義勇隊を結成し、之を中軸として生産及び防衞の一體的強化を圖ると共に、事態急迫の場合に處し、國防上萬全の施策を講ぜんとするものでありまして、今次義勇兵役法案を提出致しましたのも此の趣旨に依るのであります、又行政の刷新を圖る爲め、官吏登用の途を擴げまして、野に遺賢なきを期し、信賞必罰以て官紀の振粛を期して居るのであります、幸ひにして法案成立の暁には、是等諸施策と相侯つて、之を活用して決戰段階に直面せる今日の戰局に處し、速かに採るべきは採り、捨つべきは捨て、舊來の陋習に忸まず、勇 斷事に當り、以て本土決戰態勢の整備に遺憾なきを期したいと存ずる次第であります。

  近時敵機の空襲益々熾烈となり全國各地に多大の被害を生じ、戰災者も亦少からず、洵に同情に堪へない次第であります、而も空襲は今後更に苛烈を加ふることは必然でありますが、之を全國的に見ますれば、其の地域は尚ほ極めて局限せられて居り、重要生産施設の疎開、復舊も相當進捗して居りますので、目のあたりに見る状況に依つて判斷を誤るべきではありませぬ、要は國民の旺盛なる戰意であります、私は數多き戰災者の起ち上る姿を見、復興と言はんよりは、寧ろ生れ變つた建設と云ふ逞ましい氣魄に接しまして、洵に力強きものを感じます、我々は何處までも皇土を保衞し、帝都を固守し、敵の暴戻を反撃すべき時期の到來を期するものであります。

  今や我々は全力を擧げて戰ひ拔くべきであります、一部の戰況に依り失望したり落膽するは愚かであります。

Re: 順番が違う(根拠を示すとはこういう事

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 23:53 投稿番号: [18729 / 41162]
>『日本人捕虜』読め、って言っただろ?   なんの根拠も示さずに言い張ってるだけの相手にはこれで十分よ。


俺は日本軍が便衣兵から攻撃を受けた根拠を#18652で示した。
まだ足りないか?



1937年8月9月10月11月…と便衣隊が多くの日本軍将兵を殺傷した。



『写真記録   日中戦争3.拡大する日中戦争   1937〜1941』ぽるぷ出版・鈴木亭、笠原十九司編のP24の当時の新聞の写真より
―――――
1937年8月14日   東京日日新聞
【上海発特電】(13日発)
今朝・上海で日支遂に交戦
突如・中央軍攻撃開始
我陸戦隊直ちに応戦
便衣隊も蠢動・盛に発砲
―――――




「便衣隊」考
http://www.interq.or.jp/sheep/clarex/jusinbello/jusinbello01.html
(一部抜粋)
上海における便衣戦術については、以下のような証言も参考になるでしょう。便衣兵「女兵(ニュイーピン)」謝冰瑩が1937年に国民党の司令部を慰問した時の、陳副師長の言葉である。

「我々の一番気がかりなのは、軍隊に協力する民衆のないことで、これはたしかに危険なことです。全民抗戦とは全国の民衆を動員することで、男女老若を問はず、すべて抗戦に対する深い認識をもち、一切を犠牲にして最後まで奮闘する決心をもつてこそはじめて勝利を得ることができ、そうでなくて単に武力だけでは絶対にダメです。前の上海事変の時の抗戦に、もし民衆がすべて立ち上がつて協力しなかったら、あんなに長く持ちこたへた筈はない。ところが今度前線に来てみると、五年前とはすつかり様子が違ふ」
『新従軍日記(女兵)』謝冰瑩

日本軍は、便衣隊について中国側に常々警告を発していたのであるが、「全民抗戦」を決意している者たちは、これを聞く耳を全く持っていなかった、というよりは、便衣隊は中国側の基本戦術の一つなのであり、この戦法を放棄するわけにはいかなかったのである。




南京戦前の具体例
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下士哨に立ち寄ると3・4名休憩中の日本兵がいる。いずれも銃を抱いた体で城壁の下の穴倉みたいなところで仮眠している。そこに突然便衣隊が2名忍び寄り、日本兵がまどろんでいる隙をみて銃を奪い取った。
敵という声に目をさまし立ち上がり格闘となった。突然のことであり便衣隊の1名は逃げたが1名は頑強に抵抗してなかなか取り押さえられず、3・4人がかりで1名の便衣兵の手をとり、足をとり、捕虜にしようとするが、日本兵の方が危なそうである。発砲すれば友軍への危険もある。

…自分は下手をすると被害がこっちにもでかねないと思った。咄嗟になかに入り、便衣兵の顔を軍靴で踏みつけた。すると静かになった。騎兵隊がちょうど傍らにいた。殺させてくれという。騎兵は長い軍刀を引き抜くと首は飛んでいた。

第18師団歩124歩兵伍長、村田和志郎の日記
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南京で支那軍便衣隊が日本軍を襲撃した記録が少ないのは、日本軍が迅速かつ徹底した便衣兵掃蕩を行ったからだが、もしも、迅速かつ徹底した掃蕩を行わなかったら、後日、便衣隊は襲撃をして日本軍や一般住民に多大な犠牲者が出た。

それでも以下の資料あり。
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わが便衣隊が彼ら(日本人)に手榴弾をおみまいしたら、一度に10人か20人死んだ。P223

  日本の獣兵は南京市を占領していたが、周辺のデマで日夜不安であり、まるで針の筵に座っているかのようだった。あるとき、中央(国民政府)の便衣隊約五、六人が入場し、中華路付近の地下室内に潜んでいた。ちょうど五人の獣兵が三、四人の人夫をともなって北から南へやって来ていて、わが便衣隊の近くに来た。彼らはすぐさま発砲して獣兵を皆殺しにし、四人の人夫に「中央軍はすでに入場した」と言って、人夫たちを安心させた。P227

『南京事件資料集   中国関係資料編』郭岐「南京陥落後の悲劇」
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―――――
また、中国軍は退却に際しては所謂「清野戦術」を採り、所在の重要交通機関および建造物も破壊、焼却を行わせたのみならず、一部の将兵はいわゆる便衣隊となって、軍服を脱ぎ平服を着て残留し、我が将兵を狙撃し、我軍の背後を脅かす者も少なくなかった。

尚、中国には所謂便衣隊なるものがあって、敗残兵は平服を着、密かに日本兵に近づいてこれを狙撃する。日本兵はこの便衣隊の襲撃に上海戦以来非常に悩まされていたのであるが…

東京裁判:弁護側最終弁論
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1937年8月9月10月11月…と便衣兵が多くの日本軍将兵を殺傷しており、12月に日本軍が便衣兵を見つけ出して処断するのは当たり前。

一億総特攻 本土決戦 施政方針演説1

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 23:52 投稿番号: [18728 / 41162]
( 帝国)第87回(臨時会)における鈴木貫太郎内閣総理大臣の施政方針演説全文

(1945年6月9日)



  本日開院式に方りまして特に優渥なる勅語を拜し、洵に恐懼感激の至りであります、御軫念の程を拜察し奉り、私は諸君と共に謹みて   聖旨を奉戴致し聖慮の奉行に邁進致したいと存ずるものであります。

  曩に敵の空襲に依りまして畏多くも宮城及び大宮御所が炎上致しましたことは、洵に恐懼に堪へない次第であります、幸に三陛下竝に賢所は御安泰に亙らせられ   天皇陛下には引續き宮城内御座所に於て萬機を臠はせ給ふことは洵に有難き極みであります。

今日帝國は正に肇國以來の重大なる危局に直面致して居るのであります、開戰以來陸に海に空に、皇軍將兵の舉げました戰果は、洵に赫々たるものがあります、又銃後一億國民の努力は、實に並々ならぬものがありますが、此の國を舉げての努力に拘らず、戰局は漸次急迫し、遂に本土の一角たる沖繩に侵寇を見るに至りました、而して沖繩に於ては陸海軍一體の勇戰と、之に協力する官民の敢鬪とにより、敵に多大の損害を與へて居るのであります、此の精忠義烈と不滅の勳功とは、永く青史に記録せらるべきものでありまして、私は之に對し深甚なる敬意を表するものであります、併しながら今日沖繩の戰況は、洵に憂慮すべきものがあります、軈ては本土の他の地點にも敵の侵冦を豫期せざるを得ない情勢に立至つたのでありまして、今こそ一億國民は擧げて此の事態を直視し、毅然たる決意を以て對處せねばならぬ秋となつたのであります。

抑々大東亞戰爭は、宣戰の大詔に明かに示し給はりました通り、當時米英兩國の執つた暴戻なる態度と其の野望とが、帝國の存立を危殆ならしむるに至りましたので、帝國は其の自存自衞を全うし、東亞安定に關する積年努力の成果を維持せんが爲に、已むを得ず起つたのであります、私は多年側近に奉仕して、深く感激致して居る所でありますが、畏き極みながら世界に於て我が   天皇陛下程世界の平和と人類の福祉とを冀求遊ばさるヽ御方はないと信じて居るのであります、萬邦をして各々其の所を得しめ、侵略なく搾取なく、四海同胞として人類の道義を明かにし、其の文化を進むることは、實に我が皇室の肇國以來の御本旨であらせられるのであります、米英兩國の非道は、遂に此の古今を通じて謬らず、中外に施して悖らざる國是の遂行を、不能に陥れんとするに至つたものであります、即ち帝國の戰爭は實に人類正義の大道に基くものでありまして、 斷乎戰ひ拔くばかりであります。

  今次の世界大戰の様相を見まするに、交戰諸國はそれぞれ其の戰爭理由を、巧みに強調して居りますけれども、畢竟するに人間の弱點として洵に劣等な感情である、嫉妬と憎惡とに出づるものに外ならないと思うのであります。

  私は曾て大正七年、練習艦隊司令官として米國西岸に航海致しました折、サンフランシスコに於ける歡迎會の席上、日米戰爭觀に付て一場の演説を致したことがあります、其の要旨は、日本人は決して好戰國民にあらず、世界中最も平和を愛する國民なることを、歴史の事實を擧げて説明し、日米戰爭の理由なきこと、若し戰へば必ず終局なき長期戰に陥り、洵に愚なる結果を招來すべきことを説きまして、太平洋は名の如く平和の洋にして、日米交易の爲に天の與へたる恩惠である、若し之を軍隊輸送の爲に用ふるが如きことあらば、必ずや兩國共に天罰を受くべしと警告したのであります、然るに其の後二十餘年米國は此の眞意を諒得致しませず、不幸にも兩國相戰はざるを得ざるに至りましたことは洵に遺憾とする所であります、而も今日我に對し無條件降伏を揚言して居るやに聞いて居りますが、斯の如きは正に我が國體を破壊し、我が民族を滅亡に導かんとするものであります、之に對し我々の執るべき途は唯一つ飽くまでも戰ひ拔くことであり、帝國の自存自衞を全うすることであります。

Re: 秋葉広島市長、米国の原爆投下を容認!

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 23:50 投稿番号: [18727 / 41162]
1943年11月カイロ宣言の発表、蒋介石、ルーズベルト、チャーチル、日本の無条件降伏まで戦争を継続する宣言を公表。
テヘラン会議ルーズベルト、チャーチル、スターリン、ソ連の対日参戦を明確にし、連合国共同戦線の確立を約す。
ヤルタ会談45年2月チャーチル、ルーズベルト、スターリン、対独戦終了後2〜3ヶ月でソ連が対日参戦を行う、樺太、千島はソ連に引き渡される事を協定している。(ヤルタ協定)


7月に連合国はポツダム宣言を提示しておりやすよ。

この宣言を受け取った日本政府は対策を協議、無視する態度を表明する。

特に「我らは日本人を民族として奴隷化せんとし、または、国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものにあらざるも」

「日本国軍隊は完全に武装解除し、各自の家庭に復帰し、平和的に生産的な生活を営む機会を得しめらるべし」

などの文章を国民の戦意を失わせるとして、これを削って公表した。

28日の朝刊には
「政府としてはなんら重大な価値ありとは考えない、ただ、黙殺するだけである。我々は戦争完遂にあくまで、邁進するのみである」と政府は発表している。

この鈴木貫太郎首相の談話はラジオに乗り大きく世界に向けて発信された。
連合国は日本のポツダム宣言受諾拒否と受け取り、ソ連の参戦時期が切迫しており、焦りから、降伏を導く為に原爆の使用を決定はしていたが、絶好の口実を得ることとなっている。

天皇制維持のみの一点だけで、戦争終結の最後の機会を見過ごしたのである。

ソ連の参戦については、
1944年11月革命記念日において、スターリンは「日本を侵略国と非難し」
昭和20年(1945年)4月日ソ中立条約の期限後不延長を日本側に通告している。

8月9日午前0時ソ連軍は一斉攻撃を開始した。

日ソ中立条約の一方的破棄の情報は日本側にすでに、もたらされていたことである。しかも4ヶ月も前に、、、この相手に戦争和平交渉をゆだねる事がどれだけ愚かな行為であったかは、、誰でも想像できるでしょうね。

如何に情報戦に疎かったか、戦争指導者層がいかに無知であったか、、情けなくなるような、低レベルの戦争であったと思うのですよ。

Re: 秋葉広島市長、米国の原爆投下を容認!

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 23:44 投稿番号: [18726 / 41162]
_>、「原爆投下を『日本の植民地支配から解放した』と肯定する考えが根強いアジアの声に触れながら議論を深め、多民族が共感、納得できる施設にしたい」と述べた。”


当然の結果ではないだろうか?   おいらは当たり前の事とおもうけどね。
1945年3月には大日本帝国陸海軍の戦力はすでに連合国軍に対抗しう戦力資力は無かった   御前会議において   天皇に陸海軍統帥部より上奏されていた。しかし、天皇の   さらなる一撃を加え講和を有利に運びたい   との一言で、一億総特攻、本土決戦が試みられることとなったことは、6月の帝国議会における鈴木貫太郎の一億総特攻   本土決戦施政方針演説を読めば明らかである、その時すでに沖縄守備隊は全滅していたのである、戦艦大和も   一億総特攻のさきがけとして   豊後水道に横たわっていた。国体の護持だけを旗印に、日本民族の滅亡へひた走り続けていたのが、日本政府であった。
7月には連合国側の降伏勧告を無視し、日本国民   日本兵   そして連合国軍兵士を無駄に死なせた責任は大きい、ソ連に講和の仲介を依頼し、それを期待していたとは、実に情けない話ではないかい?すでにソ連は日ソ不可侵条約の不継続を日本政府に連絡済みであるにもかかわらずだ(笑)

原爆投下によって、日本民族大和民族は滅亡から救われたといっても過言ではない。   連合国軍も沖縄戦では最大の被害を出している、これが本土決戦となると   その被害状況は計り知れないものとなる。アメリカ軍将校も若い兵士を無駄に殺すことはできないだろう、戦争を終結できる新型爆弾があるのにだ、、もし、日本が先に原爆を開発していたとしたら、そこ彼処に、投下していたことは容易に判断できるだろう。貴方が最高司令官であったとしたならば、新型爆弾投下を人道上、阻止しただろうか?   阻止できたとするならば、戦士した将兵への言葉は、、どんな言葉を吐くのだろうか?

日本は敗戦により   繁栄できた国だ、、それを忘れちゃいかんよ(笑)

ということは取りも直さず、戦前   戦中の   政治は間違っていたという   明らかな証明でもある。

GHQによる   農地改革で小作農民は土地を安価にて自分の物にし、そして豊かになれた。財閥解体によって、経済   産業は   成長した。連合国の協力支援により、アジアの工場として、アジアの発展に寄与できたのではないだろうか?

原爆投下は日本人が阻止することが出来た   問題じゃないだろうか?
新型爆弾開発の情報は日本政府はしっていたのだから、、また、以前には広島資料館に   新型爆弾投下の予告ビラが展示されていた。

日本政府も原爆投下に   連合国側に抗議など出来ないと決議してる。

Re: 石原都知事と東條英機

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 23:37 投稿番号: [18725 / 41162]
>石原氏は中学生のときに二回東京裁判を傍聴している。
>実際に日本の戦争犯罪人を見ている歴史の生き証人である。


・゜・(ノ∀゜)・゜・ブワッハッハッハ
2回東京裁判を傍聴すると歴史の生き証人になれるのか?!
ωαγατα..._〆(゜▽゜*)

Re: 「盧溝橋事件の真相」=牟田口 廉也?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 23:16 投稿番号: [18724 / 41162]
あはっっははは、、


創作落語でも   もっとおもしろいぜ、、

より綿密に   見てきたことのようだな、、こういうのは   ほとんどが嘘話って相場はきまってんだけどね(笑)

ま〜〜鰯の頭も信心からだ、、念仏唱えてなよ(笑)

Re: 秋葉広島市長、米国の原爆投下を容認!

投稿者: tahigasi640 投稿日時: 2007/06/02 22:18 投稿番号: [18723 / 41162]
人類の敵は数々あれど、S,リーバーはその一人に列せられました。彼が何民族かは知れませんが、人類のなせる不条理・・・偏見・不平等・無知など・・・人として認められる素養を逸脱して、鬼畜の世界をを選択したのです。キリスト教徒であるならば、すなわち、悪魔に身も心も捧げたという事です。
広島市民がその事を許すのならば、悲しすぎます。どうして何んでしょうか?
日本人としても情けないです。

Re: 秋葉広島市長、米国の原爆投下を容認!

投稿者: konoyo_anoyo 投稿日時: 2007/06/02 21:52 投稿番号: [18722 / 41162]
<「原爆投下を『日本の植民地支配から解放した』と肯定する考えが根強いアジアの声に触れながら議論を深め、多民族が共感、納得できる施設にしたい」と述べた。”

スティーブン・リーパ理事長を糾弾したいもんですね。

アジアが欧米の殖民地だったのを同じ黄色人種である日本人が解放した。

欧米人は自国こそ正しいと思ってるんだろう。一神教のキリスト教の傲慢さそのものですね。

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: maximirion 投稿日時: 2007/06/02 20:10 投稿番号: [18721 / 41162]
>「通説」の側はいちいちゼロから正しさを証明する必要なんてない、ってはなしですよ。相対性理論でもいいんですよ。

ROMしてみたが、反駁して相手のレスの指摘は結構御熱心だが、肝心の反論は殆ど見受けられない。
その原因は、議論の前提に謝りがあるからだろう。

「通説」というのは、「定説」にはなっていないが風聞が固定化したものだ。
周知の認識と言うだけであって、証明も成されていなく、根拠も固定できていないから「定説」に未だならずだから「通説」なのだよ。

故に「通説」を持ち出して議論をするものは、その通説の根拠を確固たる論証で示さなければならないのは当然の義務だ。
それもなくして「通説」とであるということにあぐらを掻くものには、対論をぶつければ事足りるのが、世の習いだ。

それでもどちらの論がより事実に近いか結論を得たければ、自分の信ずる通説に論拠と証拠を付けて論証する必要があるのだよ。

横着者には、真実の光は当たりません。
だから、そういうものを不明の輩という。

Re: 石原都知事と東條英機 - ②

投稿者: maximirion 投稿日時: 2007/06/02 19:49 投稿番号: [18720 / 41162]
>「鬼畜米英」、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱めを受けるな」(戦陣訓)と教えこまれ、死を強制された日本人が、その最高責任者の自殺未遂を中途半端で、かつ未練がましく見苦しいと感じたとしても何ら不思議なことではなかった。

まともな教育を受けた戦前従軍者は、戦陣訓に以下のその部分が以下の他の部分と補完し合うことを知っていた。
従って、戦陣訓をも共に読解出来ない者か歪曲しかできない様な後世の者が、その一節だけ抜き出して、全くの見当違いな虚言を触れ回るのは愚考だ。

本訓   其の二

第六   責任

  任務は神聖なり。責任は極めて重し。一業一務忽せにせず、心魂を傾注して一切の手段を尽くし、之が達成に遺憾なきを期すべし。
  責任を重んずる者、是真に戦場に於ける最大の勇者なり。

第七   生死観

  死生を貫くものは崇高なる献身奉公の精神なり。
  生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を尽くし、従容として悠久の大義に生くることを悦びとすべし。

第八   名を惜しむ

  恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。


本訓   其の三

第一   戦陣の戒


  一瞬の油断、不測の大事を生ず。常に備へ厳に警(いまし)めざるべからず。
  敵及住民を軽侮するを止めよ。小成に安んじて労を厭ふこと勿れ。不注意も亦災禍の因と知るべし。

  軍機を守るに細心なれ。諜者は常に身辺に在り。

  哨務は重大なり。一軍の安危を担ひ、一隊の軍紀を代表す。宜しく身を以て其の重きに任じ、厳粛に之を服行すべし。
  哨兵の身分は又深く之を尊重せざるべからず。

  思想戦は、現代戦の重要なる一面なり。皇国に対する不動の信念を以て、敵の宣伝欺瞞を破摧するのみならず、進んで皇道の宣布に勉むべし。

  流言蜚語は信念の弱きに生ず。惑ふこと勿れ、動ずること勿れ。皇軍の実力を確信し、篤く上官を信頼すべし。

  敵産、敵資の保護に留意するを要す。徴発、押収、物資の燼滅等は規定に従ひ、必ず指揮官の命に依るべし。

  皇軍の本義に鑑み、仁恕の心能く無辜の住民を愛護すべし。

  戦陣苟も酒色に心奪はれ、又は慾情に駆られて本心を失ひ、皇軍の威信を損じ、奉公の身を過るが如きことあるべからず。深く戒慎し、断じて武人の清節を汚さざらんことを期すべし。

  怒を抑へ不満を制すべし。「怒は敵と思へ」と古人も教へたり。一瞬の激情悔を後日に残すこと多し。
  軍法の峻厳なるは特に軍人の栄誉を保持し、皇軍の威信を完うせんが為なり。常に出征当時の決意と感激とを想起し、遙かに思を父母妻子の真情に馳せ、仮初(かりそめ)にも身を罪科に曝すこと勿れ。

第二   戦陣の嗜


  陣中の徳義は戦力の因なり。常に他隊の便益を思ひ、宿舎、物資の独占の如きは慎むべし。「立つ鳥跡を濁さず」と言へり。雄々しく床しき皇軍の名を、異郷辺土にも永く伝へられたきものなり。

  総じて武勲を誇らず、功を人に譲るは武人の高風とする所なり。
  他の栄達を嫉まず己の認められざるを恨まず、省みて我が誠の足らざるを思ふべし。

  諸事正直を旨とし、誇張虚言を恥とせよ。

  常に大国民たるの襟度を持し、正を践み義を貫きて皇国の威風を世界に宣揚すべし。
  国際の儀礼亦軽んずべからず。

  万死に一生を得て帰還の大命に浴することあらば、具(つぶさ)に思を護国の英霊に致し、言行を慎みて国民の範となり、愈々奉公の覚悟を固くすべし。

Re: 石原都知事と東條英機 - ①

投稿者: maximirion 投稿日時: 2007/06/02 19:49 投稿番号: [18719 / 41162]
>東條の自殺は、最高の戦争犯罪者(責任者)のそれとしては、「一死以て大罪を謝し奉る」、「神州不滅を確信しつゝ大君の深き恵にあみし身は言ひ遺すべき片言もなし」との遺書を残して割腹自殺を図った阿南とあまりにも対照的であった。敗戦から1カ月近くたった、しかもGHQによって逮捕命令がだされ、逮捕寸前にアメリカ官憲の前でしかもピストルでの自殺未遂を、日本国民は実に冷やかに受け止めた。

そもそも敗戦になった時点で、国家指導者であり、軍の実権を握っていた東条英機が自決を許される立場に無いのだよ。
阿南は、上級将校であるが故に果たさなかった責任を自決によって処することが許される立場にあったのだ。

切腹や自決で責任をとる立場で有るときは、あくまで武家の臣下が武家の主君に対しての場合だ。
敗戦の際に武家の主君が臣下や領民に報いる場合には、最善の方法で身を以てその責任を処すものであって、それは必ずしも自決ではない。

武家でない者は、臣下として主に自決を以て責任をとる立場には成り得ない。
まして、敗戦の際に自決することは、責任をとらないことに同じである。
その処分を勝った相手に委ねて身を差し出し、主や立場上守護すべきことを担保するのがその責任の取り方である。

東条の行動の中にある問題点は、米軍に虜囚とされるのなら自決という選択肢を持っていたことにある。
それは、個人的な美学による者以外の何者でもなく、天皇陛下の臣下であり日本国臣民に対して責任をとる立場にあった者としては、敗戦の際に自決の選択肢は端から許されていなかったのだ。

さらに言えば、「逮捕寸前にアメリカ官憲の前でしかもピストルでの自殺未遂」というのは間違いであり、東条がピストル自殺を謀った時には、その部屋には鍵が掛けられ、アメリカの官憲などは部屋にいなかったのだ。
東条は、米軍兵士のみならず身内や部下などにも阻止されることがないように再審の注意を払って密室で自決を謀ったのだ。

万が一にも命をアメリカの官憲に命を取り留められたくなくて、即死できる方法を彼なりに選択したが、戦犯として訴追して公開の法廷に立たせたかったGHQに必至の救命をされたのだ。

秋葉広島市長、米国の原爆投下を容認!

投稿者: yahmadasan 投稿日時: 2007/06/02 19:38 投稿番号: [18718 / 41162]
5月31日中国新聞によると、
”原爆資料館(広島市中区)を運営する広島平和文化センターのスティーブン・リーパー理事長は30日、館の展示内容を見直す検討委員会に、中国、韓国人らアジア出身の委員を起用する方針を明らかにした。リーパー理事長は中国新聞のインタビューに、「原爆投下を『日本の植民地支配から解放した』と肯定する考えが根強いアジアの声に触れながら議論を深め、多民族が共感、納得できる施設にしたい」と述べた。”
  スティーブン・リーパー理事長は、日本在住のアメリカ人であり、秋葉広島市長が任命した人物である。秋葉市長はこの発言を黙認し容認している。こんなことは被爆国日本としては絶対に許せない。この理事長を即刻解任せよ。解任できなければ市長をリコールせよ。

Re: 「盧溝橋事件の真相」=牟田口 廉也?

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/06/02 18:38 投稿番号: [18717 / 41162]
7月
4日、盧溝橋における空砲演習を中国側に通告
7日、演習まぎわ、銃撃される。
8日、反撃開始

9日、蒋介石は、四川にいた何応欽を南京に帰って軍の再建を行うよう命じ、
  盧山にいた孫連仲に中央軍二個師を率いて平漢線を保定・石家荘まで北上するよう指示し、
  軍事関係各機関に総動員準備、各地の警戒態勢強化を命じた。

10日、停戦協定の協議中、兵を動かさないようにとの申し出があったので、日本軍が守っていると夜襲された。

11日、日本政府3個師団の派兵を声明
  政府声明「・・・いったん第二十九軍側において和平的解決を承諾したるにかかわらず、
  突如七月十日の夜に至り、彼は不法にもさらに我を攻撃し、再びわが軍に相当の死傷を生ずるに至らしめ、
  しかも頻りに第一線の兵力を増加し、さらに西苑の部隊を南進せしめ、中央軍に出動を命ずる等
  武力的準備を進むるとともに、平和的交渉に応ずるの誠意なく・・・」

  しかし、
  「現地軍としては、派兵の必要を認めない」という趣旨の冷静な意見具申の電報をも東京中央に打電。
  出兵は延期される。

11日、停戦協定調印

12日、外交部長王寵恵から南京の日本大使館に対し 「停戦協定を無効」 と通告。
13日、蒋介石は宋哲元に 「平和解決はあり得ない、政府は対日宣戦を決定した、
  決して単独行動をとってくれるな」 と電報

13日、中国兵が大紅門にて、移動中の日本軍トラックに手榴弾を投げ込み全員爆死さす。
14日、団河付近で中国兵が移動中の天津騎兵を惨殺

14日、橋本参謀長は、関東軍の増兵部隊を山海関に止め置き、朝鮮軍の増援部隊を唐山に止め置くことに、
  決定、発令した。
15日、寺平補佐官は、関東軍を留め置くため交渉に行く。
16日、寺平補佐官は、留め置きに成功し戻ってくる。

16日、蒋介石は、宋哲元に 「戦備を整えよ」 と打電
17日、蒋介石は、 『生死関頭』 演説をラジオから流す。

19日までに蒋介石は、30個師団を北支に集結させ、
22日までに梅津・何応欽協定を破って、蒋介石直属の師団を河北省に入れる

24日、郎坊付近で日本軍の電話線が切られたので、修理に行く
25日、郎坊付近で日本軍の電話線がまた切られ修理に行き、手間取って、駅で寝ていると攻撃される。
26日、広安門から広部部隊が入城しているところ、途中から城門を閉められ、兵を分断されて攻撃される。


26日、香月中将は、中国側に最後通牒を出す。
28日、最後通牒どおり、攻撃を開始する。

29日、冀東防共保安隊が、通州で日本人居留民約260人を虐殺す。
30日、虐殺保安隊が北京にやってくる。
  南京の僞放送に騙されたことに気づき逃げるがつかまる。   日本軍は、これを釈放する。


8月
1日   石射猪太郎外務省東亜局長は、大幅に譲歩した和平案を作成、これに近衛首相以下飛びつく。
  これをもって9日上海に和平会談を設定

中国は、上海の外側に、遠巻きに保安隊を配置し、徐々に包囲網を狭めてい
6日、同盟通信上海支局長の松本重治氏が遭遇、追い返される。
   この日、中国は廬山で第一回国防会議を開き、長期戦略を策定

9日、中国は日本海軍の大山中尉を虐殺して、和平会談をぶち壊す。
  第三艦隊司令長官は陸軍の応援を具申するが、米内海相が「目下和平交渉に期待しているから」と却下。
  海軍は、陸戦隊を1200名程増派

11日、追加の陸戦隊到着、しかし、日本人居留区は既に保安隊に包囲されていた。
  夜、中国は上海付近の鉄道を抑えて、大軍を送り込み、
12日、通称日本租界を包囲、保安隊と合流。
  中国は黄浦江と揚子江の江陰という所に船を沈めて川を封鎖。
13日、中国は上海攻撃開始。

13日、この日、日本はやっと陸軍の派遣を決定。

14日、中国は、上海市街を爆撃。
15日、日本、渡洋爆撃を敢行する。
23日、日本陸軍呉淞上陸、
    中国軍機   上海南京路爆撃

――――
これが、本当の歴史だよ。都合のいい記事ばかり選ぶんじゃないよ。アホー。

Re: 「盧溝橋事件の真相」=牟田口 廉也?

投稿者: anti_mainas_shikou 投稿日時: 2007/06/02 18:22 投稿番号: [18716 / 41162]
虚偽を交えた歴史、ご苦労さん。
本当の歴史を書こう


1937年7月
4日、冀察外交専員の林耕宇より、空砲の演習でも事前連絡してくれとの要請あり。
  そこで、 《7月6日、7日、9日、10日の4日間、日本軍が盧溝橋の原で昼夜空砲を使って演習する》
  という事を中国側に通達。

7日夜10時半、盧溝橋での演習終了まぎわ、永定河堤防より銃撃される。
  危険なので 「伏せ!」 とやると、また、十数発跳んで来た。
  点呼すると、一人足りない。
  そこで、豊台に騎馬で連絡にいかせた。

  一木大隊長が、旅団に連絡したら、旅団長が出張中なので、連隊に電話、牟田口連隊長が出、
  「部下を率いて談判に行きたい」 と許可を求めると、連隊長が許可した。

  一方、旅団から特務に連絡が行き、寺平補佐官が軍使として派遣されることが決定。
  この時、林耕宇も立会人として呼ばれる。

  寺平補佐官や林耕宇らが特務にいる時、旅団より、行方不明の兵士が戻ったことの連絡がはいる。
  従って、これは議題にならない。

8日午前三時二十分ころ第3回目の銃撃があった。
  午前四時少し前   軍使一行出発
  現地より仮設電話が開通、連隊と通話。   牟田口連隊長は、軍使派遣を伝える。

  一木大隊長は、また、銃撃があった事を報告、反撃の許可を求める。
  午前四時二十分!牟田口連隊長は、許可す。
  午前五時三十分、軍使が宛平城に入って、交渉中、第4回目の銃撃があり、日本軍反撃を開始す。

  人質状態の中、補佐官は、どうやって戦闘を停止させるかを考えた。
  永定河を挟んで両側に軍を引き離すというもの、これを営長の金振中に話すと賛成。
  ただし、「自分はこの城の防備を任されている。自分の一存では動けない」と言った。

  そこで、北京に行って話をつけることとなった。
  しかし、市長の秦徳純が逃げて捕まらない。やっとのことで捕まえて、交渉するが、応じない。

9日午前1時10分   やっと兵の分離案を受け入れた。
  午前5時、日本軍が引揚げようとすると、宛平城から砲撃してきた。

  特務に怒りの電話がかかってきた。 「機関は二十九軍の親戚かッ!」
  それで、また、交渉となった。

10日午後4時、停戦協定の詰めの本交渉の間、不測の事態があってはいけないので、
  軍を動かさないよう、中国側から申し入れが、あった。
  日本軍が約束を守っていると、中国軍が夜襲をかけてきた。

  これより先、埼玉県の海軍受信所は7月10日(土)午後2時、北京の米海軍武官から米本土にあてた
  「信頼スベキ情報ニヨレバ、第29軍、宋哲元麾下ノ一部将兵ハ現地協定ニアキタラズ、
  今夜7時ヲ期シ、日本軍に対シ攻撃ヲ開始スルコトアルベシ」という電報を傍受していた。

  この情報はすぐさま、陸軍省に伝えられたが、陸軍側は
「何かのデマだろう、現地協定ができている以上、そんな事はある筈がない」
  と取り合わなかった。
  結果、襲撃された。

つづく

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2007/06/02 16:29 投稿番号: [18715 / 41162]
いつものすり替え・曲解か。

>では南京事件は歴史的事実であることが

まず南京事件の内容を明らかにしてから言うべきだな。
それがなければ詭弁に過ぎん。

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 15:32 投稿番号: [18714 / 41162]
なるほど、warazzuさんによれば日本の教科書も北朝鮮の教科書も似たり寄ったり、ということですか。
私はそうは思わないんですけどねぇ。縮地法もインテリジェント・デザイン説も出てきませんから。
もっとも、歴史教科書に神話を載せるのに熱心な勢力も存在しますから、油断はできませんね。

>教科書がどうのとか政府がどうのとかは「通説」の説明くらいにはなりますが

なるほど。では南京事件は歴史的事実であることが「通説」であることはお認めになりますね?

>公共圏ねえ。。。進化論やら通説それ自体を問題にする場合はその証明を検証するのは当然でしょう。

通説に異議を唱える側が有力な反論を行なうことができれば、のはなしですね。

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: warazzu 投稿日時: 2007/06/02 12:30 投稿番号: [18713 / 41162]
まず「とんでも」で始まるもともとの文章

>とんでもない。南京事件は教科書にも載っていて日本政府も存在を認めている歴史的事実なんだから、「なかった」と言う方が一方的に立証責任を負うんです。

聞くところによると北朝鮮の"教科書"には

「将軍様は『縮地法』でもって、東西南北を縮めて行き来したといいます。」

なんてな記述(通説?)があるそうですが、これもcheap_thirll氏論法では「なかった」が示されない限りは「あった」となるわけだ。なんとも北朝鮮らしい話。

特に名誉に関わる問題においては、「あった」が示され無いなら「なかった」とみなすのが'通説'でしょう。教科書がどうのとか政府がどうのとかは「通説」の説明くらいにはなりますが、「なかった」側に立証責任とやらを負わす理由ににはなりません。

>公共圏での議論において進化論の正しさをいちいち証明する必要がないのと同じことです。
>「通説」の側はいちいちゼロから正しさを証明する必要なんてない、ってはなしですよ。

公共圏ねえ。。。進化論やら通説それ自体を問題にする場合はその証明を検証するのは当然でしょう。
進化論を前提とする場でその応用論などを議論する場合はいちいちゼロから証明する必要はありませんがね。なかなか上手にすり替えますね。

Re: なんか勘違いしてるなぁ…

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 10:51 投稿番号: [18712 / 41162]
>外務省が勉強もせずに考えているだけ。

それはあんたがそういいはってるだけだろ?   いま問題なのは「常識」がどっちか、なんだよ。常識が間違ってる場合もあることは認めるよ。しかしどっちが「常識」かと言えば、あんたの言ってることの方が非常識だ、ってことくらい認めなよ。インテリジェント・デザイン説も含めてさ。

>文科省が言う「日本や東アジアの近現代史の専門家」とは、「大虐殺捏造派」として有名な

なんで秦郁彦とかは抜かすのかな?

>支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ。

なんとかの一つ覚えだな。なんの根拠もナシに言い張ってる相手には『日本人捕虜』読め、と答えれば十分よ。

>>なるほど。名簿がなくても「虐殺はあった」と言っていいんだ?   じゃあ、南京大虐殺の犠牲者の名簿を出す必要もないよね?   他の証拠があればいいんだよね?
>
>
>いいよ。

「いいよ」というのは、「名簿の有無」が大虐殺を考察する際に本質的な問題ではない、ということを認める、ってことでいいわけ?

>「お〜!」以外にも述べただろ。

関係ないことをな。肝心なのはこっちだ。「南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?根拠を示しなさい」って言ってたのはなんなんだよ?

>その「30万」という数字にどのような根拠があるかは関係ないんだよ。


>そうだよ。
>つまり、「30万」という数字には根拠はない。

馬鹿か?   いまは「30万」という数字にどのような根拠があるかは関係ない、っていってるんだよ。早く答えろよ。「南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?根拠を示しなさい」って言ってたのはなんなんだよ?   言えないならこっちから言ってやろうか?   「30万」という数字がずっとあとから出て来たものだという嘘をつくために、南京軍事法廷の判決の「30万」という数字を隠蔽しようとしたんだろ?

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 10:43 投稿番号: [18711 / 41162]
>そう、そう。

そう、そう。「科学的な主張だ」「学者も認めている」というから「ほんまかいな?」と調べてみたら、学者は学者でもその分野の専門家はほとんどいなくて英文学者だったりする、ってところはそっくりですな。

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 10:41 投稿番号: [18710 / 41162]
>何か勘違いした?

うん。ぜんぜん分かってない。

>要点を抜き出して書くこと。また、その書いたもの。摘録。

つまりは「要点を抜き出」す前の、オリジナルがあるというわけですな。南京特務機関長(南京事件の現場にいた人間だ)原田少将他からはなしを聞いた、というのはこのオリジナルが作成された段階のことであって、「抜粋摘記」の段階には関係がない。

>偕行社が書いたことを俺が分析して偕行社の結論を述べたのさ。

うわぁ…すごいいいわけだ。田中正明も松井大将の日記を分析して松井大将の「結論」を述べちゃったのかな。じゃあ私もあんたの投稿を分析して、あんたの結論を述べるわ。「南京事件を否定するためだ、捏造くらいなんだ!」と。

>だったら、俺がするように具体的に示せよ。

まずは「市民虐殺はゼロ」と言い出した方が「具体的に示せ」よ。なんの根拠もなく一方的に主張しておいて、反論したら「根拠示せ」ってのか?   それならデタラメを先にいった方が勝ちじゃないか。

>俺のブログは、オマエのブログと違って人気があるんだ。

そりゃあ結構なことで。頼むからトンデモ創造説にはまる被害者を増やしたりしないでね。

>日本軍は、1937年8月、9月、10月、11月と、ずっと便衣兵に被害を受け続けてたんだよ。

根拠は?   それから12月は?   特に問題になるのが12月13日から17日の間だよな?

>支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ。

なんの根拠もなしに「殺した」って言い張ってるやつがなにエラそうなこと言ってんだよ。

Re: おいおい

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 10:32 投稿番号: [18709 / 41162]
>そう、そう。

みなさん、deliciousicecoffee氏は「必要ない」と「できない」の区別ができないと告白されました。
彼の投稿を読む際にはこの事実を念頭においておく必要があろうかと思います。

>だったら、早く日本軍に虐殺された南京市民の名簿を示すなり、せめて、いつ、どこで、誰が作って、名簿の人数は何人か答えろよ。
>その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?

名簿なんてなくたって「虐殺はあった」と言えるんだろ?   なら名簿の有る無しなんてもうどうでもいい問題じゃない。あんたが「無い」と断言した根拠は知りたいけどな。

>戦闘中の敵兵を殺すか捕虜として保護するかは相手の判断によるのであって

非武装で無抵抗で後ろ手にしばられた敗残兵を殺すのが「戦闘中」か?

>やはり、日本軍は便衣兵によって被害を受けていた。

まず第一に、あれに対応する日本側の資料はあるのか?   自分に都合のいい証言は中国側のものでも鵜呑みにするわけだな?
第二に、あの証言が事実を語っているとして、攻撃があったのは1月1日だよな?   だとするとそれまでの出来事についてはゲリラ攻撃を口実にするわけにはいかないよな?

>これ以上オマエが記録や資料などを具体的に示さないないなら、時間の無駄だから俺はもうやめるよ。

具体的に示したじゃない。『続現代史資料   6   軍事警察』(みすず書房)、『日本人捕虜』(原書房)とか。要するにあれでしょ、読むのが恐いんでしょ。だから時間稼ぎしてるわけだ。あんたこそ「市民虐殺ゼロ」とか「中国軍は日本軍の敗残兵を皆殺し」の根拠あげなよ。

>まずは、日本軍が捕虜情報局を作らなかった証明と、支那軍が捕虜情報局を作った証明をしなさい。

いいや。ものごとには順番がある。まずあんたが捕虜情報局設置の必要性を知っていたのかどうか、またそれが「重要」な問題であることを認めるのかどうか。
そして、あんたが先に「南京だけでも1万人以上の支那人を捕虜にした日本軍より、支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした支那軍」と言い出したんだよ。だから日本陸軍が日中戦争で捕虜情報局をつくったこと、反対に中国はつくらなかったこと、以上を証明する責任はあんたにあるんだよ。

>村上和雄や、アメリカの学者や、ブッシュ大統領などは、統一協会の影響下にあったのか!φ(. . )メモφ(. . )メモ

詭弁で逃走、か。しかしどうあがこうが日本におけるインテリジェント・デザイン説推進勢力の中心が統一協会であることは揺るぎない事実。

>支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ。

あんたの主張にはそもそも根拠が金輪際ないんだから、反論にすら価しないわけよ。ただ思いついたこと言えばいいってもんじゃないのよ?   名簿は?   遺骨は?   人数は?

統一協会とID論

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 10:14 投稿番号: [18708 / 41162]
両者のつながりは理解できた?

順番が違う

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 10:13 投稿番号: [18707 / 41162]
>支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ

『日本人捕虜』読め、って言っただろ?   なんの根拠も示さずに言い張ってるだけの相手にはこれで十分よ。

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: cheap_thirll 投稿日時: 2007/06/02 10:08 投稿番号: [18706 / 41162]
>進化論を持ち出して「南京ナントカは証明する必要の無い事実」だなんていう

>史実の説明に進化論をこじつけたトンデモ論

進化論をひきあいに出した意味がまったく分かってないじゃん。「通説」の側はいちいちゼロから正しさを証明する必要なんてない、ってはなしですよ。相対性理論でもいいんですよ。

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: warazzu 投稿日時: 2007/06/02 07:57 投稿番号: [18705 / 41162]
>「現在は知的設計論の台頭によって必ずしも十分正しいなどとは言えなくなった」と考える人がいるところを見ると、進化論否定者の戦略はうまくいっているようです。

>南京事件にも同じような構図がありそうですねえ。

歴史は散々政治利用されますから、政治においては、歴史なんていわばその構図の歴史なんじゃないのでしょうか。

そもそも進化論と南京史実を同列にはできないでしょ。史実は(人が書いた)記録に頼らざるを得ないのですが、権力者などにより一方に都合よく記録されたり、意図を持って記録されたりしうるわけですから。(進化論の対象である自然現象には人間が関与する余地はないですよね。)

進化論を持ち出して「南京ナントカは証明する必要の無い事実」だなんていう時点で怪しさ100倍、これが何かの勧誘の説明なら速攻断るところです。長々と続いてますが、名簿なるものがあるというなら示せばよいだけのことで、相手に「ないことを示せ」と言った時点で終わってます。

深読みするほどの話じゃなくて、史実の説明に進化論をこじつけたトンデモ論に、同レベルのナントカデザイン説で応じ合ってるってとこじゃないでしょうか。

Re: 石原都知事と東條英機

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2007/06/02 07:35 投稿番号: [18704 / 41162]
>石原都知事は歴史の勉強が足りず勘違いばかりしている。>

石原氏は中学生のときに二回東京裁判を傍聴している。
実際に日本の戦争犯罪人を見ている歴史の生き証人である。

勉強が足りず勘違いしてるのは、コーヒーバカエモンとかいうマヌケな
若造じゃろ。

水島某とかいう借金まみれの男が作ろうとしているお笑いインチキ映画
の賛同者の中に石原氏の名前が入っとるようじゃが、無断で名前を
使ってるんじゃないのか?
怪しいもんじゃの。

東條が自殺未遂に使った拳銃はアメリカのミュージアムに展示してあるらしいが、本物かどうかは分からんじゃろ。
銃の口径がいくつでも、東條が自殺に失敗した醜態の事実はかわらんよ。
まあ、狂言自殺と言われてもしかたないの。

南京確信犯は重箱の隅をつついて、したり顔をしとるが、何の説得力もないの。

歴史観が違うのを「妄言」と呼ぶ妄言

投稿者: history_fiction_and_fact 投稿日時: 2007/06/02 06:51 投稿番号: [18703 / 41162]
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143582&tid=fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6af c0a9oa29ta4obbvbcb&sid=1143582&mid=1&type=date&first=1

>南京大虐殺や従軍慰安婦強制連行はでっち上げだと妄言を吐く人が増えている。(投稿者:yuukouheiwa)

「歴史認識」は人によって違うのが当然で、たかが歴史観が自分と違うからといって「妄言」などと決め付ける態度自体が異常。

歴史観が違う程度で「妄言」なら、邪馬台国の「畿内派」と「九州派」は互いの説を「妄言」と呼ばねばならなくなるし、玄奘が天竺への旅に出發した年も2説あり、一方は「妄言」ということになる。

正誤、賛否は各人が判断するとして、「歴史認識」はどんなものであろうと、信じるのは個人の自由である。
ただ、歴史の中で特定の時代の、特定の事柄を強調した場合、それに対する反論は当然出てくる。

そもそも一部の人たちが「南京大虐殺」だの「慰安婦」だのをことさら強調して騒ぐから、その事実認識だけに対しても異論のある人が、同じ土俵に上がって論じてくるのは当然である。

関心のない人たちにとってはどうでもいい問題である。

それこそ、恐龍絶滅の理由、聖徳太子が存在したか否か、巌流島の戦いの実情など、諸説紛紛である。
源頼朝、足利尊氏など、我々が見慣れた肖像画が本人のものかですら、疑問の余地がある。

大体、藝能人が亡くなっただけで、どういう趣味か死因を色々推測する人が出てきて、どうしても見解が分かれる。

歴史に関しては定説を一つ傳えるとその定説が全部間違いだった場合の問題が大きくなるので、極力幅廣い(できれば両極端な)複数の見方を用意しておく必要がある。

また60〜70年前の戦時中のことなど、被害者も加害者も責任者もほとんどこの世からいなくなっている。みな、本などからの傳聞で勝手に語るのみである。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=l&board=1835209&tid=5ubcbnrbbk7e0jaa8l&sid=1835209&mid=119

http://8303.teacup.com/histoirehistoryherstorystory/bbs

Re: 石原都知事と東條英機

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 06:51 投稿番号: [18702 / 41162]
日本兵は捕虜になる前に全員   戦死たことになってるんだがね(笑)

国民党軍   共産軍の捕虜になりましたって、申告した日本兵は皆無だよ(笑)

日本外務省も捕虜の存在を認めてはいない、、少なくとも敗戦後20年までは、、、ね。

日本軍を知るべしだろ、、それがこの戦争を知ることだと思うけどね。

アメリカ大統領ルーズベルトの「隔離演説」

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 06:47 投稿番号: [18701 / 41162]
日本海軍機による無差別都市爆撃による民間人の殺害は米国、英国など欧米諸国においては早い段階から新聞   ラジオ、ニュース映画などで世界に報道された。

石射猪太郎外務省東亜局長が「日本の新聞はもうだめだ!」(10月4日)と記すように日本の新聞だけが無差別都市爆撃の違法性、残虐性を報道せず、「戦果」だけを誇大に報道していた。

日本海軍の爆撃に対する世界の非難が高まる中でイギリスは「都市爆撃に対する国際連盟の対日非難決議 」を提出し、9月28日「全会一致で採択した」(日本は1933年に国際連盟を脱退)

「日本航空機による支那における無防備都市の空中爆撃の問題を緊急考慮し、かかる爆撃の結果として多数の婦女子を含む無辜の人民に与えられたる生命の損害にたいし深甚なる弔意を現し、世界を通じて恐怖と義憤との念を生ぜしめたるかかる行動に対しては、何ら弁明の余地なき事を宣言し、ここに右行動を厳粛に非難す。(日本外務省「日本外交年表 竝主要文書下)

10月5日アメリカ大統領ルーズベルトは、シカゴにおいて、侵略国を伝染病に例え、国際社会の健康を守ためには隔離すべきだと「隔離演説」を行った。

「宣戦布告も警告もなく、又、正当な理由もなく婦女子を含む一般市民が、空中からの爆弾によって仮借もなく殺戮されている。戦慄すべき状態が現出している。この様な好戦的傾向が漸次他国に蔓延する恐れがある。彼らは、平和を愛好する国民共同行動によって隔離されるべきである」
(支那事変陸軍作戦)

こうした日本海軍の中国都市への戦略爆撃に国際批判の高まりを憂慮して石射猪太郎は「世界は今や、日本に向かってあらゆる言葉をもって、非難を浴びせている、それは決して驚く所ではないが、憂うべきは日本自体の無反省だ」と日記に記している。

Re: 「盧溝橋事件の真相」=牟田口 廉也?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 06:43 投稿番号: [18700 / 41162]
南京無差別空爆、夜間空襲の恐怖
8月15日の南京渡洋爆撃は「空前の戦果を収めて帰還」と新聞等に報道されたが、木更津航空隊も虎の子の航空兵力であった96式陸上攻撃機を4機撃墜され6機が被弾による修理のため使用不可となった。中国側の国防力を軽視しての結果、戦闘機の護衛のない状態での出撃であったこt、悪天候下に白昼低高度の爆撃を試み敢行したことが原因であった。(中国方面軍作戦1)
海軍はその後、中国戦闘機の追撃を受けない夜間空襲に作戦を変更し、昼間に爆撃を行う場合には高度3000m以上からの高々度爆撃に変更した。
南京夜間空襲は連夜のように敢行され、8月27日の場合には午前1時40分、2時20分、4時頃と真夜中から明け方にかけて3回の空襲を数えている(上海新聞「日報」)

夜間空襲のもう一つの恐怖は 日本軍爆撃機が「毒ガス」を散布することである。(ウイルソン文書)

8月29日   南京駐在の米国、英国、ドイツ、フランス、イタリア、5カ国外交代表が、南京空爆に抗議して爆撃行為の停止を求める抗議書を日本政府に提出した。
「いかなる、国の政治首都に、とりわけ戦争状態にない国に対する爆撃に人間性と国際礼譲についての配慮を必要とするような抑制について日本側に適当な配慮を促すべきである。(米国関係資料集)

日本が宣戦布告もしていない中国の南京を爆撃し、非戦闘員を殺害したことは、人間性と国際道義にもとる行為であると、強く非難した。

人権感覚欠如は日本人の特権だからね。

しかし、国際非難なんのその、とばかり長谷川清第3艦隊司令長官は「南京政府動揺し、奥地に移動の情報あり、さらに、南京を徹底的に空襲の要あり」と指示していた。(中国方面海軍作戦)

連日の夜間爆撃の恐怖に 耐えられなくなった南京住民は脱出し始めた、まず米国、英国、ドイツなどの外国人が何百人と南京から非難していき、ついで8月末日までに裕福な家庭の人々が遠くの親戚や姻戚を尋ねて非難していった。
残留したのは移動の為の交通手段、運賃もなく、尋ねる宛さえない貧しい人達と公務の為離れられない公務員であった。

ジョン_H_D_ラーベ(後の南京区 安全区国際委員会 の委員長)
ラーべ氏によると、「南京の人口は私が7月に出発したときは、約135万人でした。その後、8月中旬の爆撃の後で、その内数十万人が街を離れた。と記している。(南京事件、ラーべ報告書)

Re: 「盧溝橋事件の真相」=牟田口 廉也?

投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/06/02 06:39 投稿番号: [18699 / 41162]
1937年7月
北京郊外の 盧溝橋で日中両軍衝突(全面戦争始まる)
11日停戦協定成立
12日海軍軍司令部「対支作戦計画内案」を作成
28日日本軍、華北で総攻撃を開始

盧溝橋事件   日中戦争のきっかけとなった日本、中国の衝突事件

1935年以来、日本は華北侵略を企図し、関東軍支配下の冀東、内蒙古両政権と緩衝的な冀察政権(宋哲元)を成立せしめたが、

1937年7月7日北京郊外の豊台駐屯の日本軍が冀察政権の第29軍の駐屯地の近傍にある、北京西郊永定河の盧溝橋付近で夜間演習を実施、その終了時に数発の射撃音があり、たまたま一名の兵士が不在(実際は用便中)であった為、豊台の主力部隊が出動し、兵士は約20分後に発見されたが翌日未明、日本軍は中国軍を攻撃し、永定河左岸を制圧し、9日停戦協定が成立、11日協定に調印、中国軍の永定河左岸駐屯禁止、責任者の処罰、謝罪などを定め、19日細目協定にも調印。

しかしながら、日本軍、日本政府は事件不拡大方針を掲げながら、11日関東軍および
内地3個師団の派兵を声明、これにより、中国軍民の抗日意識が高まり、蒋介石軍の国民政府も態度を硬化させ、華北派兵を企てた。日本陸軍内部の強硬派はこれを好機と捉え27日派兵を決定し、28日総攻撃を開始し、ここに日中戦争が始まった。すべて日本側の企図したことである。

1937年8月
13日上海で日中軍交戦開始、(第二次上海事変)
15日 近衛文麿首相「南京政府断乎    声明」を出す、日本海軍機南京を渡洋爆撃する

    上海派遣軍を「編組」(司令官   松井石根)
29日南京駐在の欧米5カ国の外交代表、南京空襲に抗議し、爆撃停止を求める抗議書を    日本に提出する 。

アホに一言、、、(笑)   続く

Re: 石原都知事と東條英機 - 横

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 04:00 投稿番号: [18698 / 41162]
おい、唐兵。
オマエのそのようなマヌケ投稿に対する反論が#18668なんだよ。
それなのに、その#18668に対して、反論されて論破された内容のレスをして何をしたい?

Re: 南京事件否定論とID論

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 04:00 投稿番号: [18697 / 41162]
>南京事件にも同じような構図がありそうですねえ。


そう、そう。
有りもしない「南京大虐殺」「南京事件」を、「あった、あった」と言うことによって、「あったと言う人が居るんだから、本当にあったんだろう。」と勘違いしている人が実際に多数存在しています。
「あった」と言うなら根拠となる資料をきちんと示してほしいものです。

Re: なんか勘違いしてるなぁ…

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 03:39 投稿番号: [18696 / 41162]
>日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、多くの非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。


外務省が勉強もせずに考えているだけ。



>不法殺害を「ゼロ」「限りなくゼロに近い」とする“まぼろし派”も多いが、文科省は「日本や東アジアの近現代史の専門家がおらず諸説には含めない」としている。


文科省が言う「日本や東アジアの近現代史の専門家」とは、「大虐殺捏造派」として有名な

洞富雄元早大教授
藤原彰一橋大名誉教授
笠原十九司都留文科大教授
吉田裕一橋大教授
江口圭一愛知大名誉教授

の五人の反日左翼学者だが、彼らが後年自ら修正した記述も無視して修正前の記述を採用したり、他者から捏造や間違いを指摘されているのに、それらは一切無視している。



>で、とりあえず「支那軍は支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした」の根拠をお願いします。


支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ。
日本軍が支那兵軍将兵を捕虜として保護した記録があるのに、どうして支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護した(反戦兵士を除く)記録はないの?



>なるほど。名簿がなくても「虐殺はあった」と言っていいんだ?   じゃあ、南京大虐殺の犠牲者の名簿を出す必要もないよね?   他の証拠があればいいんだよね?


いいよ。
他の証拠を示せ。
もったいぶらずに、俺のように最初からきちんと示せよ。
少しは俺を見習えよ。
これ以上オマエが記録や資料などを具体的に示さないないなら、時間の無駄だから俺はもうやめるよ。
俺は、オマエと違ってブログが忙しいんだよ。
俺のブログは、オマエのブログと違って人気があるんだ。



>「お〜!」じゃないよ。「南京軍事法廷の「殺戮」の数字が「30万」って本当なの?根拠を示しなさい」って言ってたのはなんなんだよ?   リアクションは「お〜!」だけなのかよ?


「お〜!」以外にも述べただろ。

(再掲)

お〜!
やれば出来るじゃん。
今度からは、そのように俺を見習って最初からきちんと示すように。

他の件もよろしく。
━━━━━━━━
1.南京虐殺の犠牲者名簿があると言うが(#18510)、名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?人数は何人?

2.第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されていると言うが(#18567)、何と記録されているのか?

3.戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録があると言うが(#18567)、その記録は、いったい、どのようにあるのか?本当に国民党軍の話か?
━━━━━━━━

ところで、「南京軍事法廷の被害者総数は三〇万人以上」についてだが、オマエはそれを事実だと主張するわけ?
違うだろ。
根も葉もない完全なでっち上げだよな。
論点は、オマエが言った、岡村が、【国民党に遠慮したというのなら、なぜ「殺戮」の数字が「30万」になってないんですか?   おかしいじゃないですか。南京軍事法廷の判決を否定してますよ?   これをどう説明しますか?】だったから、以下の説明で十分だよな。

―――――――
ベイツは東京裁判で30万人大虐殺などとは言わず、騙し易いように市民1万2千人大虐殺を主張した。
だから、岡村が4〜5万と言っても、おかしくはない。
最近は、共産支那でさえ、30万人説を放棄しようとしている。
―――――――



>その「30万」という数字にどのような根拠があるかは関係ないんだよ。


そうだよ。
つまり、「30万」という数字には根拠はない。
他の件についても、ちゃんと具体的に根拠を示すことが重要だぞ。

Re: 全然、再反論してないくせに

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 03:38 投稿番号: [18695 / 41162]
>だったらなんであんな勘違いするわけ?


何か勘違いした?



>「抜粋摘記」の意味、分かってます?   20字以内で説明してください。


オマエ、自分で調べろ。
アホ。

【摘記】
要点を抜き出して書くこと。また、その書いたもの。摘録。



>なんで「に他人から聞いた話」が「抜粋適記(編集)した」にかかるわけ?   やっぱり「「抜粋適記」の意味が分からないのかなぁ…。


他人から聞いた話も「抜粋適記(編集)した」中にあるが、何か(・0・)?



>にもかかわらず、あんたの「オレ様分析」があたかも偕行社の結論であるかのように、あんたは捏造したんだよ。それは認める?


偕行社が書いたことを俺が分析して偕行社の結論を述べたのさ。



>読んだかどうかも「知らん」わけ?   笑っちゃうな。読んだかどうかも分からないけど市民虐殺については書いてなかった、と主張するわけか。さすがID論を真に受けるだけあるや。私なら恥ずかしくてとてもそんなこと言えないけどな。


だったら、俺がするように具体的に示せよ。
市民虐殺について具体的にしめせ!

オマエは、犠牲者名簿といい、市民虐殺の記録といい、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵の記録といい、「ある」とだけ言って、いつも全然具体的に示さない。
これ以上オマエが記録や資料などを具体的に示さないないなら、時間の無駄だから俺はもうやめるよ。
俺は、オマエと違ってブログが忙しいんだよ。
俺のブログは、オマエのブログと違って人気があるんだ。



>そして223ページに載っているのが「今年の元旦」すなわち1938年1月1日のことだとされていることは隠していたよな?   すなわち、それ以前の敗残兵掃討を「便衣隊の攻撃」のせいにはできない、ということを。


オマエ馬鹿だろ。
日本軍は、1937年8月、9月、10月、11月と、ずっと便衣兵に被害を受け続けてたんだよ。



>つまり、名簿もなけりゃ遺骨もないのに「中国軍は日本軍将兵の捕虜を皆殺しにした」と主張するあんたを見習え、ってこと?


支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ。
日本軍が支那兵軍将兵を捕虜として保護した記録があるのに、どうして支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護した(反戦兵士を除く)記録は全然ないの?

Re: おいおい

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 03:37 投稿番号: [18694 / 41162]
>馬鹿じゃない?   「必要ない」と「できない」の区別もできないわけ?


そう、そう。
オマエは証明は出来ないのだ。



>「ない証明は出来ない場合が多い」と思っていながら根拠もあげずに「名簿は無い」と断言するのはゲマゴーグの手口と同じだな。


だったら、早く日本軍に虐殺された南京市民の名簿を示すなり、せめて、いつ、どこで、誰が作って、名簿の人数は何人か答えろよ。
その名簿って、いつ、どこで、誰が作ったの?
人数は何人?
オマエは名簿が「ある」と言ったんだから、↑これくらいは簡単に答えられるだろ。



>そんなこと言ったら戦時国際法に捕虜の保護規定があることなんか無意味になるだろ?   「戦闘中」に敵兵を殺すのは当たり前、ならまだいいよ。しかし「戦争中」と言うなら、敵国の軍人はいつ、いかなる状況でも「殺すのが当たり前」ってことになるぞ?   それでいいわけ?


捕虜は保護しなければならないが、戦闘中の敵兵を殺すか捕虜として保護するかは相手の判断によるのであって、違法行為があったと言うなら違法行為があったと主張する方が証明しなければならない



>No.18659で、別の人のコメントに返答するかたちで答えてるよ。


やはり、日本軍は便衣兵によって被害を受けていた。



>>このように、事例があるならオマエも俺のように最初からその事例を示せば良いのだ。
>>少しは俺を見習え。
>>わかったね。

>(スルー)


スルーしないでね。
これ以上オマエが記録や資料などを具体的に示さないないなら、時間の無駄だから俺はもうやめるよ。



>「あ、そう」じゃないよ。この条項知らずに日中戦争について語ってきたわけ?   で、「重要」だということは認めるの?   認めないの?   なんせあんたはIDみたいな疑似科学真に受けてるわけだからさ。あとからどんないいわけしてくるか分からないからね。


まずは、日本軍が捕虜情報局を作らなかった証明と、支那軍が捕虜情報局を作った証明をしなさい。



>>南京だけでも1万人以上の支那人を捕虜にした日本軍より、支那事変8年間で一人もマトモに日本人を捕虜にせず反戦兵士にする者以外は投降兵や負傷兵を皆殺しにした支那軍のことを問題にするべきだ。

>(スルー)


重要なことは悉くスルーだな。



>>第十軍法務部陣中日誌などに、日本軍による市民殺害が記録されているなんて知らん。
>>何と記録されているか示してくれ。

>なんでこれば「馬鹿なこと」なの?   基礎資料の一つじゃない。第十軍法務部陣中資料の存在自体を知らなかったの?   存在は知ってたの?


まずは、何と記録されているか示しなさい。



>>何と記録されているか示してくれ。
>>・・・
>>「ある」と言ってる方がある物を示すのが最初だ。
>>同じく、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵についての記録は、いったい、どのようにあるのかね?
>>本当に国民党軍の話か?

>だから秦郁彦の『日本人捕虜』(原書房)読め、って言っただろ?


ちゃんと答えろよ。
いつまで逃げ回ってんだよ。



>>村上和雄や、アメリカの学者や、ブッシュ大統領などは、統一協会の影響下にあるということか?と質問してるんだよ。
>>逸らすなよ。

>逸らしてないだろ?   問題の根本はインテリジェント・デザイン説だろ?   それが統一協会の影響会にあることはすでに示しただろ?


お〜!
村上和雄や、アメリカの学者や、ブッシュ大統領などは、統一協会の影響下にあったのか!φ(. . )メモφ(. . )メモ



>そもそも中国軍が日本軍将兵の捕虜を皆殺しにした、というあんたの主張に根拠がないじゃないか。


支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ。
日本軍が支那兵軍将兵を捕虜として保護した記録があるのに、どうして支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護した(反戦兵士を除く)記録は全然ないの?

オマエは、犠牲者名簿といい、市民虐殺の記録といい、戦争中に捕虜になって敗戦後に引き渡された日本軍将兵の記録といい、「ある」とだけ言って、いつも全然具体的に示さない。
これ以上オマエが記録や資料などを具体的に示さないないなら、時間の無駄だから俺はもうやめるよ。

Re: 石原都知事と東條英機

投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2007/06/02 03:31 投稿番号: [18693 / 41162]
>なに寝言言ってるの。「反戦兵士にする者を除いて一人残らず全員惨殺した」なんて非常識なこと言い出した人間がまずソース出せよ。名簿は?   動機は?   当然遺骨も見つかってるんだよな?


支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護していた(反戦兵士を除く)記録を示せば俺の主張が間違いだったことが決定するんだから、早く示せよ。
日本軍が支那兵軍将兵を捕虜として保護した記録があるのに、どうして支那軍が日本軍将兵を捕虜として保護した(反戦兵士を除く)記録は全然ないの?
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