南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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>>谷寿夫中将の申弁、1948年1月15日

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/08 01:34 投稿番号: [1890 / 41162]
>要は、中国側の作った言葉「南京大屠殺」という言葉や嫌疑について、弁明しているに過ぎず、「南京大虐殺」というそのこと事態を容認した申弁ではないでしょう。

何を言っているのやら。
何で前半部分だけ取り出して論じているの。
つまらん。

後半で「被告の聞知する所にては南京大屠殺は、中島部隊の属せる南京攻略軍の主力方面の出来事にして、其被害者に対しては真に気の毒なるも」と書いてあるじゃないか。

秦氏に限らず、誰だって「谷は大虐殺の存在は認めている」と解釈する文章だ。

yu77799さんへ

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/08 00:47 投稿番号: [1889 / 41162]
反論を読ませて頂きました。

しかし悪い方には受け取らないで欲しいのですが、 yu77799さんの投稿に反論は止めておこうと思います。

問題は「証拠をどう受け取るか」のスタンスの違いのみの様ですので。

そんなワケで。確約では無いですが、俺も少しネットの議論から距離を置いて、自分のやるべき事に専念しようと思います。

仕事と私用で忙しいにも関わらず、俺などの為に時間を割いて頂いたyu77799さんには、感謝。

歴史学とは言い直せば、アイデンティティの為の学問ですから。例えどれだけ研究が進んでも、互いの信念を譲ることは無いのかもしれません。

しかし信念は相容れなくても、誠実に論じようとする人物に対しては、俺は敬意を払います。

と、書くと「アンタだまされてるよ」と、後ろから彼女のツッコミが入りますが(汗)

反論になってなくて、申し訳ない。

東中野氏最新論文を笑う#1番外編

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/07 23:58 投稿番号: [1888 / 41162]
>そのうちの一人、谷中将が冤罪であれば「大虐殺」の根拠は益々乏しくなりませんか。
>それについて当方は『東中野教授の貢献度は「否定派」にとっては計り知れないでしょう』と言っているのですけど。

まず、話題を南京軍事法廷に絞ります。

基本的な質問です。
南京事件の加害主体について南京軍事法廷はなんと述べていますか。

谷判決の中では、第六師団、第十六師団・第十八師団・第一一四師団など…と述べています。
名指しで言及しているのが4つの師団、これだけで5万人は下りますまい。「など」ですから、これより多いことを示唆しています。

つまり、少なくとも5万人以上の犯罪と認識しているわけです。
そののうち、起訴して処刑したのが4人だったわけですが、別に4人の犯罪と認識しているわけではない(当たり前だ)。

だから、『谷中将が冤罪であれば「大虐殺」の根拠は益々乏しくなりませんか』なんていう論理は、稚拙すぎてお話になりません。

少なくとも第16師団・第18師団・第114師団の残りの主要3つの師団の無罪を証明しなければ。
そして谷中将は、大虐殺の存在自体を認めていて、第16師団の行為と述べているのです。

…この程度の史料は、当然東中野氏は知っているはず。(知っていなかったら、学者としての資質が疑われる)
第6師団の史料だけでは事件全体を否定するだけの有効性がないことは、東中野氏自身がわかっているはずです。(わかっていなかったら、学者としての学者が疑われる)

さらに、後任の稲葉師団長の報告を見ると、第6師団の行状も疑わざるをえないことは、既に述べたとおりです。

>谷寿夫中将の申弁、1948年1月15日

投稿者: tm_bit 投稿日時: 2003/08/07 23:48 投稿番号: [1887 / 41162]
----------------------------
谷寿夫の南京軍事法廷での申弁書(1948年1月15日)
又南京に於て中島部隊と共に南京大屠殺を発動せりと論せられあるも、被告の聞知する所にては南京大屠殺は、中島部隊の属せる南京攻略軍の主力方面の出来事にして、其被害者者に対しては真に気の毒なるも、柳川軍方面の関係なき事項にして、即ち被告の部隊に関係なき事項なり。
[「南京作戦の真相   熊本第六師団戦記」(東京情報社,昭和40年)
--------------------------------

谷寿夫中将の申弁を検証してみましょう。


『又南京に於て中島部隊と共に南京大屠殺を発動せりと論せられあるも』

ここまでの記述で、「南京大屠殺を発動せりと論せられあるも」
とあり、(「大屠殺」は中国語ですね)現代風に直せば
「南京大虐殺の命令を発したと嫌疑をかれられますが」と言っておられます。

要は、中国側の作った言葉「南京大屠殺」という言葉や嫌疑について、
弁明しているに過ぎず、「南京大虐殺」というそのこと事態を
容認した申弁ではないでしょう。

貴方は、#1855で以下のように述べています。
----------------------------
谷は明らかに「大虐殺」自体の存在を認めています。
----------------------------

秦氏の著書からの判断では貴方のような全く違った認識になってしまう
ということが言いたかったのです。

谷寿夫中将の申弁、1948年1月15日

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/07 22:38 投稿番号: [1886 / 41162]
秦氏が信用できないというなら、以下の出典でいかがですか。

…引用はじめ…
谷寿夫の南京軍事法廷での申弁書(1948年1月15日)
又南京に於て中島部隊と共に南京大屠殺を発動せりと論せられあるも、被告の聞知する所にては南京大屠殺は、中島部隊の属せる南京攻略軍の主力方面の出来事にして、其被害者者に対しては真に気の毒なるも、柳川軍方面の関係なき事項にして、即ち被告の部隊に関係なき事項なり。
[「南京作戦の真相   熊本第六師団戦記」(東京情報社,昭和40年)

>有無を問題としたいのは

投稿者: tm_bit 投稿日時: 2003/08/07 22:09 投稿番号: [1885 / 41162]
>「大虐殺」ですか、「谷中将の責任」ですか?

いいえ、どちらでもありませんが。

敢て言えば、「大虐殺」と申しておきます。

ですが、
貴方自身が言いたかったことは、
「東中野最新論文を笑う」というこの部分がメインではなかたでしょうか?

それについて当方は『東中野教授の貢献度は「否定派」にとっては計り
知れないでしょう』と言っているのですけど。



翻って、言えば

>そしてあなたは私の投稿の後半、谷中将の証言を意図的に無視しています。
>谷中将は「大虐殺は中島部隊(=第16師団)の行い」という旨の証言をおこなっているのです。
>今度の史料は、第16師団が虐殺を行っていないという証拠になるのですか?
>YESかNOでお答え願えますか。

YES,NOを答える前に、聞きたいのですが、
谷中将は、「大虐殺は中島部隊(=第16師団)の行い」と
本当に言っているのですか、特に「大虐殺」と言う言葉を発しているのですか。

秦郁彦氏は南京従軍兵の捏造証言を書き述べた人ですよ。

そのような人の書いた著書と述べられている証言を未だ信じている人もいるんですね。

そうか、ゆっくり送信すればいいんだ

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/07 21:26 投稿番号: [1884 / 41162]
久々の長文だったのですが、珍しく投稿制限に引っ掛かりませんでした。

一気に送信することなく、なるべく時間を空けて送信するのが、「投稿制限」の網を突破する秘訣だったようです(^^)

東中野氏の「資料等級」

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/07 21:23 投稿番号: [1883 / 41162]
これは私もよく知りませんので、「質問」です。

「資料を六等級に分ける」というのは、本当に、現代の歴史研究において、一般的な方法論なのでしょうか?

資料を見ないで書いていますので間違っていたら申し訳ありませんが、これは確か、「歴史学者ではない」東中野氏が、大正だか昭和初期だか(!)の学者の「方法論」をそのまま採用したものである、と記憶しています。

私は、現代のまともな学者(私は東中野氏は「まともな学者」ではないと思っています)が、このような「六等級論」に基づいて議論しているのを、見たことがありません。ま、ご存知でしたら、教えて下さい。



私もあまりいい加減な事は書きたくなかったので、このレスにあたって、「マギー証言」を一通り読み返し、また「スマイス調査」については思わぬ誤解をしていないか該当箇所を英文で確認しておきました。時間がかかってしまった所以です(^^)

とは言うものの、私も素人ですので、思わぬ見落とし、あるいはミスをしていないとも限りません。そういう部分は、指摘していただければ、素直に訂正します。


で、個人的なことになりますが、来週は私もお盆休みです。

ふだんサボっている家族サービスもたっぷりとしなければならないし、時間があれば自分のHPの更新にも注力したい。

(先の話になりますが、そのうち、「スマイス報告をめぐる議論」「マギー証言」といったコンテンツをつくっておくのも、面白いかもしれません。「スマイスが国民党から金をもらっていた」という類いの「妄言」には一言言っておきたい気もしますので(^^))


というわけで、正直な話、掲示板の議論にはこれ以上あまり時間をかけたくない、というのがホンネです。

ですからレスに対してはもう返信しないかもしれませんが、何卒、ご了解くださいm(__)m。

喧嘩腰の悪意ある「挑発レス」が返ってきたら、私も応答せざるをえませんが、maxell3585さんはそのような方ではないと信じます(^^)

ではでは。

(とりあえず、終わり)

マギーフィルム

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/07 21:15 投稿番号: [1882 / 41162]
最初に、谷原さんのページについてコメントしておきましょう。私のページと合わせてご覧いただき、どちらが正しいか判断して下さい。


>その高射砲はラーベが支社長を務めていたジーメンス社が売り込んだ高射砲であり、ラーベ自身は死の商人です。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/rabe3.html


>当時、南京の国際委員会から日本大使館に寄せられた抗議文の全てを信用しても、殺人は実に49件しかありません。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/49nin.html

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/kokusaiiinkai.html


>ところが、ラーベが見つける『日本兵』による強姦という強姦は白昼でも行われたばかりか、なぜかラーベが家にいるときに、それも大きな音を立ててやって来て、わざわざ見つかるように行われているのです。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/higasinakano128.html


・・・ま、これ以上のコメントは、やめておきましょう。



さて、「マギーフィルム」です。アホらしくて、コメントする気力も失せる文なのですが・・・。


>まず、彼の示した映写機と映像であるが、この中には虐殺された市民とはっきり言える死体は一つもありません。


例えば、「夏淑琴さん事件」がありますね。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/anzentitaigai2.html

「一六歳と一四歳の少女の死体」「夏夫人と彼女の赤ん坊」は、谷原氏は「虐殺された市民とはっきり言え」ない、と認識しているようです。

しかし、「8歳の子」と直接殺人現場を見ていない「近所の老女」からの情報を総合したものであるだけに、細部での誤りはあるでしょうが、「家族が2人を残してすべて日本軍に殺された」という事実自体は、間違いないものと見て差し支えないと思います。

マギーは、「城内南部での暴行」の情報を得て、その現場まで出かけていきました。そして、その目撃者である8歳の女の子や、近所の老女から具体的な情報を得ました。死体も、その場に存在しましたので、それを撮影しました。

情報源、話の流れとも、無理はありません。その「8歳の女の子」は、今日でも存命していて、当時のことを証言しています。

・・・それでも「信じられない」というのであれば、そう主張する方は、具体的な根拠を出すべきでしょう。



次は、李秀英さん事件です。

>李秀英という女性は開口一番、こう言っている。
「奴らの一人が叫んだんです。ここに女がいるぞーって。」


これまた、揚げ足取りというものです。

証言内容に細部の間違いがあったとしても、李秀英さんが「強姦未遂」の被害を受け、体中めった斬りにされて、流産した、という事実まで否定することはできないでしょう。

これについて言えば、日本兵が実際に何と言ったかはわかりませんが、まあ雰囲気でこんなことを言っているな、ということぐらいは見当がついたのかもしれません。あるいは、「クーニャン」ぐらいの言葉は使ったのかもしれませんね。

いずれにしても、この材料だけで、李証言を否定し去ることはできないと思います。


李秀英さんは、先日、「名誉毀損」裁判で、とりあえず勝訴しました。

しかし論点は、「李秀英さんはニセ証人だったのかどうか」なんていうことではありません。李秀英さんが「被害者」であることは前提とした上で、「松村氏がニセ証人と断定したのは間違いだったが、その間違いに、合理的な根拠はあったのか」ということが論点でした(^^)。

・・・つまり、今でも李さんを「ニセ証人」であると主張しつづけている方は、もう誰も存在しないのです。

マギー証言(2)

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/07 21:06 投稿番号: [1881 / 41162]
実はこの論も、「南京事件」論議では繰り返し出てきた議論です。(たぶんご存知でしょうが・・・)


以下は、洞富雄氏が1986年に書いた文章です。長文引用となりますが、ご容赦下さい。


********************

田中氏は、東京裁判の速記録から、ブルックス弁護人の反対訊問の条を長々と引いたあとで、

《要するに米人牧師マギーが二日間にわたって証言した件数にして百数十件の日本軍将兵の虐殺・暴行・強姦・強盗の数々は、結局、殺人一、強姦一、窃盗一の三件を除いてはすべて伝聞であり、噂話であり、もしくは憶測か、幻想か、または彼の創作であったのである》(『虚構』P314)

と言っている。田中氏は、マギー師の証言事例の多くは、「憶測」であり、「創作」であるとまで言うのだが、はたして、そう断ずるだけの反証でもお持ちなのであろうか。マギー師の東京裁判における証言や宣誓口供書(不提出。この方が法廷陳述より詳しい)の挙証は、事件当時の日記的手紙にもとづくものであり、したがってその信憑性は高いとみてよい。

(略)

田中氏は、ブルックス弁護人の反対訊問に対するマギー師の陳述は、三件を除いてはすべて伝聞証拠であることを自白したものだと言うが、たとえば、殺人については、「私は自分の証言の中ではっきりと申してあると思ひますが、唯僅か一人の事件だけは自分で目撃致しました」と、正直に陳述しているだけのことである。

また、渡部昇一氏などは、「松井石根被告の弁護人ブルックス氏は、大虐殺神話のもととなった同国人のマギー牧師を反対訊問で問いつめ、実際に日本兵により殺害されたシナ人はたった一人しか実際に見たことがないと白状させたのである。元来が国際政治裁判だった東京裁判で、松井被告は死刑になったけれども、ブルックス弁護人の反対訊問のおかげでわれわれは大虐殺神話の実態をうかがうことが今日でもできるのだ」とまで極論するのであるが、マギー師は別に問いつめられて「白状」したわけではない。このことは、前掲の陳述を素直に読めば、自明である。もし、マギー師が偽証しようと思えば、五件でも一〇件でも目撃したと言えたはずである。

(略)

立花隆氏も、近稿「ロッキード裁判を斬る」(13)(『朝日ジャーナル』一九八五年一月四・十一日合併号)で、渡部氏の南京アトロシティーズ論を批判して、

《マギー牧師の反対尋問で、彼が目撃した殺人行為は一件だけだったことが明らかにされたということ自体は正しい。
しかし、東京裁判の南京大虐殺の証拠となったのは、マギー牧師の証言だけではない。他にも証人が出たし、当時の記録等の書証も多数提出されている。それらの証拠すべてに頬っかぶりして、もっぱらマギー牧師の証言が南京大虐殺の存在を証拠だてるものであったかのように思わせて展開されるそれ以下の議論は、渡部氏のいつものイカサマ論法である》

と言う。立花氏は、渡部氏の論法を「一点突破全面展開戦術」と称する。

(「南京大虐殺の証明」P23〜P25)

********************


まあ私は、自分の見方を人に押し付けるつもりはありません。ご自分の目で確かめて、洞氏が正しいのか、田中氏・渡部氏が正しいのかを判断されれば、それでよろしいと思います。

マギー証言(1)

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/07 20:55 投稿番号: [1880 / 41162]
まず一般論でお伺いしますが、maxell3585さんは、ある人物について詳しく知りたい、と思ったら、どのように調べますか?

おそらくは、その人物自身の書き残したもの、あるいは発言を収集し、その人物の行跡を明らかにするのではないかと思います。

間違っても、その「政敵」が言う「悪口」のみをもとに判断を下すことはしないでしょう。その「政敵」が、特定のイデオロギーに凝り固まり、ふだんからいい加減なことを言う人物であれば、なおさらのことです(^^)。



さて、マギーが実際に何を語ったかを見ることにしましょう。「東京裁判」での「マギー証言」を、少し引用します。


>十二月十四日のことでありますが、私の雇って居ります料理人、それは十五歳の子供でありますが、其の子供が約百名の中国人と共に、南京の街の城壁の外部に、約五十名づつ二団になって連れていかれたのであります。其の際彼等は手を括られたのであります。前で括られ、前の方から日本兵がそれを殺し始めたのであります。其の際料理人は、丁度鉄道の外の穴に逃げ隠れた為に助かったのであります。


>是等日本軍は避難民収容所に来たのであります。其の避難民収容所の中には、私の能く知って居りまする教区があったのでありますが、其の教区から信者を十四名拉致したのであります。其の十四名の中には、十五歳の少年が居りましたが、其の少年は、私の能く知って居る中国人宣教師の子息であります。其の後四日経ちまして、私はどう云ふことが起こったかと云ふことを発見したのであります。即ち其の十五歳の少年は約千名の他の中国市民と共に、揚子江の岸に連れて行かれたのであります。其の揚子江の岸に於きまして是等の一千名の市民は日本軍に依って両端から、徐々に殺され始めたのであります。

[宮本モニター   一寸訂正致します。四日の後に一人の苦力が逃れて来て、斯う云ふ事実を私達に告げたのであります。其の十四名は千名の中国人と一緒に一団とされ、揚子江の沿岸で機関銃の十字砲火を浴びて殺されたのであります]

此の少年はどう云ふ訳で帰って来たかと申しますると、多数の中国人が機関銃に依って殺された時に、自分の周りに人間の身体がばたばたと倒れて来る際に、其の中に隠れて居って暗くなるに伴ひまして、見付からないように逃げて帰ったのであります。

(「南京大残虐事件資料集1」P88、P89)



これは確かに「伝聞」ではあります。しかし、証言内容のリアルさ、「情報源」が明示されていること、から、「市民」かどうかなど小さな疑問点はありますが、大筋では「事実」とそうかけ離れていないと私は判断します。

実際、「敗残兵狩りに巻き込まれた民間人殺害」の証言は、他にもいやになるほど存在しますので、マギー証言は他に比較しても決して不自然なものではありません。


マギーは他にも多くの事例を証言しています。その中で、「マギーの目前での殺人」は、確かに一件しかありません(強姦現場に事件直後に駆けつけた、という事例はあります)。

しかしだからと言って、マギー証言の価値が下がるわけではありませんし、証言が「南京で何が起こったか」を知る大きな手掛かりとなることは間違いないでしょう。

スマイス調査(2)

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/07 20:51 投稿番号: [1879 / 41162]
「国際委員会」メンバーの認識を見ると、占領直後の「安全区の人口20万、城内人口の大部分はここに集まっていた」との認識が、その後入手した情報をもとに、「実際には安全区20〜25万、他に安全区に来ない人々もおおぜいいた」というように変わっています。


例えば、ラーベの認識です。

>難民の数は今や約25万人と見積もられている。増えた5万人は廃墟になったところに住んでいた人たちだ。

ラーベは「市民虐殺数」を「5、6万」と認識していましたから、単純に考えて、南京の占領時人口を「30万」と認識していたことになります。なお、これが「郷区」人口も含んだものであるかは定かではなく、「南京市」の人口で考えればもっと多いのかもしれません。(念のためですが、この認識が正しいかどうかは、別の問題です)


あるいは、マギー。

>我々委員会で推定した所では、安全地帯に入つたのは少くとも二十万は入つたと思ふ。其の外に安全地帯に来なかつた者がどの位あつたかは到底推定出来ないと思ふ。けれども三十万は最低の見積りであらうと思ふ。兎に角城外に居つた者、市外に居つた者がどの位居つたかと云ふことは到底推定出来兼ねる。(極東軍事裁判マギー証言)


安全区は少なくとも20万、全体では30万以上、ということのようです。これまた「郷区」をどう認識していたのかは、よくわかりません。


またベイツは、南京占領時点で、「安全区」の人口がすでに25万人に達していた、という認識を示しています。

  >南京攻撃が予想された週に、南京住民の膨大な脱出があったにもかかわらず、二五万人が安全区に入り込み、数千人が同区外に留まって さらに悲惨なめにあうことになった。(「南京事件資料集1   アメリカ関係資料編」   P182   「南京におけるキリスト教徒の活動に関する予備報告」(1938年冬季))

「2月18日」時点の認識です。なお同区外の「数千人」というのは、ベイツのこの時点の認識だったようですが、これはどう考えても少ない。「宝塔街キャンプ」だけでも、7千人もしくは2万人(諸説あり)いたわけですから。



スマイスは、「国際委員会」メンバーとは別の独自の情報を持っていたわけではありませんから、他のメンバーと認識がかけ離れるとは考えにくい。また、占領時点で何らかの調査を行ったわけでもない。直後に「市部調査」と対照しているところを見ると、これは、「安全区」の人口、あるいはせいぜい「市部調査」の範囲である「城内と城壁周辺」の人口を語ったものである、と考えるのが、妥当であるようです。


その「注記」も、上記の読み方を裏付けます。

>12月末から1月末にかけて日本軍当局によって行われた不完全な登録に基づいて、国際委員会のメンバーが推定したところでは、当時の南京の人口は約25万であって、数週間前に彼らが特に慎重に推定した数をはっきりと上まわるものである。中国の半官半民筋はほぼ30万と推定していた。

「数週間前に彼らが特に慎重に推定した数」というのは、明らかに「安全区人口」を指します。「国際委員会」は「安全区外」の人口など把握していませんし、ましてや城外や郷区は視野の外でしたから。


ちなみにこの議論、掲示板では繰り返し行われています。K-Kさんのページにも議論の過去ログがありますので、参考にして下さい。

http://www.geocities.com/kknanking/ncrekisi/ncrekisi5.htm


・・・まあこのあたり、私自身の中で100%解決しているわけではありませんので、しばらくは「未処理箱」に放り込んでおくことにしましょう。

ただ、見てきたとおり、他の国際委員会メンバーの認識を考えると、スマイスが「南京市」全体を考えた形で「最大値25万と認識していた」ということは、ちょっとなさそうに思うのです。

スマイス調査(1)

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/07 20:50 投稿番号: [1878 / 41162]
お待たせしました。

書くべきことが多いので、全部の論点にお答えすることはできません。思い切り絞ったのですが、それでも、確実に「投稿制限」に引っ掛かる量になってしまいました。残りは、また機会があれば、ということで。

なお、最終回は、「東中野氏の「資料等級」」になります。これが出てこないようでしたら、「投稿制限」にかかっているもの、と考えて下さい。




まず、私の主張は、「安全地帯の外側が無人地帯とはいえない」ということでした。

「安全地帯の外に多数の人がいた」というのは、ラーベの認識であり、マギーの認識であり、ウィルソンの認識でもありました。ダーディンの認識でもあります。また、笠原氏・秦氏も、同じ認識を示しています。日本側の「残留住民」証言もあり、中国側にも「居住」証言は数多くあります。

「5万から15万」と書いたのは、あくまで私の「個人的なイメージ」ですので、あまりこだわる考えはありません。まあ、どんなに割り引いても、数万以下ということはないと思いますが・・・。

・・・と、ここまでは、いいようですね。

(余談ですが、秦氏が、<「全員が難民区に逃げ込んでいたから、空っぽのはずだ」という議論がありますが、私はそうは思わない。・・・自分の家に留まっていた人はかなりいただろうと思います。>と発言したのは、なんと東中野氏の編著の中ででした。ちょっと驚きます)




さて、確かにスマイスは、「人口」についてこう語っています。


>南京市の戦前の人口はちょうど100万であったが、爆撃が繰り返され、後には南京攻撃が近づいて中国政府機関が全部疎開したためにかなり減少した。市の陥落当時(12月12〜13日)の人口は20万から25万であった。我々が3月に行った抽出調査で報告された人員を50倍すれば、すぐさま市部調査で表示されている22万1150人という人口数が得られる。この数は当時の住民総数のおそらく80ないし90パーセントを表したものであろうし、住民の中には調査員の手の届かぬ ところに暮らしていたものもあった。



最初の「100万」は、明らかに「南京市」の人口です。字面を素直に追えば次の「20万から25万」も「南京市」の人口であるかのように見えるのですが、他の資料と読み比べると、実は非常に微妙なのです。

(この項続く)

>あれ?

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/07 19:54 投稿番号: [1877 / 41162]
>議論はしないよ。

ういうい(笑)

君の投稿スタンスを解説しただけさ。

あれ?

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/07 19:42 投稿番号: [1876 / 41162]
わたしと議論しないと表明したのでは?

ちなみに今回の君のレスは「論点」を理解していないようだから、無視。

議論はしないよ。

素朴な疑問

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/07 19:24 投稿番号: [1875 / 41162]
>今度の史料は、第16師団が虐殺を行っていないという証拠になるのですか?

第16師団が虐殺を行ったと言う、裏付けの取れた証拠はあるのだろうか。

>ちなみに第6師団が品行公正だったのかも、怪しいところです。

>谷中将の後任の師団長である稲葉中将は、第十一軍司令官岡村大将に対し、同師団について「掠奪、強姦等の非行を軽視し」「相当暴行をしたことは確実である」と報告しています(岡村「戦場に反映した国民精神」)

>そうだとすれば、谷中将への死刑も、あながち不当とは言えない気がしますね。

引用したは良いが、この「報告」にも「裏付け」はありませんと、自ら白状しているような書き込みですな。

問題は第6師団?中支那方面軍?

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/07 18:14 投稿番号: [1874 / 41162]
あの、有無を問題としたいのは、「大虐殺」ですか、「谷中将の責任」ですか?

もし前者ならば、9個師団のうち1個師団の行状だけで「無い」とはとてもいえませんね。

ちなみに南京軍事法廷で、谷中将以外の師団長以上の将校(中島中将、柳川大将など)が起訴されなかったのは、既に死亡していたからで、6師以外が「残虐行為」に関与していない、という認識なのではありません。
事実、同法廷の判決文は、残虐行為の主体を第6師団に限定していません。

そしてあなたは私の投稿の後半、谷中将の証言を意図的に無視しています。
谷中将は「大虐殺は中島部隊(=第16師団)の行い」という旨の証言をおこなっているのです。
今度の史料は、第16師団が虐殺を行っていないという証拠になるのですか?
YESかNOでお答え願えますか。



ちなみに第6師団が品行公正だったのかも、怪しいところです。谷中将の後任の師団長である稲葉中将は、第十一軍司令官岡村大将に対し、同師団について「掠奪、強姦等の非行を軽視し」「相当暴行をしたことは確実である」と報告しています(岡村「戦場に反映した国民精神」)

そうだとすれば、谷中将への死刑も、あながち不当とは言えない気がしますね。

ありゃ

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/07 17:29 投稿番号: [1873 / 41162]
>南京に残った海外特派員は、秦郁彦氏の「南京事件」によれば5人です。

見落としていました。多謝。

訂正 不当栽培 → 不当裁判

投稿者: tm_bit 投稿日時: 2003/08/07 12:41 投稿番号: [1872 / 41162]
失礼致しました。

?>東中野最新論文を笑う

投稿者: tm_bit 投稿日時: 2003/08/07 12:38 投稿番号: [1871 / 41162]
>「9個の師団のうちの1つが虐殺をやっていない」=「南京では虐殺がなかった」
>という論理は、どうみても無理がありますね。
>これが東中野氏の「手法」です。

「虐殺はあったか、なかったか」は別にしても、
南京事件の戦犯として起訴、処刑された4人の内で
第6師団の谷壽夫中将の冤罪が検証されれば、「南京大虐殺」は
より「大虐殺は無かった」に近付くでしょう。

そうそう、南京事件の起訴、死刑となった方は

山中峯太郎編「皇兵」(昭和15年11月   同盟出版刊)に記載されている
三百人斬り祈願の武勇談を根拠にして、昭和22年12月18日に死刑の判決を受けた

熊本第6師団歩兵第45連隊(竹下義晴大佐)の第3大隊(小原重孝少佐)の

○ 第12中隊長   田中軍吉大尉

そして、
只今、係争中の有名な、『東京日日新聞』(現・毎日新聞)の浅海一男記者
等による「百人斬り競争!」という昭和12年11月30日の記事にはじまる武勇談
記事の

第16師団(中島今朝吾中将)歩兵第9連隊(片桐護郎大佐)の第3大隊(冨山武雄少佐)所属の

○大隊副官   野田毅少尉

○歩兵砲小隊長   向井敏明少尉


「南京事件」は4人しか起訴されていなくて、非常にすくないのです。
(不当栽培でも大虐殺の実証はほとんどできなかった)

そのうちの一人、谷中将が冤罪であれば「大虐殺」の根拠は益々乏しくなりませんか。

東中野教授の貢献度は「否定派」にとっては計り知れないでしょう。

最近は悪質な上げ師が複数いるからね

投稿者: space69ace2 投稿日時: 2003/08/06 23:38 投稿番号: [1870 / 41162]
新しいトピは作ることができないんだよね。
話題の更新という意味から考えると、アラシ行為に近いんじゃないかね。

だめ?

投稿者: nihonjinkorosi 投稿日時: 2003/08/06 22:49 投稿番号: [1869 / 41162]
じゃあ、原爆記念っていうトピをつくれ。

なぜ

投稿者: felix0014 投稿日時: 2003/08/06 22:31 投稿番号: [1868 / 41162]
このトピでその話をする?

おめでとう 日本人の皆様

投稿者: nihonjinkorosi 投稿日時: 2003/08/06 21:52 投稿番号: [1867 / 41162]
原爆され58周年!!

何万人死んだの?だれか教えてちょうだい。

5人中3人

投稿者: donchikochi 投稿日時: 2003/08/06 21:48 投稿番号: [1866 / 41162]
南京に残った海外特派員は、秦郁彦氏の「南京事件」によれば5人です。
go氏ご指摘のとおり、スミス氏も事件を報道しているので、少なくとも外国人特派員5人のうち3人は事件を伝えている、となりますね。

予告編(2)

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/06 07:04 投稿番号: [1865 / 41162]
なかなかまとまった時間がとれませんので、「予告編」ばかり大きくなって申し訳ありません。


>言い訳が許されるなら、原文を手に入れにくい環境なのです。


私のHPに、「本の入手方法」を含めた形で「南京事件のブックガイド」を作ってありますので、どうぞ、ご覧下さい。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/bookguide.html


「初級編」の本はおそらくもうお読みと思いますが、「中級編」では、とりあえずは「南京大残虐事件資料集」を手に入れられるとよろしいかと思います。「スマイス報告」はもちろん、「極東軍事裁判資料」(今話題の「マギー証言」ももちろんあります)「南京安全委員会の記録」「戦争とは何か」といった基本資料が、ひとおとりカバーできます。

「日中戦争史資料集8,9」はその旧版ですが、内容はほとんど同一です。ちなみに、検索をかけてみたら、「日本の古本屋」で、22,000円で売りに出ていました。

(私の近所の書店ではかなり痛んでいるやつを5000円で売っていたのですが、まあ「相場」はこのあたりでしょう。ちなみに私の購入価格も、22,000円でした)


まあ実際の話、「中級編」までは一通り手に入れておかないと、「南京事件」の討論に参加するにはちょっと不自由するかもしれません。全部揃えたら10万円は軽く超えますが、本気で議論に参加するのであれば、ぜひ手に入れておくべきでしょう。

ネットでの引用を「一次資料」と比較すると、随分いいかげんなものが多いのは事実ですから、投稿の前にきちんと「照合」を行っておく、というのが正しいスタンスだと思います。
(念のためですが、K−Kさん、渡辺さんあたりの引用でしたら、大丈夫ですよ)


*脱線しますが、引用された「谷原茂生」さんこと「ヤン・ウェンリー」さんのページは、いくら素人でも、これはちょっとひどい。「読んでいない人を騙してやろう」という姿勢がみえみえです。同じ否定派のグースさんの研究熱心さを、少しは見習ってほしいものですね。

参考までに、「ヤン・ウェンリー」さんが過去に行っていた議論です。ご自分の目で、谷原さんの「レベル」を確認して下さい。

http://www.g-language.org/~gaou/giron/



資金的にしんどいということでしたら、少し大きな図書館(例えばお住まいの都道府県で一番大きなところ)でしたら、ほぼ確実に置いています。何百ページものコピーが必要で、これはこれで大変かもしれませんが、買うよりは安いでしょう。

(大変失礼ながら、率直な話、ある程度「情報」を共有できないと、ご説明するのが大変なのです)



・・・では、もうしばらくお待ち下さい。

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 12:56 投稿番号: [1864 / 41162]
>おいおい。
msg1848=「対支援助小委員会」
msg1856=「支那事変問題小委員会」

>名称が違うじゃないか。
「支那事変問題小委員会」とやらが38年1月にできたからといって、それが「対支援助小委員会」とどう関係あるのか

>それから、「日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議」は、37年9月28日だよ。「対支援助小委員会」が同決議に先だって組織されたとするなら、どうみたって37年9月までには存在していたことになるじゃないか。

>実は国際連盟の小委員会については、自分でも整理できていないことがあります。特に名称。田中正明も2つの名称を使っているし、笠原論文ではまた異なる名称だし(『13のウソ』所収)、どれが18回総会のもので、どれが100回理事会のものか、いまいち判然としない。

なら文句なかろ(汗)
俺は何も書かなくて済んだがね。

国際連盟について(補論)

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 12:38 投稿番号: [1863 / 41162]
※maxelさんとの議論は凍結なので、この話題についてもmaxelさんとは議論しません。
読み物のつもりで読んでください。

実は国際連盟の小委員会については、自分でも整理できていないことがあります。
特に名称。田中正明も2つの名称を使っているし、笠原論文ではまた異なる名称だし(『13のウソ』所収)、どれが18回総会のもので、どれが100回理事会のものか、いまいち判然としない。

ただ、田中正明の論法は、38年1月小委員会の監視→空爆への非難決議という順序関係になっていることは確かです。(前掲書参照)

ところが空爆非難決議は南京空爆直後の9月28日、18回総会で既に決議されている。
だから1月に組織された「小委員会(正確な名称は不明)→空爆非難決議という流れは、時系列的に見てありえない。

という面からも、田中正明の論法はデタラメだと思います。

※国際連盟の問題について私が理解している事項を整理してみると、以下のような感じです。

18回総会;小委員会(名称不明)→総会決議(空爆非難)
100回理事会;小委員会(名称不明)→顧代表演説(南京事件含む)→理事会決議(中国支援)
101回理事会;理事会決議(毒ガス使用非難)

つまり南京空爆→南京事件→毒ガス、と次々に議論の俎上に上っているわけですね。南京事件を連続して議論しなかったのは別に不自然ではありません。
(ついでに言うと、顧代表のような外交マンにとっては、単なる「非難」より「支援」決議のほうが、中華民国の国益という点でより重要なことは言うまでもないことです)

了解。

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 12:01 投稿番号: [1862 / 41162]
>悪いが、君とはもう論じたくない。すまないね。

じゃあ、あなたとの議論は凍結しよう。

おいおい。

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 09:12 投稿番号: [1861 / 41162]
>>>当時、国際連盟は「対支援助小委員会」までつくり日本の軍事行動を監視したが、当時、南京・広東等の戦闘で、日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議したが、南京虐殺事件などは話題にものぼっていない。
>>委員会が組織され機能したのは37年8〜9月、海軍の南京空爆に対して。
つまり陸軍の南京事件よりも前の時点。
話題に登るはずがない(爆笑)
>南京陥落の翌13年1月26日から、第100回国際連盟理事会が開かれ、英・仏・ソ・中の4ヶ国代表による「支那事変問題小委員会」も同時に開かれたとのこと。
>また嘘か?

おいおい。
msg1848=「対支援助小委員会」
msg1856=「支那事変問題小委員会」

名称が違うじゃないか。
「支那事変問題小委員会」とやらが38年1月にできたからといって、それが「対支援助小委員会」とどう関係あるのか、

それから、「日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議」は、37年9月28日だよ。「対支援助小委員会」が同決議に先だって組織されたとするなら、どうみたって37年9月までには存在していたことになるじゃないか。

空爆非難決議は、南京事件の概説書にはだいたい書かれている。せめて、議論の前に概説書くらい読んでほしい。

>国民党と共産党の区別くらいしましょう

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 08:56 投稿番号: [1860 / 41162]
まあ、入れ替えてやってくれ(汗)

>※今後は挑発的な物言いはしないように気をつけるから、もう少しまともな反論をしてくださいよ。

悪いが、君とはもう論じたくない。すまないね。

投稿は読んでるよ。

国民党と共産党の区別くらいしましょう

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 08:47 投稿番号: [1859 / 41162]
出勤前なので、2つだけ。

>>軍事報告書は蒋介石宛の「軍事行動の報告」であり、民間人について触れていないのは別に不思議なことではない。
>本当に虐殺があったのなら、当時の中国共産党が執拗に行っていた反日プロパガンタの絶好の材料だったのにも関わらず、ね。

国民党と共産党の区別くらいしてくださいよ。
反論する気もおこらないよ。

>>国民党政府は国際連盟で非難演説をおこなっていることから、南京事件を認識していたことは100% 確かである。
>仮に↑が事実として、中国共産党が執拗に行っていた反日プロパガンタでなかったと言う根拠は?

上に同じ。

※今後は挑発的な物言いはしないように気をつけるから、もう少しまともな反論をしてくださいよ。

いい人だなぁ・・・(イヤミでなく)

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 08:36 投稿番号: [1858 / 41162]
>(余談ですが、maxell3585さん、「スマイス報告」を読まないで書いたでしょう(^^))

おっしゃる通り、恥ずかしながら確かにスマイス報告の原文を読んで書いたのではありません。

言い訳が許されるなら、原文を手に入れにくい環境なのです。

それを以って「議論の資格無し」と言われてしまえば、それまでですが。

>・・・でもまあ、お互いに認めるところは認め合う、そんな気持ちのいい討論をしましょうや。

確かに討論者の中には、例え意見をぶつけ合ったとしても尊敬できる方も中にはいますが、稀でしょう。

しかしyu77799さんの、議論に対し紳士たろうとするスタンスには敬意を払います。

私の投稿に挑発的な部分があった非礼は詫びしますよ。

少し時間が開いた方が私も都合が良いので、ゆっくりして下さい。

それでは。

予告編

投稿者: yu77799 投稿日時: 2003/08/05 07:02 投稿番号: [1857 / 41162]
最初にお断りしておきますが、私は、掲示板の目的は、「お互いの認識を高めること」だと思っています。

別に喧嘩腰になることもないし、意固地になることもない。私も議論の納得できるところは認めますし、お互いに納得できるところは認め合えばいい。

どうもgo belfastさんの「挑発」に反発を感じてしまったようですが(これ、話がややこしくなったのは、go belfastさんのせいだぞ(^^))、私には、maxell3585が必要以上に感情的になっているように感じます。

(誤解だったら、読み流して下さい)


実は、

>しかし南京虐殺肯定派の方がURLを出すのは素晴らしい進歩だと思ったのですが、見れば全部ご自分のHPとは・・・(汗)

で、思わず「う〜ん」と頭を抱えてしまったのですが・・・。


>URLを出すのは素晴らしい進歩

ひょっとしてmaxell3585さんは、「ネットの情報」が根拠になるなんて、考えていませんか?(^^)ネットなんてウソだらけの世界ですから、「URL」を根拠にするなんぞ、危険すぎます。

私は、ネットの記述(もちろん、本の記述も)を見たら、鵜呑みにすることなく、可能な限り一次資料に当たるようにしています。

HP製作者が、どんな恣意的な引用をしているかわかりませんから。まあ、例え悪意がなくても、原文のニュアンスを正確に伝える引用というのは結構難しいものですし、ましてや田中氏や東中野氏などのように初めから「つまみぐい」をするつもりの人の引用など、一次資料を見るまでは絶対に信じられません。

(余談ですが、maxell3585さん、「スマイス報告」を読まないで書いたでしょう(^^))


例えば「思考錯誤」板の討論を見ればわかりますが、みんな、自分で発掘した具体的な資料の記述をもとに討論を行っています。「ネットのどこどこにこんな情報がありました」なんて低いレベルで討論している方は、誰もいません。

ネットの情報は、いわば「二次情報」です。具体的な「一次資料」もしくは「原典」を確認しなければ、どんな間違いを犯すかわかりません。このあたり、「資料の等級」(これにも一言あるからね(^^))にうるさいらしい、maxell3585さんらしからぬ発言です。

(もちろん、「一次資料」がすべて正しい、と言っているわけではありません。念のため)



>見れば全部ご自分のHPとは・・・(汗)

ええと、困ったな(^^)

私こと「ゆう」がこのようなHPを持っていることはみんな知っていると思っていましたので、もしかすると、明記しないことは迂闊だったのかもしれません。とは言うものの、う〜ん、知らなかった?(^^)。

しかし、私が「自分のHP」にリンクを貼った目的は、おわかりですよね?   具体的な「一次資料」を、提示するためです。これを全部投稿文に含めようと思ったら、とんでもない分量になってしまう。だから、自分のHPにリンクを貼った。それだけの話です。

別に、非難されるようなことではないと思いますが・・・。



さて、出勤前で、時間がありません。長文をいただきましたので、私も長文をお返ししましょう(まだ1行分しか返信していません(^^))。飲み会続きなどで、何日か遅れるかもしれませんが、楽しみに待っていて下さい(^^)


・・・でもまあ、お互いに認めるところは認め合う、そんな気持ちのいい討論をしましょうや。

価値なき投稿

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 04:17 投稿番号: [1856 / 41162]
>>当時、国際連盟は「対支援助小委員会」までつくり日本の軍事行動を監視したが、当時、南京・広東等の戦闘で、日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議したが、南京虐殺事件などは話題にものぼっていない。

>委員会が組織され機能したのは37年8〜9月、海軍の南京空爆に対して。
つまり陸軍の南京事件よりも前の時点。
話題に登るはずがない(爆笑)

南京陥落の翌13年1月26日から、第100回国際連盟理事会が開かれ、英・仏・ソ・中の4ヶ国代表による「支那事変問題小委員会」も同時に開かれたとのこと。

また嘘か?

>軍事報告書は蒋介石宛の「軍事行動の報告」であり、民間人について触れていないのは別に不思議なことではない。

本当に虐殺があったのなら、当時の中国共産党が執拗に行っていた反日プロパガンタの絶好の材料だったのにも関わらず、ね。

>国民党政府は国際連盟で非難演説をおこなっていることから、南京事件を認識していたことは100% 確かである。

仮に↑が事実として、中国共産党が執拗に行っていた反日プロパガンタでなかったと言う根拠は?

>国民党政府は国際連盟で非難演説をおこなっていることから、南京事件を認識していたことは100% 確かである。

「1937年12月24日蒋介石がルーズベルトに手紙で南京虐殺事件について訴えています。彼の妻宋美齢も1938年1月5日に友人への手紙で数千人の市民が日本兵に虐殺されたと書いています。しかしその後彼らは一切虐殺について言及していません。その噂が事実ではなかったことが明らかになったためです」

URLも出せない口先のみの根拠と、実在するURL。どちらを信用すればいいのかね?

http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/moteki/nankin2.html

>中国共産党は1938年1月の週刊誌「群衆」で、南京市の大虐殺について言及しています。「南京大虐殺否定論13のウソ」66頁参照。

実際に1938年1月の週刊誌「群衆」を読んで確かめたかい?

東中野最新論文を笑う#1

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 03:20 投稿番号: [1855 / 41162]
●ポイント1=「9分の1」

第6師団は南京に侵攻した9つの師団のうちの1つですね。ちなみに1師団は1万人以上です。

「9個の師団のうちの1つが虐殺をやっていない」=「南京では虐殺がなかった」という論理は、どうみても無理がありますね。
これが東中野氏の「手法」です。

●ポイント2=谷中将かく語りき
それから第6師団の最高責任者である谷中将自身、南京軍事法廷でこう述べています。
「被告の聞知するところでは、南京大虐殺は、中島部隊の属する南京攻略軍の主力方面の出来事」
中島部隊とは、第16師団のことです。
谷は明らかに「大虐殺」自体の存在を認めています。

この谷発言は、86年初版の中公新書「南京事件」(秦正彦)に掲載されていますが、今回の「正論」東中野論文では全く触れられていません。

これも、東中野氏の「手法」ですね。

南京大虐殺について、資料発見される

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/08/05 02:50 投稿番号: [1854 / 41162]
突然失礼します。
これ、読んで頂けますでしょうか。

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143583&tid=beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da 4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y&sid=1143583&mid=81394

国民党と共産党の認識#1

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 02:21 投稿番号: [1853 / 41162]
ついでだから、国民党と共産党の認識についても触れておこう。

>当時、国際連盟は「対支援助小委員会」までつくり日本の軍事行動を監視したが、当時、南京・広東等の戦闘で、日本軍が絨毯爆撃をしたと非難決議したが、南京虐殺事件などは話題にものぼっていない。

委員会が組織され機能したのは37年8〜9月、海軍の南京空爆に対して。
つまり陸軍の南京事件よりも前の時点。
話題に登るはずがない(爆笑)
※田中正明先生は同委員会の結成を38年1月、つまり南京占領の後と述べている(『大東亜戦争の総括』)
確信犯的ペテンですね(笑)

それから顧代表の演説があったことは、既に述べたとおり。
※「話題になっていない」というのも、田中正明のウソ。

>この軍司令官兼軍事委員長の何応欽(カオウウキン)上将がまとめた軍事報告書があるが…第一級の公的史料である。
>しかしここでは、「(12月)12日…ついに南京放棄を下命した。敵は13日我が南京城を占領した」と報告があるだけで、虐殺やそれを匂わす記述は一切ない。

軍事報告書は蒋介石宛の「軍事行動の報告」であり、民間人について触れていないのは別に不思議なことではない。
国民党政府は国際連盟で非難演説をおこなっていることから、南京事件を認識していたことは100% 確かである。

>では、当時の中共軍や中国共産党の記録はどうか。当時の中共の『軍事雑誌』1938年6月20日刊行第109に初めて南京の戦闘記録がでてくるが、こでは、蒋介石や何応欽が部下を置き去りにして南京を放棄したことを非難しているだけ。

中国共産党は1938年1月の週刊誌「群衆」で、南京市の大虐殺について言及しています。「南京大虐殺否定論13のウソ」66頁参照。

その質問の前に。

投稿者: maxell3585 投稿日時: 2003/08/05 02:20 投稿番号: [1852 / 41162]
>「どうせだから、有名な否定派・鳩さんのサイトから転載してあげよう」

>ネット上で提示できる文献ならば、どうしてここで提示できないのでしょうか?

>意図的に史料を隠蔽しながら紹介したのだとしたら、それは議論に対する貴方や彼の姿勢を明確に表しているといえますね

いい加減、自分の立証責任を果たしてくれんかね?

と、言うと「別の名前」が再質問してきそうだな(笑)

「知らないなら議論にならーん」と言うパターンも飽きたんだがね。

国際問題化をめぐって#1

投稿者: go_belfast 投稿日時: 2003/08/05 01:43 投稿番号: [1851 / 41162]
人口論の部分についてはゆうさんがレスすると思いますが、枝葉末節の部分に横レスしておきます。

>また所々でダーディンの記事を根拠にあげているようですが、国際会議の演説で引用されたにも関わらず、その後は国際会議で完全に無視されて国際問題にすらならなかった程度の信憑性の記事を根拠に語ってるのですか?

反論する前に、maxelさんに確認したい。

(1)
アメリカ国務省は南京のアメリカ大使館から送信された大量の報告(「エスピー報告」を含む)を保管していた。その中にはダーディンの記事も含まれている。

あなたはこの事実を知っていたか。
YES/NO

(2)
当時の駐日アメリカ大使グルーは、日本軍の殺人や多数の女子陵辱があったと認識しており、アリソン殴打事件については日本政府に抗議を行っている。

あなたはこの事実を知っていたか。
YES/NO

(3)
第101回国際連盟理事会では、日本軍の空爆と、山東戦線における毒ガス使用を非難する提案が満場一致可決された。

あなたはこの事実を知っていたか。
YES/NO

上の質問に対し「NO」の事項については、簡単な説明と出典を伝えよう。
「YES」の事項については、もう少し突っ込んだ議論をしよう。

YESかNOかで答えてほしい。
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