日本と韓国の議論の広場

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>日本の良いとこ

投稿者: roger_ze 投稿日時: 2002/08/20 22:34 投稿番号: [847 / 230347]
あのー、
トピずれ気味なので、新たにトピを立てられてはどうですか?
(韓国と比較するのなら別ですが・・・)

まずは

投稿者: millenium_creatures 投稿日時: 2002/08/20 22:29 投稿番号: [846 / 230347]
何故日本が好きになれないのかの理由を知りたいですね。
日本のいいところはまあ、日本に生きてて分からなければ無いということでしょう。
それはそれで仕方が無いことだと思います。
それと、日本が好きになれないのであれば、他に好きな国はありますか?
理由とかもあったら教えてください。

勝手な見解ですが、日本のいいところは日本に生まれたことを後悔させないところだと思います。
温泉とかに入っていると、日本人でよかったな〜って思いますよ。
韓国のように常に北朝鮮や日本や中国を意識しながら生きていたりしないので、気楽でいいですし。
まあ、それが日本人の問題だったりするのかも知れませんが。

海外旅行に出てみるのも良いかも知れません。
外の国を見て、日本がいいと思うかも知れないし、外国がいいと思うかも知れない。
日本に居ただけではわからないこともありますよ。

日本の良いとこ

投稿者: sakadati2002 投稿日時: 2002/08/20 22:08 投稿番号: [845 / 230347]
私は日本人ですが、日本のことが好きになれません。日本のいいところ教えてください。

uuminさんへ 人道か、常識か、

投稿者: happyskay200 投稿日時: 2002/08/20 21:50 投稿番号: [844 / 230347]
続きです。
>何年もかかって知識も得て、それについて考えたとしても、自分が「真からの後悔の念」を持ったなどとはおこがましくて私にはなかなか言えるものではないです。

そういう非常に謙虚なお考えは、相手に通じていればいいですけど。

貴方は他のレスの中で、日韓併合の是非について、ハーバード大学で韓国の歴史学者と米・英・独の人たちとの講演会があった時、韓国学者達の期待をうらぎった結論が出された事を喜んでいましたね。当時の国際常識で判断すべきだから、日本は自衛戦争だったと。では、おこがましくて言えない、と言うより、韓国に対してはしょうがなかったんだ、と言いたいのではないですか?

考えてみれば、私の考え方は人道的見地からの考えで、貴方は国際常識という時代の流れに合わせた考えなのでしょうか。

では、人道的価値観から言えば、一体どこまでさかのぼって謝罪・賠償をすべきなのか、が私には分かりません。でも率先して植民地合戦をしていた欧米に人道的な判断は出来ないでしょうから、自衛だったとしか言えなかったのでは?その中に東南アジアやアラブの代表も参加していたら、どういう結果が出たでしょうか?

>貴方は独創的な意見に根拠あるところを見せては来られなかったので、私としては貴方が本当に日韓問題に関しては普通の常識程度の知識も持たれていないように判断するしかないのです。

丁寧な言葉で、実に失礼なことを言っていますね。いちいち自分の意見に根拠を求められるなんて、考えなかったので特に言いませんでしたが、そこまで疑われたのでは言うしかないでしょう。

明治初期に朝鮮へ国交を求めたら拒否されて、それに怒った政府は、江華島事件を起こして、自分達がされたと同じ不平等条約を朝鮮に強制し、むりやり開国を迫った。
その後、朝鮮国内に事件があって朝鮮政府は中国に助太刀を頼んだけど、日本には何も言ってこなかったのに、勝手に日本政府は派兵して、その反乱軍?を押さえてそのまま帰らずに日清戦争を始めて勝利の代償に多額の賠償金と台湾・朝鮮・遼東半島の支配権を手にした。そのごロシアが朝鮮を狙って南下してきたので、そのまま軍を配置しているうち、三国干渉で、遼東半島の
返却を余儀なくされたことを恨んで、日露戦争に発展、ロシアでは共産党革命がおき始めていて、戦争に全力集中できず、統合平八郎によってバルチック艦隊を爆破される。それでアメリカ大統領に終戦の仲立ちを頼んで和解するが、賠償金もなく、南樺太・満州鉄道の支配権を手に入れるが、国内では被害者の数と戦費の割には少ない戦利品にがっかりして、政府批判が激しくなる。時の李王朝は日本政府の目を盗んでロシアへ接近しようとしたので、日韓併合をすることになって李王朝は絶滅する。

間違いがあったらどうぞ。大分前の記憶なのであまり自信はありませんが、とにかく
自分達の都合で、朝鮮を利用した、という事だと理解していました。あと在日の方の発言で、日本での差別の深さが理解できたこと、関東大震災での虐殺事件などの残虐さ理不尽さなど、岩手の炭鉱夫の引き起こした事件での日本人監督の扱いや、そのほかいろいろな話を聞いたり読んだりしての
感想は、とにかく大変残酷でひどいことをしたという気持ちです。どんなにつらかったか、想像したら自然と申し訳ないという気持ちが湧いてくるのではないでしょうか?マスコミからの視覚的な影響もあったと思います。これでは常識程度ではないですか?

また、私の言うエリートは、政官財ですね。思いやりって想像力がないと感じにくいのではないでしょうか。特に私は苦しんでいる人に対して敏感ですね。それは個人差だと思いますよ。ですから人を判断する時、あまり、定型で見ない方がいいとおもいます。貴方が経験していないことは、何も知るすべはないのですから。貴方のように勉強熱心でも、全然知りえない世界もある、ということです。とかく自信の有る人に限って、何でも知っていると思い込む傾向が強いと思いますね。私はその思い込みの被害者かもね。

uuminさんへ    知識と思想

投稿者: happyskay200 投稿日時: 2002/08/20 19:13 投稿番号: [843 / 230347]
亀レスで失礼します。また、前回では想像力がないのでは、等と失礼を申し上げました事をお詫び申し上げます。

私は知識の重要性には同意しますが、その前に重要なのは思想だと申し上げました。

私は歴史については、以前にも言ったように、国家機密という壁を誰も当分は敗れないという事実があるかぎり、真実は語れないのではないか、という根本的な疑問を抱きつつ、一方では、少ない知識のなかで感じた様々な思いを語らずにはいられない、という矛盾を抱えています
そして、やはり、正確な知識をもっと多く持つ必要性も感じています。

さて、貴方からの“少ない知識で、真からの反省は出来ないのではないか”との疑問についてですが、では正しい知識を持てば
誰でも、純粋な後悔の念が沸いてくるのでしょうか?貴方は既に、真から謝れる段階にあるのですか?

>私は決して一般大衆が一番偉いという意見に組するものではありません。

???    一般大衆と言う言葉がお嫌いとの事、すみませんでした。普通の人というべきでした。

>普通の人が何について語ろうが、それはもちろん自由です。しかし、誤った知識、誤った認識のもとでの謝罪や言説は誰がやろうが間違ったものになると考えるのが当然です。普通の人はむしろ自分に密着した経験を語り、自分に関係のあることをあやまればいいのであって、通常それ以上は期待されていないし、それこそ健全なありかたか、と思います。

誰が間違った認識で謝罪したのですか?
それは、私を対象に言っているのですか?
知識の前に重要なのは思想だ、などとちょっと偉そうで、もしや不快な印象を与えてしまったのでしょうか。でも期待されるべき人達が私利私欲に走っている現状をどう思いますか?普通の人が思想を語るのは、見苦しい、不健全な行為だから、止めるべきだ、とお考えなのでしょうか?

それでは、正確で豊富な知識の有る人でないと謝罪はできない、ということになり、日本人の何人にその資格があるのか、厳密に言えば貴方自身の知識も完璧だ、と言い切れるのでしょうか?歴史学者だって知らないことがあるはずだし。

つまり、このまま、全ての真相が解明するまで政府も謝罪できない、ということになりますね?貴方は私がひとつひとつ具体的に例を示して、それについて謝罪するのなら納得する、と言いたいのですか?

私は先の戦争を丸ごとの印象で、十分謝罪出来るものと思います。例えたった一つの事実からでも、その悲惨で残忍な仕打ちが
理解できた時それで十分謝罪出来るのではないですか?そしてこれまで私が知りえた知識の中にはもしかして間違いもあったかもしれませんが、真実もあったはずだ、と思います。そしてこうした場で自分の気持ちを述べる自由は何度も言うように、憲法で保障されているのですよ。貴方は反対したいようですが。貴方は普通の人とそうでない人をどうやって判断なさるのですか?   知識の量で測れますか?
知識はあっても、モラルの低いインテリの場合は、真から謝罪する気持ちはないでしょうね。また思想的に弱肉強食を肯定している人では、やはり真からの謝罪はむずかしいのではないでしょうか?

確かに間違った事に謝罪するのはナンセンスで、被害者からの言い分をなんら検証もしないで鵜呑みにするのはおかしいと思います。そういう意味では貴方の意見に賛成です。でも、戦争当時の証拠を、と言われても難しいという事も事実で、隠滅している可能性もある中ではなおさら。そういう場合どうやって判定するのですか?

貴方の過去ログを読ませていただきましたが、大変真剣に知識の重要性を考えておられることがわかり、また、貴方のご意見に賛同・共鳴出来る所もありました。勉強させていただきました。貴方の努力に敬意を表したいと思います。

khanikmsさんへ 日本の民主化運動

投稿者: happyskay200 投稿日時: 2002/08/20 15:55 投稿番号: [842 / 230347]
他に和解の例があったら、教えて頂けると助かります。

日本での公式発表の出来事も、私はよくは知りませんが、その知ってる中でも、共通するのは、タテの関係が強すぎて、よい面と悪い面があり、和解の時はその悪い面、つまり、上の人達の自尊心が強すぎて、スムーズな話し合いが出来ない事が原因で、こじれにこじれて何十年も掛かっているケースが目立つ、と思っています。
例としては、最近解決したハンセンシ病(伝染病で昔は梅毒と呼ばれ、恐怖・差別の対象だった)は、家族とも縁を切られて
小さい子供も泣く泣く隔離されて、名前も
偽名を使い、一生治る見込みもなく、そこで生を終える、という悲惨なお話で、確か昭和?年かに薬が開発されて治るようになったのに、政府は隔離政策を続行していたので、差別意識はそのまま温存されることになってしまい、退院しても人間扱いされなかったと言う元患者さんの話は、心打たれるものがありました。

日本のエリートは自分・自分達の非を認める事が出来ない傾向が強すぎるのではないか、と思います。
国際的にも、反論するとすぐ怒るので有名らしいです。優秀ゆえに、プライドが高いからでしょうか。もともと死者を神格化する宗教的思想があるからでしょうか?そうした上の人達の性格から、解決が長引いているのではないか、
政治改革もしかり、と思います。

日本でも、大きな民主化運動では、東大紛争が全国の大学紛争に発展して、学生たちが大学運営のあり方をもっと民主的な、自分達の意見も取り入れた形にしてほしい、と抗議した事から始まった、と覚えています。もう既に御存じかもしれません。
あの時、大学側は、話し合いには余り応じなかったようで、エスカレートした学生たちは、安保闘争にまで発展しましたよね。
結局は、機動隊という武力で決着をつけることになり、その後も、政府の態度はこうした事件が二度と起こらないようににらみをきかせる、と言う発想でいましたので、次第に学生たちは、萎縮した感じになってきて、年々教育の現場がつまらない場所になっていったような感じがします。そうして現在の教育問題が、つまり、いじめ、不登校、苛めによる自殺・殺人、などがはびこり、三無主義(無関心・無感動・無気力)と言われる世代が、今、児殺し、虐待
家事・育児の放棄、、、を引き起こしている。私はこれらの現象が皆、政府・文部省の責任とは言うつもりはありません。他にも様々な原因があることは確かです。でも、なぜもっと寛大で柔和な政策をとれないのか、なぜすぐ、権力に物言わせて、武力での解決に頼るしかなかったのか、という疑問があります。

ひえー!

投稿者: aoiparrot02 投稿日時: 2002/08/20 14:50 投稿番号: [841 / 230347]
uumin3さん、ありがとうございます。
すさまじいですね。


ちょっと台湾カテをのぞいていたんですが、統治下のほのぼのとしたエピソードなんかあったりして(もちろん、いい話ばかりじゃないけど)、人間っていいなあとしみじみしてしまいました。

韓国の方ではそういうエピソードは出てこないですね。ひたすら日本人=残虐非道のイメージで決まっちゃってるんですかねえ。タメ息

khanikmsさんへ 光州民主化運動1

投稿者: happyskay200 投稿日時: 2002/08/20 14:22 投稿番号: [840 / 230347]
しばらくお休みしていて失礼しました。
長いレスをありがとうございました。

uuminさんからの指摘もあり、ようやく重い腰を上げて、まずは韓国の歴史からにわか勉強をはじめることとなりました。これからもよろしくお願いします。

光州事件のあらましは大体分かりましたが
私がもっとも興味を引かれるところは和解の状況でした。なぜならば、国内での出来事で、日本政府との対立でスムーズに和解できた例というのをあまり聞いていないからです。私はやはり日本人ですから、どうしても自分の国のありかたが気になってしまいます。なぜ、1300人程の犠牲者を出す激しい対立が短期間の間に解決できたのか、が知りたかったのでした。

実はお休み中に調べた、韓国の姓の少ない理由がとても面白くすぐ頭に入りました。
韓国では元々少なかった中国の姓を、三国時代の新羅が取り入れてから今では完全に中国風になっているとか。(どうりで、名前だけでは中国人だか、韓国人だか区別できなかったわけですね。)
そのため同姓が多くて区別する必要から、出身地を付け足して、表現した、それを本貫(一般には本)と言うのだそうですが、
それで出身地(出自)が血族集団の拠り所になったのでしょうか?
それが、全羅道と慶尚道の対立の根っこになってるのか、と思いますが間違ってませんか?
こうした地域同士の争いは根が深いだけ和解は難しいのでしょうね。でも、光州民主化運動での和解がスムーズに進んだ(日本に比べて)のは特別な例なのでしょうか?
つまり、金大中が朴政権に反逆して迫害を受けながら民主化運動をした人だから、逮捕された時民衆の間にデモが盛り上がり、彼が大統領になって、和解がスムーズに出来た、という理解でいいのでしょうか?

同族による団結心の強さは、朴政権当時金大中氏を迫害していた、朴大統領の腹心・金ジョンピル氏と手を組む事を、公表したのが、二人の帰属する“金海金氏”での集会でなされた、という事が証明していると言って言いのでしょうか?

ひとつ、教えて欲しいことがあります。
それは、同姓で、同じ出身地でも、血族とは言えない場合もあるのでは、ということです。韓国でも引越しすると思うのですが
その時同じ姓の人が住み着いたら?そうして何代もそこで住み着いてるけど、血族ではないとしたら?どうやって区別するのですか?      続く

横レス:変態サディスト

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/20 14:21 投稿番号: [839 / 230347]
  横レスです…

「女子高等普通学校(当時の女子中等学校の名称)の廬永烈は、裸体で十字架の上に仰臥
させられた。日本人は、後列の十字架の傍に炭炉を置き、鉄線を真っ赤に焼いて廬永烈の
乳頭を三、四回刺してからその縄を解き、刀で四肢を断ちおとし、まるでまこも(菰)の
ように分切した。血が雨のようにしたたりおちた。…が質問して、「お前はこれでもなお
『万歳』を叫ぶつもりか」と言った。彼女はこれに答えて、「独立が達成できなければ、
たとえ死んでもやめない」と言った。…数日間も食事を与えないで、三日目に再び拷問を
加えた。…(日本人は)やむをえず、衣服を(彼女に)抛(ほう)りかえしてよこし、厳
しく警責を加えた後に(彼女は)釈放された。……」

(朴殷植『独立運動之血史』(231〜2頁、212頁))

http://www.geocities.co.jp/WallStreet-Bull/6199/kankoku_heigou2.htm

  サディストの物語なのかホラーなのかよくわかりません。

つかぬことをお聞きしますが

投稿者: aoiparrot02 投稿日時: 2002/08/20 13:40 投稿番号: [838 / 230347]
学術的なレスに混じって、前から聞きたかったしょーもない質問をします。

韓国人が一般に持っている、戦前の日本人のイメージって・・・

変態サディストみたいなのですか???

哀れと言えば哀れ・・・

投稿者: jskdasd2002 投稿日時: 2002/08/20 11:05 投稿番号: [837 / 230347]
uumin3さん、丁寧な解説に感謝します。

>そして1858年の推計で全人口の48.6%というところまで増えたのです。

これほどの扶養家族を抱えなければならなかった一般民衆、特に農民たちの疲弊は想像を絶するものだったでしょうね。
ただ不思議なのは、実際に力を持つ武官や次第に追い込まれていった農民たちが立ち上がり体制を変えられなかった点です。
(李氏朝鮮が1392年に興ったとされますから、実に400年以上も・・・)


>両班にとっては、全ての労働行為が礼に反するものと考えられたからなのです。

これは非常に興味深い点です。
儒教については良く知りませんが、もともとこのような思想が儒教にはあるのでしょうか?

両班・・・哀れといえば哀れに思います。

khani_kms2000さん(改革派の仕事)

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/20 10:20 投稿番号: [836 / 230347]
khani_kms2000さん

  レスありがとうございます。一応ここまでのところに一旦レスをお返しいたします。

>身分制度は1910年の日韓合併後ではなく、公式的には1894年の甲午更張(甲午革命とも言う)に
>よって朝鮮時代を支えてきた旧制度を一新する過程で身分制が打破され名目上は平等となりました。

  おっしゃるところを調べてみましたら、確かに韓国でも1894年に「四民平等」が宣言されている
ことがわかりました。そして甲申改革当時の金玉均ら改革派たちの主張でも、朝鮮社会の門閥や封
建的身分制度こそ不平等の根源、国政腐敗、国力衰弱の主因と指摘されていることも。さらに、そ
の「四民平等」宣言の時から賎民(奴婢など)もやっと両班や良人と同じように戸籍を持つように
戸籍法が改正されたことも…。
  当時の弱小国(日本を含む)が、列強諸国と対等に渡り合うためには「国民国家」を形成しなけ
ればならないと気付いたのは、日本人政治家も金玉均たち韓国人開化派も一緒だったわけですね。

  仮定の話です。もし韓国でまた軍事クーデターが起きて軍政になり、人々の権利が奪われた
としても、あなたは「じゃ韓国人やめた」と言って日本にすぐ帰化しようと思いますか?
  そうではないでしょう?   何とか祖国を救って、また良い国にしようと努力されますよね?
国民国家になるというのは、そうした国や民族あるいは歴史的な共同体を守ろうとする意識を、
一人一人の国民が持つようになるということです。
  ただ、この国民国家が国家としての政体の最終的な形というわけではありません。これは、
あくまでも人類のこの歴史の流れの中で出てきた「ひとつの形」に過ぎません。そして、現在
のわれわれの多くは「民本主義・民主主義」を望むべき政体として自然に考えますが、これも
もしかしたらさらに長い歴史のスパンで見れば一時的なものなのかもしれません。ですが、未
来の覗けないわれわれにはそれがわからないのです。

  さて、蛇足かもしれませんが、最初にいただいたレスの中の

>民衆の結束を図る前に日本に併合されてしまい…

  とあるのはいかがなものかと思います。それこそ時間がいくらでもあれば韓国はいつか国民国家
になったであろうことはわかります。しかし歴史は待ってくれない時間の中にあります。これがも
し「日本」でなかったとしても、遅かれ早かれ歴史の中で韓国は植民地化されたとは思われませんか?
  「日本がやらなくても自分達でできたに違いない」とは韓国側の主張でよく聞く話ではありますが、
一体いかなる根拠があってそういうのかわからない場合もあります。特にこの場合はそうです。

  韓国人はよく日本の「七奪」を挙げます。その中にまず「国王」を奪ったというのが挙げられている
のですが、李朝を中心とする保守派が韓国人に強く支持されていたとすれば、身分制度はいつまで
たっても保持されたのではないのですか?

  なぜ李朝社会に厳しい階級差別があったか?
  それは「繁文縟礼」による人間関係の規定を守るためでしょう?
  なぜその規定が守られる必要があったか?
  国王や両班を中心とする階級支配を維持するためでしょう?

  だとしたら、国王や両班が支持されているうちは身分制度の解消は無理だったということになる
のではないですか?   韓国人がいつまでも「礼儀之邦」であろうとすることは、イコール身分社会
を維持する事でもあったわけですから…

  朝鮮総督府が断行した「奴婢の解放」は、潰された改革派の「四民平等」宣言の後追いだったの
かもしれませんが、法的に諸制度を整え、実効的に社会に実現したのはやはり「併合」の結果だった
ように考えられます。そしてそれは、近代国民国家の「国民」を創出するためのものだったのです。

>両班とは?

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/20 10:04 投稿番号: [835 / 230347]
jskdasd2002さん

  レスありがとうございます。両班(韓国語読みでヤンバン)については、大体下記のような
ものとお考えください。

  李朝の政治システムは中国古代王朝の制度に由来します。絶対権力者の王の下、文官・武官
の両官僚群が合議で政務をとり行なうというシステムです。この文官(文班)と武官(武班)
を合わせて「両班」と呼びます。(しかしこれが身分になってしまったのが問題でした…後述)
  李朝においてはクーデターを恐れるためか極端な文治主義が採られ、武官は文官に対して、
はるかに劣位な状態に置かれていました。軍の指揮官には中央軍にせよ地方方面軍にせよ高級
文官が就任し、名目上の高位の武官職もすべて高級文官による兼任という形が採られていました。
  これらの官僚体制を維持するために、中国式の官吏登用制度である科挙が実施されていました。
科挙の試験には文科・武科・雑科(技官試験)の三部門があり、三年に一度行なわれるもので
した。そして文科の試験は中国の四書五経、史書、詩文についてのもので、結局儒学をどれだけ
修めたかを試すものだったといえます。

  この試験制度が開かれたものであれば問題はなかったのですが、文班・武班に就いた官僚の
子弟だけが科挙の文科を受験することができるとされ、この「両班」が身分階級、事実上の貴族
階級となったのです。
  李朝の官僚には正一品上から従九品下までの三十六階級があり、上位二十四階級が参上官と
言われる上級官吏層、下位十二階級が参下官と呼ばれる下級官吏層でしたが、特に上位十二階級
は堂上官と呼ばれる高級官僚層とされていました。(十二階級ごとに上・中・下の区別)
  そして、親が参下官の子はどんなに優秀でも参下官どまりというように、両班の中でも出身身
分によって昇進が限界付けられていたのです。一応身分制度の枠内では成績主義が採られたので
すが、このような制度は畢竟固着化・形骸化を免れるものではないでしょう。貴族階級化したこの
「両班」身分は、世襲身分となっていったのです。

  また、官職を得られなくても両班身分(受験資格ですね)は世襲されることになりましたから、
金で両班の地位を買ったり、贋の資格証を売ったりということが繰り返され、怪しげな自称両班
層も膨大に増加しました。そして1858年の推計で全人口の48.6%というところまで増えたのです。
  両班というものは、他人の目に労働と見えることからできる限り遠ざかろうとしました。衣服も
自分の手で着てはいけないし、タバコの火も自分で点けてはいけません。近くに手伝ってくれる者
がいない場合は別にして馬の鞍に自力でのぼるべきでなく、また荒馬から落ちたとしても、誰かが
やってきて抱き起こすまでは地面にそのまま倒れていなければならなかったのです(笑)。両班に
とっては、全ての労働行為が礼に反するものと考えられたからなのです。
  そして彼らの職分は官僚で、他の職に就けば両班の資格が無くなるとされましたし、官職数は
限られているものですから、彼らの多くは何ら働くことなく、ただただ官職獲得のための運動を
日々繰り返すだけでした。

「(両班は)現在、この国の大きな災厄になっている。なぜなら、両班階級の人口が途方もなく増大
したため、彼らのほとんどが極貧におちいり、強奪や搾取で生活しなければならなくなったからである。
すべての両班に品階と階級を与えることは、現実的に不可能である。しかし全ての者がそれを望み、
幼少の頃から官職の道に向かって科挙の準備をしている。ほとんどの者は、他に生活の方法を知らない。
彼らは、商業や農業、あるいはなんらかの手工業によって真面目に生活の糧を稼ぐには、あまりにも
高慢であり、貧窮と奸計のなかで無為に世を送る。彼らはいつも借金で首がまわらず、何かちょっと
した官職の一つも回ってこないかかと首を長くしており、それを得るためにあらゆる卑劣な行為を尽
くし、それでもなお望みがかなえられない場合には飢えて死んでしまう。宣教師たちが知っていたある
両班などは、3、4日に一度しか米にありつけず、厳冬に火の気もなく、ほとんど服も着ないで過ごし
ながらも、いかなる労働に従事することも最後まで拒絶し通したものであった。何かの労働に就けば、
たしかに安楽な生活は保障されるであろうが、その代わり両班の身分を剥奪され官吏の地位につける
資格を喪失するため、彼らは労働することを拒むのである。」
  (シャルル・ダレ『朝鮮事情』平凡社東洋文庫)

何だかへんだな・・・・。

投稿者: yakiudonkuitai 投稿日時: 2002/08/20 01:45 投稿番号: [834 / 230347]
一人言なんですが・・・。

>不肖の息子は他家の養子に追い出され、優秀な親族や家臣、場合によっては農民の子が武士として養子に入り、後継者として教育されました。

戦国時代以前はそうですが、江戸時代になり身分制社会が定着してくると、実子が居るのに出来が悪いからってそうそう養子にだすなんて出来なかったと思いますよ。
長子はいわゆる嫡子ですので、嫡子が居るのに養子を迎える載ってヘンですからね。
あまり酷いと病気を理由に嫡子を外されたそうですが、病人を養子には出せないので一生飼い殺しだったはず。
それから、そういうややこしい事すると後で幕府に石高を削られたり(お家断絶にしない代わりに)したようだから、少々出来が悪い位で嫡子は変えないだろう。

思いっきり例外的な話を原則みたいに誇張して言っているように聞こえるな。

>武士階級が近代的軍事組織で成立するか

近代社会って身分から個人を解放する社会のことだよね。どう考えても”武士階級”と相容れないだろう。
どんなに尊敬できる人物でも、公式の場で武士と百姓とでは席を同じく出来ないのが江戸時代。百姓が武士と話をするときは土間に座って顔を上げられなかったんだけど。

>自ら軍事政権(武士階級)化しない理由はありません。

韓国の軍事政権を日本の武士にこじつけているだけにしか思えないなぁ。

ちょっと待った、ご両人

投稿者: roger_ze 投稿日時: 2002/08/20 01:44 投稿番号: [833 / 230347]
まあまあ、二人とも、あまり熱くならんで下さい。

To curucurucururiさん
curucurucururiさんが怒ってしまう気持ちもわからんではありませんが、
ネット上では仕方ないですよ。
あくまでも冷静に話し合いましょうよ。

なんじゃこりゃ?

投稿者: curucurucururi 投稿日時: 2002/08/20 00:52 投稿番号: [832 / 230347]
>happyskayさんの発言にかかわらず、
彼に対して、集中的に個人攻撃するあなたの姿勢に、警告します。

意味わからん。

じゃあ、俺もhappyskayにred card!!

あほらし。

哀歌

投稿者: netcitizenworld 投稿日時: 2002/08/20 00:35 投稿番号: [831 / 230347]
人より早く生まれたこと
人より長くいきたこと
人よりいい地域にうまれたこと
人よりコネを使えたこと

こんな意味のない既得権にありがたみを感じること自体ばかげた儒教主義のくずが渦を巻く。

大切な人をまもること
命を尊重すること
ふるさとを大切に思う心
一生懸命生きること

若者よ、崩れた社会を見つめながら、
なぜ、この良さに気がつかない?

>お互いの在り方を尊重すること

心が欺瞞にあふれ、きがつかないうちに大切なものを失う前に、目の前にある存在を見直してほしいもの。

強者も弱者も上下もいらない。
韓国本土の良さは、もはや風前の灯火になっていることになぜ気がつかない。

uumin3さんへ:訂正します。

投稿者: khani_kms2000 投稿日時: 2002/08/20 00:15 投稿番号: [830 / 230347]
uumin3さんへ。

どうもすみません。本当に情けないことを申し上げてしまいました。
外出から戻って自分の文章を再度読み直したらとんでもないことを書いたことに気が付きました。

私の勘違いで大きなミスがありました。
自分の国のことなのに大変恥ずかしく思いながら、一部、訂正させていただきます。

多分、ご存知だと思いますが、朝鮮時代には下記の4階級がありました。
  1.両班(文班、武班):中央官僚になる為には科挙試験が必要
  2.中人(医官、通訳官、算官、律官、地方一般官吏、商業、工業):
  3.常民(農民)
  4.賤民(才人、白丁、禾尺、樂工、巫覡、娼妓、奴婢(官奴、私奴))
上記2.の中人は朝鮮中期から分類され始まる。以前は常民階級

身分制度は1910年の日韓合併後ではなく、公式的には1894年の甲午更張(甲午革命とも言う)に
よって朝鮮時代を支えてきた旧制度を一新する過程で身分制が打破され名目上は平等となりました。

*甲午更張:清・日の援助によって東学革命が鎮圧されたあと、日側は清の両軍撤退の提案を拒否した
  為、清日戦争が起こり、戦争に勝った日本が同時の穏健開化派を押して親日政府を組織し、その政府が
  行った近代化政策

両賤の道:
  任辰の乱以降、賤民には負荷していなかった負役(兵役)を一部の賤民(特に官奴婢)にも
  負役させ、常民扱いにし始めたのが原因で、後に政府は代口(自分の代わりに別の人を奴婢とたてる)
  又は納錢(一定のお金で買い取る)を認めました。
  その他は国家有功者、優れた技術者などがありました。

続きの事は明日から続行させていただきたいと思います。

それでは、失礼いたします。
本当に申し訳けありませんでした。

red card !! curucurucururi

投稿者: netcitizenworld 投稿日時: 2002/08/19 23:56 投稿番号: [829 / 230347]
happyskayさんの発言にかかわらず、
彼に対して、集中的に個人攻撃するあなたの姿勢に、警告します。

※HN追加のご連絡netcitizenjp=netcitizenworld

両班とは?

投稿者: jskdasd2002 投稿日時: 2002/08/19 22:35 投稿番号: [828 / 230347]
uumin3さん、興味深く拝読させていただきました。

韓国史のなかで「両班」と言う言葉が良く登場しますが、これはどのような人々なのでしょうか?
また、これまでの韓国に両班の落としてきた影の部分があるとすればどんな点でしょうか?

ご教示いただけたらと思います。(既出でしたらご容赦下さい)

uumin3さんへ

投稿者: khani_kms2000 投稿日時: 2002/08/19 14:49 投稿番号: [827 / 230347]
uumin3さん、レス有難うございます。

一応、感服いたしました。素人の私にとっては調べようがないところまで
至って、改めて、自国の歴史を振り返って見ました。

確かに、辞書を開くと「国民国家」の定義はuumin3さんがおっしゃっている通り
であります。何にも否定できません。

しかし、本当に同時の日本及び欧州が「国民国家」に相応しい国家だったとは
思えないのは私の無知でしょうか。(アメリカは認めますけど。)

私の基本思考は「国民国家=民本国家」のイメージなんですけど。

「富国強兵」については必ずしもuumin3さんがおっしゃっている「国民国家」である必要は
ないと思います。
その理由は指導階級の思想の健全さにあると思います。いかなる体制であっても。

まあ、これらは私の主観的な発想に過ぎないかもしれません。

私が疑問を抱いたのはものの片面だけ(特に韓国の歴史に関して:誤解はこの点からかな)で
おっしゃっているようなところです。
例えば、古代〜朝鮮時代までの身分制度におけるuumin3さん視点を挙げたいと思います。
確か、奴隷は代々奴隷となりました。しかし、永遠に奴隷から抜け出せないと言うわけは
ありません。

歴史上では稀なケースではありますが、優れた能力があったり、国家に貢献できた
奴隷は良賤され平民若しくは両班になった例もあります。

多くは思い出せませんが、
例えば、世宗大王時の側雨器、太陽時計の発明者、任辰乱時に活躍した
賤民など、でも絶対多数の賤民は賤民のままでしたが。

しかし、旧韓末に開花思想の広まりにより両賤の区別(差別)は同時の先覚者の活動により
徐々に消えずつありましたが、力をつける前に保守派により粛清され
(評価は別にして東学革命、甲申政変)、民衆の結束を図る前に日本に併合されてしまい、
そこで指導階層の無力感が加われ、韓民族の暗黒期に繋がったと思います。

申し訳けありませんが、
今日が休みの最終日なので、家族と外出しますので、続きは後ほどにさせてください。

普通の関係とは

投稿者: lvl_alpha 投稿日時: 2002/08/19 13:47 投稿番号: [826 / 230347]
強者・弱者(軍備・経済・国土・人口など物質的なもの)
上下(教育・文化的な基盤のようなもの)
などの概念を置いておいて

お互いの国を尊重し合うということだと
勝手に考えています^^

韓国の方は民族の優位性というものに
大変比重を置いておられるようなので

あのように日本の文化を締め出す政策をとられるのでしょう
文化の流入(特に日本からの)は民族の恥なのかも知れませんね

彼らは日本を弟(猿と呼んでる方もおられるようです)と喩える場合があるようです。
で、弟とは下のもの、下のものから学ぶのは恥となるのでしょうか?(私の想像です)
そうだとするなら、まったく理解できないんです。

オギャーとしかいえない赤ちゃんの瞳からでも
偉い学者からでも、友人からでも、同僚からでも、上司からでも
おばあちゃん・おじいちゃん、近所のおじさん
誰も対等に影響されあって生きています

経済的、知能的、人間的など人の優劣は確かに存在するかもしれませんけど
普通のお付き合いというものは、そのようなものを置いておいて
お互いの在り方を尊重することだとおもうんですよね。私は・・

嫌いなのは仕方ないにしても
門を閉ざすのはいかがなものかといつも思います。

まず、日本にもう少し触れてほしいと思います。特に若い世代の方に

権力争いや、権威争いや変なイデオロギーの虜になった前時代的な人たちの話は
参考程度にしておいて、
これから生きていく我々は、もっと建設的に生きたいですね。

>>韓国の武士

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/19 12:42 投稿番号: [825 / 230347]
biologicse2002さん

  レスありがとうございました。

  武士階級が、絶対的な身分制度ではなかったということは同意いたしますし、御説の首尾一貫性
は受け止めることができたと思います。

  とても興味深いです。ただまだ質問ができるような気はいたします(笑)。
  またこちらの考えがまとまったりしたときには、ご意見をお聞かせください。

khani_kms2000さん(国民国家3)

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/19 12:36 投稿番号: [824 / 230347]
その三

  ここでまた呉さんの引用なのですが、
  「朝鮮半島には…古代以来の文人官僚が政治を行なう王朝国家が、延々と近世に至るまで
  続いたのである。併合の主体となった日本は近代国家であったが、併合されたほうの国家
  の実質は、近代国家でも封建国家でもない王朝国家だった」
  (呉善花『韓国併合への道』文春新書)

  つまり前近代的(かなり古代的)な王朝国家が、一足飛びに国民国家たろうとした国に併合
されてしまうわけで、そこにかなり無理が生じるのは当然です。ここで前近代的と言い切って
しまえるのには、奴隷制度の存在もあります。再掲ですが、奴婢制度(奴隷制度)についても
触れます。婢(女の奴隷)は日韓併合当時一人(日本円で)三十円で売られていたそうです。
  そして、
「婢は主人の所有物で、生まれた子もまた主人の所有に属し、その子もまた転売されていく
ので、婢の子孫は、女子であれば世世代々奴隷として浮かぶ瀬あらんやといわれた」
(『朝鮮農業発達史・政策編』友邦協会)

  さて、現代のわれわれ日本人の視点からみますと、なぜ多くの人々が単なる徒食(無駄食い)
階級の両班に搾取されていたのか理解に苦しみます。封建時代の日本での徒食階級の武士と
いう存在もありますが、少なくとも彼らは武装していて、建前上は民衆を守る存在として、
実質上は役人階級として存在しておりました。また、江戸中期以降は商人たちが実質的に力
を持ってきていて、武士に金を貸し、時々徳政令なんかで棒引きされたりもしましたが、大名
貸しなどできるほどの実力を備え、裕福なものでした。武士がその他の全階級を搾取できた
わけではなかったのです。
  また、様々異論はあるかと思いますが、制度的な奴隷制は日本では封建時代になってからは
ありませんでしたし、人身売買された遊女にしても「金を返して勤め上げる」(=自由になる)
という道は(名目にしても)ありましたし、その前に身請けされればもちろん奴隷身分などで
はなく、一般の人に混じって生活できるという道もあったのです。

  少なくとも奴婢身分にあった方々にとっては、日本支配は「解放」につながったと言える
のではないでしょうか?
  なぜ全くこの視点が韓国近代史から欠落しているのでしょうか?

  日韓併合時に「差別」問題はあったでしょう。しかし少なくとも日本が責を負うのは、
日本人対韓国人の差別であって、日本のどの資料でも「奴隷制」を存続させたという記述
はありません。
  むしろ「常人」や「奴婢」(両班以外のこれらで人口の半数以上のはずです)は、日本
支配下で初めて教育の機会を得られたのではないですか?

  日韓併合は韓国人全員の奴隷化では決してなかったはずです。もしそうならば、資料を
挙げて反論していただきたいです。
  むしろ私は、rarirurero_noさんがこのトピのmes310で書かれている「志願兵の状況」を
状況証拠として重視します。自分たちの民族が虐殺されたり奴隷化されているならば、志願
兵がこれだけでるでしょうか?   韓民族はそんなにプライドがない民族では無いはずです!

  これらを踏まえて、私はmes704において

>   正直に「日本に解放してもらった」と言えば「両班」ではなかったことになり、自分
>   の出自が(韓国の見方で)卑しいものだったということが明らかになるせいか?、
>   誰も日本を解放者として認めてくれないのです…
>   韓国で真に差別がなくなる時には、日本の善行も認められるのかもしれませんが、
>   いったいそれはいつになるのでしょう?

  と書きました。一応ここらへんで前半を締めくくらせていただきたいと思います。
  レスをお願いいたします。

  あるいは一通り続けた方がよろしいでしょうか?

khani_kms2000さん(国民国家2)

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/19 12:35 投稿番号: [823 / 230347]
(前のメッセージのタイトルが不十分でした。ごめんなさい)
その二

  ちょっと先取りですが、三・一独立運動についての次の引用をご覧ください。

  「…三・一独立運動は、かつて反日義兵運動と結合していた衛正斥邪思想を止揚し、
  甲午農民戦争と結合していた東学=天道教には開化思想が浸透して、基本的には開化
  思想の系譜の延長上に、それをさらに発展させた近代的民族主義を定立させた。その
  思想の内実は、対外的には民族自決主義であり、対内的には民主共和主義である」
  (飯沼二郎・姜在彦編『植民地朝鮮の社会と抵抗』未来社、所収、
   姜在彦「思想史からみた三・一運動」より)

  さて、まさにこの部分を引用して、呉善花さんは次のように言います。

  「ようするに、韓国の知識人中枢は、併合後10年の体験を通してようやく、近代
  民族国家の成立のほかに民族自立を確保することが不可能なことを自覚したのである。」
  (呉善花『韓国併合への道』文春新書)

  ここで呉さんが述べられている「近代民族国家」というのが、私の申すところの「国民
国家」に他なりません。三・一独立運動は、韓国の国民国家への第一歩というか端緒であ
ったことは言えますが、まだまだそれが大多数の民衆まで浸透して国民国家を形成するこ
とは先の話なのです。
  実は私のこのたびの立論のきっかけは、この呉さんの述べられている文でもありました。

  私が重視する国民国家の条件の中で、最も大きいのが「国民としての自覚」とそれによる
「国民皆兵」的組織の成立です。確かに朝鮮民族(韓民族)という存在には長い歴史がある
でしょう。しかし国民国家以前の段階の国家組織においては、民族というのは統一の中心点
にはなり得ません。
  日本にしても、明治維新以前の封建体制においては、薩摩藩の人間、会津藩の人間…と
いうように、各藩に所属する人間であるという意識は浸透していましたが、全体を合わせた
日本人という考え方は、やっと幕末から少しずつ少数の人間にみられるだけであり、明治
以降も、四民平等、徴兵令、西南戦争、日清戦争あたりでようやく定着したといえる考え方
でした。

  つまり国民国家というのは、きわめて近代的な考え方なのです。

  それでは近代以前になぜ国民国家が成立しないのかといいますと、そこにはいくつかの
ネックがあります。そして、その中で最も大きいと思われるのが「身分制度」です。

  「〜人」という枠組み以上に、階級・身分が個々人を縛る社会においては、「〜人」とか
「〜民族」とかいう言葉が、全国民的な求心力を持ちません。また、これらの社会では往々
にして戦闘集団は固定され、それ自身が階級・身分になっておりますので、それ以外の人々
は戦争に負けても基本的に戦わず、わりに簡単に被征服民となります。ゲリラ戦はほとんど
望めないのです。

  前回私は李氏朝鮮における階級比率の例を挙げました。大邱の1690年における統計では、
両班7.4%、良人(常民)49.5%、奴婢43%であると。これは四方博、京城帝国大学教授
の「李朝人口に関する身分階級別的観察」(『京城帝国大学法学部論集・朝鮮経済の研究3』
所収)によるものなのですが、実は四方教授の推計では「両班人口は1690年には総人口の7.4%
だったが、1858年には48.6%にまで増加した」とされています。

  実に全国民の半数近い「不労階級」がいたわけで(これは全世界的にも類を見ないでし
ょう)、残りの人々がこれら「両班」を養ってあげていた(「両班」が搾取していた)わ
けです。
  さて、ここで李朝末期の1860〜70年の社会を体験した一人の西洋人の話を挙げます。彼の
名はシャルル・ダレ。彼は宣教師たちから聞いた李朝の社会を次のように描きます。

「一般に、政治的活気とか進歩、革命といわれるものは、朝鮮には存在しない。人民は無視され、
彼らのいかなる意見も許されない。権力を一手に掌握している貴族階級が人びとに関心を向ける
のは、ただ彼らを抑圧してできるだけ多くの富をしぼり取ろうとするときだけである。貴族たち
は、いくつかの派閥に分かれ、互いに執拗な憎悪をぶつけ合っている。しかし、彼らの党派は、
なんら政治的、行政的原理を異にするものではなく、ただ尊厳だとか、職務上の影響力のみを言
い争っている大義名分だけのものである。朝鮮における最近三世紀の期間は、ただ貴族層の血な
まぐさい不毛の争いの単調な歴史にしかすぎなかった」
(シャルル・ダレ/金容権訳『朝鮮事情』東洋文庫)

  つづきます

khani_kms2000さん(

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/19 12:34 投稿番号: [822 / 230347]
  khani_kms2000さん、レス有難うございます。
  まずちょっと論点の整理からしたいと思います。

>日本が貴方の定義の「国民国家」となったのは敗戦後ではないかと
>思っている私が間違っているんでしょうか?
>そう言った意味では韓国が「国民国家」となったのは1961年の軍事クーデター以降となりますけど。

  もしかしたらkhani_kms2000さんは誤解されているかもしれないのですが、国民国家は別に
民主主義国家というわけではありません。帝政でも王政でも議会制でもあり得ます。ただし
国民の国民としての自覚は絶対に必要だと言えるのですが…。(後述します)

>   日本を始め、同時韓国を囲んだ欧米列強は国民国家だった
>   併合前の韓国は国民国家ではない

  これはおっしゃるとおり私が描いた図式です

>   国民国家であった日本が韓国を併合したのは当然であり

  これは違います。私が主張したいのは

  「韓国が国民国家ではなかったから、日本は韓国を併合できた」ということです。
  裏返せば
  「もし韓国が国民国家だったら、日本は韓国を併合できなかった」ということでもあるのです。

>   韓国の旧習、悪政を改善してくれた

  これもニュアンスはちょっと違いまして、
  「(併合の)結果的に韓国の旧習、悪政が改善され、韓国の国民国家の基盤ができた」
  というところに主張のポイントがあります。また同時に
  「旧習、悪政があったから、(併合前の)韓国は国民国家ではなかった」
  という証明にもなっているはずでした。

>   だから恩人であるべきの日本を批判しているのは理解できない

  これは全くの逆かな(笑)
  「だから今の韓国は国民(民族)国家として日本を批判しているのだ」ということです。

  まず最初に「国民国家」または「民族国家」のことから始めます。mes704で私は大辞林
の引用で次のように書きました。

■【国民国家】
  封建制の身分制的枠組みを破り国民的同一性を基礎として成立した近代的中央集権国家。
近代国家。民族国家。

  広辞苑ではこうなります
■【国民国家】[Nationalstaat]   主として単一民族を基礎として近代に成立した中央集権的
統一国家。民族国家。

  少々ニュアンスが異なるのですが、「身分制的枠組みを止める」「国民的同一性」「中央
集権的」「近代国家」というところにご注目ください。

  鎖国を止め開国した日本の政府は、明治維新の後、国民国家成立に向けて努力します。それ
は欧米視察の結果であり、フランス革命・ナポレオン戦争・アメリカ独立戦争といった歴史的
流れを学んだところのものでありました。
  富国強兵というキーワードでわれわれは明治維新後の日本の目標を学びましたが、まさに
この富国強兵を可能にするものとして国民国家化が求められたのでした。

  かいつまんで言いますと、国民国家になることにより、資産階級が形成され、資本の蓄積が
可能になります。それによって国富が蓄えられるのです。また国民皆兵・徴兵制度によって
近代的軍隊が成立します。すでに封建的な騎士・武士階級のみによる戦争の時代ではない(と
いうか、それでは弱すぎる)ことがわかったからです。

  そして当時の日本では、富国強兵に勤しまないと諸外国との不平等条約の改正もできないばか
りか、場合によっては列強による植民地化の危険も考えられた訳です。
(ちょっと簡単すぎる説明かと思いますが…)

>(韓国の武士)

投稿者: biologicse2002 投稿日時: 2002/08/19 12:27 投稿番号: [821 / 230347]
  武士階級というものが、世襲である必然はありません。武士は血統ではないのです。

  海外にはあまり知られていませんが、日本のサムライは、血統主義ではなく、家の継承に力点が置かれていました。
  ですから、不肖の息子は他家の養子に追い出され、優秀な親族や家臣、場合によっては農民の子が武士として養子に入り、後継者として教育されました。
  この過程で、身分制度は本音と建前が乖離しており、絶対的な身分制度ではなかったのです。
  江戸期の文化人の多くが、町民や地方の豪農であり、身分制度とは別の体系と共存していたのです。
  長々と説明いたしましたが、武士階級が血族に依存せずに存続しうる事、御理解いただけますでしょうか?

  階級の存続には、社会制度における『自己保存性』が働く事が条件です。
  この場合、家という単位がその表現形と成ったに過ぎず、近代日本では藩閥・軍閥といったグループ化と再編成が急激に進みました。
  この過程で、士官学校出身者も『自己保存性』をもったグループを構成するに到り、終戦まで存続しました。

  ご質問のあった、武士階級が近代的軍事組織で成立するかとの件ですが、
『自己保存性』が成り立ち、『軍事力』と『集権志向』を有する組織であれば、いかなる組織形態であっても可能と考えます。


  もう一つのご質問の、李承晩から盧泰愚までの段階的な民主化過程ですが、仮に歴代政権が軍事政権でなくとも、類似の行動原理に従ったでしょう。

  それは、背景の社会が十分な多様性を保持するほどに成熟しておらず、その統治に中央集権的手法が有利である以上、政権の存続には、社会の状況に応じた強権の発動が有利であるからです。

  独立国政府として自己保存を義務付けられ、
  軍事力の保有が必要で、
  中央集権が有利に動機付けされた政権。

  これが自ら軍事政権(武士階級)化しない理由はありません。

  韓国の民主化を勝ち取ったのは、流血の民主化運動ではなく、社会の爛熟と多様化による、政治の適者生存なのです。


  光州事件など、まだ当時の関係者もいらっしゃいますし、歴史の評価は多様かと思います。これは、あくまでもシステム屋の戯言とお笑いください。

uumin3さんへ

投稿者: khani_kms2000 投稿日時: 2002/08/19 12:24 投稿番号: [820 / 230347]
uumin3さん、こんにちは。
khani_kms2000です。

msg793の件は決め付ける意味ではなく、一種の確認のつもりだったんですが、
ご迷惑をかけたようで申し訳けありません。

私も、uumin3さんと色々お話し出来ればと思ったこともありましたので、
ご指導よろしくお願いいたします。

biologicse2002さん(韓国の武士)

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/19 10:18 投稿番号: [819 / 230347]
  biologicse2002さん

  大変おもしろく投稿を拝見させていただきました。ちょっとだけ質問させていただいて
よろしいでしょうか?

  biologicse2002さんは、国軍解散(1907年8月)とその後活発化した義兵運動での「志士」とは
断絶した形で、日本帝国陸軍の中における「韓国軍人」たちの部分が、占領軍および国連軍の庇護
の下で「軍政組織」として独立して成立し、それが「韓国の武士階級」と言えるものになったと結論
づけられていると思うのですが、お聞きしたいのは次の点です。

・封建的制度の下での武士階級は、「世襲的」なもので「身分制度」の一環だとされると思います。
  それを「入隊する、あるいは士官学校に入学する」ことで(一応誰でも)参加できる近代的軍事
  組織に対して適用することはできるのでしょうか?

  また、急激な社会の変革ゆえに「強力なイデオロギーと民族主義の成立」が短時日のうちにあり、
それが社会的に歪みを生じているという説にはまったく頷けるのですが、それを軍隊もしくは軍事
独裁が牽引したというのは総体に言えるのでしょうか?(李承晩と朴正熙を同一に見るべきかどうか、
そしてその後の全とノテウを同列に考えられるのかということでもありますが…)

  もしよろしければ、ご意見をお聞かせください

khani_kms2000さん(みなさん)へ

投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/19 08:50 投稿番号: [818 / 230347]
  このたび、khani_kms2000さんのご投稿をいただき、いよいよヒール(悪役)として
再デビューかとわくわくしたのですが(笑)、皆様の暖かいご投稿によりなんだかそ
ういう事にもならずに済みそうなので、従来の路線で議論をさせていただきます。

  sidestackさん、jpn629さん、aoiparrot02さん、本当にありがとうございました。

  さてkhani_kms2000さん、もしよろしければ、ご投稿(mes794)の筋でお話をさせて
いただきたいのですが、いかがでしょうか?   もちろん以前からkhani_kms2000さんの
ご投稿には注目させていただいておりましたし、興味深く読ませていただいておりま
した。しかし如何せん、このトピでの韓国人の方の比率が極端に低く、あまり皆であ
なたに質問やら何やら振り向けると「激務のアイドル」的になってしまうかと思い、
直接話しかけるのは控えておりました。(もちろんroger_zeさんが上手に対話されて
おられ、ここでの氏の発言を見て信頼のおける方と思いましたし、今更加わるべき余
地もなかったのは確かですが…)
  aoiparrot02さんのおっしゃるように、あなたの投稿に関して「反省したり謝ったり
なさることは全くない」です。私も「張りきって説明」します。(いやあ、aoiparrot
さんにはよく見られてるなぁと思いました…笑)。
  khani_kms2000さんは礼節を心得た方のようですので、妙に丁寧な論争だとむしろあ
なたがやりにくいのではないかと思い、初めはそれこそ私が敵役として出た方が良いか
なとも思ったのですが、一応正々堂々と…

  私の立場的には、まさにsidestackさんがおっしゃってくださったように、

>基本的に貴方の状況設定構造は自分(組織、国家含め)と異なったあるいは自分より
>劣ったら自分の思考を強制しても仕方ないと言うスタンス

  ではございません。おそらく一番の問題点は「国民国家」というタームに対する、あ
なたと私の感じ方の相違にあったことと思います。「国民国家」自体は、歴史上生ずる
国家の状態を述べる「中立的な」タームでして、上下で比べるような「進化論的史観」
もしくは「唯物論的史観」は私はとっておりません。

  しかしながら「恩人」云々(これは私のmes705の「解放者」・「善行」という言葉から
のご推察だと思いますが)という部分については、以前から直接韓国の方と対話したい
と考えていたことでもあり、あえてそれに近いニュアンスを提示したまま、できれば議論
いたしたいのですが、いかがでしょう?

  もしお時間があれば、お願いいたします。ご了承があれば、論点を整理して提示させて
いただきます。

jpn 629さんへ

投稿者: aoiparrot02 投稿日時: 2002/08/19 08:03 投稿番号: [817 / 230347]
レス、ありがとうございます。
私は、夜10時過ぎると、思考停止に陥るのですよ。良い子は早寝、早起き!

しし座流星群の時は、音も聞こえるんですか!すごい!燃え尽きるときの音ですか?
私が見に行ったときは、聞こえなかった。
近所の人も「ワー!」とか言ってたし。

>ふと思ったのですが、現在の日本はどうなのでしょうね?まさか・・・   ^^;

そうそう、私もそれが怖い。だって、日本人は概ね暢気ですよね。前の大戦から得た教訓だって、「自分達が戦争を始めて悪いことをした」⇒「これからは、何もしないのが一番さ」みたいなところに落ち着いちゃっているような気がするんですよね。かくいう私もずっとそうだったし。自分が日本人っていう意識すらあまりなかったし。政治家やマスコミからは国際関係のヴィジョンみたいなのがあんまり聞こえてこないように思うんですが、どうですか?   一方で、サピオなどを読むと恐怖で身も凍るばかり。
なんだか、わけがわかりません。

長い空白を埋めるべく、地道に勉強しようと思います。ハイ。

では、また。

>まったくの私見ですが

投稿者: aoiparrot02 投稿日時: 2002/08/19 07:49 投稿番号: [816 / 230347]
前もどこかに書いたのですが、韓国と「普通の関係」になるためには、どうしたらいいのでしょうか。
「普通の関係」というのは、2国間の将来について、それぞれの立場から国益や、アジアの平和などについて、あるときは協力、あるときは対立しながら、話し合いができる関係ということなのですが。
EUの国だって、別に仲良しというわけではないですよね。だけど、一大経済圏が必要だからとか、ヨーロッパを再び戦場にしないためとか、共通の利益の元に統合しました。ひとことで言うと、ヨーロッパは大人なんですかね。数々の紛争を経て、こりごりしているということでしょうか。

東アジアも、もっと大人の関係になりたいものです。竹島や日本海のようなことがあると、絶望的な気持ちになってしまいます。

>慶尚道と全羅道(横から失礼します)

投稿者: aoiparrot02 投稿日時: 2002/08/19 07:36 投稿番号: [815 / 230347]
とてもわかりやすいサイト、紹介して下さって、ありがとうございました。
利害もからむ、難しい対立なのですね。
今だに感覚的には理解できませんが、もし、韓国の人の中に、自分達以外の集団への憎悪によって団結を高めるという気質が根付いているとしたら、反日感情というものはなかなか解決できるものではないでしょうね。理屈を超えた難しい問題になりますね。

サイトの他の個所も興味があるので、ゆっくり読ませていただきます。
ありがとうございました。

>>まったくの私見ですが

投稿者: biologicse2002 投稿日時: 2002/08/19 06:33 投稿番号: [814 / 230347]
  横レス失礼いたします。

  「果たして韓国と言う国は本当に一つの国なのか?」は同感です。
  歴史的には、近世抜きに冊封体制から近代国家までを、わずか数十年で駆け抜けた韓国の人々にとって、国家意識は実体の無いものだと思います。

  新しい概念として登場した国権は、穏やかな成熟に基づく物ではなく、プロパガンダ宣伝の色を帯びます。
  中央集権の象徴たるべき李朝帝室が、さほどの求心力を持ち得なかったのも、時代背景を映しています。

  社会の成熟は段階的であるが故に、歴史は繰り返します。
  今の韓国は明治の混乱期に相当しますが、国家分裂を阻止できなかった点、日本の歴史とは異なります。

  韓国の社会がどのような変遷を遂げてゆくのか、基本的には楽観しています。
  韓国文化における最大の危機は、世代間のとてつもない断裂です。逆に、過大な地域間断裂は解消の方向にあります。
  それを良い物とするかは、立場の違いでしょうね。

>まったくの私見ですが

投稿者: jskdasd2002 投稿日時: 2002/08/18 23:50 投稿番号: [813 / 230347]
lvl_alphaさん、はじめまして。

ご投稿、全く同感です。

日本人の多くが、それも特に戦後生まれの若い世代の人たちの多くが、lvl_alphaさんと同じ思いなのではないでしょうか?

ご指摘のようにWC以降、一連の韓国の行動に対して多くの日本人が「何故そこまで・・」と言う素朴な疑問を持つようになり、
良くも悪しくも韓国或いは韓国人に対して考えるようになったことは確かだろうと思います。
日本の諺に「無理が通って道理が引っ込む」と言う諺がありますが、今の韓国を一言で表すなら正にこれがぴったりだろうと思います。

最近私は、「果たして韓国と言う国は本当に一つの国なのか?」と言う思いを抱いています。

yataou25fmさんが既に挙げられていますが、今でも地域による対立と弾圧が繰り返され、また同じ同胞とは言いながら互いに非常に根深い「憎しみ」をもつ韓国を見ると、今まで一つの国として纏まってやってこれたことが寧ろ不思議なくらいです。

南北統一が声高に悲願であると叫ぶ韓国ではありますが、もしこんな状態で南北が統一されたとしても、更に地域対立が深刻化・激化することは想像に難くありません。

残念ながら戦後60年が経た今、南北の貧富の差は拡大するばかりであり、統一されても韓国の国民性を冷静に考えれば、やがて貧富による差別や搾取が横行することは目に見えています。韓国と言う国は、本当に同胞が同胞を愛せる国(民族)なのでしょうか?

日本の終戦を尽力された人に米内光政と言う海軍軍人の言葉に、

「戦争で滅んだ国は一つもない。しかし、内戦で滅んだ国は数え切れない」(意訳)

と言う言葉がありますが、本質を突いていると今でも思います。

地域間の確執

投稿者: biologicse2002 投稿日時: 2002/08/18 23:29 投稿番号: [812 / 230347]
  慶尚道と全羅道の確執、分かりやすい資料、ありがとうございます。
  韓国の地域対立を、近世の武士階級の不在といった側面から見ると、どのような解釈が出来るでしょうか。

慶尚道と全羅道(横から失礼します)

投稿者: yataou25fm 投稿日時: 2002/08/18 22:28 投稿番号: [811 / 230347]
すみません、誤って途中で投稿してしまいました。(笑)

aoiparrot02様
慶尚道と全羅道の確執について、
以下のところに分かりやすい説明があります。
ご参考になれば幸いです。
http://www.nakajima-msi.com/contents/t/008bt.html

慶尚道と全羅道の対立(

投稿者: yataou25fm 投稿日時: 2002/08/18 22:22 投稿番号: [810 / 230347]
http://www.nakajima-msi.com/contents/t/008bt.html

まったくの私見ですが

投稿者: lvl_alpha 投稿日時: 2002/08/18 12:38 投稿番号: [809 / 230347]
日本人(戦時を経験された方の気持ちは理解しておりませんが・・)は
概ね韓国の方と仲良くしたいという気持ちは持っていると思います

だって、韓国の人と反目する理由がないのですから

でも、韓国の人には日本人と仲良くすることは許されないのではと想像しています
韓国の人には日本人と仲良くできない理由が有り余るほどあるようですから・・

で、真の加害者(現場の人ではないという意味)でない人間は
真摯に謝罪しろ、賠償しろ、補償しろ   謝罪が足らんと一方的に攻められて
「はい、そうですか?」とは、いかないと思います

謝る側にもそれなりの理由が必要です
本当にあなた方の言われる通りかどうか、勉強させてください
というのは、当然だと思います。

でも、勉強すればするほど
今まで教わってきたこと、メディアの報道内容に疑問を持つようになってきました

洗脳や煽動ではうまくいかないのは、歴史を省みても明らかなのに
いまだに、同じ手法が大手を振ってるんだと、いまさら思い知らされました

韓国の若い人たちに言いたいことがあります

私が日本の歴史や戦争の話に興味をもち
書店でその類の書籍を購入し勉強し始めたのは、今回のW杯以降です。
それは、韓国及び両国のメディアの姿勢に
説明のつかない違和感(嫌悪感?)を覚えたからです

自然に芽生えた気持ちでも、押し付けられた気持ちでもなく
なぜ、私はこんなにもある国の人に嫌われなくてはならないのか愕然としたためです

じっくりみてみれば、日本のマスコミは
イジメにあって担当の教師に相談にいっても「そんなことはわが校ではない」
と、知らん顔してる教育者にそっくりでした

どうか、戦争体験のない人に心からの謝罪を求めるなら
もう一度、一緒に歴史を振り返ってみようではありませんか?

戦後のどさくさ歴史やどさくさ教育は
いちど白紙に戻してみませんか?

aoiparrot02さん、レスありがとです

投稿者: jpn_629 投稿日時: 2002/08/18 12:31 投稿番号: [808 / 230347]
aoiparrot02さん、おはよ・・・こんにちは〜   ^^;

aoiさん、早起きですね。私は今、起きました・・

解説ありがとうございました。やはり、李王朝の末期も、国家としてあまり機能していなかったようですね。盛者必衰の理ですね・・・

ふと思ったのですが、現在の日本はどうなのでしょうね?まさか・・・   ^^;


追伸:   しし座流星群は、秋というよりは冬ですね。去年も一昨年もめちゃくちゃ寒かったです。防寒装備をきっちり整えないと凍え死にしそうです。でも一見の価値ありですよ。色もペルセはほとんどオレンジ色ですが、しし座は青っぽいのや、緑っぽいのが結構多くて、しかも長く流れてくれるし、静かな場所だと音も聞こえる時もよくあります(ペルセでも大きな物は、たまに音が聞こえます)。
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