khani_kms2000さん(改革派の仕事)
投稿者: uumin3 投稿日時: 2002/08/20 10:20 投稿番号: [836 / 230347]
khani_kms2000さん
レスありがとうございます。一応ここまでのところに一旦レスをお返しいたします。
>身分制度は1910年の日韓合併後ではなく、公式的には1894年の甲午更張(甲午革命とも言う)に
>よって朝鮮時代を支えてきた旧制度を一新する過程で身分制が打破され名目上は平等となりました。
おっしゃるところを調べてみましたら、確かに韓国でも1894年に「四民平等」が宣言されている
ことがわかりました。そして甲申改革当時の金玉均ら改革派たちの主張でも、朝鮮社会の門閥や封
建的身分制度こそ不平等の根源、国政腐敗、国力衰弱の主因と指摘されていることも。さらに、そ
の「四民平等」宣言の時から賎民(奴婢など)もやっと両班や良人と同じように戸籍を持つように
戸籍法が改正されたことも…。
当時の弱小国(日本を含む)が、列強諸国と対等に渡り合うためには「国民国家」を形成しなけ
ればならないと気付いたのは、日本人政治家も金玉均たち韓国人開化派も一緒だったわけですね。
仮定の話です。もし韓国でまた軍事クーデターが起きて軍政になり、人々の権利が奪われた
としても、あなたは「じゃ韓国人やめた」と言って日本にすぐ帰化しようと思いますか?
そうではないでしょう? 何とか祖国を救って、また良い国にしようと努力されますよね?
国民国家になるというのは、そうした国や民族あるいは歴史的な共同体を守ろうとする意識を、
一人一人の国民が持つようになるということです。
ただ、この国民国家が国家としての政体の最終的な形というわけではありません。これは、
あくまでも人類のこの歴史の流れの中で出てきた「ひとつの形」に過ぎません。そして、現在
のわれわれの多くは「民本主義・民主主義」を望むべき政体として自然に考えますが、これも
もしかしたらさらに長い歴史のスパンで見れば一時的なものなのかもしれません。ですが、未
来の覗けないわれわれにはそれがわからないのです。
さて、蛇足かもしれませんが、最初にいただいたレスの中の
>民衆の結束を図る前に日本に併合されてしまい…
とあるのはいかがなものかと思います。それこそ時間がいくらでもあれば韓国はいつか国民国家
になったであろうことはわかります。しかし歴史は待ってくれない時間の中にあります。これがも
し「日本」でなかったとしても、遅かれ早かれ歴史の中で韓国は植民地化されたとは思われませんか?
「日本がやらなくても自分達でできたに違いない」とは韓国側の主張でよく聞く話ではありますが、
一体いかなる根拠があってそういうのかわからない場合もあります。特にこの場合はそうです。
韓国人はよく日本の「七奪」を挙げます。その中にまず「国王」を奪ったというのが挙げられている
のですが、李朝を中心とする保守派が韓国人に強く支持されていたとすれば、身分制度はいつまで
たっても保持されたのではないのですか?
なぜ李朝社会に厳しい階級差別があったか?
それは「繁文縟礼」による人間関係の規定を守るためでしょう?
なぜその規定が守られる必要があったか?
国王や両班を中心とする階級支配を維持するためでしょう?
だとしたら、国王や両班が支持されているうちは身分制度の解消は無理だったということになる
のではないですか? 韓国人がいつまでも「礼儀之邦」であろうとすることは、イコール身分社会
を維持する事でもあったわけですから…
朝鮮総督府が断行した「奴婢の解放」は、潰された改革派の「四民平等」宣言の後追いだったの
かもしれませんが、法的に諸制度を整え、実効的に社会に実現したのはやはり「併合」の結果だった
ように考えられます。そしてそれは、近代国民国家の「国民」を創出するためのものだったのです。
レスありがとうございます。一応ここまでのところに一旦レスをお返しいたします。
>身分制度は1910年の日韓合併後ではなく、公式的には1894年の甲午更張(甲午革命とも言う)に
>よって朝鮮時代を支えてきた旧制度を一新する過程で身分制が打破され名目上は平等となりました。
おっしゃるところを調べてみましたら、確かに韓国でも1894年に「四民平等」が宣言されている
ことがわかりました。そして甲申改革当時の金玉均ら改革派たちの主張でも、朝鮮社会の門閥や封
建的身分制度こそ不平等の根源、国政腐敗、国力衰弱の主因と指摘されていることも。さらに、そ
の「四民平等」宣言の時から賎民(奴婢など)もやっと両班や良人と同じように戸籍を持つように
戸籍法が改正されたことも…。
当時の弱小国(日本を含む)が、列強諸国と対等に渡り合うためには「国民国家」を形成しなけ
ればならないと気付いたのは、日本人政治家も金玉均たち韓国人開化派も一緒だったわけですね。
仮定の話です。もし韓国でまた軍事クーデターが起きて軍政になり、人々の権利が奪われた
としても、あなたは「じゃ韓国人やめた」と言って日本にすぐ帰化しようと思いますか?
そうではないでしょう? 何とか祖国を救って、また良い国にしようと努力されますよね?
国民国家になるというのは、そうした国や民族あるいは歴史的な共同体を守ろうとする意識を、
一人一人の国民が持つようになるということです。
ただ、この国民国家が国家としての政体の最終的な形というわけではありません。これは、
あくまでも人類のこの歴史の流れの中で出てきた「ひとつの形」に過ぎません。そして、現在
のわれわれの多くは「民本主義・民主主義」を望むべき政体として自然に考えますが、これも
もしかしたらさらに長い歴史のスパンで見れば一時的なものなのかもしれません。ですが、未
来の覗けないわれわれにはそれがわからないのです。
さて、蛇足かもしれませんが、最初にいただいたレスの中の
>民衆の結束を図る前に日本に併合されてしまい…
とあるのはいかがなものかと思います。それこそ時間がいくらでもあれば韓国はいつか国民国家
になったであろうことはわかります。しかし歴史は待ってくれない時間の中にあります。これがも
し「日本」でなかったとしても、遅かれ早かれ歴史の中で韓国は植民地化されたとは思われませんか?
「日本がやらなくても自分達でできたに違いない」とは韓国側の主張でよく聞く話ではありますが、
一体いかなる根拠があってそういうのかわからない場合もあります。特にこの場合はそうです。
韓国人はよく日本の「七奪」を挙げます。その中にまず「国王」を奪ったというのが挙げられている
のですが、李朝を中心とする保守派が韓国人に強く支持されていたとすれば、身分制度はいつまで
たっても保持されたのではないのですか?
なぜ李朝社会に厳しい階級差別があったか?
それは「繁文縟礼」による人間関係の規定を守るためでしょう?
なぜその規定が守られる必要があったか?
国王や両班を中心とする階級支配を維持するためでしょう?
だとしたら、国王や両班が支持されているうちは身分制度の解消は無理だったということになる
のではないですか? 韓国人がいつまでも「礼儀之邦」であろうとすることは、イコール身分社会
を維持する事でもあったわけですから…
朝鮮総督府が断行した「奴婢の解放」は、潰された改革派の「四民平等」宣言の後追いだったの
かもしれませんが、法的に諸制度を整え、実効的に社会に実現したのはやはり「併合」の結果だった
ように考えられます。そしてそれは、近代国民国家の「国民」を創出するためのものだったのです。
これは メッセージ 830 (khani_kms2000 さん)への返信です.
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