李朝朝鮮

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Re: 過酷な植民地政策ニダへの横レス

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/26 00:06 投稿番号: [840 / 1329]
>しかしまあ、食い物の恨み、女の恨み、土地の恨みとはこのように
>深いもので・・・

>ましてや先祖代々耕しそれで生活してきた土地ともなれば・・・

>朝鮮の人たちの身にもなってものを考えることも日本人として
>大切ではないかと・・・

李朝時代より、日韓併合時代は酷かったのでしょうか。
朝鮮の人たちの身になってものを考えれば、どうなるのでしょうか。

------------------

○土地の恨み。

A・F・マッケンジー、「朝鮮の悲劇」。
『私は、十分に耕せそうな土地をほったらかしにしていながらも、飢えに苦しむ農民のさまが理解できなかった。「どうしてそれらの土地を耕さないのか」ときいたところ、「耕せば耕すほど、税を取られるだけのことだ」という返事があった。』

○食い物の恨み。

朝鮮の「牧民心書」。
『農夫は皆他人の田を耕して年中額に汗しながら、一家を養いかね、近所合壁互いに融通しあう。秋になると、地主が黙って収穫の半ばを割いて取る。収穫600斗にして残る物300斗、その中から翌年の種子を除き、借財を払えば余すところは100斗に満たぬ』

○女の恨み。

林鍾国「ソウル城下に漢江は流れる―朝鮮風俗史夜話」より、「人間家畜の奴婢制度」の章
『奴婢は品物のように売買・略奪・相続・譲与・担保の対象になった。
  かれらはただ主人のために存在する主人の財産であるため、主人が殴っても犯しても売り飛ばしても、果ては首を打ち落としても何ら問題はなかった』。
『それこそ赤子の手を捻るように、いとも簡単に主人は婢女たちを性の道具にしたものであった。奥方たちの嫉妬を買った婢女は打ち据えられたり、ひどい場合は打ち殺されることもあった。外観だけは人間であるが主人の事実上の家畜と変わらなかった婢女たちは、売却・私刑はもちろんのこと、打ち殺されても殺人にならなかったといい、韓末、水溝や川にはしばしば流れ落ちないまま、ものに引っかかっている年頃の娘たちの遺棄死体があったといわれる。局部に石や棒切れをさしこまれているのは、いうまでもなく主人の玩具になった末に奥方に殺された不幸な運命の主人公であった』。

李人稙(1862-1916)、「血の涙」。
   両班達が国を潰した。
   賎民は両班に鞭打たれて、殺される。
   殺されても、殴られても、不平をいえない。
   少しでも値打ちがある物を持っていれば、両班が奪ってゆく。
   妻が美しくて両班に奪われても、文句を言うのは禁物だ。
   両班の前では、まったく無力な賎民は、自分の財産、妻だけではなく、
   生命すらその気ままに委ねられている。
   口ひとつ間違えばぶっ叩かれるか、遠い島へ流される。
   両班の刃にかけられて、生命すら保つことができない。

Re: 過酷な植民地政策ニダへの横レス

投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2007/05/25 23:50 投稿番号: [839 / 1329]
ワタクシも大阪人ですが・・・

>しかしまあ、食い物の恨み、女の恨み、土地の恨みとはこのように
>深いもので・・・

それは判るんですが・・・

>ましてや先祖代々耕しそれで生活してきた土地ともなれば・・・

いえいえ。「先祖代々」などではなく。
精々が「戦後のどさくさ」辺りまでしか遡れない、「土地の不法占拠」ですが・・・

>朝鮮の人たちの身にもなってものを考えることも日本人として
>大切ではないかと・・・

大阪風に言うと。
「相手が商いのルール守るンやったら、あんじょうやったるわ。せやけど、ルール無視するンやったら、こっちが付き合ったるンは、損やなぁ」でっせ。

過酷な植民地政策ニダへの横レス

投稿者: syouhukutei_kobunnyu 投稿日時: 2007/05/25 23:31 投稿番号: [838 / 1329]
お初にお目にかかります。

笑福亭   子文祐と申します。

エ〜、まあ我が故郷、大阪の恥を申すようでいささか恐縮
なのでございますが最近大阪JR環状線(東京の山手線に
当たります)でこのような事件が御座いました。

JRの敷地内なんと線路のすぐ脇に野菜や花などを植えておった
人がたくさん居られたので御座りますな。

ところがJR側が退去の要請を出しても聞かぬ存ぜぬ。とうとう
裁判に持ち込まれました。

当然のごとくJR側の勝訴に終り、決着はついて居るのですが
長年にわたりJRは強制撤去の権利を保留しておりました。

がこの度ついに撤去が実施されたわけでありまするが住民側の
怒ったの何の・・・

不謹慎にも笑ってしまいました(笑

しかしまあ、食い物の恨み、女の恨み、土地の恨みとはこのように
深いもので・・・

ましてや先祖代々耕しそれで生活してきた土地ともなれば・・・

朝鮮の人たちの身にもなってものを考えることも日本人として
大切ではないかと・・・

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2007/05/25 01:00 投稿番号: [837 / 1329]
>韓国の教科書や論文を資料にしているのではないかとも思います。(笑)


どれほど立派な学者先生でも、これまで韓国のことをほとんど知らない先生が初めて韓国のことを勉強しようとすれば常識的には韓国人の書いた本を読むんでしょうねぇ…

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/25 00:36 投稿番号: [836 / 1329]
>……ひょっとして、女史の論文をウリナラフィルターにかけて勝手に切り取って紹介しているんじゃないか?という疑念すら浮かんできましたよ。

それもありますが、韓国の教科書や論文を資料にしているのではないかとも思います。(笑)

>>>日本が1918年深刻な米不足で暴動を経験した後、日本に対する米供給をふやすために、収穫の多いイネの種類を韓国に取り入れ、潅漑施設などに相当な投資をして、韓国の農業分野の付加価値が1913年から1938年の間にほぼ2倍に増加したことは事実だが「このような日本の農業政策が韓国と台湾の農村人口の福祉に及ぼした影響は批判の種」とブース教授は言う。

朝鮮のコメを日本国内より高く買い取り、多額の日本の税金を使って農業施設の改善を行って飢餓から救っているのに、「批判」されるとすれば、韓国の論文を参考にしたとしか思えません。(笑)
でも李朝末は、農民は午前中しか働かず、午後からは酒を飲んでゴロゴロし、女性は全く田畑で働く習慣がなくても飢えさえしのげばやっていけたのに、日本農民のように勤勉に働かされたのは、農民の「福祉」を悪化させたかも。(笑)

------------------------------
韓国の国史教科書
http://members.tripod.com/textbook_korea/fr_2.htm
産業の侵奪
  日帝の植民地経済政策は、わが国の米穀と各種原料を安値で買い、日本で作られた製品を、高い価格で売って二重に搾取するものであった。

食糧の収奪
  第1次世界大戦に参戦し、資本主義の基盤を急速に成長させた日帝は、高度成長のためにわが国に対する経済的収奪をいっそう強化した。

  日帝は、工業化の推進による食糧の不足分をわが国から搾取しようとする、いわゆる産米増殖計画を立て、これをわが農村に強制した。1920年から15年計画で推進された産米増殖計画は、920万石を増産するという無理な目標を設定したために、増産量を達成することができなかった。ために日帝は土地改良事業をとおして増産をはかるが、この計画も目標どおりに達成できなかった。

[資料:米穀生産量と日帝の収奪量]

  しかし、米穀収奪だけは目標どおりに遂行したために、わが国の農村経済を破綻に陥れた。増産量よりはるかに多い量の米穀を収奪したので、わが農民は食糧事情が極度に悪化し、飢餓線上に苦しむようになった。このため食糧の不足分を満州産の安価の雑穀で充当しようとしたが、根本的な解決策にはならなかった。当時、わが農民は水利組合費、増産に投入された運搬費などをも負担したので、二重の苦痛を受け、生計はますます困難になった。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/05/25 00:05 投稿番号: [835 / 1329]
ああ、不在の間に皆さんのツッコミが完了している。(笑)

まず、スタート地点が1910年ということを意図的に無視して、何百年もの歴史を持つ先輩植民地と同等に見るという暴論ですわなぁ。

>>>日本が1918年深刻な米不足で暴動を経験した後、日本に対する米供給をふやすために、収穫の多いイネの種類を韓国に取り入れ、潅漑施設などに相当な投資をして、韓国の農業分野の付加価値が1913年から1938年の間にほぼ2倍に増加したことは事実だが「このような日本の農業政策が韓国と台湾の農村人口の福祉に及ぼした影響は批判の種」とブース教授は言う。

>ここは意味不明。(苦笑)

筋違いのもの(経済と福祉)を並べてあげつらうってのは朝鮮論法っぽいかも。

>同じ援助をしても、フィリピンもインドネシアも発展できないのは何故?(苦笑)
韓国と台湾の産業基盤・教育基盤の種を日本が植えて、芽が育ったということです。

戦後の発展を支えたエリートは、日本統治下で教育を受けて形成されたわけですから、50年以降の発展を言えば言うほど藪蛇なんですがねぇ。

……ひょっとして、女史の論文をウリナラフィルターにかけて勝手に切り取って紹介しているんじゃないか?という疑念すら浮かんできましたよ。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/24 23:00 投稿番号: [833 / 1329]
>>「1938年の1人当りGDP、人口統計、教育統計などの複合人間開発指数を出してみれば、フィリピンが最高だった。」と言った。

>このロンドン大の女史は数字だけつまみ食いして自説を展開してます。
>後進国が発展するためには2つの絶対条件があります。
>1.教育システムが普及し、教育水準が高まること。
>2.経済・社会インフラが備わること。
>どちらが欠けても国家として浮上しません。

欧米の植民地の都市、あるいは居留地の社会インフラの整備は早いです。
マニラもハノイも香港も、上下水道・電気・道路・港湾施設などは整っていました。
勿論、それは原住民のためではなく、支配層のため。
収奪型経済なので、周辺には必ずスラム街が出来てしまいます。
統計上のGDP、就学率やインフラ整備率には見えない、社会・経済システムに原住民がどのように関わっていたかの考察が必要ですね。

以下のサイトを見るように、フィリピンは植民地経営としては、まさに「最高水準」の収奪です。
しかも、主食の田んぼを潰させて、高い輸入米を買わせる。
その儲けはアメリカの懐に入る。過酷ですね。

------------------------
第 2 次世界大戦前におけるアメリカ統治下のフィリピン林業開発(林学科)
篠原 武夫
琉球大学農学部林学科

アメリカの領有となってからのフィリピン経済は, アメリカの近代的植民地政策によって顕著な発達をした。アメリカはフィリピンを自国資本に対する資本投下市場, 商品販売市場, 原料供給地として強く位置づけていた。アメリカの植民地政策は, 本国の工場製品を販売せしめる必要から自給自足を目的とする封建的農村の自然経済を解体せしめて, 商品経済の促進を必要としたのである。そのためには, アメリカはフィリピン原住民の農業生産物が商品化される流通過程の近代化のみに満足せず, その基本産業たる砂糖, 麻, 木材などの生産過程に直接干渉し, 本国の技術と資本とをもって能率的に農林業の経営を行ない, それによって植民地の富を可能な限り収奪せんとする欲求から, 農林業部門にエステートの型で進出した。この型は甘蔗栽培に多い。しかし, アメリカは自国資本の安全を守るためにフィリピン産業の近代化には常に一定の限界を与えたのである。かくして, フィリピン経済構造の基本をなす農業関係には, 依然として前期的遺制が支配的となった。アメリカの産業政策は母国の不足品である砂糖, 麻, コプラなどを植栽せしめ, フィリピン原住民の自主的産物である棉花及び米などの生産の助長を抑制して, フィリピン経済を完全にアメリカに依存せしめたのである。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000220437/

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/24 22:43 投稿番号: [832 / 1329]
>一応教育面だけでいうと、1940〜1941年にかけてのフィリピンの公立学校200万名、中等課程以上の教育課程登録者4万名とのことです。
>一方同じ年の朝鮮人初等学校生123万人、中学校以上5万5千名です。(先日紹介の林広茂氏の論文の150ページ)
>ただ問題は教育の中味でしょう。その後の両国の発展を比較すれば想像はつきますが。

アメリカの教育制度は、収奪型の植民地経営と違って、建前上近代市民として小作から自営農への自立を促すもののようですし、フィリピン人にも好意的に受け入れられたようですが。
50%に届かない就学率の低さ。
小学校に対するハイスクール(現在の中学校)の比率が100分の1〜50分の1に抑えられていること。
朝鮮半島に比較すると、読み書き計算までの初等教育だけで、経済発展に必要な即戦力となる職業的人材育成、つまり初等教育の次の農業・商業・工業学校などの実業学校、専門学校に違いがあるのではと考えます。

------------------ -
アメリカのフィリピン植民地教育政策とフィリピン社会の対応
フィリピンを統治したアメリカも,自国での国家建設の経験から大衆教育の重要性を認識しており,これをフィリピン人の意識改造の主要手段と位置づけた。このためアメリカは占領直後から全島で公立小学校の開設を進め,多数のフィリピン人に就学の機会をもたらした。これは他の西欧列強の植民地においてエリート教育が重視され,高等教育が優先的に整備されたのと対照的であった。小学校は無償とされ,教科書も初級課程(第1〜4学年)では無料で貸与された。さらにアメリカは,本国の教員のなかから有志を募り,全島の学校に派遣した。
  アメリカはこの学校を通じ,伝統的な支配=被支配の構造を解体しようとした。地主の温情に依存する伝統的な態度は,生活向上や問題解決を自治への参加を通じて実現しようとする近代的態度と矛盾し,その形成を阻害すると考えられたからである。アメリカ人教育局長は次のように記している。
・・・・人々は,貴族階級の無軌道な統率と圧政に,生まれつき逆らうことなく身を任せている。スペイン人はこれを「ボス支配」と呼んだ。本諸島の政府はあらゆる手段と政策をもって,これを打破しなければならない。上記の必然的帰結として,我々の公立学校制度は大衆のためのものとなるべきである。
http://www.rikkyo.ac.jp/~makorin/fm014ich.htm
------------------ -
普通学校、高等普通学校、中等学校、女子高等普通学校、実業学校、専門学校
朝鮮教育令
(明治四十四年八月二十四日勅令第二百二十九號)
第二十一條   實業學校ヲ分チテ農業學校、商業學校、工業學校及簡易實業學校トス
第二十二條   實業學校ノ修業年限ハ二年乃至三年トス
第二十五條   専門學校ハ高等ノ學術技藝ヲ教授スル所トス
第二十六條   専門學校ノ修業年限ハ三年乃至四年トス

京城帝国大学の他に、
京城医学専門学校
京城法学専門学校
京城歯科医学専門学校
京城薬学専門学校
京城工業専門学校
京城鉱山専門学校
水原農林専門学校
京城経済専門学校
京城師範学校
京城女子師範学校などを設立しています。

Re: >私の東京裁判についての感想は

投稿者: kohbunnyuu 投稿日時: 2007/05/24 20:25 投稿番号: [831 / 1329]
>悪いですが、見損ないました<

失礼しました。

私としたことが悪質なフィッシングサイトに引っかかったようです。

微妙にかつ巧妙に私の投稿が改ざんされています。

また連絡いたします。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: koshien21c 投稿日時: 2007/05/24 10:50 投稿番号: [830 / 1329]
このロンドン大の女史は数字だけつまみ食いして自説を展開してます。

>しかも、所得の多くは一握りの米英蘭と原住民の支配層に握られていたと思うんですが。

そお通りです。一人当りフイリピンのGDPが高く庶民に分配されていたならば、非支配層にも資本の蓄積が発生します。それがまったくなく現在に至っています。金を持ってるのは白人支配層に協力した華僑です。

>しかも、この頃の日本(韓国・台湾)は米国から経済制裁を受けていた訳ですし。

米国のみならず、世界恐慌の影響で欧米宗主国は自国製造業者、商業者を守るため自国植民地も保護主義政策をとり、日本製品には高い関税を課しました。それで日本はアジアの欧米植民地のみならず、南米でも市場を失いました。従って日本は満蒙開拓を進め市場開拓に向かいましたが、アジア、南米の市場をカバー出来るものではありませんでした。これが日本が戦争に向かった経済的遠因と考えます。米上院軍事外交委員会でマッカーサーが日本が戦争に赴いたのは自衛のためと発言したことと符号します。だから、欧米戦勝国は戦後、植民地の独立などもあり保護主義政策は戦争の原因になると反省し、GATT自由貿易体制を創ったと考えています。大した植民地を持たぬドイツも日本と同様でしたから。


後進国が発展するためには2つの絶対条件があります。

1.教育システムが普及し、教育水準が高まること。

2.経済・社会インフラが備わること。

どちらが欠けても国家として浮上しません。

社会システムを運営する知識、農業技術、工業技術の知識がなければ近代的システムや技術移転は不可能です。従って国民全体の教育水準向上が必要になります。

アフリカ諸国などがいい例です。

経済・社会インフラがある程度整備されていなければ、農業の近代化も工業化も出来ず、農産品や工業製品の輸送や原材料の輸入、製品輸出が出来ません。また、国民の健康を維持する医療システムの構築も必要です。

従って、電力会社を興す、肥料工場を設立する、道路、鉄道、港湾を整備する必要があり、それらの会社を設立する必要があります。
これらが、雇用を生み経済の拡大再生産につながります。

例えば、ミヤンマーなどの国は教育は普及、大学もあり学生は優秀ですが、大学を卒業しても就職する場所がありません。だから国家として浮上できないのです。

2つの絶対条件がある程度整備されるまでには相当な時間と膨大な資金が必要です。日本はこれら分野に資本を投下してきました。しかし、欧米諸国は植民地に教育やインフラへの資本投下をしてません。

2つの絶対条件があったので、台湾・韓国は戦後アジア諸国の中で最初に発展したのです。台湾も朝鮮も併合前は2つの条件が皆無でしたから。

このロンドン大の女史にはこの視点が欠けていることと、欧米の植民地主義の弊害を隠そうとする意図が感じられます。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/05/24 10:39 投稿番号: [829 / 1329]
トリップさん、先のレスでは、リンク紹介のみだったのをわざわざ要約していただき恐縮です。
しかしこのブース教授かなり論理が杜撰ですね。それともウリナラフィルターを通しているから矛盾がでてるのかな?

>>>教授は1900年代の初めから1930年代後半までの資料を利用、1人当りの国内総生産(GDP)面で韓国と台湾が1913年にはフィリピン、インドネシア、マレーシア、タイより立ち後れていたし、世界輸出市場の景気悪化のため、東南アジア植民地の成長が鈍化したりマイナスになるなど後退した1930年代こそ韓国と台湾の成長速度がこれらより先に進み始めたが、1938年までは相変らずフィリピンの1人当りGDPが韓国と台湾に比べて高かったと指摘した。

>1930年代にやっとインフラ整備が進んで軌道に乗り始めたということでしょう。

教授の言っていることを素直に読むと、朝鮮併合3年後には東南アジア諸国より遅れていたのが、30年も経たない内に追い越したとしか読めないですが。

>>>1938年の1人当りGDP、人口統計、教育統計などの複合人間開発指数を出してみれば、フィリピンが最高だった。

>米国のフィリピン経営がそんなに素晴らしかったでしょうか。初耳です。(苦笑)

一応教育面だけでいうと、1940〜1941年にかけてのフィリピンの公立学校200万名、中等課程以上の教育課程登録者4万名とのことです。
一方同じ年の朝鮮人初等学校生123万人、中学校以上5万5千名です。(先日紹介の林広茂氏の論文の150ページ)
ただ問題は教育の中味でしょう。その後の両国の発展を比較すれば想像はつきますが。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/24 01:31 投稿番号: [828 / 1329]
>ああー、あの女史か…楽しみに待っています♪

記事だけ貼り付けたのでは、誰かと一緒ですから、一応ツッコミします。

>>教授は1900年代の初めから1930年代後半までの資料を利用、1人当りの国内総生産(GDP)面で韓国と台湾が1913年にはフィリピン、インドネシア、マレーシア、タイより立ち後れていたし、世界輸出市場の景気悪化のため、東南アジア植民地の成長が鈍化したりマイナスになるなど後退した1930年代こそ韓国と台湾の成長速度がこれらより先に進み始めたが、1938年までは相変らずフィリピンの1人当りGDPが韓国と台湾に比べて高かったと指摘した。

1930年代にやっとインフラ整備が進んで軌道に乗り始めたということでしょう。
とにかく、台湾はまだしも、朝鮮では日本は赤字だったんですから。
しかもフィリピン・シンドネシアのように農産品・資源を輸出する市場があった場合と、韓国と台湾の輸出先が日本に限られていて、外貨を稼ぐことができなかった場合とを比較できないでしょう。
しかも、所得の多くは一握りの米英蘭と原住民の支配層に握られていたと思うんですが。
しかも、この頃の日本(韓国・台湾)は米国から経済制裁を受けていた訳ですし。

>>日本が1918年深刻な米不足で暴動を経験した後、日本に対する米供給をふやすために、収穫の多いイネの種類を韓国に取り入れ、潅漑施設などに相当な投資をして、韓国の農業分野の付加価値が1913年から1938年の間にほぼ2倍に増加したことは事実だが「このような日本の農業政策が韓国と台湾の農村人口の福祉に及ぼした影響は批判の種」とブース教授は言う。

ここは意味不明。(苦笑)

>>教授は「日本の植民主義を`開発植民主義`と弁護したがる人々は、日本が韓国と台湾に渡したイネの栽培技術と物理的なインフラ構築をあげるが、これらの成果が果して1950年以後、両国の近代化の基盤になるだけ充分だったのかは疑問がある」「1938年の1人当りGDP、人口統計、教育統計などの複合人間開発指数を出してみれば、フィリピンが最高だった。」と言った。

米国のフィリピン経営がそんなに素晴らしかったでしょうか。初耳です。(苦笑)
韓国と台湾に対する戦後の米国と日本の経済・技術援助をすっぽり抜かしてますね。
同じ援助をしても、フィリピンもインドネシアも発展できないのは何故?(苦笑)
韓国と台湾の産業基盤・教育基盤の種を日本が植えて、芽が育ったということです。

私事になりますが、我が家のGさんは某社で発電機の設計・製造の仕事をしておりました。
それで、1970年代フィリピンに発電機を売却すると、また売ってくれと言ってくる。
景気がいいのかなと思っていると、故障しても修理のできる人材がないので、故障した発電機が山積みになっているらしい。
会社としても黙って新しい発電機を売れば儲かるが、修理が可能ならば長く使って貰いたいし、修理が出来るフィリピン人の人材を育てたいというので会社から教育を兼ねた修理要員を送り出したが、フィリピン人は高校生の物理・電気理論どころか、中学生程度の数学も満足にできない。
もう大変だったらしいです。

そのGさんが戦前の工業学校電気科に通っていた頃は、クラスに朝鮮人の学生もいて、よく勉強のできるヤツだったと申しております。
一点をもって全部を語ることはできませんが、こんな感じだったと思いますね。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/24 01:13 投稿番号: [827 / 1329]
【植民地】 ロンドン大教授、韓国と台湾の「植民地近代化」論を否定〜当時、東南アジアより遅れていた[05/22]

(ソウル=聨合ニュース)日本の植民支配が韓国と台湾の急速な経済成功の基盤になったと言う見解が、1980年代以来国際学会で多数論じられてきたが、東アジアと東南アジアで日本と欧米の植民地だった国々の植民地時代を実証資料にして比較分析した結果は、このような見解を裏付けない、とロンドン大学のアン・ブース(Anne Booth)教授が最近、ある論文で主張した。

ブース教授は、アジア太平洋問題を専門に扱うオンラインメディア「ジャパン・フォーカス」に寄稿した「日本の植民地だったことは本当によかったのか?(Did It Really Help to be a JapaneseColony?)」という表題の論文は、同じ植民地経験を持った東アジアと東南アジア国家のうち、特に韓国と台湾が大きな経済的成功をおさめたのは、日本の植民地政策が他の植民宗主国と違い「開発志向的」だったおかげ、という80年代以来、国際学会で認められた「日本例外主義」に反論するためだ。ブース教授のこのような主張は去年、ニューライト財団理事長である安秉直(アン・ビョンジク)ソウル大名誉教授らが国内で大論争を起こした「植民地近代化」論に反駁するとして注目される。

安名誉教授の「植民地近代化」論は、日本が韓国を植民地にしたが、結果的に朝鮮社会を近代化させて今日の韓国近代化の基盤になったと言う主張だ。ブース教授は、論文で韓国と台湾の経済的成功が日本の植民地政策の遺産のためだという主張が事実なら「韓国と台湾の植民地時代の経済・社会の発展指標が東南アジアの植民地時代の指標より先に進んでいたはずだ」という仮説が可能だが、当時の統計資料はこれを裏付けていない、と言った。

ブース教授は1980年代以来、国際学界で拡がった「植民地近代化」論を「修正主義」と呼び、韓国と台湾の急速な経済成長と社会変貌は、解放後執権した「新しいエリートたちが採択した土地改革、貿易と産業政策のため」という伝統主義的解釈が「より強い説得力がある」と言った。

教授は1900年代の初めから1930年代後半までの資料を利用、1人当りの国内総生産(GDP)面で韓国と台湾が1913年にはフィリピン、インドネシア、マレーシア、タイより立ち後れていたし、世界輸出市場の景気悪化のため、東南アジア植民地の成長が鈍化したりマイナスになるなど後退した1930年代こそ韓国と台湾の成長速度がこれらより先に進み始めたが、1938年までは相変らずフィリピンの1人当りGDPが韓国と台湾に比べて高かったと指摘した。

日本が1918年深刻な米不足で暴動を経験した後、日本に対する米供給をふやすために、収穫の多いイネの種類を韓国に取り入れ、潅漑施設などに相当な投資をして、韓国の農業分野の付加価値が1913年から1938年の間にほぼ2倍に増加したことは事実だが「このような日本の農業政策が韓国と台湾の農村人口の福祉に及ぼした影響は批判の種」とブース教授は言う。
(中略>>2-3のあたり)
教授は「日本の植民主義を`開発植民主義`と弁護したがる人々は、日本が韓国と台湾に渡したイネの栽培技術と物理的なインフラ構築をあげるが、これらの成果が果して1950年以後、両国の近代化の基盤になるだけ充分だったのかは疑問がある」「1938年の1人当りGDP、人口統計、教育統計などの複合人間開発指数を出してみれば、フィリピンが最高だった。」と言った。

"韓国と台湾の`植民地近代化`論は実証だめ"[ロンドン大教授]東南アジア植民地統計で国際比較通じて反駁

ソース:毎日経済(韓国語)"韓国と台湾の `植民地近代化`論は実証だめ"[ロンドン大教授]
http://news.mk.co.kr/newsRead.php?sc=30000006&cm=%EA%B5%AD%EC%A0%9C%20%EB%A9%94%EC%9D%B8&year=2007&no=265916&selFlag=&relatedcode=&wonNo=&sID=303
元ソース:Did It Really Help to be a Japanese Colony? East Asian Economic Performance in
Historical Perspective [1]
http://www.japanfocus.org/products/details/2418

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/05/24 01:12 投稿番号: [826 / 1329]
>そうした工場のほとんどが停止し、北朝鮮にあったダム発電や肥料工場からの供給がストップして、韓国経済はガタガタになったということでしょう。

根幹となる発電所を含め、たいがいの大工場は北部にありましたもんねぇ。
北朝鮮が南朝鮮への送電を停止したのは48年5月14日でした。

>しかし、韓国と同様、マヌケなロンドン大教授もいるようです。(笑)
次に投稿します。

ああー、あの女史か…楽しみに待っています♪

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/24 00:54 投稿番号: [825 / 1329]
>書き方が悪かったのは私のほうです。(汗**2)

いえいえ、こちらこそ。
お互いに気にせず行きましょう。

>この日本人所有の耕地には東洋拓殖の分も入っています。これを見ると1918年時点でも4.6%程度。

これだと、日本が土地調査事業を開始して「土地侵奪」したのではなく、ほとんどはその前から買収していた、となりそうですね。

>まあしかしそれは韓国人学者のこと別な「とんでも」を用意してます。

○韓国側の主張:
終戦後、韓国は世界最貧国になった。これこそ日帝の収奪の証拠だ!
1900年から1955年までの南韓地域の一人あたりGDPデータをグラフにしたものである。
終戦時の1500ドルから、一挙に687ドルに落ちている。1900年の850ドルより落ちて世界最貧国になってしまった。


それで、落ち込み分はすべて、数%の土地所有者ながら支配層の日本人による「搾取」だったという主張ですね。(大笑)
中学生の研究発表でも、日本なら落第です。(笑)

>それに対する反論は以下にあります。

○日本側反論:
戦争の末期は統制経済で、食料は配給、生産は徹底した軍需優先である。それらは、直ぐに別の生産に変換できない。つまり、敗戦とともに経済活動が止まってしまったのだ。この点は、許教授の論文にも書いてある。
南韓地域の人口は、終戦後に一挙に300万人ほど増えている。実に、6人に1人が移入した難民人口という極端な状況が生じ、一人当たりGDPが下がってしまった。

つまり、戦時体制で軍需工場のフル操業で、朝鮮経済は潤っていたはず。
3年位前に、ホンキーさんと「火病」トピで話されていた女性のお父さんが韓国のベアリング工場で働いていて、終戦まで飛行機の部品を作ってらしたとか。
そうした工場のほとんどが停止し、北朝鮮にあったダム発電や肥料工場からの供給がストップして、韓国経済はガタガタになったということでしょう。

しかし、韓国と同様、マヌケなロンドン大教授もいるようです。(笑)
次に投稿します。

----------------------------------

ところで、うるるさんと黄文雄氏の討論の続きを楽しみにしておりますのに。(笑)

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/05/23 16:36 投稿番号: [824 / 1329]
>最初にお断りしておきます。
これは文殊さんに対する疑問ではなく、「土地を奪われた」という定義の曖昧さへの一般的な疑問です。
少し書き方が悪かったようです。(汗)

いえいえ、とんでもない。書き方が悪かったのは私のほうです。(汗**2)

>しかし、土地調査事業による「土地侵奪」という韓国の主張は具体的に説明できないです。

日韓歴史共同委員会の許粹烈教授の論文「日帝下朝鮮経済の発展と朝鮮人経済」の314ページに日本人所有の耕地と朝鮮全体の耕地の表がありました。
1910年と1918年分を写しておきます。

1910   田   42,585町歩(日本人)   1,506,101町歩(全朝鮮)
      畑   58,044町歩(日本人)   2,772,267町歩(全朝鮮)
      計   69,312町歩(日本人)   4,278,368町歩(全朝鮮)

1918   田   128,028町歩(日本人)   1,544,430町歩(全朝鮮)
      畑    72,328町歩(日本人)   2,797,661町歩(全朝鮮)
      計   200,356町歩(日本人)   4,342,091町歩(全朝鮮)
http://www.jkcf.or.jp/history/3/06-0k_hsy_j.pdf

この日本人所有の耕地には東洋拓殖の分も入っています。これを見ると1918年時点でも4.6%程度。
こんなデータを出すということは、彼らは土地調査事業による「土地侵奪」という虚構を捨てたのでしょうか?
まあしかしそれは韓国人学者のこと別な「とんでも」を用意してます。
それに対する反論は以下にあります。

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&page=2&nid=1758603

>私の東京裁判についての感想は

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/05/21 21:26 投稿番号: [823 / 1329]
悪いですが、見損ないました。

Re: >印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/05/21 21:19 投稿番号: [822 / 1329]
>彼方は韓国の方ではないのですか?

えっ?違いますけど。日本人ですよ。


>『自分の国では日本人と違って、同姓の者同士では結婚しない。

そうらしいですね。とにかく、近親婚を避けようということでしょう。
李朝前は、朝鮮でも近親婚はあったようです。
いとこ婚等、近親結婚は確かに障害のリスクは高いですが、
近親婚を代々避け続ければ、優秀な人物が産まれることにはつながらないでしょう。

イスラム文化圏はいとこ婚が多く、預言者ムハンマドも数ある妻の中にいとこの夫人もいますが、
韓国人はこの件について触れることはないでしょう。
自分達の文化を侮辱したと強い反発は必須だし、自分たちと明らかに土俵の違う文化圏と見なして話すことはないかもしれません。


>>「剣道」「茶道」「華道」「日本の国家:桜、ソメイヨシノ」は朝鮮半島から日本に渡ったって、公に主張する韓国って・・・って思いませんか?<

ソメイヨシノは、江戸時代に人工的に出来た品種です。
ソメイヨシノをなぜ、朝鮮半島在来種と言う話になったのかわかりますか?
日本統治時代に伝わった花見の習慣を安心して楽しむためです。

だったらいいのにな〜♪の歴史というのはそういうことです。

Re: 中国は銀本位制だったんですね

投稿者: kohbunnyuu 投稿日時: 2007/05/21 21:13 投稿番号: [821 / 1329]
>そうです。でも、韓国人は李朝が貨幣経済が発達していたと思ってるし、
日本の江戸時代より優れていたと思ってますよ<

思わせておきましょう。

韓国がもっとレベルアップして無理に自尊心を保つ必要が無くなれば彼らも気がつくでしょう。

気が付かなければ・・・・






























ほって置きましょう。

即レスじゃないすか!

投稿者: kohbunnyuu 投稿日時: 2007/05/21 21:09 投稿番号: [820 / 1329]
>東京裁判史観について、文雄さんはどう思ってるのですか?<

私の東京裁判についての感想は

「しゃーない!あれだけの戦争を引きおこし負けたんだから」

です。

東条にしろ、広田弘毅にしろ「ある意味で立派」でしたね。

お断りしておきますが「ある意味」でですよ。

「単なる愚直で優秀な軍事官僚」に過ぎなかった東条なんか身の程知らずにも首相のみならず戦争の途中から参謀長まで兼任して・・・

「万死に値する」ですよ。私に言わせれば・・・

潔くないと言うかなんと言うかが自裁した細川何とか首相のおじいさん。

いやいやながらも日米開戦に軍によって引っ張られていったいきさつを法廷で明らかにすることこそ彼のなすべきことではなかったでしょうか?

はっきり言って「東京裁判史観」には同意できません。

が外国に対してこれを振り回すのはいかがなものかと・・・





































































言ってるじゃないか。オイ

Re: 中国は銀本位制だったんですね

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/05/21 20:58 投稿番号: [819 / 1329]
>李朝末期の経済的停滞を見るとやはり商業を「賎」とみる儒教の影響が大きいのかも・・・
言っておきますがこれは韓国、朝鮮を誹謗しようと言うものでは有りません。


わかっています。朝鮮は経済が未発達でした。
なんで、わざわざ「誹謗しようと言うものでは有りません」と恐縮したように言うのでしょう?

>たまたまその国がその様な状況に置かれていた・・・
>それだけの事です。

そうです。でも、韓国人は李朝が貨幣経済が発達していたと思ってるし、
日本の江戸時代より優れていたと思ってますよ。

Re: >印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/05/21 20:52 投稿番号: [818 / 1329]
>プロパガンダと言うのは言いすぎでしょう。

それはこの本を全部読まれてから、言うべきだと思います。



>要するに「戦争の強い国」と言うのは傲慢になると言うことです。
これは洋の東西を問わずいえる事です。


そうかもしれません。
戦争に負けた私達の国日本は、国益を損なうほど、歪められた嘘の歴史観で責められている。

東京裁判史観について、文雄さんはどう思ってるのですか?

Re: 中国は銀本位制だったんですね

投稿者: kohbunnyuu 投稿日時: 2007/05/21 20:49 投稿番号: [817 / 1329]
話を強引に銀本位制に戻します(笑

江戸時代日本では経済の中心である大阪では銀で、政治の中心である江戸では金でしたね。

これはつまり金が希少すぎて使いにくかったということでは無いでしょうか?

この間NHKの「そのとき歴史は・・」と言う番組で

『将軍足利義満が自ら天皇(あるいは皇帝?)になろうとしたのは当時の宋と対等に外交上わたり合い貿易を行い、中国の銅銭を輸入する為にそれなりに権威のある称号を必要としたからだ』

と言う内容の説明をしていました。

その後の足利時代〜戦国の経済の発展や乾隆帝以降の清国を見ると「貨幣の流通」というのはやはりその意味で必要な物だと感じたしだいです。

李朝末期の経済的停滞を見るとやはり商業を「賎」とみる儒教の影響が大きいのかも・・・

言っておきますがこれは韓国、朝鮮を誹謗しようと言うものでは有りません。

たまたまその国がその様な状況に置かれていた・・・

それだけの事です。

Re: >印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: kohbunnyuu 投稿日時: 2007/05/21 20:31 投稿番号: [816 / 1329]
>>DNAの80%が半島の人たちと同一ではありませんか?<<

>私はこの件に関して詳しくありません。
ただ、それはどこ誰の資料なのか出さないと、この件で他トピで論争されて来た投稿者方は受け入れないと・・・<

ブライアン・サイクスのイブの七人の娘たちです。

http://www.books-ruhe.co.jp/recommends/2001/11/ibuno7ninnnomusumetachi.htm

ただ、正直に言って遺伝子学者として彼が調査したのが母親からのみ伝わるミトコンドリアの遺伝子なので私の「天皇家のご先祖が原日本人の女性を陵辱して・・・」という推測の根拠にはなりえません。

>「剣道」「茶道」「華道」「日本の国家:桜、ソメイヨシノ」は朝鮮半島から日本に渡ったって、公に主張する韓国って・・・って思いませんか?<

彼方は韓国の方ではないのですか?

おっしゃったことは私も聞いています。

私自身も以前いた職場で韓国の人が

『自分の国では日本人と違って、同姓の者同士では結婚しない。(性格には同本同貫。詳しい説明は省きます)
したがって「劣勢」な遺伝子(生物学用語の完全な誤用)は淘汰されこれが朝鮮民族が世界一優秀(???)な理由だ』

恍惚とした表情でこれを語ったのを横聞きした経験があります。

彼は××田さんという通称をもっていましたが流暢な日本語をしゃべりはするが言わゆる「在日」ではなく韓国生まれの韓国人だと確信しました。

在日の人ならこのような事を平然と言う神経はないでしょうから・・・

しかしどうでしょう?

エスノセントリズムなる社会学用語があります。ウィキペディァ上で検索してみて下さい。

人間という生物は他者に「差をつけたがるある意味嫌な生き物」なのです。

経済学用語で言う「差別化」ですね。

しかしこの効果は馬鹿にはできない。差別化の根拠がたとえ本当のことでは無くてもです。

それと・・・私の亡くなった祖父はクリスチャンでしたが明治の生まれの人らしく日本人としての意識が強い人でした。

祝日には必ず日の丸を揚げ「日本は世界一美しい国だ」

「わが国の天皇陛下は戦争に負けて『自分の身はどうなってもよいから国民を助けてください』と敵の司令官に頭をさげた素晴らしい元首だった。世界の歴史の中でもこれは唯一の国だ」

そのように笑顔で言っていたのを思い出します。

後者はともかく前者は買いかぶりであることは言うまでもありません。

私たち日本人も人のことをとやかく言えたものではないでは有りませんか。

「ジャパン   アズ   ナンバー   ワン」などと言われてはしゃいでいたのはつい十数年前ではなかったですか。

先の××田さんですが彼自身も「韓国人が世界一優秀な民族だ」などという考えが根拠の無い事は無意識に自覚していると思います。

言ってみれば「韓国人世界最優秀」という夢の世界に無自覚ながら現実に反することを知っていながら彼らは住んでいるのです。

しかしです。巨大な中国と欧米に匹敵する先進国日本に挟まれて彼らが「民族的自尊心」を保つためには他にいかなる方法を貴女は思いつかれるでしょうか?

日本の歴史を考えると遣唐使の派遣が当時の高麗だかに比較的安全な対馬経由の回路を遮断され危険な黄海経由にをとらざる得なくなったことが平安朝に始まる日本文化の独自性の発達の原因のひとつです。

一方半島は地政学的にその様な事が無かったのでなんというか・・・・

大陸の影響を完全に排除した独自性を産めなかった事は半島の方も認めざる終えないのでは無いでしょうか。

歴史の皮肉としか言う他ありません。

二、三十年前まで韓国は「近くて遠い国」でした。

それがソ連邦の崩壊とともにそうでは無くなってきた。

でも最近の両国の論争を見ていると「近くて遠い国」のほうがよかったのでは無いか?

東西冷戦の終結を両手を打って喜んだ私としては忸怩たるものがあります

Re: >印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/05/20 21:10 投稿番号: [815 / 1329]
>我が天皇家のご先祖様が半島から渡られ、その家臣が男は殺し、女は陵辱しその結果が今の日本人のDNA構成になったのではと考えております。

少し前なら、「日本人は百済から来たのか」トピをご覧になれたのに。
韓国人達があなたと同じような意見で、朝鮮人が日本を創ったのだに積極的でした。

しかし、現在の朝鮮半島に住んでる人と人種的に近い国はモンゴルですよ。
元に服属した高麗王朝は王家も含めてモンゴル人との結婚が推奨されましたから。それに李朝王家自体、北方系アジア人でした。

>DNAの80%が半島の人たちと同一ではありませんか?

私はこの件に関して詳しくありません。
ただ、それはどこ誰の資料なのか出さないと、この件で他トピで論争されて来た投稿者方は受け入れないと思います。


>「だったらいいのにな〜♪」

この言葉がどれだけのことを指してるのか、多分、文雄さんはご存知じゃないでしょう。


少し、韓国関連のサイトや韓国関係の掲示板をのぞかれたらいかがですか?

「剣道」「茶道」「華道」「日本の国家:桜、ソメイヨシノ」は朝鮮半島から日本に渡ったって、公に主張する韓国って・・・って思いませんか?

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/20 18:50 投稿番号: [814 / 1329]
>>>彼らの中には本当に土地を奪われたと思った人もいるのではないでしょうか?

>>少し疑問に思いました。

最初にお断りしておきます。
これは文殊さんに対する疑問ではなく、「土地を奪われた」という定義の曖昧さへの一般的な疑問です。
少し書き方が悪かったようです。(汗)

>以下は元咸鏡南道知事   萩原彦三氏の話です。
>>http://blog.livedoor.jp/tkknrak/archives/cat_1517768.html
>>「しかし、これを以って、・・・土地調査の結果大多数の農民が生活の基盤を奪いさられ故郷を棄てて流浪せざるをえなくなった・・・という一部の学者達の説は事実に反し、甚だしい誇張というべきである。
農民の耕作する土地が国有と決定したとしても、単にそれだけの事実で、勤勉な農民が永年の正当な耕作権を取り上げられるということは無かった。」

そして、この文章で私の仮の定義、「土地を奪われた=耕作できなくなった」は間違いであることが分かりました。

>これは勘違いではありませんか?昭和9年に朝鮮農地令がでるまでは小作権は確立していなかったようですが。

「耕作権」と書きましたが、あくまでも法律用語ではなく、一般用語とお断りしているのように、「耕作を継続できる状態」という程度の意味です。

>結局文化の違いが土地を奪われたという誤解を生んだような気がします。

リンクを読むと、所有権概念が朝鮮には全くないことが分かりますね。
近代国家の基本として私有財産制(財産の処分・運用)が確立しないと資本主義の発展はなく、このような古代王朝のような李朝末に「近代化の萌芽」があった、それを日本が摘み取ったという韓国国史学会の主張はますますデタラメだと証明されます。(笑)

>>河川敷地や路傍の空き地などの公共用地に、勝手に家を建てて住居する習慣がある。
>>又民有でない原野、荒蕪地、草生地、沼沢、干潟の類、勝手に開墾しても、牧場にしても、宅地にしても、差し支えないという習慣があった。」

こういうのを「追い出した」場合、韓国では「土地侵奪」となるのでしょうね。
しかし、土地調査事業による「土地侵奪」という韓国の主張は具体的に説明できないです。

れRe: >印欧語族と言うのは征服民族です〜

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2007/05/20 16:44 投稿番号: [813 / 1329]
>私は日本人として日本人が半島の人に対してとった傲慢な態度を恥ずかしく思っています。
現代でもやってれば、恥ずかしいですがねぇ。
ところで、「現代でもそんなことしてる国」に対してどう?   非難してる?

>隠岐の島や福岡でモンゴルと一緒になって暴虐の限りを尽くした事を恨みに言う日本人はマァいません。
「秀吉の朝鮮出兵」の話を出されたとき、福岡出身の私は持ち出しましたが。
やつら、まともな反論できませんでしたが(まるで子供の言い訳だった)。
だいたい、元寇がなければ朝鮮出兵もなかった、という説もあり(司馬遼さん、
池波さんのエッセイにあったか?   彼らは資料を調べてから発言しますからねぇ)。

Re: >印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2007/05/20 16:28 投稿番号: [812 / 1329]
さて、遺伝子の話のソースは?
私が見たGn遺伝子マップは、ねつ造ですかね?

皇室の話のソースは?(笑)

是非、一次資料でお示し頂きたいなぁ。

Re: >印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: kohbunnyuu 投稿日時: 2007/05/20 15:54 投稿番号: [811 / 1329]
ttp://www.tokyo-np.co.jp/book/jicho/jicho20070405.html

『読んだ人々にヨーロッパ文明は世界最高の文明であると思わせるような、この宣伝効果満点の世界史とは何なのか、誰が書いたのかなどと考えてゆくと、世界史は、それを書いた人のプロパガンダ、コマーシャルなのではないかと気づいた』

プロパガンダと言うのは言いすぎでしょう。

要するに「戦争の強い国」と言うのは傲慢になると言うことです。

これは洋の東西を問わずいえる事です。

もっとも「シナ」と言うのはそれほど強くないのに傲慢な国だと言う変わった・・・

いやフランスなんかもそうかな?

私は日本人として日本人が半島の人に対してとった傲慢な態度を恥ずかしく思っています。

たとえそれが誇張されたものであってもです。

ただ大韓民国の方々ももう少し寛大になって頂けないでしょうか?

隠岐の島や福岡でモンゴルと一緒になって暴虐の限りを尽くした事を恨みに言う日本人はマァいません。

大体において日本人のDNAの80%が半島の人たちと同一ではありませんか?

畏れ多いことながら我が天皇家のご先祖様が半島から渡られ、その家臣が男は殺し、女は陵辱しその結果が今の日本人のDNA構成になったのではと考えております。

>歴史の「だったらいいのにな〜♪」でクリエイトされるのは、朝鮮半島だけではないようです<

・・・・とすると上記の私の推理も

「だったらいいのにな〜♪」

なのかな?

私はM?

そもそも印欧祖語の存在自体が仮説に過ぎず交流のある複数の言語が互いに似てくるという学説も聞いたことがあります。

大方の元ネタは「銃・病原菌・鉄」でした。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/05/20 14:29 投稿番号: [810 / 1329]
>>>1910年からおよそ8年間にわたって続いた土地調査事業で韓国の農民は、先祖代々の土地を奪われ貧農、小作農に転落しました。

>>彼らの中には本当に土地を奪われたと思った人もいるのではないでしょうか?

>少し疑問に思いました。
「土地を奪われた」という意味を、「耕作も認められなくなった」という前提で書きます。

私は「土地を奪われた」という意味を自作農(そう思っていた)から小作農に転落したと言う意味に解釈しました。以下は元咸鏡南道知事   萩原彦三氏の話です。

http://blog.livedoor.jp/tkknrak/archives/cat_1517768.html

「しかし、これを以って、・・・土地調査の結果大多数の農民が生活の基盤を奪いさられ故郷を棄てて流浪せざるをえなくなった・・・という一部の学者達の説は事実に反し、甚だしい誇張というべきである。
農民の耕作する土地が国有と決定したとしても、単にそれだけの事実で、勤勉な農民が永年の正当な耕作権を取り上げられるということは無かった。」

>土地調査事業は所有権を確定させる事業だとすると、所有権がないと判明して耕作権を奪われたというのは、法律的にはおかしいですね。
不動産利用権である借地や借家も同じで、所有権がないと追い出されるというのは当時の法律でも有り得ないことです。

これは勘違いではありませんか?昭和9年に朝鮮農地令がでるまでは小作権は確立していなかったようですが。

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00474649&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00474649
京城日報 1934.4.17(昭和9)
朝鮮農地令の解り易い解説
渡辺農林局長談

>そのため、土地調査事業で総督府が収用した土地は、所有者も耕作者(土地利用者)もいない「無主の荒地」となっていませんか?

最初に示したリンクを読むとおもしろいです。結局文化の違いが土地を奪われたという誤解を生んだような気がします。

「土地公有制の残滓と認められる現象の例をあげてみると、河川敷地や路傍の空き地などの公共用地に、勝手に家を建てて住居する習慣がある。これを放っておくと、いつのまにか多数の住居ができ、大きな部落になるほどである。それらの人々は、国や地方公共団体の所有権を侵している意識はないのだ。

個人には土地私有権があっても、国や公共団体には個人の有するような意味の土地所有権はないのだという考えが無意識に働いている。

又民有でない原野、荒蕪地、草生地、沼沢、干潟の類、勝手に開墾しても、牧場にしても、宅地にしても、差し支えないという習慣があった。」

Re: >印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/20 00:45 投稿番号: [809 / 1329]
一連の投稿で、勉強させてもらいました。

この本は読んでませんが、面白そうですね。
今の中国漢族の、「満州も台湾も、ひとつの中国」というような政治的プロパガンダと一緒ですね。
「ひとつの中国」なんて歴史上どこにも存在しなかったのに。

岸田秀氏の「精神分析」関係の本は何冊か読みました。
伊丹十三氏との対談本などもあり、結構楽しめます。

頭の固い人には目からウロコの驚きがあります。
岸田説が正しいか否かではなく、そうした主張が論理的に読者を納得させる点は勉強になります。
柔軟な逆説的思考、常識に疑問を持つ、それが詭弁や奇説ではなく学問的統一性に裏打ちされて、矛盾なく説明しているのには誠意を感じます。

歴史や社会を語っても、結局は常に人間とは何か、という所に行き着く。
そして、早く言えば、人間はいかにデタラメな存在であるかを気付かせてもらいました。(笑)
トピずれですので、ここまで。(笑)

Re: >印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/05/19 23:18 投稿番号: [808 / 1329]
と言っても、文雄さんはお忙しいからお読みにならないかも(´・ω・`)

>印欧語族と言うのは征服民族ですよね。

「嘘だらけのヨーロッパ製世界史」著:岸田秀の「アーリア人種」を読んで、
思うところがあったので、すぐ「うん」とは言えなかったのです。


レスが遅かったか・・・

みなさま、激しくトピずれですが、ご容赦を。

>印欧語族と言うのは征服民族ですよね

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2007/05/19 23:08 投稿番号: [807 / 1329]
私も最近まではそう思っていました。

しかし、最近、あちこちの本屋で新刊で店頭に並べられている
「嘘だらけのヨーロッパ製世界史」著:岸田秀   を読んで、
http://www.tokyo-np.co.jp/book/jicho/jicho20070405.html
鵜呑みにはしませんが、この本でインドヨーロッパ語族というのに疑問を持ちました。

似たような言語だから、同じ血が流れてるのかはちょっと違うし、
インド人の顔とヨーロッパ人の顔立ちって似てるかなは疑問だな〜って思いました。


白人は白子(アルビノ)同士がアフリカで交配を繰り返した人種とか、
白人は文明の無い暗黒のアフリカと信じたがるが、白人の憧れギリシャ文明に影響を与えたエジプト文明は、
アフリカ大陸にあるのだから、明らかにアフリカの文明の一つで、(白人は大いに嫌がる説らしいけど)
黒人のファラオの1人ぐらいいたんじゃないか?・・・だろうとか、
その他の指摘も、どこまでが真実かはわかりませんが、なかなか面白い本でした。

その中で、「アーリア人種」についても取り上げられていて、

____________________________________

通説によると、18世紀末、サンスクリット語とギリシャ語、ラテン語、ペルシャ語、ゲルマン語などとの間に類似点が見つかり、これらの言語は、かつて存在したはずのインド・ヨーロッパ語とかいうものを共通の祖語とし、そこから派生した同系の言語であることが「発見」されたのが、ことの始りだった。

過程上のこの共通の言語を使用したとされる人々はインド=ヨーロッパ語族、または(ドイツでは)インド=ゲルマン語族またはインド=アーリア語族と名づけられた。
19世紀の中半過ぎ、どういう根拠からかは知らないが、人種と語族が同一視され、
このインドヨーロッパ語族が特定の人種ということになってしまった。
つまり、言語論が人種論に移転した。
そこで、この人種が「アーリア人種」と呼ばれるようになったということのようである。
____________________________________

しかし、このアーリア神話は、ちょっと考えればすぐわかると思うが、
あまりにも上手くでき過ぎている話ではないだろうか。
18世紀19世紀はヨーロッパ諸国による他国、他民族の植民地化と支配と搾取が最高潮に達した時代であり、
ちょうどその時期に、インド=ヨーロッパ語が「発見」され、
アーリア人種が出現し、さらに人種差別と植民地化と支配と搾取を正当化するような過去の「歴史」がつくられたのである。

_____________________________________


歴史の「だったらいいのにな〜♪」でクリエイトされるのは、朝鮮半島だけではないようです。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/19 00:05 投稿番号: [806 / 1329]
>彼らの中には本当に土地を奪われたと思った人もいるのではないでしょうか?

少し疑問に思いました。
「土地を奪われた」という意味を、「耕作も認められなくなった」という前提で書きます。

土地調査事業は所有権を確定させる事業だとすると、所有権がないと判明して耕作権を奪われたというのは、法律的にはおかしいですね。
不動産利用権である借地や借家も同じで、所有権がないと追い出されるというのは当時の法律でも有り得ないことです。
耕作権・借地権など土地利用権は、土地調査事業とは別に、所有者と不動産利用者の法律関係・契約関係(小作や借地など)によって定めるべきものですから。
そのため、土地調査事業で総督府が収用した土地は、所有者も耕作者(土地利用者)もいない「無主の荒地」となっていませんか?

以上、断言はできませんが。
(なお、法律用語ではなく、一般用語を使用しております。)

ただ、土地調査事業とあまり関係ありませんが、こういう事案があったようで、私的な詐欺行為や公的な土地収用などで近代所有権の観念のなかった朝鮮人との間にトラブルはあったようです。
こうしたことから、土地を奪われたと主張する人もいるかも知れません。

------------------------
1905年   朝鮮問題についての若干の論説
http://www.admin-man.net/modules/wordpress1/index.php?p=5
F・A・マッケンジー 朝鮮の悲劇 121〜128 頁 より引用
------------------------

ところで、うるるさんは大丈夫でしょうか。
メモに予め下書きすることをお勧めします。(笑)

Re: >土地調査事業

投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2007/05/18 21:49 投稿番号: [805 / 1329]
>>以前韓国のご老人から
同じ一反でもよく米の取れる上質の田とあまり取れない上質でない田では
広さが違うと聞いたことがあります
田の広さの基準がその田からの収穫量で決まっていたようですね

>ええ。収穫量(生産量)に応じて1から6までに等級分けされていました。
>そのため、同じ収穫量の土地でも、1級と6級とでは面積には4倍の差があったといいます。

日本では「広さ」の単位である「反」は、朝鮮では「収穫単位」になっていましたっけ。
*日本では平均すれば、1町(3000坪)の田んぼからは籾米30石=精米15石が収穫できますが。
1反では籾米約3石。

そう言う意味では、収穫高単位の「石」が、朝鮮の「反」に相当するのでしょうかね・・・

あと、例えば表高500石でも、関東(ローム層)では500石ですが、上方では700石が収穫できたり、とか・・・

同じ石高でも、広さがやはり、千差万別でしたね。

Re: >土地調査事業

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/05/18 19:17 投稿番号: [804 / 1329]
>以前韓国のご老人から
同じ一反でもよく米の取れる上質の田とあまり取れない上質でない田では
広さが違うと聞いたことがあります
田の広さの基準がその田からの収穫量で決まっていたようですね

ええ。収穫量(生産量)に応じて1から6までに等級分けされていました。
そのため、同じ収穫量の土地でも、1級と6級とでは面積には4倍の差があったといいます。

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/05/18 19:13 投稿番号: [803 / 1329]
>土地収奪論と言うのはまったくの言いがかりだと思いますが、彼らの中には本当に土地を奪われたと思った人もいるのではないでしょうか?
例えば公有地を先祖代々耕していた人で由来が伝わってなければ、ある日突然土地調査事業によって「おまえの土地でない」といわれてもすんなりと納得できるものではありませんし。

たしかに、当時の朝鮮の土地所有の概念・実態と近代的な土地所有概念とが乖離していたこともあったので、そう思い込んだ人もいたでしょうね。

>土地調査によって、土地所有権が公認確定された結果、多数の農民が零細農であったり、小作農であることに定まっても、土地調査としては止むをを得ないのであって、それらの問題は、土地調査により確立安定した土地制度の基礎の上に、今後農業その他の産業の発展を図ることによって解決すべき問題である。

それはそれ、これはこれ、という別の問題ですもんねぇ…

Re: >土地調査事業

投稿者: kidoufighter99 投稿日時: 2007/05/18 17:59 投稿番号: [802 / 1329]
>「斗落」は田んぼに使う単位で、一斗の籾殻をまく範囲で一斗落
以前韓国のご老人から
同じ一反でもよく米の取れる上質の田とあまり取れない上質でない田では
広さが違うと聞いたことがあります
田の広さの基準がその田からの収穫量で決まっていたようですね

Re: 過酷な植民地政策ニダ!

投稿者: monju_jz 投稿日時: 2007/05/18 15:27 投稿番号: [801 / 1329]
>>1910年からおよそ8年間にわたって続いた土地調査事業で韓国の農民は、先祖代々の土地を奪われ貧農、小作農に転落しました。

土地収奪論と言うのはまったくの言いがかりだと思いますが、彼らの中には本当に土地を奪われたと思った人もいるのではないでしょうか?
例えば公有地を先祖代々耕していた人で由来が伝わってなければ、ある日突然土地調査事業によって「おまえの土地でない」といわれてもすんなりと納得できるものではありませんし。

http://blog.livedoor.jp/tkknrak/archives/cat_1517768.html

>如何に多数の農民が長年耕作し来った土地であっても、確実な公権的文書によって、土地の私有を証明し得る者があれば、その者に所有権ありと判定せざるを得なかったのである。農民が永年子孫相伝えて耕作し来った田土でも、その実、宮庄田であったり、賜牌田であったりして、農民は、単に耕作権を有するに過ぎなかった場合には、農民の所有権を認めるわけにはいかなかった。
土地調査は農地制度の改革ではないのであるから、公田の耕作農民に土地所有権を与えるというような農地解放は行われなかったのである。
土地調査によって、土地所有権が公認確定された結果、多数の農民が零細農であったり、小作農であることに定まっても、土地調査としては止むをを得ないのであって、それらの問題は、土地調査により確立安定した土地制度の基礎の上に、今後農業その他の産業の発展を図ることによって解決すべき問題である。

Re: >土地調査事業

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2007/05/18 01:21 投稿番号: [800 / 1329]
>これは詳しく知りませんでした。資料ありがとうございます。

このあたり、ちょっと調べるとおもしろいんですよねぇ。

>『当国に於ては、土地の面積を表示するに、通常水田は斗落を用ひ、畑は日耕を用ゆ。』

>『「斗落」は田んぼに使う単位で、一斗の籾殻をまく範囲で一斗落。
苗を植えるんじゃなくて、直播き単位なのね。
「日耕」は畑で、一日に耕作できる範囲が一日耕。』

「斗落」は音読みでは「トゥラク」ですが、朝鮮語では「マジギ」ですね。古代世界の単位によくあるように、人間本位の単位だと言えばそれまでなんですが、あまりにもアバウトすぎるんですよ。
ま、李朝の度量衡や土地所有といった概念に対する感覚が、奈良時代程度だったと思えば不自然でもないんですが。(苦笑)

>しかし、役所は出来たが、全く実績がない。(笑)
そこで、併合後に日本は、「測量技術者の養成」から初めて、・・・。(笑)

>どこが日帝の収奪事業なんですかあ。(笑)

ええ。大汗かいて技術を指導して実地の測量もして。
ったく、民族精気断絶の鉄杭なんて打っている暇があるかっちゅーねん…つい先日まで、その測量の結果である地図をそのまま用いていましたしねぇ。(すいません、該当記事を失念しました)

>結局ね、韓国は自分たちの歴史を知らない(故意に隠蔽している)と思います。

故意に隠蔽する人が教鞭を執り論文を書いて、歴史を知らない人を拡大再生産するわけですなぁ。
李栄薫教授のように自分の力で史料に当たり考えれば、答えは出るはずなんですがねぇ。
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