Re: 過酷な植民地政策ニダ!
投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2007/05/25 00:36 投稿番号: [836 / 1329]
>……ひょっとして、女史の論文をウリナラフィルターにかけて勝手に切り取って紹介しているんじゃないか?という疑念すら浮かんできましたよ。
それもありますが、韓国の教科書や論文を資料にしているのではないかとも思います。(笑)
>>>日本が1918年深刻な米不足で暴動を経験した後、日本に対する米供給をふやすために、収穫の多いイネの種類を韓国に取り入れ、潅漑施設などに相当な投資をして、韓国の農業分野の付加価値が1913年から1938年の間にほぼ2倍に増加したことは事実だが「このような日本の農業政策が韓国と台湾の農村人口の福祉に及ぼした影響は批判の種」とブース教授は言う。
朝鮮のコメを日本国内より高く買い取り、多額の日本の税金を使って農業施設の改善を行って飢餓から救っているのに、「批判」されるとすれば、韓国の論文を参考にしたとしか思えません。(笑)
でも李朝末は、農民は午前中しか働かず、午後からは酒を飲んでゴロゴロし、女性は全く田畑で働く習慣がなくても飢えさえしのげばやっていけたのに、日本農民のように勤勉に働かされたのは、農民の「福祉」を悪化させたかも。(笑)
------------------------------
韓国の国史教科書
http://members.tripod.com/textbook_korea/fr_2.htm
産業の侵奪
日帝の植民地経済政策は、わが国の米穀と各種原料を安値で買い、日本で作られた製品を、高い価格で売って二重に搾取するものであった。
食糧の収奪
第1次世界大戦に参戦し、資本主義の基盤を急速に成長させた日帝は、高度成長のためにわが国に対する経済的収奪をいっそう強化した。
日帝は、工業化の推進による食糧の不足分をわが国から搾取しようとする、いわゆる産米増殖計画を立て、これをわが農村に強制した。1920年から15年計画で推進された産米増殖計画は、920万石を増産するという無理な目標を設定したために、増産量を達成することができなかった。ために日帝は土地改良事業をとおして増産をはかるが、この計画も目標どおりに達成できなかった。
[資料:米穀生産量と日帝の収奪量]
しかし、米穀収奪だけは目標どおりに遂行したために、わが国の農村経済を破綻に陥れた。増産量よりはるかに多い量の米穀を収奪したので、わが農民は食糧事情が極度に悪化し、飢餓線上に苦しむようになった。このため食糧の不足分を満州産の安価の雑穀で充当しようとしたが、根本的な解決策にはならなかった。当時、わが農民は水利組合費、増産に投入された運搬費などをも負担したので、二重の苦痛を受け、生計はますます困難になった。
それもありますが、韓国の教科書や論文を資料にしているのではないかとも思います。(笑)
>>>日本が1918年深刻な米不足で暴動を経験した後、日本に対する米供給をふやすために、収穫の多いイネの種類を韓国に取り入れ、潅漑施設などに相当な投資をして、韓国の農業分野の付加価値が1913年から1938年の間にほぼ2倍に増加したことは事実だが「このような日本の農業政策が韓国と台湾の農村人口の福祉に及ぼした影響は批判の種」とブース教授は言う。
朝鮮のコメを日本国内より高く買い取り、多額の日本の税金を使って農業施設の改善を行って飢餓から救っているのに、「批判」されるとすれば、韓国の論文を参考にしたとしか思えません。(笑)
でも李朝末は、農民は午前中しか働かず、午後からは酒を飲んでゴロゴロし、女性は全く田畑で働く習慣がなくても飢えさえしのげばやっていけたのに、日本農民のように勤勉に働かされたのは、農民の「福祉」を悪化させたかも。(笑)
------------------------------
韓国の国史教科書
http://members.tripod.com/textbook_korea/fr_2.htm
産業の侵奪
日帝の植民地経済政策は、わが国の米穀と各種原料を安値で買い、日本で作られた製品を、高い価格で売って二重に搾取するものであった。
食糧の収奪
第1次世界大戦に参戦し、資本主義の基盤を急速に成長させた日帝は、高度成長のためにわが国に対する経済的収奪をいっそう強化した。
日帝は、工業化の推進による食糧の不足分をわが国から搾取しようとする、いわゆる産米増殖計画を立て、これをわが農村に強制した。1920年から15年計画で推進された産米増殖計画は、920万石を増産するという無理な目標を設定したために、増産量を達成することができなかった。ために日帝は土地改良事業をとおして増産をはかるが、この計画も目標どおりに達成できなかった。
[資料:米穀生産量と日帝の収奪量]
しかし、米穀収奪だけは目標どおりに遂行したために、わが国の農村経済を破綻に陥れた。増産量よりはるかに多い量の米穀を収奪したので、わが農民は食糧事情が極度に悪化し、飢餓線上に苦しむようになった。このため食糧の不足分を満州産の安価の雑穀で充当しようとしたが、根本的な解決策にはならなかった。当時、わが農民は水利組合費、増産に投入された運搬費などをも負担したので、二重の苦痛を受け、生計はますます困難になった。
これは メッセージ 835 (toapanlang さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/mfbdabdabaaf_1/836.html