李朝朝鮮

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Re: 李朝朝鮮

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/10/09 09:02 投稿番号: [1249 / 1329]
age

ドラマ 京城スキャンダル

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/10/06 23:51 投稿番号: [1248 / 1329]
http://www.bs-j.co.jp/keijyou/

朝鮮総督府下のソウルでモダンボーイ・モダンガールぶりを韓国人が享受してる場面を観れば、

どう考えても日本帝国のおかげのような気がするんですけど。

イタイドラマだけど、こういうくだけた作品が出て来たって事は、

日本帝国に虐げられてきた朝鮮の図式が崩れてきたってことなのかな?


それにしても、◆第六話◆   「この女が死んだらお前を殺す」   (7月23日放送)の
>貴族出身で総督府の上田課長夫人幸子(キム・ヘオク)は自叙伝出版のため“ちらし”編集部を訪れていた。引き受けなければ廃刊すると言われ困り果てた編集部の面々

ありえな〜い。自叙伝出版なら、日本でやると思うし、
総督府のたかだか課長の夫人がそこまでやる権力があるとは思えな〜い。

Re: 朝鮮総督府の文化財保護政策

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/10/05 11:18 投稿番号: [1247 / 1329]
う〜ん、文章が立派ですね。
こんなにちゃんとしてたのに、朝鮮総督府が現地の韓国で正しく評価されていないことに憤慨してしまいます。

おおっ・・・日清戦争に朝鮮軍も参加したんでしね。
毎度ながら、資料提示ありがとうございます。

>明治44(1911)年11月29日官報
官通牒第三百五十九号
   明治四十四年十一月二十九日          政務総監
  各道長官、府尹、郡守宛
    古碑、石塔、石仏其の他石材に彫刻せる建設物保存方取締に関する件
近来各地方廃寺跡其の他間曠地に存在する古碑、石塔、石仏其の他石材に彫刻せし建設物を売買し又は他に移転を為す者徃徃有之候処右廃寺跡其の他間曠地に定著して古代より伝来せる物件は歴史の考証若は美術の模範として永続保存を図るへき国家貴重の宝物にして素より人民の私有物に無之は勿論に付地方人民奸者の誘惑に迷ひ右等貴重の国有物を冐認して売買契約を為し若は他に移転して史蹟の喪失を顧みさるか如き非行を敢てする者無之様厳重監視相成度此段及通牒候也

>大正元(1912)年11月8日官報
官通牒第百十九号
   大正元年十一月八日              内務部長官
  各道長官、府尹、郡守宛
    古碑、石塔、石仏等の散逸を防止すへき件
廃寺跡其の他間曠地に存在する古碑、石塔、石仏其の他石材に彫刻せる建設物の散逸を防止すへき義に付ては客年十一月二十九日官通牒第三百五十九号を以て政務総監より通牒の次第も有之相当留意せられつつある事と存候得共尚往往是等物件を私に売却し若は盗取せらるるの事実有之甚た遺憾とする所に有之候条将来之か取締に付ては一層御注意の上苟も斯る不都合を生するか如きことなきを期せられ度此段依命及通牒候也

>日韓外交史料4「日清戦争」から今日の拾い物ー。

p137   朝鮮国駐箚大鳥公使より陸奥外務大臣宛

   一隊の朝鮮軍兵参戦の件     明治二十七年九月二日
電信   明治二十七年九月二日午後十時二五分発
            三日午後一時     接
  東京                   京城
   陸奥外務大臣               大鳥公使
一隊の朝鮮軍兵は渡辺陸軍少佐の麾下に加はり清国兵と戦ふ為め野津陸軍中将と共に九月二日北方に向ひ出発せり

Re: 猫車

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/10/05 11:07 投稿番号: [1246 / 1329]
>韓国の時代劇で役人や貴族が例の猫車に乗って現れるシーンはありましたでしょうか。

日本の時代劇も若干現代の一般受けを狙って風俗やその当時の感覚から外れたものを披露してる時もありますが、

韓国はそれがもう創作の領域まで入ってる部分がかなりあるので、
あまり韓国時代劇は真剣に受け止めない方がいいかもしれません。

貴族の「牛車」や明治時代の「人力車」をテレビで見慣れてる日本人があれを見れば、
1輪で使い勝手が悪そう・・・せめて安定のために2輪にして人力車にしろよと思ってしまいますが、
現代韓国人から観ても「猫車」は納得のいかない乗り物かもしれません。
あの乗り物はリヤカーを思わせますw

私は「朱蒙」も数話観て、大王四神記もちょっとだけ観て、
NHK雑誌「ステラ」の物語解説も読みましたが、
日本の大河ドラマと大分違う感じを受けました。
結局2作とも歴史をからめたファンタジードラマでしかなく、「南総里見八犬伝」レベルです。
日本だけじゃなく、ヨーロッパにも見ごたえのある歴史を扱った映画もありますが、そのレベルの韓国作品を観た事がありません。
全部観れたのは「チャングム」だけです。
(しかし、チャングムも突っ込みどころ満載だった;)

10月11日土曜日の夜11:00〜
16世紀の朝鮮王朝キーセン「ファン・ジニ」を観ようと思っています。

予告に使われている彼女の着物は上が花柄で裾に白いオーガンジーのような生地を使って素敵ですが、
白色民族と言い張って、あまり染色が盛んではなかった朝鮮時代にそれだけのセンスのものがあの時代に製作されていたのかは疑問です。

かなり昔に韓国で無地のピンクの蛍光色のチマチョゴリをショーウインドゥで見かけましたが、
最近ネットであれは朝鮮では結局伝統的な染色や文様が少ないからそういう思い切った色が使えるのだという意見を読んで、
私もそうかもしれないと思いました。

韓国女優達がチマチョゴリを着ているのを見かけますが、なんか和風の着物柄っぽくなってきてませんか?

れ: 猫車

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2008/10/04 16:42 投稿番号: [1245 / 1329]
>韓国の時代劇で役人や貴族が例の猫車に乗って現れるシーンはありましたでしょうか。

見たことないですね。あと、乗馬のシーンでも朝鮮馬でなく、洋馬ですね。

猫車

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2008/10/03 07:52 投稿番号: [1244 / 1329]
韓国の時代劇で役人や貴族が例の猫車に乗って現れるシーンはありましたでしょうか。あの現存する写真ではなんか武人のえらいさんみたいだけど実際どの程度用いられていたもんでしょうか。

高校の運動会で駕篭かき競争があって(実際は駕篭でなくてむしろのもっこ)男生徒が雲助で女生徒を乗せて走ったがなあ。韓国では猫車競争なんてやるのかなあ。

朝鮮総督府の文化財保護政策

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/10/01 02:33 投稿番号: [1243 / 1329]
>>ところが、日韓併合後とくに朝鮮の文物が金になると朝鮮人が気付き、朝鮮人が寺などから盗み出す行為が続出したことで総督府がこれを阻止する政策を取りました。

以下で紹介されている通牒ですね。

▲日帝の歴史破壊作業【1/2】
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1939914

▲日帝の歴史破壊作業【2/2】
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1939919

Re: 李朝朝鮮

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/09/28 00:19 投稿番号: [1242 / 1329]
あげ

あげ

投稿者: sonoba_kagiri 投稿日時: 2008/09/21 23:14 投稿番号: [1241 / 1329]
これを見て和んで

http://nikonikodougadou.blog19.fc2.com/blog-entry-369.html

Re: チョクグァチュンムル 藍染の過程

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/09/16 23:47 投稿番号: [1240 / 1329]
>藍玉を作って貯蔵出荷してましたから、生産も商業として大規模に、また生産地から離れた地域でも紺屋がそれを購入することで一年中営業可能だったのです。今でもこれを使って染色工芸家とか趣味の人が自宅の工房で藍染めを楽しむことができます。

そうなんですか。それは知りませんでした。


>昔の朝鮮では一般庶民の衣類は白だったので紺屋はあまり商売にならなかった???

朝鮮人は自らを白衣民族とか聞きますし、あまり紺色の朝鮮服は見たことがありませんね。
http://www.nikkannet.jp/dentoubi-1.html
ヤンバンの中でも位の低い人達が着た礼服 が紺色ですね。
藍染を使うのはこれかな〜。

Re: チョクグァチュンムル 藍染の過程

投稿者: nanairokamen03 投稿日時: 2008/09/13 08:20 投稿番号: [1239 / 1329]
>韓国でも伝統的な染色方法と考えてOK?

伝統的な方法なんでしょうけど、生葉から染色液になるまで連続作業のようですね。
日本は収穫した葉から藍玉を作って貯蔵出荷してましたから、生産も商業として大規模に、また生産地から離れた地域でも紺屋がそれを購入することで一年中営業可能だったのです。今でもこれを使って染色工芸家とか趣味の人が自宅の工房で藍染めを楽しむことができます。
昔の朝鮮では一般庶民の衣類は白だったので紺屋はあまり商売にならなかった???

チョクグァチュンムル 藍染の過程

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/09/12 20:29 投稿番号: [1238 / 1329]
藍染は飛鳥時代に中国から持ち込まれたといわれていますが、
韓国でも伝統的な染色方法と考えてOK?

http://www.nikkannet.jp/dentoubi-9.html

エジプト、インド、中国でも古来から使われてたんですね。

http://www.izome.jp/what/history.html

>中国の古書に藍が表れるようになったのは紀元前一世紀ころからで、荀子の「青は之を藍に取りて、藍よりも青し」との名言もあります。
中国では当初藍は薬用に用いられていました。葉は毒虫に刺されたときや腫物に貼用し、果実は中国で古くから漢方薬として解熱・解毒に服用されており、その後染色用として用いられるようになったといわれています

ハンジ 韓紙のできるまで

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/09/12 19:50 投稿番号: [1237 / 1329]
http://www.nikkannet.jp/dentoubi9-2.html

やっぱ、韓紙って、和紙と比べ、ぼそぼそしてるのかな。

障子紙のようにもつかわれたらしいけど、

扱いにくそう。書きにくそう。

Re: 韓紙って?

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/09/07 23:26 投稿番号: [1236 / 1329]
資料提示ありがとうございます。

近代的目線から見ると、難ありって感じなんですね。

今は違うってことなのかな?

>大小、重量一定せず
>支那に於ける朝鮮紙需要の前途は却って楽観を許さざるものあるを以て総督府にては爾来之れが改良を図りて
輸移出を増加せしむ可く主産地は勿論既に素地ある地方に対しては国費の補助を与えて只管斯業の改善発達に勗めたるより


_______________________________

>抑も朝鮮に於ける製紙業は往古より行われ今日に在りては産業上枢要の地歩を占め且つ工業上有望なるものの一に数えらるるも其主たる在来紙は前述の如く大小、重量一定せず又目附の為め白土を混入するの弊風あり旁々欠点尠からざるに加え輓近和洋紙の輸移入夥しきに反し支那に於ける朝鮮紙需要の前途は却って楽観を許さざるものあるを以て総督府にては爾来之れが改良を図りて
輸移出を増加せしむ可く主産地は勿論既に素地ある地方に対しては国費の補助を与えて只管斯業の改善発達に勗めたるより各道競うて或は巡廻教師の設置、改良器具の配付若くは楮苗の養成配付より個人経営の伝習事業に対して補助金を交附する等鋭意奨励に努むるに至り又曩に韓国併合の際朝鮮人に授産の為め下賜せられたる臨時恩賜金事業の一部として在来紙の抄漉改良を図らむが為め伝習所を設け或は巡回教師を置き実地指導の任に膺らしめ以て改良の普及に努め且つ当業者中資力乏しき者に対しては必要なる器具の給付を為す等両々相俟って斯業の改良を促進しつつあるを以て我朝鮮製紙業界が漸次健全なる発達を見るは遠き将来に非ざる可し(完)

紙は韓国が起源ニダ!

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2008/09/06 05:41 投稿番号: [1235 / 1329]
何が中国の妄言だって?
ソースのせとくよ。

東夷・・・韓国脳内ソースによると『東夷』は古代韓国を示すらしい・・・
眠いんで、機械翻訳原文でのせます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
中国に奪われた我が民族発明品 '紙'

'紙'を中国の 3台発明品だと発表したが実際は...

私たちは西紀 105年後漢(後漢)時代チェ輪が世界歴史上画期的な発明品である <紙>を発明して人類歴史にギヨハンゴッで学んで分かっている.
鐘とチェ輪の関係はチン(晉)国ボムヨブが編纂した後漢書 <チェ輪集(蔡侖伝)> 及び一国の時何便ずつ編纂されたという銅管寒気(東観漢記)に記録されている.

チェ輪が上方(尚方)という関西に勤めながら樹皮, 魚網, 襤予切れなどを混合して作った紙を後漢話題ワンフング元年(和帝 元興 AD105年) にハンワングに進上したと記録されている. 後代に至る呼んでチェの後だ(蔡候紙)と呼んだ.

しかし教科書に 10年前からチェ輪が紙を "作った"から "マンドンゴッで伝えられる"と言葉尻が変わられたことはどんな理由のためか ?
最近ジナデリュックの考古学籍発掘を通じて書いてもチェ輪が万たちは紙以前に他の種類の紙がもう作られているとするのだ.

http://pluskorea.net/sub_read.html?uid=11181§ion=section1

Re: 韓紙って?

投稿者: monjujz 投稿日時: 2008/09/03 11:59 投稿番号: [1234 / 1329]
韓紙について京城日報に詳しい記事がありましたのでご紹介します。

京城日報 1915.4.30-1915.5.1(大正4)
------------------------------------ -
朝鮮の製紙業 (一・二)
------------------------------------ -

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00210841&TYPE=HTML_FILE&POS=1&TOP_METAID=00210841

>朝鮮紙製造業

鮮内各地楮の産出少からざるに依り楮皮を原料とする朝鮮紙の生産は頗る多額にして年額六十万円に達す、
然れども其製造方法は極めて幼稚単純にして何れも手漉法に依り晴天の日河岸に於て抄製したるものを河原又は温突内にて乾燥し、張板を用ゆることなく古来簡単なる設備と粗笨なる器具を以て単に手漉紙を製するの状況なりしなり、

然るに朝鮮紙は楮皮を原料とするが故に紙質の強靭なるは本紙固有の長所にして他に比類を見ず、
されば内地に於ても近時原料の楮皮潤沢ならざるより傘紙、提灯、油団等の製造材料として之れに嘱目するもの漸く多く
又支那に在りては古来高麗紙と称えて珍重し現時は窓張、衣服の中入用等に使用せられ年々十万円内外の輸出あり、
其販路は今や満洲及び露領西比利亜の一部に拡張さるるに至れり、最近三箇年間の輸移出高左の如し

[図表あり 省略]

二) 朝鮮紙の将来と製紙事業の概観

朝鮮紙は全土概ね生産せざるは無く就中慶尚南北道及全羅北道を其主産地とす、
之れ等各道中年額一万円以上に達する諸郡は慶尚南道にては咸陽、居昌、山清、陜川、河東、宜寧、慶尚北道にては慶州、盈徳、金泉、全羅北道にては鎮安、茂朱、任実、高敞の諸郡なり、


而して朝鮮紙は同一原料を使用するに拘らず産地を異にするに従い紙質、大小、厚簿等区々一定せざると共に其名称の多種多様なる殆んど枚挙に遑あらざるも之れ等の名称は畢竟無意味の類別に過ぎざるものの如し、
然れども大別して白紙   壮紙   角紙の三種となすを得可し、

白紙は質薄く白色紙の総称にして見様紙、油彩紙等之れに属し
壮紙は白紙に比し稍厚く大壮紙苔紙、壮紙を普通と為し
角紙は質最も厚く強靭にして小別紙、籠扇紙等の別あり、

今京城に於ける朝鮮紙に付き主なるもの二三を挙ぐれば

(一)   窓戸紙は見様又は三貼紙とも称して大小種々あり、巾一尺四寸より一尺八九寸、長さ四五寸より三尺八寸に至るものあり、
一枚の重量凡そ五匁内外にして主として窓戸、障子張用に供せらる

(二)   油彩紙は窓戸紙に比し稍厚く大形なるを普通とし一枚の重量十二匁以上二十匁内外にして油衿即ち鮮人の雨合羽を製するに用いたるより此名称あり、
然れども今日にては多く支那向として製産せられ内地用に供せらるるもの漸次減少の傾向あり、
支那にては専ら之れを窓張に使用し又柞蚕繭を附著せしめて発蛾、産卵の便に供し或は衣服に対する綿の代用として珍重するものの□

(三)   苔壮紙は海苔を灑ぎ入れたる為め一種の紋様あり紙質強靭にして古来手形紙等に供せられたるも現今にては白色なる大壮紙を使用するに至れり

(四)   籠扇紙は幅一二尺長さ四尺のものを普通とし一枚の重量十六七匁あり一に扇子、団扇の製造用に供せらる、

以下略

韓紙って?

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/09/02 22:04 投稿番号: [1233 / 1329]
最近聞く「韓紙」って、どんなものでしょう。
なんか和紙にくらべてぼそぼそしてるのが韓紙なのかな?

「和紙」は・・・
____________________________

http://www.d1.dion.ne.jp/~akisaito/Recycle/recycle-index.html
>紙は中国で発明され、高句麗の曇徴(どんちょう)によって日本には610年(推古年)に伝えられたが、繊維が腐ってすぐにぼろぼろになる。
聖徳太子は、アク(灰汁)で洗うようにして独自の和紙漉きの技術を生み出し、日本全国に広めた。
つまり、和紙の発明者は聖徳太子である。
  日本独自の和紙は、コウゾの木の皮から採られた長繊維をほぐし、
これを漉くことで作られるが、この長繊維を漉く技術こそが日本の発明なのだ。
>和紙は、その年に採れた木の皮からしか作れない為、植林されることはあっても、伐採されて森林資源の枯渇に繋がる恐れはない。
繊維をほぐす為の薬品は木灰から得られたアク(アルカリ溶液)であり、
使用後は、田畑の人糞による土壌の酸性化を防いでくれる貴重な資源となる。皮を剥かれた枝は、乾燥後、枝を茹でる燃料となり、その灰はアクとなる。
長繊維の和紙は、千年を経てなおびくともせず、繊維が長いので、何度でも漉きなおすことができる。
________________________________

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E7%B4%99
韓紙
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
>韓紙(音読みでかんし、訓読みでからかみ)は、三韓時代以降、朝鮮半島での製紙技術によって生産される紙である。原料は主に楮(こうぞ)。

厚く丈夫な紙であり、漉き方によって繊維が特定の一方向(縦あるいは横)に並んでいる。

近年韓国では韓紙を用いる韓紙工芸という伝統工芸があり、小物入れやランプ、器などさまざまな工芸品が作られている。原産地としては江原道原州市が知られている。

Re: 民藝運動の父 柳宗悦

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/09/02 21:30 投稿番号: [1232 / 1329]
>伊藤博文が高宗との面談時、朝鮮には白磁・青磁のすばらしさについて述べたが、高宗が知らなかったとの逸話があります。

本当ですか?
日本だと、各藩が藩独自で売れる作物や工芸品の奨励をしてましたけど、
流通経済がたいして発展せず、中国にだけ目を向いていた時代を過ごした朝鮮の支配者は自国の産出する物について、また感覚が違うのかもしれませんね。


それぞれの国で身分によって、娯楽の対象が違ってくるから、
朝鮮の王が日本で評価の高い民芸陶器を知らなくても、それはしょうがないかもしれませんが。

>浮世絵が知られた理由は日本の陶磁器を西洋に輸出するに陶磁器を保護するため日本では要らない和紙に書いた浮世絵で包んだことが発端であったと。

浮世絵の値段は、1枚16文。今の貨幣価値だと300円ぐらいと言われてますから、文具やで売られている包装紙みたいな値段ですね。
送る日本人の意識には、保護の他に、多少しゃれたものに包む感覚もあったのかもしれません。

>ところが、日韓併合後とくに朝鮮の文物が金になると朝鮮人が気付き、朝鮮人が寺などから盗み出す行為が続出したことで総督府がこれを阻止する政策を取りました。

ぜひぜひ韓国人に知っていただきたいですね〜。

>柳宗悦は仏教美術や工芸品などの盗みを放置してたことに対し、それを保護するだけでなく価値観の分らぬ朝鮮人を啓蒙するため朝鮮民族美術館を解説したというのが正しい解釈でしょう。

そうですね。たぶん、日本だけじゃなく、韓国にも民芸というか、自国に美術があるというのを教えた人物だと思います。

Re: れRe: 民藝運動の父 柳宗悦

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/09/02 21:06 投稿番号: [1231 / 1329]
>>李朝工芸との出会いによって 開眼された柳の目は、自国日本へと向けられていきます。

>自国の工芸美術の良さを知り尽くしていたから、よそにも目が行った、って思う
のが自然でしょうに

そうですね。
木喰研究とか日本のあまり注目されてなかったものにもスポットライトを当てて世に知らせた人ですから、
朝鮮美術もそういう感じで・・・ということだと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E5%AE%97%E6%82%A6

>殆どの日本文化人が、朝鮮文化に興味を示さない

というのは、支配する側だから見下してたとかそういうのではなくて、
やっぱり全体的みると、明治維新を迎えた日本から李朝末期を観ると、朝鮮半島は文化面や経済面でもみすぼらしかったからなのでは?となんとなく思っているのですが。

朝鮮側が柳宗悦(やなぎ むねよし)を好きなのは、
1919年3月1日に朝鮮半島で勃発した三・一独立運動に対する日本政府の弾圧に志対し、「反抗する彼らよりも一層愚かなのは、圧迫する我々である。」と批判してくれたことでしょうか。
あの時代に朝鮮が独立したら、列強の中、どう生き延びていけるか考えもせずに、
言ってるのだから、けっこう無責任かもしれませんが。
結局、アジアの中で稀有に独立を保ってる日本の状態を柳宗悦はわかってないってことですね。

>1924年、京城(現:ソウル)に朝鮮民族美術館を設立。朝鮮の文化にも深い理解を寄せ、京城において道路拡張のため李氏朝鮮時代の旧王宮である景福宮の光化門が取壊されそうになると、これに反対する評論「失はれんとする一朝鮮建築のために」を雑誌『改造』に寄稿した。これが大きな反響を呼び、光化門は移築、保存された。

Re: 民藝運動の父 柳宗悦

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/09/01 00:42 投稿番号: [1230 / 1329]
日韓併合前の朝鮮の無政府状態的貧窮の社会では、芸術的なものを維持保管する概念も気持ちの余裕もなかったと言えます。

例えば、自分達のもっている白磁・青磁の芸術性など知らなかった。

それゆえ、その技術的伝承も行われなかった。

伊藤博文が高宗との面談時、朝鮮には白磁・青磁のすばらしさについて述べたが、高宗が知らなかったとの逸話があります。

朝廷からも認められないものが当時の中央集権社会で認められることはないでしょう。

まあ、似たようなもので日本の浮世絵の芸術性が西洋の印象派に多大な影響を与えましたが、浮世絵が知られた理由は日本の陶磁器を西洋に輸出するに陶磁器を保護するため日本では要らない和紙に書いた浮世絵で包んだことが発端であったと。

ゴッホなどは浮世絵の崇拝者であったことが世界的に知られています。

日本も茶の湯を行う武士階級などが朝鮮磁器の芸術性のあることを秀吉の朝鮮征伐で分っていたことや江戸時代の芸術文化の発展でさらに評価が高まっていたのでしょう。

しかし、当時の朝鮮はそれらに対し朝鮮人の間で何ら価値観を持たなかったから、それまで打ち捨てられていた。

ところが、日韓併合後とくに朝鮮の文物が金になると朝鮮人が気付き、朝鮮人が寺などから盗み出す行為が続出したことで総督府がこれを阻止する政策を取りました。

柳宗悦は仏教美術や工芸品などの盗みを放置してたことに対し、それを保護するだけでなく価値観の分らぬ朝鮮人を啓蒙するため朝鮮民族美術館を解説したというのが正しい解釈でしょう。

れRe: 民藝運動の父 柳宗悦

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2008/08/31 23:56 投稿番号: [1229 / 1329]
>李朝工芸との出会いによって 開眼された柳の目は、自国日本へと向けられていきます。

自国の工芸美術の良さを知り尽くしていたから、よそにも目が行った、って思う
のが自然でしょうに(柳さんの言い分は、ほかの人の引用でしか知りませんが、
そう捉えました)。その上で再び自国のものを見たんでしょう。

民藝運動の父 柳宗悦

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/31 20:24 投稿番号: [1228 / 1329]
日韓併合の時代に、朝鮮李朝の工芸美を見い出したと
韓国側から賞賛される日本人「柳宗悦」について

「李朝時代の無名の職人によって作られた民衆の日用雑器」も、
「仏像や陶磁器などの優れた 造形美術」
李朝時代に朝鮮人でも評価しなかったものですね。
仏教美学を愛した柳宗悦もきっと朝鮮半島の「首ちょんぱ仏像」はみたことでしょう。
______________________________

http://www.mingeikan.or.jp/Pages/soetu1.html#li
>李朝工芸との出会い
柳は、1916年(大正5年)以降たびたび朝鮮半島に渡ります。そこで 柳の関心をとらえたものは、仏像や陶磁器などの優れた 造形美術の世界でした。 そして、その美しさに魅了された柳は、それを生み出した 朝鮮の人々に対し、 限りない敬愛の心を寄せることとなります。
柳は、日本の朝鮮政策を批判する文章を発表する一方、 1924年(大正13年)には、 日本民藝館の原点とでもいうべき「朝鮮民族美術館」を ソウルに開設します。 そこに陳列された品物の多くは、 李朝時代の無名の職人によって作られた民衆の日用雑器で、 それまで誰ひとりその美的価値を顧みる者はいませんでした。 しかし、柳はその価値をいち早く評価し、 民衆の生活に厚く交わる工芸品の中に、 驚くべき美の姿があることを発見したのです。

李朝工芸との出会いによって 開眼された柳の目は、自国日本へと向けられていきます。

Re: 一服汁

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/29 18:15 投稿番号: [1227 / 1329]
これ(医女が若い美人なら、当然王様との関係があり)が実は現実じゃないのか・・・?とも思うんですけど。

めんどう見が良い美人の医女は王様もほっとかないのでは?

日本だって、鎌倉や室町あたりでも、世話する立場の女房や、酷い時は乳母とだってあるんだし。
日本の「とわずがたり」の世界なら、天皇と関係があっても、臣下とも関係ありですが、
このストーリーだと、エリート武官ミンジョンホと恋仲は無理になるのかな?

官能女官 ヂャングムの花園、
買って確かめるつもりもありませんが。

一服汁

投稿者: licky_etozero 投稿日時: 2008/08/28 21:52 投稿番号: [1226 / 1329]
官能女官 ヂャングムの花園
http://www.amazon.co.jp/%E5%AE%98%E8%83%BD%E5%A5%B3%E5%AE%98-%E3%83%82%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A0%E3%81%AE%E8%8A%B1%E5%9C%92-%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%AA/dp/B000OVLAY0/ref=br_lf_m_1000158936_2_27_img?ie=UTF8&s=dvd&pf_rd_p=100071006&pf_rd_s=center-2&pf_rd_t=1401&pf_rd_i=1000158936&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=06W77AM06VENQBH6SYJ9

やっぱし   あるんですな
こーゆーの…

Re: 文明の転換から見る韓民族5000年史

投稿者: licky_etozero 投稿日時: 2008/08/26 20:12 投稿番号: [1225 / 1329]
河川に堤防を作ったり   流路を策定するのは
そうしないと洪水が起きたり   出水した時に対応出来ないからです

>しかし、結局、礼儀正しい漢民族は滅び、漢文化の仮面を被った心が蛮族な人達が残ったってことなんでしょうか?

礼教がなければ   それと同じように人間関係は崩壊し
あるいは上意を無視し   あるいは下々を虐げるからこそ   これが作られたと見る方が自然に思います
古代の聖王も君子も   そのために作り上げられ祀りあげられた人たちでもあります

支那の各王朝はまず   混乱を武によって収め   国を法でもって治めました
ある程度経って国家経営が軌道に乗ると   次にやっと儒教で国を治めるようになります

かの国は   そうでなければ国が治まらなかったと見ることが出来ます

Re: 文明の転換から見る韓民族5000年史

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/26 19:20 投稿番号: [1224 / 1329]
>>韓国人の中で比較的教養がある筈の人でさえも、
世界標準と違う歴史事実を信じ込めますよねw

そう、ジャパニーズチョウセンはあれだけ日本語が上手なんだから、
学会で確かに認められている世界四大文明がどんなものか容易にわかる筈なのに、
自慢げに日本人達が見ている掲示板に恥ずかしげも無く貼り付ける感覚が理解できません。


>韓国人というか朝鮮人が他国から嫌われる原因は自らの虚言癖と窃盗癖です。

でも、中国も過分にそういう傾向が・・・礼や仁義だの沢山の思想家を漢民族は輩出しました。
しかし、結局、礼儀正しい漢民族は滅び、漢文化の仮面を被った心が蛮族な人達が残ったってことなんでしょうか?

Re: 韓国版{朝鮮紀行}イザベラバード!

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/26 18:45 投稿番号: [1223 / 1329]
>…日本人まで韓国人並みの真偽定かならぬもしくはじゅうぶんな調査も無いままの言説を流すようではネェ…

そうですね。追求するなら正しい姿勢でやっていきたいものです。

でも、わかるんだな。
だって、李朝がいかなるものか認識していないから、
大学で使われている李朝末期の資料の翻訳本は歪曲されて、
都合が悪いところは修正されてるに違いないと推測してしまうのはわかるような気がします。

Re: 文明の転換から見る韓民族5000年史

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/08/24 20:06 投稿番号: [1222 / 1329]
>韓国人の中で比較的教養がある筈の人でさえも、
世界標準と違う歴史事実を信じ込めますよねw

W−Cupの開会式で当時の金大中大統領が、開会宣言の中で5000年の歴史を有する韓国云々と自慢げに見栄をきったのには驚きました。

大統領が歴史で嘘をつく国とはどんな国だろうかと世界の有識者から思われたでしょう。

欧州人の旅行記や日本人の明治期における朝鮮人観で、虚言と窃盗をさしたる罪と思わぬ気質とありますが、

最近の中国の謙韓感情の大幅な増幅は韓国人の歴史歪曲と窃盗が原因だそうです。例えば端午の節句は朝鮮起源として文化遺産登録をしたことでメンツを重んじる中国人は激怒したそうです。

中国人の嫌いな国はいまや韓国が第一位となりました。

韓国人というか朝鮮人が他国から嫌われる原因は自らの虚言癖と窃盗癖です。

しかし、そのことに対する反省がない民族ですから、自慢してもどうせ嘘だろ、或いはパクッタのだろうと信用されず、永久に嫌われ続けることでしょう。

Re: 韓国版{朝鮮紀行}イザベラバード!

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/08/24 17:26 投稿番号: [1221 / 1329]
>これはあちらがよく口にする歴史歪曲だよね。

ご返信された書きこみで紹介されているスレのネタ元ですが、結論から言って妥当性の無きもの、厳しく言うなら虚偽です。検証された方がいます。

延世大学出版の『朝鮮紀行』について
http://soutokufu.s145.xrea.com/index.php?yonaki%2F%B1%E4%C0%A4%C2%E7%B3%D8%BD%D0%C8%C7%A4%CE%A1%D8%C4%AB%C1%AF%B5%AA%B9%D4%A1%D9%A4%CB%A4%C4%A4%A4%A4%C6

…日本人まで韓国人並みの真偽定かならぬもしくはじゅうぶんな調査も無いままの言説を流すようではネェ…
韓国なり日本なりを批判しようが評価しようが自由なんですが、その目的のために事実を枉げたり事実ならざる論拠を用いるような方には、学問的誠実さのもとにしかるべき対応を執らざるを得ず、とあらためて意を固くした次第です。

れ: 韓国版{朝鮮紀行}イザベラバード!

投稿者: red_mangou 投稿日時: 2008/08/24 17:06 投稿番号: [1220 / 1329]
>英語版を取り寄せようとPCで調べていたら英国の出版社の物と韓国内で出版
>された種類のものがある事に気がつきました。

韓国で出版されるでしょうかねぇ。
呉善花(オ・ソナ)さんの「チマ・パラム」シリーズでさえ発禁なのに。
因みに、最近気の狂った李御寧(イ・オリョン)さんの日韓文化比較もの、
「縮み志向の日本人」は、日本語版と韓国語版では少々内容が違います。

庶民レベルまで江戸の漢文力

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/21 20:19 投稿番号: [1219 / 1329]
李朝では漢文力が立身出世の必須の手段。

一応、日本の漢文学理解もどれほどかのご参考に。
中国の笑話集「笑府」とか李朝朝鮮でも読まれたのかな?

2008/08/21 22:25〜22:50 の放送内容NHK教育

知るを楽しむ   歴史に好奇心   -日中二千年・漢字のつきあい-   第3回

▽庶民レベルまで浸透した「江戸の漢文力」が残した豊かな遺産を紹介する。江戸時代、学者の家の秘伝だった漢文訓読の技術が広く公開され、激動の時代の起爆剤となった。

落語の「まんじゅうこわい」は中国の笑話集「笑府」が原典である。
江戸時代、それまで学者の家の秘伝だった漢文訓読の技術が広く公開され、漢籍は中国より日本での出版点数が多くなった。
江戸の火消しのお兄さんまで「水滸伝」に熱中。
中国人が書いた警世の書「海国図誌」は日本で吉田松陰以下多くの読者を得て、激動の時代の起爆剤となった。
庶民レベルまで浸透した「江戸の漢文力」が残してくれた豊かな遺産を紹介する。

出演
柳家花緑 林家きく姫

Re: 文明の転換から見る韓民族5000年史

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2008/08/21 19:13 投稿番号: [1218 / 1329]
またか・・・
どうしようもないね韓国人は。
んじゃ、ここに日韓翻訳掲示板エンジョイコリアから処方箋を出しておきますね。

                   ↓

半万年属国のどこかの国の大まかな歴史 | 時事ニュース
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=teconomy&nid=2993012

Re: 韓国版{朝鮮紀行}イザベラバード!

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/21 19:11 投稿番号: [1217 / 1329]
これはあちらがよく口にする歴史歪曲だよね。

英国や米国に留学する人数がやたらに多い筈なのに・・・

ちゃんと歴史を直視しないとは・・・

イザベラバードも含めて、当時の欧米人はけっこう辛口だから、

日本も田舎で不衛生にして皮膚病の人がいたとか、いろいろ辛口だけどね。

現代の韓国も程度は違うけど、国が面子気にして情報操作してるところは中国と同じ穴のムジナのような。

Re: 文明の転換から見る韓民族5000年史

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/21 18:59 投稿番号: [1216 / 1329]
>>古代から現代まで5000年にわたる韓民族の歴史を、

いつも思うのですが・・・

韓国人の中で比較的教養がある筈の人でさえも、
世界標準と違う歴史事実を信じ込めますよねw

あれだけ留学志向が高いのに、留学した人達も何も突っ込まないで信じてるのだろうか?

っていうか、この記事の最初の投稿をしたジャパニーズチョウセンさんは、
とんでも歴史本レベルの5千年史があると韓国・北朝鮮が国をあげて信じてることが恥ずかしくない?

Re: 文明の転換から見る韓民族5000年史

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/08/20 23:21 投稿番号: [1215 / 1329]
>古代から現代まで5000年にわたる韓民族の歴史を、

これだけで嘘と言われている。

>韓民族の固有文明を形成した。著者は檀君神話の再解釈を通じ、桓雄・庶子・風伯などの部族集団が古代国家を建設し、権力を移譲される過程を追跡した。

韓国歴史学会でも認められてないトンデモ妄想の物語。

韓国版{朝鮮紀行}イザベラバード!

投稿者: ahnanndekounaruno 投稿日時: 2008/08/20 22:43 投稿番号: [1214 / 1329]
コピー元=http://enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=ttalk&nid=1171009&tab=five



■   韓国に関する出版物について

<<はじめまして。

外国に住んでいる日本人主婦です。
実は去年、英国人作家イザベラ・バードの朝鮮紀行(Korea and Her Neighbors)の

英語版を取り寄せようとPCで調べていたら英国の出版社の物と韓国内で出版された

種類のものがある事に気がつきました。

英国の出版社の原版は下記の内容だと思いますが。。
http://3.csx.jp/peachy/data/korea/korea2.html   
(韓国は何故反日か?)より
英国人女性旅行家イザベラ・L・バードは1894年以降4回に渡り朝鮮各地を

旅した時のことを『朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』の中でこう書いている。

(Korea and Her Neighbours by Isabella Lucy Bird  
『朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』イザベラ・L・バード)


内容が全く正反対の韓国版では当時のソウルは清潔で人々は
とても快適かつ豊かに暮らしているとイザベラバードは書いています。
韓国版は1997年に韓国延世(ヨンセイ)大学から出版されたものです。
http://www.seoulselection.com/shopping_book_view.html?pid=50

イザベラ・バードの朝鮮紀行(Korea and Her Neighbors)のエセコピーがNYタイムズから出ています。
(実本とは全く異なり、100年前のソウルは近代化されていて東洋一きれいな都市と書かれていますが、
おそらく先導者はNYタイムズのオオニシノリミツあたりではないでしょうか)
The Streets of Seoul.; From Korea and Her Neighbors,
by Mrs. Bishop.

http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?_r=2&res=9C02E0DF1139E433A25750C0A9629C94 699ED7CF&oref=slogin&oref=slogin

あと参考まで、外国でこの本をPCでサーチすると偽物版しか出てきません。

本の紹介、あらすじの中で日本が韓国を支配中に建物をどんどん壊していった、などと全くひどい話です。
原本の英国の出版社に知らせれば虚偽本出版社は訴えられるのではないでしょうか?
http://www.google.co.nz/search?hl=en&q=Korea+and+Her+Neighbors&btnG=Search&meta= >>

Re: 朝鮮王朝実録で洪水災害の基礎資料に

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/20 19:18 投稿番号: [1213 / 1329]
既に読んでる方も多いでしょうが・・・
↓から対応した内容抜粋
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog056.html

>■3.植林、河川・砂防工事、ダム建設、、、■

>李朝時代の飢餓の一因は、現在の北朝鮮と同様、森林破壊にあっ
た。定住しない焼き畑農民は、山林を焼き払い、一定期間耕作する
と、他へ移ってしまう。さらに、冬季の薪需要のための乱伐。そこ
に豪雨が来れば、表土は流出し、禿げ山となってしまう。
  1885年にソウルから北朝鮮を徒歩で踏破した旅行者は次のような
旅行記を残している。

  どこまでいっても禿げ山と赤土ばかりで、草も全て燃料のた
めに刈り取られている。
  山地が痩せていて、昨年も沢山の餓死者が出た。
  ここは退屈極まりない土地で、山は禿げ山、植生はほとんど
見られない。

  森林は緑のダムである。森林がなくなれば、降れば洪水、降らね
ば干ばつとなって、農業生産は崩壊する。治水の前に治山が必要と
いうのが、寺内初代総督の方針であった。朝鮮総督府は1911年から
の30年間で、5億9千万本の植林を行った。朝鮮全人口の一人あ
たり約25本という膨大な数である。[1,p114]

  内村鑑三の日記には、ある朝鮮人から日本人が毎年沢山の有用樹
木の苗木を植えていることを感謝する手紙をもらって非常にうれし
かったと書いている。[2,p39]

  植林事業と平行して、洪水予防と灌漑のための全国的な河川事業、
日本国内にもなかった17万キロワット級のいくつもの巨大水力発
電所建設、15万ヘクタール以上もの砂防工事等々、大規模かつ総
合的な国土開発事業が展開された。

  これらの結果、水田開発が進み、明治43年の84万町歩が、昭
和3年ごろには162万町歩と倍増した。[1,p108]

>■6.食料危機対応のモデルケース■

実はこの国土開発の方法は、朝鮮総督府の独創ではなく、我が国
江戸時代に、上杉鷹山公(米沢藩藩主)、恩田木工(信州松代藩)、
二宮尊徳などが行った農村振興を発展させたものだ。

文明の転換から見る韓民族5000年史

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/08/19 09:49 投稿番号: [1212 / 1329]
キム・ヨンソプ著『韓国文明の転換』(知識産業社)


  韓民族の歴史を「文明の転換と世界化」という巨視的な観点から観察した一冊。著者はソウル大と延世大で韓国史を教え、学術院の会員でもある。著者は古代から現代まで5000年にわたる韓民族の歴史を、文明史の側面から三つの時期に分け、それぞれの特徴と発展過程に光を当てた。


  韓民族はアルタイ系北方民族の一つで、紀元前3000年ごろ、満州の遼東地域と韓半島(朝鮮半島)に古朝鮮をつくり、歴史の舞台に登場した。古朝鮮は最近、その華麗な実態が明らかになっている遼河文明「紅山文化圏」の影響下に建設され、韓民族の固有文明を形成した。著者は檀君神話の再解釈を通じ、桓雄・庶子・風伯などの部族集団が古代国家を建設し、権力を移譲される過程を追跡した。


  韓民族は紀元を前後して中国文明の「天下」体制に編入され、儒教思想を受け入れた。韓民族の認識範囲が、韓半島周辺の小世界から東アジアの中世界へと拡大したわけだ。著者はこれを「第1次文明転換および世界化」と規定する。


  その過程は、決して平和的なものではなかった。漢の侵略で古朝鮮は滅亡し、漢四郡が置かれた。漢四郡を追い出し高句麗・新羅・百済を建ててからも、中国との緊張関係が続いた。しかし、古朝鮮が滅亡した原因が文明の遅れにあることを見抜いた3国の指導部は、中国の進んだ制度や文物を導入することに積極的だった。中国の政治・社会を学ぼうという国家指導層の姿勢は、統一新羅や高麗、朝鮮にも受け継がれた。


  その過程で、中国文明との関係をいかに設定するかをめぐり、激しい衝突が起きたこともあった。代表的な例は、高麗中期における金富軾(キム・ブシク)と一然の間の見解の差だ。金富軾が中国文明の徹底した導入を主張したのに比べ、一然は固有文明の尊重を強調した。韓民族が下した結論は、固有文明のアイデンティティーを維持しつつ、中国文明を受け入れ統合するというものだった。著者は、ハングルの創出とハングル・漢字の混用を代表的な例に挙げている。


  19世紀後半、中国中心の「天下」秩序が崩れ、西欧文明の導入が始まった。韓民族が中世的な東アジア文明圏から抜け出し近代的な大世界文明圏に入っていくこの過程を、著者は「第2次文明転換および世界化」と規定する。著者は、自由・平等・博愛や民主主義といった普遍的価値の受容が不可避だった、と見ている。しかしその一方で、文明転換に努力しつつもアイデンティティーを失わなかった祖先の知恵を忘れてはならない、とも強調している。


  第2次文明転換は現代的な意味が大きいが、これを扱う部分がかなり省略されているのは惜しい。しかし、韓民族が直面している激変の民族史的意味をベテラン学者の洞察力を借りて観察する、という貴重な機会を提供している一冊だ。


李先敏(イ・ソンミン)論説委員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/article/20080810000004

Re: しょうがねえなあ・・・

投稿者: kohshien21c 投稿日時: 2008/08/17 00:50 投稿番号: [1211 / 1329]
>文宗(ムンジョン)は王世子時代からおできに悩んだが、治療法はおできの部位に膏薬を塗るかヒルに吸わせるか、薬を飲む程度だった。その結果、文宗は40歳にもならぬ若さで死んだ。

オデキ

栄養失調が主因と思うが。加え環境の不潔さもある。

日本でも戦後食糧事情が悪い時期には子供にオデキがよくできた。

朝鮮は不潔であるのは自明の理だが、王族でも栄養失調になるほど食料事情が悪かったか或いは極端な偏食だったのかと推測できる。

Re: しょうがねえなあ・・・

投稿者: toapanlang 投稿日時: 2008/08/17 00:28 投稿番号: [1210 / 1329]
>燕山君(ヨンサングン)時代には医員たちが「淫欲を満たそうとする」王の機嫌を取るため「陽気を助ける」草虫と蛇を進上したという記録もある。

円覚寺をキーセン養成所にしたり、最高教育機関の成均館を遊興所にしたりした人ですからネェ。
もっとも、廃位されたがゆえに必要以上に異常な暴君として描かれたということも考慮しなけりゃいけませんが。

>中宗(チュンジョン)は高熱が出た際、解熱剤として「野人乾水」を食べた。「野人乾」というのは人糞だ。

これは有名な話ですね。

>寒がりな上、鬱火病と眼病を患っていた光海君(クァンヘグン)は、飲み薬があまり効かず、針治療を受けた。38歳の退位後にも内医員の診療をしばらく受けていたが、67歳で死亡した。

当トピの最初の方でも紹介しましたが、廷臣どもが現実を無視して後金(清)を討伐すると息巻いていた現状にぶちぎれていますからね。ストレスは並々ならぬものがあったかと。
なお光海君と同じく現実を見すえて清との友好を促進した昭顕世子(光海君の甥である仁祖の長子)も、たびたび眼病の針治療を受けています。ストレスって目に来るのかな?
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