李朝朝鮮

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Re: 朝鮮王朝実録で洪水災害の基礎資料に

投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2008/08/20 19:18 投稿番号: [1213 / 1329]
既に読んでる方も多いでしょうが・・・
↓から対応した内容抜粋
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_2/jog056.html

>■3.植林、河川・砂防工事、ダム建設、、、■

>李朝時代の飢餓の一因は、現在の北朝鮮と同様、森林破壊にあっ
た。定住しない焼き畑農民は、山林を焼き払い、一定期間耕作する
と、他へ移ってしまう。さらに、冬季の薪需要のための乱伐。そこ
に豪雨が来れば、表土は流出し、禿げ山となってしまう。
  1885年にソウルから北朝鮮を徒歩で踏破した旅行者は次のような
旅行記を残している。

  どこまでいっても禿げ山と赤土ばかりで、草も全て燃料のた
めに刈り取られている。
  山地が痩せていて、昨年も沢山の餓死者が出た。
  ここは退屈極まりない土地で、山は禿げ山、植生はほとんど
見られない。

  森林は緑のダムである。森林がなくなれば、降れば洪水、降らね
ば干ばつとなって、農業生産は崩壊する。治水の前に治山が必要と
いうのが、寺内初代総督の方針であった。朝鮮総督府は1911年から
の30年間で、5億9千万本の植林を行った。朝鮮全人口の一人あ
たり約25本という膨大な数である。[1,p114]

  内村鑑三の日記には、ある朝鮮人から日本人が毎年沢山の有用樹
木の苗木を植えていることを感謝する手紙をもらって非常にうれし
かったと書いている。[2,p39]

  植林事業と平行して、洪水予防と灌漑のための全国的な河川事業、
日本国内にもなかった17万キロワット級のいくつもの巨大水力発
電所建設、15万ヘクタール以上もの砂防工事等々、大規模かつ総
合的な国土開発事業が展開された。

  これらの結果、水田開発が進み、明治43年の84万町歩が、昭
和3年ごろには162万町歩と倍増した。[1,p108]

>■6.食料危機対応のモデルケース■

実はこの国土開発の方法は、朝鮮総督府の独創ではなく、我が国
江戸時代に、上杉鷹山公(米沢藩藩主)、恩田木工(信州松代藩)、
二宮尊徳などが行った農村振興を発展させたものだ。
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