竹島

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Re: 米国、ラスク書簡を否定(続き)

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/08/03 05:48 投稿番号: [17001 / 18519]
chaamiey様、お疲れ様です。
韓国がホルホルしそうな雉もとい記事です。
しかし、こんなものいくら出してもダメです。
たとえ、米国大統領自らラスク書簡は無効だと宣言したとしてもです。
・サンフランシスコ平和条約が竹島を日本領として残す意図をもって作成されたこと。(ラスク書簡で確認できる。)
・日本が竹島が日本領として残ると解釈して平和条約に調印したこと。
この2点がぴったり一致している以上、米国が平和条約調印後ラスク書簡を否定したとしても条約解釈に影響するはずがありません。
日本は当然国際司法裁判所での解決を目指すべきだと考えますが、その場合韓国がラスク書簡は米国自ら否定しているとしてこの文書を出したとしてもまず通用しないでしょう。
もちろん、サンフランシスコ平和条約起草の際、竹島の歴史について米国がどのくらい知っていたのかという問題はありますが、そんなことを言い出せばキリがありません。
当時の米国に十分な知識があれば竹島は日本が放棄する島に含まれたはずだと韓国人は言いたいのでしょうが、それでは現在の状況は不法占拠だと自ら白状しているようなものです。
また、サンフランシスコ平和条約から50年以上も経ちますが、いまだに韓国は1905年以前の竹島に対する支配を証明出来ていません。
結果的にはラスク書簡の判断は妥当だったということです。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
といいますか、正式な外交文書を内部文書で否定出来るとでも思っているのでしょうか。馬鹿丸出しとはこのことです。

韓国を繰り返し揺さぶるべき

投稿者: boss_v1 投稿日時: 2008/08/03 00:58 投稿番号: [17000 / 18519]
日本が竹島の領有権を主張すると韓国人は激しいヒステリーをおこすようだ。
それは「独島はわが領土である」と幼いときから執拗に教育しているからだろう。
日本が竹島の領有権を放棄していないかぎり韓国はそうした教育をするべきでは
なく、まず両国が協議の上で国際司法裁判所でけりをつけるべきだった。
韓国がそのような教育を行ったのは日本をいかに侮りなめきっているかの証拠だ。
歴史問題があるとはいえこれではいつまでたっても両国の関係は正常化しない。
日本は竹島の領有権を繰り返し主張して韓国を揺さぶり続けるべきだ。
日本を侮った教育がいかに副作用が大きく危険でマイナスであるかを理解させる必要がある。
竹島問題は領土問題というより朝鮮半島との戦後処理の意義が大きいと思う。

米国、ラスク書簡を否定(続き)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/08/02 23:58 投稿番号: [16999 / 18519]
   国務省の報告書は続いて、ディーン・ラスク書簡に内部批判を加えた。ラスク次官補はサンフランシスコ条約締結1ヵ月前の1951年8月9日、「独島を返還対象領土に含めてほしい」との韓国政府の要請に対する回答の形で、「無人のこの島は、当方の情報によれば韓国の一部として扱われたことは一度もなく、1905年以降日本の島根県隠岐島庁の管轄下にあった」として拒否の意志を明確にした。これについて国務省報告書は、「ラスク書簡が歴史的事実に対する十分な理解に根拠を置いたものか、論難があり得る」と指摘した。
  またアメリカと日本は1952年に締結した行政協定で、独島を「アメリカが爆弾投下地域として使用する日本の施設及び地域」に指定した。しかし国務省報告書は、「アメリカが独島を、アメリカの使用する日本の施設及び地域(facility and area)として受け入れたことを、島を日本が領有しているとアメリカが認めたものだと判断する必要はない」とした。報告書は、「独島に爆弾を投下することに対して韓国が抗議して以降、アメリカは爆弾投下地域として独島を使わないと韓国に通知したからだ」、とその理由を明らかにした。

   金教授は、「国務省内部文書は、サンフランシスコ条約締結当時にアメリカが独島領有権問題に関して日本側に傾いたかのように見える点を項目ごとに指摘して解説することで、日本が恣意的に解釈ができないようにした」と意義を認めた。

金教授は、「日本の学者らが外交文書を充分に検討せずに日本に有利な文書のみを恣意的に解釈して、独島が日本の領土として認められたと主張するのは誤りであることが、明らかになった」と語った。
【おわり】

▽ソース:東亜日報(韓国語)(2008-08-02 02:56)
http://www.donga.com/fbin/output?f=j__&n=200808020081
http://kr.news.yahoo.com/service/news/shellview.htm?linkid=4&articleid=2008080202565358110&newssetid=1352
http://news.naver.com/main/read.nhn?mode=LSD&mid=sec&sid1=100&oid=020&aid=0001978839

米国、ラスク書簡を否定

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/08/02 23:47 投稿番号: [16998 / 18519]
   さて、ここは竹島掲示板なので、この記事は誰かがアップしないといけませんね。


■「1905年以前の支配を証明すれば『独島=韓国領土』が法的に確立」

【1954年の米国国務省報告書の内容骨子】
  ・ラスク書簡(サンフランシスコ条約で独島が日本領に残されたとする根拠)が「独島=日本領」という主張 に結びつく法的根拠となるかについて、疑問を提起。
  ・ラスク書簡が歴史的事実への十分な理解に基づくものであるかについて疑問を提起。
  ・サンフランシスコ条約の締結当事者らが独島を返還対象から除外したからといって、そのことが独島を日本領土として残す意図であったかについては論難がありうる。
  ・独島を米軍の爆弾投下訓練場として使用する日本の施設として明記した米日行政協定を、日本の独島領有を米国が認めたものだと判断する必要は無い。
  ・韓国が1905年以前に独島を所有していたと証明できれば、独島が韓国領土に含まれることが法的に確立。
  「日米行政協定は独島の日本領有をアメリカが認めたものだ、と判断する必要はない。」
−−− アメリカ国務省が1954年に作成した内部報告書の一部だ。

   アメリカ国務省のディーン・ラスク次官補がサンフランシスコ平和条約締結直前の1951年に作成した書簡と、1952年に締結された日米行政協定は、日本の学者らが日本の独島領有権を主張する際に主な論拠とする資料だ。日本は従来、これらの資料を根拠に、「第二次世界大戦の終戦処理過程で、米国を含む国際社会が独島を日本領だと認めた」と粘り強く主張してきた。

   しかし実際には、1950年代初めに米国政府が「独島に関する米国の一連の措置は、独島領有権が日本にあるとしたものと解釈されてはならない」との見解を持っていたことが、内部報告書を通じて明らかになった。

   大学国際法学会副会長である釜慶大学の金彩炯(キム・チェヒョン)教授は最近、米国の国立公文書館で「独島(別名:竹島、リアンクール・ロックス)の領有権に関する韓日間の相反する主張など」(Conflicting Korean-Japanese Claims to Dokdo Island (otherwise known as Takeshima or Liancourt Rocks)というタイトルの、1954年8月26日付の国務省内部報告書を発見した、と発表した。

   金教授は1年余りの間、国立公文書館でサンフランシスコ平和条約締結過程の独島領有権関連史料の発掘作業を行なってきた。

   国務省文書はまず、サンフランシスコ条約第2条で日本が返還すべき韓国の領土から独島が除かれた経緯を詳述した後、「この条約が独島(竹島)を日本に残しておくという法的結論を伴うかについては疑問が提起される」と指摘した。すなわち、1945年のポツダム宣言は「本州や北海道などと共に小諸島(minor islands)が日本の主権下に残る」と明示したが、ポツダム宣言を受け継いだサンフランシスコ条約で明示されないあらゆる島を日本が保有したことになるかについては論難があり得る、と国務省は指摘した。また、独島がその 「小諸島」に含まれるというのが平和条約草案作成者の意図だったのかは論難があり得る、と付け加えた。

(続く)

Re: 竹島論争に勅令41号は無用

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/08/02 23:43 投稿番号: [16997 / 18519]
   不戦親父さん、御意見ありがとうございます。

   沈興沢が勅令に定められた「石島」を使わずに現地用語の「独島」という言葉で報告したこと、韓国の新聞でも「勅令で定めた島が日本に盗られた」という形の報道がなかったこと、観音島を「石柱」のようだと表現する昔の新聞記事があること、そしてラスク書簡との関係。

  私は、勅令41号の「石島」は竹島ではないという感をますます深くしました。

李泰植駐米大使の譬え

投稿者: tsukachan1 投稿日時: 2008/08/01 19:13 投稿番号: [16996 / 18519]
>「数十年暮らした妻を自分のものだと言われたら…」

興奮しているのはわかるが

もう少しまともな譬え(たとえ)が使えないのだろうか?

チョーセン人でも一応駐米大使なのだから・・・

知的(痴的?)レベルが疑われるなあ〜

==================================================================== =

李泰植大使「数十年暮らした妻を自分のものだと言われたら…」(1)

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=103092&servcode=A00§code=A10

Re: 竹島論争に勅令41号は無用

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2008/08/01 11:10 投稿番号: [16995 / 18519]
その通りですよ。

于山島=獨島というのも獨島=石島というのも、戦後の説です。
1905年当時は勅令の記憶もあるはずですので、そこにさえ出てこないのは
まったくアリバイを欠いています。
だから、サンフランシスコ条約当時は、勅令が関係するという意識すらなかった可能性が高いです。

犯罪捜査的にいうなら、真っ黒のウソだろうって話しですね。
事実というのは奇怪ですので、100%とは言えませんがね。

Re: 捏造解釈を斬る②

投稿者: nobmarujoho 投稿日時: 2008/08/01 10:06 投稿番号: [16994 / 18519]
当時は、幕府は許可証を発行する場合には朱印を使い、幕府以外の各藩大名は「黒印」を使った。
だから普段、黒印しか見たことのないものにとっては「朱印」というのは、めずらしいものだった。
それで、「藩主からでなく、将軍家からもらった。」という自慢というか誇らしさを表す意味を
言うのに「朱印を賜る」といっただけ。

たとえば現代では国会、内閣で「紫の袱紗」というと「天皇国事行為の詔書の入った包み」
を表すのに似てる。
「詔書の包み」とはあまり言わないで、そういうのに似てる日本文化の一つ。

竹島の帰属表記は再び韓国に 米大統領

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/07/31 23:02 投稿番号: [16993 / 18519]
、訪韓控え指示

  【ワシントン30日共同=川北省吾】ブッシュ米大統領は三十日、米政府機関「地名委員会」が先週、竹島(韓国名・独島)の帰属先を「主権未指定」に変更したことについてライス国務長官に見直しを指示、表記は「元に戻される」と述べた。地名委の地名検索サイトは同日、帰属先を「韓国領」に戻した。北京五輪に合わせた八月四日からの韓国、タイ、中国歴訪を前に訪問国のメディアと会見した。

  この問題では、表記変更を受けて韓国側の批判の矛先が米国に向けられ、八月六日に予定される米韓首脳会談への悪影響が懸念される事態となっていた。米側は「政策変更を反映した変更ではない」(ガイエゴス国務省報道部長)と強調していたが、首脳会談を前に軌道修正した形だ。米国のあっけない表記変更に日本側からの反発も予想される。

  大統領は表記について、地名委の地名検索サイトに「韓国領」と記されていた「七日前の状態に戻される」と明言。その上で「米国は(領土)紛争を解決できない。それは(日韓という)主権国家同士の問題だ」と述べ、日韓の「対話の促進」を後押しする意向を示した。

  ワイルダー米国家安全保障会議(NSC)上級部長は三十日、地名委の表記変更後、韓国政府の「非常に高い地位にいる人」から善処を求める要請があったと説明。米側の見直し作業の結果「現段階では表記変更は正当化されない」との結論に至ったと述べた。

  大統領、上級部長ともこうした結論に至った詳しい理由を明らかにしなかったが、日米関係筋によると、地名委の表記が統一性を欠いているため、大統領は元に戻した上で抜本的な見直しを実施する意向という。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200807310260.html

竹島論争に勅令41号は無用

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/07/31 22:17 投稿番号: [16992 / 18519]
  さて、藪太郎さんはお嫌いかも知れないが、「自分に都合のいいこと」を並べて見ます。



   1951年8月10日、米国のDean Rusk国務次官補は、You ChanYang韓国大使への回答文書で次のように説明した。

   草案第2条(a)を日本が「朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、独島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を、1945年8月9日に放棄したことを確認する」と改訂するという韓国政府の要望に関しては、合衆国政府は、遺憾ながらその提案に賛同することができません。

   合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を条約がとるべきだとは思いません。

   独島、又はTakeshima,Liancourt Rocksとして知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば決して朝鮮の一部として取り扱われたことが無く、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島は、過去に朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。
As regards the island of Dokdo, otherwise known as Takeshima or Liancourt Rocks, this normally uninhabited rock formation was according to our information never treated as part of Korea and, since about 1905, has been under the jurisdiction of the Oki Islands Branch Office ofShimane Prefecture of Japan. The island does not appear ever before to have been claimed by Korea.



   ここに奇妙なことがある。日本の竹島領有権の直接の根拠は1905年の領土編入の閣議決定とそれに続く島根県告示だ。対する韓国の直接の根拠は1900年の勅令41号だ。ところが、上のラスク書簡によれば、日本の1905年の決定を考慮したことは分かるが、韓国の1900年の決定を考慮した形跡が全く見られない。考慮したが棄却したというのでなく、考慮したこと自体の形跡がないのだ。これはどういうことだろうか。

   この当時、韓国は、アメリカに対して「日本の領土から竹島を除いてくれ」という運動をしていたわけで、そのための証拠は自由に提出できる立場にあった。勅令41号は韓国の竹島(独島)領有の有力な根拠なのだから、当然に米国に提出され、米国も皇帝の勅令となればあだやおろそかにはできず、十分検討したはずである。なのにその形跡がない。ということは、このとき韓国は勅令41号を主張していないのだと見られる。

   なぜ主張しなかったのだろうか。

   考えられる理由は二つある。一つは、その当時の韓国政府当局者が勅令41号の存在を知らなかった。(まさか。)

   もう一つは、その当時の韓国政府当局者は、勅令41号は竹島(独島)とは無関係であることが分かっていたので、これを証拠として持ち出すことなど露ほども考えなかった、ということだ。

   他に何か合理的な理由が考えられるだろうか?

Re: 韓国側主張の間抜けぶり。

投稿者: kup5kupkup 投稿日時: 2008/07/30 21:02 投稿番号: [16991 / 18519]
間抜けな韓国が強気になる温床とは?
kiyoakiと手を組む小沢一郎あり。

民主党の支持母体は
解放同盟.民団.朝鮮総連.パチンコ.ヤクザ日教組.自治労。↓
民主党自体が売国である母体が最大の在日団体だ。↑
【民主党の正体】
《効果的な動画》広めよう!
http://www.youtube.com/watch?v=ZSA328b8fRM
多くの日本人が、
現実を知らない状態です。私達より多くの人々に、「危機的在日占領」状況を伝えていく必要があります。
私達に出来る事は、
①家族に正体を伝えよう。②知人に真実を伝えよう。③ネットで正体を広めよう(HP.ブログ.メ-ル.動画サイト等)

【在日ヤクザ北朝鮮送金ル-トを断て】
http://www.youtube.com/watch?v=gfUojDy5kkA


【朝鮮総連.地上げとパチンコ】
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=266114
【山口組】民主応援の通達。参院選では解同と山口組が全面的応援。ZAKZAK。

【拉致】実行犯の「嘆願書」を書き韓国へ逃がした民主.江田五月や菅直人や反日民主議員達。

韓国側主張の間抜けぶり。

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/07/30 12:06 投稿番号: [16990 / 18519]
http://korea.or.jp/upimg/dokdo_japan_error_jp.pdf
久しぶりに、韓国政府(独島学会のやつですけどね)の公式主張を見てみました。
その主張の12番目にこんな事が書いてありました。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
サンフランシスコ平和条約の本文から独島の名称が漏れたのは、
日本のロビー活動のためである。アメリカは第1−5次草案では
独島を韓国領土に、第6次草案では日本領土に含めたが、
第7−9次草案からは独島の名称を消した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

これ見て普通の日本人だったら頭抱えますよねぇ?
だって、仮にロビー活動があったとして、だから何なのでしょう?
既に締結済みの条約が無効になるとでも言うのでしょうか?
逆に韓国に有利な条約が締結されていたとして、日本が「ロビーだ」
と言えば、条約が無効になるんですか?   そんなわけないでしょうw

しかも、文中でサンフランシスコ条約には日本が放棄する領土に竹島が
含まれないことを認めちゃってますww
そして、例によって   ラスク書簡、ヴァンフリート特命報告書、バーマスター書簡のことには一切触れられておりませんww

Re: 資料考証「地図区域一覧図」まとめ

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/07/29 16:20 投稿番号: [16989 / 18519]
  「軍管区」そのものが鎮台条例により、行政区画を管轄するように定められたものであって、軍が勝手に線引きできる性質のものではありませんでした。
  「地図区域一覧図」の中身そのものの議論はさておき、「軍管区」だから行政区画と一致しない云々は決して成立しない議論です。

  或いは「地図区域一覧図」ないしは付属の図書に竹島は隠岐に属すると書いてあるかもしれませんし、書いていないかもしれませんが、その本質部分を確認せずに、適当にでっち上げた「軍管区」云々の与太話に惑わされるべきではないでしょう。

Re: 資料考証「地図区域一覧図」

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/07/29 16:12 投稿番号: [16988 / 18519]
  さて、傍論ですが、こちらにもコメントしましょう。

>>日本陸軍参謀本部陸地測量部は内務省地理局を統合した、日本で唯一の測量地図発行機関であり、

>ここでいうあなたのいう「地図」とは、どういう意味ですか?

  一言で云うと、mapですね。

>海図は、あなたのいう「地図」に含まれますか?

  海図は、chartです。

Re: 資料考証「地図区域一覧図」

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/07/29 15:50 投稿番号: [16987 / 18519]
>「西部軍管区」のうち広島師管区(広島、松江、山口)は隠岐のあたりですでに広島師管区のぎりぎり端
になりますから。そこから更に140kmも離れたな地図となると縮尺度を上げれば入るでしょうが
>実戦上を考えた場合には広島と竹島では、あまりにも離れていている、ということになると思います。

  古い投稿へのご意見、ありがとうございます。
  しかし、広島師管区の管轄は、地図で定められたわけではありません。
  古くは明治時代の鎮台条例では、隠岐は警備隊区とされ、広島に置かれた師団司令部の隷下に属します。昭和15年に警備隊区が連隊区に統合されてからも、隠岐は第五師管区に属しているはずです。
  隠岐島司が竹島を管轄するならば、当然に、広島の師団司令部も竹島を管轄していなければならず、軍管区だから現実の行政区画と一致しないと云う議論自体が、そもそもデタラメなのです。

Re: 竹島

投稿者: avpassjp 投稿日時: 2008/07/28 11:49 投稿番号: [16986 / 18519]
間違えなく、日本の領土です。

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2008/07/28 10:21 投稿番号: [16985 / 18519]
歴史観以前に歴史研究者に背負わせている使命が違います。

過去を今の価値判断で体系づける儒教的歴史観の影響もあるのでしょうが、
韓国の研究者は国の使命を自らになってると思いますよ。

だから、話し合いというなら、韓国のテレビで日本人と韓国人が竹島問題
を討論するのが当たり前にならないと、研究者同士も対話不能でしょう。
一般人が自国の主張もけっこうあやしいのかと思うくらいじゃないとね。
あやしいと思ってても結果オーライならいいやと思う人が多いでしょうが。
話し合いというならそういうレベルの話し合いからですね。

日本人は最初から疑います。
回りの意見に合わせるのが国民性なんで、韓国人があれほど言ってるんだ
から話しは聞いてやろうとか、それなりの言い分があるんだろうとか発想
するのです。敗戦等で価値観の相対化になれてますしね。

事実であっても譲歩は許されない研究者とどんな対話が可能でしょうか?

松島開拓之議 & 韓国人、キジを殺す

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2008/07/27 23:42 投稿番号: [16984 / 18519]
※半月城さんへの返答はオリンピック前までにいたします。

今週火曜日にU-23の日本VSアルゼンチンがあります。先週の豪州戦と違ってタフな試合になることは間違いありません。
http://www.jfa.or.jp/daihyo/u_23/kcc2008_special/


久々に今日のオープニングテーマを掲載します。
①祝!   「竹島問題」記載・記念行動!【強制排除編1/2】
http://jp.youtube.com/watch?v=Ev3lGe6W_Uk
②祝!   「竹島問題」記載・記念行動!【強制排除編2/2】
http://jp.youtube.com/watch?v =- p6bbXUeWq4
③祝!   「竹島問題」記載・記念行動!【抗議文投函編1/2】
http://jp.youtube.com/watch?v=LGNOZidwqXk
④祝!   「竹島問題」記載・記念行動!【抗議文投函編2/2】
http://jp.youtube.com/watch?v=G22WItFRYkU

私の尖閣諸島HPは、上記の「主権回復を目指す会」のHPにリンクされています。この会のHP見た人は、私もこの会の会員と思われて、中国人や韓国人から命を狙われるかも知れませんね(苦笑)。私が唯一所属する政治団体は自民党です。それ以外は属しておりません。ちなみにこの会のリーダーである西村修平さんには会ったことあります。

>最近は韓国人だけででなく日本人の中にも感情的な対応をする人が増えて私も頭を抱えています。まるで韓国人の火病体質が日本人にまで感染してしまったかのようです。(No.16982のyabutarouさんの発言)

西村さんみたいな人のことを言っているのでしょうか?


で、「④祝!」の7:25分から西村さんが、私の知らなかった韓国人の行動を暴露しております。それが以下のロイター通信のニュースです。
http://jp.youtube.com/watch?v=PiWT8pwGeVY&feature=related


さて、掲題の件ですが、『松島開拓之議』を掲載いたします。
http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/2a343tan1649-1881/
yabutarou01さんの投稿を受けて、竹島考證の文章起こしをしました。松島開拓の議だけですが、分かりやすく仕上げました。

http://www.tanaka-kunitaka.net/takeshima/
(後日掲載予定)

next, coming up(竹島資料は休憩中)
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/nantotanken-1894/
笹森儀助著 南島探験(現在文章起こし中)
http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/chigakuzasshi/
現在「143巻」の文章起こし一時中止
『尖閣諸島の領土権について』琉球政府声明
『朝鮮半島図』陸地測量部刊(S19)
シリーズ「竹島の車窓から」米子編〜北九州編まで
『琉球国図』
『韓国地理』


今日の尖閣掲示板エンディングテーマ
【竹島論争】李政権の明暗(1/2)
http://jp.youtube.com/watch?v=V0hwPlN4mq8&feature=related
【竹島論争】李政権の明暗(2/2)
http://jp.youtube.com/watch?v=Bj2-4gAT5Po&feature=related

Re: 資料考証「地図区域一覧図」

投稿者: tokumei100000 投稿日時: 2008/07/27 07:25 投稿番号: [16983 / 18519]
一、図書の刊行について
>日本陸軍参謀本部陸地測量部は内務省地理局を統合した、日本で唯一の測量地図発行機関であり、

ここでいうあなたのいう「地図」とは、どういう意味ですか?
海図は、あなたのいう「地図」に含まれますか?
島嶼や海岸線の測量、調査や海図作成、刊行なども海軍省水路部(1886年以降は水路部)でなく、
陸軍参謀本部がつくっていたと主張されるのですか?

以下の日本水路行政の歴史を、あなたは否定されるわけですか?
http://www1.cts.ne.jp/~fleet7/Museum/Muse122.html
「水路業務は海図の刊行をはじめとして、海の地図(海図)作りに必要なさまざまな仕事を含んでおり・・・」、

二、軍管区と行政区(編入、登記)の違いについて

>行政上の区画と無関係とするのは全くの出鱈目である。

陸軍参謀本部や海軍軍令部というのは軍政ではなく軍事作戦や戦闘行為を統帥するための組織です。
ですから、地図では、その地政学的な管区のわけかたは作戦遂行、統帥を基準にしてされます。
その地域や海域の行政権がどこに所属するかということは優先度は軍管区よりは低くなると思います。
もちろん、たとえば越境紛争を避けるためとか、どうしても行政区の境界が図を見る人がわかりやすいように
する必要がある場合には、点線とかで区分けする必要があるでしょうけど。
その場合には「無関係」とはいえないでしょうが、それ以外では・・・

まして、同じ「国内」である場合には、行政区を基準にしてつくるのではなく、あくまでも作戦本位
(軍管区中心)でつくっていくのではないでしょうか。
当時は朝鮮も日本ですから国境紛争はないわけで、したがって、竹島は隠岐諸島より鬱陵島に近いので
朝鮮側の軍管区に入っていたのではないでしょうか。
そのほうが軍事作戦を考える場合には都合がよかったということだと思います。
陸軍の場合は「彼我が上陸した(する)場合」ということが前提になりますから。
「西部軍管区」のうち広島師管区(広島、松江、山口)は隠岐のあたりですでに広島師管区のぎりぎり端
になりますから。そこから更に140kmも離れたな地図となると縮尺度を上げれば入るでしょうが
実戦上を考えた場合には広島と竹島では、あまりにも離れていている、ということになると思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E7%AE%A1%E5%8C%BA

海軍(や水路部)の場合は水路とか海岸線とか、暗礁地帯、島嶼が中心になると思います。

おわかりいただたでしょうか?

Re: 掲示板の雰囲気

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/07/26 16:52 投稿番号: [16982 / 18519]
半月城さん、

>   自民党員に対し寛大で誰も何も言わない雰囲気、それがここの掲示板ではないでしょうか。だからこそ、狼少年は安住できるのです。


半月城さんも人が悪いですね。もしsenkaku_islandsさんに「石島上申書」なるものが入手できたのであれば半月城さんもとっくの昔に入手できているはずです。できてないということは存在しないに決まっています。「石島上申書」とはおそらく「石島」という名前の人物が何かを上申している書ではないかと私は推測しています。

私は竹島=独島問題を小委員会で取りあげることに賛成です。どんな形であれ客観的に議論する場を設けるのはよいことだと思います。最近は韓国人だけででなく日本人の中にも感情的な対応をする人が増えて私も頭を抱えています。まるで韓国人の火病体質が日本人にまで感染してしまったかのようです。私は感情的に自分の都合のいいことをがなりたてるような人が嫌いなのであって、決して韓国人が嫌いなのではありません。この板も以前のように冷静に議論を戦わせる場に戻したいと考えています。半月城さんもぜひ協力してください。

「竹島考證」に・・・

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/07/26 16:13 投稿番号: [16981 / 18519]
外一島関連ではもうひとつ興味深い記述があります。

北澤正誠の「竹島考證」の武藤平学の松島開拓建議について述べている箇所にはこのようにあります。


此より先数年陸奥の士族武藤平学なる者あり露領浦潮港に航し路松島なるものあるを望み九年七月東京於外務省之を開拓せんを建議す
於是松島竹島一島にあらずニ島たるの説初めて出つ


竹島考證 下   14
http://www.geocities.jp/tanaka_kunitaka/takeshima/2a343tan1649-1881/

注目すべきは「於是(ここにおいて)松島竹島一島にあらずニ島たるの説初めて出つ」の部分です。
武藤平学の松島開拓建議によって初めて松島竹島が二島つまり別々の島であるという説が出てきたと言っているわけですから、武藤平学の松島開拓建議より前の段階では松島竹島一島なり、つまり松島も竹島も同じ鬱陵島であるという説で外務省の認識は一致していたと「竹島考證」の著者である北澤正誠が考えていたと解釈することができます。

掲示板の雰囲気

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2008/07/26 15:35 投稿番号: [16980 / 18519]
   半月城です。

   Am_I_AHO_1stさん、
>正直申し上げて、これまで皆さんは話し合いを望んで居られると思っていましたので、全く意外です。

   私は意外に思いません。ここの掲示板は、事実や関連性を明らかにしたいというよりも、いかにしたら日本が有利になるのかを優先させる方々が多いのではないかと思います。

   その典型がsenkaku_islandsさんではないでしょうか。もし「石島上申書」なるものが存在するなら、竹島=独島の史実を明らかにする上で有用と思われます。したがって、史実解明重視の姿勢をとる人ならとっくに公開しているはずです。
   ところが、それが日本に不利になると見たのか、仲介したいという第三者の善意を無視し、しかも当初の約束を反古にするため「自民党中央政治・・・」やら、誰かが「開門復命書」を翻刻することになったとか見苦しい言い逃れに終始しているようです。もっとも私は、それは幻の資料であり、撹乱のために狼少年が持ちだしたとみています。

   自民党員に対し寛大で誰も何も言わない雰囲気、それがここの掲示板ではないでしょうか。だからこそ、狼少年は安住できるのです。

西村捨三の照会3

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/07/26 12:22 投稿番号: [16979 / 18519]
ちなみに最初に紹介した半月城さんの文章は以下のように続いています。これをどのように理解すべきか私は判断に困っています。

(引用開始)
ーーーーーーーーーーーー
  1881年11月29日、内務省が竹島と松島を版図外とした先述の太政官の指令書を付して、外務省に欝陵島の現状を照会したことがあった。それに対して、外務省は何ら全く異論を申したてていない。そしてその後も1905年に至るまで、外務省が竹島と松島の領有権を分けて扱うようなことは決してしなかったのである。
ーーーーーーーーーーーーー
外務省が太政官指令書に異論をとなえなかったのは、独自の調査で太政官指令の正しさを認識したためと思われます。(中略)外務省は開拓願いの「今日の松島」が「古来の竹島」と同じであることを確信したのみか、1878年には「今日の松島」すなわち欝陵島の緯度や経度の情報までも海軍の水路雑誌からほぼ正確に知りました。

(引用終わり)
太政官指令後の竹島=独島認識

http://www.han.org/a/half-moon/hm121.html

この文章は以下のように解釈できます。

独自の調査で松島と竹島が同じ島であることを知っていた外務省が太政官指令書の松島に関する見解に異論をとなえなかったのは当然である。


もしかして半月城さんは太政官指令書の外一島の松島を鬱陵島であるとお考えなのではないでしょうか???

西村捨三の照会2

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/07/26 12:03 投稿番号: [16978 / 18519]
http://www.han.org/a/half-moon/hm094.html


どうやらこの件は半月城さんお得意のネタであるようです。


しかしながらウェブ竹島問題研究所にある杉原氏の文章にはこのようにあります。

(引用開始)

最近研究者のお1人から明治14年島根県令境二郎(明治9年参事として内務省に伺い書を出した人物です)ので内務卿、農商務卿に「日本海内松島開墾の儀ニ付伺」なる書状が提出されていた事実を教わりました。内容は島根県那賀郡(なかぐん)浅井村の士族大屋兼助という人から松島開墾願いが出ていることについての対応の伺いです。ここでいう松島とは文面から鬱陵島であることは明白です。これに対して内務省と外務省との間で文書の往復がなされていますが、そこでは「朝鮮国蔚陵島即竹島松島之儀ニ付」のような文言が担当者によって使われています。当然「鬱陵島すなわち竹島とも松島とも呼ばれている島」を意味します。

(引用終わり)

杉原通信 「郷土の歴史から学ぶ竹島問題」   第八回
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/sugi/take_04g08.html

この「朝鮮国蔚陵島即竹島松島之儀ニ付」と書かれた内務省と外務省との間の往復文書が「西村捨三の照会」であることは下記の塚本孝氏の文章に外務省記録8324とあることから明らかです。

「竹島領有権紛争の焦点国際法の見地から」   塚本孝   (PDF 1.17MB)
http://www.pref.shimane.lg.jp/soumu/web-takeshima/takeshima04/takeshima04-1/index.html


内務省の照会に対し外務省が「朝鮮国蔚陵島即竹島松島之儀ニ付」と回答したということは外務省が太政官指令に記載されていた外一島の松島を竹島と同様鬱陵島のことであると理解していたと判断できます。
決して堀氏や半月城さんの主張のように内務省と同様外務省も松島を竹島=独島と認識していた、とは判断できません。

さらに私は以下の三つの条件がそろえば少なくとも「西村捨三の照会」の書かれた1881年11月29日当時は内務省も太政官指令の松島を竹島と同様鬱陵島のことであると理解していたと判断できるのではないかと考えます。

条件その一
  「西村捨三の照会」に実際に「朝鮮国蔚陵島即竹島松島之儀ニ付」と書いてあり外務省が外一島の松島が鬱陵島であると判断したと解釈できること。(私は原文を確認していません。)
条件その二
  外務省の松島は竹島と同様鬱陵島のことであるいう見解に対し内務省がいやそれは違う、松島は竹島=独島のことであると異議を申したてた文書が存在しないこと。
条件その三
  堀氏が自らの論文で用いた「内務省の見解に外務省が異議を唱えなかったことを根拠に内務省と外務省の考えが同じであるとみなす」という論法が正しい論証方法であること。
(そうであるなら外務省の見解に内務省が意義を唱えなければ外務省と内務省の見解は一致しているはず。)

西村捨三の照会1

投稿者: yabutarou01 投稿日時: 2008/07/26 11:02 投稿番号: [16976 / 18519]
明治期の外一島太政官指令について、興味深いことを発見しました。

半月城さんは自らのサイトで外務省記録8324「内務書記官 西村捨三の外務省書記官宛照会」を引用した堀和生氏の論文を引用してこのようにお書きになっています。

(引用開始)

太政官が竹島(欝陵島)と松島(竹島=独島)を版図外とした指令は、伺書が提出された内務省に対して回答されたので、外務省や海軍などがそれを直接知るのは困難です。他部署がそれを公式に知ることができるのは、内務省からそれについての通知があった場合のみです。実際、外務省はそうした公式通知で太政官指令を知ったようで、堀和生氏はこう記しました。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1881年11月29日、内務省が竹島と松島を版図外とした先述の太政官の指令書を付して、外務省に欝陵島の現状を照会したことがあった(25)。それに対して、外務省は何ら全く異論を申したてていない。そしてその後も1905年に至るまで、外務省が竹島と松島の領有権を分けて扱うようなことは決してしなかったのである(注1)。
        −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(引用終わり)
太政官指令後の竹島=独島認識

http://www.han.org/a/half-moon/hm121.html


これを読むと半月城さんはこのように主張されているようです。

内務省の「西村捨三の照会」によって外務省は竹島(欝陵島)と松島(竹島=独島)を版図外とした太政官の指令書の存在を知った。
外務省は太政官指令の「竹島外一島」の「一島」が松島であり竹島=独島を指していることを知りながら内務省に松島(竹島=独島)は日本領ではないかなどと異論を申したてていない。
したがって外務省は内務省の竹島=独島放棄を追認したと解釈できる。


半月城さんのサイトには同じような文章がいくつか見られます。


ヤフー掲示板 > 地域情報 > 大韓民国:竹島問題を考える。#464

   軍艦による調査の翌年、内務省は念をいれ領土の確認を行いました。外務省あてに、松島と竹島を版図外とした先の太政官指令書を付して鬱陵島の現状を照会しました。それに対して、外務省は何らまったく異議をとなえませんでした。外務省は、すでに1870年に朝鮮を視察したうえで「竹島松島朝鮮付属」という認識を「朝鮮国交際始末内探書」にまとめていましたので当然といえます。

http://www.han.org/a/half-moon/hm069.html

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
明治政府関係機関の竹島=独島認識

その後、1881年、内務省は竹島と松島を版図外とした太政官の指令書を付して外務省に鬱陵島の現状を照会したことがありました。これにたいして、外務省からはとくに異論の申したてはありませんでした。これは外務省の動きからみて当然でした。外務省は早くも 1870年、報告書「朝鮮国交際始末内探書」で「竹島 松島 朝鮮付属ニ相成候」と認識していました。

http://www.han.org/a/half-moon/hm084.html

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
竹島(独島)と日本の歴史認識

1880年7月軍艦天城がその松島に赴き測量した結果、同島が鬱陵島であることが判明した。(中略)そしてその後も1905年に至るまで、外務省が竹島と松島の領有権を分けて扱うようなことは決してなかったのである。(中略)認識の程度に強弱はあっても、日本政府の関係諸機関のすべてが、同島を鬱陵島と合わせて朝鮮領だとみていたことは明らかなことであった。
  明治政府は、竹島(独島)は朝鮮領であるという認識を持ちつつ、領土拡張欲から竹島(独島)を日本領に編入したことは、韓国から帝国主義的方法と批判されても無理からぬことと思われます。

http://www.han.org/a/half-moon/hm064.html

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
外務省内の「竹島・松島」島名混乱と結論

1881年、内務省はこの指令書を添付して欝陵島の現状を外務省に照会しましたが、それに対して外務省は何ら異論を唱えませんでした。これは外務省も太政官指令書を了承したと考えられます。すなわち、外務省も松島(竹島=独島)を日本領でないと認めたと解されます。もちろん、渡邊流の竹島、松島は「暗に日本所属と見なしたるべし」という認識は、その後の公的資料には見られなくなりました。

http://www.han.org/a/half-moon/hm094.html

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/07/26 10:26 投稿番号: [16975 / 18519]
  皆さんは、研究の蓄積も異なり、歴史観に差異があるのに困難が伴わないとでもお考えでしょうか。
  そして、困難を乗り越えて、事実や関連性を明らかにしていく必要性はないと主張されるのでしょうか。

  正直申し上げて、これまで皆さんは話し合いを望んで居られると思っていましたので、全く意外です。

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/07/26 08:55 投稿番号: [16974 / 18519]
>安龍福の評価1つをとっても、日本側と韓国側がどちらが資料に忠実で、整合性のとれた理解を目指しているかは明白であると思われます。いわんや国際法の次元になって来ると、韓国側には、さほどの有利さはありません。日本が教科書委員会で扱うことを嫌うのは、むしろ「日韓間の友好に傷をつけないようにする配慮」であって、それ以上でもそれ以下でもないと考えるのが正しいものと思います。

>いわゆる、大人の対応でしょう。韓国では、竹島問題は、学問の対象ではなく感情論の対象なのです。
---------------------------------------------------------------------- -
特に日本側は、独島問題と関連、「論難が相当あり、今回は研究に含まないほうが良いだろう。」と
明らかにする一方、韓国側は「第2期の研究で、成果を発表しなければならない。」と強く主張した。

また、日本側は教科書問題に対して「抑圧と抵抗という観点ではないやり方で接近すると、成果が出
るだろう」という立場を出したのに比べ、韓国側は「抑圧と抵抗という歴史認識も研究しなければな
らない。」と指摘した。
http://news24.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1212928397/l50
---------------------------------------------------------------------- -
日韓歴史共同委員会などという時間と金の無駄遣いをいまだに続けていることが驚きです。
まあ、韓国がそう言うのなら取り上げてもいいのじゃないでしょうか。どうせ、お互い言いっぱなしになるだけなのは目に見えていますがね。(痛いところを突かれて韓国側がファビョるのが目に浮かぶようです。)
それでも、竹島問題については日韓歴史共同委員会として国際司法裁判所への付託を日韓両政府に勧告するという形で纏めれば、それなりの意義があったと認められるでしょう。

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2008/07/26 01:20 投稿番号: [16973 / 18519]
歴史共同委員会の韓国側のメンバーもさほど竹島問題に精通しているようには見えません。というか、この問題を扱うには、それなりの資料に対する広い見識が必要で、メンバーの側面から日本側が会議で竹島問題を扱うことを避ける理由は考えにくいです。

あわせて、半月城さんだったらご存知でしょうが、歴史共同委員会(日本)は別に彼らだけで作業を行っているのではありません。講師を呼んで勉強会をして足りない部分を補い、それを議論を通じて、メンバーそれぞれが理解をしっかり深める、という作業をしています。

つまり竹島問題に精通した人を講師として複数呼んで、それぞれに意見を聞いたり資料の分析を共同でやってみたり、そういうことをすることになるはずです。竹島問題は、メンバーの問題で日本側が嫌う、ということはまず考えにくいと思われます。

日本側が嫌うのは、いくつかの理由が考えられます。

1.仰るとおり、日本政府の主張を必ずしも補完する結果とはならない可能性があること。(一方で、韓国政府の主張を補完する結果にもまずなりえないとは思いますが。)

2.経済水域など、経済的な利益がかかった問題であるだけに、政府レベルでの話し合いが望まれるのであって、竹島問題が教科書問題に組み込まれることにいささかの危険性があること。(場合によっては韓国の激しい反発が充分に考えうること)

3.研究会のメンバーの身の安全のため。この会議で日本側のメンバーが正式に竹島=日本領と規定して論文を出したときに、メンバーの身の安全、それから学者としての今後の自由な学問的な追求(韓国の出入り)、韓国での人間関係の喪失など、いろいろな韓国側の感情的な対応が充分に考えられます。メンバーは基本的には韓国に知己や研究仲間が多い人たちです。その人たちを「感情論」の世界に押しやることはいたたまれないものがあります。

ぱっと思いつくだけでも以上のような感じです。竹島問題に精通、と申しますが、はっきり申し上げて、韓国に竹島問題に精通した人は、さほど多いとは思いません。私は複数の著書に目を通していますが、ひどい本もありました。(例:キンビョンニョル『竹島論争』。漢文訳もひどかった記憶がありますし、論旨もいかがなものか、という感じです。すぐに絶版になったと思いますが。あと、シンヨンハの本もさほど優れているとは思いません)

竹島問題に精通、といえば、日本も韓国も余り変わらない、むしろ、資料に対するきめ細やかな分析、幅広いアプローチの仕方という点では日本のほうが勝っているかもしれませんよ。先日の、内藤氏のここでのメッセージ(半月城さんんが紹介)にはがっかりしましたが。

安龍福の評価1つをとっても、日本側と韓国側がどちらが資料に忠実で、整合性のとれた理解を目指しているかは明白であると思われます。いわんや国際法の次元になって来ると、韓国側には、さほどの有利さはありません。日本が教科書委員会で扱うことを嫌うのは、むしろ「日韓間の友好に傷をつけないようにする配慮」であって、それ以上でもそれ以下でもないと考えるのが正しいものと思います。

いわゆる、大人の対応でしょう。韓国では、竹島問題は、学問の対象ではなく感情論の対象なのです。

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: revenge_o_02 投稿日時: 2008/07/25 23:12 投稿番号: [16972 / 18519]
日本は日本史でアジアを考える時でも、中国を中心にして
考えますからね。
歴史・政治全般にわたり日本には韓国に興味を持つ研究者
自体が確かに少ないから竹島=独島問題に精通した研究者
というさらに特化した精通者はいないのは確かですね。

日本で竹島=独島問題に精通しても食べていけない。

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2008/07/25 22:38 投稿番号: [16971 / 18519]
みなさんこんばんは、

私はAHOさんとは、正反対の立場です。
言論の自由がない国と共通の教科書を考えること自体無意味です。

それ以前の段階だと思います。

韓国や中国とは、歴史の事実認識が違うのでなく、歴史という概念認識が
異なると思います。

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: higanbana26 投稿日時: 2008/07/25 17:44 投稿番号: [16970 / 18519]
半月城さん、はじめまして

私は、韓国人の中に真の学者が存在しない事が問題ではないかと思います。

http://jp.youtube.com/watch?v=rKUxxTiaohw&feature=related

感情を抜いて真実のみを知ろうとする学者の目(心)を持つ人が育たない土壌があるようです。
歴史は政府が編纂するのは当然と考えていますし、政府寄りの学者でなければ席が与えられません。歴史を研究する以前の大きな壁を取り除かなくては。

歴史を研究する以前の、韓国人の歴史に対する認識の違いに日本人学者は悩まされているようです。動画の中で若い教授?が「日本は、竹島は日本のものであることを前提に話をする」と言っていますが、まさに韓国が独島はわが国土一点張りで、歴史改竄もいとわない姿勢であることを本人が気付いていない所が問題です。

韓国では焚書の時代が長く細かな文献が残っていないのが残念です。

また異様な抗議行動は韓国人気質なのでしょうか、一般の韓国人の抗議行動としてはこれが普通なのでしょうか?
日本人としては、雉を金槌で叩き殺し内臓を食べて見せる抗議を見せられたら引いてしまいます。それが目的なのでしょうけれど・・・。

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2008/07/25 10:13 投稿番号: [16969 / 18519]
  半月城さん
>   いろいろ障害があるでしょうが、竹島=独島問題解決への第一歩として、小委員会で竹島=独島問題が取りあげられるよう希望してやみません。

  同感です。
  そして恐らく、このトピックスの古株連中も、おしなべて賛同するでしょう。

国交断絶したい

投稿者: kup5kupkup 投稿日時: 2008/07/25 09:57 投稿番号: [16968 / 18519]
韓総理と智冠僧侶は独島(竹島)問題など懸案につても会話を交わした。智冠僧侶は「沖繩という島
も私たちのもので、対馬島も太宗以前に私たちが占有した。独島は言うまでもないが、沖繩と対馬島
も早く取り返えさなければならない」

Re: 大韓帝国勅令41号の「石島」の正体は・

投稿者: puracyaka2007 投稿日時: 2008/07/25 07:33 投稿番号: [16967 / 18519]
take 8591 さん、おはようございます。

ご紹介のブログ
http://blog.goo.ne.jp/takeshima-2005/c/80fd36a94e087a70fe71530a8388ee0a
に次の資料が出てますね。
●本邦初公開(12)!   1894年『朝鮮地名案内』「于山島:蔚陵島ノ近傍」すなわち=竹嶼≠独島
  ●1894年三橋僊史著『朝鮮地名案内』所収
  ●『韓国地理風俗誌叢書』(222巻)で復刻
  ●注目点
    『朝鮮地名案内』は、1894年(明治27)三橋僊史が書いた朝鮮の地名
    辞典である。

    鬱陵島、于山島の記載は以下のようにある。
----------------------------------------------------------------------
    蔚陵島   朝鮮ノ東海岸ニアリ

    于山島   朝鮮ノ東方   蔚陵島ノ近傍
----------------------------------------------------------------------

ほぼ確実に于山島=竹嶼ですね。
いくらなんでも何十日もかけてやっと3日しか写真に撮れない島を「近傍」とは言わないでしょう。それでも于山島=独島だと言うのなら、国際司法裁判所でそのように主張したらよろしい。

Re: 日本海にある、日本の島だから(横)

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2008/07/25 01:43 投稿番号: [16966 / 18519]
領海?
4海里ということだね。公海との境界を言ってるのかね?

日本外務省、広報戦で大きくリード

投稿者: drotyanomizu 投稿日時: 2008/07/24 22:37 投稿番号: [16965 / 18519]
韓国が竹島祭りしている間に日本外務省は粛々と仕事。
韓国外務省は駐日大使のプチ家出命令だけwwww。

<取材日記>東京の外国人特派員あてに「独島=日本領」のメール

関連タグ 特派員独島竹島李承晩フォーリン・プレスセンター・ジャパン

韓国が独島(トクト、日本名・竹島)問題で興奮していた17日、東京都内の「フォーリン・プレスセンター・ジャパン(FPCJ)」から海外メディアの東京特派員らあてに電子メール1通が送られた。






200字詰めの原稿用紙40枚にわたるこの長文の英文メールのタイトルは「竹島領有権と日韓関係の考察」だった。内容は、日本政府による独島領有権の主張は非常に正当なものだが韓国は一方的に主張しているだけ、といった具合だった。

FPCJは日本外務省の支援を受け、日本に派遣されたおよそ3000人の海外メディア特派員に、日本政府の政策を理解させるための資料を提供する機関だ。数カ月に1回、外国人特派員に地方視察の機会を提供したりワインパーティーも開催する。特派員は会費を全く支払わずに多くのサポートを受けるから感謝するのみだ。

FPCJは日本に主要懸案が浮上する度、日本政府の主張を理解させるため、特派員らあてにメールを送る。そうすると、懸案に詳しくない特派員らはすぐにFPCJの主張に同調しやすい。

今回送ったメールの行間を読むと、独島問題による韓日間の対立は韓国の対応次第という日本政界の奇怪な論理がそのままにじみ出ている。「福田康夫首相は独島問題のために韓日関係が悪化してはならないと呼びかけた」とし「解説書は学習指導要領を補足するもので、正常な手続きに基づき日本の教育課程が修正されたもの」と強調した。

日本の領有権主張に対する歴史的な根拠も含めていた。独島が1905年に日本閣議の議決により島根県に編入されたが、韓国の李承晩(イ・スンマン)元大統領が52年に独島領有権を一方的に宣言した、ということだった。

晴れた日に鬱陵島(ウルルンド)から肉眼でも見ることができる独島に対し、新羅(B.C.57〜A.D.935)智證(チジュン、新羅第22代王)王時代から我が国の領土と認識し、数多くの古地図にも朝鮮(チョソン、1392〜1910年)領になっているという事実を知らない多くの東京駐在特派員がメールを読みながら、FPCJの主張にうなずいたのは当然なことだろう。

日本はこれまで外国人の歴史学者や地理学者らを招いて国際学術大会を開き、着実に日本の主張をアピールしてきた。しかし韓国政府は「実質的に支配する」という事実に安住しすぎて静かな外交に一貫し、外国人に独島の歴史を知らせるための努力が足りないという印象を与える。そろそろ日本の組織的かつ体系的な海外広報の現況から正確に把握し、積極的に取り組まなければならない時である。
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=102807&servcode=A00§code=A00

紛争解決に対する姿勢(7)

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/07/24 20:54 投稿番号: [16964 / 18519]
   国際司法裁判所による解決を重視する上記のような考え方は、国連憲章が「紛争の平和的解決」を基本原則としていることと関係がある。


国際連合憲章
効力発生1945年10月24日

       第1章 目的及び原則
第2条(原則)
   この機構及びその加盟国は、第1条に掲げる目的を達成するに当っては、次の原則に従って行動しなければならない。

3   すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。
4   すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。



   まず、紛争は平和的に解決されなければならないという考えが前提としてある。しかし、当事国同士の交渉ではなかなか話が進まなかったり紛糾したりするのが常であり、それを放っておくと武力衝突に発展する危険性だってある。そういう事態を避けることを前提としながら紛争を解決に導こうとするならば、その方式としては、現在の世界の状況においては、第三者機関の審判に強制力を持たせることを、紛争当事国が自分の意思で受け入れるという図式が最も可能で最善の方式なのだろう。だから国連は国際司法裁判所を設置しているのであり、国連憲章の理念からは、自主的に紛争解決ができない場合には解決を国際司法裁判所に委ねることが要請されていると言える。
   したがって、紛争があるのに交渉にも応じない、国際司法裁判にも応じないという姿勢を取る国があるとすれば、それは、国連憲章の理念に反するものであり、相手国の武力行使を挑発しているというふうにも受け取られるかも知れない。


   日本は、かつて、韓国に対して、1954(昭和29)年9月と1962(昭和37)年3月の2度、竹島問題を国際司法裁判所へ提訴しようと持ちかけて拒否された。それは日韓基本条約と紛争解決交換公文の成立前のことであって、交渉が仕切りなおしとなったそれ以後は、現在までそういう提案は行われていない。

   その間、日本政府は、竹島の不法占拠について定期的及び臨時的に韓国政府に対して抗議文を送付するという最低限必要な意思表示はしてきたようだが、竹島を取り戻すための積極的な動きは見られなかった。何か手をうとうとしてもうてなかったのか、手をうつ気がなかったのか、それとも基本条約締結時に交わされたと言われる「竹島問題現状維持」の日韓密約が実際に存在し機能していたのか、そのあたりは分からないが、いずれであっても、現在のように竹島問題についての認識が広がってきたからには、日本政府としてもこのままこの問題を放っておくことはできないのではないか。

   最近、シンガポール・マレーシア間のペドラ・ブランカ島紛争で、国際司法裁判所による領土紛争解決の良い事例が示された。竹島紛争においても、紛争解決交換公文にいう「別段の合意」の選択肢として、いつかは国際司法裁判所による解決という提案を梃子にして韓国政府の対応を求めることが必要だと思うが、その際は、「国際司法裁判に応じない韓国」という現実を世界にアピールすることも必要になるだろう。
   そういう、相手を追い込むようなやり方は一般に日本人は好まないしまた上手でもないのだが、韓国の姿勢はどうせ変わらないのだろうから、日本政府も何か効果的な進め方を考えて欲しいものである。


大韓帝国勅令41号の「石島」の正体は・・・

投稿者: take_8591 投稿日時: 2008/07/24 08:31 投稿番号: [16963 / 18519]
   本年の竹島の日、杉野さんのプログが紹介されました。
   http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=500527006

   この記事に対し、日本の「石島=独島」説否認に対する反駁 pdf表示
   http://dokdocenter.org/dokdo_news/wys2/file_attach/2008/05/01/1209605713-64.pdf
   上記韓国側反論の日本語訳   (1)〜(7)
   http://blog.goo.ne.jp/takeshima-2005/e/6c06a12ac4a8d36a3a9087c18cb48ad6


   杉野さんによる韓国側の反論への再反論
   http://ameblo.jp/nidanosuke/entry-10109934218.html

   更に、杉野さんは「大韓帝国勅令41号の「石島」の正体は・・・」をUPされ、「観音島が石島と呼ばれていた可能性」について、新たな資料を紹介されています。
   http://ameblo.jp/nidanosuke/entry-10113508151.html

Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正

投稿者: ban_wol_seong 投稿日時: 2008/07/23 20:25 投稿番号: [16962 / 18519]
半月城です。

   Am_I_AHO_1stさん、No.16958
>折角の話し合いの機会ですのに、日本側はこの問題について話し合うつもりがないのでしょうか。

   日本側には教科書小委員会のメンバーはおろか、歴史共同研究委員会にも竹島=独島問題に精通した研究者はいないようなので、日本側が尻込みするのは目に見えています。自信のなさを如実に示しているのではないでしょうか。
   また、もし取りあげられたら、外務省の「固有領土論」を否定する立場になるだろうし、「愛国者」から白い目で見られることになりかねません。火中の栗を拾うようなものです。

   いろいろ障害があるでしょうが、竹島=独島問題解決への第一歩として、小委員会で竹島=独島問題が取りあげられるよう希望してやみません。

   先日の書き込みの注に誤りがありました。下記のように訂正します。
(注1)下條正男<「竹島問題」の本質が分かっていない日本政府>『正論』2006.7月号、P277

(半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/

Re: くだらない投稿はやめてくれ。

投稿者: boshind 投稿日時: 2008/07/23 14:33 投稿番号: [16961 / 18519]
>志の低い議論で埋め尽くされて居るではありませんか

それは、散々言われ続けているのに、都合の悪い指摘や反論を一切無視する半月氏の事も含めておっしゃっているのですよね?   わかりますw
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