Re: 第二次日韓竹島=独島論争? 2、訂正
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2008/07/26 01:20 投稿番号: [16973 / 18519]
歴史共同委員会の韓国側のメンバーもさほど竹島問題に精通しているようには見えません。というか、この問題を扱うには、それなりの資料に対する広い見識が必要で、メンバーの側面から日本側が会議で竹島問題を扱うことを避ける理由は考えにくいです。
あわせて、半月城さんだったらご存知でしょうが、歴史共同委員会(日本)は別に彼らだけで作業を行っているのではありません。講師を呼んで勉強会をして足りない部分を補い、それを議論を通じて、メンバーそれぞれが理解をしっかり深める、という作業をしています。
つまり竹島問題に精通した人を講師として複数呼んで、それぞれに意見を聞いたり資料の分析を共同でやってみたり、そういうことをすることになるはずです。竹島問題は、メンバーの問題で日本側が嫌う、ということはまず考えにくいと思われます。
日本側が嫌うのは、いくつかの理由が考えられます。
1.仰るとおり、日本政府の主張を必ずしも補完する結果とはならない可能性があること。(一方で、韓国政府の主張を補完する結果にもまずなりえないとは思いますが。)
2.経済水域など、経済的な利益がかかった問題であるだけに、政府レベルでの話し合いが望まれるのであって、竹島問題が教科書問題に組み込まれることにいささかの危険性があること。(場合によっては韓国の激しい反発が充分に考えうること)
3.研究会のメンバーの身の安全のため。この会議で日本側のメンバーが正式に竹島=日本領と規定して論文を出したときに、メンバーの身の安全、それから学者としての今後の自由な学問的な追求(韓国の出入り)、韓国での人間関係の喪失など、いろいろな韓国側の感情的な対応が充分に考えられます。メンバーは基本的には韓国に知己や研究仲間が多い人たちです。その人たちを「感情論」の世界に押しやることはいたたまれないものがあります。
ぱっと思いつくだけでも以上のような感じです。竹島問題に精通、と申しますが、はっきり申し上げて、韓国に竹島問題に精通した人は、さほど多いとは思いません。私は複数の著書に目を通していますが、ひどい本もありました。(例:キンビョンニョル『竹島論争』。漢文訳もひどかった記憶がありますし、論旨もいかがなものか、という感じです。すぐに絶版になったと思いますが。あと、シンヨンハの本もさほど優れているとは思いません)
竹島問題に精通、といえば、日本も韓国も余り変わらない、むしろ、資料に対するきめ細やかな分析、幅広いアプローチの仕方という点では日本のほうが勝っているかもしれませんよ。先日の、内藤氏のここでのメッセージ(半月城さんんが紹介)にはがっかりしましたが。
安龍福の評価1つをとっても、日本側と韓国側がどちらが資料に忠実で、整合性のとれた理解を目指しているかは明白であると思われます。いわんや国際法の次元になって来ると、韓国側には、さほどの有利さはありません。日本が教科書委員会で扱うことを嫌うのは、むしろ「日韓間の友好に傷をつけないようにする配慮」であって、それ以上でもそれ以下でもないと考えるのが正しいものと思います。
いわゆる、大人の対応でしょう。韓国では、竹島問題は、学問の対象ではなく感情論の対象なのです。
あわせて、半月城さんだったらご存知でしょうが、歴史共同委員会(日本)は別に彼らだけで作業を行っているのではありません。講師を呼んで勉強会をして足りない部分を補い、それを議論を通じて、メンバーそれぞれが理解をしっかり深める、という作業をしています。
つまり竹島問題に精通した人を講師として複数呼んで、それぞれに意見を聞いたり資料の分析を共同でやってみたり、そういうことをすることになるはずです。竹島問題は、メンバーの問題で日本側が嫌う、ということはまず考えにくいと思われます。
日本側が嫌うのは、いくつかの理由が考えられます。
1.仰るとおり、日本政府の主張を必ずしも補完する結果とはならない可能性があること。(一方で、韓国政府の主張を補完する結果にもまずなりえないとは思いますが。)
2.経済水域など、経済的な利益がかかった問題であるだけに、政府レベルでの話し合いが望まれるのであって、竹島問題が教科書問題に組み込まれることにいささかの危険性があること。(場合によっては韓国の激しい反発が充分に考えうること)
3.研究会のメンバーの身の安全のため。この会議で日本側のメンバーが正式に竹島=日本領と規定して論文を出したときに、メンバーの身の安全、それから学者としての今後の自由な学問的な追求(韓国の出入り)、韓国での人間関係の喪失など、いろいろな韓国側の感情的な対応が充分に考えられます。メンバーは基本的には韓国に知己や研究仲間が多い人たちです。その人たちを「感情論」の世界に押しやることはいたたまれないものがあります。
ぱっと思いつくだけでも以上のような感じです。竹島問題に精通、と申しますが、はっきり申し上げて、韓国に竹島問題に精通した人は、さほど多いとは思いません。私は複数の著書に目を通していますが、ひどい本もありました。(例:キンビョンニョル『竹島論争』。漢文訳もひどかった記憶がありますし、論旨もいかがなものか、という感じです。すぐに絶版になったと思いますが。あと、シンヨンハの本もさほど優れているとは思いません)
竹島問題に精通、といえば、日本も韓国も余り変わらない、むしろ、資料に対するきめ細やかな分析、幅広いアプローチの仕方という点では日本のほうが勝っているかもしれませんよ。先日の、内藤氏のここでのメッセージ(半月城さんんが紹介)にはがっかりしましたが。
安龍福の評価1つをとっても、日本側と韓国側がどちらが資料に忠実で、整合性のとれた理解を目指しているかは明白であると思われます。いわんや国際法の次元になって来ると、韓国側には、さほどの有利さはありません。日本が教科書委員会で扱うことを嫌うのは、むしろ「日韓間の友好に傷をつけないようにする配慮」であって、それ以上でもそれ以下でもないと考えるのが正しいものと思います。
いわゆる、大人の対応でしょう。韓国では、竹島問題は、学問の対象ではなく感情論の対象なのです。
これは メッセージ 16962 (ban_wol_seong さん)への返信です.
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