竹島

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竹島論争に勅令41号は無用

投稿者: chaamiey 投稿日時: 2008/07/31 22:17 投稿番号: [16992 / 18519]
  さて、藪太郎さんはお嫌いかも知れないが、「自分に都合のいいこと」を並べて見ます。



   1951年8月10日、米国のDean Rusk国務次官補は、You ChanYang韓国大使への回答文書で次のように説明した。

   草案第2条(a)を日本が「朝鮮並びに済州島、巨文島、鬱陵島、独島及びパラン島を含む日本による朝鮮の併合前に朝鮮の一部であった島々に対するすべての権利、権原及び請求権を、1945年8月9日に放棄したことを確認する」と改訂するという韓国政府の要望に関しては、合衆国政府は、遺憾ながらその提案に賛同することができません。

   合衆国政府は、1945年8月9日の日本によるポツダム宣言受諾が同宣言で取り扱われた地域に対する日本の正式ないし最終的な主権放棄を構成するという理論を条約がとるべきだとは思いません。

   独島、又はTakeshima,Liancourt Rocksとして知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば決して朝鮮の一部として取り扱われたことが無く、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。この島は、過去に朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。
As regards the island of Dokdo, otherwise known as Takeshima or Liancourt Rocks, this normally uninhabited rock formation was according to our information never treated as part of Korea and, since about 1905, has been under the jurisdiction of the Oki Islands Branch Office ofShimane Prefecture of Japan. The island does not appear ever before to have been claimed by Korea.



   ここに奇妙なことがある。日本の竹島領有権の直接の根拠は1905年の領土編入の閣議決定とそれに続く島根県告示だ。対する韓国の直接の根拠は1900年の勅令41号だ。ところが、上のラスク書簡によれば、日本の1905年の決定を考慮したことは分かるが、韓国の1900年の決定を考慮した形跡が全く見られない。考慮したが棄却したというのでなく、考慮したこと自体の形跡がないのだ。これはどういうことだろうか。

   この当時、韓国は、アメリカに対して「日本の領土から竹島を除いてくれ」という運動をしていたわけで、そのための証拠は自由に提出できる立場にあった。勅令41号は韓国の竹島(独島)領有の有力な根拠なのだから、当然に米国に提出され、米国も皇帝の勅令となればあだやおろそかにはできず、十分検討したはずである。なのにその形跡がない。ということは、このとき韓国は勅令41号を主張していないのだと見られる。

   なぜ主張しなかったのだろうか。

   考えられる理由は二つある。一つは、その当時の韓国政府当局者が勅令41号の存在を知らなかった。(まさか。)

   もう一つは、その当時の韓国政府当局者は、勅令41号は竹島(独島)とは無関係であることが分かっていたので、これを証拠として持ち出すことなど露ほども考えなかった、ということだ。

   他に何か合理的な理由が考えられるだろうか?
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